他校との合同クリスマスイベントの打ち合わせ会場。
賑やかな生徒会の面々が忙しなく動き回る中、資料を手に廊下を歩いていた八幡の前に、聞き覚えのある声が落ちた。
「あ……比企谷?」
振り返ると、そこに立っていたのは折本かおりだった。
かつて八幡がトラウマを植え付けられた中学時代の同級生。しかし、今の彼女が浮かべている表情は、昔のバカにしたようなあざとい笑みとはまるで違っていた。
「……折本か」
八幡がいつものローテンションで応じると、折本はどこか気まずそうに視線を泳がせ、制服の裾をキュッと握りしめた。
そして、周りに他の生徒がいないのを確認してから、蚊の鳴くような声でボソッと呟いた。
「……あのさ。この間のこと、ありがとね。……比企谷が助けてくれなかったら、私、マジでどうなってたか分かんないし……」
顔をほんのり赤く染め、上目遣いで八幡を見つめてくる折本。
かつて八幡をフった側の彼女が、今や八幡の圧倒的な男らしさと包容力、そして影からすべてを救い出す「黒幕」としての魅力にすっかり骨抜きにされ、ひとりの少女として真っ赤になって照れている。
八幡は自嘲気味に鼻を鳴らし、ポケットに手を入れた。
「べつに。俺が勝手に動いたくだらねえ話だ。気にすんな」
「っ……そういうとこ、ずるいんだよ……っ」
二人の間に流れる妙に甘く気まずい空気。
そこへ――絶妙なタイミングで、書類の束を抱えた一色がぬるりと割り込んできた。
「あーれー? 先輩、そちらの可愛い女の子と何を親しそうにお話しされてるんですかー?」
ジト目を向けてくる一色。その目は完全に「獲物を狙う猫」のそれであり、目の前の折本をじーっと観察するように見つめている。
「……知り合いですかー? 先輩」
一色にそう尋ねられた瞬間、折本は「ヒッ」と小さな悲鳴を上げ、耳の先まで一気に真っ赤に染め上げた。
八幡に助けられたときの記憶と、彼に対する抑えきれない淡い恋心が蘇り、恥ずかしさのあまり一色の視線から逃げるように慌てて目を逸らす。
「っ、な、なんでもないし! じゃ、じゃあね比企谷っ!」
赤面したままパタパタと走り去っていく折本の後ろ姿を見送りながら、八幡は面倒くさそうに頭を掻いた。
「……まあな。中学のときの同級生だよ。ちょっと色々あったんだ」
言葉を濁しながらそう答える八幡に、一色はフンと可愛らしく鼻を鳴らし、八幡の袖をぎゅっと引っ張った。
「ふーん……? 中学の同級生ねぇ。なんかすっごく真っ赤になってましたけど? 先輩、また無自覚に女の子落としました?」
「落としてねえよ。変な言いがかりつけるな」
呆れ顔を浮かべつつも、自分を巡ってまた一つ芽生えた甘い波紋を感じ取りながら、八幡は一色を引き連れて打ち合わせ会場へと足を進めるのだった。
合同クリスマスイベントの打ち合わせが始まり、まだ10分しか経っていないというのに、会議室には謎の「意識高い系」用語が飛び交っていた。
「ブレインストーミングでロジカルにシナジーを生み出していきましょう!」
「ターゲット層のロイヤリティをエンハンスするために、インタラクティブなワークショップをアサインして……」
腕を組み、死んだ魚の目でパイプ椅子に座っていた八幡は、深く大きなため息をつくと、静かに立ち上がった。
「じゃ、俺帰るわ」
「えっ!? ちょっ、ちょっと先輩!? 始まってまだ10分ですよ!?」
一色が目を丸くして、慌てて八幡の制服の裾をガシッと掴んだ。
八幡はやれやれと肩をすくめ、容赦のない正論を淡々と吐き出す。
「このペースだと永久に終わりそうにないだろ。話が進んだら後で教えてくれ。総武高校も暇じゃないんだよ。山ほどある生徒会の雑務、あいつら(担任といじめっ子)に押し付けてきたとはいえ、俺たちが確認しなきゃいけない書類も山積みなんだからな」
「だ、ダメですよぉ! 先輩が帰ったら私、一人になっちゃうじゃないですか!」
必死の形相で引き留めようとする一色。だが、八幡は海浜高校の連中が熱弁を振るっている壇上を顎でしゃくった。
「いや、冷静に考えろ。俺たちがここにいてもいなくても同じだろ。さっきから『シナジー』だの『アサイン』だの、業界用語ばっかじゃねえか。俺たちはただの高校生だぞ? わけがわからん。……時間の無駄だ、帰ろうぜ」
「か、帰ろうぜって……っ」
八幡の「俺たちは高校生だろ?」という当たり前すぎる、そして圧倒的に正しい一言が、一色の胸にグサリと刺さった。
(……っていうか、ほんっとそれ!! 私だって『なにそれ美味しいの?』って感じで全然意味分かんないし、ぶっちゃけ今すぐ帰りたい!!)
本音では一刻も早くこの不毛で気取り散らかした会議室から逃げ出し、八幡と二人で部室なり生徒会室なりに帰りたくてたまらない一色。
「うぅ……っ、先輩の言う通りすぎてぐうの音も出ないです……! 私も……私も帰りたくなってきちゃったじゃないですか……っ!」
潤んだ瞳で八幡を見上げながら、葛藤と「八幡に連れ出されたい」という甘えの入り混じった顔で袖をギュッと握りしめる一色。
高校生の現実を見失い迷走する会議室の中で、八幡の圧倒的な「不条理への切り捨て」が、またしても一色の心を力強く射抜いていくのだった。
会議室を立ち去ろうとする八幡の前に、慌てた様子の折本かおりが立ち塞がった。
「っ、ちょっと待ってよ比企谷! 帰るって本気!? せっかく両校で集まって打ち合わせしてるのに、そんなのナシでしょ!」
折本は必死に手を広げて八幡を引き留めようとするが、八幡の冷ややかな眼差しと独特の圧に押され、そのまま海浜高校側の生徒たちに向き直ると、なぜか急にヒートアップして説教をかまし始めた。
「っていうかさ! さっきから聞いてたらアサインだのコミットだの、なんなの!? 比企谷の言う通り、フツーの高校生がそんなカタカナ使って気取ってんじゃないわよ! 全然話進んでないじゃん!」
折本からのまさかのダメ出しに、海浜高校の意識高い系男子たちは「えっ、いや、これはロジカルなアプローチで……」とタジタジになって固まる。
そんな荒れる会議室の空気などどこ風吹く風、八幡はあらかじめ自販機で買っておいた缶コーヒーを、ポケットからゴソゴソと取り出した。
「ほら、一色。とりあえず飲んで落ち着け」
「あ……ありがとございます、先輩……っ///」
八幡から温かい缶コーヒーを手渡され、一色は一瞬で毒気を抜かれて顔をポッと赤らめる。
八幡はそのまま、説教を終えて息を荒らげている折本や、ポカンとしている海浜高校の連中、そして呆然としている総武高校の生徒会メンバーたちにも淡々と缶コーヒーを配って回った。
プシュッと自分の缶のプルタブを開け、一口口に含んでから、八幡は会議室全体を見渡して静かに、けれど絶対的な通告を下した。
「……で。とりあえず、日本語だけで話そうぜ?」
「……っ!」
「俺たちは高校生だ。難解な横文字並べて仕事してる気になってるヒマがあるなら、高校生らしく『誰が・何を・いつまでにやるか』を日本語で紙に書け。それ以上もそれ以下もねえよ」
身も蓋もないが、ぐうの音も出ないほど本質を突いた八幡の一言。
その圧倒的な説得力と「黒幕」としての頼もしさに、それまで戸惑っていた総武高校の生徒会メンバーたちは一斉に力強く首を縦に振った。
「「「はい! 比企谷先輩の言う通りです!」」」
一色も缶コーヒーを両手で包み込みながら、勝ち誇ったような満面の笑みで八幡の隣にぴったりと寄り添う。
「ふふっ、聞きました? 先輩の言う通り、次変なカタカナ使ったら即退場ですからね〜」
八幡の一言で、迷走していた合同会議の主導権は完全に総武高校――そして比企谷八幡の手へと握られるのだった。
「でもまあ……使いたくなる気持ちはわかるけどな。なんか、こう……『仕事やってる感』出るしな」
不意に投げかけられた八幡のその言葉に、それまで気まずそうに固まっていた海浜高校の面々――玉縄をはじめとする意識高い系集団が、ぱっと顔を輝かせた。
「おっ……! 分かってくれるか、比企谷くん!」
「そうなんだよ! ボキャブラリーをシナジーさせて、パラダイムをシフトしていくとだな……!」
玉縄たちが急に息を吹き返したように前のめりになるが、八幡はすっと手のひらを翳してそれを制した。
「おう、気持ちは汲む。だが、残念ながら俺たちは詳しくないからな。やっぱ、日本語でよろしく」
「……え?」
ガクッと肩を落とし、まるでフラれたかのようなショックを受けた顔で固まる玉縄。華麗なる論理のキャッチボールをしたつもりが、直球の日本語でバッサリと打ち返されたそのギャップに、周囲の空気が再びシュンと縮こまる。
その様子を見ていた折本は、最初は呆れたような顔をしていたが、やがてこらえきれなくなったようにプッと吹き出した。
「ふっ……あははっ! なにそれ、いまのフラれ方めっちゃウケるんだけど!」
綺麗に整った顔をクシャクシャにして笑い出す折本につられ、会議室のあちこちからクスクスと笑い声が漏れ始める。険悪だったはずの空気はいつの間にかほぐれ、海浜高校の連中もどこか苦笑いするしかなかった。
「まったく、先輩って本当につかめない人ですねー」
一色はそう言いながらも、楽しそうに目を細めて八幡の腕にぴたりと寄り添う。
難解な言葉の迷宮に迷い込みかけていた合同会議は、八幡の絶妙な脱力感と容赦ない日本語回帰によって、ようやく「高校生らしい」地に足のついたスタートを切るのだった。
「……で、だ」
八幡は黒板の前に歩み寄り、カサカサと乾いた音を立てながらチョークを走らせた。
先ほどまでの脱力した空気から一転、妙に事務的で冷徹な効率主義が発動する。
「やりたいこと書き出して、できないこと、できることに分ける。……うん、基本だな」
板書された文字はざっと以下の通り。
【できないこと】
徹夜の準備(学校の規則上、絶対無理)
海浜高校の意識高い系用語の全翻訳(脳が拒絶する)
丸投げした担任といじめっ子の更生(更生は無理なのでパシリとしてこき使う)
【できること】
最低限のスケジュール管理と役割分担
めんどくさい調整の丸投げ
お茶を飲むこと
「んで、この『頑張ったらできそうなこと』を数個だけ残して、あとは適当にスリム化。あとは――」
八幡はチョークを放り投げ、ポケットに手を突っ込んで振り返った。
「まぁ、関係部署……って言っても生徒会と、あの辺の適当な連中に適当に伝えとけば、期日までには勝手になんとかなるだろ。知らんけど」
「……『知らんけど』で締めないでよ!」
ツッコミを入れたのは、さっきまでシリアスだった空気を完全に忘れてお腹を抱えて笑っていた折本だった。彼女は涙を拭いながら、あきれ顔と呆れ混じりの笑みを浮かべて八幡を指差す。
「ウケるー! マジで比企谷って変わってないし、相変わらずテキトーブレないよね! でも……ま、いっか。確かにそれなら絶対回るし!」
折本の楽しげな声につられ、会議室のピリついた緊張感はすっかりどこかへ消え去り、妙な連帯感すら生まれ始めていた。
一色は、八幡の背中をじっと見つめながら、ふっと柔らかく微笑む。
(……ほんと、この人って結局めんどくさがりなクセに、こういうとき一番頼りになっちゃうんだから……ずるいなあ)
「ほら、お前らもぼーっとしてないで、この分類通りに動け。解散!」
八幡のその一言で、グダグダになりかけていた海浜高校との合同クリスマスイベントの打ち合わせは、驚くほどスムーズに着地へと向かうのだった。
イベントの喧騒が引き、誰もいなくなった夕暮れの会議室。
片付けを終えた一色いろはは、八幡の前に静かに立ち塞がった。いつものあざとい「後輩」の仮面を脱ぎ捨て、真剣な瞳で八幡を見つめている。
「先輩……あの、私……先輩のことが、好きです。本気で……好きになっちゃいました」
夕日に照らされた一色の頬は朱に染まり、声は小さく震えていた。
八幡は面倒くさそうに頭を掻くこともなく、穏やかな眼差しで一色を見つめ返した。
「……おう。俺も、お前のこと好きだぞ」
そのあまりにも素直で温かい返しに、一色は目を見開き、ぐっと唇を噛み締めた。
「っ……からかわないでください! 私は本気ですよ! 先輩の『好き』と私の『好き』は――」
「わかってるよ」
言い終わる前に、八幡は一色の華奢な肩を引き寄せ、力強く、そして優しく抱きしめた。
腕の中で固まる一色。八幡の体温と心地よい香りが彼女を包み込み、胸の奥の不安を一瞬で溶かしていく。
「お前がどれだけ本気で俺に向き合ってくれてるかくらい、ちゃんと分かってる」
耳元で聞こえる低い声に、一色は降参したように八幡の制服の背中に手を回し、ぎゅっとしがみついた。
だが――八幡は一色の背中を優しく撫でながら、ふっと自嘲気味に苦笑いを浮かべて言った。
「……でもな、一色。俺にはもう恋人がいるからな」
雪乃と結衣。そして、すでに始まっているあの危険で甘い関係。
釘を刺すように言った八幡だったが、一色は抱きしめられたまま、八幡の胸元に顔をうずめて即答した。
「……関係ないです」
「……えぇー」
八幡から漏れた、あまりにも身も蓋もない情けない声。
一色は八幡の胸から顔を上げると、涙目のまま、どこか勝ち誇ったような不敵で愛くるしい笑顔を向けてきた。
「雪ノ下先輩と由比ヶ浜先輩がいることくらい、知ってます。でも、私が先輩を諦める理由にはならないです。……覚悟してくださいね、先輩?」
「いやいや、覚悟って……」
八幡の呆れたようなタメ息をよそに、一色は満足そうに八幡の腕の中で甘えるように身を寄せた。
また一人、自分の圧倒的な包容力と「黒幕」としての魅力で逃げ場のない愛の罠にハメてしまったことを自覚しつつ、八幡は夕闇の中、困ったように彼女の頭を優しく撫で続けるのだった。
夕闇がすっかり深まった生徒会室。
施錠されたドアの奥で、八幡と一色の二人は静かな熱気に包まれていた。
イベントの準備と書類仕事で肩をすくませていた一色に、八幡が軽い気持ちで「肩でも揉んでやるよ」と申し出たのが始まりだった。しかし、八幡の巧みな手つきが一色の緊張を解きほぐしていくうちに、二人の間の空気は一気に甘く艶やかなものへと変貌していった。
「あん……っ、先輩……そこ、すごく……っ」
八幡の大きな手のひらが、肩から背中、そしてなめらかな側胸部へと滑り落ちる。指先が一色の制服のボタンを器用に外し、ブラウスの隙間から滑り込むと、一色の身体がビクッと跳ね上がった。
「あっ……め、マッサージじゃなかっ……んあぁっ……!」
容赦なく、しかしどこか包み込むような愛おしさを込めて、八幡の手が柔らかく熟した一色の胸を鷲掴みにする。手のひら全体でその形を確かめるように、たっぷりと、優しく揉みしだいた。
「んっ……ぁ……やだ、先輩……っ、そんなに……揉まれたら……っ!」
一色は八幡の腕の中で甘い悲鳴を上げながら、身体を弓なりにしならせて悶絶した。
雪乃や結衣を虜にしてきた八幡の卓越した愛撫のテクニックは、一色の未熟な身体をあっという間にトロトロの甘い快楽の渦へと叩き落としていく。
そこへ、さらに追撃が下る。
興奮で瞳を少し潤ませた八幡は、胸元から覗く一色の可愛らしい突起へと顔を近づけると、躊躇なく唇を寄せ、そのまま吸い付いた。
「っ~~~~~~~~っ!?!?」
声にならない絶叫が一色の喉から漏れ出る。
「んむ……ジュ、チュっ……」
「あぁぁっ……!? 嘘、吸っ……吸ってる……っ!? んああぁぁっ……! 先輩っ、ダメ、そこ……っ、声、出ちゃっ……っ!」
舌先で転がされ、強く、深く吸い上げられるたびに、一色の頭の中は真っ白に染まっていく。八幡の頭を抱え込むように指を髪に絡ませながら、彼女の体はビクビクと歓喜の痙攣を繰り返した。
一頻りその甘い果実を味わい尽くした後、八幡は名残惜しそうに唇を離し、紅潮した一色の顔を見つめながら、困ったように自嘲気味の溜息をついた。
「……すまん。お前が可愛すぎて、ちょっと歯止めが効かなくてな」
その低く温かい声と、自分を心底愛おしんでくれている眼差し。
完全に感情も身体もほぐされ、甘く甘く溶けきった一色は、もう抵抗する術など持っていなかった。潤んだ瞳で八幡を見上げ、荒い息をつきながら、とろけた表情でぽつりと零す。
「……っ……うますぎ……っ」
「ん?」
「うますぎるって言ったんです……っ……ズルいです、先輩……あんなの……ズルい……っ……///」
自分の「好き」を完全に上書きされ、全身で八幡の所有物に変えられてしまった敗北感と絶頂の余韻。
一色は胸元をはだけさせたまま、八幡の胸の中にうずくまるようにして身を預け、二度と逃げ出せない甘い罠の中で幸福そうに深く息を吐くのだった。
生徒会室のドアの隙間から、半開きになった扉越しに室内を覗き込んでいたのは、あの一色を陰でいじめていた女子生徒の一人だった。
一色に雑務を押し付けられた腹いせか、あるいは様子を探りに来ただけだったのか。しかし、目の前で繰り広げられていたのは、学校の影の支配者・比企谷八幡が、あの一色いろはをトロトロに甘やかして貪っている衝撃的な光景だった。
「っ……!?!?」
口を手で覆い、驚愕と恐怖で固まるいじめっ子。
だが、その視線と息遣いに気づいた八幡は、動じるどころか冷ややかな笑みをうっすらと浮かべると、一色を抱きかかえたまま、ドアの向こうの彼女に向かって手招きをした。
(ひっ……!!)
逃げ出さなければいけないのに、八幡の圧倒的な威圧感とどこか妖しい黒幕としての色気に気圧され、彼女の足はまるで金縛りに遭ったように動かない。吸い寄せられるように、ズルズルと生徒会室の中へ足を踏み入れてしまった。
「……見てたな?」
八幡の低い声が静寂に響く。
怯えるいじめっ子の胸元へ、八幡の手が容赦なく伸びた。抵抗する間もなく、制服の上から力強く、そして巧みに胸を鷲掴みにされ、揉みしだかれる。
「あっ……!? や、やめ……んぁっ……!!」
一色を瞬時に落とした八幡の卓越した手つきが、いじめっ子の身体にも容赦なく快楽を打ち込んでいく。嫌がるはずの拒絶感は、八幡の圧倒的な包容力と指先の熱によって一瞬で溶かされ、彼女の膝がガクガクと震え出した。
さらに、八幡は彼女のブラウスのボタンを弾くように外すと、露わになった突起へ直接唇を寄せて深く吸い上げた。
「んちゅ……っ、ジュ……っ」
「ひゃうぁっ……!? 嘘っ、吸っ……ダメぇっ……! んんあぁぁっ……!!」
あまりの甘く激しい快感に、いじめっ子は白目を剥きかけるほどの絶頂に襲われ、八幡の肩にしがみついたまま、その場でぐったりととろけて崩れ落ちた。
八幡は名残惜しそうに唇を離すと、耳元で冷酷かつ甘い声で囁いた。
「……またしてほしければ、今日のことは秘密でよろしく」
「っ……あ……はいっ……! 絶対、誰にも言いません……っ!」
完全に八幡の肉体と快楽の奴隷と化したいじめっ子は、顔を真っ赤に染めながら必死に首を縦に振った。弱みを握られたどころか、自分から八幡に囚われに来るような敗北感と甘美な服従。
一方、服を乱したまま八幡の横で一部始終を見ていた一色は、あ然として口を開ぐのだった。
(……え、なにこれ……? 私、いま何をみさせられてるの……??)
自分の敵だったはずのいじめっ子が、八幡の手によって一瞬でただの雌に落ち、快楽でトロトロにされている混沌とした光景。あまりの展開の速さに思考が追いつかない一色だったが、ふと冷静になって思い直した。
(……でも、これでもうあの人が私にいじわるすることもないし……絶対秘密も守るよね。……結果的に助かった……のかな……?)
「……はあ。先輩って、ほんっとに恐ろしい人ですね……」
一色は呆れつつも、自分を脅かす存在すらも快楽と手腕で一瞬にして従属させてしまう八幡の圧倒的な黒幕ぶりに、恐怖を通り越してさらに深く惚れ直してしまうのだった。
「……やっぱり学校でマッサージするとダメだな。俺の中のアニマルが目覚めてしまう」
八幡は少しだけ乱れた髪を掻き分けながら、至って真面目な顔でぽつりと呟いた。
その隣で、いじめっ子女子を完全に陥落させて追い返したばかりの一色は、まだ上気した顔で胸元をはだけさせたまま、トロけたような瞳で八幡を見つめている。
完全に「雌」の顔になった一色のその艶めかしい表情を見れば、自分の理性が吹き飛んだのも無理はないと、八幡は一人で妙に納得していた。
そこへ――ガチャリと静かに生徒会室のドアが開いた。
「……まったく。これだから男という生き物は」
入ってきた雪乃と結衣の二人は、室内に漂う甘く密やかな空気と一色の乱れた服装を一瞬で見抜き、冷ややかさと嫉妬の混ざったジト目を八幡に向けた。
「ヒッキー……一色ちゃんだけずるい……」
「ええ、校内での淫行は感心しないわね、比企谷くん。……ただ、差別は良くないわ」
雪乃は優雅に歩み寄ると、腕を組んで八幡をじっと見下ろし、当然のような権利として言い放った。
「私たちにもしなさい」
「……いや、どんな要求だ。まあ……週末な」
八幡が「週末同棲」の約束を引き合いに出して軽く受け流すと、雪乃は満足したように小さく鼻を鳴らし、結衣も「絶対だよ!」と頬を膨らませた。
その一連のやり取りを横で聞きながら、一色は必死に正気を保とうと、手元でパタパタとブラウスのボタンを留めていた。
(……な、なにこの会話……? 『私たちにもしなさい』ってなに……? 雪ノ下先輩も由比ヶ浜先輩も、先輩のマッサージ(?)の虜になってるってこと……!?)
学校の生徒会室で繰り広げられているとは思えないあまりに異常な日常と、八幡を中心に完璧に調教されきっている奉仕部の歪んだ、しかし絶対的な絆。
ボタンを掛け終えた一色は、溜息混じりに胸元を押さえつつ、恐ろしいほどの愛おしさと底知れない欲望を秘めた「影の支配者」・比企谷八幡の背中を、再び熱い眼差しで見つめ直すのだった。
「……いや、もっと普通の高校生活で良いと思うんだが」
八幡はパイプ椅子に深く腰掛け、両手を頭の後ろで組みながら、遠い目で天井の蛍光灯を見上げた。
テストの点数に一喜一憂し、部活の帰りにファミレスで駄弁り、たまの休日にカラオケに行く――そんな、どこにでもいる男子高校生の凡庸で平穏な日常。どうして自分が校長を脅し、生徒会を影から牛耳り、複数の女子生徒を肉体的にも精神的にも平然と従属させる黒幕と化しているのか、我ながら毛頭理解できない。
そんな八幡の呟きに対し、雪乃は呆れたように小さく溜息をつきつつも、どこか妖艶で甘やかな笑みを唇に浮かべた。
「言いたいことはわかるけれど……無理な我慢は身体に毒よ、比企谷くん」
「そうそう! 我慢なんかしたらヒッキー、また変なストレス溜め込んじゃうでしょ?」
隣で結衣が当然のように力強く頷く。もはや奉仕部の二人にとって、八幡がその強烈な包容力と「アニマル」な本能を自分たちに撒き散らすことは、咎めるべき異常事態ではなく、むしろご褒美であり歓迎すべき日常の一部に過ぎないのだ。
その会話を横で聞いていた一色も、乱れた制服を整え終えた手をとめ、ふと妙な納得感を覚えていた。
(……まあ、確かにわからないでもないかも。先輩が変に『普通の高校生』ぶって我慢されたら、私だってあんなに甘く甘やかしてもらえなくなっちゃうし……)
毒食わば皿まで。八幡の圧倒的な手腕と愛撫の味を知ってしまった今となっては、一色にとっても「普通の高校生活」などという退屈な概念はとうに不要なものとなっていた。
「……はあ。高校生なのになあ……」
八幡がなおも「自分はただのしがない男子高校生である」という最後の足掻きのようにボソリと零すと、結衣がクスリと笑い、八幡の顔を覗き込むようにして言った。
「ふふっ、ヒッキー……高校生だからだよ?」
「……は?」
「だって、男の子だもん。好きな女の子が周りにいっぱいいたら、抑えられなくなっちゃうの……当たり前でしょ?」
悪戯っぽく微笑む結衣のその言葉に、雪乃も「ええ、その通りね」とばかりに優雅に頷き、一色も「先輩のそういう素直(?)なところ、嫌いじゃないですよ」とあざとく微笑みかける。
ハーレムの頂点に君臨し、影から学校全体を支配しながらも、「もっと普通でいいのに」と本気でぼやいてみせる比企谷八幡。
彼女たちの熱い視線と逃げ場のない愛に囲まれながら、彼の歪んで甘い「高校生活」は、どこまでも過激に、そして平和(?)に続いていくのだった。
「私は貴方の妹でも娘でもないわ、比企谷くん」
夕暮れの生徒会室、雪乃が静かに本を閉じ、八幡をまっすぐに見つめながら言った。
「……どういう意味だ?」
突然の言葉に八幡が首をかしげると、雪乃は小さく息を吐き、どこかわずかに頬を朱に染めながら唇を開く。
「なんだか最近、貴方に守られ過ぎている気がするのよ。私の母に直接直談判しに行った件といい、今回の生徒会の件といい……少し過保護過ぎないかしら?」
「あー……言われてみれば、確かに!」
結衣が両手をポンと叩いて同意する。
「ヒッキー、雪のんのことになると急に周りが見えなくなるっていうか、敵を容赦なく潰しにいくもんね! いろはちゃんのことも一瞬で完璧に守り切っちゃうし!」
「ですねー。私も助けられてすっごく嬉しかったですけど、先輩のガードが固すぎて、たまに箱入り娘にされてる気分になります」
一色も口元に手を当ててクスッと笑いながら頷いた。
3人からの「過保護」という指摘に、八幡は至って真面目な顔のまま、どこか照れくさそうに、しかし深く低い声で呟いた。
「……そうかな? 俺はただ……お前たちのことを守りたいだけなんだが。世界中の、あらゆる全てから」
「「「――っ……!」」」
静かな室内に落ちた、あまりにもストレートで圧倒的な独占欲と包容力。
冗談や飾りの一切ない八幡の本気の一言に、3人は同時に息を呑んだ。
(……なによそれ。愛が重すぎるでしょう……)
雪乃は思わず本で顔の下半分を隠したが、耳の先端まで真っ赤になっているのを隠しきれていない。
結衣は胸をぎゅっと押さえながら、「もう……ヒッキーのバカ……そんなのずるいよ……」と真っ赤になってモジモジし、一色も「うわ、出た……無自覚たらしの本気……っ」と顔を覆いながらドキドキと鼓動を早めていた。
重すぎるほどの愛と、どこまでも自分たちを甘やかして庇護しようとする圧倒的な男の頼もしさ。
呆れつつも、そんな八幡の深すぎる愛の檻に閉じ込められることが――決して悪くないどころか、たまらなく愛おしいと感じてしまう3人だった。