プロデューサーが死ぬと勘違いして死ぬほど依存度が上がる話 作:マロンex
放課後の、生徒会室。
秦谷美鈴は、会計の帳簿を開いたまま、窓際のソファで、半分眠っていた。
締め切りは、今日の五時。
残りは、帳簿の半分以上。
「……秦谷」
低い声が降ってきた。
副会長の雨夜燕が、腕を組んで立っていた。
「ふふ。あと二時間あります。わたしにかかれば、三十分で終わりますから、問題ありません」
「昨日も、そう言って、深夜に提出してきただろう」
「結果的に、間に合いました。
つまり、わたしの見積もりは、正しかったということです」
「そういう話ではない」
美鈴は、ふわりと微笑んだ。
上から見下ろすような、余裕の微笑みだった。
レッスンも、同じだった。
遅刻はしない。
ただ、いつも、ぎりぎり。
ステップは、六割の力で十分にこなせる。
それ以上は、やらない。
「秦谷さん」
レッスン室の隅で、プロデューサーが、ぽつりと言った。
「本気になれば、秦谷さんは、トップアイドルになれると思いますよ」
「ふふ。ありがとうございます。わたしも、そう思います。ですから、本気を出す必要は、ありませんね」
「……えっと、うーん…そういうことではなく」
プロデューサーは、少し困ったように笑った。
この会話は、もう十回目だった。
美鈴は、毎回、同じ答えで、微笑んで流した。
◇
その日の昼。
美鈴は、プロデューサー室に、保温ジャーを持って現れた。
「プロデューサーさん。今日の、特製です」
中身は、真っ赤なトマトスープだった。
「わたしが作ったんですから、感謝して、全部飲んでくださいね」
「……はい。ありがとうございます」
プロデューサーは、一口飲んで、ほんの一瞬だけ、顔をこわばらせた。
「……お、おいしいです」
「ふふ。よかったです」
美鈴は、満足そうだった。
◇
翌日の放課後。
美鈴は、プロデューサーを探して、プロデューサー室に来たが、部屋は空だった。
廊下の奥、給湯室のほうから、話し声が聞こえる。
ジャー、と水の音。
換気扇の音。
声は、途切れ途切れにしか届かない。
「……だから、……いきなり、全部は……無理しないで」
あさり先生の声だった。
「……いえ。……半年あれば、……きっと」
プロデューサーの声。
「……でも、あなたの体が……」
「……大丈夫です。……それよりも、……秦谷さんには、……黙っていてください」
美鈴の足が、止まった。
(……わたしの、名前)
「……お願いします。……あの人に、……みせられないので」
ガチャン、と何かが落ちる音。
「……っ、ごほっ……! う……っ」
「プロデューサーさん!?」
美鈴は、思わず、給湯室の扉の隙間から、中を覗いた。
流しが、真っ赤だった。
プロデューサーが、口元を押さえて、うずくまっている。
指の隙間から、赤いものが、ぽたぽたと落ちていた。
「だから、無理しないでって言ったのに……!」
「……すみません。……まだ、早かったみたいで」
プロデューサーは、息を整えながら、かすれた声で言った。
「……でも、……半年後くらいには、……ちゃんと、……全部、……受け止められるように、なりたいんです」
美鈴の指先から、力が抜けた。
美鈴は、音を立てないように、後ずさって、廊下を走り出した。
◇
屋上。夕焼けの中で、美鈴は、フェンスに額を預けていた。
(……半年)
(あの人の、残り時間……)
手が、震えていた。
プロデューサーは、毎日、同じことを言った。
本気になれば、トップアイドルになれる、と。
(……わたしは、嘘つきですね)
本気を出さなかったのは、余裕があったからではなかった。
本気を出して、それでも届かなかったら、と思うと、怖かった。
だから、六割でやめて、「本気を出せばできる」という場所に、居続けていた。
(それを、あの人は、何も言わずに、待っていてくれた)
(……半年。あと、半年しか)
美鈴は、顔を上げた。
「……わかりました」
夕焼けに向かって、静かに言った。
「プロデューサーさん。あなたが、見たがっていたもの。……わたしの、本気を、お見せします」
それは、美鈴にとって、生まれて初めての、余裕のない決意だった。
◇
翌朝。
生徒会室の机の上に、会計の書類が、すべて揃っていた。
来月分まで。
「……秦谷...お前」
燕が、書類と美鈴の顔を、交互に見た。
「熱でもあるのか」
「いえ。至って、健康ですが」
「締め切りは、来月だぞ」
「早く出していけないことは、ありませんよね?」
燕は、書類を三度見返してから、そっと美鈴の額に手を当てた。
「……熱は、ないようだな」
「ですから、健康だと」
その日、燕の眉間からしわが消えることはなかった。
レッスン室でも、同じだった。
朝五時。
扉の前でストレッチをしている美鈴を見つけた手毬が、目を丸くした。
「……美鈴? 何してるの」
「おはようございます、まりちゃん。何って、レッスンに決まっています」
「は?」
「その前に少し、自主練をと思いまして」
「……何かあったの?」
「いいえ。何も」
美鈴は、ふわりと笑った。
いつもの笑顔に見えた。
けれど、その目の奥には、いつもの余裕がなかった。
周囲は、困惑した。
居眠りもせず、本気でステップを踏む美鈴を、誰も見たことがなかった。
「秦谷さん、すごいですね。今日のダンス、完璧でした」
「ふふ。当然です」
プロデューサーの言葉に、美鈴は、いつもの調子で返した。
(……見ていてくださいプロデューサー。最期の最後まで私にくぎ付けにして差し上げます)
その背中を見ながら、プロデューサーは、首をかしげた。
《……秦谷さん、急に別人みたいになったな。まあ、やる気出してくれたならよし!》
◇
それから、美鈴は、毎日、見てしまった。
空き教室の隅。
プロデューサーが、一人で赤い液体を、少しずつ口に含んでは、顔をしかめている。
「……一口」
(……何をして...)
「……二口。……よし、今日は、これくらいで」
美鈴の胸が、ぎゅっと締めつけられた。
(……毎日、あんなに、苦しそうに)
(……薬、でしょうか……。こっそり、一人で)
突きつけられる現実は、美鈴の足をまた、レッスン室に運ばせるのだった。
別の日の夕方。
美鈴は、職員室の前で、また、聞いてしまった。
「……あさり先生。もし、僕に何かあったら、秦谷さんのことを、お願いします」
「……縁起でもないこと、言わないでください、まったく大袈裟ですね」
「…あの人、放っておくと、すぐ落ち込むので」
「……はいはい。でも、本当に、無理しないでくださいね」
美鈴は、指が白くなるほど、拳を握った。
ある日、美鈴は、勇気を出して聞いた。
「……プロデューサーさん。最近、お体は、いかがですか」
「え? あ、ああ。体、ですか」
プロデューサーは、一瞬だけ、視線を泳がせた。
「特に、問題は……ない、です。はい」
「……本当、ですか」
「はい。特段、何も。……ええと、少し、寝不足なくらいで。気にしないでください」
美鈴は、胸の奥が、ほんの少しだけ冷たくなるのを感じた。
(……わたしにも、言ってくれないんですね)
(いつも、何も言わずに、そばにいてくれて。いちばん近くに、いたつもりだったのに)
少しだけ、寂しかった。
けれど、次の瞬間、美鈴は気づいた。
(……ちがう)
(言えないんじゃない。……言わないんですね)
(わたしが知れば、きっと、心配する。心配すれば、レッスンも、生徒会も、手につかなくなる。わたしの、アイドル活動に、支障が出てしまうから)
(だから、この人は一人で飲み込んで)
(わたしの前では、いつも通りに、笑って……)
喉の奥が、ぎゅっと熱くなった。
目の縁に、涙がにじみそうになる。
(……だめ。今は、だめです)
美鈴は、ぱちぱちと瞬きをして、にこりと微笑んだ。
上手に、微笑めたつもりだった。
「……そう、ですか。それならよかったです」
声が、ほんの少しだけ、震えた。
プロデューサーは、じっと、美鈴の顔を見た。
「秦谷さんこそ、どうしたんですか。最近、急に、すごく頑張っていて。……正直、ちょっと、驚いています」
「ふふっ....そうですか? 私はいつも通りですよ」
「頑張っているのはわかるのですがその...少し危なっかしいというか」
「…………」
「あ、いえ、その、秦谷さんの頑張りを否定する気はないですが」
プロデューサーは、慌てて手を振った。
「とにかく。……無理は、しないでください。体を壊したら、元も子もないので」
その言葉に、美鈴の笑顔が、一瞬だけ、固まった。
「……無理を、しているのは」
ぽつり、と、唇からこぼれた。
「え? 何か、言いましたか」
「いいえ。……ふふ。なんでも、ありません」
美鈴は、いつもの笑顔を作った。
(……あさり先生と、同じ言葉)
(自分のことは、何も言わないくせに。わたしの心配だけは、するんですね)
(……ずるい人です)
◇
その頃から、美鈴の「ふふ」が、減っていった。
目の下には、濃い隈ができた。
放課後の生徒会室。
美鈴は、帳簿に向かって、黙々とペンを走らせていた。
机の上には、来月分、再来月分の書類まで、積み上がっている。
「……秦谷」
燕が、書類の束を見下ろして言った。
「それは、来月末の締め切りだ。今日やる必要はないぞ」
「ええ。でも、早くやっておいたほうが、安心ですから」
「...別に、明日でもいいんだぞ。急ぐものでは……」
「時間がないんです」
美鈴の手が、止まった。
ペンを握る指が、白くなっていた。
「…………美鈴?」
「……すみません、もう少しだけやらせてください」
吐き出すような声だった。
ふだんの、のんびりした口調ではなかった。
燕は、言葉を失った。
美鈴は、それ以上、何も言わなかった。
顔を伏せたまま、再び、ペンを動かし始めた。
カリカリ、と、乾いた音だけが、生徒会室に響いた。
(……何を焦っているんだこいつは)
燕は、何度か口を開きかけて、結局、何も言えないまま、自分の席に戻った。
少しして、燕は、そっと美鈴の机に、湯気の立つ紅茶を置いた。
「…何があったかは聞かんが、無茶は許さんからな」
「……ありがとうございます」
美鈴は、顔を上げなかった。
紅茶は、手をつけられないまま、静かに冷めていった。
◇
その夜、美鈴は、職員室に、あさり先生を訪ねた。
「あさり先生。少し、お時間、よろしいでしょうか」
「あら、秦谷さん。どうしたの、こんな時間に」
美鈴は、ふわりと微笑んだ。
いつもの、柔らかい、優しい笑顔だった。
「プロデューサーさんの、お体のことで」
先生の笑顔が、ぴしりと固まった。
「……え?」
「全部、知っています。給湯室で、見てしまいました。……あの日、先生が、無理しないでって言っていたことも」
「……あ、秦谷さん、それは」
「どうして、わたしに、黙っていたんですか?」
美鈴の声は、とても静かだった。
静かなのに、職員室の温度が、二度ほど下がった。
「……ふふ。わたしにだけ、黙っていたんですよね。プロデューサーさんと、先生と、二人で」
「あ、あの、それは、プロデューサーさんに頼まれて」
「ええ。わかっています。……でも、先生。……わたしのプロデューサーさんを、わたしに内緒で、お預かりになるのは、少し、ずるいと思いませんか?」
先生は、ごくりと唾を飲んだ。
「あ、あの、秦谷さん。あなた、何か、勘違いを——」
「ふふ。いいんです。わかっていますから。……ただ、ひとつだけ。お願いがあります」
美鈴は、先生の手を、両手で、そっと握った。
「プロデューサーさんに、何かあったら。……まず、わたしに、連絡してください。必ず。一番最初に」
「…………」
「わたしが、一番、最初に、知らなければいけないんです。……他の方に先にお知らせしたら……ふふ。わたし、怒ってしまうかもしれません」
にこにこと、微笑んだまま、美鈴は、先生の手に、ほんの少しだけ、力を込めた。
あさり先生は、背筋に冷たい汗を流しながら、何度も頷いた。
《……ええ……! 何これ....私とんでもないことに巻き込まれちゃったのかしら....》
◇
それから美鈴は、生徒会の仕事を、驚くほどの速さで片づけるようになった。
昼休みの二十分で、来月分まで終わらせる。
印鑑を押す手に、迷いがない。
提出を済ませたら、すぐに踵を返して、レッスン室へ向かった。
残りの時間は、すべて、アイドル活動に注いだ。
朝五時の自主練。
昼休みのボイトレ。
放課後は、日が暮れても帰らない。
夜は、寮の鏡の前で、フォームを確かめた。
睡眠は、三時間。
食事は、保温ジャーの中身を、プロデューサーに渡すときに、味見で一口だけ。
「秦谷さん、今日も、ステップが完璧でした」
「ふふ。ありがとうございます」
笑顔の頬が、少しずつ、こけていった。
階段を上るとき、手すりに手を添える時間が、長くなった。
◇
その日の昼過ぎ。
レッスン室で、通しの最中だった。
最後のターンで、美鈴の視界が、ふっと白くなった。
(……あれ)
足が、床を探した。
けれど、床が、どこにもなかった。
「秦谷さん!」
肩を、強く掴まれた。
気づけば、美鈴は、プロデューサーの腕の中にいた。
「……っ、大丈夫ですか。顔色が……」
「……ふふ。大丈夫です。少し、立ちくらみが……」
「...大丈夫なわけないでしょう」
プロデューサーの声が、いつもより、ずっと低かった。
美鈴は、思わず、顔を上げた。
プロデューサーの目が、初めて見るほど、険しかった。
「……秦谷さん。ちょっと、来てください」
◇
空き教室。扉を閉めると、プロデューサーは、美鈴をまっすぐに見た。
「この前からずっと気になっていました。....何を焦っているんですか」
「…………」
「目の隈、睡眠もろくにとっていないでしょう。食事もきっと...。生徒会のお仕事もやりすぎて怖いと燕さんから相談を受けていました」
プロデューサーは、息を整えて、続けた。
「...この前も言いましたが、秦谷さんの頑張りを否定する気はありません。....でも体を壊したら、元も子もないでしょう」
声は、荒くなかった。
けれど、はっきりと、怒っていた。
美鈴の肩が、びくりと跳ねた。
(……責められている)
(あなたは、わたしを、責めるんですか)
胸の奥で、何かが、きしむ音がした。
美鈴は、反射的に、いつもの笑顔を作った。
「……ふふ。ご心配には、及びません。わたしは、上手にやっていますから」
「上手にやれていません。さっき、倒れかけたじゃないですか」
「……ふふ」
「笑って、ごまかさないでください」
「ごまかしてなど——」
「秦谷さん」
プロデューサーの声が、少しだけ、強くなった。
「...僕は、あなたが心配なんです。どうか自分を大切に...」
その一言が、最後の砦を壊した。
美鈴の笑顔が、すっと消えた。
「……ふふ」
笑い声だけが、残った。
目は、少しも笑っていなかった。
「……心配、ですか」
声が、低かった。
いつもの、のんびりした声ではない。
「……あなたが、わたしを心配するんですか」
「え?」
「何を焦っているか、ですか。……本当に、わからないんですか?」
美鈴は、ゆっくりと、一歩、プロデューサーに近づいた。
笑顔のまま、けれど、手が、小さく震えていた。
「あなたが、言ったんじゃないですか。本気になれば、わたしは、トップアイドルになれるって。何度も、何度も」
「は、はい。それは、言いましたが」
「わたし、笑って、流しました。……ふふ。本気を出さなくても、いつでも上に行けるから、って」
美鈴の声が、揺れた。
「でもそれは違います。勘違いです。思い上がりです。私はただ怖かったんです。本気を出すのが、本気を出した結果を見られるのが。……それを、あなたは、何も言わずに、待っていてくれた。それがどれだけ嬉しかったか...」
「秦谷さん……」
「それなのに」
声が、裏返った。
「それなのに、あなたは黙って消えていくんですか……!」
プロデューサーは、息を止めた。
「……いなくなる? 何の話を…」
「この期に及んでまだしらを切るつもりですか」
「え、えっとすみません、秦谷さん……? 本当に何を言っているか」
「毎日つらいはずなのに嘘ついて……っ! 苦しいのに、わたしの前では、笑って……!」
美鈴の目から、涙が、一気に溢れた。
「あなたこそ、無理を、しているじゃないですか! 何も言わないで、自分一人で、全部、抱えて……!」
「…………」
「わたしは、あなたの最後の半年に、間に合わせたいんです! あなたが、わたしを信じてくれたことを、本当にしたいんです! 時間が、ないんです……っ、本当に、時間が……!」
美鈴は、その場に、へなへなと座り込んだ。
「あなたが、死んじゃう前に……っ、間に合わなかったら、わたし……!」
涙で、顔がぐしゃぐしゃになっていた。
プロデューサーは、完全に固まっていた。
しばらく、何も言えなかった。
それから、おそるおそる、口を開いた。
「……は、秦谷さん」
プロデューサーは、目をぱちぱちと瞬かせた。
「……僕、死ぬんですか?」
美鈴の泣き声が、ぴたりと止まった。
「……え?」
「えっと、すみません。全然元気だったつもりなのですが...なぜ死ぬと?」
「だ、だって……! 給湯室で、見たんです……! あなたが、血を吐いて、流しが真っ赤で……! 先生が、無理しないでって……! 半年あれば、きっとって……! 秦谷さんには黙っていてって……!」
プロデューサーは、しばらく考え込んだ。
それから、あ、という顔をした。
「……もしかしてトマトジュースのことでしょうか」
「……え?」
「あの日、流しが赤かったのは、トマトジュースです。賞味期限の切れた、古いやつで。あまりのまずさに、吹き出してしまって」
「……トマト、ジュース」
「はい。実は僕、トマトが、昔から、大の苦手で」
美鈴は、ぽかんと口を開けた。
「でも、秦谷さん、毎日、トマトのスープを、作ってきてくれるじゃないですか」
「……はい。それは、おいしいと、言ってくださるから」
「言わないと、悲しませると思って。でも、本当は、毎回、必死で飲み込んでいて。……顔をしかめていたのは、そのせいです」
「……っ」
「それで、あさり先生に、相談したんです。どうしたら、トマトが飲めるようになるかって。先生が、ジュースから、少しずつ慣らすといいって」
「無理しないでって……」
「いきなり全部飲もうとして、むせたり、お腹を壊したりしたので。先生は、ずっと、体を心配して止めてくれていました」
「半年あれば、きっと、って……」
「半年後には、秦谷さんのスープを、心から、おいしいって言えるようになりたくて。それまでに、克服しようと」
「じゃ、じゃあ一人で、毎日、顔をしかめて飲んでいたのは……」
「...トマトジュースです...。一口ずつ。最初の一口がいちばんつらいので」
美鈴は、そのまま、動かなくなった。
空き教室に、しばらく、沈黙が落ちた。
やがて、美鈴の口元が、ゆっくりと、持ち上がった。
「……ふふ」
「秦谷さん?」
「ふふ。ふふふふ」
目は、少しも笑っていなかった。
「……トマト、ジュース」
「は、はい」
「わたしの、半年は」
「えっと」
「三時間睡眠と、六割をやめた本気と、来月分の書類と、燕さんの紅茶は...あなたのくだらない強がりに振り回されたと」
「す、すみません...そんなつもりは」
「……ふふ。プロデューサーさん。随分面白い冗談を覚えたのですね」
「あのですね、はたやさ...」
「黙って、そこに座ってください」
「はい」
プロデューサーは、素直に、床に正座した。
美鈴は、ゆっくりと、その前にしゃがみ込んだ。
笑顔のまま、声だけが、優しく、低くなる。
「あなたは、わたしに、嘘をつきながら、毎日、トマトを飲んで」
「はい」
「わたしは、あなたが死んでしまうと思って、本気を出して」
「……はい」
「それで、あなたは、笑って、おいしい、と」
「……はい」
「……逃がしませんよ? 今日は、わたしの気が済むまで、ここで、わたしの話を、聞いてもらいます」
「はい。……あの、でも」
プロデューサーは、少しだけ、考えてから、静かに言った。
「勘違いではありましたが、秦谷さんが、僕のために本気を出してくれて、嬉しかったです」
「…………え」
「六割でも、秦谷さんは、十分すごいと思います。でも、十割の秦谷さんも、見てみたかったので。……想像を超えてきました。本当に感動しましたよ」
「……っ」
「だから、倒れそうになったときは、すごく怖かったです。私もあなたを失う事は嫌だと気が付きました」
美鈴の笑顔が、ぴたりと止まった。
「……そ、そういう、ことを……」
「秦谷さんが、あんなに、僕のために、頑張ってくれたんだって、思ったら……」
「……っ、ずるい、です……!」
安心した。
もうプロデューサーはいなくならないという事実。
それに呼応するように、今度は美鈴の目から、ぽろぽろと、涙がこぼれた。
「私だって怖かったのに....つらくて、苦しくて...あなたを見るだけで胸が締め付けられて」
「申し訳ありません...でも、大丈夫です。あなたをトップアイドルにするまではあなたを支えますよ」
「……ふふっ...約束ですよ」
美鈴は、子供みたいに、袖で、顔をごしごしと拭いた。
それから、ぱっと顔を上げた。
まだ、目は真っ赤だった。
「……当然です。わたしが本気を出せば、トップアイドルなんて、簡単なんですから」
「はい。でも、睡眠はとってください。しばらくはお昼寝も大目に見ます」
「……はい」
「それと、スープは、これからも、いただいていいですか」
「……ふふ。トマトを、入れずに、作りましょうか」
「いえ、入れてください。慣れる練習に、なるので」
「……まあ。では、少しずつ、増やしていきますね。わたしが、あなたの、苦手を、全部、甘やかして、克服させてあげます」
「お願いします」
そのとき、空き教室の扉の陰から、小さな声がした。
「あの、……ごめんなさい。止めに入ったほうが、いいのか、迷っていて……」
あさり先生だった。扉の隙間から、半分だけ顔を出して、青ざめていた。
「先生」
美鈴は、にこりと、微笑んだ。
「数々のご無礼、申し訳ありませんでした」
「い、いえ...私は気にして」
「そのお詫びに、これからは、プロデューサーさんの、苦手克服には、わたしも、最初から参加します。....よろしいですね」
「……はい」
―あのトマトジュース事件から、一週間。
秦谷美鈴には、新しい習慣ができた。
プロデューサーの姿を見つけたら、まず隣に座る。
会話をしていても、書類を整理していても、休憩中でも。
とにかく、隣に座る。
そして、袖をつまむ。
「……プロデューサーさん」
「はい、秦谷さん。どうしました?」
「いえ。呼んでみただけです」
「そうですか」
「……ふふ」
美鈴は満足そうに微笑んだ。
「もう一度、呼んでもいいですか?」
「え? もちろん、いいですけど」
「プロデューサーさん」
「はい」
「……プロデューサーさん」
「はい、ここにいますよ」
「……ふふふ」
《……最近、秦谷さんの呼び出し頻度がすごいな》
プロデューサーは、そんなことを考えながら、手元の書類に目を戻した。
すると、美鈴が、そっと彼の袖を引いた。
「……あの」
「はい?」
「もう少し、こちらを見ていただけませんか?」
「ええと、あと少しで書類が終わるので……」
「…………」
美鈴の指が、プロデューサーの袖をつまむ力を、ほんの少し強めた。
「……あと少し、ですか」
「は、はい」
「その『あと少し』という言葉、わたし、最近あまり好きではないんです」
「……あ」
プロデューサーは、ペンを置いた。
「すみません。そうですよね」
「……ふふ。謝ってほしいわけではありませんよ」
美鈴は、彼の顔を覗き込んだ。
「ただ……ちゃんと、ここにいることを確認したいだけです」
その声は、いつものように柔らかかった。
けれど、ほんの少しだけ、甘えるような響きが混じっていた。
プロデューサーは、困ったように笑って、彼女のほうへ体を向けた。
「はい。ちゃんといますよ」
「……本当に?」
「本当です」
「明日も?」
「もちろん」
「明後日も?」
「ええ」
美鈴は、じっと彼の顔を見つめた。
それから、ようやく安心したように、ふわりと笑った。
「……よろしいです」
「なんだか、面接みたいですね」
「ふふ。合格です。では、特典として……」
美鈴は、彼の腕に自分の腕を絡めた。
「今日は、わたしの隣にいることを許しましょう」
「……いつも一緒にいるじゃないですか」
「ええ。ですので、特典です」
「……ありがとうございます?」
「ふふ。どういたしまして」
美鈴は、彼の肩にこつんと頭を預けた。
以前なら、決してしなかったことだった。
誰かに頼るのも、甘えるのも、余裕のない自分を見せるのも。
ずっと、どこかで避けていた。
けれど、今は。
この人の隣なら、少しくらい格好悪くてもいい。
そう思えるようになっていた。
もっとも。
その距離が、日に日に近くなっていることについては、本人もあまり自覚していなかった。
◇
翌日の昼休み。
プロデューサーが昼食を取ろうとすると、美鈴が保温ジャーを持って現れた。
「プロデューサーさん。今日も、特製スープです」
「ありがとうございます。……今日は何のスープですか?」
「トマトです」
「……ほお」
「……今、一瞬、嫌そうなお顔をしましたね?」
「い、いえ! そんなことは!」
「ふふ。正直になっていいんですよ」
美鈴は、彼の向かいに座った。
以前なら、彼が全部飲み終わるまで、少し離れたところから満足そうに見守っていた。
今は違う。
スプーンを手に取る前に、彼の隣へ移動してくる。
「……では、プロデューサーさん」
「はい」
「今日は、一緒に食べましょう」
「え? 秦谷さんも?」
「はい。わたしだけ食べずに見ているのも、不公平でしょう?」
「……確かに、そうですね」
「それに」
美鈴は、彼のスプーンに、そっと自分のスプーンを添えた。
「一人で頑張るのは、もう禁止です」
「……ああ」
プロデューサーは、少しだけ目を細めた。
「そうでしたね」
「ええ。プロデューサーさんが教えてくださったんです。頑張りすぎると、元も子もない、と」
「……僕が言ったんでしたっけ?」
「はい。ですから、わたしも守ります」
美鈴は、自分のスープを一口飲んだ。
「……おいしいですね」
「はい。おいしいです」
「……本当に?」
「本当です」
「トマトが入っていても?」
「……トマトが入っていても」
美鈴は、じっと彼を見つめた。
プロデューサーも、少しだけ眉を寄せながら、真面目な顔でスープを飲んだ。
ごくん。
「……おいしいです」
「……ふふっ」
美鈴の頬が、ほんのりと赤くなった。
「……そうですか」
「はい」
「……では、明日は、今日より少しだけトマトを増やしましょう」
「えっ」
「ふふ。冗談です」
「……本当ですか?」
「ええ。明日は、ほんの少しだけです」
「増やすんですね……」
「はい♪」
プロデューサーは、困ったように笑った。
その顔を見て、美鈴は、そっと彼の袖をつまんだ。
そして、少しだけ声を落とした。
「……わたし、もう、あなたが何を食べたのかも、何を我慢しているのかも、知らないままなのは嫌なんです」
「……秦谷さん」
「全部を管理したいわけではありませんよ?」
「……本当ですか?」
「……少しは、したいですけれど」
「正直ですね……」
「ふふ。ですから、これからは教えてください。嬉しいことも、嫌なことも。苦手なものも、怖いことも」
美鈴は、彼の手元に目を落とした。
「……わたしばかり、あなたに見守られているのは、不公平ですから」
そう言って、彼の手に、自分の手を重ねた。
プロデューサーは一瞬驚いたあと、そっと握り返した。
「……わかりました。これからは、ちゃんと相談します」
「約束ですよ?」
「はい。約束です」
「……ふふ」
美鈴は、ようやくスープに口をつけた。
今度は、彼の手を握ったまま。
◇
その週の金曜日。
生徒会室では、雨夜燕が、提出された書類の束を前にして頭を抱えていた。
「……秦谷」
「はい、燕先輩」
「この書類、すべて確認した。問題ない」
「ふふ。ありがとうございます」
「だが、一つだけ聞きたい」
燕は、書類を机に置いた。
「なぜ、今月分の活動報告書に、プロデューサーの昼食の栄養バランスまで記録されているんだ?」
「健康管理です」
「生徒会の仕事ではないだろう」
「わたしの大切な仕事ですので」
「……誰が決めた」
「わたしです」
「おまえ……」
燕は、深く息を吐いた。
「……最近、レッスンのあと、すぐに帰るようになったな」
「ええ。プロデューサーさんと、一緒に帰る約束をしているので」
「毎日か?」
「はい」
「……毎日!?」
「はい♪」
燕は、眉間を押さえた。
「……お前、以前は帰る時間など気にしていなかっただろう」
「そうでしたね」
「変わったな」
美鈴は、少しだけ目を伏せた。
「……ええ。変わりました」
「……何があった?」
美鈴は、しばらく考えた。
そして、いつものように、ふわりと笑った。
「……大切なものは、ちゃんと大切にしないといけないと、わかったんです」
燕は、何も言わなかった。
美鈴は、鞄を持って立ち上がった。
「では、わたし、そろそろ行きますね」
「……ああ」
「プロデューサーさんが、待っていますので」
扉に手をかけたところで、美鈴は、ふと思い出したように振り返った。
「……あ。そうそう」
「なんだ?」
「もし、プロデューサーさんが生徒会室に来たら、わたしを呼んでくださいね」
「……なぜだ」
「会いたいので」
「…………」
「ふふ。では、失礼します」
扉が閉まった。
燕は、しばらく無言でその扉を見つめていた。
「……秦谷」
誰もいない生徒会室で、ぽつりと呟く。
「お前、ずいぶんと……」
言葉の続きを、燕は飲み込んだ。
◇
夕方。
事務所を出ると、外は少し肌寒かった。
「……寒いですね」
美鈴が呟くと、プロデューサーは自分の上着を脱いだ。
「よかったら、使ってください」
「……え?」
「風邪を引いたら大変ですから」
美鈴は、差し出された上着を見つめた。
それから、ゆっくりと彼の顔を見上げた。
「……プロデューサーさん」
「はい?」
「あなたは、本当に……」
「……?」
「……ずるい人ですね」
「えっ、な、何かしましたか?」
「いいえ」
美鈴は、上着を受け取ると、それを肩にかけた。
彼の匂いがした。
いつも隣で聞いている声。
書類をめくる音。
少し困ったときに浮かべる、あの優しい笑顔。
そういうものが、全部、近くにある気がした。
美鈴は、上着の袖を握りしめた。
「……暖かいです」
「よかった」
「……返したくなくなってしまいますね」
「え?」
「ふふ。なんでもありません」
二人は、並んで歩き始めた。
しばらくして、美鈴が、そっと彼の手に触れた。
指先が触れる。
離れる。
もう一度、触れる。
プロデューサーは、気づいていないのか、前を向いたままだった。
美鈴は、少しだけ頬を膨らませた。
「……プロデューサーさん」
「はい?」
「手」
「……手?」
「……寒いです」
「ああ、そうですね。手袋、持ってきていないんですか?」
「……持ってきていません」
「それは大変だ。僕の手袋、片方でよければ……」
「違います」
美鈴は、ぴたりと足を止めた。
プロデューサーも、慌てて立ち止まる。
「えっ、違う?」
「……そうではなくて」
美鈴は、視線を落とした。
「……手を、つないでほしいんです」
言った瞬間、耳まで熱くなった。
自分から甘えるなんて。
こんなにも、胸がどきどきするなんて。
けれど、もう、誤魔化したくなかった。
プロデューサーは目を丸くしたあと、ゆっくりと微笑んだ。
「……はい。喜んで」
彼の手が、美鈴の手を包んだ。
大きくて、温かい手だった。
美鈴は、その手を、ぎゅっと握った。
「……ふふ」
「嬉しそうですね」
「ええ。とても」
「そんなにですか?」
「……はい」
美鈴は、彼の腕に寄り添った。
「……あのですね、プロデューサーさん」
「はい」
「わたし、少しだけ、わがままになってもいいですか?」
「もちろんです」
「……これから、毎日、こうして帰りたいです」
「はい」
「毎日、一緒にご飯を食べたいです」
「はい」
「毎日、今日あったことを聞いてほしいです」
「はい」
「……それから」
美鈴は、繋いだ手を持ち上げた。
「わたしが寂しいときは、ちゃんと、そばにいてほしいです」
プロデューサーは、少しだけ真剣な顔になった。
「……わかりました。でも、僕が忙しいときや、すぐに会えないときは、ちゃんと説明します。秦谷さんも、無理をしてまで待たないでくださいね」
美鈴は、ぱちぱちと瞬きをした。
そして、ふわりと笑った。
「……ふふ。わかりました」
少しだけ、指に力を込める。
「では、会えない時間のぶんまで、会えたときに甘えますね」
「……それは、なかなか大変そうですね」
「ええ。覚悟してください」
「はい」
「……ふふふ」
美鈴は、繋いだ手を、そっと自分の頬に寄せた。
「……温かい」
その言葉を聞いて、プロデューサーは、何も言わずに、彼女の歩幅に合わせた。
◇
その夜。
寮の自室で、美鈴は、ベッドの上に座っていた。
スマートフォンの画面には、プロデューサーとのメッセージが表示されている。
『今日はありがとうございました。明日もレッスン、頑張りましょうね。おやすみなさい』
美鈴は、しばらくその文章を眺めていた。
そして、返信を打つ。
『はい。プロデューサーさんも、ゆっくり休んでくださいね』
送信。
……少し、物足りない。
美鈴は、画面を見つめたまま、指を動かした。
『……あの』
送信。
すぐに既読がついた。
『どうしました?』
美鈴は、布団をぎゅっと握った。
『……もう少しだけ、お話ししたいです』
送信。
数秒後。
『いいですよ。どうしましたか?』
美鈴は、胸の奥が、じんわりと温かくなるのを感じた。
『……特に用事はありません』
『そうですか』
『……ただ、プロデューサーさんとお話ししたくて』
少し間が空いた。
そして、返信が来た。
『僕も、秦谷さんとお話しできて嬉しいですよ』
美鈴は、スマートフォンを胸に抱きしめた。
「……ふふっ」
頬が緩む。
どうしようもなく、嬉しい。
もっと話したい。
もっと一緒にいたい。
明日が来るのが、こんなにも待ち遠しい。
以前は、時間が余っていた。
何もしなくても、きっとできる。
本気を出すのは、いつだっていい。
そう思っていた。
けれど今は違う。
一日一日が、大切だった。
レッスンの時間も。
一緒に食べる昼食も。
帰り道に繋いだ手の温かさも。
そして、こうして、眠る前に交わす、何気ない言葉も。
美鈴は、もう一度、メッセージを打った。
『……プロデューサーさん』
『はい?』
『明日も、会いに行っていいですか?』
『もちろんです。いつでも来てください』
その返事を見て、美鈴は、ゆっくりと目を閉じた。
「……ふふ」
スマートフォンを枕元に置き、布団に潜り込む。
今日は、ちゃんと眠れそうだった。
明日も会える。
それだけで、心が満たされていく。
……けれど。
眠りに落ちる直前、美鈴は、ふと思った。
(……いつでも来ていい、ですか)
(……では、明日は、朝から会いに行ってもいいんですよね)
「……ふふふ」
布団の中で、小さく笑う。
(……プロデューサーさん)
(わたし、もう、あなたがいない毎日には、戻れそうにありません)
それは、少しだけ困ったことだった。
けれど。
美鈴は、幸せそうに微笑んだ。
(……まあ、いいですよね)
(あなたも、わたしをトップアイドルにするまでは、そばにいてくださるんですから)
(……それなら、わたしだって)
(あなたの隣を、誰にも譲るつもりはありません)
翌朝。
プロデューサーのスマートフォンには、午前五時二分、こんなメッセージが届いていた。
『おはようございます、プロデューサーさん』
『……起きていますか?』
『……まだ、寝ていますか?』
『……ふふ。では、起こしに行きますね』
そして、その三十秒後。
寮の玄関に、美鈴の姿があった。
「……おはようございます、プロデューサーさん」
扉の向こうから、寝ぼけ眼の彼が顔を出す。
「……秦谷さん? えっ、今、何時……?」
「午前五時三十分です」
「……は、早いですね」
「はい♪」
美鈴は、彼の手を取った。
「さあ、朝ご飯にしましょう」
「……ええと、僕、まだ顔も洗っていないのですが……」
「ふふ。では、洗面所までご一緒します」
「……そこまでですか?」
「もちろんです」
美鈴は、彼の腕にぎゅっと抱きついた。
「……だって、わたし」
そっと顔を上げて、幸せそうに微笑む。
「プロデューサーさんと一緒にいる時間が、いちばん好きなんですから」
プロデューサーは、しばらく呆然としていた。
それから、困ったように笑って、彼女の頭を優しく撫でた。
「……わかりました。じゃあ、まずは朝ご飯にしましょうか」
「……ふふっ。はい♪」
美鈴は、彼の腕に頬を寄せた。
もう、六割では足りない。
アイドルとしても。
一人の女の子としても。
そして、彼の隣にいる人としても。
美鈴は、これから先も、全力で彼を大切にするつもりだった。
……ただし。
「……プロデューサーさん」
「はい?」
「今日のお昼も、明日のお昼も、来週のお昼も……わたしと一緒に食べてくださいね?」
「……はい。できる限り」
「……ふふ」
美鈴は、にっこりと微笑んだ。
「『できる限り』ではなく、約束です♪」
《……秦谷さん、最近、ずいぶん甘えん坊になったな……》
《……まあ、嬉しそうだし、いいか》
その考えが、少し甘かったことを、プロデューサーが知るのは、もう少し先のことだった。
なにしろ美鈴は、今日も明日も、その先も。
彼の隣という特等席を、決して手放すつもりがなかったのだから。
過去最長になりました。
美鈴さんは書いていて無限にアイデアが出る子でした。
リクエストありがとうございました!