「今日こそぶっ飛ばしてやるよ燦」
「…訓練だよこれ、もうちょっと殺る気抑えよう?」
呪術高専が一角に位置するグラウンド。鍛錬のため、無駄に広く作られたそこで、二人の術師が対峙していた。
一人は白髪にサングラス、もう一人は赤毛の短髪。
「やっちゃってくださいせんぱーい」
「燦さん、ぶっ飛ばして良いですよそんなやつ」
「…ッツ、お前らなあ!!」
ギャラリーに向かって吠えた五条に、燦は苦笑いした。
現在、東京校の2年生は燦だけ。だから、本来学年単位で行う対人訓練にも、こうして混ざることになる。
夜蛾曰く、「お前は人との関わりを増やしたほうがいい」とのことで、今日行くはずだった任務をキャンセルされた。本人に無断で。
「まあせっかく来てるんだし…ためになることはやりたいけどね」
燦はそう言いつつ、軽く準備運動を始める。ふーん、と五条が笑う。
「なに?俺相手に勝てるつもりでいんの?」
「そりゃ負けるつもりで挑む馬鹿は少ないんじゃない」
「まず無下限破ってから言うんだな」
「ズルいぞー、五条」
「そうだそうだ」
「んだからな!」
五条が目を剥く。
「あ、良いよ別に」
アキレス腱、屈伸と終わらせて、燦は五条に向き直る。
「あ?」
「今日はさ、無下限解かないで訓練しない?」
「それじゃ燦の負け確だろ」
「ちょっと試したいことがあってさ」
まあ良いけど、と五条は首の後ろに手を当てる。
「その代わり、容赦しねえよ?」
無限が、空間に現れる。
「それはこっちのセリフかな」
対する燦も、こきりと指を鳴らした。
「
術式の発動。燦の体が淡く輝く。
(悟くんの無下限を破るには、彼の術式を中和することが基本)
しかし、燦はそれに類する技術を持ち合わせていない。
——ならば、今持ちうる手札を最大限使うだけだ
「
「燦の術式って大して強くなくね?」
そう五条が何気なく言ったのは、あの廃ホテルの任務の後。
「あはは、無下限呪術に比べたらどんな術式だって弱く見えるもんじゃない?呪霊操術とかは除いて、だけど」
軽く流した燦に、興味津々で首を突っ込んできたのは夏油だった。
「そういえば、燦さんの術式ってどんなものなんですか?体が光っていたのは覚えてるんですけど…」
「夏油って燦先輩の術式見たことあんの?」
「昔助けてもらったことがあってね」
暇そうにしていた家入まで来て、燦は観念したように首を振った。
「どうせ六眼で見えてるんだろ?悟くんに聞いてくれよ」
「え、バフかける術式じゃねーの?逆になんだよ体が光るって」
「…うん?」
想像していた答えと違い、燦は首を捻った。どうやら六眼も万能ではないらしい。
「大雑把に言えばそうだけど…。わたしの
「気持ち次第って、それじゃ不安定じゃないすか?」
家入がタバコに火をつけながら問う。
「まあ、普通の人ならそうかもね。
「…ああ、それは燦さんにぴったりですね」
初めて出会った日のことを思い出しながら、夏油は目を細めた。
「でもさ、それだと任務外で役に立たねーじゃん」
「あ、もちろんデフォルトでバフがついてるからね、術式を発動した時点で、ざっくり1.5倍くらいは強くなれるよ」
「それが術式ってやっぱしょぼくね?」
「うん。だから、この術式は背負うものが大きければ大きいほど、真価を発揮するんだ」
試したことはないけど、と燦は呟いた。
「最大出力なら、うーん…四百%はいくと思うよ」
「それは凄いですけど…そのレベルを常時保てるわけでもないんでしょ?」
家入がくるくるとどこからともなく取り出したメスを回す。
「そこが今後の課題かな。気持ちどうこうでパフォーマンスが下がるのは避けたいし」
そう言って、燦は顎に手を当てた。
「何もなくても、最大出力に近いものが出せたら良いんだけどなぁ…」
(燦の術式じゃ、俺の無下限は破れない)
小細工を使っても無駄、と五条は燦を見る。その、次の瞬間。
(何だ…!?)
サングラスの下、六眼を見開く。
燦から感じる呪力が、一瞬で膨れあがったのだ。
(術式を発動したのか!?いや、それにしてもこれは…)
五条の脳が高速で回転する。
トン。
「遅いよ」
そのわずかな隙を、狙っていたかのように。彼の懐に、燦が飛び込んでいる。
(速ッ!?)
いや、問題ない。例え目で追えないほど速くとも、自分には無下限がある。ほとんど反射で無下限を張った五条に、燦の拳が叩き込まれた。
ドォン!!強烈な音とともに、五条が吹き飛ぶ。衝撃波がグラウンドに広がった。
「…やった?」
手に残る妙な感覚に、燦は首を傾げた。
「やってねえよ!」
砂埃の中、ゆらりと人影が立ち上がる。
「あー、ダメだったか」
傷が一つもないことを確認して、燦はため息をついた。
「勝った気になってんじゃねー、勝負はこれから…」
「ごめんわたし呪力無くなったから負けで良いよ」
「…は?」
あっさりと両手を上げた燦に、五条が拍子抜けしたように呟いた。
「んじゃ、グラウンド百周行ってきまーす」
軽く言って、すたこらと燦は走り出す。それを呆然と見送って、五条は口を思いっきりへの字に曲げた。
「何なんだよ!!」
「さっきさ、燦先輩なんかヤバくなかった?」
「ああ。一瞬で呪力総量が倍くらいになってた。…術式かな」
「でもこれ訓練だよ?そこまでバフかけられる?」
確かに、と夏油が頷く。
「縛りだろ」
五条が乱雑に歩いてきて、家入と夏油の隣に腰を下ろした。
「縛り、というと…」
「一回の攻撃に全呪力を込める代わりに、術式のバフを最大限引き出す、とかそんな感じじゃね?」
ナルホド、と家入が頷く。
「五条吹っ飛ばされてたじゃん。情けねー」
「別に、俺は無傷だし??」
「いやいや、無下限ごと殴り飛ばされていたじゃないか。強がりは良くないよ」
「るせえな!」
ギャン、と食ってかかる。そこから、ふと五条は黙りこくった。
「…一番やべえのはそこだよ」
「?なにが」
「俺の術式ごと殴られた。…正確には、無下限の上からって感じだな」
「どゆこと?」
家入が頭にハテナを浮かべた。
「″無限″を上回る火力を、燦さんが出したってことかい」
「…ま、そうだな」
肯定して、五条は目を細めた。
「こっっわ。単発火力っつってもアレかよ」
「いつか術式、破られちゃうんじゃない?」
「ねえよ」
フッと鼻で笑う。
「だって俺、最強だもん」
「あ゛ー、疲れた」
百周を無事に走り終え、燦はどたりと倒れた。滝のように流れる汗を拭い、暫し目を瞑る。
「わっ」
ピタ、と冷たい感覚が頬に当たり、思わず跳ね起きる。
「…そこまで驚かれるとは」
「ああ、傑くんか。びっくりさせないでよ」
スポーツドリンクを受け取りながら、燦は誤魔化すように笑った。
「はー、美味っ」
「よかったです」
「自販機で買ったやつ?あとでお金返すね」
「良いですよ、私があげたくて買ったやつなんで」
夏油も笑って、燦の隣に腰かける。
「凄かったですね、さっきの」
「んでしょ?考えたんだよねーめっちゃ。技名までつけちゃった。
「…はあ」
独特なネーミングセンスですね、と気が抜けたように返される。
「褒めてる??」
「褒めてます褒めてます」
ふーん、と燦は不貞腐れた。
「それに、アレだけの火力が出せるなら、いずれ悟にも届くんじゃないですか?」
「…そう思う?」
首をぐいっと曲げて、燦は夏油の方を向いた。
「少なくとも、今見た限りでは」
「…!ふふ、そっかあ」
ニマニマと口角を引き上げた燦に、夏油はほっと息を吐いた。
「いやあ、そう見えたかぁ。じゃあもっと頑張らなきゃね」
「今でも、燦さんは強いと思いますよ」
「ありがと、でもさ。どうせなら上を向いてたいじゃん?」
晴れやかに笑って、燦は続けた。
「それに——五条家の
ぞくり。夏油の背筋を、冷たくなにかが走り抜けた。
(…誰だ、今のは)
一瞬、慣れ親しんだ先輩が、別人になったかのような。威圧感?いや、違う。もっと本能的な、
「燦さ…」
「まあそんなことは置いておいて!!」
パン、と燦は大きく手を鳴らした。
「ちょっと聞きたいことあったんだよねー。タイミング逃しちゃってずっと聞けずじまいだったんだけど」
(躱、された)
意図的か、それとも。
いや、と夏油は大きく首を振った。どちらでも良い。どちらだったとしても、この人の踏み込まれたくない話題なのだ。
(それなら、わざわざ踏み込むなんて野暮なことはしちゃいけない)
「…はい、なんですか?」
夏油も表情を元に戻して、燦から視線を外す。グラウンドでは、五条が「蒼」をぶっ放し、家入がそれを暇そうに眺めている。その空間と、ちょきりと切り離されたような空気が、二人の間に漂っていた。
「えーとね、何で高専来たの?…多分スカウトだよね。なんで、自分から命を捨てに行くような真似をしようと思ったの?」
何を今更、という言葉を、夏油はかろうじて飲み込んだ。
「あなたに、会ったからですよ。あなたにあの時、助けられたから」
「…自分も誰かを助けたいって思ったってこと?」
「それは多分、ちょっと違います」
上手く言えないんですけど、と握り込んだ拳を見つめる。
「あなたみたいになりたいな、みたいな…曖昧なことですけど、それに近いものを感じた、というか」
燦は、ふいと空を仰いだ。
「初めてだな、そんなこと言われたの。…ふふ、皮肉なもんだね。わたしに憧れる奴がいるなんて」
「皮肉?」
「ううん、なんでもない」
穏やかに言って、燦はゆるりと笑った。
「良いと思うよ、そういうの。わたしの原点だってそんなもんだし」
「!そうですか」
でも、と燦は言い添えた。
「それじゃ、わたしにはなれても、わたし以上にはなれなくない?憧れってさ、何かを始める時には最高の起爆剤になる。けど同時に、「それ以上」を目指す意識を鈍らせる、諸刃の剣でもあるって思うんだ。ま、わたしの持論だけどね」
夏油は、しばらく返す言葉を失った。眉をぎゅっと寄せて、考え込むように顎に手を当てる。それからゆっくりと、空の眩しい太陽を見つめた。
「私なりの、信念を見つけろ…ということですか」
「大体そんな感じ、だけど…理解力高くない?わたし「自分なりに頑張れ!」くらいのニュアンスだったのに」
「燦さんが噛み砕いてくれたので」
「お、分かりやすかった?なら良かった」
はは、と二人が笑い合う。昼前の、どこかぬるい空気の中で。
「燦!」
それを切り裂くように、グラウンドに声が響いた。
「…はい?どしたの、先生」
燦が振り返り、声の主である夜蛾に問う。
「お前に要請があった、ついて来い」
「任務?」
「ああ」
はあ?と燦は珍しく顔を歪めた。
「勝手に任務キャンセルしたのはそっちじゃん」
「それはすまないと思ってる。もちろん、行きたくないのなら、」
「行くに決まってる」
舐めないで、と燦は立ち上がった。
「ごめん傑くん、行ってくる」
「怪我しないでくださいね」
「誰に言ってんのさ」
ふ、と鼻を鳴らす。すぐに表情を改め、夜蛾の元に駆け寄った。
「一人?」
「いや二人だ。冥冥と組んでもらう」
「冥さんと!じゃあ、偵察が必要な任務ってこと?」
「ああ。詳しいことは現場の冥に聞け」
「了解」
乱れていた制服を直し、燦は呪術高専の門へと歩く。
「燦」
「はい?」
「怪我、するなよ」
「なんでみんな同じこと言うんだろ」
からりと笑って、燦は車に乗り込んだ。
「心配なんかいらないよ、だってわたしは「わたし」だもん」
行ってきます、と手を振って、燦を乗せた車は滑らかに走り出す。
「…どれだけ言っても無視するから、心配なんだろうが」
夜蛾が、小さく呟いた。その声が、彼女に届くことはないと知っていても。
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次話からは平日は18時ごろ、休日は20:30ごろに投稿します。ストックが無くなるまで連日投稿していこうと思っています。