ORDINARY WORLD/それぞれの居場所から 作:AfterGlow
原作:Cyberpunk2077
タグ:サイバーパンク:エッジランナーズ サイバーパンク:エッジランナーズ2 Cyberpunk2077 ウィーク・キングスリー タリア・ヤン 二次創作 短編小説 ほのぼの
ナイトシティを離れ、新しい生活を始めた二人。
ある日、タリアがテレビのパンケーキのCMを眺めていることに気づいたウィークは……。
今回は銃撃戦も大事件もありません。
ちょっと騒がしくて、少しだけ温かい、二人の何でもない日常のお話です。
原作キャラクターを中心にしたSSは今回が初めてですが、楽しんでいただければ嬉しいです!
※非公式・非営利の二次創作です。
※原作最終話までのネタバレ、および独自のその後設定を含みます。
※タイトルはDuran Duranの楽曲「Ordinary World」より。
「タリア、手を貸すぞ」
「ウザい。……大丈夫だってば」
そう言って、タリアは車椅子の車輪を回した。カタン、と音を立てて、小さな段差を乗り越える。
そんなタリアを気が気でない様子で見つめながら、ウィークは小さく息を吐いた。
カリフォルニア州サクラメント郡、カーマイケル。郊外の静かな住宅地に、ウィークとタリアは居を構えていた。
ナイトシティのような喧噪もなければ、NCARTも走っていない。銃声とも爆発音とも無縁。そんなのどかな町を、ウィークは次の住処として選んでいた。
理由は一つ。タリアの為。
「さあ、食べよう」
朝食のテーブルに着くなり、タリアに促すウィーク。
「……ん」
タリアも車椅子のままテーブルに着く。
スコップと人工豆のチリコンカン、合成玉ねぎのスープ、人造パンが所狭しとテーブルに並ぶ。住み始めた頃は食えたものではなかったウィークの料理も、近頃は随分マシになっていた。
「……最近、身体はどうだ」
「別に……」
「そうか……。俺にできることがあれば、何でも言ってくれ」
「……ん」
沈黙が食卓に広がり、ウィークは息を吐いた。
住み始めた頃はひどかった沈黙は、近頃もひどいままだった。
——無理もない。出会って一年そこそこで、父親面なんてできるもんじゃない。
パンをスープに浸して口に放り込みながら、ウィークはタリアをじっと見つめた。
桃色の髪が、窓から入り込むそよ風に揺れている。その青い瞳は、食卓の上には向いていなかった。
「……?」
ウィークの視線が、タリアの視線を追う。
視線の先には、こちらへ移った時に購入した小さなテレビが置いてあった。
『本物の小麦を50%も配合!バイオテクニカのパンケーキミックス!お求めは、近くのマーケットまで!』
胡散臭いコマーシャル。十数秒でそれが終わると、タリアは再び食卓へと視線を戻した。
「……食べたいのか?」
「何が?」
少しだけ、その青い瞳が揺れた。
「よし!任しとけ!」
タリアの返事も待たず、勢いよく頷いたウィークは残りの料理を平らげた。そして自分の食器だけ手早く洗うと、自室へ向かって廊下に出た。
「……?」
「あ、そうだ」
首を傾げるタリアに、廊下からウィークの声が届いた。
「皿は流しにつけておいてくれ。後で洗う」
そう言って、今度こそ自室へ消えていった。
◇
「はっ……はっ……」
翌日、仕事を終えたウィークは家路を走っていた。その手には、近くのマーケットで買った人工蜂蜜と合成バター、そしてパンケーキミックス。もちろんバイオテクニカ製だ。
「っとと……」
もつれた足でつまずきかけ、どうにか体勢を立て直して家路を急ぐ。脳裏に浮かぶのは、タリアの笑顔。
「……ふっ」
息遣いとも、笑い声ともつかない声を出しながら、ウィークは走った。
◇
「……なにそれ」
自宅学習を進めていたタリアが、忌々しげに視線を投げた。
勢いよく開け放たれたリビングのドアの向こうには、汗だくのウィークが立っていた。
「……パンケーキだ」
「は?」
ぜいぜいと苦しげな息を漏らしながら、ウィークはやっとの思いで声を絞り出した。
「タリア、パンケーキを食わせてやる!」
「いや、別に私は……」
タリアの声を無視してウィークは上着を脱いだ。キッチンに立つと手を洗い、棚から金属製のボウルを下ろした。パンケーキミックスの袋を開け、精製乳と混ぜ合わせていく。
「聞けよオッさん」
「見てろ、最高のパンケーキを食わせてやるからな!」
タリアの大きなため息が、家中に広がった。
◇
「……」
「これ何?私の知ってるパンケーキとは全然似てないけど」
何を間違えたのだろうか。出来上がったそれは、タールよりも真っ黒に焦げ付いていた。
「おかしいな……。一応、パッケージに書いてある時間は守ったんだが……」
ウィークの背に、タリアの冷めた視線が突き刺さった。
「つ、次だ!」
ウィークは、そんな視線を吹き飛ばすように大げさな声を出した。
「なに、大丈夫だ!材料はまだある!」
そう言って、再びフライパンに生地を流し込む。今度は、ごく弱火で焼いていく。
「ゆっくり……そうだ……焦るな」
ぶつぶつと独り言を漏らしながら、パンケーキに火を入れていく。表面に、ぷつぷつと気泡がわいてきた。
「今だ!」
フライ返しをパンケーキの下に潜り込ませると、稲妻のような勢いでひっくり返す。エッジランナーをしていた頃でも、こんなに早く銃を抜いたことはない。
「……!」
タリアは目を見開いた。
宙を舞ったパンケーキは、二、三回転すると哀れにも空中で四方八方に飛び散った。
そのうちの一片が、ウィークの頬に貼りついた。
「あづっっっ!!」
ウィークはその場で尻もちをついた。手からすっぽ抜けたフライパンが床に落ち、派手な金属音を響かせる。バラバラになったパンケーキの欠片も、べちゃりと床に散らばった。
「つつ……」
頬と腰をさすりながら、ウィークはゆっくりと体を起こした。直後、ハッとした表情でタリアの方へ振り向く。
「タ、タリア!大丈夫か!?火傷してないか!?」
車椅子に座るタリアの肩を掴んだ。
「……もういいよ」
「……え?」
タリアは床へ散らばったパンケーキの欠片へ視線を落とす。
「……お金ないんでしょ?もったいないし……上手くいくわけない」
ウィークの手から、力が抜ける。
「タリア……」
鼻の下から顎先まで、大きく欠けたその顔を見つめる。やがてウィークは立ち上がり、キッチンの掃除を始めた。大きな背が、消え入りそうに小さく見える。
タリアはしばらく、その背中を見つめていた。
「……?」
掃除を終えると、再びウィークはボウルを手に取った。その中には、残り僅かなパンケーキミックス。
「……もういいって」
フライパンを火にかけ、油を引く。ウィークは振り向かない。
「……あと一枚だけだ」
ウィークは残った生地を、もう一度フライパンに流し入れた。
◇
じゅう、と小さな音が鳴る。今度は欲張らず、小さく丸く。火加減も、先ほどより幾分弱めてある。
ウィークはフライ返しを握りしめ、じっとフライパンを見つめていた。
やがて、生地の表面に小さな気泡が浮かび始めた。一つ、また一つと、ぷつぷつと音を立てて弾けていく。
「……まだだ」
思わず動きかけた手を、ぐっと押しとどめてじっと待つ。縁が少しずつ乾き、表面の艶が消えていく。やがて、甘い香りが鼻をくすぐった。
「……よし」
ウィークはゆっくりとフライ返しを差し込んだ。
慎重に、慎重に。
持ち上げた生地が崩れないことを確かめてから、そっと手首を返す。
ぺたり、と小さな音を立てて、パンケーキがフライパンに収まった。
「……おお」
思わずタリアの口から感嘆の声が漏れる。
裏面にもじっくりと火を通し、頃合いを見て皿に移す。
形はいびつで、焼き色にもむらがある。お世辞にも、コマーシャルで見たような出来栄えではなかった。
それでも、今のウィークにとっては会心の出来だった。
「……できた」
ウィークは、皿の上のパンケーキをしばらく見つめていた。
「できたぞ!タリア!」
「……見ればわかるって」
タリアは息を吐きながら、車椅子をテーブルの方へと滑らせた。
「……食べてくれ」
見たこともないような神妙な面持ちで、タリアの前に皿とカトラリーを置くウィーク。
「……」
「どうした?」
タリアはパンケーキに視線を落としたまま、なかなか手を伸ばそうとしなかった。
——俺が作ったパンケーキなんて、食べたくないのだろうか。いや、そもそも彼女がパンケーキを食べたいと口にしたわけでもない。俺の独り相撲だったんじゃないか?
「……ねぇ」
ウィークの逡巡を断ち切るように、タリアが口を開いた。
「まさか、美味しいかどうかも分からないパンケーキを私に食べろっていうの?」
ウィークは視線を落とし、パンケーキの皿を手に取った。
「ああ……そうだな、すまない。……これは俺が責任をもって」
不意に、その腕を掴まれた。ゆっくりと視線を上げると、その先でタリアが不機嫌そうに目を細めている。
「何言ってんの?半分こしようって言ってんだけど」
そのまま、今度はウィークが固まった。
「聞いてる?」
タリアは訝しげにウィークを見つめた。
「……あ、ああ!ああ!そうだな!半分こしよう!」
やっとのことで我に返ったウィークは、いそいそと自分の分の皿とカトラリーを棚から引っ張り出した。
「早く切って」
「そう急かすな」
胸を弾ませながら、パンケーキを二つに切り分けるウィーク。半月のようになったパンケーキが、それぞれの皿の上に分けられた。
「「……」」
食卓にいつもの沈黙が横たわる。だが、なぜかウィークにはそれが嫌ではなかった。
パンケーキの上に乗せられた人工蜂蜜と合成バターが、とろりと溶けて黄金色に輝いている。
「い、いただきます」
緊張した面持ちで、ウィークがパンケーキを一口大に切り分ける。
タリアもそれに倣って切り分けた。
生唾を飲み込み、パンケーキを口に運ぼうとした、その瞬間。
視線の先ではタリアが一足先にパンケーキを口に入れていた。その欠けた顎の奥。スポイトのようになった口にパンケーキが吸い込まれていく。
ウィークは息を詰めて、その様子を見守っていた。パンケーキを飲み込んだタリアの青い瞳が、ふっと細まる。
「ふふっ」
一口、もう一口とパンケーキを口の中へ放り込んでいく。
「……」
ウィークはフォークに突き刺したパンケーキを持ち、口を開けた姿勢のままそれを見ていた。
「……ウィークは食べない……!?」
ウィークの目から大粒の涙がぼろぼろと流れ出ていた。鼻水は垂れ、頬は赤らみ、みっともない、としか言いようのない泣き顔をしている。
「……何泣いてんの?キモいんだけど」
「……え?ああ、そうだよな。すまん……」
グシグシと乱暴に鼻と目をこすり上げると、ウィークはごまかすようにパンケーキを口に運んだ。生地の甘さ、ふわりとした口当たり、蜂蜜とバターの香り。それらすべてが涙の味に押しつぶされていた。
「……しょっぱいな」
震える声で言いながら、ウィークは次々とパンケーキを口に放り込んでいく。
すでに自分の分を食べ終えたタリアは、頬杖をついてその様子を眺めている。
「しょっぱい」
「……なにそれ」
そう言って、タリアは再び笑った。
◇
その日の夜。ウィークが寝静まったころ、自室にいたタリアの視界に、一件のメッセージが届いていた。
『久しぶり。調子どう?』
『うーん、まあまあかな』
一年前から、こうしてぽつぽつとメッセージを交わしていた。
『そっか。そういえば、前言ってた映画あるじゃん?僕が撮ったやつ』
『ああ、言ってたね』
『サルの店で扱ってもらえることになった:XD』
『へぇ、すごいじゃん』
メッセージの先で飛び跳ねる小さな身体を想い、思わず目元が和らいだ。だが、そこから返信が返ってこない。
タリアはベッドの上に体を横たえた。
『……あのさ』
しばらくして、不意にもう一件のメッセージ。
『何?』
『いつかまた、会いに行くよ。お金稼いで、自分の足で』
今度はタリアの返信が止まった。数秒考えた後に、返事を打つ。
『うん、待ってる。そんときはあんたにも食べさせたげるね』
『何を?』
タリアは昼間の食卓を思い出し、ほんの少しだけ目を細めた。
『……しょっぱいパンケーキ』