『Cyberpunk: Edgerunners 2』最終話後の、ウィークとタリアを描いた短編SSです。

ナイトシティを離れ、新しい生活を始めた二人。

ある日、タリアがテレビのパンケーキのCMを眺めていることに気づいたウィークは……。

今回は銃撃戦も大事件もありません。
ちょっと騒がしくて、少しだけ温かい、二人の何でもない日常のお話です。

原作キャラクターを中心にしたSSは今回が初めてですが、楽しんでいただければ嬉しいです!

※非公式・非営利の二次創作です。
※原作最終話までのネタバレ、および独自のその後設定を含みます。
※タイトルはDuran Duranの楽曲「Ordinary World」より。

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ORDINARY WORLD/それぞれの居場所から

「タリア、手を貸すぞ」

 

「ウザい。……大丈夫だってば」

 

そう言って、タリアは車椅子の車輪を回した。カタン、と音を立てて、小さな段差を乗り越える。

 

そんなタリアを気が気でない様子で見つめながら、ウィークは小さく息を吐いた。

 

カリフォルニア州サクラメント郡、カーマイケル。郊外の静かな住宅地に、ウィークとタリアは居を構えていた。

 

ナイトシティのような喧噪もなければ、NCARTも走っていない。銃声とも爆発音とも無縁。そんなのどかな町を、ウィークは次の住処として選んでいた。

 

理由は一つ。タリアの為。

 

「さあ、食べよう」

 

朝食のテーブルに着くなり、タリアに促すウィーク。

 

「……ん」

 

タリアも車椅子のままテーブルに着く。

 

スコップと人工豆のチリコンカン、合成玉ねぎのスープ、人造パンが所狭しとテーブルに並ぶ。住み始めた頃は食えたものではなかったウィークの料理も、近頃は随分マシになっていた。

 

「……最近、身体はどうだ」

 

「別に……」

 

「そうか……。俺にできることがあれば、何でも言ってくれ」

 

「……ん」

 

沈黙が食卓に広がり、ウィークは息を吐いた。

 

住み始めた頃はひどかった沈黙は、近頃もひどいままだった。

 

——無理もない。出会って一年そこそこで、父親面なんてできるもんじゃない。

 

パンをスープに浸して口に放り込みながら、ウィークはタリアをじっと見つめた。

 

桃色の髪が、窓から入り込むそよ風に揺れている。その青い瞳は、食卓の上には向いていなかった。

 

「……?」

 

ウィークの視線が、タリアの視線を追う。

 

視線の先には、こちらへ移った時に購入した小さなテレビが置いてあった。

 

『本物の小麦を50%も配合!バイオテクニカのパンケーキミックス!お求めは、近くのマーケットまで!』

 

胡散臭いコマーシャル。十数秒でそれが終わると、タリアは再び食卓へと視線を戻した。

 

「……食べたいのか?」

 

「何が?」

 

少しだけ、その青い瞳が揺れた。

 

「よし!任しとけ!」

 

タリアの返事も待たず、勢いよく頷いたウィークは残りの料理を平らげた。そして自分の食器だけ手早く洗うと、自室へ向かって廊下に出た。

 

「……?」

 

「あ、そうだ」

 

首を傾げるタリアに、廊下からウィークの声が届いた。

 

「皿は流しにつけておいてくれ。後で洗う」

 

そう言って、今度こそ自室へ消えていった。

 

◇

 

「はっ……はっ……」

 

翌日、仕事を終えたウィークは家路を走っていた。その手には、近くのマーケットで買った人工蜂蜜と合成バター、そしてパンケーキミックス。もちろんバイオテクニカ製だ。

 

「っとと……」

 

もつれた足でつまずきかけ、どうにか体勢を立て直して家路を急ぐ。脳裏に浮かぶのは、タリアの笑顔。

 

「……ふっ」

 

息遣いとも、笑い声ともつかない声を出しながら、ウィークは走った。

 

◇

 

「……なにそれ」

 

自宅学習を進めていたタリアが、忌々しげに視線を投げた。

 

勢いよく開け放たれたリビングのドアの向こうには、汗だくのウィークが立っていた。

 

「……パンケーキだ」

 

「は?」

 

ぜいぜいと苦しげな息を漏らしながら、ウィークはやっとの思いで声を絞り出した。

 

「タリア、パンケーキを食わせてやる!」

 

「いや、別に私は……」

 

タリアの声を無視してウィークは上着を脱いだ。キッチンに立つと手を洗い、棚から金属製のボウルを下ろした。パンケーキミックスの袋を開け、精製乳と混ぜ合わせていく。

 

「聞けよオッさん」

 

「見てろ、最高のパンケーキを食わせてやるからな!」

 

タリアの大きなため息が、家中に広がった。

 

◇

 

「……」

 

「これ何?私の知ってるパンケーキとは全然似てないけど」

 

何を間違えたのだろうか。出来上がったそれは、タールよりも真っ黒に焦げ付いていた。

 

「おかしいな……。一応、パッケージに書いてある時間は守ったんだが……」

 

ウィークの背に、タリアの冷めた視線が突き刺さった。

 

「つ、次だ!」

 

ウィークは、そんな視線を吹き飛ばすように大げさな声を出した。

 

「なに、大丈夫だ!材料はまだある!」

 

そう言って、再びフライパンに生地を流し込む。今度は、ごく弱火で焼いていく。

 

「ゆっくり……そうだ……焦るな」

 

ぶつぶつと独り言を漏らしながら、パンケーキに火を入れていく。表面に、ぷつぷつと気泡がわいてきた。

 

「今だ!」

 

フライ返しをパンケーキの下に潜り込ませると、稲妻のような勢いでひっくり返す。エッジランナーをしていた頃でも、こんなに早く銃を抜いたことはない。

 

「……!」

 

タリアは目を見開いた。

 

宙を舞ったパンケーキは、二、三回転すると哀れにも空中で四方八方に飛び散った。

 

そのうちの一片が、ウィークの頬に貼りついた。

 

「あづっっっ!!」

 

ウィークはその場で尻もちをついた。手からすっぽ抜けたフライパンが床に落ち、派手な金属音を響かせる。バラバラになったパンケーキの欠片も、べちゃりと床に散らばった。

 

「つつ……」

 

頬と腰をさすりながら、ウィークはゆっくりと体を起こした。直後、ハッとした表情でタリアの方へ振り向く。

 

「タ、タリア!大丈夫か!?火傷してないか!?」

 

車椅子に座るタリアの肩を掴んだ。

 

「……もういいよ」

 

「……え?」

 

タリアは床へ散らばったパンケーキの欠片へ視線を落とす。

 

「……お金ないんでしょ?もったいないし……上手くいくわけない」

 

ウィークの手から、力が抜ける。

 

「タリア……」

 

鼻の下から顎先まで、大きく欠けたその顔を見つめる。やがてウィークは立ち上がり、キッチンの掃除を始めた。大きな背が、消え入りそうに小さく見える。

 

タリアはしばらく、その背中を見つめていた。

 

「……?」

 

掃除を終えると、再びウィークはボウルを手に取った。その中には、残り僅かなパンケーキミックス。

 

「……もういいって」

 

フライパンを火にかけ、油を引く。ウィークは振り向かない。

 

「……あと一枚だけだ」

 

ウィークは残った生地を、もう一度フライパンに流し入れた。

 

◇

 

じゅう、と小さな音が鳴る。今度は欲張らず、小さく丸く。火加減も、先ほどより幾分弱めてある。

 

ウィークはフライ返しを握りしめ、じっとフライパンを見つめていた。

 

やがて、生地の表面に小さな気泡が浮かび始めた。一つ、また一つと、ぷつぷつと音を立てて弾けていく。

 

「……まだだ」

 

思わず動きかけた手を、ぐっと押しとどめてじっと待つ。縁が少しずつ乾き、表面の艶が消えていく。やがて、甘い香りが鼻をくすぐった。

 

「……よし」

 

ウィークはゆっくりとフライ返しを差し込んだ。

 

慎重に、慎重に。

 

持ち上げた生地が崩れないことを確かめてから、そっと手首を返す。

 

ぺたり、と小さな音を立てて、パンケーキがフライパンに収まった。

 

「……おお」

 

思わずタリアの口から感嘆の声が漏れる。

 

裏面にもじっくりと火を通し、頃合いを見て皿に移す。

 

形はいびつで、焼き色にもむらがある。お世辞にも、コマーシャルで見たような出来栄えではなかった。

 

それでも、今のウィークにとっては会心の出来だった。

 

「……できた」

 

ウィークは、皿の上のパンケーキをしばらく見つめていた。

 

「できたぞ!タリア!」

 

「……見ればわかるって」

 

タリアは息を吐きながら、車椅子をテーブルの方へと滑らせた。

 

「……食べてくれ」

 

見たこともないような神妙な面持ちで、タリアの前に皿とカトラリーを置くウィーク。

 

「……」

 

「どうした?」

 

タリアはパンケーキに視線を落としたまま、なかなか手を伸ばそうとしなかった。

 

——俺が作ったパンケーキなんて、食べたくないのだろうか。いや、そもそも彼女がパンケーキを食べたいと口にしたわけでもない。俺の独り相撲だったんじゃないか?

 

「……ねぇ」

 

ウィークの逡巡を断ち切るように、タリアが口を開いた。

 

「まさか、美味しいかどうかも分からないパンケーキを私に食べろっていうの?」

 

ウィークは視線を落とし、パンケーキの皿を手に取った。

 

「ああ……そうだな、すまない。……これは俺が責任をもって」

 

不意に、その腕を掴まれた。ゆっくりと視線を上げると、その先でタリアが不機嫌そうに目を細めている。

 

「何言ってんの?半分こしようって言ってんだけど」

 

そのまま、今度はウィークが固まった。

 

「聞いてる?」

 

タリアは訝しげにウィークを見つめた。

 

「……あ、ああ!ああ!そうだな!半分こしよう!」

 

やっとのことで我に返ったウィークは、いそいそと自分の分の皿とカトラリーを棚から引っ張り出した。

 

「早く切って」

 

「そう急かすな」

 

胸を弾ませながら、パンケーキを二つに切り分けるウィーク。半月のようになったパンケーキが、それぞれの皿の上に分けられた。

 

「「……」」

 

食卓にいつもの沈黙が横たわる。だが、なぜかウィークにはそれが嫌ではなかった。

 

パンケーキの上に乗せられた人工蜂蜜と合成バターが、とろりと溶けて黄金色に輝いている。

 

「い、いただきます」

 

緊張した面持ちで、ウィークがパンケーキを一口大に切り分ける。

 

タリアもそれに倣って切り分けた。

 

生唾を飲み込み、パンケーキを口に運ぼうとした、その瞬間。

 

視線の先ではタリアが一足先にパンケーキを口に入れていた。その欠けた顎の奥。スポイトのようになった口にパンケーキが吸い込まれていく。

 

ウィークは息を詰めて、その様子を見守っていた。パンケーキを飲み込んだタリアの青い瞳が、ふっと細まる。

 

「ふふっ」

 

一口、もう一口とパンケーキを口の中へ放り込んでいく。

 

「……」

 

ウィークはフォークに突き刺したパンケーキを持ち、口を開けた姿勢のままそれを見ていた。

 

「……ウィークは食べない……!?」

 

ウィークの目から大粒の涙がぼろぼろと流れ出ていた。鼻水は垂れ、頬は赤らみ、みっともない、としか言いようのない泣き顔をしている。

 

「……何泣いてんの?キモいんだけど」

 

「……え?ああ、そうだよな。すまん……」

 

グシグシと乱暴に鼻と目をこすり上げると、ウィークはごまかすようにパンケーキを口に運んだ。生地の甘さ、ふわりとした口当たり、蜂蜜とバターの香り。それらすべてが涙の味に押しつぶされていた。

 

「……しょっぱいな」

 

震える声で言いながら、ウィークは次々とパンケーキを口に放り込んでいく。

 

すでに自分の分を食べ終えたタリアは、頬杖をついてその様子を眺めている。

 

「しょっぱい」

 

「……なにそれ」

 

そう言って、タリアは再び笑った。

 

◇

 

その日の夜。ウィークが寝静まったころ、自室にいたタリアの視界に、一件のメッセージが届いていた。

 

『久しぶり。調子どう?』

 

『うーん、まあまあかな』

 

一年前から、こうしてぽつぽつとメッセージを交わしていた。

 

『そっか。そういえば、前言ってた映画あるじゃん?僕が撮ったやつ』

 

『ああ、言ってたね』

 

『サルの店で扱ってもらえることになった:XD』

 

『へぇ、すごいじゃん』

 

メッセージの先で飛び跳ねる小さな身体を想い、思わず目元が和らいだ。だが、そこから返信が返ってこない。

 

タリアはベッドの上に体を横たえた。

 

『……あのさ』

 

しばらくして、不意にもう一件のメッセージ。

 

『何?』

 

『いつかまた、会いに行くよ。お金稼いで、自分の足で』

 

今度はタリアの返信が止まった。数秒考えた後に、返事を打つ。

 

『うん、待ってる。そんときはあんたにも食べさせたげるね』

 

『何を?』

 

タリアは昼間の食卓を思い出し、ほんの少しだけ目を細めた。

 

『……しょっぱいパンケーキ』


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