沈黙の語り部 ― The Silent Storyteller ―   作:Mr.S,S

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第1話『異界の少年』をお届けします。

《沈黙の語り部》カナリア・シンフォニアの前に現れる、一人の少年。

思いがけない出会いから、新たな物語が動き始めます。

どうぞお楽しみください。


第1話 異界の少年― A Boy from Another World ―

 

ーーーー災害は、ひとまず鎮まっていた。

 

つい先ほどまで、海は町を呑み込もうとしていた。

 

空は裂けるように鳴り、雨は地面を打ちつけ、山はその腹の内側から崩れ落ちるように土砂を吐き出していた。

 

けれど今、その猛威は嘘のように弱まっている。

 

押し寄せていた水は海へ戻り、荒れ狂っていた風は空へほどけた。雨は細くなり、山から流れ出した土砂も、人のいない谷筋へと流れを変えている。

 

災害は、倒されたのではない。

 

ほどけたのだ。

 

ーーーーだが、それは全てが終わったことを意味しない。

 

一度大きく揺さぶられた土地は、見た目ほど安定してはいない。

 

水を吸った地盤が、時間を置いて崩れるかもしれない。ひび割れた建物が遅れて倒壊する可能性もある。瓦礫によって塞がれた水路が、別の場所で氾濫を引き起こすことも考えられた。

 

それらは『語り』の暴走とは無関係に起こり得る、自然な二次被害だった。

 

今訪れているのは、災害の終わりではない。

 

次の異変が起きないかを確認するために与えられた、僅かな平穏にすぎなかった。

 

その中心にいた少女――カナリア・シンフォニアは、すでに人目の少ない場所へ下がっていた。

 

白と灰のローブは雨に濡れ、裾には泥が跳ねている。

 

それでも彼女は、どこか現実感の薄い静けさをまとっていた。

 

一方で、ミオ・バスメロデはまだ動いていた。

 

避難誘導は、ひとまず終わっている。

 

負傷者の搬送も、町に残った冒険者達が引き継いでいた。

 

だが、警戒を解くには早い。

 

崩れかけた建物。

 

水を含んだ斜面。

 

瓦礫に塞がれた道や水路。

 

そして、災害を引き起こしたものが、本当に全て消えたのか。

 

確認すべきことは、まだいくつも残されていた。

 

ミオは周囲の地形と建物の状態を確かめながら、災害発生地点の中でも、最も猛威を振るっていたであろう場所へ向かった。

 

そこは、海から押し寄せた水、空から降りた竜巻、山から崩れた土砂――その全ての流れが交差していた場所だった。

 

石畳は深く抉れ、砕けた瓦礫は一方向ではなく、何かを中心として渦を巻くように散らばっている。

 

自然現象の跡にしては、あまりにも不自然だった。

 

まるで、ここを中心にして、誰かが災害の筋書きを無理やり書き換えようとしたような。

 

「……あそこか」

 

ミオは、割れた石材の隙間に目を止めた。

 

泥水の溜まった窪みに、黒ずんだ紙片が引っかかっている。

 

大きさは、手のひらよりも少し大きい程度。

 

端は焼け焦げ、表面は水を吸って波打っていた。文字の大半は潰れ、残っているものも、意味のある文章としては読み取れない。

 

けれど、それはただの紙ではなかった。

 

紙面の奥に、消えきらない『語り』の気配が残っている。

 

ミオは膝をつき、慎重に手を伸ばした。

 

「一頁だけ……?」

 

本から破れ落ちたのか。

 

それとも、本体が失われた後に、この頁だけが残されたのか。

 

判別はできない。

 

ミオは紙片の端を、指先でそっとつまもうとした。

 

その瞬間だった。

 

紙片に細かな亀裂が走った。

 

「あっ――」

 

掴むよりも早く、焼け残った一頁は形を失った。

 

灰よりも細かく、霧よりも淡い塵となり、ミオの指先をすり抜けていく。

 

濡れた地面へ落ちることさえない。

 

何かに痕跡を残すことを拒むように、その全てが空気の中へ溶けて消えた。

 

ミオは、何も残っていない手のひらを見つめた。

 

持ち帰ることはできない。

 

誰かに見せることも、正式な証拠として提出することもできない。

 

だが、見間違いではなかった。

 

あれは確かに、『語り部の書』から破れ落ちた一頁だった。

 

「どうして、一頁だけ……」

 

災害によって偶然焼け残ったのか。

 

それとも、ここへ残るよう仕向けられていたのか。

 

本体はどこへ消えたのか。

 

分からないことばかりだった。

 

だが、今回の災害が単なる自然災害ではなかったという確信は、先ほどよりも強くなっている。

 

そして、この痕跡は――自分達がこの地へ来ることになった、元々の調査とも無関係ではないかもしれない。

 

ミオは小さく息を吐き、立ち上がった。

 

「……カナリアに報告しないと」

 

周辺に新たな崩落の兆候がないことを確認してから、カナリアのいる場所へ戻った。

 

     ◇

 

崩れかけた教会の裏手。

 

風もあまり通らない、静かな場所にカナリアはいた。

 

壁に背を預けているわけでも、座り込んでいるわけでもない。

 

ただ立っている。

 

まるで、自分は何もしていなかったと言わんばかりに。

 

だが、ミオは知っている。

 

彼女は、喋りすぎた。

 

カナリアにとっての「喋りすぎ」は、普通の人間のそれとは意味が違う。

 

言葉を多く発したというだけではない。

 

世界に届くほどの『語り』を使った。

 

それも、海と風と雨と土へ向けて。

 

「カナリア」

 

ミオが声をかけると、カナリアは視線だけを向けた。

 

「……ミオ」

 

「はい、水。それと食べ物」

 

ミオは水の入った容器と、布に包んだ携帯食を差し出した。

 

カナリアはそれを受け取る。

 

「……ありがとう」

 

「ちゃんと食べて。さっき、けっこう喋ってたでしょ」

 

「……少しだけ」

 

「少しだけで、あれ?」

 

カナリアは返事の代わりに水を一口飲み、それから携帯食を小さくかじった。

 

ーーーーしばしの沈黙。

 

ミオは少しだけ緊張しながら尋ねる。

 

「どう?」

 

「……固い」

 

「携帯食だからね」

 

「……味が、遠い」

 

「逃げてはいないと思うんだけどなあ」

 

カナリアはもう一口かじった。

 

表情は変わらない。

 

美味しいとも、不味いとも言わない。ただ、食べられるものとしては認識したらしい。

 

ミオはそれを確認してから、声を少し低くした。

 

「中心部で、『語り部の書』の一頁らしきものを見つけた」

 

カナリアの目が、わずかに動いた。

 

「……一頁?」

 

「うん。本そのものじゃない。焼けて、濡れて、ほとんど読めなくなってたけど、ただの紙じゃなかった」

 

「……持って帰れた?」

 

ミオは首を横に振った。

 

「触ろうとしたら崩れた。塵になって、何も残らなかった」

 

「……そう」

 

カナリアは短く答えた。

 

だが、その視線は先ほどより僅かに鋭くなっている。

 

「正式な証拠にはできない。でも、今回の災害に『語り部の書』が関わっていたのは、たぶん間違いないと思う」

 

「……たぶん?」

 

「断言できるものが残ってないからね。ーーでも、気配はあった。消え方も普通じゃなかった」

 

カナリアは携帯食を持ったまま、黙って考えている。

 

ミオは迷った末、もう一つの推測を口にした。

 

「それに、私達が元々調べていたこととも、関係があるかもしれない」

 

カナリアの手が止まる。

 

「……あの人?」

 

「まだ分からないよ」

 

ミオはすぐに付け加えた。

 

「書の持ち主も、災害を起こした目的も、本体がどこにあるのかも分からない。一頁だけじゃ、同じものかどうかも判断できない」

 

「……でも、無関係とも言えない」

 

「うん」

 

偶然にしては、出来すぎている。

 

自分達が追っていた、不穏な書を扱う人物。

 

突如として発生した、複数の自然現象が絡み合う災害。

 

そして、その中心に残されていた『語り部の書』の一頁。

 

それらが同じ筋書きの上にあるのか、それとも別々の出来事が偶然重なっただけなのか。

 

今は、まだ分からない。

 

「一頁しか残ってなかったのも、気になる」

 

ミオは言った。

 

「災害で本が壊れたなら、もう少し何か残っていてもおかしくない。なのに、あったのはあれだけだった」

 

「……残ったんじゃなくて」

 

カナリアが小さく呟く。

 

「……残された?」

 

ミオはすぐには答えなかった。

 

その可能性を、彼女も考えていたからだ。

 

「そうかもしれない。でも、決めつけるには早いかな」

 

「……そう」

 

カナリアは再び携帯食を小さくかじった。

 

語り部の書。

 

暴走した『語り』。

 

町を呑み込もうとした、複数の災害。

 

そして、掴まれることさえ拒むように消えた一頁。

 

それらの背後に何があるのか。

 

今の二人には、まだ知ることができなかった。

 

ーーミオは周囲を見た。

 

町には、まだやるべきことが残っている。

 

《救光の先駆け》は、町の近郊にある魔物の巣窟へ向かっていた。

 

以前から正式な討伐対象に指定されていた場所だが、災害によって周辺の地形や魔物の動きが変わった可能性がある。巣窟から追い出された魔物が、避難民の集まる地域へ流れ込めば、新たな被害が生じかねない。

 

その危険を先んじて排除するため、彼らは災害が鎮まるや否や、討伐へ出発していた。

 

もっとも、先ほどの災害相手では思うように武勇を振るえず、少なからず消化不良を抱えていたことまでは、表向きの理由には含まれていない。

 

《蒼嵐の道標》は四人を二組に分け、町と周辺地域を巡回していた。

 

崩落の危険が残る斜面。

 

瓦礫で塞がれた水路。

 

損傷した橋や避難路。

 

目に見える災害が鎮まった後に起こり得る、自然的な二次被害を確認するためだった。

 

《白火の旅団》は、一時避難民を連れ、被害の少ない別の村や町へ向かっている。

 

負傷者や幼い子ども、住居を失った者達を、安全な場所まで送り届けるためだった。

 

残っている冒険者達も、負傷者の搬送や倒壊しかけた建物の警戒に散っている。

 

「もう少し手伝ってくる」

 

「……そう」

 

「倒れないでよ」

 

「……たぶん」

 

「そこは断言して」

 

カナリアは、わずかに首を傾げた。

 

ミオは困ったように笑い、それ以上は追及しなかった。

 

紙の一頁のこと。

 

カナリアが何を感じたのか。

 

聞くべきことはある。

 

ーーだが、今ここで聞いても、きっとカナリアは多くを語らない。

 

それに、居たたまれなくなったわけではない。

 

ーーーーたぶん。

 

「じゃ、あとで」

 

ミオはそう言って、その場を離れた。

 

カナリアは一人残される。

 

遠ざかっていくミオの足音を見送ってから、手の中に残っていた携帯食へ視線を落とした。

 

もう一口だけかじろうとして――やめる。

 

「……固い」

 

誰に聞かせるでもなく呟き、残った携帯食を布で包み直した。

 

食べられないわけではない。

 

ただ、今の喉と身体には、もう少し別のものがよかった。

 

カナリアはローブの内側へ手を入れ、小さな紙包みを取り出した。

 

中に入っていたのは、手のひらほどの丸いパンだった。

 

朝のうちに買っておいたものらしく、少し潰れている。焼きたての柔らかさはすでになかったが、携帯食ほど固くはない。

 

カナリアはパンを半分に割り、その片方を小さくかじった。

 

ほのかな小麦の甘さが、遅れて舌へ届く。

 

「……こっちは、近い」

 

味が逃げていないことを確認するように、もう一口食べる。

 

水を少し飲み、パンをゆっくり噛む。

 

周囲には、まだ人々のざわめきが残っていた。

 

泣き声。

 

安堵の声。

 

誰かの名を呼ぶ声。

 

冒険者達が指示を飛ばす声。

 

それらが、ひどく遠く聞こえる。

 

カナリアは、半分ほど残ったパンを手にしたまま、ふと空を見上げた。

 

ーーーー《沈黙の語り部》。

 

いつから自分は、そう呼ばれるようになったのか。

 

自分で名乗った覚えはない。

 

望んだ覚えもない。

 

ーーただ、多くを語らないようにしただけだ。

 

『語り』は、世界を歪めることがある。

 

ーーだから、必要な時に、必要なだけ語る。

 

それが正しいのかどうか、カナリアには分からない。

 

けれど、少なくとも今の自分の在り方を表す言葉として、「沈黙の語り部」は大きく間違っていない気もする。

 

なら、訂正しなくてもいい。

 

訂正するには説明がいる。

 

説明するには言葉がいる。

 

言葉を使えば、また何かが余計に伝わるかもしれない。

 

カナリアはパンをもう一口かじり、結論を出した。

 

「……まあ、いいかな」

 

少し間を置いて、小さく付け足す。

 

「……めんどいし」

 

その時だった。

 

空気が、わずかにずれた。

 

音はない。

 

光もない。

 

魔力の奔流とも違う。

 

ただ、世界の端が一瞬だけ引っかかったような感覚。

 

カナリアは顔を上げる。

 

「……何か、来た」

 

正体は分からない。

 

けれど、近い。

 

カナリアは残っていたパンを紙へ戻し、ゆっくりと歩き出した。

 

教会の裏手から少し離れた場所に、古びた遺跡跡がある。

 

崩れた石柱。

 

読めなくなった碑文。

 

かつて何かの祭壇だったのか、それとも古い語り場だったのか、今となっては分からない。

 

その中心で、空間が歪んでいた。

 

派手な光はない。

 

大きな音もない。

 

ただ、そこにあるはずのない隙間が開いている。

 

カナリアは、その向こうに何かの気配を感じた。

 

人の気配。

 

ーーけれど、この世界の流れから外れている。

 

ーーーー言葉が届かない。

 

理屈として考えたわけではない。

 

ーーただ、そんな感覚だけが、カナリアの胸の内に浮かんだ。

 

カナリア自身にも、なぜその言葉が口から出たのかは分からない。

 

ただ、歪んだ空間へ向けて、咄嗟に囁いていた。

 

『アナタの言霊は届く』

 

世界の奥で、何かが僅かに震えた。

 

開いていた隙間が、その言葉を受け入れるように揺らぐ。

 

そして、一人の少年が落ちてきた。

 

「……っ、痛ってぇ!?」

 

少年は地面へ転がり、すぐに顔を上げた。

 

知らない空。

 

知らない石柱。

 

知らない建物。

 

知らない空気。

 

その全てを見て、少年は固まる。

 

「……は?」

 

次に、自分の目の前に立つ小柄な少女を見た。

 

カナリアは、じっと少年を見ている。

 

「……異物」

 

少年は反射的に叫んだ。

 

「人間だわ!!」

 

言葉が通じた。

 

その事実に驚くより先に、少年は自分が物扱いされたことへ抗議していた。

 

カナリアは無表情のまま、わずかに首を傾げた。

 

「……人間なのは、分かる」

 

「じゃあ異物って言うなよ!」

 

「……この世界の外から来たもの、という意味」

 

「説明を足しても、あんまり嬉しくないな!?」

 

カナリアは少年を見つめたまま、もう一度首を傾げる。

 

「……あなた、『語り』の外にいるの?」

 

「だから何の話!?」

 

少年が混乱しているところへ、足音が近づいた。

 

「カナリア!」

 

戻ってきたミオが、遺跡跡と少年とカナリアを順番に見る。

 

「その人は?」

 

「……落ちてきた」

 

「落ちてきた?」

 

「……たぶん、世界の外から」

 

「説明が大きすぎるなあ」

 

ミオは額に手を当てかけたが、すぐに少年へ向き直った。

 

「あなた、名前は?」

 

少年はまだ混乱していたが、ひとまず聞かれたことに答える。

 

「俺は……風輪堂零」

 

自分でも確認するように、彼はそう言った。

 

「ふうりんどう、れい。……日本人。いや、ここでそれが通じるのか分からないけど」

 

言葉の意味は届いた。

 

だが、「日本人」という言葉が示す土地や民族までは、二人に伝わっていない。

 

そして、名前の響きもまた、この世界で馴染みのある順序へと僅かにずれて聞こえた。

 

ミオは一度だけ瞬きをする。

 

「フーリンドー、レイ?」

 

「まあ……そう聞こえるなら、それでいい」

 

カナリアは小さく頷いた。

 

「……レイ・フーリンドー」

 

「いや、名字と名前の順番が……まあいいか。今それどころじゃないし」

 

少年――レイは頭を抱えた。

 

自分の名前ひとつすら、正しく伝わっている気がしない。

 

ミオは少しだけ困ったように笑った。

 

「私はミオ・バスメロデ。こっちはカナリア・シンフォニア」

 

「……カナリア」

 

カナリアはそれだけ言って黙った。

 

「いや、自己紹介短っ」

 

「……足りない?」

 

「足りないっていうか、まあ……名前は分かった」

 

レイは周囲を見回した。

 

「で、ここどこ? 俺、さっきまで普通に……いや、普通に何してたっけ? 歩いてた、よな? たぶん」

 

記憶が曖昧だった。

 

自分の名前は分かる。

 

日本人だということも分かる。

 

だが、ここへ来る直前に何が起きたのかは、靄がかかったように思い出せない。

 

ミオは慎重に言葉を選んだ。

 

「ここは、あなたの知っている場所ではないと思う」

 

「それは見れば分かる」

 

「この辺りは、語り部総合書庁館の管理圏に近い町の外れ。今は災害の後処理中」

 

「語り部……?」

 

レイが聞き返す。

 

カナリアは黙っている。

 

説明する気配はない。

 

ミオは、やはり自分が説明するしかないと判断した。

 

「この世界には、冒険者がいる。魔物や災害、危険地帯の問題に対処する人達」

 

「冒険者……」

 

「それから、『語り部』がいる」

 

「語り部って、物語を語る人?」

 

「それも間違いじゃない。でも、この世界では少し違う」

 

ミオは、できるだけ分かりやすく続けた。

 

「『語り部』の言葉は、人の心や行動に意味を与える。時には現象にも届く。火に意味を与えたり、風に道を与えたり、水に行き先を与えたり、土に在り方を思い出させたりする」

 

レイは数秒黙った。

 

そして、言った。

 

「待て待て待て。冒険者? 語り部? 現象に届く? 情報量が多いんだよ」

 

「うん。知らない人に説明するには、多いよね」

 

カナリアが淡々と付け加える。

 

「……慣れるしかない」

 

「雑!」

 

レイは頭を抱えたまま、その場にしゃがみ込みそうになった。

 

     ◇

 

ーーその頃。

 

町から少し離れた焼け跡で、巨大な影がのたうっていた。

 

大きな翼。

 

硬い外殻。

 

地を裂く爪。

 

長い尾が振るわれるたびに、周囲の瓦礫が弾け飛ぶ。

 

ーー竜だった。

 

だが、その姿に獲物を狙う理性はない。

 

誰かを襲うために動いているのでもない。

 

痛みに耐えきれず、身体の内側にある何かを振り払おうとするように、ただ暴れていた。

 

その咆哮は、威嚇というより悲鳴に近い。

 

竜のすぐ近くには、一冊の書物が転がっていた。

 

火に包まれている。

 

表紙は焼け焦げ、頁は黒く縮れ、それでも炎は消えない。

 

燃え尽きることを拒むように、その書は未だ燃え続けていた。

 

そして、その傍らには――人と思われるモノが倒れていた。

 

うつ伏せなのか。

 

崩れ落ちたのか。

 

服らしきものは見える。

 

手足のような輪郭も残っている。

 

だが、黒煙と熱気の向こうで形は曖昧に歪み、人間と断言するには、あまりにも損なわれていた。

 

ーーそれは動かない。

 

燃え続ける書。

 

倒れ伏す人と思われるモノ。

 

そして、苦痛に荒れ狂う巨大な竜。

 

三つの影だけが、焼けた地面の上に取り残されていた。

 

     ◇

 

ーーーー地面が、低く鳴った。

 

「……今度は何だよ」

 

レイが顔を上げる。

 

ミオの表情が変わった。

 

「二次崩落……?」

 

カナリアは遠くを見る。

 

「……違う」

 

ーー空気が震えた。

 

瓦礫が細かく跳ねる。

 

崩れた建物の向こうから、悲鳴が上がった。

 

ミオは反射的に周囲を見回した。

 

ーーだが、先ほどまでこの地にいた主要な冒険者達は、それぞれ別の役目を担って町を離れている。

残った者達も、負傷者や倒壊建物への対応に散っていた。

 

応援を呼んでも、すぐには集まれない。

 

そして、巨大な影が現れた。

 

ーーーー「竜」。

 

少なくとも、レイにはそう見えた。

 

町を見下ろすほどの巨体。

 

大きな翼。

 

硬い外殻。

 

鋭い爪。

 

長い尾。

 

だが、その姿はどこかおかしかった。

 

獲物を探しているようには見えない。

 

町を襲おうとしているようにも見えない。

 

痛みに耐えきれず、何が何だか分からないまま暴れている。

 

「ドラゴン……?」

 

レイの声が震えた。

 

ミオも息を呑む。

 

「私も、あんなのは見たことない」

 

カナリアもまた、その竜の名を知らなかった。

 

だが、様子だけは見ていた。

 

荒ぶる竜。

 

けれど、壊すために来たのではない。

 

何かを振り払うように。

 

自分の中にある痛みから逃げるように。

 

ーーーーただ、苦しんでいる。

 

カナリアは小さく呟いた。

 

「……痛いの?」

 

竜が咆哮した。

 

それは威嚇ではなかった。

 

悲鳴に近かった。

 

ミオは即座に周囲を確認する。

 

まだ逃げ遅れた人がいる。

 

災害後の混乱で、完全に避難しきれていない者もいるはずだ。

 

「私は人を逃がす。近くにいる冒険者にも声を――」

 

言い終える前に、レイが駆け出した。

 

「ちょっと、どこ行くの!?」

 

「子どもがいる!」

 

レイの視線の先。

 

瓦礫の陰に、小さな子どもがいた。

 

泣くこともできず、動けず、ただ震えている。

 

ーー竜の進路上だった。

 

このままでは巻き込まれる。

 

「くそっ!」

 

レイは走った。

 

この世界のことは分からない。

 

語り部も、冒険者も、魔物も分からない。

 

けれど、目の前の子どもが危ないことだけは分かる。

 

竜の尾が振るわれた。

 

瓦礫が砕け、石材が宙を舞う。

 

危険を感じた瞬間、レイの身体は考えるより先に動いた。

 

足を踏み替え、重心を沈める。

 

身につけてきた鍛錬の動きが、崩れた壁の影へ身体を滑り込ませた。

 

ーーなぜ動けたのかを考える余裕はない。

 

ただ、立ち止まれば間に合わないことだけは分かっていた。

 

「こっち!」

 

レイは子どもの腕を掴み、引き寄せた。

 

子どもは泣きながらレイにしがみつく。

 

「大丈夫、大丈夫だから!」

 

そう言いながら、レイ自身はまったく大丈夫ではなかった。

 

背後で建物が崩れる音がした。

 

竜の一撃で揺らいでいた壁が、遅れて倒れ込んでくる。

 

避けきれない。

 

レイは子どもを抱え込み、せめて庇おうとした。

 

その瞬間。

 

「危ないって!」

 

横から伸びた手が、レイと子どもをまとめて引き抜いた。

 

信じられない速度だった。

 

気づいた時には、二人は安全圏へ転がっていた。

 

倒れ込んだ壁が、ほんの少し前までレイ達がいた場所を押し潰す。

 

レイは息を切らしながら顔を上げた。

 

「……助かった」

 

ミオが、何事もなかったかのように立っていた。

 

「ほんと、無茶するなあ」

 

軽い口調だった。

 

ーーだが、その目は鋭い。

 

子どもは近くの大人へ預けられ、泣きながら抱きしめられた。

 

レイはそれを見て、ようやく息を吐いた。

 

しかし、竜はまだ暴れている。

 

爪が地面を裂き、尾が瓦礫を砕き、翼が風を巻き起こす。

 

だが、やはり狙いがない。

 

レイはその様子から目を離せなかった。

 

ーーーー怖い。

 

当然、怖い。

 

あんなものを目の前にして、怖くないはずがない。

 

けれど、それ以上に引っかかるものがあった。

 

「あいつ……ただ暴れに来たんじゃない」

 

ミオが振り返る。

 

「分かるの?」

 

「分かるっていうか……似てるんだよ」

 

「何に?」

 

「傷ついた動物」

 

レイは息を整えながら続けた。

 

「あれ、誰かを襲いたいって感じじゃない。痛くて、怖くて、何が何だか分からなくなって、それで暴れてる感じだ」

 

ミオは竜を見る。

 

巨体は荒れ狂っている。

 

だが、確かに狙いがない。

 

敵を探しているのではない。

 

壊す場所を選んでいるのでもない。

 

ただ、苦しみから逃れようとしている。

 

カナリアは黙って聞いていた。

 

レイの言葉は、彼女が感じていたものと重なっていた。

 

「……うん」

 

レイが見る。

 

「え?」

 

「……あれは、怒ってるんじゃない」

 

カナリアは、苦しむ竜を見上げる。

 

「……泣いてる」

 

ミオは一瞬だけ考えた。

 

討伐対象として見るべきか。

 

救助を優先すべきか。

 

応援を待つべきか。

 

全て必要だった。

 

だが、今この場で、あの竜の内側へ届く可能性があるのは、カナリアの『語り』だけかもしれない。

 

「カナリア、できそう?」

 

「……分からない」

 

分からない。

 

だが、何もしない理由にはならない。

 

レイが言った。

 

「俺が気を引く」

 

ミオは即座に眉を寄せる。

 

「危ない」

 

「分かってる。でも、あいつを止めるなら、誰かが動きを散らさないと無理だろ」

 

「だからって、あなたがやる理由はない」

 

「あるよ」

 

レイは、先ほど助けた子どもの方を一瞬だけ見た。

 

「あそこに、まだ人がいるかもしれない」

 

ミオは何か言おうとして、止めた。

 

止めきれない目だった。

 

だから、条件を変える。

 

「無茶しすぎたら、私が引き抜く」

 

「それ助かる」

 

「助かるじゃなくて、反省して」

 

「あとで!」

 

ミオは大きく息を吐いた。

 

カナリアは、竜の前へ出ようとするレイの背中を見つめた。

 

止めても、おそらく行く。

 

ならば、せめて。

 

カナリアは小さく息を吸い、レイへ届くように囁いた。

 

『その足は、崩れた道にも行く先を見失わない』

 

『迫る危難は、触れるより一歩早くその身へ届く』

 

言葉が、レイの周囲へ静かに重なる。

 

身体が急に強くなったわけではない。

 

走る速さが、別人のように増したわけでもない。

 

ーーただ、次に踏むべき場所が、ほんの少しだけ分かる。

 

崩れそうな瓦礫。

 

足を取られる泥。

 

死角から迫る爪や尾。

 

目で捉えるよりも僅かに早く、危険の気配が身体へ伝わってくる。

 

レイは『語り』を受けたことには気づかなかった。

 

ただ、背後でカナリアが何かを囁いたことだけは、微かに耳へ残っていた。

 

レイは竜の前へ出る。

 

戦うためではない。

 

倒すためでもない。

 

視線を引くため。

 

動きをずらすため。

 

カナリアが語るための間を作るため。

 

「こっちだ!」

 

竜が反応する。

 

苦しげな咆哮とともに、巨体が動く。

 

レイは走った。

 

先ほどよりも、僅かに足が軽い。

 

爪が地面を裂き、破片が頬を掠める。

 

尾が唸り、空気が押し潰される。

 

本来なら避けきれない攻撃だった。

 

だが、身体が僅かに早く危険を察する。

 

踏み込もうとした瓦礫が崩れる直前に足を変える。

 

見えない位置から迫った尾を、肌に触れるより一瞬早く感じ取る。

 

それでも余裕などない。

 

「うわっ、マジで死ぬ!」

 

「なら下がって!」

 

遠くからミオの声が飛ぶ。

 

「でも今下がったら、そっち行く!」

 

「分かってるけど!」

 

ミオは人々を逃がしながら、必要な瞬間だけレイの近くへ飛び込む。

 

崩れる瓦礫を避け、逃げ遅れた老人を支え、泣く子どもを抱え、危なくなったレイの襟首を掴んで引き戻す。

 

「今のは無茶!」

 

「助かった!」

 

「反省は!?」

 

「あとで!」

 

「絶対しない返事!」

 

その間に、カナリアは竜を見ていた。

 

荒ぶる巨体。

 

痛みに歪む咆哮。

 

意味を失った暴力。

 

だが、その奥にあるものは敵意ではない。

 

傷。

 

恐怖。

 

混乱。

 

帰る場所を失った叫び。

 

カナリアの周囲で、見えない頁がめくられるような気配が生まれる。

 

ーー誰も書を開いていない。

 

それでも、どこかで書が開かれているような感覚。

 

世界の奥が、少女の言葉を聞こうとしている。

 

カナリアは静かに語った。

 

『あなたは、壊すために来たんじゃない』

 

竜の動きが、僅かに鈍る。

 

『痛いなら、痛いままでいい』

 

『怖いなら、怖いままでいい』

 

『でも、その痛みを、誰かにぶつけなくていい』

 

竜が咆哮する。

 

だが、それは威嚇ではなかった。

 

泣き声に近かった。

 

カナリアは続ける。

 

『牙は、傷を隠すためにあるんじゃない』

 

『爪は、助けを拒むためにあるんじゃない』

 

『翼は、逃げ場を探すためだけにあるんじゃない』

 

『あなたは、まだ帰れる』

 

レイが動きを引きつける。

 

ミオが人を逃がす。

 

その間に、カナリアの『語り』が竜へ届いていく。

 

声が僅かに掠れた。

 

カナリアは一度だけ息を止め、それでも言葉を続ける。

 

『荒ぶる意味は、もうここにはない』

 

『その痛みは、終わっていい』

 

『その声は、届いている』

 

竜の巨体が震えた。

 

硬い外殻の隙間から漏れていた荒々しい気配が、少しずつほどけていく。

 

燃えるようだった目の光が弱まり、暴れていた四肢から力が抜けていく。

 

カナリアは最後に、静かに言った。

 

『だから――ーーおやすみ』

 

沈黙が落ちた。

 

竜が膝を折る。

 

巨体が地面へ沈み、その衝撃で周囲の瓦礫が小さく跳ねた。

 

だが、もう暴れるための揺れではなかった。

 

荒々しく明滅していた目の光が弱まり、地面を引き裂いていた爪から力が抜けていく。

 

苦痛に満ちていた咆哮も、やがて掠れた吐息へと変わった。

 

ーー届いた。

 

カナリアは、そう思った。

 

自分の言葉が、この竜の痛みへ届いたのだと。

 

ーーーーそのはずだった。

 

不意に、カナリアの周囲で、見えない頁がめくられた。

 

誰も書を開いていない。

 

カナリア自身も、何かを命じた覚えはない。

 

それなのに、世界の奥で、竜という存在を記した一節が別の言葉へ上書きされたような感覚が走った。

 

「……?」

 

カナリアが僅かに眉を動かす。

 

次の瞬間、竜の輪郭が揺らいだ。

 

硬く歪んでいた外殻が、内側へ折り畳まれていく。

 

巨大な角が短くなり、広げられていた翼が身体へ引き寄せられる。

 

地面を抉るほど太かった四肢も、輪郭を保ったまま急速に小さくなっていった。

 

ーー眠らせるための『語り』だった。

 

小さくするとは、一言も語っていない。

 

それでも竜の身体は縮み続けた。

 

町を見下ろしていた巨体は、やがて人の腕でも抱えられそうなほどの姿になる。

 

それは自然に元の姿へ戻ったというより、巨大な存在を、小さな器へ無理なく収め直したようにも見えた。

 

その瞬間、カナリアの胸の奥で何かが脈打った。

 

痛みと呼ぶほど強くはない。

 

けれど、自分ではない何かの重さが、一瞬だけ身体へかかったような感覚。

 

カナリアは胸元へ手を添える。

 

だが、確かめるよりも早く、その感覚は消えた。

 

小さくなった竜は、苦しんでいる様子もなく、地面の上で丸くなった。

 

荒れ狂っていた時の恐ろしさは、もうない。

 

ただ、痛みと恐怖から解放され、力を使い果たして眠る小さな生き物だけが残っている。

 

ーーそれは、かすかに喉を鳴らした。

 

「……グゥ」

 

名前のようにも、ただの鳴き声のようにも聞こえた。

 

レイは呆然と見ていた。

 

「……縮んだ?」

 

ミオも驚きを隠せない。

 

「こんなの、私も知らない」

 

カナリアは小さくなった竜を見下ろす。

 

「……今の、わたし?」

 

問いかけても、答える者はいない。

 

小さな竜は、眠ったまま、もう一度だけ鳴いた。

 

「……グゥ」

 

カナリアは僅かに首を傾げる。

 

「……名前、グゥでいいかな」

 

レイは思わず言った。

 

「雑じゃない!?」

 

だが、誰も強く否定しなかった。

 

     ◇

 

周囲の混乱が落ち着き、残っていた人々の避難が完了した後。

 

ミオは、先ほどまで巨大な竜が暴れていた方向を見た。

 

「カナリア。少し見てくる」

 

「……一人で?」

 

「近くにいる冒険者にも声はかける。でも、先に場所だけ確認したい」

 

カナリアは少しだけ考え、頷いた。

 

「……気をつけて」

 

「うん」

 

ミオは焼け跡へ向かった。

 

瓦礫を越えるにつれて、焦げた匂いが濃くなっていく。

 

地面は黒く焼け、砕けた石材の表面には、あの巨体が激しく暴れた痕が残されていた。

 

その中心で、ミオは足を止めた。

 

「……やっぱり」

 

そこには、一人の人物が倒れていた。

 

服装にも、体格にも見覚えがある。

 

カナリアとミオが、この地へ赴く本来の目的として追っていた人物だった。

 

不穏な『語り部の書』を所持し、何かを企てている可能性があるとして、その足取りを追っていた当人。

 

だが、呼びかける必要すらなかった。

 

ーー呼吸はない。

 

身体の損傷も深い。

 

治療を施せる段階を、とうに過ぎている。

 

誰が見ても、すでに手遅れだった。

 

ーーーーミオは静かに目を伏せた。

 

「……遅かった」

 

争った痕なのか。

 

自らの『語り』に巻き込まれたのか。

 

先ほどの竜によって傷つけられたのか。

 

今の状態だけでは判断できない。

 

ただ、この人物が事件の中心にいたことだけは間違いなかった。

 

ミオは、その人物のすぐ傍らへ視線を移す。

 

そこには、一冊の書物が転がっていた。

 

先ほどまで燃え続けていたのだろう。

 

表紙は完全に黒く焼け焦げ、頁の端は幾重にも縮れている。

 

文字はおろか、紙面の色さえ判別できない。

 

もはや本というより、書物の形を辛うじて保った炭の塊に近かった。

 

それでも、完全には崩れていない。

 

黒く炭化した表紙。

 

焼け固まった頁。

 

形を失いかけながらも残る背表紙。

 

そして何より、その奥には、消えきっていない『語り』の気配があった。

 

ミオはすぐには触れなかった。

 

先ほど災害の中心で見つけた一頁は、指先が触れる前に崩れ去った。

 

同じように不用意に掴めば、この書も形を失う可能性がある。

 

ミオは荷物から厚手の布を取り出し、地面へ広げた。

 

その上へ薄い板状の瓦礫を差し込み、炭化した書を下から慎重にすくい上げる。

 

ぱらりと、黒い欠片がいくつか落ちた。

 

ーーだが、書そのものは崩れなかった。

 

ミオは息を詰めたまま、それを布の上へ移す。

 

「……持ち帰れる」

 

読める状態ではない。

 

誰が、何を記した書なのかも分からない。

 

今回の災害を引き起こしたものなのか。

 

先ほどの竜を操ろうとしたものなのか。

 

あるいは、その両方へ関わるものなのか。

 

現時点では、何一つ断定できない。

 

あの竜が何者なのかさえ、ミオにはまだ分からなかった。

 

魔物なのか。

 

竜種なのか。

 

それとも、何らかの『語り』によって在り方を歪められた存在なのか。

 

分かっているのは、あれが誰かを襲うために現れたのではなく、苦痛に耐えきれず暴れていたということだけだった。

 

それでも、この書は失われた一頁とは違う。

 

調べることのできる、現物だった。

 

ミオは布の端を折り、書へ圧力をかけないよう慎重に包んでいく。

 

「本人からは、もう聞けない」

 

倒れた人物へ視線を向ける。

 

「でも、こっちはまだ何かを残してるかもしれない」

 

炭となった『語り部の書』は、何も答えない。

 

それでもミオは、それを置き去りにはしなかった。

 

倒れた人物の位置を記録し、遺体の回収を残っている冒険者達へ頼むため、目印を残す。

 

そして、壊れかけた書を両手で抱え、カナリア達のいる場所へ戻っていった。

 

     ◇

 

戻ってきたミオの腕には、厚い布で包まれた何かが抱えられていた。

 

カナリアは、それを見ただけで理解したらしい。

 

「……見つけた?」

 

「うん」

 

「……あの人も?」

 

ミオは一瞬だけ黙った。

 

それから、静かに答えた。

 

「いた。でも、もう手遅れだった」

 

ーーカナリアは目を伏せた。

 

何も言わない。

 

ミオも、それ以上は今ここで話さなかった。

 

レイは二人の間にあるものを感じたが、何を尋ねればよいのか分からない。

 

知らない場所へ落ちた。

 

知らない少女に異物と言われた。

 

語り部という意味の分からない存在を知った。

 

巨大な竜が暴れた。

 

そして、それを倒さずに鎮めた。

 

理解できることは、ほとんどない。

 

それでも、一つだけ分かる。

 

この世界は、自分の知っている世界ではない。

 

レイはカナリアを見る。

 

「……なあ」

 

カナリアが視線だけを向ける。

 

「俺、これからどうすればいいんだ?」

 

カナリアは少し考えた。

 

そして、いつものように淡々と言う。

 

「……まず、ご飯」

 

「そこから!?」

 

ミオが、僅かに苦笑した。

 

「まあ、倒れる前に食べるのは大事だよ」

 

小さな竜が、眠ったまま鳴いた。

 

「……グゥ」

 

カナリアはその姿を見下ろした。

 

片手には、食べかけのパン。

 

すぐ傍には、異界から落ちてきた少年。

 

ミオの腕には、黒く炭化した『語り部の書』。

 

ひとまず災害は鎮まった。

 

だが、何一つ終わってはいない。

 

ーーーーこうして、異界から来た少年と、沈黙の語り部の物語は、本格的に動き始めた。

 

 

 

本作は、作者の原案・設定をもとに、生成AIを文章整理・推敲補助として使用しています。最終的な内容確認と編集は作者が行っています。




ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

第1話では、異世界からやってきた少年、レイ・フーリンドーが登場しました。

彼にとって、惑星《アースコア》は見知らぬ世界。

見慣れたものがあれば、まるで常識の異なるものもある。そんな世界で、彼はカナリアと出会うことになります。

どこか呑気で、少々不思議な《沈黙の語り部》と、突然異世界へやってきた少年。

この二人が、これからどのような出来事に巻き込まれていくのか。

引き続き、彼女たちの物語をお楽しみいただければ幸いです。

ご感想やご意見などございましたら、お寄せいただけると嬉しいです。
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