Simulation of the Simulacra → SALVATION PARADOX ← さあ、答え合わせに行こうか 作:ゼノリカの名もなき宣教師
憑依したのはーーの??
菜月昴は、遅い時間、どこか無気力に歩いていた。
散歩がてらコンビニに行って、スナック菓子とカップラーメンを買う。
店員さんに会釈をしながら、意外と夜も忙しいんだなぁ、なんて考えた。
そうして、閉塞感極まりない現実に身を委ねながら、ゆったりと死滅していく。
……なんて。
そんなことを考えていた、その瞬間だった。
バッ、と景色が変わった。
「……夢?」
『夢ではない』
「っ!? 誰だ!?」
『俺はお前の中にいる。
……。
……え?
菜月昴は、しばらく沈黙した。
いや、待て。
待て待て待て。
いきなり景色が変わって、知らない声が頭の中に響いて、しかも自分の中に別人格がいる?
なんだそれ。
どこのラノベだ。
「……これが、俺のチートってやつなのか?」
『そうだ。俺はお前のチートだ』
「そう肯定されると、逆にチートっぽくなくなるな……」
『なら、守護霊とでも呼ぶか?』
「いや、守護霊ってもっとこう、神秘的な存在じゃねえの?」
『俺は十分神秘的だろ。突然頭の中から話しかけてくるんだぞ』
「自分で言うなよ……」
『それもそうだな』
あっさりと納得した。
……なんだ、コイツ。
妙に話しやすい。
初対面のはずなのに。
まるで、昔から知っている相手と話しているような。
「……ん?」
『どうした?』
「いや、なんでもねえ」
『そうか』
トリデは、それ以上追及しなかった。
それが、どこか自然だった。
あまりにも。
自然すぎた。
☆
「で、お前にできることは何なんだ? やっぱ強いのか?」
『家事代行もできるし、ゲームの記録の代行も可能だ』
「ゲームの代行とか生々しいこと言ってんじゃねえよ……。他人にやらせて記録を取るゲームのどこに風情があるってんだ。というか、ここ、異世界。ゲーム、ない」
『まあ、色々できるってことだ』
「説明が雑!」
『詳しく説明すると長いんだよ。俺もお前も、そんなに暇じゃねえだろ』
「いや、俺は今のところ暇だけど?」
『そうか。じゃあ、俺が忙しい』
「何に!?」
『人生に』
「壮大すぎるわ!」
スバルは、思わず頭を抱えた。
なんだろう。
この、どうしようもなく胡散臭い感じ。
信用できない。
信用できないのだが。
なぜか、嫌いにはなれない。
『だがな、覚えておけ』
「なにがだ?」
『俺の言う通りにしろ』
「はぁ?」
『そうすれば、大体何でも解決する』
「なんかすげー嘘くせー……」
『本当の話だ』
「その自信はどこから来るんだよ」
『経験だな』
「……経験?」
妙な言い方だった。
まるで、これから起こることを知っているような。
あるいは。
もう、何度も経験してきたような。
『まあ、経験なんて大層なもんでもねえか』
「どういうこと?」
『ただ、覚えてるだけだよ』
「何を?」
『色々と』
「だから説明が雑なんだよ!」
☆
『ちなみに、身体の主導権はどちらにもある』
「え? それじゃあ、お前が主導権を握るとどうなるんだ?」
『まずは、そこの路地裏で実験しようか』
「実験?」
『交代だ』
そう言われた瞬間。
スバルの身体が、どろりと溶けた。
「うおっ!?」
水中から何かが浮かび上がるように、身体の輪郭が崩れ、再構成される。
そして、そこに立っていたのは。
スバルとは似ても似つかない、灰色の髪をした少年だった。
「……だいたいこんな感じだ。理解できたか?」
『なるほど、これが俺のチート能力か……!』
「お前、やっぱり順応性が高いな」
『変身能力があるとか、ウルトラカッコ良いぞ!』
「そうかい」
トリデは、自分の右手を持ち上げた。
指を開く。
閉じる。
もう一度、開く。
『……何してんだ?』
「ん?」
『いや、手を見てるから』
「……ああ。なにバカみたいに毎回感動しているんだろうな」
トリデは、少しだけ笑った。
「昔は、こういうことができなかった時期があってな」
『手を動かすことが?』
「そう」
『……病気か何か?』
「まあ、似たようなもんか」
指を一本ずつ動かす。
右手。
左手。
足。
何も問題はない。
思った通りに動く。
当たり前だ。
今の自分なら、当たり前にできる。
けれど。
「……やっぱり、便利になったもんだよな」
『いや、手を動かせるのは普通だろ?』
「そうだな」
トリデは、笑った。
「普通だよな」
その言葉だけが。
妙に、静かだった。
☆
「じゃあ、さっさと次に行くぞ」
『え? なんかすんの?』
「こいつらとの戦闘だ。ここの最重要フラグはお前が踏まないといけないからな」
『……は?』
スバルは、今さらながら嫌な予感を覚えた。
しかし、もう遅い。
トリデは主導権を返した。
どろりと身体が溶け、一瞬で、いつもの自分に戻る。
そして、目の前には悪党が三人。
「よっしゃあ! こいつらぶっ倒して、俺が一番乗りで異世界チートライフを切り開いてやるぜぇぇ!!」
スバルは、勢いよく飛び出した。
「おらぁ!!」
「ぶへえっ!」
「とりゃあ!」
「ぐおっ!」
「これが異世界パワァァァァァ!!!!」
勝った。
勝ったぞ。
見たか、これが異世界転移者の実力だ!
……いや、まあ、俺自身は普通の高校生なんだけど。
それでも、なんとかなるもんだな!
これなら、これからの異世界生活もーー
「ちっ、この野郎。こんなもん使わせやがって」
じゃきん、と音がした。
男の手に、刃物が光る。
「…………」
スバルの思考が停止した。
「詰んだぁぁぁぁ!!!!」
土下座。
とにかく土下座。
異世界転移初日から人生終了なんて、あまりにも割に合わない。
必死に謝罪した結果、どうにか最悪の事態は回避できた。
その代わり。
スバルは、しっかりボコボコにされた。
☆
「――そこまでよ」
声がした。
スバルは、弾かれたように顔を上げた。
そこにいたのは、銀髪の少女だった。
可憐で。
綺麗で。
どこか儚げで。
何より。
一目惚れだった。
『……ああ』
「……ん?」
『いや、なんでもねえ』
トリデは、少しだけ笑った。
『お前も、そうなるんだよな』
「……何の話?」
『一目惚れ』
「はぁ!? なんで分かった!?」
『顔に書いてある』
「顔!?」
『でっかくな』
「そんなに!?」
『世界一わかりやすい』
「そこまで!?」
スバルは、思わず顔を押さえた。
その反応を見て。
トリデは、また笑った。
昔。
自分も、そうだった。
たった一目で。
世界が変わった。
それまで、どうでもよかったことが。
突然、どうでもよくなった。
あの人に会いたい。
あの人の笑顔が見たい。
あの人が、幸せでいてほしい。
ただ、それだけだった。
……本当に。
最初は、それだけだったのだ。
☆
「あ、ありがてぇ……。死ぬところだった……」
スバルは、路地裏の壁に手をつきながら立ち上がった。
「死ぬは、さすがに言い過ぎだと思うけど……」
「ああ、そうだ。紹介していいか?」
『構わん』
「誰と話しているの?」
「こいつが俺の守護霊、トリデ・サイゴ。交代だ」
スバルがそう言うと、身体がどろりと溶けた。
黒髪黒目の少年が、灰色の髪の少年へと変わる。
「よう」
「わあ! 見たことのない魔法ね……!」
少女は目を丸くした。
「と、まあ、こんな感じ。どうよ、異世界ファンタジーって感じがしてきただろ?」
「異世界っていう言葉の意味は、結局よくわからないけど……。とにかく、すごい魔法が使えるのはわかったわ!」
「そりゃよかった」
トリデは、軽く手を振った。
その仕草は、どこまでも気楽だった。
まるで、何もかもが当たり前であるかのように。