プロデューサーが死ぬと勘違いして死ぬほど依存度が上がる話   作:マロンex

12 / 12
佑芽編

ー放課後のグラウンド。

 

花海佑芽は、走り込みの途中で、水を飲みにベンチへ戻ってきた。

ベンチの向こう側、フェンスにもたれて、プロデューサーさんが電話をしていた。

グラウンドの端では、野球部の掛け声が響いていて、プロデューサーさんの声は、ところどころ、かき消されていた。

 

「……はい。聞きました。もう、長くないって」

 

佑芽は、水筒を口に運ぶ手を止めた。

 

「……十年、よく、……生き残ってきたと思います。……ここまで持つとは、思ってなかったので」

 

プロデューサーさんの声は、静かだった。

どこか、遠くを見ているような声だった。

そのとき、野球部の掛け声が、声の端を、さらっていった。

 

「……ええ。……あと半年、だそうです。……たぶん、それで、終わりですね」

 

佑芽の手から、水筒が滑り落ちた。

からん、と地面に転がった。

 

「……最後は、ちゃんと、この目で。……はい。……地元に、帰ります」

 

プロデューサーさんは、電話を切ると、少しだけ空を見上げた。

それから、地面に転がった水筒に気づいて、振り返った。

 

「……あ、佑芽さん。水筒、落としましたよ」

 

「は、はいっ!! し、失礼しました!!」

 

佑芽は、水筒をひったくるように拾うと、グラウンドの反対側まで、全速力で走り去った。

 

《……休憩中だったのに、また全力疾走していった。ストイックだな》

 

フェンスの陰で、膝に手をついて、ぜえぜえと息をした。

 

(あと半年……十年、よく生き残ってきた……それで終わり……)

 

(プロデューサーさんが……?)

 

佑芽は、顔を上げた。

目に、涙が溜まっていた。

それから、ぶんぶんと首を振って、両手で頬をぱちんと叩いた。

 

(泣いてる場合じゃない! あたしが、プロデューサーさんを元気にするんだ! 元気になればきっと...)

 

◇

翌朝。

プロデューサーさんがアパートの扉を開けると、佑芽が立っていた。

ジャージ姿で、両手に大きな水筒を抱えている。

 

「おはようございます、プロデューサーさん!!」

 

「……佑芽さん? どうしてうちに」

 

「迎えに来ました! これ、どうぞ! 特製のプロテインシェイクです! バナナと、ほうれん草と、卵と、はちみつと、それから元気が出るもの全部入れました!」

 

プロデューサーは、水筒の中を覗き込んで、少しだけ顔をしかめた。

緑色と黄色が混ざり合って、なんとも言えない色をしていた。

 

「飲んでください! 生きる力が湧いてきますから!」

 

プロデューサーは、少しだけためらってから、一口飲んだ。

 

「ええ……その...すごく、生きる力が湧いてきそうな味です」

 

「でしょ!!」

 

《……正直、ほうれん草と卵とはちみつは、混ぜてはいけないと思う》

 

◇

その日から、佑芽は、毎日プロデューサーの隣にいた。

 

「プロデューサーさん! 鞄、持ちます! あたし、体力だけは自信あるんで! 全部持ちます!」

 

「階段は、あたしが押しますから!」

 

「う、佑芽さん! 危ないので、ちょっ...!」

 

《……背中を押されながら階段を上る僕を、廊下の生徒たちがすごい顔で見ている》

 

◇

「プロデューサーさん、最近、体の調子どうですか!」

 

「え? ええ、普通に元気ですよ」

 

佑芽は、ぐっと拳を握りしめた。

 

「そんなことないです!! プロデューサーは、まだまだいけます!! 諦めちゃだめです!! 気合いです!! 根性です!!」

 

「う、佑芽さん、揺れます! 元気ですから!」

 

《……励まされているのか、脳を揺らされているのか、わからない》

 

「あっ、ごめんなさい!! 足りないかもなので元気を、注入してたんです!!」

 

「は、はぁ...」

 

「はい!! じゃあ、次は、これです!!」

 

佑芽は、鞄から、保温ポットを取り出した。

 

「あったかい、しょうが湯です!! 体の芯から、ぽかぽかですよ!!」

 

「ありがとうございます。……あの、今、夏ですけど」

 

「大丈夫です!! ぽかぽかは、一年中、大事です!!」

 

《……暑い》

 

佑芽は、続けて、タオルを取り出した。

 

「肩、揉みます!! 腰も、ストレッチします!! 足も、マッサージします!!」

 

「あ、あの、佑芽さん。そこまでは」

 

「遠慮しないでください!! あたし、体力だけは、自信ありますから!!」

 

「……はい」

 

プロデューサーは、おとなしく、肩を揉まれた。

佑芽の指は、驚くほど強かった。

 

「……い、痛いです!……佑芽さん、もう少し、弱めでお願いします...」

 

「あ!! すみません!! でも、痛いのは、効いてる証拠です!!」

 

 

プロデューサーは、肩越しに、そっと聞いた。

 

「佑芽さん。……どうして、そんなに、僕のことを、心配してくれるんですか?」

 

「え!?」

 

佑芽の手が、ぴたりと止まった。

 

「……そ、それは!! ……プロデューサーさんに、元気でいてほしいからです!!」

 

「元気、ですよ?」

 

「そ、そうですね!! 元気!! 元気です!!」

 

佑芽は、慌てて、また肩を揉み始めた。

 

(……言えない)

 

(……余命なんて言ったら....きっとプロデューサーさんが、気にしちゃう)

 

(……だから、あたしが、元気にするんだ。献身して、支えて、きっと、治すからね)

 

◇

佑芽は、毎晩、寮の部屋で鶴を折った。

不器用な指で、一羽ずつ、ゆっくりと折っていった。

何度も破れた。何度も折り直した。

 

「……プロデューサーさん。元気になって。元気になって」

 

半年あれば、千羽、きっと折れる。

佑芽は、そう信じていた。

 

◇

佑芽は、毎日、自分の走りを動画に撮って、プロデューサーさんに送った。

 

『今日の自己ベストです! 見てください!』

 

『坂道ダッシュ、二十本いけました!』

 

『プロデューサーさんも、明日も元気でいてください!』

 

プロデューサーさんは、毎晩、律儀に返信をくれた。

 

『すごいですね。いつも元気をもらってます』

 

佑芽は、その一行を、何度も読み返した。

 

◇

その日の夕方。グラウンドの端で、佑芽が坂道ダッシュを繰り返していると、背後から声がした。

 

「佑芽。……あなた、またオーバーワークしてるでしょ」

 

振り向くと、姉の咲季が、腕を組んで立っていた。

 

「お姉ちゃん!」

 

「最近、毎日、遅くまで走ってるって聞いたわ。……何を、焦ってるの」

 

「焦ってないよ! 絶対に、お姉ちゃんに勝つんだ! ……それで、プロデューサーさんに、勝ったよって、言うんだ」

 

「……プロデューサーに?」

 

咲季は、少しだけ目を細めた。

 

「ふうん。……まあ、いいわ。倒れたら、見せたい人にも、見せられないんだから。無理だけはしないで」

 

「うん!」

 

佑芽は、元気に頷いて、また坂を駆け上がっていった。

その背中を、咲季は、しばらく、じっと見送っていた。

 

(あの子...様子が変ね)

 

◇

数日後の、放課後のグラウンド。

 

「お姉ちゃーん!!」

 

佑芽は、グラウンドの端から、全速力で駆けてきた。

咲季の目の前で、急ブレーキ。

砂ぼこりが、ぶわっと舞った。

 

「勝負して!! 千五百メートル!!」

 

「……いきなり何よ」

 

「あたしが勝ったら、聞いてほしいことがあるの!!」

 

「……いいわ。受けて立つ」

 

咲季は、ふっと笑った。

 

(やった!! これなら絶対...勝てる! そしたらきっとプロデューサーさんも元気になるはず!)

 

佑芽は、ほっぺたを、ぱちんと叩いた。

 

(昨日の夜、ちゃんと考えてきたんだから! あたし、考えるの苦手だけど、頭から煙が出るくらい、考えたんだから!)

 

作戦は、こうだった。

最初は後ろにつけて、最後の二百メートルで、一気に抜く。

メモにして、ジャージのポケットに入れてある。

 

「よーい!!」

 

「どん!!」

 

二人は、同時に飛び出した。

最初の一周は、作戦どおりだった。

咲季の背中を、必死に追う。

 

(いける! いけるよ!)

 

二周目。

足が、重くなってきた。

でも、まだ、いける。

 

最後の直線。

 

「うおおおおおっ!!」

 

佑芽は、全力で、咲季の横に並んだ。

 

あと、一歩。

あと、半歩。

 

あとちょっと、あとちょっと、あとちょっとだけ——

 

ゴール。

 

ストップウォッチは、咲季のほうが、ほんの一秒先に止まっていた。

 

「……はあっ、……はあっ……」

 

咲季は、膝に手をついて、息を整えた。

 

「……なかなか、やるじゃない」

 

佑芽は、その場に、ばたんと大の字に倒れた。

空が、青かった。

 

「…………」

 

「佑芽?」

 

ぽろり、と涙がこぼれた。

 

「あれ。……あれ?」

 

佑芽は、目をごしごしこすった。

でも、涙は、あとからあとから、あふれてきた。

 

「あたし、考えたの。いっぱい、いっぱい、考えたの。お姉ちゃんに勝つ方法。毎日、走って、夜も、寝ないで、頭が痛くなるまで、考えたの」

 

「……佑芽」

 

「でも、ダメだった!! うわあああん!!」

 

佑芽は、大の字のまま、声を上げて泣いた。

グラウンド中に響くような、大きな泣き声だった。

咲季は、しばらく、何も言えなかった。

それから、佑芽の隣に、そっと腰を下ろした。

 

「……あなたが、そんなに泣くの、久しぶりに見たわ」

 

「だって……だって……!」

 

「何か悩んでるの?」

 

「それは...言えない!! 言えないけど!!」

 

佑芽は、がばっと起き上がって、ジャージの袖で、顔をぐしゃぐしゃにした。

 

「勝たなきゃ、いけなかったの!! どうしても、今、勝たなきゃいけなかったの!!」

 

咲季は、ゆっくりと、佑芽の背中に、手を置いた。

 

「……負けたのは、あなたが弱いからじゃないわ。今日は、わたしが、ほんの少し、運が良かっただけ」

 

「……うそ!!」

 

「うそよ」

 

「うそなの!?」

 

咲季は、くすっと笑った。

 

「でも、泣いたあなたを見て、思ったの。あなたが、本気で何かのために走ってるって」

 

咲季は、立ち上がって、手を差し出した。

 

「立ちなさい。……まだ、終わってないでしょ」

 

佑芽は、咲季の手を、ぎゅっと握った。

涙を、ごしごしと拭った。

それから、いつもの、太陽みたいな笑顔で立ち上がった。

 

「……うん! まだ、終わってない!!」

 

(負けたけど、悔しいけど、次は、絶対に、勝つ!!)

 

そのとき、ぐううう、と、佑芽のお腹が、盛大に鳴った。

 

「……お腹すいた!!」

 

「……あなたって子は」

 

咲季は、呆れたように笑って、鞄から、プロデューサーに渡すはずだったプロテインバーを、一本、取り出した。

 

「ほら。食べなさい」

 

「ありがとう、お姉ちゃん!! いただきます!!」

 

佑芽は、あっという間に、ぺろりと平らげた。

 

(……やっぱり、この子は、走ってるときが、一番いい顔をしてるわ)

 

◇

三か月が経った頃だった。

プロデューサーが、グラウンドのベンチで、佑芽を待っていた。

 

「あ、佑芽さん。聞いてください。広報の方と、話してきたんですよ。佑芽さんの、これからの担当について」

 

佑芽の足が、止まった。

 

「……これからの、担当?」

 

「はい。体力のある人でした。佑芽さんの勢いにも、ついていけると思います」

 

「……あたしの、勢い」

 

「はい。僕じゃ、もうついていけないので」

 

プロデューサーは、少しだけ苦笑した。

 

「毎日送ってくれる動画、すごく嬉しいんです。……ただ、走る佑芽さんを、追いかけるのも、全部しまっておくのも、今の僕じゃ、もう追いつかなくて」

 

佑芽は、プロテインシェイクの水筒を、落としそうになった。

 

(……追いつかない。。……プロデューサー、もう、体が……)

 

「来月からは、広報の方に、お願いすることにしました。……それと、動画をしまっておく場所も、今のままだと、もう、いっぱいで。今のは、来月で、解約します」

 

あっけらかんと、そして淡々と話すプロデューサーさん。

きっと、限界の中今まで付き合ってくれたんだ。

そう思うと、何も言えなかった。

 

《これで、佑芽さんの動画を、心置きなく全部見られる》

 

◇

その夜、佑芽は、寮の部屋で、千羽鶴の前に座り込んでいた。

六百羽を、超えていた。

 

(……あたしがうるさかったんだ。病気でつらいのに...なんでそんなこともわかんなかったんだろ)

 

毎日、動画を送って。

毎朝、押しかけて。

全力で、元気を押しつけて。

 

プロデューサーさんは、もう病気で弱っているのにそこまで全く考えが及ばなかった。

 

(あたしが、ついていける人を、探してくれたんだ。最後まで、あたしのことを考えて)

 

(だったら、ちゃんと、ありがとうって言わなきゃ)

 

佑芽は、何度も、そう自分に言い聞かせた。

それから、スマートフォンを開いた。

今日の分の動画を、送ろうとして指が止まった。

送信ボタンを、押せなかった。

 

◇

一か月後。契約解除の日。

その日の佑芽は、朝から、いつもと様子が違った。

 

朝練に、姿を見せなかった。

レッスンにも、ぎりぎりに駆け込んできた。

目の下には、うっすらと、隈ができていた。

 

「おはようございます、プロデューサー……」

 

声に、いつもの、張りがなかった。

 

「佑芽さん? 大丈夫……ではなさそうですね。顔色が、よくないですよ」

 

「いえ!元気です!...元気です...」

 

大きなあくびが、出た。

 

「……目の下にくまがありますね。...徹夜、したんですか?」

 

「えへへ、ばれちゃった。……ちょっとだけですよ」

 

ちょっとだけ、ではなかった。

佑芽は、この三日間、ほとんど、寝ていなかった。

 

《いつも元気な佑芽さんが、こんなに疲れてるなんて、珍しい。……何か、あったのかな》

 

プロデューサーは、佑芽の指先に、気づいた。

絆創膏が、何枚も、貼ってあった。

 

「その指……」

 

「あ、これは、その! ト、トレーニングです!」

 

佑芽は、慌てて、手をジャージのポケットに突っ込んだ。

 

「……無理は、しないでください。今日は、早めに終わりにしましょうか」

 

「だ、だめです!! ……あっ。……だ、大丈夫です!!」

 

結局、レッスンは、いつもの半分の時間で終わった。

それでも、佑芽は、なかなか、帰ろうとしなかった。

プロデューサーは、そっと、声をかけた。

 

「佑芽さん。最近、動画、送ってくれないですね」

 

「……っ」

 

「どうかしたんですか」

 

佑芽は、俯いた。

ジャージのポケットの中で、千羽鶴を結ぶための糸を、ぎゅっと握りしめた。

まだ、九百九十九羽しか折れていなかった。

 

(間に合わなかった……)

 

(半年も、あったのに。毎日、少しずつ折ってれば、よかったのに)

 

(勝負のことばっか考えちゃって...。最後の一週間で、全部、取り返そうとして。……結局、一羽、足りなくて)

 

(……あたし、ほんとに、ダメだ)

 

プロデューサーは、そんな佑芽の様子を、じっと見ていた。

いつもなら、勢いよく走り出すその背中が、今日は小さく見えた。

 

「佑芽さん」

 

「……はい」

 

「何があったのかは、聞きません。でも、あんまり、自分を責めないでください」

 

プロデューサーは、穏やかに、続けた。

 

「長い目で、見ましょう。思い立ったら、全力で突っ走るのも、佑芽さんの良さでもありますから」

 

「…………」

 

「それに、まだまだ、時間は、ありますよ。一回で、全部、うまくやろうとしなくて、いいんです」

 

佑芽の肩が、ぴくりと、跳ねた。

 

(……まだまだ、時間は、ある)

 

(……ない、のに)

 

(……プロデューサーさんには、もう、時間がないのに)

 

ジャージのポケットの中で、千羽鶴の糸を握る手に、力が入った。

 

(……そんなこと、言わないでよ。……やさしい声で、言わないでよ)

 

「……プロデューサー」

 

「はい」

 

「あたし、頑張りました」

 

佑芽の声が、震えた。

 

「シェイクも作ったし、鞄も持ったし、全力で走ったし。千羽鶴も、折ったんです。あと一羽で、千羽なんです」

 

ぽろり、と涙がこぼれた。

 

「でも、プロデューサーさんが、あたしの勢いを、もう受け止めきれないって言うから。次の人に任せるって言うから。だったら、あたしが我慢しなきゃって。動画も、送らないようにして」

 

佑芽は、その場にしゃがみ込んだ。

いつも元気な佑芽が、膝を抱えて、小さくなった。

 

「……でも、やっぱり、やだ」

 

佑芽は、顔を上げた。

涙が、音もなく、頬を伝っていた。

いつもの、泣き方じゃなかった。

 

「……あたし、プロデューサーさんに、見てほしいんです。最後まで、プロデューサーがいいんです」

 

「佑芽さん?...泣いているんですか」

 

「お姉ちゃんにも、勝てなかったんです。必死に考えたのに、ダメで……」

 

声が、かすれていた。

 

「あたし、ずっと、お姉ちゃんに勝ちたくて、頑張ってきたんです。……負けても、悔しくても、次は絶対って、いつも言えたのに」

 

「でも、プロデューサーに、勝ったよって言うチャンスはもう、ないんです」

 

佑芽は、プロデューサーのジャージの袖を、ぎゅっと掴んだ。

 

指先が、小さく震えていた。

 

「プロデューサーが……死ぬ前に...1回でもいいから言いたかったのに...」

 

佑芽は、声を殺して、泣いた。

いつもの、グラウンドを揺らすような泣き声は、どこにもなかった。

ただ、細い息の音と、すすり上げる音だけが、夕方の風に、溶けていった。

 

プロデューサーは、一瞬だけ固まって、すぐに、佑芽の前にしゃがみ込んだ。

 

「佑芽さん、落ち着いてください」

 

「……落ち着けないです……!」

 

「何を言ってるんですか。僕が、何ですって?」

 

「プロデューサーさんが、死んじゃうんです……!」

 

「僕が、ですか」

 

「他に、誰がいるんですか……!」

 

プロデューサーは、目を見開いた。

それから、佑芽を、ぎゅっと握りしめた。

 

「死にません。……絶対に死にませんから」

 

佑芽がぽかんと口を開け、赤い目でプロデューサーを見上げた。

 

「……へ?」

 

「僕は、健康です。この前の健康診断も、全部A判定でした。死ぬ予定は、ありません」

 

「……へ? へ??」

 

「佑芽さん。どうして、そう思ったのか、ゆっくり、聞かせてください」

 

「だ、だって……グラウンドで、電話してたじゃないですか……! もう長くないって……! 十年、よく生き残ってきたって……! あと半年で終わりって……!」

 

プロデューサーは、しばらく考えて、それからやわらかく微笑んだ。

 

「だいたい状況は把握しました。……順番に、話しますね。寿命と勘違いしているそれは、僕の記録の話です」

 

「……記録?」

 

「中学のとき、陸上部で。千五百メートルの記録が、母校の歴代一位として、十年間、残っていたんです。それが、半年後の大会で、今の中学生に、抜かれそうだと、連絡があって」

 

「……もう長くないって、十年、生き残ってきたって」

 

「全部、記録の話です。最後は、抜かれる瞬間を、ちゃんと見たくて。地元の大会なので、観に行くんです」

 

「じ、自分の限界を感じてるって……!」

 

「もう走ってないので、今の僕じゃ、抜き返せないなと思って。それも、記録の話です」

 

「……じゃ、じゃあ、次の担当の人は……!」

 

「広報の、撮影担当の方です。並走して撮るのは、僕には無理なので、お願いしました」

 

「受け止めきれないって……来月で契約解除って……!」

 

「動画の保管場所のことです。容量が、いっぱいになりそうなので、今のプランは来月で解約して、大きいものに替えます」

 

プロデューサーは、穏やかに続けた。

 

「佑芽さん。心配してくれて、ありがとうございます。……それから僕の説明が、足りなくてごめんなさい。不安にさせてしまいましたね」

 

佑芽は、しばらく、指の隙間から、空を見ていた。

それから、佑芽の肩が、小さく、震え始めた。

 

「……よかった」

 

「はい」

 

「……プロデューサーさん、死なないんだ」

 

「はい。死にません」

 

「……よかった。……よかったあああ!!」

 

佑芽は、がばっと起き上がって、プロデューサーに抱き着いた。

普段は注意すべき行為だったが、流石にこの状況では何も言えなかった。

 

「うわあああん!! よかった!! よかったです!! プロデューサーさんが、死なないで、よかったあああ!!」

 

いつもの、グラウンドを揺らすような、大きな泣き声だった。

さっきまでの、声を殺した泣き方とは、まるで違った。

 

プロデューサーは、何も言わずに佑芽が泣き終わるまで、背中をさすった。

 

数分後。

佑芽は、ずず、と鼻をすすって、ハンカチで、ごしごしと顔を拭いた。

 

「……すみません。大声で、泣いちゃって」

 

「いいんです。……泣きたいだけ、泣いてください」

 

佑芽は、ぐっと唇を噛んで、それから、にかっと笑った。

ポケットから、一枚の折り紙を取り出した。

 

「……あの」

 

「はい」

 

「最後の一羽、一緒に折ってください」

 

「僕、折り鶴、下手ですよ」

 

「いいんです。プロデューサーさんが折った一羽で、千羽になるんです」

 

二人は、グラウンドの隅に、並んで座った。

プロデューサーは、不器用な指で、折り紙を折った。

何度も、角がずれた。

佑芽は隣で、にこにことそれを見守った。

 

「……できました」

 

手のひらの上に、歪んだ鶴が、一羽。羽の大きさが、左右で、ちがっていた。

 

「……下手ですね!」

 

「はっきり言いますね」

 

「でも、一番、嬉しいです!」

 

佑芽は、その鶴を、そっと、千羽鶴の一番下に、糸で結んだ。

千羽目だった。

千羽の鶴が、夕方の風に、ひらひらと、揺れた。

 

「……願い事、してもいいですか」

 

「どうぞ」

 

佑芽は、千羽鶴を、両手で、胸に抱いた。

 

「これからあたしたちがずーっと一緒にいれますように!!」

 

大きな声が、グラウンドに、響いた。

プロデューサーは、ふっと笑って、そっと続けた。

 

「……そんなこと願うまでもないですね」

 

《……千羽鶴の願い事を、本人たちが叶えにいくのも、悪くない》

 

◇

半年後。

佑芽は、プロデューサーと一緒に、地方の小さな陸上競技場のスタンドに座っていた。

トラックでは、中学生たちの千五百メートルの決勝が始まろうとしていた。

 

「あの子です。三コースの」

 

号砲が鳴った。

男の子は、最初から飛び出した。

ぐんぐんと他の選手を引き離していく。

最後の一周、スタンドから歓声が上がった。

 

ゴール。

 

電光掲示板に、タイムが表示された。

 

『大会新記録・中学歴代一位更新』

 

スタンドが、どっと沸いた。

プロデューサーは、静かに、拍手をしていた。

 

「……抜かれちゃいました」

 

佑芽は、プロデューサーの横顔を見つめた。

寂しそうな顔をしているかと思った。

でも、プロデューサーは、笑っていた。

 

「プロデューサーさん。悔しくないんですか」

 

「少しだけ。でも、嬉しいほうが大きいです。誰かに抜かれるのって、悪くないですよ。自分が残したものを、ちゃんと越えていってくれたってことなので」

 

佑芽は、何も言えなかった。

ずっと、お姉ちゃんに勝ちたかった。

勝ったら、お姉ちゃんは、悔しがると思っていた。

 

でも、もしかしたら。

 

「……お姉ちゃんも、あたしに抜かれたら、嬉しいって思ってくれるかな」

 

ぽつりと、こぼれた言葉だった。

プロデューサーは、少しだけ考えてから頷いた。

 

「はい。きっと、すごく嬉しいと思います」

 

佑芽は、膝の上で、拳を握りしめた。

それから、にかっと笑った。

 

「じゃあ、あたし、絶対にお姉ちゃんを抜きます! そしたら、プロデューサーさんに、一番に言いに行きますから!」

 

「はい。待ってます」

 

佑芽は、鞄の中から千羽鶴を取り出した。

もってきたんですか...と困惑するプロデューサーさんを気にせず、嬉しそうにそれを眺めた。

 

九百九十九羽の、不揃いな鶴。

その一番下に、ひときわ不格好な一羽がぶら下がっていた。

プロデューサーが折った、最後の一羽だった。

 

「これ、どうぞ!」

 

「ありがとうございます」

 

プロデューサーは、千羽鶴を受け取ると、一番下の不格好な鶴を、そっと指でつついた。

 

「……やっぱり、僕の鶴、下手ですね」

 

「下手ですね!」

 

「はっきり言いますね」

 

「でも、一番好きです!」

 

佑芽は、スマートフォンを取り出して、競技場の景色を動画に撮った。

それから、隣に座るプロデューサーに、そのまま送信した。

 

「これからも、毎日送りますから! ゴールまで、全部見てくださいね!」

 

「はい。容量、たっぷりあるので」

 

佑芽は、競技場いっぱいに響くような声で、笑った。

 

◇

千羽鶴を完成させた日から、少しだけ佑芽が変わった。

もちろん、普段の佑芽は変わらない。

朝から元気いっぱいに走り、レッスンでは誰よりも大きな声を出し、姉の咲季には相変わらず勝負を挑んでいる。

 

ただ、一つだけ変わったことがあった。

プロデューサーと一緒にいる時間を、以前よりもずっと大切にするようになったのだ。

 

◇

「プロデューサーさーん!」

 

朝。

 

事務室の扉が勢いよく開いた。

 

「おはようございます!」

 

「おはようございます、佑芽さん。今日も元気ですね」

 

「はい! 元気です!」

 

佑芽はいつものように笑顔で答えると、彼の机の前まで駆け寄った。

 

「今日はですね! 朝ごはんを作ってきました!」

 

「朝ごはんですか?」

 

「はい! おにぎりです! 具は鮭と梅と昆布です!」

 

鞄から弁当箱を取り出し、机の上に置く。

 

「ありがとうございます。いただきますね」

 

「えへへ! どうぞ!」

 

プロデューサーが一つ手に取ると、佑芽はその様子をじっと見つめた。

 

「……どうですか?」

 

「おいしいですよ」

 

「本当ですか!?」

 

「はい。ちょうどいい塩加減です」

 

「やったー!」

 

佑芽は両手を上げて喜んだ。

そして、彼が二つ目のおにぎりに手を伸ばしたところで、そっと隣の椅子に座った。

 

「佑芽さん?」

 

「はい!」

 

「何か用事ですか?」

 

「いえ!」

 

「そうですか?」

 

「はい!」

 

佑芽はにこにこと笑っている。

しばらくして、彼女は椅子を少しだけ近づけた。

さらに少し近づけた。

そして、彼の肩に自分の肩をくっつけた。

 

「……佑芽さん?」

 

「えへへ」

 

「どうしました?」

 

「一緒にいたかったので!」

 

あまりにもまっすぐな返事に、プロデューサーは少しだけ笑った。

 

「僕はここにいますよ」

 

「はい! だから一緒にいます!」

 

佑芽は満足そうに頷いた。

 

◇

それから、佑芽は毎日のようにプロデューサーのところへやってくるようになった。

 

朝は一緒に朝食を食べる。

昼は時間が合えば一緒にお弁当を食べる。

仕事が終われば、帰る前に少しだけ話をする。

 

そして、別れ際には必ず同じことを言う。

 

「プロデューサーさん! また明日です!」

 

「はい。また明日」

 

「……明日も会えますよね?」

 

「もちろんです」

 

「明後日も?」

 

「会えますよ」

 

「その次も?」

 

「もちろん」

 

「えへへ! よかった!」

 

毎日会っているのに、毎日確認する。

それが佑芽の日課になっていた。

ある日の帰り道。

 

「プロデューサーさん!」

 

「はい?」

 

「手を繋いでもいいですか?」

 

「いいですよ」

 

佑芽は嬉しそうに手を伸ばし、彼の手を握った。

指を絡めるようにして、ぎゅっと握る。

 

「……えへへ」

 

「嬉しそうですね」

 

「はい!」

 

佑芽は彼の腕に寄り添いながら歩き始めた。

 

「こうしていると、安心するんです」

 

「そうですか?」

 

「はい。ちゃんと隣にいるってわかるので!」

 

彼女は繋いだ手を見つめる。

 

「前は、明日も明後日も、ずっと同じように会えるって、当たり前に思っていました」

 

「……」

 

「でも、そうじゃないかもしれないって思ったら、なんだか、もったいなくなっちゃって」

 

佑芽は少しだけ笑った。

 

「だから、今はいっぱい一緒にいたいんです!」

 

「そうですね。僕も佑芽さんと一緒にいられる時間は大切にしたいです」

 

「本当ですか!?」

 

「本当ですよ」

 

「えへへ! じゃあ、今日はもう少しだけ一緒に歩きましょう!」

 

「わかりました」

 

佑芽は彼の手を離さなかった。

 

◇

ある日の放課後。

 

「佑芽」

 

グラウンドでストレッチをしていた佑芽に、咲季が声をかけた。

 

「お姉ちゃん! どうしたの?」

 

「どうしたの? じゃないわよ!。最近、あなたプロデューサーのところに入り浸っているそうね」

 

「えっ!?」

 

佑芽の動きが止まった。

 

「朝も昼も、仕事終わりも。随分と仲がいいじゃない」

 

「そ、そうかな!?」

 

「そうよ」

 

咲季は腕を組んだ。

 

「この前なんて、プロデューサーと手を繋いで帰っていたって聞いたわ」

 

「ええっ!? 誰から聞いたの!?」

 

「目撃しただけよ」

 

「お姉ちゃんが!?」

 

「そうよ。あなた、私に気づかなかったでしょう?」

 

佑芽は顔を赤くした。

 

「そ、それは……!」

 

「ふうん?」

 

咲季は少しだけ口元を緩めた。

 

「随分と楽しそうだったわね」

 

「だって! プロデューサーさんと一緒にいると楽しいんだもん!」

 

「知っているわよ」

 

咲季は佑芽の頭に手を置いた。

 

「あなた、あの人のことが本当に好きなのね」

 

「……うん!」

 

佑芽は少し照れながらも、はっきりと頷いた。

 

「大好き!」

 

「...そう」

 

咲季は意外にも、それ以上からかうことはしなかった。

 

「なら、いいんじゃない?」

 

「えっ?」

 

「あなたが誰かを大切に思うのは、悪いことじゃないわ。ただ、相手のことも考えなさい。あなたが一緒にいたいと思うのと同じように、相手にも仕事や生活があるんだから」

 

「うん!」

 

「それと、無理をしてまで一緒にいようとしないこと。あなたが倒れたら、あの人だって悲しむでしょう?」

 

「……わかった!」

 

佑芽は元気よく頷いた。

咲季はその顔を見て、ふっと笑った。

 

「それにしても、あなたがこんなに甘えん坊になるなんてね」

 

「甘えん坊じゃないよ!」

 

「そうかしら?」

 

「そうだよ!」

 

「じゃあ、プロデューサーの前でもいつも通りなのね?」

 

「……それは」

 

佑芽の視線が泳いだ。

 

「……ちょっとだけ、違うかも」

 

「ふふ。素直でよろしい」

 

咲季は佑芽の頭をもう一度撫でた。

 

「頑張りなさい。応援しているわ」

 

「うん! ありがとう、お姉ちゃん!」

 

◇

その日の夕方。

プロデューサーが事務室で仕事をしていると、佑芽がやってきた。

 

「プロデューサーさん!」

 

「お疲れさまです、佑芽さん」

 

「お疲れさまです!」

 

佑芽は彼の隣に立つと、少しだけ周囲を見回した。

 

「……今、忙しいですか?」

 

「もう少しで終わりますよ」

 

「そっか!」

 

佑芽は一度頷いた。

そして、少し迷ったあと、彼の袖をつまんだ。

 

「あの……」

 

「はい?」

 

「お仕事が終わったら、ぎゅーしてもらってもいいですか?」

 

「もちろんですよ」

 

「本当ですか?」

 

「はい」

 

「……えへへ」

 

佑芽は嬉しそうに笑った。

それから、彼の隣に座って、仕事が終わるのを待つ。

最初は大人しく座っていたが、五分もすると彼の肩に頭を預けた。

 

「佑芽さん?」

 

「静かに待ってます!」

 

「そうですか」

 

「はい!」

 

さらに数分後。

今度は彼の袖を指先でつつく。

 

「……まだですか?」

 

「あと少しです」

 

「わかりました!」

 

佑芽は再び大人しくなる。

しかし、しばらくすると今度は小さな声で呟いた。

 

「……早く終わらないかな」

 

「聞こえていますよ」

 

「あっ! すみません!」

 

「もう少しだけ待ってくださいね」

 

「はい!」

 

佑芽は両手を膝の上に置き、じっと彼を見つめた。

その視線に気づきながらも、プロデューサーは最後の書類を片づける。

 

「お待たせしました」

 

「終わりましたか!?」

 

「はい」

 

その瞬間、佑芽は勢いよく立ち上がった。

 

「じゃあ!」

 

両手を広げる。

 

「ぎゅーしてください!」

 

「はい」

 

彼が腕を広げると、佑芽は飛び込むように抱きついた。

 

「えへへ……!」

 

「お待たせしました」

 

「待ってました!」

 

佑芽は彼の背中に腕を回し、ぎゅっと抱きしめる。

 

「……あったかいです」

 

「そうですね」

 

「落ち着きます」

 

「よかったです」

 

佑芽はしばらくそのままでいた。

やがて、彼の胸元から顔を上げる。

 

「もう一回!」

 

「今、抱きしめていますよ?」

 

「もう一回、ぎゅーってしてください!」

 

「こうですか?」

 

彼が少しだけ力を込める。

 

「そうです!」

 

佑芽は満面の笑みを浮かべた。

 

「大好きです! プロデューサーさん!」

 

「ありがとうございます。僕も佑芽さんのことが大切ですよ」

 

「えへへ……!」

 

彼女はまた胸元に顔を埋めた。

 

◇

その様子を、事務室の入り口から咲季が見ていた。

 

「……なるほどね」

 

咲季は腕を組み、しばらく二人の様子を眺めていた。

佑芽は彼の服を握り、なかなか離れようとしない。

 

「佑芽、そろそろ帰るわよ」

 

「えっ!?」

 

佑芽が振り返った。

 

「お姉ちゃん!」

 

「迎えに来たのよ。もう遅いでしょう?」

 

「う、うん……」

 

佑芽はプロデューサーを見上げた。

 

「……もう帰らなきゃだめですか?」

 

「明日もありますからね」

 

「……そっか」

 

少しだけ残念そうな顔をする。

それを見た咲季が、呆れたように息を吐いた。

 

「まったく。これだけ一緒にいるのに...周り全然見えてないのね」

 

「そ、そんなことないよ!」

 

「はいはい、じゃあ、帰るわよ」

 

「……うう」

 

佑芽は彼の袖をつまんだまま、なかなか離れない。

咲季はその様子を見て、少しだけ笑った。

 

「プロデューサー。明日も会えるんでしょう?」

 

「はい。もちろんです」

 

「だそうよ、佑芽」

 

「……明日も?」

 

「ええ。明日もよ」

 

「明後日も?」

 

「毎日仕事で会うでしょうに」

 

「えへへ……!」

 

佑芽の表情が明るくなった。

 

「じゃあ、今日は帰る!」

 

「最初からそう言っているでしょう」

 

咲季は佑芽の手を引いた。

そのとき、プロデューサーが声をかける。

 

「佑芽さん。また明日」

 

「はい! また明日です!」

 

佑芽は大きく手を振った。

そして、咲季に引っ張られながらも、何度も振り返っていた。

 

◇

帰り道。

 

「……佑芽」

 

「なあに、お姉ちゃん?」

 

「あなた、ずいぶん変わったわね」

 

「そうかな?」

 

「前は、何でも自分一人で解決しようとしていたでしょう。悩みがあっても、誰にも言わずに走って、考えて無理をして」

 

咲季は隣を歩く妹を見る。

 

「今は、あの人に甘えられるようになったのね」

 

佑芽は少し考えた。

 

「うん」

 

それから、嬉しそうに笑った。

 

「プロデューサーさんには、何でも言えるんだ!」

 

「何でも?」

 

「うん! 寂しいときも、嬉しいときも、疲れたときも!」

 

「そう」

 

「前は、元気にしてあげなきゃって思ってたんだ。でも、今はあたしも元気をもらってるんだよ!」

 

「……いいことじゃない」

 

咲季は優しく微笑んだ。

 

「ちゃんと支え合える関係になったのね」

 

「うん!」

 

佑芽は胸を張った。

 

「だから、あたし、もっと頑張るよ!」

 

「何を?」

 

「お姉ちゃんに勝つこと!」

 

「……結局そこなのね」

 

「もちろん! 次こそ絶対勝つからね!」

 

「ふふ。楽しみにしているわ」

 

咲季は笑った。

 

そして、少しだけ真面目な顔になる。

 

「でも、佑芽」

 

「なあに?」

 

「あなたがあの人を大切に思うのと同じくらい、自分のことも大切にしなさい」

 

「うん!」

 

「ちゃんと食べて、ちゃんと寝て、無理をしないこと」

 

「わかった!」

 

「約束よ」

 

「約束!」

 

佑芽は咲季の手を握った。

 

「お姉ちゃんも、あたしのこと大切にしてね!」

 

「当たり前でしょう」

 

「えへへ!」

 

咲季は妹の手を握り返した。

 

◇

その夜。

 

寮の部屋で、佑芽はベッドに寝転がりながらスマートフォンを眺めていた。

 

プロデューサーとのメッセージ画面。

 

『今日はありがとうございました! 明日もよろしくお願いします!』

 

送信したメッセージには、すぐに返信が届いた。

 

『こちらこそ。今日もお疲れさまでした。ゆっくり休んでくださいね』

 

佑芽はその文章を何度も読み返した。

そして、少し考えてからもう一通送る。

 

『あの! 明日もぎゅーしてください!』

 

すぐに既読がついた。

 

『もちろんです』

 

「……えへへ」

 

佑芽はスマートフォンを胸に抱いた。

それから、もう一度メッセージを打つ。

 

『大好きです!』

 

少しだけ迷った。

けれど、送信した。

しばらくして返信が届く。

 

『僕も佑芽さんのことが大好きですよ。おやすみなさい』

 

「……!」

 

佑芽は布団の上で、ごろごろと転がった。

 

「えへへへへ……!」

 

枕を抱きしめ、足をばたばたさせる。

 

「大好きって言ってくれた……!」

 

そして、スマートフォンを大事そうに枕元へ置いた。

 

明日になれば、また会える。

明日になれば、また声が聞ける。

明日になれば、また抱きしめてもらえる。

 

そう思うと、自然と笑顔になった。

 

◇

翌朝。

 

「プロデューサーさーん!!」

 

事務室の扉が勢いよく開く。

 

「おはようございます!」

 

「おはようございます、佑芽さん」

 

佑芽は彼の前まで駆け寄ると、両手を広げた。

 

「約束です!」

 

「はい?」

 

「昨日の約束! ぎゅーです!」

 

「ああ、そうでしたね」

 

彼が腕を広げると、佑芽は嬉しそうに飛び込んだ。

 

「えへへ! 今日も会えました!」

 

「今日も会えましたね」

 

「明日も会えますよね!」

 

「もちろんです」

 

「明後日も!」

 

「はい」

 

「その次も!」

 

「はいはい」

 

佑芽は彼の胸元で笑った。

 

「ずーっと一緒ですね!」

 

「そうですね」

 

「えへへ!」

 

そのとき、事務室の入り口から声がした。

 

「……朝から元気ね、佑芽」

 

「お姉ちゃん!?」

 

咲季が腕を組んで立っていた。

 

「あなた、毎朝それをやるつもり?」

 

「うん!」

 

「即答なのね……」

 

咲季は呆れたように笑った。

 

「プロデューサーも大変ね」

 

「いえ。元気をもらっていますよ」

 

「そう。ならいいわ」

 

咲季は佑芽に目を向ける。

 

「でも、仕事の邪魔はしないこと」

 

「はーい!」

 

「それから、今日のレッスンは私と勝負よ」

 

「えっ!?」

 

佑芽の目が輝いた。

 

「本当!?」

 

「ええ。今度こそ負けないわよ」

 

「よーし! 絶対勝つからね!」

 

佑芽はプロデューサーから離れ、元気よく拳を握った。

そして、ふと思い出したように振り返る。

 

「プロデューサーさん!」

 

「はい?」

 

「今日の勝負も、ちゃんと見ていてくださいね!」

 

「もちろんです」

 

「勝ったら、いっぱい褒めてください!」

 

「わかりました」

 

「それから、ぎゅーもしてください!」

 

「はいはい」

 

「えへへ! 約束です!」

 

佑芽は咲季の隣に並び、グラウンドへ向かって駆け出した。

その背中を、プロデューサーは笑顔で見送る。

咲季は隣を走る妹を見て、小さく笑った。

 

「……本当に、あの人が好きなのね」

 

「うん! 大好き!」

 

「そう」

 

咲季は前を向いた。

 

「なら、今日も最高の姿を見せてあげなさい」

 

「もちろん!」

 

佑芽は大きく頷いた。

 

今度こそ、姉に勝つ。

 

そして、その姿を一番にプロデューサーに見てもらう。

そう思うと、足取りはいつもより軽かった。

 

走って、笑って、悔しがって、また走る。

その先には、いつも自分を見てくれる人がいる。

だから佑芽は、今日も全力で走る。

 

そして、レッスンが終わったら、きっとまた彼のもとへ駆けていくのだ。

 

「プロデューサーさーん! 今日もぎゅーしてくださいねー!!」

 

グラウンドに、佑芽の明るい声が響いた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

『SyngUp!』のプロデューサーは足を引っ張ると殺される(作者:プロデューサー科のもの)(原作:学園アイドルマスター)

『学園アイドルマスター』の世界に転移した、元社畜のプロデューサー科1年生が、『SyngUp!』に脳を焼かれてプロデューサーになる話。▼なお、足を引っ張ったら殺される。▼基本土日の20時更新▼※調べ不足なところもあるかもしれませんが、オリジナル設定としてゴリ押す場合があります。▼※『学園アイドルマスター』の最新話までのネタバレがある場合があります。ご注意くださ…


総合評価:14316/評価:9.1/連載:147話/更新日時:2026年11月01日(日) 20:00 小説情報

俺以外の登場人物が強くてニューゲーム状態で始まる終末世界のヤンデレもの。  (作者:走れ、ヤンデレ)(オリジナル:ファンタジー/冒険・バトル)

なお、強さだけではなく記憶も引き継いでおり、登場人物の殆どが主人公に対して劇重感情を抱いている模様。▼


総合評価:3244/評価:8.61/連載:3話/更新日時:2026年10月18日(日) 06:31 小説情報

村のチンチクリンがドメロイケ女になってて俺への距離が近い話する?(作者:負け組カチ組)(原作:鳴潮)

俺の名前はヴィトン。▼いつか美人で可愛いボンキュッボンなレディの彼女ができることを願う俺はある日、暮らしていた村が黒潮に襲われてしまった!!▼面倒を見ていたチンチクリンの少女二人を助けるのに夢中になっていた俺は、背後から近づいてくる残像に気付かなかった!!▼俺は黒潮にドボンし、目が覚めたら……▼────十数年時間が経っていた!!▼ロクデナシが生きているとバレ…


総合評価:6616/評価:8.68/連載:20話/更新日時:2026年09月20日(日) 00:02 小説情報

虎杖悠仁によるトレセン学園勤務日記(作者:夕暮れの家)(原作:ウマ娘プリティーダービー)

 モジュロで言ってた呪物化して人類の守護者になって。ようやっと大勢に囲まれて死ねた虎杖が若人の成長を見守りながら幸せそうにしてるところが見たいなぁって。▼ だから良い子ばっかのウマ娘達に囲まれて楽しく過ごして欲しい。▼ 本当にそれだけ。


総合評価:13029/評価:9.01/連載:25話/更新日時:2026年10月30日(金) 19:36 小説情報

代償があるタイプの異能持ち女の子vsチートヒーラーvsダークライ(作者:らっきー(16代目))(オリジナル:ファンタジー/冒険・バトル)

HPを犠牲にしてスキルを発動するようなソシャゲキャラvsその世界には存在しないヒーラーvsダークライ▼もしくは自爆技持ちにガッツをかけられる人。▼まあ一緒に戦ってる訳でもないし、嫌われない程度にだけ関われば十分だろ。▼なお女の子達からは何があっても見捨てずに助けてくれる人と思われてる模様▼ハメ匿3 一位です。読者に感謝


総合評価:34782/評価:8.95/連載:13話/更新日時:2026年10月19日(月) 07:03 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>