呪われしヒーローに花束を   作:しらたまあんみつ

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第四話 独りだって、わたしは立つから

 

 

 

「今日こそぶっ飛ばしてやるよ燦」

「…訓練だよこれ、もうちょっと殺る気抑えよう?」

 

呪術高専が一角に位置するグラウンド。鍛錬のため、無駄に広く作られたそこで、二人の術師が対峙していた。

 

一人は白髪にサングラス、もう一人は赤毛の短髪。

 

「やっちゃってくださいせんぱーい」

「燦さん、ぶっ飛ばして良いですよそんなやつ」

「…ッツ、お前らなあ!!」

ギャラリーに向かって吠えた五条に、燦は苦笑いした。

 

 

現在、東京校の2年生は燦だけ。だから、本来学年単位で行う対人訓練にも、こうして混ざることになる。

夜蛾曰く、「お前は人との関わりを増やしたほうがいい」とのことで、今日行くはずだった任務をキャンセルされた。本人に無断で。

 

 

「まあせっかく来てるんだし…ためになることはやりたいけどね」

燦はそう言いつつ、軽く準備運動を始める。ふーん、と五条が笑う。

「なに?俺相手に勝てるつもりでいんの?」

「そりゃ負けるつもりで挑む馬鹿は少ないんじゃない」

「まず無下限破ってから言うんだな」

 

「ズルいぞー、五条」

「そうだそうだ」

「んだからな!」

五条が目を剥く。

 

「あ、良いよ別に」

アキレス腱、屈伸と終わらせて、燦は五条に向き直る。

「あ?」

「今日はさ、無下限解かないで訓練しない?」

「それじゃ燦の負け確だろ」

「ちょっと試したいことがあってさ」

まあ良いけど、と五条は首の後ろに手を当てる。

 

「その代わり、容赦しねえよ?」

無限が、空間に現れる。

 

「それはこっちのセリフかな」

対する燦も、こきりと指を鳴らした。

 

「英雄偶像(マイヒーロー)」

術式の発動。燦の体が淡く輝く。

(悟くんの無下限を破るには、彼の術式を中和することが基本)

しかし、燦はそれに類する技術を持ち合わせていない。

 

——ならば、今持ちうる手札を最大限使うだけだ

 

「単身不敗(スタンドアローン)」

 

 

 

 

「燦の術式って大して強くなくね?」

そう五条が何気なく言ったのは、あの廃ホテルの任務の後。

「あはは、無下限呪術に比べたらどんな術式だって弱く見えるもんじゃない?呪霊操術とかは除いて、だけど」

軽く流した燦に、興味津々で首を突っ込んできたのは夏油だった。

「そういえば、燦さんの術式ってどんなものなんですか?体が光っていたのは覚えてるんですけど…」

「夏油って燦先輩の術式見たことあんの?」

「昔助けてもらったことがあってね」

暇そうにしていた家入まで来て、燦は観念したように首を振った。

 

「どうせ六眼で見えてるんだろ?悟くんに聞いてくれよ」

「え、バフかける術式じゃねーの?逆になんだよ体が光るって」

「…うん?」

想像していた答えと違い、燦は首を捻った。どうやら六眼も万能ではないらしい。

 

「大雑把に言えばそうだけど…。わたしの英雄偶像(マイヒーロー)は特殊でね、わたしの気持ち次第でバフの上がり幅が変わるんだ」

「気持ち次第って、それじゃ不安定じゃないすか?」

家入がタバコに火をつけながら問う。

 

「まあ、普通の人ならそうかもね。英雄偶像(マイヒーロー)は、「誰かを助けたい」という気持ちに比例してバフがかかるのさ。呪力出力、総量、身体強化…細かい仕様は私自身も把握してないんだけど」

「…ああ、それは燦さんにぴったりですね」

初めて出会った日のことを思い出しながら、夏油は目を細めた。

 

「でもさ、それだと任務外で役に立たねーじゃん」

「あ、もちろんデフォルトでバフがついてるからね、術式を発動した時点で、ざっくり1.5倍くらいは強くなれるよ」

「それが術式ってやっぱしょぼくね?」

「うん。だから、この術式は背負うものが大きければ大きいほど、真価を発揮するんだ」

試したことはないけど、と燦は呟いた。

「最大出力なら、うーん…四百%はいくと思うよ」

 

「それは凄いですけど…そのレベルを常時保てるわけでもないんでしょ?」

家入がくるくるとどこからともなく取り出したメスを回す。

「そこが今後の課題かな。気持ちどうこうでパフォーマンスが下がるのは避けたいし」

そう言って、燦は顎に手を当てた。

 

「何もなくても、最大出力に近いものが出せたら良いんだけどなぁ…」

 

 

 

 

(燦の術式じゃ、俺の無下限は破れない)

小細工を使っても無駄、と五条は燦を見る。その、次の瞬間。

 

(何だ…!?)

サングラスの下、六眼を見開く。

 

燦から感じる呪力が、一瞬で膨れあがったのだ。

(術式を発動したのか!?いや、それにしてもこれは…)

五条の脳が高速で回転する。

 

トン。

 

「遅いよ」

そのわずかな隙を、狙っていたかのように。彼の懐に、燦が飛び込んでいる。

(速ッ!?)

 

いや、問題ない。例え目で追えないほど速くとも、自分には無下限がある。ほとんど反射で無下限を張った五条に、燦の拳が叩き込まれた。

 

ドォン!!強烈な音とともに、五条が吹き飛ぶ。衝撃波がグラウンドに広がった。

 

「…やった?」

手に残る妙な感覚に、燦は首を傾げた。

 

「やってねえよ!」

砂埃の中、ゆらりと人影が立ち上がる。

「あー、ダメだったか」

傷が一つもないことを確認して、燦はため息をついた。

「勝った気になってんじゃねー、勝負はこれから…」

「ごめんわたし呪力無くなったから負けで良いよ」

「…は?」

 

あっさりと両手を上げた燦に、五条が拍子抜けしたように呟いた。

 

「んじゃ、グラウンド百周行ってきまーす」

軽く言って、すたこらと燦は走り出す。それを呆然と見送って、五条は口を思いっきりへの字に曲げた。

「何なんだよ!!」

 

 

「さっきさ、燦先輩なんかヤバくなかった?」

「ああ。一瞬で呪力総量が倍くらいになってた。…術式かな」

「でもこれ訓練だよ?そこまでバフかけられる?」

確かに、と夏油が頷く。

 

「縛りだろ」

五条が乱雑に歩いてきて、家入と夏油の隣に腰を下ろした。

「縛り、というと…」

「一回の攻撃に全呪力を込める代わりに、術式のバフを最大限引き出す、とかそんな感じじゃね?」

ナルホド、と家入が頷く。

「五条吹っ飛ばされてたじゃん。情けねー」

「別に、俺は無傷だし??」

「いやいや、無下限ごと殴り飛ばされていたじゃないか。強がりは良くないよ」

「るせえな!」

ギャン、と食ってかかる。そこから、ふと五条は黙りこくった。

 

「…一番やべえのはそこだよ」

「?なにが」

「俺の術式ごと殴られた。…正確には、無下限の上からって感じだな」

「どゆこと?」

家入が頭にハテナを浮かべた。

 

「″無限″を上回る火力を、燦さんが出したってことかい」

「…ま、そうだな」

肯定して、五条は目を細めた。

「こっっわ。単発火力っつってもアレかよ」

「いつか術式、破られちゃうんじゃない?」

 

「ねえよ」

フッと鼻で笑う。

「だって俺、最強だもん」

 

 

 

「あ゛ー、疲れた」

百周を無事に走り終え、燦はどたりと倒れた。滝のように流れる汗を拭い、暫し目を瞑る。

 

「わっ」

ピタ、と冷たい感覚が頬に当たり、思わず跳ね起きる。

「…そこまで驚かれるとは」

「ああ、傑くんか。びっくりさせないでよ」

スポーツドリンクを受け取りながら、燦は誤魔化すように笑った。

 

「はー、美味っ」

「よかったです」

「自販機で買ったやつ?あとでお金返すね」

「良いですよ、私があげたくて買ったやつなんで」

夏油も笑って、燦の隣に腰かける。

 

「凄かったですね、さっきの」

「んでしょ?考えたんだよねーめっちゃ。技名までつけちゃった。単身不敗(スタンドアローン)って言うんだ!」

「…はあ」

独特なネーミングセンスですね、と気が抜けたように返される。

「褒めてる??」

「褒めてます褒めてます」

ふーん、と燦は不貞腐れた。

 

「それに、アレだけの火力が出せるなら、いずれ悟にも届くんじゃないですか?」

「…そう思う?」

首をぐいっと曲げて、燦は夏油の方を向いた。

「少なくとも、今見た限りでは」

「…!ふふ、そっかあ」

ニマニマと口角を引き上げた燦に、夏油はほっと息を吐いた。

 

「いやあ、そう見えたかぁ。じゃあもっと頑張らなきゃね」

「今でも、燦さんは強いと思いますよ」

「ありがと、でもさ。どうせなら上を向いてたいじゃん?」

晴れやかに笑って、燦は続けた。

 

「それに——五条家の相(・)伝(・)をこの手で破れるなんて、願ってもない」

 

ぞくり。夏油の背筋を、冷たくなにかが走り抜けた。

(…誰だ、今のは)

一瞬、慣れ親しんだ先輩が、別人になったかのような。威圧感?いや、違う。もっと本能的な、

 

「燦さ…」

 

「まあそんなことは置いておいて!!」

パン、と燦は大きく手を鳴らした。

「ちょっと聞きたいことあったんだよねー。タイミング逃しちゃってずっと聞けずじまいだったんだけど」

 

(躱、された)

意図的か、それとも。

 

いや、と夏油は大きく首を振った。どちらでも良い。どちらだったとしても、この人の踏み込まれたくない話題なのだ。

(それなら、わざわざ踏み込むなんて野暮なことはしちゃいけない)

 

「…はい、なんですか?」

夏油も表情を元に戻して、燦から視線を外す。グラウンドでは、五条が「蒼」をぶっ放し、家入がそれを暇そうに眺めている。その空間と、ちょきりと切り離されたような空気が、二人の間に漂っていた。

 

「えーとね、何で高専来たの?…多分スカウトだよね。なんで、自分から命を捨てに行くような真似をしようと思ったの?」

何を今更、という言葉を、夏油はかろうじて飲み込んだ。

「あなたに、会ったからですよ。あなたにあの時、助けられたから」

「…自分も誰かを助けたいって思ったってこと?」

 

「それは多分、ちょっと違います」

上手く言えないんですけど、と握り込んだ拳を見つめる。

「あなたみたいになりたいな、みたいな…曖昧なことですけど、それに近いものを感じた、というか」

 

燦は、ふいと空を仰いだ。

「初めてだな、そんなこと言われたの。…ふふ、皮肉なもんだね。わたしに憧れる奴がいるなんて」

「皮肉?」

「ううん、なんでもない」

穏やかに言って、燦はゆるりと笑った。

 

「良いと思うよ、そういうの。わたしの原点だってそんなもんだし」

「!そうですか」

でも、と燦は言い添えた。

 

「それじゃ、わたしにはなれても、わたし以上にはなれなくない?憧れってさ、何かを始める時には最高の起爆剤になる。けど同時に、「それ以上」を目指す意識を鈍らせる、諸刃の剣でもあるって思うんだ。ま、わたしの持論だけどね」

 

夏油は、しばらく返す言葉を失った。眉をぎゅっと寄せて、考え込むように顎に手を当てる。それからゆっくりと、空の眩しい太陽を見つめた。

 

「私なりの、信念を見つけろ…ということですか」

「大体そんな感じ、だけど…理解力高くない?わたし「自分なりに頑張れ!」くらいのニュアンスだったのに」

「燦さんが噛み砕いてくれたので」

「お、分かりやすかった?なら良かった」

 

はは、と二人が笑い合う。昼前の、どこかぬるい空気の中で。

 

 

 

「燦!」

それを切り裂くように、グラウンドに声が響いた。

「…はい?どしたの、先生」

燦が振り返り、声の主である夜蛾に問う。

「お前に要請があった、ついて来い」

「任務?」

「ああ」

 

はあ?と燦は珍しく顔を歪めた。

「勝手に任務キャンセルしたのはそっちじゃん」

「それはすまないと思ってる。もちろん、行きたくないのなら、」

「行くに決まってる」

舐めないで、と燦は立ち上がった。

 

「ごめん傑くん、行ってくる」

「怪我しないでくださいね」

「誰に言ってんのさ」

ふ、と鼻を鳴らす。すぐに表情を改め、夜蛾の元に駆け寄った。

 

「一人?」

「いや二人だ。冥冥と組んでもらう」

「冥さんと!じゃあ、偵察が必要な任務ってこと?」

「ああ。詳しいことは現場の冥に聞け」

「了解」

 

乱れていた制服を直し、燦は呪術高専の門へと歩く。

 

「燦」

「はい?」

「怪我、するなよ」

「なんでみんな同じこと言うんだろ」

からりと笑って、燦は車に乗り込んだ。

 

「心配なんかいらないよ、だってわたしは「わたし」だもん」

行ってきます、と手を振って、燦を乗せた車は滑らかに走り出す。

 

 

「…どれだけ言っても無視するから、心配なんだろうが」

夜蛾が、小さく呟いた。その声が、彼女に届くことはないと知っていても。

 

 

 




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次話からは平日は18時ごろ、休日は20:30ごろに投稿します。ストックが無くなるまで連日投稿していこうと思っています。
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