『真・恋姫†無双 ~赤鬼伝~ 百死転生の果てに、孫呉の小覇王を救う』 作:パスカルDX
第4話「王城への呼び出し! 赤鬼、もう一人の北郷一刀と出会う!」
孫呉の王城に朝日が差し込む頃、赤鬼は兵舎の寝台に腰掛け、人生について真剣に考えていた。
百回もの死と転生を繰り返してきた彼にとって、人生とは決して思いどおりにならないものである。どれほど綿密に計画を立てようとも、予想外の出来事によって予定が狂うことなど珍しくない。戦場で敵軍の奇襲を受けたこともあれば、信頼していた味方に裏切られたこともあり、ようやく平和を手に入れたと思った矢先に新たな戦乱へ巻き込まれたことさえあった。
そうした経験を積み重ねた結果、赤鬼は一つの結論に辿り着いていた。
人間、あまり欲張らない方がいい。
だからこそ、百一回目の人生では大きな望みなど抱かず、孫呉の一兵卒として慎ましく暮らすつもりだったのである。
もちろん、孫策の命を守るという目的だけは別だったが、それ以外については可能な限り目立たず、平穏に過ごしたいと考えていた。
ところが、現実はどうだろう。
入隊初日に採用試験の木柱をへし折り、二日目には直属の上官である程普との模擬戦に勝利し、三日目には孫呉の王である孫策から直々に勝負を申し込まれた。
そして四日目の今日。
赤鬼は王城へ呼び出されていた。
「……おかしい」
寝台に座ったまま、赤鬼は低い声で呟いた。
「俺はただ、飯を食って、給料をもらって、夜になったら寝るだけの生活がしたかったんだが……」
その言葉を聞いた牛山が、隣の寝台から豪快に笑った。
「がははっ! お前、本当に変な奴だな! 普通は王様に呼ばれたら喜ぶもんだぞ!」
「喜べるか。どう考えても面倒事の始まりだろ」
「何言ってんだ! 王様に気に入られたら出世できるかもしれねえじゃねえか!」
「だから困ってるんだよ」
赤鬼が真顔で答えると、牛山は不思議そうに首を傾げた。
この男にとって、出世とは喜ばしいことである。給料が増え、部下ができ、周囲から尊敬されるようになるのだから、嫌がる理由などないはずだった。
しかし、赤鬼にとって出世とは、責任と仕事が増えることを意味していた。
百回の人生で将軍や軍師を務めた経験があるからこそ、その苦労は身に染みている。
特に孫呉の場合、上に行けば行くほど孫策の自由奔放な行動に振り回されることになる。
それだけは、できれば避けたかった。
「……まあ、呼ばれた以上は行くしかないか」
赤鬼は諦めたように立ち上がり、黒を基調とした衣服の上から軽装鎧を身につけた。
腰には愛刀である《雪白》と《黒蓮》を差し、最後に赤い鬼の仮面を顔へ当てる。
少し長めの茶色い髪が仮面の後ろから覗き、額から伸びる二本の角が朝日に照らされた。
その姿を見た牛山は、なぜか満足そうに頷いた。
「うん! 今日も怪しいな!」
「褒めてるのか?」
「もちろんだ!」
「お前の褒め言葉は信用できん」
赤鬼は肩をすくめ、兵舎を後にした。
王城へ向かう道には、朝の仕事を始めた兵士や使用人たちが行き交っていた。石畳の通路には掃除されたばかりの水の跡が残り、庭園では庭師が植木の手入れをしている。遠くからは厨房で食器を運ぶ音が聞こえ、王城全体が一日の活動を始めていることが感じられた。
赤鬼はそんな光景を眺めながら、ゆっくりと歩いていく。
過去の人生でも、この王城を訪れたことは何度もあった。
戦勝の宴に招かれたこともあれば、軍議に参加したこともある。孫策に無理やり酒へ付き合わされ、翌朝になって冥琳から説教されたことさえあった。
懐かしい記憶が次々と蘇る。
しかし、それらはすべて過去の人生の出来事であり、今の世界ではまだ起きていないことだった。
「……変な気分だな」
赤鬼は小さく呟いた。
知っている場所なのに、誰も自分を知らない。
懐かしい人々が生きているのに、彼らにとって自分は初対面の男でしかない。
百回の転生を経験しても、この感覚だけは慣れることがなかった。
そんなことを考えているうちに、赤鬼は王城の一角にある控えの間へ到着した。
扉の前には二人の兵士が立っており、赤鬼の姿を見るなり、揃って目を丸くした。
「……赤い鬼の仮面」
「お前が赤鬼か?」
「ああ。王様に呼ばれて来たんだが」
兵士たちは顔を見合わせた。
どうやら、噂はすでに王城の中にまで広まっているらしい。
「話は聞いている。中で待つようにとのことだ」
「了解。ところで、朝飯は出るのか?」
「……は?」
「いや、王城に呼ばれたら豪華な朝飯くらい出るのかなと思ってな」
「そんなわけがあるか!」
「世知辛い世の中だな」
赤鬼は大げさにため息をつき、扉を開けた。
そして、その瞬間だった。
「……え?」
室内から聞こえてきた声に、赤鬼の足が止まった。
控えの間には、一人の青年が立っていた。
年齢は十八歳ほど。短い茶色の髪に、まだ幼さの残る顔立ち。身につけているのは、この世界では見慣れない白を基調とした衣服であり、その姿は明らかに異質だった。
赤鬼は、その青年を見た瞬間に理解した。
見覚えがある。
いや、見覚えがあるどころの話ではない。
かつて鏡の中で何度も見た顔だった。
「…………」
赤鬼は黙り込んだ。
青年もまた、突然現れた赤い鬼の仮面をつけた男を見つめ、困惑した表情を浮かべている。
しばらくの沈黙の後、先に口を開いたのは青年だった。
「あ、あの……あなたは?」
赤鬼は答えなかった。
仮面の奥で、ゆっくりと目を細める。
百回の人生で、数え切れないほどの奇妙な出来事を経験してきた。
しかし、自分と同じ存在が同じ世界にいるという事態は、さすがに初めてだった。
「……なるほどな」
赤鬼は小さく呟いた。
そして、誰にも聞こえないように続ける。
「百一回目にして、とうとう二人になったか」
青年は首を傾げた。
「え?」
「いや、こっちの話だ」
赤鬼は気を取り直し、いつもの軽い調子で片手を上げた。
「俺は赤鬼。孫呉軍の兵士だ。よろしくな」
「あ、はい! 俺は北郷一刀です!」
その名前を聞いた瞬間、赤鬼は心の中で盛大にため息をついた。
やはり、そうか。
目の前の青年は、間違いなく北郷一刀だった。
しかも、その表情や仕草から察するに、まだこの世界へ来て間もないらしい。
赤鬼は青年の姿を眺めながら、懐かしさと奇妙な感情が入り混じるのを感じていた。
若い。
実に若い。
百回の人生を経験した今の自分から見れば、何も知らず、何も失っていない頃の姿だった。
「……北郷一刀、ね」
「はい。変わった名前ですか?」
「いや、いい名前だと思うぞ」
赤鬼は静かに答えた。
かつて自分が名乗っていた名前。
今はもう捨てたはずの名前。
それを別の誰かが口にしているという事実は、思っていた以上に不思議なものだった。
「それにしても、赤鬼さんってすごい格好ですね」
「仮面か?」
「はい。ちょっと怖いですけど、格好いいと思います」
「おっ、わかるか!」
赤鬼は思わず嬉しそうな声を上げた。
これまで出会った人間のほとんどが、仮面を見るなり怪しいだの怖いだのと言ってきたのである。
格好いいと褒められたのは、今回の人生では初めてだった。
「お前、なかなか見る目があるな!」
「あはは……ありがとうございます」
若い一刀は少し照れくさそうに笑った。
その笑顔を見た赤鬼は、胸の奥に小さな痛みを覚えた。
何も知らずに笑っていられた頃の自分。
戦場の残酷さも、大切な人を失う苦しみも、まだ知らない青年。
できることなら、この笑顔を守ってやりたい。
赤鬼はそんなことを考えながら、近くの椅子へ腰掛けた。
「それで、北郷。お前はどうしてここに?」
「えっと……実は俺、別の世界から来たみたいなんです」
「ほう?」
赤鬼はわざと驚いたような声を出した。
若い一刀は少し困ったように頭をかく。
「信じてもらえないかもしれませんけど、俺がいた世界には車とか電車とか、いろんなものがあって……」
「へえ、そりゃすごいな」
「それで、気づいたらこの世界にいて……孫策さんたちに助けてもらったんです」
赤鬼は黙って話を聞いていた。
懐かしい言葉が次々と出てくる。
車、電車、学校、現代日本。
百回の人生を経験するうちに、遠い記憶の彼方へ追いやられていた故郷の風景が、少しずつ蘇ってくるようだった。
「……そうか。大変だったな」
赤鬼が静かに言うと、若い一刀は少し驚いたように顔を上げた。
「信じてくれるんですか?」
「まあな。世の中、何が起こるかわからんからな」
「ありがとうございます!」
若い一刀は心底安心したように笑った。
赤鬼はその笑顔を見つめながら、仮面の下で小さく息を吐いた。
この青年には、まだ何も知らないままでいてほしい。
少なくとも、今は。
そう思ったところで、控えの間の扉が勢いよく開いた。
「おっはよー!」
聞き覚えのある明るい声が響き渡る。
赤鬼は反射的に天井を見上げた。
「……来たか」
現れたのは、桃色の長い髪をなびかせた孫策だった。
江東の小覇王にして、孫呉の王。
彼女は満面の笑みを浮かべながら室内へ入ってくると、赤鬼の姿を見つけて目を輝かせた。
「あっ! 赤鬼!」
「……どうも、王様」
「ちゃんと来てくれたのね!」
「呼び出されたからな。来なかったら怒られるだろ」
「ふふっ、そんなことしないわよ!」
赤鬼は心の中で首を傾げた。
いや、絶対に怒るだろ。
少なくとも、過去の人生ではそうだった。
しかし、今の孫策にそんなことを言っても仕方がない。
赤鬼は肩をすくめ、彼女の後ろへ視線を向けた。
そこには、周瑜と程普の姿があった。
冥琳は相変わらず冷静な表情を浮かべ、粋怜は穏やかな笑みをたたえている。
「赤鬼。おはよう」
「おはよう、程普将軍」
「昨夜はよく眠れたかしら?」
「……牛山のいびきがなければな」
「あら、まだ同じ部屋なの?」
「寝台の場所を変えても、音が壁を貫通してくるんだよ」
赤鬼が真顔で答えると、粋怜は思わず口元に手を添えて笑った。
「ふふっ。それは困ったわね」
「笑い事じゃないぞ。あいつのいびき、敵軍の士気を下げる兵器として使えるんじゃないか?」
「……それは少し興味深いわね」
粋怜が冗談めかして答えたところで、冥琳が小さく咳払いをした。
「……そろそろ本題に入ってもよいか?」
その声に、赤鬼は顔を向けた。
周瑜。
孫呉随一の知将であり、孫策を支える軍師。
彼女の鋭い眼差しは、赤鬼の仮面をじっと見つめていた。
「貴様が赤鬼か」
「ああ、そうだ」
「程普から報告は受けている。相当な武芸の持ち主らしいな」
「大したことないさ」
「謙遜も度が過ぎれば嫌味になるぞ」
赤鬼は肩をすくめた。
冥琳の口調も、過去の人生で知っていたものと少しも変わらない。
冷静で、理知的で、そして必要とあれば容赦なく相手を追及する。
この女性に正体を疑われると、非常に面倒なことになる。
赤鬼は心の中で警戒を強めた。
「まあ、普通の兵士として頑張るつもりだよ」
「普通の兵士が程普を破るとは思えんがな」
「……最近、そればっかり言われる」
赤鬼がぼやくと、孫策が楽しそうに笑った。
「あははっ! だって本当のことじゃない!」
「王様まで言うなよ」
「ふふっ。ねえ、赤鬼。今日はあなたに会わせたい人がいるの」
孫策はそう言うと、若い一刀の肩を軽く叩いた。
「この子、北郷一刀っていうの。天の御使いなんですって!」
「……へえ」
赤鬼はわざと驚いたような声を出した。
若い一刀は少し照れくさそうに笑っている。
「いや、俺もよくわからないんですけど……」
「いいじゃない! 天の御使いなんて、すごく面白そうだもの!」
孫策は上機嫌だった。
赤鬼はその様子を眺めながら、心の中で苦笑する。
やはり、この女性は面白そうなものに目がない。
天の御使いと、赤い鬼の仮面をつけた謎の兵士。
どちらも孫策にとっては格好の興味の対象なのだろう。
「それでね、赤鬼!」
「何だ?」
「この子に剣を教えてあげてほしいの!」
「…………は?」
赤鬼は固まった。
孫策は満面の笑みを浮かべている。
「だって、あなた強いでしょう? 一刀はまだ戦い方を知らないみたいだし、ちょうどいいと思わない?」
「いや、待て。俺はただの兵士だぞ?」
「だから?」
「だから、そういう仕事は将軍とか教官の役目じゃないのか?」
「でも、あなたの方が強そうだもの!」
赤鬼は頭を抱えた。
この女性の理屈は、昔から変わらない。
面白そうだから。
強そうだから。
楽しそうだから。
それだけで周囲の人間を巻き込んでしまうのである。
「……程普将軍、助けてくれ」
赤鬼は粋怜へ視線を向けた。
彼女は少し考えるように首を傾げ、それから穏やかに微笑んだ。
「そうね。赤鬼なら、きっとよい先生になれると思うわ」
「……あんたもか!」
「ふふっ。だって、あなたは相手に怪我をさせないように戦えるでしょう?」
赤鬼は返す言葉を失った。
確かに、粋怜の言うことには一理ある。
若い一刀は戦場を知らない。
いきなり厳しい訓練を受けさせるよりも、経験豊富な者が基礎から教えた方が安全だろう。
しかし、それを自分が担当する必要があるのか。
赤鬼は深いため息をついた。
「……わかったよ。ただし、給料は上げてくれ」
その言葉に、孫策が目を輝かせた。
「いいわよ!」
「……え?」
「一刀の剣術指南役として、特別手当を出してあげる!」
赤鬼は黙り込んだ。
思っていたより、話が早い。
いや、早すぎる。
百回の人生で数多くの交渉を経験してきたが、ここまであっさり要求が通るとは思わなかった。
「……本当に?」
「もちろん!」
孫策は胸を張った。
その隣で、冥琳が額を押さえている。
「雪蓮。勝手に決めるな。予算というものがある」
「えー、いいじゃない。ちょっとくらい!」
「その『ちょっと』が積み重なっているのだがな」
冥琳の冷静な指摘に、孫策は頬を膨らませた。
赤鬼はその光景を眺めながら、思わず笑ってしまった。
懐かしい。
本当に、懐かしい。
過去の人生でも、何度となく見てきたやり取りだった。
孫策が思いつきで何かを決め、冥琳が頭を抱え、周囲の者たちが巻き込まれる。
そして最後には、なぜか全員が笑っている。
そんな日常が、今の赤鬼には何よりも愛おしかった。
結局、冥琳が条件付きで特別手当を認めることになり、赤鬼は若い一刀の剣術指南役を務めることになった。
もちろん、正式な階級は一般兵のままである。
赤鬼はそこだけは譲らなかった。
「……よし。出世はしてないな」
赤鬼が小さく呟くと、粋怜が不思議そうに首を傾げた。
「何か言った?」
「いや、何でもない」
赤鬼は慌てて首を振った。
すると、若い一刀が少し緊張した様子で近づいてきた。
「あの、赤鬼さん」
「ん?」
「これから、よろしくお願いします!」
若い一刀は深々と頭を下げた。
その真面目な姿に、赤鬼は思わず苦笑する。
百回前の自分も、こんなふうに誰かへ頭を下げていたのだろうか。
今となっては、遠い記憶の彼方にある。
「……ああ。よろしくな、北郷」
赤鬼は静かに答えた。
そして、少しだけ声を柔らかくする。
「ただし、覚悟しとけよ。俺の訓練は結構厳しいぞ」
「はい! 頑張ります!」
若い一刀は元気よく答えた。
その笑顔を見た赤鬼は、仮面の下で小さく微笑んだ。
この青年には、できるだけ苦しい思いをさせたくない。
戦場の残酷さを知る前に、少しでも自分の身を守る術を身につけさせてやりたい。
それが、百回の人生を経験した自分にできる、せめてものことだと思った。
しかし、そんな感傷に浸っている暇はなかった。
「ねえねえ、赤鬼!」
孫策が再び身を乗り出してきた。
「今度は何だ?」
「私も一緒に訓練していい?」
「……駄目だ」
「えー! どうしてよ!」
「王様が混ざったら、北郷の訓練にならないだろ!」
「そんなことないわよ! ちゃんと手加減するもの!」
「その言葉が一番信用できないんだよ!」
赤鬼の叫びが控えの間に響き渡った。
若い一刀は困ったように笑い、粋怜は口元に手を添えて微笑み、冥琳は深いため息をついていた。
孫策だけが、心底楽しそうに笑っている。
こうして、赤鬼の新たな仕事が決まった。
孫呉軍の一兵卒。
程普直属部隊所属。
そして、天の御使い・北郷一刀の剣術指南役。
本人が望んでいた平穏な兵士生活からは、また一歩遠ざかってしまったが、少なくとも給料が増えることだけは確かだった。
赤鬼はその事実を心の支えにすることにした。
百回の人生で、これほど小さな幸福に救われたことがあっただろうか。
いや、きっとあったのだろう。
だが、今はそれで十分だった。
王城を後にした赤鬼は、隣を歩く若い一刀へ視線を向けた。
「なあ、北郷」
「はい?」
「お前、剣を握ったことはあるか?」
「えっと……授業で竹刀を持ったことくらいなら」
「……なるほどな」
赤鬼は小さく頷いた。
それなら、基礎から教える必要がある。
いきなり実戦的な技術を叩き込むよりも、まずは身体の使い方と、危険を避ける方法を身につけさせるべきだろう。
「よし。明日から少しずつやっていこう」
「はい!」
若い一刀は嬉しそうに笑った。
その笑顔を見た赤鬼は、ふと空を見上げた。
青く澄んだ空には、白い雲がゆっくりと流れている。
百一回目の人生。
そこには、かつての自分がいた。
そして、何度も守れなかった大切な人々が、今も生きている。
この世界がなぜ生まれたのか。
なぜ二人の北郷一刀が存在するのか。
その答えは、まだわからない。
しかし、一つだけ確かなことがあった。
今度こそ、守る。
孫策も、孫呉の仲間たちも、そして目の前にいる若い自分自身も。
赤鬼は腰に差した雪白と黒蓮へ、そっと手を添えた。
その二振りは、今日も静かに彼の傍らにある。
百回の人生を共に駆け抜けた相棒たちとともに、彼は新たな運命へ歩み始めていた。
もっとも、そんな決意を胸に抱いた直後、若い一刀が何気なく口にした言葉によって、赤鬼は現実へ引き戻されることになる。
「あの、赤鬼さん」
「ん?」
「ところで、剣術の訓練って……朝は何時からですか?」
「日の出前だな」
「……え?」
「日の出前」
若い一刀の顔から、みるみる血の気が引いていく。
「そ、そんなに早いんですか!?」
「当たり前だろ。戦場で敵が寝坊してくれると思うか?」
「そ、それはそうですけど……!」
赤鬼は仮面の下で意地悪く笑った。
百回の人生を経験した男にとって、若い自分をからかう機会など滅多にない。
せっかくなのだから、少しくらい楽しんでも罰は当たらないだろう。
「安心しろ。最初は軽い訓練だ」
「ほ、本当ですか?」
「ああ。走り込みをして、素振りをして、最後に模擬戦を少しやるだけだ」
「……それ、軽いんですか?」
「俺にとってはな」
「基準がおかしいですよ!」
若い一刀の悲鳴が、王城の廊下に響き渡った。
赤鬼は楽しそうに笑いながら、その肩を軽く叩いた。
どうやら、百一回目の人生も退屈することだけはなさそうだった。
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