プロデューサーが死ぬと勘違いして死ぬほど依存度が上がる話 作:マロンex
ー放課後のグラウンド。
花海佑芽は、走り込みの途中で、水を飲みにベンチへ戻ってきた。
ベンチの向こう側、フェンスにもたれて、プロデューサーさんが電話をしていた。
グラウンドの端では、野球部の掛け声が響いていて、プロデューサーさんの声は、ところどころ、かき消されていた。
「……はい。聞きました。もう、長くないって」
佑芽は、水筒を口に運ぶ手を止めた。
「……十年、よく、……生き残ってきたと思います。……ここまで持つとは、思ってなかったので」
プロデューサーさんの声は、静かだった。
どこか、遠くを見ているような声だった。
そのとき、野球部の掛け声が、声の端を、さらっていった。
「……ええ。……あと半年、だそうです。……たぶん、それで、終わりですね」
佑芽の手から、水筒が滑り落ちた。
からん、と地面に転がった。
「……最後は、ちゃんと、この目で。……はい。……地元に、帰ります」
プロデューサーさんは、電話を切ると、少しだけ空を見上げた。
それから、地面に転がった水筒に気づいて、振り返った。
「……あ、佑芽さん。水筒、落としましたよ」
「は、はいっ!! し、失礼しました!!」
佑芽は、水筒をひったくるように拾うと、グラウンドの反対側まで、全速力で走り去った。
《……休憩中だったのに、また全力疾走していった。ストイックだな》
フェンスの陰で、膝に手をついて、ぜえぜえと息をした。
(あと半年……十年、よく生き残ってきた……それで終わり……)
(プロデューサーさんが……?)
佑芽は、顔を上げた。
目に、涙が溜まっていた。
それから、ぶんぶんと首を振って、両手で頬をぱちんと叩いた。
(泣いてる場合じゃない! あたしが、プロデューサーさんを元気にするんだ! 元気になればきっと...)
◇
翌朝。
プロデューサーさんがアパートの扉を開けると、佑芽が立っていた。
ジャージ姿で、両手に大きな水筒を抱えている。
「おはようございます、プロデューサーさん!!」
「……佑芽さん? どうしてうちに」
「迎えに来ました! これ、どうぞ! 特製のプロテインシェイクです! バナナと、ほうれん草と、卵と、はちみつと、それから元気が出るもの全部入れました!」
プロデューサーは、水筒の中を覗き込んで、少しだけ顔をしかめた。
緑色と黄色が混ざり合って、なんとも言えない色をしていた。
「飲んでください! 生きる力が湧いてきますから!」
プロデューサーは、少しだけためらってから、一口飲んだ。
「ええ……その...すごく、生きる力が湧いてきそうな味です」
「でしょ!!」
《……正直、ほうれん草と卵とはちみつは、混ぜてはいけないと思う》
◇
その日から、佑芽は、毎日プロデューサーの隣にいた。
「プロデューサーさん! 鞄、持ちます! あたし、体力だけは自信あるんで! 全部持ちます!」
「階段は、あたしが押しますから!」
「う、佑芽さん! 危ないので、ちょっ...!」
《……背中を押されながら階段を上る僕を、廊下の生徒たちがすごい顔で見ている》
◇
「プロデューサーさん、最近、体の調子どうですか!」
「え? ええ、普通に元気ですよ」
佑芽は、ぐっと拳を握りしめた。
「そんなことないです!! プロデューサーは、まだまだいけます!! 諦めちゃだめです!! 気合いです!! 根性です!!」
「う、佑芽さん、揺れます! 元気ですから!」
《……励まされているのか、脳を揺らされているのか、わからない》
「あっ、ごめんなさい!! 足りないかもなので元気を、注入してたんです!!」
「は、はぁ...」
「はい!! じゃあ、次は、これです!!」
佑芽は、鞄から、保温ポットを取り出した。
「あったかい、しょうが湯です!! 体の芯から、ぽかぽかですよ!!」
「ありがとうございます。……あの、今、夏ですけど」
「大丈夫です!! ぽかぽかは、一年中、大事です!!」
《……暑い》
佑芽は、続けて、タオルを取り出した。
「肩、揉みます!! 腰も、ストレッチします!! 足も、マッサージします!!」
「あ、あの、佑芽さん。そこまでは」
「遠慮しないでください!! あたし、体力だけは、自信ありますから!!」
「……はい」
プロデューサーは、おとなしく、肩を揉まれた。
佑芽の指は、驚くほど強かった。
「……い、痛いです!……佑芽さん、もう少し、弱めでお願いします...」
「あ!! すみません!! でも、痛いのは、効いてる証拠です!!」
プロデューサーは、肩越しに、そっと聞いた。
「佑芽さん。……どうして、そんなに、僕のことを、心配してくれるんですか?」
「え!?」
佑芽の手が、ぴたりと止まった。
「……そ、それは!! ……プロデューサーさんに、元気でいてほしいからです!!」
「元気、ですよ?」
「そ、そうですね!! 元気!! 元気です!!」
佑芽は、慌てて、また肩を揉み始めた。
(……言えない)
(……余命なんて言ったら....きっとプロデューサーさんが、気にしちゃう)
(……だから、あたしが、元気にするんだ。献身して、支えて、きっと、治すからね)
◇
佑芽は、毎晩、寮の部屋で鶴を折った。
不器用な指で、一羽ずつ、ゆっくりと折っていった。
何度も破れた。何度も折り直した。
「……プロデューサーさん。元気になって。元気になって」
半年あれば、千羽、きっと折れる。
佑芽は、そう信じていた。
◇
佑芽は、毎日、自分の走りを動画に撮って、プロデューサーさんに送った。
『今日の自己ベストです! 見てください!』
『坂道ダッシュ、二十本いけました!』
『プロデューサーさんも、明日も元気でいてください!』
プロデューサーさんは、毎晩、律儀に返信をくれた。
『すごいですね。いつも元気をもらってます』
佑芽は、その一行を、何度も読み返した。
◇
その日の夕方。グラウンドの端で、佑芽が坂道ダッシュを繰り返していると、背後から声がした。
「佑芽。……あなた、またオーバーワークしてるでしょ」
振り向くと、姉の咲季が、腕を組んで立っていた。
「お姉ちゃん!」
「最近、毎日、遅くまで走ってるって聞いたわ。……何を、焦ってるの」
「焦ってないよ! 絶対に、お姉ちゃんに勝つんだ! ……それで、プロデューサーさんに、勝ったよって、言うんだ」
「……プロデューサーに?」
咲季は、少しだけ目を細めた。
「ふうん。……まあ、いいわ。倒れたら、見せたい人にも、見せられないんだから。無理だけはしないで」
「うん!」
佑芽は、元気に頷いて、また坂を駆け上がっていった。
その背中を、咲季は、しばらく、じっと見送っていた。
(あの子...様子が変ね)
◇
数日後の、放課後のグラウンド。
「お姉ちゃーん!!」
佑芽は、グラウンドの端から、全速力で駆けてきた。
咲季の目の前で、急ブレーキ。
砂ぼこりが、ぶわっと舞った。
「勝負して!! 千五百メートル!!」
「……いきなり何よ」
「あたしが勝ったら、聞いてほしいことがあるの!!」
「……いいわ。受けて立つ」
咲季は、ふっと笑った。
(やった!! これなら絶対...勝てる! そしたらきっとプロデューサーさんも元気になるはず!)
佑芽は、ほっぺたを、ぱちんと叩いた。
(昨日の夜、ちゃんと考えてきたんだから! あたし、考えるの苦手だけど、頭から煙が出るくらい、考えたんだから!)
作戦は、こうだった。
最初は後ろにつけて、最後の二百メートルで、一気に抜く。
メモにして、ジャージのポケットに入れてある。
「よーい!!」
「どん!!」
二人は、同時に飛び出した。
最初の一周は、作戦どおりだった。
咲季の背中を、必死に追う。
(いける! いけるよ!)
二周目。
足が、重くなってきた。
でも、まだ、いける。
最後の直線。
「うおおおおおっ!!」
佑芽は、全力で、咲季の横に並んだ。
あと、一歩。
あと、半歩。
あとちょっと、あとちょっと、あとちょっとだけ——
ゴール。
ストップウォッチは、咲季のほうが、ほんの一秒先に止まっていた。
「……はあっ、……はあっ……」
咲季は、膝に手をついて、息を整えた。
「……なかなか、やるじゃない」
佑芽は、その場に、ばたんと大の字に倒れた。
空が、青かった。
「…………」
「佑芽?」
ぽろり、と涙がこぼれた。
「あれ。……あれ?」
佑芽は、目をごしごしこすった。
でも、涙は、あとからあとから、あふれてきた。
「あたし、考えたの。いっぱい、いっぱい、考えたの。お姉ちゃんに勝つ方法。毎日、走って、夜も、寝ないで、頭が痛くなるまで、考えたの」
「……佑芽」
「でも、ダメだった!! うわあああん!!」
佑芽は、大の字のまま、声を上げて泣いた。
グラウンド中に響くような、大きな泣き声だった。
咲季は、しばらく、何も言えなかった。
それから、佑芽の隣に、そっと腰を下ろした。
「……あなたが、そんなに泣くの、久しぶりに見たわ」
「だって……だって……!」
「何か悩んでるの?」
「それは...言えない!! 言えないけど!!」
佑芽は、がばっと起き上がって、ジャージの袖で、顔をぐしゃぐしゃにした。
「勝たなきゃ、いけなかったの!! どうしても、今、勝たなきゃいけなかったの!!」
咲季は、ゆっくりと、佑芽の背中に、手を置いた。
「……負けたのは、あなたが弱いからじゃないわ。今日は、わたしが、ほんの少し、運が良かっただけ」
「……うそ!!」
「うそよ」
「うそなの!?」
咲季は、くすっと笑った。
「でも、泣いたあなたを見て、思ったの。あなたが、本気で何かのために走ってるって」
咲季は、立ち上がって、手を差し出した。
「立ちなさい。……まだ、終わってないでしょ」
佑芽は、咲季の手を、ぎゅっと握った。
涙を、ごしごしと拭った。
それから、いつもの、太陽みたいな笑顔で立ち上がった。
「……うん! まだ、終わってない!!」
(負けたけど、悔しいけど、次は、絶対に、勝つ!!)
そのとき、ぐううう、と、佑芽のお腹が、盛大に鳴った。
「……お腹すいた!!」
「……あなたって子は」
咲季は、呆れたように笑って、鞄から、プロデューサーに渡すはずだったプロテインバーを、一本、取り出した。
「ほら。食べなさい」
「ありがとう、お姉ちゃん!! いただきます!!」
佑芽は、あっという間に、ぺろりと平らげた。
(……やっぱり、この子は、走ってるときが、一番いい顔をしてるわ)
◇
三か月が経った頃だった。
プロデューサーが、グラウンドのベンチで、佑芽を待っていた。
「あ、佑芽さん。聞いてください。広報の方と、話してきたんですよ。佑芽さんの、これからの担当について」
佑芽の足が、止まった。
「……これからの、担当?」
「はい。体力のある人でした。佑芽さんの勢いにも、ついていけると思います」
「……あたしの、勢い」
「はい。僕じゃ、もうついていけないので」
プロデューサーは、少しだけ苦笑した。
「毎日送ってくれる動画、すごく嬉しいんです。……ただ、走る佑芽さんを、追いかけるのも、全部しまっておくのも、今の僕じゃ、もう追いつかなくて」
佑芽は、プロテインシェイクの水筒を、落としそうになった。
(……追いつかない。。……プロデューサー、もう、体が……)
「来月からは、広報の方に、お願いすることにしました。……それと、動画をしまっておく場所も、今のままだと、もう、いっぱいで。今のは、来月で、解約します」
あっけらかんと、そして淡々と話すプロデューサーさん。
きっと、限界の中今まで付き合ってくれたんだ。
そう思うと、何も言えなかった。
《これで、佑芽さんの動画を、心置きなく全部見られる》
◇
その夜、佑芽は、寮の部屋で、千羽鶴の前に座り込んでいた。
六百羽を、超えていた。
(……あたしがうるさかったんだ。病気でつらいのに...なんでそんなこともわかんなかったんだろ)
毎日、動画を送って。
毎朝、押しかけて。
全力で、元気を押しつけて。
プロデューサーさんは、もう病気で弱っているのにそこまで全く考えが及ばなかった。
(あたしが、ついていける人を、探してくれたんだ。最後まで、あたしのことを考えて)
(だったら、ちゃんと、ありがとうって言わなきゃ)
佑芽は、何度も、そう自分に言い聞かせた。
それから、スマートフォンを開いた。
今日の分の動画を、送ろうとして指が止まった。
送信ボタンを、押せなかった。
◇
一か月後。契約解除の日。
その日の佑芽は、朝から、いつもと様子が違った。
朝練に、姿を見せなかった。
レッスンにも、ぎりぎりに駆け込んできた。
目の下には、うっすらと、隈ができていた。
「おはようございます、プロデューサー……」
声に、いつもの、張りがなかった。
「佑芽さん? 大丈夫……ではなさそうですね。顔色が、よくないですよ」
「いえ!元気です!...元気です...」
大きなあくびが、出た。
「……目の下にくまがありますね。...徹夜、したんですか?」
「えへへ、ばれちゃった。……ちょっとだけですよ」
ちょっとだけ、ではなかった。
佑芽は、この三日間、ほとんど、寝ていなかった。
《いつも元気な佑芽さんが、こんなに疲れてるなんて、珍しい。……何か、あったのかな》
プロデューサーは、佑芽の指先に、気づいた。
絆創膏が、何枚も、貼ってあった。
「その指……」
「あ、これは、その! ト、トレーニングです!」
佑芽は、慌てて、手をジャージのポケットに突っ込んだ。
「……無理は、しないでください。今日は、早めに終わりにしましょうか」
「だ、だめです!! ……あっ。……だ、大丈夫です!!」
結局、レッスンは、いつもの半分の時間で終わった。
それでも、佑芽は、なかなか、帰ろうとしなかった。
プロデューサーは、そっと、声をかけた。
「佑芽さん。最近、動画、送ってくれないですね」
「……っ」
「どうかしたんですか」
佑芽は、俯いた。
ジャージのポケットの中で、千羽鶴を結ぶための糸を、ぎゅっと握りしめた。
まだ、九百九十九羽しか折れていなかった。
(間に合わなかった……)
(半年も、あったのに。毎日、少しずつ折ってれば、よかったのに)
(勝負のことばっか考えちゃって...。最後の一週間で、全部、取り返そうとして。……結局、一羽、足りなくて)
(……あたし、ほんとに、ダメだ)
プロデューサーは、そんな佑芽の様子を、じっと見ていた。
いつもなら、勢いよく走り出すその背中が、今日は小さく見えた。
「佑芽さん」
「……はい」
「何があったのかは、聞きません。でも、あんまり、自分を責めないでください」
プロデューサーは、穏やかに、続けた。
「長い目で、見ましょう。思い立ったら、全力で突っ走るのも、佑芽さんの良さでもありますから」
「…………」
「それに、まだまだ、時間は、ありますよ。一回で、全部、うまくやろうとしなくて、いいんです」
佑芽の肩が、ぴくりと、跳ねた。
(……まだまだ、時間は、ある)
(……ない、のに)
(……プロデューサーさんには、もう、時間がないのに)
ジャージのポケットの中で、千羽鶴の糸を握る手に、力が入った。
(……そんなこと、言わないでよ。……やさしい声で、言わないでよ)
「……プロデューサー」
「はい」
「あたし、頑張りました」
佑芽の声が、震えた。
「シェイクも作ったし、鞄も持ったし、全力で走ったし。千羽鶴も、折ったんです。あと一羽で、千羽なんです」
ぽろり、と涙がこぼれた。
「でも、プロデューサーさんが、あたしの勢いを、もう受け止めきれないって言うから。次の人に任せるって言うから。だったら、あたしが我慢しなきゃって。動画も、送らないようにして」
佑芽は、その場にしゃがみ込んだ。
いつも元気な佑芽が、膝を抱えて、小さくなった。
「……でも、やっぱり、やだ」
佑芽は、顔を上げた。
涙が、音もなく、頬を伝っていた。
いつもの、泣き方じゃなかった。
「……あたし、プロデューサーさんに、見てほしいんです。最後まで、プロデューサーがいいんです」
「佑芽さん?...泣いているんですか」
「お姉ちゃんにも、勝てなかったんです。必死に考えたのに、ダメで……」
声が、かすれていた。
「あたし、ずっと、お姉ちゃんに勝ちたくて、頑張ってきたんです。……負けても、悔しくても、次は絶対って、いつも言えたのに」
「でも、プロデューサーに、勝ったよって言うチャンスはもう、ないんです」
佑芽は、プロデューサーのジャージの袖を、ぎゅっと掴んだ。
指先が、小さく震えていた。
「プロデューサーが……死ぬ前に...1回でもいいから言いたかったのに...」
佑芽は、声を殺して、泣いた。
いつもの、グラウンドを揺らすような泣き声は、どこにもなかった。
ただ、細い息の音と、すすり上げる音だけが、夕方の風に、溶けていった。
プロデューサーは、一瞬だけ固まって、すぐに、佑芽の前にしゃがみ込んだ。
「佑芽さん、落ち着いてください」
「……落ち着けないです……!」
「何を言ってるんですか。僕が、何ですって?」
「プロデューサーさんが、死んじゃうんです……!」
「僕が、ですか」
「他に、誰がいるんですか……!」
プロデューサーは、目を見開いた。
それから、佑芽を、ぎゅっと握りしめた。
「死にません。……絶対に死にませんから」
佑芽がぽかんと口を開け、赤い目でプロデューサーを見上げた。
「……へ?」
「僕は、健康です。この前の健康診断も、全部A判定でした。死ぬ予定は、ありません」
「……へ? へ??」
「佑芽さん。どうして、そう思ったのか、ゆっくり、聞かせてください」
「だ、だって……グラウンドで、電話してたじゃないですか……! もう長くないって……! 十年、よく生き残ってきたって……! あと半年で終わりって……!」
プロデューサーは、しばらく考えて、それからやわらかく微笑んだ。
「だいたい状況は把握しました。……順番に、話しますね。寿命と勘違いしているそれは、僕の記録の話です」
「……記録?」
「中学のとき、陸上部で。千五百メートルの記録が、母校の歴代一位として、十年間、残っていたんです。それが、半年後の大会で、今の中学生に、抜かれそうだと、連絡があって」
「……もう長くないって、十年、生き残ってきたって」
「全部、記録の話です。最後は、抜かれる瞬間を、ちゃんと見たくて。地元の大会なので、観に行くんです」
「じ、自分の限界を感じてるって……!」
「もう走ってないので、今の僕じゃ、抜き返せないなと思って。それも、記録の話です」
「……じゃ、じゃあ、次の担当の人は……!」
「広報の、撮影担当の方です。並走して撮るのは、僕には無理なので、お願いしました」
「受け止めきれないって……来月で契約解除って……!」
「動画の保管場所のことです。容量が、いっぱいになりそうなので、今のプランは来月で解約して、大きいものに替えます」
プロデューサーは、穏やかに続けた。
「佑芽さん。心配してくれて、ありがとうございます。……それから僕の説明が、足りなくてごめんなさい。不安にさせてしまいましたね」
佑芽は、しばらく、指の隙間から、空を見ていた。
それから、佑芽の肩が、小さく、震え始めた。
「……よかった」
「はい」
「……プロデューサーさん、死なないんだ」
「はい。死にません」
「……よかった。……よかったあああ!!」
佑芽は、がばっと起き上がって、プロデューサーに抱き着いた。
普段は注意すべき行為だったが、流石にこの状況では何も言えなかった。
「うわあああん!! よかった!! よかったです!! プロデューサーさんが、死なないで、よかったあああ!!」
いつもの、グラウンドを揺らすような、大きな泣き声だった。
さっきまでの、声を殺した泣き方とは、まるで違った。
プロデューサーは、何も言わずに佑芽が泣き終わるまで、背中をさすった。
数分後。
佑芽は、ずず、と鼻をすすって、ハンカチで、ごしごしと顔を拭いた。
「……すみません。大声で、泣いちゃって」
「いいんです。……泣きたいだけ、泣いてください」
佑芽は、ぐっと唇を噛んで、それから、にかっと笑った。
ポケットから、一枚の折り紙を取り出した。
「……あの」
「はい」
「最後の一羽、一緒に折ってください」
「僕、折り鶴、下手ですよ」
「いいんです。プロデューサーさんが折った一羽で、千羽になるんです」
二人は、グラウンドの隅に、並んで座った。
プロデューサーは、不器用な指で、折り紙を折った。
何度も、角がずれた。
佑芽は隣で、にこにことそれを見守った。
「……できました」
手のひらの上に、歪んだ鶴が、一羽。羽の大きさが、左右で、ちがっていた。
「……下手ですね!」
「はっきり言いますね」
「でも、一番、嬉しいです!」
佑芽は、その鶴を、そっと、千羽鶴の一番下に、糸で結んだ。
千羽目だった。
千羽の鶴が、夕方の風に、ひらひらと、揺れた。
「……願い事、してもいいですか」
「どうぞ」
佑芽は、千羽鶴を、両手で、胸に抱いた。
「これからあたしたちがずーっと一緒にいれますように!!」
大きな声が、グラウンドに、響いた。
プロデューサーは、ふっと笑って、そっと続けた。
「……そんなこと願うまでもないですね」
《……千羽鶴の願い事を、本人たちが叶えにいくのも、悪くない》
◇
半年後。
佑芽は、プロデューサーと一緒に、地方の小さな陸上競技場のスタンドに座っていた。
トラックでは、中学生たちの千五百メートルの決勝が始まろうとしていた。
「あの子です。三コースの」
号砲が鳴った。
男の子は、最初から飛び出した。
ぐんぐんと他の選手を引き離していく。
最後の一周、スタンドから歓声が上がった。
ゴール。
電光掲示板に、タイムが表示された。
『大会新記録・中学歴代一位更新』
スタンドが、どっと沸いた。
プロデューサーは、静かに、拍手をしていた。
「……抜かれちゃいました」
佑芽は、プロデューサーの横顔を見つめた。
寂しそうな顔をしているかと思った。
でも、プロデューサーは、笑っていた。
「プロデューサーさん。悔しくないんですか」
「少しだけ。でも、嬉しいほうが大きいです。誰かに抜かれるのって、悪くないですよ。自分が残したものを、ちゃんと越えていってくれたってことなので」
佑芽は、何も言えなかった。
ずっと、お姉ちゃんに勝ちたかった。
勝ったら、お姉ちゃんは、悔しがると思っていた。
でも、もしかしたら。
「……お姉ちゃんも、あたしに抜かれたら、嬉しいって思ってくれるかな」
ぽつりと、こぼれた言葉だった。
プロデューサーは、少しだけ考えてから頷いた。
「はい。きっと、すごく嬉しいと思います」
佑芽は、膝の上で、拳を握りしめた。
それから、にかっと笑った。
「じゃあ、あたし、絶対にお姉ちゃんを抜きます! そしたら、プロデューサーさんに、一番に言いに行きますから!」
「はい。待ってます」
佑芽は、鞄の中から千羽鶴を取り出した。
もってきたんですか...と困惑するプロデューサーさんを気にせず、嬉しそうにそれを眺めた。
九百九十九羽の、不揃いな鶴。
その一番下に、ひときわ不格好な一羽がぶら下がっていた。
プロデューサーが折った、最後の一羽だった。
「これ、どうぞ!」
「ありがとうございます」
プロデューサーは、千羽鶴を受け取ると、一番下の不格好な鶴を、そっと指でつついた。
「……やっぱり、僕の鶴、下手ですね」
「下手ですね!」
「はっきり言いますね」
「でも、一番好きです!」
佑芽は、スマートフォンを取り出して、競技場の景色を動画に撮った。
それから、隣に座るプロデューサーに、そのまま送信した。
「これからも、毎日送りますから! ゴールまで、全部見てくださいね!」
「はい。容量、たっぷりあるので」
佑芽は、競技場いっぱいに響くような声で、笑った。
◇
千羽鶴を完成させた日から、少しだけ佑芽が変わった。
もちろん、普段の佑芽は変わらない。
朝から元気いっぱいに走り、レッスンでは誰よりも大きな声を出し、姉の咲季には相変わらず勝負を挑んでいる。
ただ、一つだけ変わったことがあった。
プロデューサーと一緒にいる時間を、以前よりもずっと大切にするようになったのだ。
◇
「プロデューサーさーん!」
朝。
事務室の扉が勢いよく開いた。
「おはようございます!」
「おはようございます、佑芽さん。今日も元気ですね」
「はい! 元気です!」
佑芽はいつものように笑顔で答えると、彼の机の前まで駆け寄った。
「今日はですね! 朝ごはんを作ってきました!」
「朝ごはんですか?」
「はい! おにぎりです! 具は鮭と梅と昆布です!」
鞄から弁当箱を取り出し、机の上に置く。
「ありがとうございます。いただきますね」
「えへへ! どうぞ!」
プロデューサーが一つ手に取ると、佑芽はその様子をじっと見つめた。
「……どうですか?」
「おいしいですよ」
「本当ですか!?」
「はい。ちょうどいい塩加減です」
「やったー!」
佑芽は両手を上げて喜んだ。
そして、彼が二つ目のおにぎりに手を伸ばしたところで、そっと隣の椅子に座った。
「佑芽さん?」
「はい!」
「何か用事ですか?」
「いえ!」
「そうですか?」
「はい!」
佑芽はにこにこと笑っている。
しばらくして、彼女は椅子を少しだけ近づけた。
さらに少し近づけた。
そして、彼の肩に自分の肩をくっつけた。
「……佑芽さん?」
「えへへ」
「どうしました?」
「一緒にいたかったので!」
あまりにもまっすぐな返事に、プロデューサーは少しだけ笑った。
「僕はここにいますよ」
「はい! だから一緒にいます!」
佑芽は満足そうに頷いた。
◇
それから、佑芽は毎日のようにプロデューサーのところへやってくるようになった。
朝は一緒に朝食を食べる。
昼は時間が合えば一緒にお弁当を食べる。
仕事が終われば、帰る前に少しだけ話をする。
そして、別れ際には必ず同じことを言う。
「プロデューサーさん! また明日です!」
「はい。また明日」
「……明日も会えますよね?」
「もちろんです」
「明後日も?」
「会えますよ」
「その次も?」
「もちろん」
「えへへ! よかった!」
毎日会っているのに、毎日確認する。
それが佑芽の日課になっていた。
ある日の帰り道。
「プロデューサーさん!」
「はい?」
「手を繋いでもいいですか?」
「いいですよ」
佑芽は嬉しそうに手を伸ばし、彼の手を握った。
指を絡めるようにして、ぎゅっと握る。
「……えへへ」
「嬉しそうですね」
「はい!」
佑芽は彼の腕に寄り添いながら歩き始めた。
「こうしていると、安心するんです」
「そうですか?」
「はい。ちゃんと隣にいるってわかるので!」
彼女は繋いだ手を見つめる。
「前は、明日も明後日も、ずっと同じように会えるって、当たり前に思っていました」
「……」
「でも、そうじゃないかもしれないって思ったら、なんだか、もったいなくなっちゃって」
佑芽は少しだけ笑った。
「だから、今はいっぱい一緒にいたいんです!」
「そうですね。僕も佑芽さんと一緒にいられる時間は大切にしたいです」
「本当ですか!?」
「本当ですよ」
「えへへ! じゃあ、今日はもう少しだけ一緒に歩きましょう!」
「わかりました」
佑芽は彼の手を離さなかった。
◇
ある日の放課後。
「佑芽」
グラウンドでストレッチをしていた佑芽に、咲季が声をかけた。
「お姉ちゃん! どうしたの?」
「どうしたの? じゃないわよ!。最近、あなたプロデューサーのところに入り浸っているそうね」
「えっ!?」
佑芽の動きが止まった。
「朝も昼も、仕事終わりも。随分と仲がいいじゃない」
「そ、そうかな!?」
「そうよ」
咲季は腕を組んだ。
「この前なんて、プロデューサーと手を繋いで帰っていたって聞いたわ」
「ええっ!? 誰から聞いたの!?」
「目撃しただけよ」
「お姉ちゃんが!?」
「そうよ。あなた、私に気づかなかったでしょう?」
佑芽は顔を赤くした。
「そ、それは……!」
「ふうん?」
咲季は少しだけ口元を緩めた。
「随分と楽しそうだったわね」
「だって! プロデューサーさんと一緒にいると楽しいんだもん!」
「知っているわよ」
咲季は佑芽の頭に手を置いた。
「あなた、あの人のことが本当に好きなのね」
「……うん!」
佑芽は少し照れながらも、はっきりと頷いた。
「大好き!」
「...そう」
咲季は意外にも、それ以上からかうことはしなかった。
「なら、いいんじゃない?」
「えっ?」
「あなたが誰かを大切に思うのは、悪いことじゃないわ。ただ、相手のことも考えなさい。あなたが一緒にいたいと思うのと同じように、相手にも仕事や生活があるんだから」
「うん!」
「それと、無理をしてまで一緒にいようとしないこと。あなたが倒れたら、あの人だって悲しむでしょう?」
「……わかった!」
佑芽は元気よく頷いた。
咲季はその顔を見て、ふっと笑った。
「それにしても、あなたがこんなに甘えん坊になるなんてね」
「甘えん坊じゃないよ!」
「そうかしら?」
「そうだよ!」
「じゃあ、プロデューサーの前でもいつも通りなのね?」
「……それは」
佑芽の視線が泳いだ。
「……ちょっとだけ、違うかも」
「ふふ。素直でよろしい」
咲季は佑芽の頭をもう一度撫でた。
「頑張りなさい。応援しているわ」
「うん! ありがとう、お姉ちゃん!」
◇
その日の夕方。
プロデューサーが事務室で仕事をしていると、佑芽がやってきた。
「プロデューサーさん!」
「お疲れさまです、佑芽さん」
「お疲れさまです!」
佑芽は彼の隣に立つと、少しだけ周囲を見回した。
「……今、忙しいですか?」
「もう少しで終わりますよ」
「そっか!」
佑芽は一度頷いた。
そして、少し迷ったあと、彼の袖をつまんだ。
「あの……」
「はい?」
「お仕事が終わったら、ぎゅーしてもらってもいいですか?」
「もちろんですよ」
「本当ですか?」
「はい」
「……えへへ」
佑芽は嬉しそうに笑った。
それから、彼の隣に座って、仕事が終わるのを待つ。
最初は大人しく座っていたが、五分もすると彼の肩に頭を預けた。
「佑芽さん?」
「静かに待ってます!」
「そうですか」
「はい!」
さらに数分後。
今度は彼の袖を指先でつつく。
「……まだですか?」
「あと少しです」
「わかりました!」
佑芽は再び大人しくなる。
しかし、しばらくすると今度は小さな声で呟いた。
「……早く終わらないかな」
「聞こえていますよ」
「あっ! すみません!」
「もう少しだけ待ってくださいね」
「はい!」
佑芽は両手を膝の上に置き、じっと彼を見つめた。
その視線に気づきながらも、プロデューサーは最後の書類を片づける。
「お待たせしました」
「終わりましたか!?」
「はい」
その瞬間、佑芽は勢いよく立ち上がった。
「じゃあ!」
両手を広げる。
「ぎゅーしてください!」
「はい」
彼が腕を広げると、佑芽は飛び込むように抱きついた。
「えへへ……!」
「お待たせしました」
「待ってました!」
佑芽は彼の背中に腕を回し、ぎゅっと抱きしめる。
「……あったかいです」
「そうですね」
「落ち着きます」
「よかったです」
佑芽はしばらくそのままでいた。
やがて、彼の胸元から顔を上げる。
「もう一回!」
「今、抱きしめていますよ?」
「もう一回、ぎゅーってしてください!」
「こうですか?」
彼が少しだけ力を込める。
「そうです!」
佑芽は満面の笑みを浮かべた。
「大好きです! プロデューサーさん!」
「ありがとうございます。僕も佑芽さんのことが大切ですよ」
「えへへ……!」
彼女はまた胸元に顔を埋めた。
◇
その様子を、事務室の入り口から咲季が見ていた。
「……なるほどね」
咲季は腕を組み、しばらく二人の様子を眺めていた。
佑芽は彼の服を握り、なかなか離れようとしない。
「佑芽、そろそろ帰るわよ」
「えっ!?」
佑芽が振り返った。
「お姉ちゃん!」
「迎えに来たのよ。もう遅いでしょう?」
「う、うん……」
佑芽はプロデューサーを見上げた。
「……もう帰らなきゃだめですか?」
「明日もありますからね」
「……そっか」
少しだけ残念そうな顔をする。
それを見た咲季が、呆れたように息を吐いた。
「まったく。これだけ一緒にいるのに...周り全然見えてないのね」
「そ、そんなことないよ!」
「はいはい、じゃあ、帰るわよ」
「……うう」
佑芽は彼の袖をつまんだまま、なかなか離れない。
咲季はその様子を見て、少しだけ笑った。
「プロデューサー。明日も会えるんでしょう?」
「はい。もちろんです」
「だそうよ、佑芽」
「……明日も?」
「ええ。明日もよ」
「明後日も?」
「毎日仕事で会うでしょうに」
「えへへ……!」
佑芽の表情が明るくなった。
「じゃあ、今日は帰る!」
「最初からそう言っているでしょう」
咲季は佑芽の手を引いた。
そのとき、プロデューサーが声をかける。
「佑芽さん。また明日」
「はい! また明日です!」
佑芽は大きく手を振った。
そして、咲季に引っ張られながらも、何度も振り返っていた。
◇
帰り道。
「……佑芽」
「なあに、お姉ちゃん?」
「あなた、ずいぶん変わったわね」
「そうかな?」
「前は、何でも自分一人で解決しようとしていたでしょう。悩みがあっても、誰にも言わずに走って、考えて無理をして」
咲季は隣を歩く妹を見る。
「今は、あの人に甘えられるようになったのね」
佑芽は少し考えた。
「うん」
それから、嬉しそうに笑った。
「プロデューサーさんには、何でも言えるんだ!」
「何でも?」
「うん! 寂しいときも、嬉しいときも、疲れたときも!」
「そう」
「前は、元気にしてあげなきゃって思ってたんだ。でも、今はあたしも元気をもらってるんだよ!」
「……いいことじゃない」
咲季は優しく微笑んだ。
「ちゃんと支え合える関係になったのね」
「うん!」
佑芽は胸を張った。
「だから、あたし、もっと頑張るよ!」
「何を?」
「お姉ちゃんに勝つこと!」
「……結局そこなのね」
「もちろん! 次こそ絶対勝つからね!」
「ふふ。楽しみにしているわ」
咲季は笑った。
そして、少しだけ真面目な顔になる。
「でも、佑芽」
「なあに?」
「あなたがあの人を大切に思うのと同じくらい、自分のことも大切にしなさい」
「うん!」
「ちゃんと食べて、ちゃんと寝て、無理をしないこと」
「わかった!」
「約束よ」
「約束!」
佑芽は咲季の手を握った。
「お姉ちゃんも、あたしのこと大切にしてね!」
「当たり前でしょう」
「えへへ!」
咲季は妹の手を握り返した。
◇
その夜。
寮の部屋で、佑芽はベッドに寝転がりながらスマートフォンを眺めていた。
プロデューサーとのメッセージ画面。
『今日はありがとうございました! 明日もよろしくお願いします!』
送信したメッセージには、すぐに返信が届いた。
『こちらこそ。今日もお疲れさまでした。ゆっくり休んでくださいね』
佑芽はその文章を何度も読み返した。
そして、少し考えてからもう一通送る。
『あの! 明日もぎゅーしてください!』
すぐに既読がついた。
『もちろんです』
「……えへへ」
佑芽はスマートフォンを胸に抱いた。
それから、もう一度メッセージを打つ。
『大好きです!』
少しだけ迷った。
けれど、送信した。
しばらくして返信が届く。
『僕も佑芽さんのことが大好きですよ。おやすみなさい』
「……!」
佑芽は布団の上で、ごろごろと転がった。
「えへへへへ……!」
枕を抱きしめ、足をばたばたさせる。
「大好きって言ってくれた……!」
そして、スマートフォンを大事そうに枕元へ置いた。
明日になれば、また会える。
明日になれば、また声が聞ける。
明日になれば、また抱きしめてもらえる。
そう思うと、自然と笑顔になった。
◇
翌朝。
「プロデューサーさーん!!」
事務室の扉が勢いよく開く。
「おはようございます!」
「おはようございます、佑芽さん」
佑芽は彼の前まで駆け寄ると、両手を広げた。
「約束です!」
「はい?」
「昨日の約束! ぎゅーです!」
「ああ、そうでしたね」
彼が腕を広げると、佑芽は嬉しそうに飛び込んだ。
「えへへ! 今日も会えました!」
「今日も会えましたね」
「明日も会えますよね!」
「もちろんです」
「明後日も!」
「はい」
「その次も!」
「はいはい」
佑芽は彼の胸元で笑った。
「ずーっと一緒ですね!」
「そうですね」
「えへへ!」
そのとき、事務室の入り口から声がした。
「……朝から元気ね、佑芽」
「お姉ちゃん!?」
咲季が腕を組んで立っていた。
「あなた、毎朝それをやるつもり?」
「うん!」
「即答なのね……」
咲季は呆れたように笑った。
「プロデューサーも大変ね」
「いえ。元気をもらっていますよ」
「そう。ならいいわ」
咲季は佑芽に目を向ける。
「でも、仕事の邪魔はしないこと」
「はーい!」
「それから、今日のレッスンは私と勝負よ」
「えっ!?」
佑芽の目が輝いた。
「本当!?」
「ええ。今度こそ負けないわよ」
「よーし! 絶対勝つからね!」
佑芽はプロデューサーから離れ、元気よく拳を握った。
そして、ふと思い出したように振り返る。
「プロデューサーさん!」
「はい?」
「今日の勝負も、ちゃんと見ていてくださいね!」
「もちろんです」
「勝ったら、いっぱい褒めてください!」
「わかりました」
「それから、ぎゅーもしてください!」
「はいはい」
「えへへ! 約束です!」
佑芽は咲季の隣に並び、グラウンドへ向かって駆け出した。
その背中を、プロデューサーは笑顔で見送る。
咲季は隣を走る妹を見て、小さく笑った。
「……本当に、あの人が好きなのね」
「うん! 大好き!」
「そう」
咲季は前を向いた。
「なら、今日も最高の姿を見せてあげなさい」
「もちろん!」
佑芽は大きく頷いた。
今度こそ、姉に勝つ。
そして、その姿を一番にプロデューサーに見てもらう。
そう思うと、足取りはいつもより軽かった。
走って、笑って、悔しがって、また走る。
その先には、いつも自分を見てくれる人がいる。
だから佑芽は、今日も全力で走る。
そして、レッスンが終わったら、きっとまた彼のもとへ駆けていくのだ。
「プロデューサーさーん! 今日もぎゅーしてくださいねー!!」
グラウンドに、佑芽の明るい声が響いた。