八歳になった。
俺ことリンは、ついに八歳になったのである。
ポケモン世界に転生してから八年。
ムーちゃんと出会ってから四年。
そして、カンムリ雪原でフェリヤとしずくを迎えてから、約二年が経過した。
いやぁ、時間が経つのは早いものですなぁ。
……ちなみに。
この二年間で、我が家のポケモンたちにも色々な変化があった。
まず、ムーちゃん。
相変わらずの甘えん坊。
ただし、以前よりずいぶん落ち着きが出てきた。
しずくの面倒を見るようになったおかげか、最近では頼れるお姉さんとしての貫禄すらある。
……まあ、俺を抱き潰しかける癖は治ってないんですけどね。
続いて、しずく。
こちらも元気いっぱい。
ムーちゃんにべったりで、家の中でも庭でも、二匹一緒に行動していることが多い。
ちなみに、まだシズクモのままである。
理由?
ほとんどバトルしていないから。
ムーちゃんとは軽い練習をするものの、俺自身がまだ本格的な育成を始めていないのだ。
今は一緒に遊んで、色々なことを覚えてもらっている段階。
焦って進化させるつもりもない。
……何より、小さくて可愛いし。
いや、オニシズクモも大好きだけどね?
そして、最後。
色違いフェローチェのフェリヤ。
こちら、二年間ほぼ進展なし。
いや、まったく変化がないわけではない。
同じ部屋にいることは許してくれる。
食事も普通に取る。
名前を呼ぶと、ときどき振り向く。
……ただし触ろうとすると逃げる。
バトルには参加しない。
こちらから距離を詰めると、露骨に嫌そうな顔をする。
二年間で解放されたイベント、少なすぎません?
好感度とか仲良し度のシステム、ちゃんと機能してる?
運営さん、不具合報告していいですか?
……まあ焦っても仕方ない。
フェリヤには、フェリヤの時間がある。
それだけは、この二年間で嫌というほど学んだ。
♦
「リン! 準備できたか?」
「できたー!」
そんなある日の朝。
俺はパパンと一緒に、ワイルドエリアへ出かけることになっていた。
目的は、野生ポケモンの観察と修行。
ヨロイ島で教わったことを、日常の中でも続けていくためである。
色違い探しが本命じゃないのかって?
黙秘します。
「ムーちゃん! しずく! いこう!」
「グソッ!」
「シズッ!」
ムーちゃんの前脚に、しずくがちょこんと乗る。
いつもの光景。
「フェリヤは、どうする?」
「…………」
窓際にいたフェリヤが、こちらを見た。
そして、ゆっくりと顔を逸らした。
……了解。
本日もお留守番ですね。
「じゃあ、ママンとイエッサンとまっててね!」
返事はない。
けれど、俺は気にせず手を振った。
二年前なら、ここで少し落ち込んでいたかもしれない。
でも今は違う。
フェリヤが嫌がることを、無理にさせるつもりはない。
……いつか、自分から「一緒に行きたい」と思ってくれたら嬉しいな。
♦
ワイルドエリア。
ガラル地方に広がる、広大な自然地帯。
草原、湖、森、岩場。
様々な環境が入り交じり、多種多様なポケモンが暮らしている。
前世の俺も、随分とお世話になった場所だ。
特に色違い厳選。
あの草むらには、数え切れないほどの時間を吸われた。
「リン、今日はどうする?」
「まずは、おはなのところ!」
「花?」
「うん! むしポケモンがいそうだから!」
パパンが笑った。
「なるほどな。じゃあ、あっちの花畑へ行ってみるか」
「やった!」
……ふっふっふ。
完璧である。
虫ポケモンといえば花畑。
花畑といえばアブリーやアブリボン。
つまり。
色違いと遭遇する可能性があるということ!
……いや、別に花畑だから色違いが出やすいわけではない。
そんなことはわかっている。
でもさ、探さなければ、出会えるものにも出会えないじゃん?
色廃の基本精神である。
♦
花畑へ到着すると、辺りには甘い香りが漂っていた。
色とりどりの花。
その周囲を飛び回る小さなポケモンたち。
アブリー。
ミツハニー。
そして、遠くにはキュワワーの姿も見える。
……いい。実にいい。
癒やし空間、ここに極まれり。
「ムーちゃん、しずく! みてみて!」
「グソッ!」
「シズ!」
しずくはムーちゃんの前脚から降りると、花の間を楽しそうに歩き始めた。
ムーちゃんは、その後ろをゆっくりついていく。
俺も二匹を見守りながら、周囲を観察していた。
すると。
ひらり。
視界の端で、何かが動いた。
「……ん?」
小さな羽。
花から花へ飛び移る、黄色い身体。
……アブリボン?
珍しいな。
……ん?
いや、待って。
その近くのあの子。
なんか、色が……。
「……んん?」
俺は目を凝らした。
通常のアブリボンとは違う、淡い赤みを帯びた色彩。
花の間を舞うその姿は、まるで小さな妖精のようだった。
「い、いろちが――!」
がしっ。
俺の口元を、ムーちゃんの前脚が優しく塞いだ。
「むぐっ!?」
「グソ……」
そうだった。
野生ポケモンの前では静かにしないと。
……うん。ありがとう、ムーちゃん。
でもさ、色違いアブリボンなんですが!?
マジで!?こんなにあっさり!?
二年前に色違いフェローチェとシズクモを引いたばかりですよ!?
俺の人生、色違い遭遇率どうなってるの!?
もしかして転生時にひかるおまもり内蔵された!?
……いや、そんなわけないか。
見つからなかった日だって山ほどある。
単純に運がいいのだろう。
「……リン?」
パパンが、小声で話しかけてきた。
「あのアブリボン、色が違うのか?」
「……うん!」
「……またか?」
パパン。
その言い方はどうかと思う。
確かにまただけど。
色違いとの遭遇は、何度経験しても感動するものなんですよ!
♦
さて、問題はここからである。
相手はアブリボン。
非常に小柄で、素早いポケモンだ。
下手に追いかければ、あっという間に逃げられる。
……というわけで。
「こんにちはー!」
まずは挨拶。
「……アブ?」
アブリボンが、こちらを向いた。
おっ、目が合った。
「おれ、リン!」
「アブリ!」
「いっしょにあそばない?」
アブリボンは、しばらく俺を見つめていた。
そして。
ふわりとこちらへ飛んでくる。
……おお、意外と人懐っこい?
そう思った、次の瞬間。
ぱふっ。
「……へ?」
顔に、何かが降りかかった。
甘い香り。
細かな花粉。
これ、もしかして……。
「……はっ、はっ……」
鼻がむずむずする。
「……はっくしょん!!」
「アブリッ!」
アブリボンが、楽しそうに飛び回った。
……おい貴様。
今、笑ったよな?
絶対に笑ったよな!?
「……こいつ、おれであそんでない?」
すると、アブリボンは今度はムーちゃんの頭へ着地した。
「グソ?」
「アブリ!」
なに普通に休憩してんの!?
そこ、我が相棒の頭上なんですが!?
ムーちゃんも怒らず、不思議そうに見上げている。
さらにアブリボンは、しずくの水泡を覗き込んだ。
「シズ?」
「アブリ?」
ぷるぷる。
しずくが水泡を揺らす。
アブリボンが興味津々で顔を近づける。
そして。
ぷにっ。
「アブリッ!」
……触った。
水泡を触って、喜んでる。
何この子。
いたずら好きすぎない?
……かわいいけど。
♦
しばらく遊んだあと。
俺は、一つのことに気づいた。
アブリボンは、花から花へ移動しながら蜜を集めていた。
どうやら、それが目的らしい。
……なるほど。
だったら。
「パパン! ちょっときのみ、だしていい?」
「ん? ああ、構わないぞ」
俺は鞄から、小さな容器を取り出した。
中には、ポケモン用に用意した甘いきのみ。
それを、花畑の端にある平らな石の上へ置く。
……よし。
あとは待つ。
追いかけない。
捕まえようとしない。
まずは、相手がどうするかを見る。
「ムーちゃん、しずく。ちょっとまってよう」
「グソッ!」
「シズ!」
俺たちは少し離れた場所に座った。
すると。
「……アブリ?」
アブリボンが、こちらを見た。
それから、石の上のきのみを見つめる。
気になっているらしい。
やがて、ゆっくりと近づいてきた。
小さな脚で、きのみをつつく。
そして。
「アブリ!」
嬉しそうに蜜を舐め始めた。
……お、食べた。
気に入ったらしい。
俺は、その様子を眺めながら小さく笑った。
「……おいしい?」
「アブリッ!」
元気な返事。
……うん、いい子だな。
いたずら好きだけど、悪意はない。
むしろ、誰かと遊ぶのが好きなのかもしれない。
フェリヤとは、また全然違う性格だ。
……本当にポケモンって、一匹一匹違うんだな。
♦
それから、俺たちはしばらく花畑で過ごした。
アブリボンは、相変わらず自由奔放。
ムーちゃんの頭に乗ったり、しずくの周りを飛び回ったり。
俺の鼻先へ近づいてきて、また花粉を振りかけようとしたり。
「ちょっ! それはやめて!」
「アブリッ!」
……こら、確信犯だろお前。
なお、今回はムーちゃんが前脚を差し出し、花粉を防いでくれた。
さすが相棒。
頼りになるぜ。
そんな時間が続くうちに、ふと思った。
……この子。
俺たちと一緒に来てくれないかな。
女の子らしい、小さなアブリボン。
いたずら好きで、好奇心旺盛。
ムーちゃんやしずくとも、すっかり打ち解けている。
……うん、ぜひ仲間になってほしい。
「……パパン」
「ん?」
「このこ、いっしょにきてくれないかな」
パパンはアブリボンを見た。
「……なるほど。随分懐いているみたいだな」
「うん!」
「母さんにも相談してみようか」
……そうだった。
新しいポケモンを迎えるときは、家族に相談。
我が家の鉄則である。
俺たちはママンに連絡し、事情を説明した。
また色違いを見つけたこと。
ムーちゃんたちと仲良くなったこと。
そして、できれば一緒に暮らしたいこと。
ママンは少し考えたあと、条件付きで了承してくれた。
……よし!これで準備は整った。
あとは本人の意思次第である。
♦
「……アブリボン!」
「アブリ?」
俺は、鞄から一つのモンスターボールを取り出した。
ピンク色を基調とした、可愛らしいデザイン。
ハイドと一緒にヨロイ島で作った、ラブラブボール。
……ふっふっふ。
この子には、絶対にこれだと思った。
可愛い。
元気。
いたずら好き。
しかも色違い。
ラブラブボールとの相性、最高すぎるだろ。
「……いっしょに、こない?」
俺はボールを見せた。
「おれたちと、いっしょにくらそうよ!」
「アブリ?」
アブリボンは、首を傾げた。
そして。
ひらり。
ムーちゃんの頭へ着地した。
「グソ?」
しばらく、ムーちゃんの装甲をつつく。
それから、しずくの水泡へ近づいた。
「シズッ!」
「アブリ!」
……おお。
まるで挨拶しているみたいだ。
アブリボンは、そのまま俺の前へ戻ってきた。
そして、ちょんっとラブラブボールへ、小さな脚で触れた。
白い光が弾ける。
アブリボンの身体が、ボールの中へ吸い込まれた。
ころん。
草の上へ落ちる。
一度、揺れて。
そして。
――カチッ。
「……やった!」
俺はボールを拾い上げた。
「やったぁぁぁ!!」
「グソッ!」
「シズッ!」
ムーちゃんとしずくも嬉しそうに鳴く。
……うおおおお!!
色違いアブリボン!
しかもラブラブボール入り!
これで四匹目!
色違いむし統一、完成まであと二匹!!
……いやぁ。
最高すぎる。
人生二周目、楽しすぎません?
♦
「アブリボン! でておいで!」
「アブリッ!」
捕獲後、俺はさっそく新しい仲間を呼び出した。
ロトム図鑑で確認したところ、この子はメス。
……女の子か。
ならば、名前をつけなければならない。
「……そうだ!」
俺は、アブリボンを見つめた。
可愛らしい色彩。
花の間を優雅に舞う姿。
それでいて、いたずら好きな性格。
……うん、決めた。
「きみのなまえは、ルージュ!」
別に某スライムアニメからとったわけじゃないからね?
「……アブリ?」
「ルージュ! どうかな?」
アブリボンは、少しだけ首を傾げた。
そして。
「アブリッ!」
俺の頭へ、ひらりと着地した。
気に入ってくれたらしい。
タブンネ。
「よろしくね、ルージュ!」
「アブリッ!」
新しい仲間、ゲットだぜ!
ちなみにルージュは、その直後。
俺の髪に、花粉をたっぷり振りかけてくれた。
「……はっくしょん!!」
「アブリッ!」
こいつ、絶対に俺のことをおもちゃだと思ってる。
♦
帰宅後。
俺は、さっそくママンに新しい仲間を紹介した。
「ママン! ただいま!」
「おかえり、リン」
「ルージュも!」
「アブリッ!」
ラブラブボールから現れたルージュが、ひらひらと飛び回る。
ママンは、その姿を見て微笑んだ。
「あら、可愛いアブリボンね」
「でしょ!」
「しかも色違いなのよね?」
「うん!」
ママンは、しばらくルージュを眺めていた。
そして。
「……リン」
「なに?」
「あなた、普通のポケモンは捕まえないの?」
……ん?普通のポケモン?
「……え?」
「……え?」
普通って、何?
色違いが普通では?
少なくとも、俺にとってはそうなんですが?
「……いろちがいが、ふつうじゃないの?」
「普通じゃありません!!」
また怒られました。
でもさ、ママン。
俺だって普通のポケモンを嫌ってるわけじゃないんだよ?
ただ、色違いを見るとテンションが上がるだけで。
あと、ボールにもこだわりたいだけで。
特におかしいことはないと思うんだ。
♦
その日の夕方。
俺の部屋には、四匹のポケモンがいた。
ムーちゃん。
しずく。
ルージュ。
そして、フェリヤ。
……まあ。フェリヤだけは、相変わらず少し離れた場所にいるんですけどね。
「ルージュ! こっちはフェリヤだよ!」
「アブリ?」
ルージュが、フェリヤのほうを見た。
そして、興味津々といった様子で飛んでいく。
……あっちょっと待って、ルージュ。
フェリヤは、まだ他のポケモンに慣れてないから――
「アブリッ!」
ぱふっ。
フェリヤの目の前に、花粉が舞った。
あ……終わった~……。
「……フェロ」
フェリヤが、ゆっくりと顔を上げる。
その視線は、花粉。
そして、ルージュ。
……まずい。
非常にまずい。
ルージュは、何も気づいていない。
むしろ、楽しそうに飛び回っている。
「アブリッ!」
「……フェロ」
フェリヤが、一歩後退した。
続いて、もう一歩。
そして。
シュッ!
部屋の反対側へ移動。
「ルージュ! かふんは、だめ!」
「アブリ?」
「フェリヤ、きれいなのがすきだから!」
ルージュは、不思議そうに首を傾げた。
フェリヤは、部屋の隅からこちらを睨んでいる。
新しい仲間が増えた初日から、早くも波乱の予感。
でも、ムーちゃんとしずくは楽しそうだ。
ルージュも、すぐに二匹と仲良くなった。
フェリヤは相変わらず距離を取っているけれど、少なくとも俺たちと同じ家で過ごしてくれている。
……二年間。
長かったようで、あっという間だった。
フェリヤとの関係は、まだまだこれから。
焦らず、ゆっくり。
いつか、四匹みんなで笑って過ごせる日が来たらいいな。
……そんなことを考えていた、そのとき。
「アブリッ!」
ぱふっ。
今度は俺の顔に花粉が飛んできた。
「……はっくしょん!!」
……あのさぁ。
ルージュさん?
お願いだから。
せめて俺を花粉の実験台にするのは、やめていただけません!?
こうして、我が家の色違いむし統一パーティーは四匹になった。
残り二匹。
まだまだ先は長い。
……ただし。
捕獲難易度より、共同生活の難易度のほうが高い説が急浮上している。
誰か、このパーティーの生活環境に詳しい方はいませんか?
できれば、フェリヤとルージュを同じ部屋に置いても大丈夫な方法を教えてください。