神葬戦争   作:あいうえお12345

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友達じゃねぇ! ライバルだ!

 

午前七時三十分。

ジャポネ無宗教軍、第七駐屯基地。

 

「……腹減った」

 

黒瀬迅は、訓練場の片隅でしゃがみ込んでいた。

入隊してから数日。迅が学んだことは三つある。

 

一つ、この軍隊はとにかく金がない。

二つ、この軍隊はとにかく飯がまずい。

そして三つ。

「……軍隊って、こんな朝早ぇの?」

とにかく朝が早い。

「黒瀬ぇぇぇ!!」

背後から怒声が響いた。

振り返ると、鬼のような形相をした教官が立っていた。

「貴様! また集合時間に遅れたな!!」

「いや、まだ三十分しか遅れてねぇだろ」

「三十分もだ!!」

「細けぇなぁ」

「貴様が大雑把すぎるんだ!!」

教官は額に青筋を浮かべた。

「今日は他宗教軍からの派遣兵が到着する日だ! 分かっているのか!?」

「派遣兵?」

「昨日説明しただろうが!!」

「……あー」

迅は思い出したように手を叩いた。

「強ぇ奴が来るってやつ?」

「優秀な人材が来るんだ!」

「同じじゃねぇか」

「違う!!」

迅は立ち上がり、軽く肩を回した。

「ま、面白ぇ奴なら何でもいいけどな」

「貴様はもう少し軍人としての自覚を持て!」

「へいへい」

「返事は『はい』だ!!」

「はいはい」

「一回でいい!!」

教官の怒声が、朝の訓練場に響き渡った。

その様子を見ていた新兵たちは、既に慣れた顔をしていた。

 

「……また黒瀬か」

「よく営倉に入れられないよな」

「昨日も司令官に呼び出されてたぞ」

「そのうち本当に処分されるんじゃねぇか?」

そんな会話をよそに、迅は大きなあくびをした。

「……眠ぃ」

この男に反省という概念は、どうやら存在しないらしい。

 

同日、午前七時四十五分。

基地正門。

一台の大型軍用輸送車が到着した。

車体には、キリスト教軍の紋章。

車両名は『CMT-42 多用途装甲輸送車』。

全長九メートルを超える大型車両で、兵員輸送から物資運搬まで幅広く運用される軍用車である。

その後部ハッチが開いた。

 

「……おい」

中から声がした。

「ここ、本当に軍隊か?」

赤髪の青年が降りてきた。

 

ラフバ・エラー。

十八歳。

キリスト教軍所属。

 

未覚醒ながら、並の超越者に匹敵する怪力を持つ問題児である。

ラフバは基地を見渡した。

ひび割れた外壁。

錆びた監視塔。

故障したまま放置されている警備アンドロイド。

そして、傾いた基地の看板。

 

「…………」

ラフバはしばらく黙っていた。

 

そして。

「はははははっ!!」

突然笑い出した。

「なんだここ! 廃墟じゃねぇか!!」

案内役の兵士が顔をしかめた。

「失礼なことを言うな!」

「いや、だってよ!」

 

ラフバは監視塔を指差した。

「あれ、今にも倒れそうじゃねぇか!」

「倒れん!」

その瞬間。

 

ギギギ……。

監視塔から不吉な音がした。

「…………」

兵士は目を逸らした。

 

ラフバは腹を抱えて笑った。

「ぶはははっ! マジかよ!!」

「……とにかく、まずは受付だ」

「おう!」

 

ラフバは笑いながら歩き出した。

彼にとって、軍隊とは戦う場所だった。

強い相手と戦い、勝つ。

ただそれだけ。

勝負に勝つことこそが、人生最大の楽しみ。

そして、いつか神になる。

それがラフバの夢だった。

 

「……そういや」

ラフバは思い出したように呟いた。

「例の黒髪、どこにいんだ?」

派遣前に見せられた映像。

未覚醒にもかかわらず、異常な速度で走る少年。

黒瀬迅。

 

ラフバは口元を吊り上げた。

「……早く勝負してぇな」

 

午前七時五十分。

別の輸送車両が基地へ到着した。

仏教軍の紋章が刻まれた、白い装甲輸送車。

その中から、一人の少女が降りてきた。

 

アギ・ハワー。

十八歳。

仏教軍所属。

 

黒髪を後ろで束ね、腰には一本の刀を差している。

その姿は端正で、どこか落ち着いた雰囲気を漂わせていた。

アギは基地を見渡した。

「…………」

ひび割れた壁。

老朽化した設備。

補修用の鉄板が何枚も取り付けられた兵舎。

「……なるほど」

アギは静かに呟いた。

「資料以上ですね」

案内役の兵士が苦笑した。

「まあ……予算が足りなくてな」

「承知しています」

アギは小さく頷いた。

「ですが、これでは設備の維持も難しいのでは?」

「……その通りだ」

「食料の備蓄は?」

「……十分とは言えん」

「医療設備は?」

「……最低限だ」

「訓練用の機械兵は?」

「……三機ある」

「三機?」

「うち二機は故障中だ」

「…………」

 

アギは目を閉じた。

「……帰ってもよろしいでしょうか?」

「まだ来たばかりだろう!?」

「冗談です」

アギは微笑んだ。

だが、その笑顔は少しだけ引きつっていた。

彼女は仏教軍でも屈指の才能を持つ少女だった。

剣術。体術。戦術分析。モナ制御。

その全てにおいて、同年代の兵士を遥かに上回る。

覚醒こそしていないものの、並の超越者では相手にならないほどの実力者。

 

だからこそ、彼女は派遣された。

人手不足に苦しむ無宗教軍への支援。

そして、問題を起こさず任務を遂行できる優秀な人材として。

 

しかし。

 

「……嫌な予感がしますね」

アギは小さく呟いた。

その予感は、数十分後に現実となる。

 

午前八時。

第七駐屯基地、第一訓練場。

新兵と派遣兵を対象とした身体能力検査が始まった。

訓練場には、数百人の兵士が集まっていた。

検査項目は四つ。

筋力。速度。耐久力。

そして、モナ量。

これらは軍人の基本的な能力を測定するための指標である。

 

「次! 黒瀬迅!」

教官の声が響いた。

「へーい」

迅は面倒くさそうに前へ出た。

周囲の兵士たちがざわつく。

「……あいつか」

「例の食料泥棒だろ?」

「入隊して早々に教官を怒らせまくってる奴」

「でも、身体能力は相当らしいぞ」

迅はそんな声を気にすることなく、測定装置の前に立った。

「まずは筋力測定だ!」

教官が指示する。

目の前には、大型の衝撃測定装置が設置されていた。

高密度の衝撃吸収材とモナ反応センサーを組み合わせた、軍用の測定機器である。

 

「全力で殴れ!」

「壊してもいい?」

「壊れるわけがないだろう!」

「ふーん」

迅は拳を握った。

軽く肩を回す。

そして。

 

ドンッ!!

 

一撃。

測定装置が大きく揺れた。

電子表示が激しく変動する。

『測定中……』

『測定中……』

『警告:基準値超過』

 

教官の目が見開かれた。

「……なに?」

数値が表示される。

未覚醒者の平均値を大きく上回る結果だった。

周囲がざわめく。

 

「……おい、見たか?」

「未覚醒だろ、あいつ?」

「なんだよ、あの数値……」

 

迅は自分の拳を見た。

「……まあまあか」

 

教官は呆然としていた。

「……貴様、本当に覚醒していないのか?」

「してねぇよ」

「モナを使った形跡もない……」

「何か問題あんの?」

「問題しかないわ!!」

 

迅は笑った。

「ははっ、褒めてんのか?」

「褒めてない!!」

そのときだった。

 

「おい!!」

訓練場の入り口から、大きな声が響いた。

全員が振り返る。

そこには、赤髪の青年が立っていた。

ラフバ・エラー。

彼は迅を見つめていた。

 

「お前が黒瀬迅か?」

 

迅は首を傾げた。

「……誰?」

「ラフバ・エラーだ!」

「……ラフ?」

「ラフバだ!!」

「似たようなもんだろ」

「全然違ぇ!!」

ラフバは大股で近づいてきた。

 

「お前、強ぇんだろ?」

迅は少し考えた。

「……まあ、弱くはねぇと思うけど」

「よし!」

ラフバは拳を握った。

 

「俺と勝負しろ!!」

「…………」

 

迅はラフバを見た。

赤髪。大柄な体格。異様なほどの闘争心。

そして何より。

その目。

まるで獲物を見つけた猛獣のような、ぎらついた瞳。

 

迅は、にやりと笑った。

「……面白ぇじゃん」

教官が叫ぶ。

 

「おい! 勝手に何をしている!!」

しかし。

二人は既に、互いしか見ていなかった。

 

「ルールは?」

迅が尋ねた。

ラフバは笑った。

 

「相手が負けを認めるまで!」

「いいねぇ」

迅は軽く拳を握った。

 

「じゃ、やるか」

「おう!!」

次の瞬間。

 

ドンッ!!

 

地面が震えた。

ラフバが踏み込んだ。

速い。巨体に似合わない爆発的な加速。

その拳が、迅の顔面へ迫る。

 

だが。

 

「……おっと」

迅は首を傾けた。

拳が頬をかすめる。

 

「避けたか!」

ラフバが笑う。

迅も笑った。

 

「お前、結構速ぇな!」

「まだまだぁ!!」

ラフバが連続で拳を振るう。

右。左。右。膝蹴り。

迅はその全てを紙一重で避けた。

 

「……ははっ!」

そして。

「今度はこっちの番だ!」

 

迅が踏み込む。

一瞬。

ラフバの視界から迅が消えた。

「!?」

次の瞬間。

 

ドッ!!

 

ラフバの腹部に拳が突き刺さった。

「ぐっ……!」

しかし。

ラフバは倒れなかった。

それどころか。

 

「……ははっ!」

笑っていた。

「いい拳じゃねぇか!!」

ラフバが迅の腕を掴む。

「!?」

「捕まえたぞ!!」

そのまま力任せに投げ飛ばす。

迅の体が宙を舞った。

「うおっ!?」

地面へ叩きつけられる寸前。

迅は体をひねった。

片手を地面につく。勢いを殺し、着地。

「……危ねぇな!」

「避けんなよ!!」

「無茶言うな!!」

二人は同時に笑った。

「ははははっ!!」

「ははっ! お前、面白ぇ!!」

再び激突する。

速度の迅。怪力のラフバ。

互いに一歩も譲らない。

 

周囲の兵士たちは、ただ呆然と見つめていた。

「……なんだ、あいつら」

「未覚醒だよな……?」

「どっちも化け物じゃねぇか……」

教官が怒鳴る。

「やめろぉぉぉ!!」

しかし、二人には聞こえていなかった。

ラフバの拳が迅の頬をかすめる。

迅の蹴りがラフバの肩を打つ。

一撃ごとに、地面が震えた。

 

そして。

「……おい、ラフ!」

「ラフバだ!!」

「どっちでもいいだろ!」

「よくねぇ!!」

迅は笑った。

「お前、なかなかやるじゃん!」

ラフバも笑った。

「お前こそな!!」

二人は同時に拳を引いた。

 

そして。

「「うおらぁぁぁぁ!!」」

互いの拳が、真正面からぶつかろうとした。

その瞬間。

「――そこまでです」

静かな声が響いた。

 

次の瞬間。

二人の拳が止まった。

「…………は?」

迅が目を見開く。

 

「……あ?」

ラフバも固まった。

二人の間に、一人の少女が立っていた。

 

黒髪。

腰には刀。澄んだ瞳。

アギ・ハワー。

彼女は、迅とラフバの腕をそれぞれ片手で掴んでいた。

 

「……何してるんですか、あなたたち」

迅は目を丸くした。

ラフバも同じだった。

なぜなら。

二人とも、全力で拳を振るっていたからだ。

それを。この少女は、当たり前のように止めていた。

 

「……お前」

迅が呟いた。

「……強ぇな」

ラフバも口元を吊り上げた。

「……面白ぇ」

アギは小さくため息をついた。

「……話を聞いてください」

「お前も勝負すんのか!?」

ラフバが尋ねた。

 

「しません」

「えー」

迅が不満そうに声を漏らした。

アギは二人を見た。

そして。

「……あなたたち」

少しだけ、眉をひそめた。

「軍隊に何をしに来たんですか?」

 

迅は答えた。

「飯食いに」

ラフバも答えた。

「戦いに」

「…………」

 

アギは目を閉じた。

深呼吸。

一秒。二秒。三秒。

そして。

「……帰りたい」

心の底から呟いた。

 

その日の午後。

第七駐屯基地、司令官室。

「……で?」

榊原宗一郎大佐は、机に肘をついていた。

目の前には三人。

黒瀬迅。

ラフバ・エラー。

アギ・ハワー。

迅は椅子に座り、足を組んでいる。

ラフバは腕を組み、不満そうにしている。

アギは背筋を伸ばし、静かに立っていた。

 

榊原は書類を見た。

「訓練場の床、損傷」

「…………」

「測定装置、一部破損」

「…………」

「新兵十二名、訓練中断」

「…………」

「教官三名、精神的疲労」

「…………」

 

榊原は顔を上げた。

「……貴様ら、何をしていた?」

迅は答えた。

「勝負」

ラフバも答えた。

「勝負」

アギは答えた。

「……止めていました」

榊原は深くため息をついた。

 

「……黒瀬」

「あ?」

「貴様は入隊してから、何回問題を起こせば気が済む?」

「まだそんな起こしてねぇだろ」

「昨日だけで五件だ!!」

「……少なくね?」

「多いわ!!」

 

榊原はラフバを見る。

「ラフバ・エラー」

「おう!」

「貴様も、派遣初日から何をしている!」

「強ぇ奴がいたから勝負した!」

「理由にならん!!」

「なんでだよ!」

「なんでもだ!!」

そして、アギを見る。

「……アギ・ハワー」

「はい」

「貴様だけはまともだと思っていた」

「……ありがとうございます」

「だが、報告書によると、貴様も訓練場の設備を一部破損させたそうだな?」

「…………」

 

アギは目を逸らした。

「……二人を止める際に、少々」

「少々?」

「……床が」

「床?」

「……割れました」

「…………」

榊原は天井を見上げた。

「……神よ」

その瞬間。

 

迅が口を開いた。

「おっさん、無宗教軍だろ」

「…………」

「神に祈ってどうすんだよ」

「……うるさい」

榊原は机を叩いた。

「決めた!!」

三人が顔を上げる。

「貴様ら三人を、同じ班にする!!」

「…………は?」

迅が固まった。

「……あ?」

ラフバも固まった。

「……え?」

アギも固まった。

榊原は続けた。

「黒瀬とラフバ! 貴様ら二人は問題児すぎる!」

「失礼だな!」

「そうだぞ!」

「黙れ!!」

榊原はアギを指差した。

 

「アギ・ハワー! 貴様を班長に任命する!」

「…………」

アギはゆっくりと目を見開いた。

 

「……私が?」

「そうだ!」

 

「……この二人の?」

「そうだ!!」

「…………」

 

アギは静かに手を挙げた。

「……辞退してもよろしいでしょうか?」

 

「却下だ!!」

「…………」

 

アギは天井を見上げた。

「……仏よ」

 

迅が即座に言った。

「だから神に祈んなって」

「仏です!!」

「似たようなもんだろ」

「違います!!」

ラフバが笑った。

「はははっ! 面白ぇじゃねぇか!」

迅も笑った。

「ははっ! まあ退屈はしなさそうだな!」

アギは二人を見た。

そして、小さく呟いた。

「……最悪です」

 

こうして。

世界最弱の軍隊に、一つの班が誕生した。

黒瀬迅。

ラフバ・エラー。

アギ・ハワー。

後に世界を揺るがすことになる三人。

しかし、現時点での彼らの評価は。

『問題児二名と、その監視役一名』

それだけだった。

 

夕暮れ。

基地の食堂。

迅とラフバは、向かい合って座っていた。

二人の前には、大量のパンが積まれている。

アギは隣で静かに食事をしていた。

「……で?」

迅が言った。

「次は何で勝負すんだ?」

ラフバは笑った。

「決まってんだろ!」

パンを一つ掴む。

「どっちが多く食えるかだ!!」

 

迅はにやりと笑った。

「……上等」

アギは顔を上げた。

「……あの」

二人は同時にパンを口へ放り込んだ。

「んぐっ!」

「むぐっ!」

「……食べ物で遊ばないでください」

聞いていない。

「……おい、ラフ!」

「ラフバだ!!」

「今度こそ俺が勝つ!」

「さっきの勝負も決着ついてねぇだろ!」

「じゃあ今回で決めりゃいいじゃん!」

「上等だ!!」

 

アギはため息をついた。

「……本当に、仲が良いですね」

その瞬間。

 

二人が同時に振り返った。

「「誰がこいつと仲良しだ!!」」

アギは目を丸くした。

迅はラフバを指差した。

「こいつは友達じゃねぇ!」

 

ラフバも迅を指差した。

「そうだ! こいつは俺のライバルだ!!」

二人は同時に叫んだ。

「「友達じゃねぇ! ライバルだ!!」」

 

アギはしばらく二人を見つめていた。

そして。

「……はいはい」

小さく笑った。

 

「分かりましたよ」

二人は再びパンを食べ始めた。

くだらない勝負。

くだらない喧嘩。

くだらない日常。

けれど。

 

この日、三人は確かに出会った。

そして、まだ誰も知らない。

いつか、このくだらない日々が。

何よりも大切な思い出になることを。




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