「で、俺らどこ連れてかれんの?」
ジャズが陽気に流れる車内で、燦は後部座席を振り返った。右から家入、夏油、五条がぎゅうぎゅうに座っている。
「呪霊の湧く廃ホテルだよ。経営破綻した後、従業員が屋上から次々飛び降りてね。ま、そこまで遠くないから安心して」
「集団自殺、というと…呪霊の数が多そうですね」
「まあね。でも、この任務の肝はそこじゃない」
燦は前に向き直って、二本の指を立てた。
「このホテル、支店があってね。そっちも同じように潰れて、同じように呪霊が湧いている。つまり、目的地が二つあるってこと」
「はぁ?二手に分かれるってことかよ」
「その場合、家入さんをどちらに配置するのかが問題だね」
「そもそも私も行かなきゃいけないんすか」
「わたし聖徳太子じゃないからね?」
こほんと咳払いして、順に燦は説明し始める。
「まず、別行動は禁止。不慮の事故はしょうがないけど」
「効率わっる」
家入が口を尖らせた。車内のためタバコは取り上げられている。
「硝ちゃんの言うとおり、これじゃあ効率悪いよね。その上で、できるだけ短時間で任務を終わらせること」
「つまり、結束して任務に当たれ、ということですか?」
まあ、と燦は意味ありげに笑った。
「それも一つの答えでもある」
「やらせたいことがあんならはっきり言えよ」
「そしたら意味ないでしょ?…ヒントを出すなら、「自分のできないことを、仲間に埋めてもらう」って考えると良いかもね」
「できないことない人はどうすれば良いんですかー?」
五条がニヤニヤと問いかける。
「弱点がない人はいないと思うけどね。悟くんはそれを今まで意識しなくても済んでいただけじゃない?」
「その″悟くん″呼びやめろ」
「いや、「傑くん」と「硝ちゃん」でどっちも名前呼びしてるのに、一人だけ苗字呼びはハブってるみたいだなって」
「その呼び方に対するこだわりはなんなんだよマジで」
一悶着、いやふた悶着くらいはあったかもしれないが、一行は無事に目的地へ着いた。
「作戦は決まってる?」
「作戦も何も、ただ祓うだけですよ」
「言っとくけど、もう一つの任務の場所はここから南西に十キロ離れたところね」
「はぁ!?」
五条が目を見開いた。
「制限時間は…そうだね、三十分で!あと、建物の破壊は最小限でよろしく」
「いやいやふざけんな無理だろ」
「無理かどうかは、やってみてから決めたほうが良いんじゃない?」
にっこりと笑って、燦は廃ホテルを見た。地元では心霊スポットとして有名なこの場所は、確かに「出そう」な雰囲気を醸し出していた。
窓ガラスは全て割れ、壁には至る所に汚れや蔓が絡みつく。そして中で蠢くのは、呪霊の気配。
(思ったより多かったな)
あちゃあ、と燦はおでこを叩く。…まあ、この面子ならいけるだろう。そこまで等級の高いものはいなそうだし。
「さ、そろそろ始めようか」
「分かりました」
「だる」
夏油が先陣を切り、渋々家入が従う。最後に残った五条は、ケッと燦を見た。
「秒で終わらせてやっから、終わったら覚悟しろよ」
「はは、楽しみにしてる。あ、無事に終わらせたら好きなもの奢ったげるよ!」
「前半棒読みにもほどが、」
「ほら行くよ五条」
「今行こうとしてただろ!」
ぎゃあぎゃあと喚く三人(実質一人)を微笑ましく見て、燦はひらりと手を振った。
「帳はわたしが降ろすよ。君たちは先に中へ入ってな」
頑張れー、と呑気な声と共に後輩ズを送り出そうとする。そんな彼女に、夏油が待ったをかけた。
「帳を張る前に、一つ良いですか」
「いいよ」
「術式を使うのはアリですよね?」
「はぁ?何言ってんだよ夏油」
「…術式使わずに祓うつもり?」
五条と家入も怪訝そうに夏油を見る。
そんな中、ふっと燦は笑った。
「もちろん」
「ありがとうございます。良し、行くよ」
「今のくだり意味なくねーか」
「中に入ったら説明する」
廃ホテルの入り口まで彼らが進んだのを見て、燦は二つの指を揃えた。
「闇より出て闇より黒く その穢れを禊ぎ祓え」
呪詞を紡げば、とぷりと空に黒い染みが現れる。それは徐々に広がり、建物全体を覆っていく。帳が完成したのを見届けて、燦は腕を組んだ。
「さ、どうなるかねえ」
「あー鬱陶しい!」
ドォン、と轟音が響く。「蒼」で前庭の呪霊を一掃した五条が叫んだ。
「大技はあまり使うなよ。建物が壊れたら困る」
「んなことどうでも良いだろーが」
白髪を掻きむしって、五条は夏油を睨んだ。
「オマエ、あいつにいいとこ見せたいだけだろ?どーでも良いわ、勝手にやってろ」
「…なに?」
「俺からしちゃ、何であんなのが決めたことに従わなきゃいけないんだって話だよ。呪霊を祓ってそれで終わり、それで良くない?」
肩を竦めた五条に、夏油が眉間の皺を深めた。
「だから燦さんは私たちに条件を突きつけたんだろ。そんな様子じゃ、いつまで経っても子供のままだ」
「…誰がガキだって?」
ばちりと二人の間に火花が散る。
「もうそこで言い争うのやめなよ」
呆れたように家入が言った。
「とっとと終わらせよ。もう五分経ったけど」
「…なんでそんなに乗り気なんだい?」
普段の姿とはかけ離れた言動に、夏油は恐る恐る問いかけた。
「あの人、「好きなもの奢る」って言ってたじゃん。バカ高いもの買わせようかなって」
「いやモノに釣られんなよ」
まあ、と夏油は廃ホテルを見た。
「家入さんの言うことにも一理ある。そろそろ中に入らないと」
ホテルの中は、外から見た以上に荒れていた。カーペットは汚れきり、天井からはポタポタと水滴が垂れている。なにより、机やらガラスの破片やらで足の踏み場もない。ガシャン、と五条が遠慮なく廊下を歩いていく。それに夏油が辺りを警戒しながら続き、最後尾は家入だ。
「んで?作戦って結局なんなの?」
「二手に別れず、ここの呪霊を祓い、その上で十キロ先の他の廃ホテルまで行って呪霊を祓うのは、短時間では不可能だ。五条がいくら強くとも、物理的に無理。けど、燦さんが「ヒント」と言っていたことがあったろう?」
ー自分のできないことを、仲間に埋めてもらうこと
燦は、試すような顔でそう言った。
「それで思いついたんだ。私の呪霊操術なら、並行して任務をこなせるんじゃないかってね」
「おお、なるほど」
家入が頷く。
「でも、帳が張ってあるから、呪霊は通れないんじゃない?」
「そこが問題だね。壊してしまえばいいが、もう一度張り直す手間が生じる。…それと、帳はいつも補助監督任せだろう?」
「帳なんて、私らそうそう張らないしね」
うーん、と夏油と家入が頭を悩ませる。
「おい」
そこで、今まで黙っていた五条が口を開いた。
「その必要はないんじゃねえの」
その視線の先には、一分の隙なく張られた帳。
「どういうことだい?」
「アレがただの帳じゃねーってこと」
そう言って、五条はするりとサングラスを外した。途端、現れたのは、どこまでも蒼く透き通る、青空をそのまま映し取ったような瞳。
五条家の宝である六眼が、スッと細められる。
「あー、やっぱりな。普通の帳は、呪霊が出てこないようにする効果も兼ねてるだろ?でもあの帳は、非術師に対する「隠す」機能しかついてない」
「へぇ、そんなことできるんだ」
便利だねー、と家入も帳を見た。
「結界術が得意なんじゃね?」
どうでも良さそうに言って、五条は夏油を見る。その目に、ハアと夏油はため息を吐いた。
「分かってるよ」
ずるり、と。彼の影から、数体の呪霊が顕現する。割れた窓の隙間から飛び去っていった呪霊を見送り、夏油は廃ホテルを振り返った。
「じゃあ、とっとと終わらせようか」
「帳くらい、僕が降ろしましたよ」
「すいません、今回はそういうわけにはいかなかったので」
帳の外。車にもたれかかる燦に、補助監督が声を掛けた。
「はあ…」
「特殊な効果をつけてるんですよ」
「特殊な効果、ですか?」
「はい。ま、見てれば分かりますよ」
別れ際の夏油の言葉が蘇る。あれはおそらく、この任務の意図を見抜いた故の言葉だ。
ふふっと燦が微笑むのと同時に、帳からエイのような呪霊が飛び出した。そのまま、南西方向へ一心に向かう。
「なぜ…!」
補助監督が慌てたように携帯を手にする。それを制し、燦は車から体を起こした。
「良いんですよ、多分傑くんの呪霊だ」
「…なるほど、特殊な効果とはそういうことですか」
「ええ。呪霊だけを通す結界、というものは思っていたより難しかったですけどね」
成功して良かった、と燦は頬を緩めた。
補助監督が首を傾げる。
「ですが、燦さんはそこまで結界術が得意でしたか?」
「ああ、わたしの知り合いに結界術がすごく上手い人がいましてね。ちょっと教えてもらったんです。知っての通り、わたしは簡易領域くらいしか使えないので」
それも縛り込みですからね、とこともなげに言う。
「全部考えて、あの子たちを連れてきたんですね」
「まあ、それくらいはやりますよ。「先輩」ですので」
思い浮かべるのは、未来ある後輩たち。
「頑張れよー、若人たち」
「…僕から見たら、あなたも十分若人ですよ」
「ほんっと数だけは一丁前だな…!」
片っ端からちぎっているのに、なかなかどうして終わらない。夏油も呪霊を放ってはいるが、いかんせん別働隊を動かしている最中だ。そちらにリソースを割かれているため、あまり頼りにはならない。
その上家入は非戦闘員。反転術式のアウトプットを使えば呪霊など一発だが、この数を相手にするには彼女の呪力が足りなくなる。
必然的に、戦闘はほとんど五条がやる羽目になっていた。別に相手はまっったくもって強くないので苦ではない。苦ではない、が。
「なんっでこんなに数いるんだよちくしょう!」
再び、呪霊が吹き飛ぶ。
「この階層はもう居ないみたいだね」
「あと行ってないの最上階だけ?」
「働いてないくせに指示出ししてんじゃねぇよ!」
「おや、こんな雑魚どもに手間取っているなんてまだまだだね」
「うるせえ手間取ってるわけねーだろ!」
三人は、今にも朽ちそうな階段を登っていく。もうすぐ終わるという事実からか、その足取りは軽い。
だが。
「これって、何級任務だっけ」
「俺に聞くなよ」
「…一級はくだらないんじゃないかな」
屋上から漂う呪いの気配に、三人の空気がピリつく。
「俺がやる。下がってろよ」
「祓うなよ、後で取り込む」
「分かってら」
短くやりとりして、五条が前へ出る。屋上のドアノブを、ゆっくりと捻った瞬間。
ドオン、と派手な音と共に、金属製のドアが飛ぶ。咄嗟に夏油が家入を庇った。土煙から出てきたのは、人型を模した呪霊。ぎょろり、と幾つもある目が五条を睨む。
「土足…ゲンキン…」
「オマエがここのボスってわけ?部下からして弱そうだったけど、やっぱ上司もこの程度か」
—術式順転
五条が、術式を発動しようとした時。
「待て五条!」
家入が叫んだ。
「あ!?なんだよ、」
人型の呪霊の、その奥。抱き合って震える高校生の男女。
(…怪我してんのか!)
——このまま術式を発動すれば、絶対に巻き込む。かといって威力を抑えれば、一発で祓えるかどうかわからない。
「そのままやれ!」
五条の一瞬の躊躇いを見抜いたように、夏油が呪霊を呼び出した。二匹の猿もどきが、素早く男女を回収する。
「おきゃ、オキャクサマァ…!」
人型呪霊が飛び出した。その目が捉えるのは、夏油に確保された男女。ホテル内の家具が、一斉にガタガタと揺れた。
「ポルターガイスト?」
「ハッ、ホテルに相応しい能力ってわけだ」
しかし。飛来したソファも、ベッドも、椅子も。不可侵の前では、何の意味もなさない。五条の目前まで迫った家具は、全て見えない壁に阻まれたようにピタリと止まる。
人型呪霊が目を見開くいた。
「今度こそ、だな」
一瞬にして呪霊の懐へ。
−1の虚構が生み出す収束。それを乗せた打撃が、呪霊へと打ち込まれた。
「はー、終わった終わった」
あっけなく祓われた人型呪霊を尻目に、五条は同級生のもとへと戻る。
「…なにしてんの、終わりだろ?そいつら運んでとっとと帰ろーぜ」
んでなんか奢ってもらおーぜ、と言った五条に、夏油が険しい視線を返した。
「容体が思ったより悪くて、動かしたらまずいかもしれない」
見れば、男女とも身体中の切り傷から、血がだらだらと流れている。
「私の出番ってわけか」
家入が手を翳すと、白い光が二人を覆った。ぼう、と光が包んでいくのと同時に、傷がみるみるうちに消えていく。
「これが、反転術式?」
夏油が首を傾げて問う。
「あそっか、見せたことなかったか」
そーだよー、と家入が手をひらひらと振る。
「いや、どこかで見たことがあるなと思って…」
「んなわけねーだろ、反転術式のアウトプットができるやつなんて何人もいるかよ」
五条が鼻を鳴らした。
「行くぞ、三十分過ぎてるかもしんねー」
三人(と夏油の呪霊に抱えられた高校生男女二人)は、廃ホテルを後にした。帳を解くだけになった段階で、五条が振り返る。
「…助かった。……傑、硝子」
「…は?」
「え、頭でも打った?」
「なんだよその反応!」
吠えた五条に、夏油と家入が顔を見合わせる。
「いや、だってねえ」
「変わり身早いよな」
「人がせっかく歩み寄ってるんだぞ!?」
冗談だよ、と夏油がくつりと笑った。
「悟と硝子と一緒で良かった」
「おお、変な前髪のくせに言うことはまともだな」
「表へ出な悟」
「上等だよ」
ガンを飛ばし合う二人の横で、家入がタバコに火をつけた。ふう、と一息吸って煙を吐き出す。
「いつまでやってんだ、五条、夏油」
「ノリわりーな、そこは名前で呼べよ!」
「あんなに嫌そうにしてたくせに、ウケる」
「ウケねーよ!」
「おかえり、三人とも」
パチパチと手を打って、燦は三人を出迎えた。三十分前にはなかった雰囲気が漂っているのを感じ、嬉しそうに笑みを深める。
「さて、どこ行きたい?先輩がどこでも奢ってあげよう!」
「っしゃあ!焼肉行こーぜ」
「どうせなら高級焼肉が良いですね」
「せんぱーい、高いブランドもの買ってくださいよ」
「ごめんわたしそこまでお金ないかも」
次話は翌日投稿します!