『真・恋姫†無双 ~赤鬼伝~ 百死転生の果てに、孫呉の小覇王を救う』 作:パスカルDX
第8話「赤鬼の特別訓練、王城へ進出! 周瑜の疑念と孫策の悪戯!」
孫呉の王城には、朝から慌ただしい空気が漂っていた。
高くそびえる城壁の向こうでは、江東の街がいつもの賑わいを見せている。商人たちが荷車を引いて大通りを行き交い、露店からは威勢のよい呼び声が響き、城門を守る兵士たちは出入りする人々の荷物を確認していた。
そんな平和な朝の風景とは対照的に、王城の一角にある兵舎では、一人の男が人生最大の難題に直面していた。
「……なあ、牛山」
「何だ、赤鬼!」
「俺、今日で軍を辞めてもいいか?」
赤い鬼の仮面をつけた男――赤鬼は、寝台に腰掛けたまま、心底疲れ切った声でそう尋ねた。
少し長めの茶色い髪が仮面の後ろから覗き、腰には愛刀である《雪白》と《黒蓮》が差されている。黒を基調とした衣服の上には孫呉軍の軽装鎧を身につけていたが、その姿にはこれから仕事へ向かう兵士らしい気迫が欠片も感じられなかった。
理由は単純である。
昨夜、彼のもとへ届けられた新しい勤務予定が、あまりにもひどかったのだ。
午前は程普直属部隊の訓練補佐。
昼前には天の御使い・北郷一刀の剣術指導。
午後は王城の近衛兵たちへの特別訓練。
そして夕方には、各隊の教官たちとの打ち合わせまで予定されていた。
赤鬼は木札に書かれた予定を眺め、深いため息をついた。
「……俺はいつから、こんな働き者になったんだ?」
「がははっ! いいじゃねえか! 出世街道まっしぐらだぞ!」
「俺は出世街道じゃなくて、食堂までの道を歩きたいんだよ」
「相変わらず変な奴だな!」
「お前に言われたくない」
赤鬼は肩を落とした。
孫呉軍へ入隊してから、まだ一週間も経っていない。
それなのに、彼の仕事は日に日に増え続けている。
百回の人生で将軍や軍師を務めた経験があるとはいえ、今の彼はあくまで一兵卒である。できることなら責任の少ない仕事をこなし、決まった時間に食事を取り、夜は静かに眠りたい。
それが、百一回目の人生におけるささやかな願いだった。
もっとも、最後の願いについては、同室の牛山がいる時点で実現する見込みが薄かったが。
「……そういや、牛山」
「何だ?」
「昨夜もすごかったぞ、お前のいびき」
「そうか?」
「隣の部屋の奴が、敵襲かと思って飛び起きたらしい」
「がははっ! そりゃ悪かったな!」
「笑い事じゃねえんだよ……」
赤鬼は頭を抱えた。
百回の人生で、数え切れないほどの戦場を経験してきた。
敵軍の奇襲にも、毒にも、暗殺にも遭遇したことがある。
しかし、牛山のいびきほど継続的に精神を削ってくる攻撃は、そう多くなかった。
しかも本人には悪意がない。
それが一番厄介だった。
「……まあ、いい。とりあえず仕事に行くか」
赤鬼は諦めたように立ち上がり、腰の剣を確かめた。
今日もまた、平穏とは程遠い一日が始まろうとしていた。
◇◇◇
午前の訓練が終わる頃、赤鬼は王城の近衛兵たちが使用する練兵場へ向かっていた。
通常の兵士たちが使用する練兵場よりも整備が行き届いており、地面は平らに踏み固められ、武器置き場には木剣や木槍が整然と並べられている。
王城を守る近衛兵たちは、一般兵よりも高い練度を求められる。
当然ながら、その中には腕に自信を持つ者も多かった。
赤鬼が練兵場へ足を踏み入れると、整列していた兵士たちの視線が一斉に集まった。
「……あれが赤鬼か」
「程普将軍と甘寧将軍に勝ったっていう?」
「本当に新兵なのか?」
「仮面が怪しすぎるだろ……」
赤鬼は聞こえてくる声を無視しながら、ゆっくりと中央へ進んだ。
赤い鬼の仮面に、黒を基調とした衣服。
腰には二振りの剣。
本人としては普通に歩いているつもりなのだが、どうしても周囲の注目を集めてしまうらしい。
赤鬼は心の中でため息をついた。
目立たないようにするという目標は、もはや完全に失敗している。
「……さて」
赤鬼は木剣を一本手に取り、兵士たちを見渡した。
「今日から少しの間、訓練の補佐をすることになった赤鬼だ。よろしく頼む」
兵士たちは揃って返事をした。
しかし、その中には明らかに不満そうな表情を浮かべている者もいた。
無理もない。
王城を守る近衛兵にとって、入隊したばかりの新兵から剣術を教わるというのは、あまり面白い話ではないだろう。
赤鬼はそんな空気を察し、仮面の下で小さく笑った。
「まあ、俺が新兵なのは事実だし、納得できない奴もいるだろうな」
その言葉に、兵士たちが少しざわめいた。
赤鬼は続ける。
「だから、最初に一つだけ言っておく。俺は別に、お前たちより偉いわけじゃない。今日も階級は一兵卒のままだ」
その率直な言葉に、兵士たちの表情がわずかに変わった。
「ただ、剣については少しだけ経験がある。役に立ちそうなことがあれば教えるし、必要なければ聞き流してくれても構わない」
赤鬼は肩をすくめた。
「……まあ、できれば真面目に聞いてくれると助かるけどな」
その軽い口調に、兵士たちの間から小さな笑い声が漏れた。
張り詰めていた空気が、少しだけ和らぐ。
赤鬼は満足そうに頷いた。
百回の人生で多くの兵士を指導してきた彼は、最初から威圧的な態度を取っても意味がないことを理解していた。
相手が納得しなければ、どれほど正しいことを教えても身につかない。
だからこそ、まずは話を聞いてもらえる関係を作る必要があった。
「さて、まずは普段どおりに動いてみてくれ。俺はそれを見て回る」
赤鬼の指示で、兵士たちは二人一組になり、木剣を使った訓練を始めた。
乾いた音が練兵場に響き渡る。
赤鬼はゆっくりと歩きながら、一人ひとりの動きを観察していった。
剣を握る手の力加減、足の置き方、身体の重心、攻撃を受けるときの姿勢。
近衛兵たちは確かに練度が高かった。
しかし、だからこそ細かな癖や無駄な動きも目立つ。
「そっちの兵士、踏み込むときに肩が先に動いてるぞ」
「……え?」
「相手に次の動きを読まれやすい。もう少し腰から動いてみろ」
赤鬼は木剣を手に取り、ゆっくりと見本を見せた。
その動きは驚くほど滑らかで、無駄がなかった。
兵士は思わず目を見開いた。
「……なるほど」
「そうそう。今の感じだ」
赤鬼は満足そうに頷き、次の兵士へ向かった。
その指導は、非常に丁寧だった。
相手の力量を見極め、必要な部分だけを指摘する。
できたことは素直に褒め、失敗しても怒鳴らない。
その姿勢に、最初は不満を抱いていた近衛兵たちも、少しずつ真剣に耳を傾けるようになっていった。
しかし、全員が素直に受け入れたわけではなかった。
「……赤鬼殿」
低い声が響いた。
赤鬼が振り返ると、そこには一人の大柄な近衛兵が立っていた。
年齢は三十代半ばほどだろうか。鍛え上げられた身体に、鋭い眼差しを持つ男だった。
「何だ?」
「貴殿の実力は噂で聞いている。しかし、我々も王城を守る近衛兵だ。簡単に新兵の指導を受け入れるわけにはいかない」
赤鬼は静かに頷いた。
「……なるほどな」
「一度、手合わせを願いたい」
その言葉に、周囲の兵士たちがざわめいた。
赤鬼は仮面の下で苦笑した。
またか。
どうしてこの世界の武人たちは、何かあるたびに勝負を申し込んでくるのだろうか。
百回の人生で散々経験してきたこととはいえ、さすがに少し疲れてきた。
「……まあ、いいけどな」
赤鬼は木剣を肩へ担いだ。
「ただし、怪我しない程度にな」
「承知した!」
近衛兵は力強く頷いた。
そして、二人は練兵場の中央へ進んだ。
周囲の兵士たちが距離を取り、静かに見守る。
近衛兵は木剣を構え、赤鬼を鋭く見据えた。
「……いくぞ!」
男が踏み込んだ。
その動きは力強く、鍛え上げられた身体から放たれる斬撃には十分な威力があった。
しかし、赤鬼は慌てなかった。
半歩だけ身体をずらし、木剣の腹で攻撃を受け流す。
乾いた音が響いた。
「……っ!」
近衛兵はすぐさま体勢を立て直し、連続して攻撃を繰り出した。
赤鬼はそのすべてを、最小限の動きで捌いていく。
そして、相手の呼吸が乱れた瞬間、木剣を軽く弾いた。
男の手から木剣が離れ、地面へ転がる。
練兵場が静まり返った。
赤鬼は木剣を下ろし、気まずそうに頭をかいた。
「……悪い。ちょっと強く弾きすぎた」
近衛兵はしばらく黙っていたが、やがて深々と頭を下げた。
「……見事です」
赤鬼は少し驚いたように顔を上げた。
「いや、別にそこまで大したことじゃ……」
「いえ。貴殿の剣は、我々とは明らかに違う。ぜひ、指導をお願いします」
その言葉に、周囲の兵士たちも次々と頷いた。
赤鬼は小さく息を吐いた。
どうやら、これで少しは認めてもらえたらしい。
「……わかった。じゃあ、改めてよろしくな」
赤鬼が軽く片手を上げると、兵士たちは揃って返事をした。
こうして、王城の近衛兵たちへの特別訓練は、予想以上に順調な滑り出しを見せたのである。
◇◇◇
一方、その頃。
王城の執務室では、周瑜が一枚の報告書を手にしていた。
机の上には各地から届けられた軍事報告や税収に関する書簡が積み重なり、窓から差し込む陽光が整然と並べられた筆記具を照らしている。
冥琳は報告書へ目を通しながら、静かに眉を寄せた。
「……やはり、妙だな」
そこには、赤鬼について調べた結果が記されていた。
出身地、不明。
過去の所属、不明。
家族構成、不明。
軍歴、不明。
唯一わかっているのは、彼が孫呉軍へ入隊したばかりの新兵であり、程普の部隊に所属しているという事実だけだった。
冥琳は報告書を机へ置き、静かに息を吐いた。
「……これほどの実力者が、何の記録も残していないとはな」
赤鬼は、明らかに普通の兵士ではない。
程普と甘寧を破り、孫策とも互角以上に渡り合うほどの武芸。
さらに、兵士たちへの指導にも長けている。
それほどの人物が、今まで無名だったというのは不自然だった。
「……何者なのだ、貴様は」
冥琳は小さく呟いた。
そのとき、執務室の扉が開いた。
「冥琳ー!」
聞き慣れた明るい声が響いた。
冥琳は目を閉じ、深いため息をついた。
「……雪蓮」
「なあに?」
「扉を開ける前に声をかけろと、何度言えばわかる?」
「えー、いいじゃない! 私たちの仲でしょ?」
孫策は楽しそうに笑いながら、執務室へ入ってきた。
その手には、何やら小さな菓子包みが握られている。
「ほら、冥琳! お菓子買ってきたわよ!」
「……また城下へ出ていたのか?」
「ちょっとだけ!」
「その『ちょっと』が信用できんのだがな」
冥琳は額を押さえた。
孫策はそんな彼女の様子など気にせず、机の上へ菓子包みを置いた。
「それより、何見てるの?」
「……赤鬼の調査報告だ」
その名前を聞いた瞬間、孫策の目が輝いた。
「赤鬼!?」
「ああ」
「何かわかった!?」
孫策は身を乗り出した。
冥琳は静かに首を振る。
「……ほとんど何もわからん」
「えー!」
「出身地も過去の経歴も不明だ。あれほどの実力を持ちながら、どこにも記録が残っていない」
冥琳は真剣な表情で続けた。
「雪蓮。あの男には注意した方がいい」
孫策は少しだけ首を傾げた。
「どうして?」
「正体がわからんからだ。しかも、貴様はあの男に妙に興味を持っている」
「だって、面白いんだもの!」
「……それが問題なのだ」
冥琳は深いため息をついた。
しかし、孫策はまったく気にした様子がなかった。
「ねえ、冥琳」
「何だ?」
「赤鬼って、仮面の下はどんな顔してると思う?」
冥琳は一瞬だけ黙り込んだ。
そして、ゆっくりと孫策を見つめた。
「……まさか、貴様」
「ふふっ。ちょっと気になっちゃって!」
孫策は悪戯っぽく笑った。
冥琳は額を押さえた。
「……雪蓮。余計なことはするなよ」
「えー! まだ何もしてないわよ!」
「『まだ』という言葉が非常に気になるのだが」
冥琳の冷静な指摘に、孫策は楽しそうに笑った。
どうやら、彼女の中ではすでに何かが決まっているらしい。
冥琳は静かにため息をついた。
赤鬼という謎の男。
そして、その男へ興味を抱き始めた孫策。
この組み合わせが、今後どれほどの騒動を引き起こすのか。
考えるだけで頭が痛くなる。
しかし、そんな冥琳の心配など知らず、孫策は満面の笑みを浮かべていた。
「ふふっ。楽しみね、赤鬼!」
◇◇◇
午後の訓練が終わる頃、赤鬼は練兵場の片隅で木剣を片づけていた。
王城の近衛兵たちは、午前中とは見違えるほど真剣な表情で訓練に取り組んでいた。
赤鬼の指導は丁寧で、しかも実践的だった。
兵士たちは少しずつ彼を信頼するようになり、訓練が終わる頃には、誰もが素直に礼を述べるようになっていた。
「赤鬼殿! 本日はありがとうございました!」
「おう。明日も頑張れよ」
赤鬼は軽く片手を上げた。
その姿を見て、近衛兵たちは嬉しそうに頷いた。
どうやら、王城でも彼の評判は上がり始めているらしい。
本人としては、少々複雑な気分だった。
「……また目立っちまったな」
赤鬼は小さく呟いた。
そのとき、背後から慌ただしい足音が聞こえてきた。
「赤鬼さーん!」
若い北郷一刀だった。
彼は息を切らしながら駆け寄ってきた。
「どうした、北郷?」
「た、大変なんです!」
「……何があった?」
一刀は困ったように頭をかいた。
「実は……王城の厨房で、ちょっとした騒ぎになっちゃって……」
赤鬼は黙り込んだ。
そして、ゆっくりと首を傾げた。
「……厨房?」
「はい……」
「何したんだ、お前」
一刀は少しだけ目を逸らした。
「……料理を作ろうとしたんです」
「……ほう」
「この世界の食材で、元の世界の料理が作れないかなって……」
赤鬼は静かに頷いた。
なるほど。
それ自体は悪い考えではない。
現代日本の料理を再現しようとするのは、異世界へ来た者なら一度は考えることだろう。
問題は、その結果だった。
「……それで?」
一刀は気まずそうに笑った。
「……ちょっと、煙が出まして」
「……ちょっと?」
「……結構、出ました」
赤鬼は天を仰いだ。
どうやら、嫌な予感が的中したらしい。
「……火事にはなってないだろうな?」
「だ、大丈夫です! すぐ消しました!」
「……なら、まだマシか」
赤鬼は深いため息をついた。
百回の人生で、料理に失敗した者を何人も見てきた。
しかし、まさか若い自分が同じような騒動を起こすとは思わなかった。
「……で、何を作ろうとしたんだ?」
「えっと……炒め物です」
「……炒め物?」
「はい。油を熱して、野菜を入れようとしたんですけど……」
赤鬼は少しだけ考えた。
そして、静かに尋ねる。
「……油、入れすぎたか?」
一刀は目を丸くした。
「……何でわかるんですか!?」
赤鬼は頭を抱えた。
やはり、そうだったか。
百回の人生で培った経験が、こんなところで役立つとは思わなかった。
「……とりあえず、厨房へ行くぞ」
「はい!」
二人は急いで厨房へ向かった。
そこには、困り果てた料理人たちと、少し焦げた鍋が待っていた。
赤鬼は状況を確認すると、まず火が完全に消えていることを確かめ、周囲に危険がないことを確認した。
それから、一刀へ向き直った。
「……北郷」
「はい……」
「料理は悪くない。むしろ、いいことだ」
一刀は少しだけ顔を上げた。
「……本当ですか?」
「ああ。ただし、火の扱いには気をつけろ。特に油は危ないからな」
赤鬼は静かに続けた。
「次からは、ちゃんと料理人に相談してからやれ。勝手に火を使うなよ」
「……はい。すみませんでした」
一刀は深々と頭を下げた。
赤鬼は小さく頷いた。
失敗は誰にでもある。
大切なのは、同じ失敗を繰り返さないことだ。
そう考えていた赤鬼だったが、厨房の奥から聞こえてきた声によって、再び頭を抱えることになる。
「あら? 何だか楽しそうなことしてるじゃない!」
孫策だった。
彼女は興味津々といった様子で厨房へ入ってきた。
赤鬼はゆっくりと振り返った。
「……王様」
「なあに?」
「どうしてここにいるんだ?」
「煙が出たって聞いたから、見に来たの!」
「……普通、王様が自分で見に来るか?」
「だって、気になるじゃない!」
孫策は満面の笑みを浮かべた。
赤鬼は深いため息をついた。
この女性は、本当に変わらない。
面白そうなことがあれば、どこへでも顔を出してしまう。
そして、気づけば周囲の人間を巻き込んでしまうのである。
「……まあ、火事にならなくてよかったな」
赤鬼がそう呟くと、孫策は楽しそうに笑った。
「ふふっ。それより、赤鬼!」
「……今度は何だ?」
「あなた、料理もできるの?」
赤鬼は一瞬だけ黙り込んだ。
そして、肩をすくめた。
「……まあ、多少はな」
孫策の目が輝いた。
「本当!?」
「……ああ」
「じゃあ、今度私にも作ってよ!」
赤鬼は固まった。
若い一刀も目を丸くしている。
孫策は満面の笑みを浮かべた。
「楽しみにしてるわね!」
赤鬼は天を仰いだ。
剣術指導だけでも忙しいというのに、今度は料理まで頼まれることになってしまった。
「……俺、兵士だよな?」
赤鬼が小さく呟くと、一刀は困ったように笑った。
「……たぶん、そうだと思います」
「……たぶんって何だよ」
二人は顔を見合わせ、思わず笑ってしまった。
百一回目の人生。
赤鬼の平穏な兵士生活は、今日もまた遠ざかっていく。
しかし、その騒がしさの中で、彼は確かに感じていた。
今、目の前には守りたい人々が生きている。
孫策が笑い、若い一刀が失敗しながらも前へ進み、周囲の人々が賑やかに日々を過ごしている。
そんな日常を守るためなら、多少の面倒事くらいは我慢してもいい。
赤鬼は仮面の下で小さく微笑んだ。
そして、孫策へ視線を向ける。
「……わかったよ、王様」
「えっ?」
「今度、何か作ってやる。ただし、材料はそっちで用意してくれよ」
孫策の目が輝いた。
「本当!? 約束よ!」
「ああ。約束だ」
孫策は嬉しそうに笑った。
その笑顔を見た赤鬼は、胸の奥に温かなものが広がるのを感じた。
何度も失った女性が、今こうして生きて笑っている。
それだけで、百一回目の人生には十分な価値がある。
赤鬼は静かにそう思った。
もっとも、その直後、厨房の入口から現れた冥琳が、冷たい声で告げた一言によって、彼の気分は一瞬で変わることになる。
「……雪蓮」
「……あっ」
「貴様、また勝手に仕事を増やしたのか?」
孫策は少しだけ目を逸らした。
赤鬼も同じように目を逸らした。
若い一刀だけが、困ったように二人を見比べている。
冥琳は深いため息をついた。
「……まったく。王城は遊び場ではないのだぞ」
その言葉に、赤鬼は思わず頷いた。
「……まったくだな」
「貴様も同罪だ、赤鬼」
「……何で俺まで!?」
赤鬼の叫びが、厨房に響き渡った。
孫策は声を上げて笑い、一刀もつられて笑い出す。
こうして、王城の一日は今日も賑やかに過ぎていくのだった。
しかし、その裏では、冥琳による赤鬼の調査が静かに進められていた。
彼の正体を示す記録は、いまだ見つかっていない。
それでも、彼女は確信し始めていた。
赤鬼という男には、何か大きな秘密がある。
そして、その秘密は、孫呉の未来を大きく左右するものになるかもしれない。
百一回目の人生。
赤い鬼の仮面をつけた男の物語は、少しずつ新たな局面へ進み始めていた。
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