呪われしヒーローに花束を   作:しらたまあんみつ

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第一話 マイ・ヒーロー

 

 

 

 

——あの日まで、わたしは踏まれるだけの弱者だった。

 

「お姉ちゃん、来て来て!」

頬を紅潮させて、自室に飛び込んできた妹に、わたしはパチパチと目を瞬かせた。

「どうしたの?」

「見せたいものがあるの!」

体育座りしていたわたしの腕を、妹がぐいぐい引っ張る。

「わっ」

「早く早く!」

 

急かされるがままに、わたしも外へと向かう。自室から出た瞬間に、日光が目を灼いた。

「まぶし…」

目を細めつつ、足音を忍ばせて進む妹を追う。その先を見て、わたしはぎょっとした。

「ねぇ、こっちってお屋敷の方でしょ?ダメだよ、怒られちゃう」

「大丈夫だよ、今みんなお仕事中だもん!」

「でも…」

体に刻まれた無数の痣が、じくりと疼いた。

 

「お姉ちゃんは心配性すぎるの!」

むん、と妹が腕を組む。

「そんなに言うなら、もう知らない!お姉ちゃんなんて来なくていいもん!」

「あ、待って!」

まずい、見つかりでもしたら…!

わたしはひゅっと息を呑み、慌てて妹を追いかけた。

何度も転びそうになりながら、ピカピカに磨かれた木床を走る。角を曲がった先で妹に追いつき、わたしは急停止した。

 

「ああ言ったら来ると思った!」

ハアハアと息を弾ませるわたしに、妹はニシシと笑う。小憎たらしいその笑みに、思わず口を尖らせた。

「結局、何を見せたかったの」

「ふふ、ここまで来ちゃったら見るしかないよね」

笑顔のまま、妹は襖を勢いよく開けた。その中にあったのは、

 

「テレビ…?」

わたしが知っているものより、ずっと古くて分厚いが。

「お掃除してたら見つけたの!まあ見てなって」

テレビについたダイヤルを、得意げに回す。ジー、と軽いノイズの後、パッと映像が灯った。

 

「ね、まだ映るんだよ!二人で部屋に運ぼうよ、そしたらいつでも見れるの!」

目をきらきらと輝かせる妹を、わたしはそっと撫でた。

「すごいね。でもこれだけじゃ映らないと思うよ。配線とか、必要なんじゃない?」

え、と妹が動きを止める。

「…そうなの?」

「うん。ほら帰ろう、バレたら——」

 

ジャジャーン!!

その言葉を、テレビの効果音が遮った。

「正義の味方、参上!!」

画面には、マントを靡かせる男が一人。

 

「…なに、あれ」

「正義の味方」って、自分で言っちゃうんだ。ださ、と冷めた目で見つめる。

 

男は、今にも襲われそうだった親娘を背に庇い、怪人へと立ち向かう。

「うおりゃー!!」

バキ!

 

だが、一撃で男は吹き飛ばされる。

 

けれど。地面に転がっていた男は、ゆっくりと立ち上がった。震える親娘に笑いかけ、もう一度怪人へと飛びかかる。

 

殴られる。

蹴られる。

吹き飛ぶ。

 

その、繰り返し。

 

それでも。

 

そのたびに、起き上がって。傷だらけの顔で、笑うのだ。

 

いつのまにか、言葉が出なくなっていた。

「うわあ…」

腕の中で、妹がぽつりと感嘆を漏らす。

 

ドーン!!

とうとう、男が怪人を吹っ飛ばした。渾身の拳が決まり、男は燦然とポーズを決める。抱き合う親娘に近づいて、彼はニッと微笑んだ。

「もう大丈夫!悪いやつは倒したからね!」

「ありがとう、ヒーロー!」

画面の向こう側で、親娘が嬉しそうに言う。

 

「ひーろー…?」

妹が、呆然と呟いた。

「あれが、ヒーロー」

「みたい、だね」

私もそっと返す。

「かっこいい、ね」

「…うん」

 

使い古されたブラウン管テレビの、ノイズ混じりの再放送。名前も知らない、子供向けの安っぽいヒーローアニメ。

 

それでも。わたしの目には、その姿が焼きついていた。部屋の外から出た時の、輝くお日様のように。

 

「かっこいい」

二人で見た、あのテレビの燦めきを。わたしは生涯忘れない。

 

 

 

 

 

 

駆ける、駆ける、駆ける。

死ぬ。そう思った瞬間から、夏油傑は無様なくらい必死に走っていた。

 

「シにタイ、シニたイ、あハハ!」

後ろからは、愉しそうなうめき声。

 

ハア、ハア、ハア!苦しい。息が、もうない。

(だめだ、走るんだ)

走らねば、殺される。

 

震える足を叱咤して、ひたすらに走る。延々と続く、闇に包まれた森。木の枝に足を取られて、転びかけて。

「ッハア、」

つんのめって、それでも夏油は走る。

何キロ走ったかなんて、もう分からない。ただただ、迫り来る足音と恐怖から、逃げ続けていた。

「クッソ!」

(だから、やめようって言ったんだ!!)

 

 

 

発端は、肝試しに行こうと誘われたことだった。悪い遊びにも手を出している、背伸びしたがりの男子たちに。

夏油は、いわゆる「見える人」であった。子供の頃から、人には見えない「ナニカ」が見えた。それを誰かに言うことは無かったけれど、それゆえの勘の良さに似たものも持っていた。自分が呼ばれたのは、そういうことを当てにされたのもあるだろう。

 

場所は、昔誰かが自殺した山道。わざわざ大禍時である午後七時を指定してきたのだから、本気ではあるらしい。

心霊スポットには、「ナニカ」——夏油は「幽霊」と呼んでいるもの——も湧きやすい。そう知っていてなおついていったのは、好奇心ではない。

 

自負だ。

夏油は「幽霊」を取り込む「力」を持っていた。例えるならば吐瀉物を拭いた雑巾のような味はするけれど、それで今まで何体も「幽霊」を取り込んできたのだ。

今更、そこらの有象無象に負けることはないだろう。…そう、たかを括っていたのに。

 

 

現場に着いた時から、嫌な予感はしていた。禍々しい気配が、山道に沿って渦巻いていたのだ。威圧感、とでも言おうか。思わず「やめよう」と口走った夏油を、リーダー格の少年は嘲笑った。

——「今更怖気付いたのかよ,腰抜け」

腹が立った、と言わなければ嘘になる。もちろん、「見えない」側である連れを守らなければという気持ちがあった。

 

だがそれ以前に、見えもしない連中にバカにされたことが、何故だかとんでもなくムカついたのだ。

 

そうして、山道を進んで行った時。不意に、リーダー格が消えた。正確には、木々の間から現れた、ヒョロ長い手に掴まれたのだ。

「けケ、オちタ!」

そうして現れたのは、ニタニタと嗤う——バケモノ。

 

悲鳴を上げる暇もなく森の闇に飲み込まれたリーダー格に、仲間たちは一斉に逃げていった。かくいう夏油もそう。

 

一人、また一人と悲鳴が上がり。とうとう、追いかけられているのは自分だけになった。

何体も「幽霊」を放ってはいるものの、すぐに祓われてしまう。

(無理だ、どうやって倒せって言うんだよ、あんな化け物!)

 

ソレは、数十本もの人間の腕を生やしていた。もぞもぞと宙を掻くそれは、大半が血肉に塗れており、腐臭を漂わせている。そして本体は、ブヨブヨと油の浮いた肉塊。

 

目もないのにどうやって自分たちの場所が分かるのか。いや、ただ本能に従っているだけかもしれない。

手に掴まれた仲間たちを見て、夏油は歯を噛み締めた。…自分には、助けられない。

 

「あっ」

ふと、体が浮いた。

(ちくしょう!)

足元には、拳大の石。地面に勢いよく激突し、夏油は倒れ込んだ。ぽた、と鼻血が伝う。立ち上がろうとした瞬間、足が凄まじい力で引っ張られた。

 

気づいた時には、バケモノの醜い姿が視界いっぱいに広がっている。

「…シぬ?タベる?」

ぶらんぶらんと、逆さ吊り状態。せめてもの抵抗に青白い手を蹴り付けるが、効いている様子はない。

 

——死

 

その一文字が、頭をよぎった瞬間だった。

 

 

ドン!!

とんでもない速度で、彗星が落ちてきた。次の瞬間、乱暴に宙に投げ出される。

「…は?」

何が起こったか分からない。新手か、それとも。

 

目を白黒させる夏油を、誰かがふわりと抱え込んだ。とん、と地面に舞い降りる。土煙がだんだんと引き、夏油はようやく状況を把握し始めた。

 

完全に吹っ飛び、木々の合間でもがくバケモノ。そして、自分と仲間を肩に担いでいる乱入者。

(この人が)

あのバケモノを、倒したっていうのか?

「…はは、まさか」

掠れた声で呟いた夏油に、乱入者は素早く反応した。切り揃えられた赤髪が、ふわりと揺れる。

「ごめんね、乱暴な手段を取って。怪我はない?」

「あ、無いです、けど…アンタ、誰、」

「あー、混乱しちゃってるか。自己紹介してる暇はないから、さきにあっち祓ってくるよ」

 

あっち、と言った乱入者の目線がバケモノに向いているのを見て、夏油はひゅっと息を呑む。

「無茶だ!あんなの、敵うわけが、」

 

「大丈夫」

 

不思議と、その柔らかい声が染み込んでくるような。優しい口調に、夏油は思わず黙り込んだ。

「わたし、こう見えても強いから」

降ろすね、とすとんと地面に横たわらせられる。隣にはリーダー格、その他の仲間たちも。

あの一瞬の間に、全員をバケモノの手から奪い取ったのだ。

(何なんだよ、一体…!)

 

乱入者は、女、それも夏油とそう変わらなそうな年頃だった。飜るハーフマントを身につけて、こきりと首を鳴らす。

「さて、トドメといこうか」

 

「英雄偶像(マイヒーロー)」

その宣言と同時に、女の体が、光を放った。陽の光に似た、鮮やかな光明を身に纏い、女は飛び上がる。

(…速い!)

 

気づいた瞬間には、バケモノの眼前へ。

「シヌる、」

「悪いけど、死ぬのは君の方」

くるりと、空中で一回転。そのまま、力いっぱい、蹴り飛ばした。

 

パァン!

 

轟音とともに、バケモノが弾けた。ザフッ、と澱んだ塵となって消えていく。

 

とん、と着地して、女は夏油に笑いかけた。

「アイツはもう祓ったからね、大丈夫だよ。…よく耐えたね」

「…あ、はあ」

 

言葉が出ない。あのバケモノを、一瞬にして——蹴っただけで、倒したんだ。

 

あ、と女は焦ったように夏油に近づく。

「怪我してる。ごめん、触るよ」

擦っただけです、と言う前に、頬に女の柔らかい手が添えられた。ぽわり、と温かい光が全身を包む。

それが宙に溶けた時、痛みは消え去っていた。

「…これ、は」

「私の術式。さ、歩ける?このまま山麓まで行こうか。他に呪霊がいると危ないし」

「…?ジュレイって、なんですか」

 

あそっか、と女はぽんと手を叩く。

「君見えてるんだよね?さっきのあれが「呪霊」。人の負の感情から生まれる化け物みたいなものだよ」

「呪、霊。じゃあ今まで見えてたものも、そうなんですか?」

「恐らくね」

 

「幽霊」は呪霊、と言うらしい。呪いか、と夏油は口の中で転がした。そう言われれば、どれも納得できる風貌をしている。

 

「そういえば、名前!名乗ってなかったね。わたしは夜蛾燦(やがあきら)。「燦々と輝く」の燦と書いて「アキラ」だよ」

「夏油、傑です」

「分かった、夏油君ね。ついておいで」

 

仲間を再び肩に担いで、燦は歩き出した。夏油もそれについていく。煌々と、月が山道を照らしていた。

「…よく中学生男子を、三人も担げますね」

「力持ちだからね、わたし」

「そうなんですか」

「ごめんごめん違うよ」

冗談だってば、と燦は慌てたように言う。

 

「呪力っていう力を使って身体強化してるんだ。わたしの場合は術式も絡んでくるんだけど…まあ、それはいっか」

「ジュリョク。呪うに、力ですか?」

「うん!よく分かったね」

「話の流れ的に、そうかなと」

おお、と燦は感心したように言う。

 

「賢いんだね、君」

「それは、どうも。…あなたは、一体何なんですか。あの幽霊、いや呪霊のことにも詳しいんでしょう」

警戒を乗せて夏油が尋ねると、燦は振り向いた。考えながら喋っているのか、その口調は先ほどよりもゆっくりしている。

「呪術師、だよ。呪いの力をもって、呪いを祓う。日本国内の怪死者・行方不明者は年間約一万人を超える。その被害のほとんどはね、呪いによるものなんだ」

「ッツ、」

 

夏油は「ありえない」と言いかけて、そこで止まった。さっきのようなバケモノであれば、「見えない」人間を殺すことなんて容易い。それが、山ほど存在するならば?

思わず口元を押さえた夏油に、燦は続ける。

 

「だからこそ、私たちは君たち一般人を守るために存在している。呪いの存在を隠匿し、犠牲を減らすためにね」

「それは、ほんの一部の人間ですよね?」

夏油は確信をもって問いかけた。今まで、自分と同じような人間にあったことはない。少なくとも、多数派ではありえないだろう。

 

「そうだね。だからいっつも人材不足なんだけど」

眉を下げて燦が笑う。自分より低いそのつむじをちらりと見て、夏油は問いかけた。

「純粋に、疑問なんですけど。どうして、そこまでして助けようとするんですか?呪霊がいるのは、大抵心霊スポットでしょう?そこで被害に遭うのなんて、肝試しに行こうとしたバカだけだ!なんで、」

なんで。

「命を懸けてまで、助けようとするんですか」

 

「助けたいから」

当たり前のように、燦は言った。

「は」

「君だって、誰かがハンカチを落としたら拾うだろ?それと一緒。目の前で苦しんでる人を助けたい。例え目の前じゃなくても、手の届く範囲なら…ううん、手の届く範囲じゃなくても」

夏油の方をまっすぐに向いて、燦は目を細めた。

「だって、誰かを助けるのに、理由なんかいらないじゃん」

 

 

 

 

「かっこいい」

そう呟いたわたしに、妹がぎゅっと抱きつく。

「お姉ちゃんの方がかっこいいもん!」

あんなのヤダ、と大声を出す。

「唯衣のヒーローは、お姉ちゃんだもん!!」

「…そっかぁ」

じゃあ、と微笑む。

「わたしも頑張らなきゃだ」

 

それは、澄み渡る夏の、大切な記憶——

 

 

 

……あーあ。言わなきゃ良かったのにね、あんなこと。そうしたら、幸せなままでいられたのに。

 

 

 

 




一人だけヒロアカにでも居そうって思いながら書きました。でもちゃんと呪術の住人。
次話は30分後投稿します。
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