プロデューサーが死ぬと勘違いして死ぬほど依存度が上がる話 作:マロンex
放課後の、生徒会長室。
十王星南は、窓辺で紅茶を飲みながら、中庭を見下ろしていた。
中庭のベンチに、プロデューサーが、見知らぬ男の人と並んで座っていた。
二人とも、少しうつむいている。
(あら。誰と話しているのかしら)
星南は、なんとなく窓を少しだけ開けた。
春の風に乗って、声が届いてきた。
「……あと半年なんだってな。……発表見たよ」
男の人の声は、気遣うように、低かった。
プロデューサーが、力なくうなずいた。
ざあっ、と風が吹いて、声の途中がさらわれていく。
「……ああ。……あと半年、だよ。……寂しくなるな」
星南のカップが、ソーサーの上でかちりと鳴った。
「……泣いていいんだぞ。……今日くらい。……お前は、よく頑張ったよ」
「……まだ、実感がわかないな」
校舎のチャイムが、声の続きをかき消した。
プロデューサーは、空を見上げてぐっと拳を握った。
男の人は、ぽんと、プロデューサーの肩を叩いた。
「最後まで、応援する。……僕の、全部を、かけて。……この目で、見届けるよ」
「……お前らしいな。……最期の日は、俺も、そばにいてやるからな」
それから、少しだけ黙って、ぽつりとつぶやいた。
「最期まで照らしてくれる、あの光を応援するよ」
男の人が去ったあと、プロデューサーは、しばらくベンチに座ったまま、動かなかった。
《……さっきの話、誰かに聞かれてなかったかな。ちょっと、泣きそうだったし》
《……あいつも、泣いてたな。一緒に、天宮さんのファンをやってきた、昔からの仲間だから》
星南は、窓辺に立ち尽くしていた。
(……あと半年で、終わってしまう)
(……そして、『最後まで、応援する。僕の全部を、かけて』とも)
(……誰を? ……そんなの、決まっているわ。一番星の...わたし)
星南は、目を細めて、中庭のプロデューサーを見つめた。
星南には、特技があった。
人の輝きを見抜くこと。
プロデューサーの輝きは、いつもなら、静かで、穏やかで、ずっと消えない灯火のようだった。
でも、今は。
(……弱っている)
ほんのわずかに、光が揺らいでいた。
今にも消えてしまいそうな、蝋燭の炎のように。
星南の手が、震えた。
(わたしの目が、間違えるはずがない)
◇
その夜、星南は、生徒会長室で一人、ノートを広げていた。
『プロデューサー先輩 輝き観測記録』
一日目:輝き、平常時の約九割。揺らぎあり。
星南は、ペンを置いた。
窓の外には、一番星が光っていた。
(……半年)
星南は、ぎゅっと拳を握った。
(なら、わたしがやるべきことは、ひとつだけ)
(一番星の名にかけて、あなたの最後の半年を、世界で一番輝かせてみせる)
◇
翌日、学園中の掲示板に、一枚の告知が貼り出された。
『十王星南 特別単独ライブ開催決定 半年後・学園大講堂にて』
その下に、小さく書き添えられていた。
『―あなたのために』
生徒会室で、雨夜燕が、告知の紙を握りしめて震えていた。
「星南! 何だ、これは! このあなたとは誰のことだ!」
星南は、紅茶を一口飲んで、静かに微笑んだ。
「……それは、秘密よ」
◇
その日から、星南は、全力だった。
朝は誰よりも早く、レッスン室に入った。
夜は、誰よりも遅くまで残った。
一番星の名にふさわしい、完璧なステージを作るために。
そして、空いた時間は、すべてプロデューサーのそばにいた。
「プロデューサー先輩。今日の輝きは、いかがかしら」
「輝き、ですか?」
「ええ。体調、とも言うわね」
「普通ですよ。ただ、最近、ちょっと寝不足で。夜中に昔の映像を見返してるんです。そばでずっと見てきたものを、全部」
星南の指が、止まった。
(……私の研究、ふふっ本当に熱心ね)
「消えてしまう前に、全部、目に焼き付けておきたくて」
「...そう」
本当にうれしかった。ありがとうと言いたかった。
だが、それ以上に終わりがあることを突きつけられた寂しさで泣きそうだった。
だから、声が出なかった。
『十日目:輝き、約八割五分。寝不足の申告あり』
◇
一か月後、星南は、生徒会室の奥に小さなプラネタリウムを作ろうとした。
段ボールで作ったドームは、三回崩れた。
手作りの投影機は、星の代わりに、壁に巨大な指紋を映し出した。
「……星南。おまえ、何を作っている」
「プラネタリウムよ!」
「指紋が映っているが」
「……うるさいわね! まだ作成途中なの!」
燕は、深々とため息をついた。
それから、黙って袖をまくると、星南の隣に座って、崩れた段ボールを支え始めた。
「……事情は聞かん。だが、手伝ってやる。おまえが、そこまで必死になる相手だ。悪い奴ではないのだろう」
完成したプラネタリウムは、不格好だったがちゃんと星を映した。
星南は、プロデューサーを生徒会室に招いて、照明を落とした。
「プロデューサー先輩。あなたにとって、光って何かしら」
「目指すもの、ですね。子供の頃、ずっと憧れてた光があって。その光を見て、僕もいつか、誰かを照らせる人になりたいって思ったんです」
「……その光は、今も?」
「はい。でも、もうすぐ、見れなくなってしまうんです。...悔しいです」
星南は、暗闇の中で、そっと唇を噛んだ。
(...悔しいのはあなただけじゃなわよ)
半年ある。
半年あれば、もっと輝かせてあげられる。
星南は駆け足でレッスンに向かうのだった。
◇
その数日後の夜。星南は、忘れ物を取りに、プロデューサー室を訪ねた。
扉の隙間から、明かりが漏れていた。
プロデューサーが、一人で、机に向かって、便箋にペンを走らせていた。
星南は、そっと、扉の影から覗き込んだ。
『拝啓。長い間、本当に、ありがとうございました』
『あなたの光が、僕を、ここまで連れてきてくれました』
『最後に、どうしても、お伝えしたくて』
星南の手が、扉の縁で、小さく震えた。
(……遺書...ね)
プロデューサーは、便箋を、大事そうに、封筒にしまった。
星南は、気づかれないように、そっとその場を離れた。
(……まったく、不器用な人)
(……でも、そういうところが本当に愛おしいわね)
『十五日目:輝き、約七割。夜、手紙を執筆。最後の挨拶の兆候』
◇
三か月が経った頃だった。
プロデューサーが、少し遅れて生徒会長室にやってきた。
「すみません。いやあ、次の担当の方と、話し込んでしまって」
星南のカップが、止まった。
「……次の、担当?」
「はい。そのままでもいいともいわれましたが、断りました」
「……断ったの」
「はい。やはりちゃんと支えてあげたいので」
星南は、カップを置いた。
(わたしのアイドル活動のために……自分の代わりを……馬鹿な人)
「来月で、今の契約は解除します。手続きは、全部済んでます」
プロデューサーは、少しだけ寂しそうに笑った。
(...本当は一番、隣にいたいくせに...私のために...)
『百日目:輝き、約六割。後任の手配を確認。本人は、死を覚悟している』
星南は、ノートを閉じた。
ペンを持つ手が、震えていた。
◇
その夜、星南は、生徒会長室の窓から一番星を見上げていた。
(……一番星は、誰かに見上げられて、初めて輝くのよ)
自分は、学園の一番星だ。
みんなの憧れで、完璧で、何があっても揺らがない存在でなければならない。
プロデューサーが、自分の最後の時間をどう使うかは、プロデューサーが決めること。
後任を選んだのも、きっと、自分のことを思ってのこと。
(一番星なら、笑って、受け入れるべきよね)
星南は、何度も、そう自分に言い聞かせた。
ノックの音がして、燕が入ってきた。
「星南。まだ残っていたのか」
「ええ。少し、考え事をね」
燕は、星南の横顔を、じっと見つめた。
「……おまえ、泣いているのか」
「泣いてないわ。一番星は泣かないもの」
燕は、何も言わずに、星南の隣に立った。
二人で、窓の外の一番星を、黙って見上げた。
◇
半年が近づいた頃。
大講堂のステージで、星南は、最後のリハーサルを終えた。
客席には、プロデューサーが一人座っていた。
星南は、マイクを置いて客席に降りた。
「プロデューサー先輩。来週のライブ、必ず来てね」
「もちろんです。絶対に、行きます」
プロデューサーは、力強くうなずいてから、少しだけ照れくさそうに笑った。
「リハーサル、拝見していました。……もう自分がいなくても大丈夫そうですね」
《会長は、もう、誰の力を借りなくても、一人で輝ける。……本当に、立派になった》
星南の指先が、ぴくりと動いた。
(……もう自分がいなくても。……そんな簡単に...)
「ここまで、頑張ってきてよかったです。……会長のライブが、僕の、一番の楽しみでしたので」
星南の時間が、止まった。
「……それは嬉しいわ。ありがとう」
「はい、僕も嬉しいです。これからも輝き続けてください」
星南は、何も言えなかった。
(……間に合って、よかった。……なのに)
星南の胸の奥で、何かが、ぷつりと切れた。
「...あなたのために」
「えっ?」
星南の声が、少しずつ、小さくなっていった。
「あなたのために、作ったの。……最後の半年を、一番、輝かせたくて」
ぽろり、と涙がこぼれた。
一番星の涙は、ステージの照明を受けて、きらりと光った。
「毎日、あなたの輝きを測っていたの。九割、八割五分、六割……。日に日に、弱くなって」
星南は、ノートを胸に抱きしめて、客席の床にしゃがみ込んだ。
「でも、無理よ。あなたの支えなしじゃ生きていけない!」
星南は、顔を上げた。
完璧な生徒会長の顔ではなかった。
涙でぐしゃぐしゃの、ただの女の子の顔だった。
「最後まで、あなたがいいの。……見上げていて、ほしいの」
星南は、プロデューサーのスーツの袖を、弱々しく掴んだ。
「あなたが……死んじゃったら……わたし、誰のために……」
星南は、声を殺して、泣いた。
一番星と呼ばれるようになってから、一度も、人前でこんな風に泣いたことはなかった。
肩だけが、小さく震えていた。
涙が、一筋、また一筋と頬を伝って、ステージの照明に、きらりと光った。
プロデューサーは、一瞬だけ固まって、すぐに、星南の前にしゃがみ込んだ。
「せ、星南さん、落ち着いてください!」
「……落ち着いて、いられるわけ、ないでしょう……!」
「何を言ってるんですか。僕が、何ですって?」
「あなたが、死んでしまうんでしょう……!」
「僕が、ですか」
「他に、誰がいるの……」
「あなたよ……」
「えっと...死にませんよ。しばらくは死ぬ予定もないですが...」
星南の泣き声が、ぴたりと止まった。
「……え?」
「僕は、健康です。この前の健康診断も、全部A判定でしたし...」
「……え……?」
プロデューサーは、星南の目の高さに、そっと視線を合わせた。
「星南さん。……まず、深呼吸しましょう」
「……ええ」
「ゆっくり、吸って。……吐いて」
星南は、言われるままに、深く息を吸って、吐いた。
涙の跡が、照明の光に、きらりと光った。
「心配をかけて、すみませんでした。……僕の説明が、足りませんでした」
「...どうして、そう思ったのか、聞かせてください」
「だ、だって……中庭で、お友達と話していたでしょう……? あと半年って……。 最後まで応援する、僕の全部をかけてって……。最期の日は、そばにいてやるって……。それに、わたしの目で、ちゃんと見たのよ。あなたの輝きが、日に日に、弱くなっていくのを……!」
プロデューサーは、しばらく考え込んだ。
それから、ああ、という顔をして、スマートフォンを取り出した。
『天宮ひかり 芸能活動引退のお知らせ ラストライブ:半年後』
写真の中で、ベテランのアイドルが、柔らかく微笑んでいた。
「……それ、この人の話です」
星南は、ぽかんと口を開けた。
「天宮ひかりさん。僕が子供の頃から、ずっと好きだったアイドルなんです。この人のライブを見て、僕もいつか、アイドルを支える仕事がしたいって思って、プロデューサーを目指したんです」
「……あと半年で、僕の終わりみたいって……」
「天宮さんの引退のことです。ラストライブまで、あと半年で。この人がいなくなったら、僕の青春が終わる気がして」
「……あのお友達の、『最期の日は、そばにいてやる』は……」
「ラストライブの日です。あいつ、主語が足りないんです」
「『最後まで、応援する』は……!」
「天宮さんのことです。……会長のことも、応援していますけど」
「……『もう自分がいなくても大丈夫そう』って、言っていたのは……」
「会長なら、僕がいなくても、一人でやっていけるって意味です。……いなくなりませんよ」
「……夜、便箋に、何かを書いていたのは……」
「み、見ていたんですか!? ...あれは天宮さんへの、ファンレターです。毎晩、昔の映像も見ていたので、寝不足でした」
「……遺書じゃ、なかったの」
「遺書!? 違います!」
「……じゃ、じゃあ、次の担当と、契約解除は……!」
「ファンクラブです。遠征費のために、会員コースを、ふつうのコースに替えたんです。光るペンライトは、なくても十分で」
星南の顔が、みるみる真っ赤になっていった。
一番星らしからぬ、耳まで真っ赤な顔だった。
「~~~~~~っ!!」
星南は、ノートで顔を覆った。
「わ、わたしの、目が……! 寝不足を、命の灯火と、見間違えた……!? !」
星南は、客席の床に、ばったりと仰向けに倒れた。
一番星の生徒会長が、大講堂の床に大の字で倒れていた。
しばらくして、ノートの陰から、小さな声が聞こえてきた。
「……ねえ、プロデューサー先輩。その、天宮ひかりという人は、あなたにとって、一番星だったのね」
「はい。子供の頃の...ですがね」
星南は、ノートを少しだけ下げて、目だけを出した。
「……わたしより?」
プロデューサーは、少しだけ考えた。
それから、星南の目を、まっすぐに見た。
「天宮さんは、今でも一番星です。でも、今の僕が、一番近くで見ていたい光は、星南さんです」
星南の時間が、また止まった。
「さっきの、最後まで僕がいいっていうの、嬉しかったです。……星南さんが光っている限り、僕は、ずっと、見上げています」
星南は、ノートで、顔を全部覆い直した。
「……ず、ずるいわ。そういうことを、さらりと言うのは」
◇
一週間後。
天宮ひかりのラストライブの会場で、プロデューサーは、客席に座っていた。
その隣には、帽子と眼鏡で変装した星南が、ちょこんと座っていた。
「……あの星南さん、今日は学校のはずでは?」
「今日は急遽お仕事が入ったといってお休みにしたわ。生徒会長の権限よ」
「そんなことしていいんですか」
「いいのよ。わたしも、見てみたかったの。あなたの、子供の頃の一番星を」
照明が落ちて、ステージに一人のアイドルが現れた。
歌が始まった瞬間、会場の空気が変わった。
何十年も、誰かを照らし続けてきた、柔らかくて、温かい光だった。
最後の曲が終わると、天宮ひかりは、深々と頭を下げた。
会場中が、泣いていた。
プロデューサーも、少しだけ目元を拭っていた。
星南は、その横顔を、静かに見つめていた。
「……きれいな光だったわね」
「はい」
「あなたが、この人に憧れた理由が、わかったわ」
星南は、帽子のつばを少しだけ下げた。
「ねえ、プロデューサー先輩。来週のわたしのライブ。あなたのために、やるわ。今度こそ本当に」
星南は、ステージに残る光の余韻を見つめながら、静かに宣言した。
「今日、ひとつの一番星が、空から降りた。だから、次は、わたしの番よ」
星南は、プロデューサーのほうを向いて、微笑んだ。
一番星らしい、自信に満ちた、まっすぐな笑顔だった。
「これからは、わたしが、あなたの一番星になってあげる。……あなたが見上げたい限り、ずっとね」
ライブでのその輝きはベテランの「天宮ひかり」にも負けず、そして劣らないものだった。
◇
天宮ひかりのラストライブから、一週間後。
生徒会長室。
「……星南。最近のおまえは、少々おかしいぞ」
雨夜燕は、書類に目を通しながら、向かいに座る星南を見た。
「何がかしら?」
「何が、ではない。ここ数日、プロデューサーを生徒会室に呼びつける回数が異常だ。昨日は三回、一昨日は四回。その前は……」
「五回ね」
「自覚があるなら直せ!」
星南は優雅に紅茶を口に運んだ。
「仕方ないでしょう。プロデューサー先輩の健康状態を確認する必要があるのだから」
「健康状態?」
「ええ。睡眠時間、食事、疲労度、精神状態。それから、わたしと一緒にいる時間の長さも重要な観測項目よ」
「最後の項目は何だ!」
星南は、手元のノートを開いた。
そこには、以前の『プロデューサー先輩 輝き観測記録』とは別の表紙がついていた。
『プロデューサー先輩 生活密着管理計画』
燕は額を押さえた。
「……おまえ、まさか」
「もちろん。今度は間違えないわ。彼の健康を守りながら、わたしのそばにいてもらうの」
「それは管理ではなく拘束ではないのか……?」
「失礼ね。愛情よ」
「もっと悪い!」
◇
その日の午後。
プロデューサーが生徒会長室を訪れると、星南は満面の笑みで迎えた。
「いらっしゃい、プロデューサー先輩」
「お呼びでしょうか」
「ええ。こちらに座って」
促されるままソファに座る。
すると、星南は当然のように隣に腰掛けた。
「……星南さん?」
「何かしら?」
「少し近くないですか?」
「そう? これくらい普通でしょう」
星南は、さらに数センチ近づいた。
そして、彼の腕に自分の腕を絡める。
「……あの、ちょっと座りずらいのですが」
「二人きりなのだから、これくらい許してちょうだい」
「二人きりではない」
書類の向こうから燕の声が飛んできた。
「燕は書類に集中していていいわ」
「集中できるか!」
星南は気にする様子もなく、プロデューサーの肩に頭を預けた。
「それで、今日の予定は?」
「この後はレッスンの確認と資料の整理を……」
「却下よ」
「えっ?」
「今日はわたしと過ごす時間を確保してあるわ」
星南は一枚の書類を差し出した。
『生徒会長特別補佐業務・専属担当者』
「……これは?」
「あなたの新しい業務よ」
「僕の?」
「ええ。生徒会長の活動を補佐する特別担当。わたしのスケジュール管理、相談対応、活動記録の確認。もちろん、専用の執務スペースも用意するわ」
「いや、僕はプロデューサーなんですが……」
「だからこそよ。あなたほどわたしのことを理解している人はいないもの」
星南は、にっこりと笑った。
「生徒会長としての権限で、あなたの仕事を増やしてあげるわ」
「仕事を増やしてどうするんですか……」
そのとき、星南が彼のネクタイに手を伸ばした。
「少し曲がっているわね」
指先で丁寧に整える。
「はい、これでよし」
「ありがとうございます」
「ふふ。どういたしまして」
星南は満足そうに微笑むと、今度は彼の胸元に小さな糸くずを見つけて取り除いた。
「まったく。わたしが見ていないと、すぐこうなるのね」
「そんなことはないと思いますけど」
「あるわ。これからは毎日確認してあげる」
「……星南さん、あの...」
「星南よ」
「……星南」
「よろしい」
星南は嬉しそうに彼の腕を抱き直した。
燕は書類を机に叩きつけた。
「いい加減仕事をしろ!!」
◇
その数日後。
生徒会室。
「おはようございます!」
生徒会のメンバーが集まってくる。
その中で、星南はプロデューサーと並んで資料を確認していた。
「プロデューサー先輩、こちらを見ていただける?」
「はい。どれですか?」
星南は資料を差し出す。
プロデューサーが身を乗り出すと、星南も自然に距離を詰めた。
「この部分なのだけれど……」
「なるほど。確かに、こちらの表現のほうがわかりやすいですね」
「そうでしょう?」
星南は嬉しそうに笑った。
そして、彼の肩に軽く頭を寄せる。
「あなたに相談して正解だったわ」
「その...会長、近くないですか」
千奈が思わず口にした。
星南は振り返る。
「そうかしら?」
「い、いえ! 何でもありませんわ!」
「ふふっ。気にしなくていいわ」
星南は、プロデューサーの腕に手を添えたまま、何事もなかったように資料に戻った。
メンバーがひそひそと話し始める。
「……あの、会長って、いつもあんな感じでしたっけ?」
「いや、以前はもっと距離があったはずですが……」
「ええええっ...えっぢだよ!!」
「最近はプロデューサーさんが来ると、明らかに機嫌がよくなるよねぇ」
その声を燕は聞き逃さなかった。
「おまえたち、噂話をする暇があったら仕事をしろ!」
「は、はい!」
星南は、そんな燕を見て微笑んだ。
「燕。あまり怒らないであげて。微笑ましいじゃない」
「おまえが原因だ!」
◇
昼休み。
学園の中庭。
プロデューサーがベンチで昼食を取っていると、星南がやってきた。
「お隣、いいかしら?」
「もちろんです」
星南は隣に座ると、持っていたお弁当を広げた。
「今日は少し多めに作ってもらったの」
「おいしそうですね」
「一緒に食べましょう?」
「ありがとうございます」
星南は自分のお弁当から卵焼きを一つ取り出した。
「はい」
「え?」
「どうぞ」
差し出された箸の先には、きれいな形の卵焼きが乗っていた。
「……自分で食べられますよ?」
「知っているわ」
星南は笑った。
「でも、あなたに食べてほしいの」
プロデューサーは少し困ったように周囲を見た。
近くには何人かの生徒がいる。
「……見られていますよ」
「それが何か?」
星南は少しだけ頬を膨らませた。
「わたしは、あなたと一緒に食事をしたいだけよ」
「……では、いただきます」
プロデューサーが卵焼きを口に運ぶ。
「おいしいです」
「本当?」
「はい。甘さもちょうどいいですね」
星南は、花が咲くように笑った。
「ふふっ。よかった」
それから、自分の箸で卵焼きを一つ取った。
「では、わたしも」
ぱくりと食べる。
「うん。おいしいわね」
二人で顔を見合わせて笑う。
少し離れた場所で、その様子を見ていた燕は、手に持った弁当箱を下ろした。
「……あれはもう、誰が見ても恋人同士だろう」
美鈴がうなずく。
「これが……一番星ですか」
「まったく。あいつらは周囲の目というものを気にしないのか」
「でも、会長、幸せそうですよ」
燕はもう一度二人を見た。
星南がプロデューサーの肩に寄りかかり、彼がその髪をそっと整えている。
「……そうだな」
燕は小さくため息をついた。
「アイドルの自覚がないという点を置いておけばな」
◇
その日の午後。
星南は、学園長室を訪れていた。
「おじい様。少しお願いがあるのだけれど」
「おや、星南か。どうしたんだい?」
学園長は孫娘の顔を見て、穏やかに微笑んだ。
「学園の運営に関する相談かね?」
「ええ。とても重要なことよ」
星南は、一枚の書類を机に置いた。
『学園長特別推薦・プロデューサー特別顧問任命計画』
学園長は眼鏡を外した。
「……これは?」
「プロデューサー先輩を、学園の特別顧問として迎えたいの」
「彼を?」
「ええ。学園のアイドル活動を支える重要な人材だもの。今後も長く学園に関わってもらうためには、相応の待遇が必要でしょう?」
「なるほど。確かに彼の働きは評価している」
「でしょう?」
星南の表情が明るくなる。
「それに、学園長の孫であるわたしが推薦するのだから、説得力もあると思うの」
「……星南」
学園長は、孫娘をじっと見た。
「これは、学園のための提案かね?」
「もちろんよ」
「本当に?」
「……少しだけ、わたしのためでもあるわ」
学園長は、ふっと笑った。
「そうか。ならば、まずは本人の意思を確認しなさい。彼の人生を、星南の願いだけで決めることはできないよ」
「……わかっているわ」
星南は少しだけ頬を膨らませた。
「でも、可能性はあるのね?」
「学園にとって有益なら、検討はしよう」
「ありがとう、おじい様」
星南は、いつもより少しだけ子供っぽい笑顔を見せた。
◇
数日後。
星南は、十王家の関係者にも相談を持ちかけていた。
「わたしの将来について、少し話があるの」
「将来ですか?」
「ええ。結婚についてよ」
相手が驚く。
「星南お嬢様、突然どうされたのですか?」
「相手は決まっているわ」
星南は、少しだけ頬を赤くした。
「今、わたしの隣で仕事をしてくれている人よ」
「……プロデューサー様ですか?」
「そう」
星南は迷いなく答えた。
「彼は優秀だし、誠実だし、わたしのことを誰よりも理解してくれている。十王家の一員として迎えるにふさわしい人だと思うわ」
「ご本人には、もうお話しされたのですか?」
「……まだよ」
「そうですか」
「でも、いずれは正式にお話しするつもり。十王家に迎えるのであれば、住まいや待遇についても考えなければならないでしょう?」
星南は、手元の資料を広げた。
そこには、屋敷の間取り図があった。
「ここがわたしの部屋。こちらが空いている部屋ね。隣にすれば、朝も一緒に過ごせるでしょう?」
「星南お嬢様……」
「それから、食事の席も隣にしてもらうわ。休日も一緒に過ごせるようにして……」
「……ずいぶん具体的ですね」
「当然よ」
星南は胸を張った。
「わたしは本気なのだから」
◇
その日の夕方。
生徒会長室では、燕が頭を抱えていた。
「……今度は十王家まで巻き込んだのか」
「当然でしょう。使える権限は使わないと」
「おまえは本当に、プロデューサーのことになると容赦がないな……」
「何を言っているの。わたしは至って真剣よ」
星南は、紅茶を置いた。
「燕。あなたにお願いがあるの」
「断る」
「まだ何も言っていないでしょう」
「どうせろくでもないことだ」
「十王家に、縁談の相談をしてほしいの」
「…………は?」
燕の手から、書類が一枚落ちた。
「縁談?」
「ええ」
「誰と誰のだ」
「わたしと、プロデューサー先輩よ」
「待て! 話が飛躍しすぎだ!」
星南は、当然のように続けた。
「十王家に嫁ぐのであれば、相手の身元や将来性についても確認しておく必要があるでしょう?」
「おまえ、まさか本気で……」
「もちろん本気よ」
星南は、胸を張った。
「彼は優秀だし、誠実だし、わたしのことを誰よりも理解してくれている。十王家の一員として迎えるにふさわしい人材だと思うわ」
「人材と言うな! 結婚相手だろう!」
「だからこそ、早めに準備しておくのよ」
「本人の意思はどうした!」
「もちろん、これから確認するわ」
「順番が逆だ!」
星南は少し考えてから、ふっと微笑んだ。
「……そうね。まずは、わたしのことをもっと好きになってもらわないと」
燕は嫌な予感がした。
「おい。何を考えている?」
「十王家の屋敷に、彼専用の部屋を用意するの」
「まだ何も決まっていないだろう!」
「それから、わたしの隣に彼の席を作ってもらうわ。食事も一緒に取れるようにして……」
「星南!」
「それに、将来のことも考えて、十王家のしきたりを少しずつ教えてあげないと」
「おまえはもう嫁入り後の生活を考えているのか!」
星南は、頬に手を添えた。
「ふふっ。想像するだけで幸せね」
燕は、深いため息をついた。
「……プロデューサーには、同情する」
「どうして?」
「おまえに捕まったら、逃げ道がなさそうだからだ」
星南は、にっこりと微笑んだ。
「逃げ道なんて、最初からないわよ」
「ひっ...」
燕はその日、初めて一番星の恐ろしさを見て戦慄するのだった。
◇
それから数日後。
星南の行動は、さらに大胆になっていた。
朝の廊下。
プロデューサーが歩いていると、後ろから星南が追いついてきた。
「プロデューサー先輩」
「おはようございます、星南さん」
「おはよう」
星南は自然に彼の隣に並ぶ。
そして、周囲の生徒が見ている中で、彼の手を取った。
「……星南さん?」
「星南、ね」
「...流石に人前ではやめていただきたいのですが...それとこれも」
「これもって...手をつないでいるだけじゃない」
「いや、そうなんですが……」
「嫌?」
星南は、少しだけ上目遣いで尋ねた。
プロデューサーは、困ったように笑う。
「嫌では...ありません」
「なら、いいでしょう?」
星南は、嬉しそうに指を絡めた。
通りかかった生徒たちが、思わず足を止める。
「えっ、今の見た?」
「会長とプロデューサーさん、手をつないでたよね?」
「しかも恋人つなぎ……?」
星南は聞こえているのかいないのか、堂々と歩いていく。
「ふふっ。今日はいい天気ね」
「そうですね」
「このまま一緒に校内を回りましょう」
「仕事は大丈夫ですか?」
「大丈夫よ。あなたと一緒なら、仕事も捗るもの」
◇
昼休み。
食堂。
プロデューサーが食事を受け取って席を探していると、星南が手を振った。
「こちらよ!」
彼女の隣には、すでに席が用意されていた。
「ありがとうございます」
プロデューサーが座ると、星南は彼のトレーを覗き込んだ。
「野菜が少ないわね」
「そうですか?」
「ええ。こちらを食べて」
星南は、自分の皿からサラダを取り分ける。
「星南さんの分が減ってしまいますよ」
「わたしは十分食べているわ」
そう言って、星南は彼の口元にフォークを差し出した。
「はい」
「……ここ、食堂ですよ?」
「知っているわ」
「みんな見ています」
「見せているのよ」
星南は悪戯っぽく笑った。
「わたしが誰と一緒に食事をしたいのか、みんなに知ってもらいたいもの」
プロデューサーは、とうとう観念して口を開けた。
「……おいしいです」
「でしょう?」
星南は満足そうに笑った。
少し離れた席では、燕が食事をしていた。
「……あいつら、もう隠す気がないな」
隣の生徒が、興味津々で尋ねる。
「副会長!!やっぱりあの二人って付き合ってるんですか!!!」
「知らん!大声をだすな!」
「でも、あれだけ仲がいいと……」
「知らんと言っている!」
燕は箸を置いた。
「ただし、星南が本気なのは間違いない」
「会長が?」
「ああ。あいつは、一度決めたら簡単には引かない」
燕は二人を見た。
星南がプロデューサーの頬についていた米粒を指で取っている。
「……まったく。あの一番星も、好きな相手の前では普通の女の子だな」
◇
放課後。
生徒会長室。
プロデューサーが資料を確認していると、星南が隣から覗き込んだ。
「ねえ、先輩」
「はい?」
「少し疲れているでしょう?」
「大丈夫ですよ」
「駄目。今日はもう休憩にしましょう」
星南は彼の手から資料を取り上げる。
「ほら、こちらに」
ソファに座った星南は、自分の隣をぽんぽんと叩いた。
プロデューサーが座ると、星南は彼の肩に寄りかかった。
「……星南?」
「少しだけ、このままでいさせて」
「どうかしましたか?」
「何でもないわ」
星南は目を閉じた。
「ただ、あなたがここにいることを確かめたいの」
「僕はここにいますよ」
「ええ。知っているわ」
彼女は、彼の手を握った。
「でも、何度でも確かめたくなるの」
プロデューサーは、星南の手を握り返した。
「……星南」
「何かしら?」
「最近、よく甘えてくれるようになりましたね」
星南の耳が、少し赤くなった。
「悪いかしら?」
「いいえ。嬉しいですよ」
「……本当に?」
「はい。僕も、星南と一緒にいる時間が好きですから」
星南は、彼の肩に顔を埋めた。
「……ずるいわ」
「何がですか?」
「そんなことを言われたら、もっと甘えたくなるでしょう」
「構いませんよ」
星南は、少しだけ顔を上げた。
「……では、もう少しだけ」
彼女は彼の腕を抱きしめ、今度は自分から頬を寄せた。
そのとき、扉が開いた。
「星南、書類の確認を……」
燕が入ってきた。
そして、二人の姿を見た。
「…………」
「燕。何かしら?」
「いや……」
燕は目を逸らした。
「私は何も見ていない。何も聞いていない」
「そう。なら、ちょうどいいわ。これを確認してちょうだい」
星南は、プロデューサーの腕を抱いたまま書類を差し出した。
「その状態で仕事をするな!」
◇
さらに一週間後。
学園では、ある噂が広まっていた。
『十王星南会長とプロデューサーは、実は婚約しているのではないか』
噂の発端は、星南が生徒会のメンバーに向かって、何気なくこう言ったことだった。
「彼の予定は、わたしが把握しているから大丈夫よ」
「彼?」
「プロデューサー先輩のことよ」
「……会長、まさか」
「何かしら?」
「いえ……」
さらに、別の日にはこう言った。
「将来的には、十王家の行事にも参加してもらうつもりよ」
それを聞いた生徒たちは、当然のように誤解した。
そして、その噂は燕の耳にも届いた。
「星南! おまえ、また余計なことを言ったな!」
「余計なことではないわ。将来の予定よ」
「まだ婚約もしていないだろう!」
「だから、これからするのよ」
「本人に相談してからにしろ!」
星南は、少しだけ考えた。
「……そうね」
そして、プロデューサーのほうを向いた。
「ねえ、プロデューサー先輩」
「はい?」
「わたしと、ずっと一緒にいてくれる?」
燕が口を挟もうとする。
しかし、星南はその前に続けた。
「仕事の関係だけじゃなくて。これから先も、あなたの隣にいることを許してほしいの」
プロデューサーは、真剣な表情で星南を見つめた。
「僕も、星南さんの隣にいたいと思っています」
星南の瞳が揺れた。
「……本当に?」
「はい。これからも、あなたの輝きを一番近くで見ていたいです」
星南は、彼の手を取った。
「……なら、約束よ」
「はい」
「わたし、諦めは悪いのよ。覚悟しておいてね」
「わかっています」
プロデューサーは微笑んだ。
そして、星南の手をそっと握り返す。
その光景を見ていた燕は、ゆっくりと天井を仰いだ。
「……もう、私には止められん」
◇
その日の帰り道。
夕暮れの校舎。
星南とプロデューサーは、並んで歩いていた。
星南は彼の手を握ったまま、離そうとしない。
「星南さん、そろそろ手を……」
「嫌よ」
「まだ校内ですから」
「だから何かしら?」
星南は、彼を見上げた。
「わたしは、あなたと一緒に帰りたいの」
「それはわかっています」
「なら、いいでしょう?」
星南は、彼の肩に寄りかかった。
「……ねえ。今度、十王家の屋敷に来てくれない?」
「屋敷ですか?」
「ええ。おじい様にも紹介したいし、家族にも会ってほしいの」
「それは……少し緊張しますね」
「大丈夫よ。わたしが隣にいるから」
星南は、彼の手をぎゅっと握った。
「それに、あなたのための部屋も考えてあるの」
「……部屋?」
「ええ。わたしの部屋の隣よ」
「気が早くないですか?」
「そうかしら?」
星南は、くすっと笑った。
「でも、想像するくらいは自由でしょう?」
「そうですね」
「いつか、本当にそうなったらいいわね」
星南は、夕焼けの向こうを見つめた。
「わたし、今までずっと一番星でいようとしてきた。誰よりも輝いて、誰よりも完璧で、誰からも憧れられる存在でいようとしていた」
「はい」
「でも、今は少し違うの」
星南は、彼の肩に頬を寄せた。
「あなたの隣にいられるなら、少しくらい格好悪くてもいい。甘えたっていい。わがままを言ったっていい」
「星南さんは、十分素敵ですよ」
「……ふふっ」
星南は嬉しそうに笑った。
「そういうところも好きよ」
「えっ?」
「聞こえなかった?」
「い、いえ」
「なら、もう一度言うわ」
星南は立ち止まり、彼の正面に回った。
「好きよ、プロデューサー先輩」
そして、彼の胸元にそっと寄り添う。
「わたしの一番近くにいて。これからも、ずっと」
プロデューサーは、少し照れたように微笑んだ。
「……僕も、星南さんのそばにいたいです」
星南は、彼の胸に顔を埋めた。
「……ありがとう」
そのまま、しばらく離れなかった。
◇
翌朝。
生徒会長室。
燕が入室すると、そこにはいつもの光景があった。
ソファに並んで座る星南とプロデューサー。
星南は彼の肩に寄りかかり、彼は星南の髪を優しく整えている。
「……おはよう」
「おはよう、燕」
「おはようございます」
燕は二人を見て、ため息をついた。
「星南。今日は生徒会の会議があるぞ」
「わかっているわ」
「それから、プロデューサーは午後から仕事だ。あまり引き止めるなよ」
「ええ」
星南は素直にうなずいた。
そして、プロデューサーの手を握る。
「……でも、会議が終わったら、また一緒にいてもいいでしょう?」
「もちろんですよ」
「ふふっ」
星南は、彼の手に頬を寄せた。
燕は、もう何も言わなかった。
ただ、少しだけ笑って、書類を机に置いた。
「……まったく。おまえがそんな顔をするようになるとはな」
「どんな顔かしら?」
「幸せそうな顔だよ」
星南は、少し驚いたように目を瞬かせた。
それから、プロデューサーの肩に寄りかかり直した。
「ええ。幸せよ」
窓の外には、一番星が見え始めていた。
星南は、その光を見上げた。
かつては、自分一人で輝くことがすべてだった。
けれど今は違う。
自分を見上げてくれる人がいて、その人の隣にいられることが、何よりも嬉しい。
(いつか、本当にあなたを十王家に迎えるわ)
(そして、毎朝こうして一緒に過ごすの)
(あなたが目を覚ましたら、最初にわたしがいるように)
星南は、彼の手を握り直した。
「ねえ、プロデューサー先輩」
「はい?」
「今日も、帰りは一緒よ」
「わかりました」
「明日も?」
「予定が合えば」
「明後日も?」
「もちろんです」
「……ずっと?」
プロデューサーは、星南を見つめて微笑んだ。
「ずっと、一緒にいられるように頑張ります」
星南は、満足そうに目を細めた。
「ふふっ。よろしい」
その様子を見ていた燕は、窓の外に目を向けた。
「……一番星も、すっかり恋する乙女だな」
「燕、聞こえているわよ」
「聞こえるように言ったんだ」
星南は、少しだけ頬を膨らませた。
そして、プロデューサーの腕にぎゅっと抱きついた。
「……いいのよ。わたしは、この人の前では、いくらでも恋する乙女でいたいのだから」
一番星は、今日も輝いている。
ただし今は、その光を独り占めしている人が、すぐ隣にいるのだった。
これにて全員分です。
ここまで読んでくださった皆様ありがとうございました。
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