Simulation of the Simulacra → SALVATION PARADOX ← さあ、答え合わせに行こうか 作:ゼノリカの名もなき宣教師
1話:憑依したのはーーの??
菜月昴は、遅い時間、どこか無気力に歩いていた。
散歩がてらコンビニに行って、スナック菓子とカップラーメンを買う。
店員さんに会釈をしながら、意外と夜も忙しいんだなぁ、なんて考えた。
そうして、閉塞感極まりない現実に身を委ねながら、ゆったりと死滅していく。
……なんて。
そんなことを考えていた、その瞬間だった。
バッ、と景色が変わった。
「……夢?」
『夢ではない』
「っ!? 誰だ!?」
『俺はお前の中にいる。
……。
……え?
菜月昴は、しばらく沈黙した。
いや、待て。
待て待て待て。
いきなり景色が変わって、知らない声が頭の中に響いて、しかも自分の中に別人格がいる?
なんだそれ。
どこのラノベだ。
「……これが、俺のチートってやつなのか?」
『そうだ。俺はお前のチートだ』
「そう肯定されると、逆にチートっぽくなくなるな……」
『なら、守護霊とでも呼ぶか?』
「いや、守護霊ってもっとこう、神秘的な存在じゃねえの?」
『俺は十分神秘的だろ。突然頭の中から話しかけてくるんだぞ』
「自分で言うなよ……」
『それもそうだな』
あっさりと納得した。
……なんだ、コイツ。
妙に話しやすい。
初対面のはずなのに。
まるで、昔から知っている相手と話しているような。
「……ん?」
『どうした?』
「いや、なんでもねえ」
『そうか』
トリデは、それ以上追及しなかった。
それが、どこか自然だった。
あまりにも。
自然すぎた。
☆
「で、お前にできることは何なんだ? やっぱ強いのか?」
『家事代行もできるし、ゲームの記録の代行も可能だ』
「ゲームの代行とか生々しいこと言ってんじゃねえよ……。他人にやらせて記録を取るゲームのどこに風情があるってんだ。というか、ここ、異世界。ゲーム、ない」
『まあ、色々できるってことだ』
「説明が雑!」
『詳しく説明すると長いんだよ。俺もお前も、そんなに暇じゃねえだろ』
「いや、俺は今のところ暇だけど?」
『そうか。じゃあ、俺が忙しい』
「何に!?」
『人生に』
「壮大すぎるわ!」
スバルは、思わず頭を抱えた。
なんだろう。
この、どうしようもなく胡散臭い感じ。
信用できない。
信用できないのだが。
なぜか、嫌いにはなれない。
『だがな、覚えておけ』
「なにがだ?」
『俺の言う通りにしろ』
「はぁ?」
『そうすれば、大体何でも解決する』
「なんかすげー嘘くせー……」
『本当の話だ』
「その自信はどこから来るんだよ」
『経験だな』
「……経験?」
妙な言い方だった。
まるで、これから起こることを知っているような。
あるいは。
もう、何度も経験してきたような。
『まあ、経験なんて大層なもんでもねえか』
「どういうこと?」
『ただ、覚えてるだけだよ』
「何を?」
『色々と』
「だから説明が雑なんだよ!」
☆
『ちなみに、身体の主導権はどちらにもある』
「え? それじゃあ、お前が主導権を握るとどうなるんだ?」
『まずは、そこの路地裏で実験しようか』
「実験?」
『交代だ』
そう言われた瞬間。
スバルの身体が、どろりと溶けた。
「うおっ!?」
水中から何かが浮かび上がるように、身体の輪郭が崩れ、再構成される。
そして、そこに立っていたのは。
スバルとは似ても似つかない、灰色の髪をした少年だった。
「……だいたいこんな感じだ。理解できたか?」
『なるほど、これが俺のチート能力か……!』
「お前、やっぱり順応性が高いな」
『変身能力があるとか、ウルトラカッコ良いぞ!』
「そうかい」
トリデは、自分の右手を持ち上げた。
指を開く。
閉じる。
もう一度、開く。
『……何してんだ?』
「ん?」
『いや、手を見てるから』
「……ああ。なにバカみたいに毎回感動しているんだろうな」
トリデは、少しだけ笑った。
「昔は、こういうことができなかった時期があってな」
『手を動かすことが?』
「そう」
『……病気か何か?』
「まあ、似たようなもんか」
指を一本ずつ動かす。
右手。
左手。
足。
何も問題はない。
思った通りに動く。
当たり前だ。
今の自分なら、当たり前にできる。
けれど。
「……やっぱり、便利になったもんだよな」
『いや、手を動かせるのは普通だろ?』
「そうだな」
トリデは、笑った。
「普通だよな」
その言葉だけが。
妙に、静かだった。
☆
「じゃあ、さっさと次に行くぞ」
『え? なんかすんの?』
「こいつらとの戦闘だ。ここの最重要フラグはお前が踏まないといけないからな」
『……は?』
スバルは、今さらながら嫌な予感を覚えた。
しかし、もう遅い。
トリデは主導権を返した。
どろりと身体が溶け、一瞬で、いつもの自分に戻る。
そして、目の前には悪党が三人。
「よっしゃあ! こいつらぶっ倒して、俺が一番乗りで異世界チートライフを切り開いてやるぜぇぇ!!」
スバルは、勢いよく飛び出した。
「おらぁ!!」
「ぶへえっ!」
「とりゃあ!」
「ぐおっ!」
「これが異世界パワァァァァァ!!!!」
勝った。
勝ったぞ。
見たか、これが異世界転移者の実力だ!
……いや、まあ、俺自身は普通の高校生なんだけど。
それでも、なんとかなるもんだな!
これなら、これからの異世界生活もーー
「ちっ、この野郎。こんなもん使わせやがって」
じゃきん、と音がした。
男の手に、刃物が光る。
「…………」
スバルの思考が停止した。
「詰んだぁぁぁぁ!!!!」
土下座。
とにかく土下座。
異世界転移初日から人生終了なんて、あまりにも割に合わない。
必死に謝罪した結果、どうにか最悪の事態は回避できた。
その代わり。
スバルは、しっかりボコボコにされた。
☆
「――そこまでよ」
声がした。
スバルは、弾かれたように顔を上げた。
そこにいたのは、銀髪の少女だった。
可憐で。
綺麗で。
どこか儚げで。
何より。
一目惚れだった。
『……ああ』
「……ん?」
『いや、なんでもねえ』
トリデは、少しだけ笑った。
『お前も、そうなるんだよな』
「……何の話?」
『一目惚れ』
「はぁ!? なんで分かった!?」
『顔に書いてある』
「顔!?」
『でっかくな』
「そんなに!?」
『世界一わかりやすい』
「そこまで!?」
スバルは、思わず顔を押さえた。
その反応を見て。
トリデは、また笑った。
昔。
自分も、そうだった。
たった一目で。
世界が変わった。
それまで、どうでもよかったことが。
突然、どうでもよくなった。
あの人に会いたい。
あの人の笑顔が見たい。
あの人が、幸せでいてほしい。
ただ、それだけだった。
……本当に。
最初は、それだけだったのだ。
☆
「あ、ありがてぇ……。死ぬところだった……」
スバルは、路地裏の壁に手をつきながら立ち上がった。
「死ぬは、さすがに言い過ぎだと思うけど……」
「ああ、そうだ。紹介していいか?」
『構わん』
「誰と話しているの?」
「こいつが俺の守護霊、トリデ・サイゴ。交代だ」
スバルがそう言うと、身体がどろりと溶けた。
黒髪黒目の少年が、灰色の髪の少年へと変わる。
「よう」
「わあ! 見たことのない魔法ね……!」
少女は目を丸くした。
「と、まあ、こんな感じ。どうよ、異世界ファンタジーって感じがしてきただろ?」
「異世界っていう言葉の意味は、結局よくわからないけど……。とにかく、すごい魔法が使えるのはわかったわ!」
「そりゃよかった」
トリデは、軽く手を振った。
その仕草は、どこまでも気楽だった。
まるで、何もかもが当たり前であるかのように。