エースコンバット8 雑筆 作:エースコンバット8をやりなさい
首都シーヴ、奪還。
あまりにも小さな、そしてあまりにも大きな第一歩だった。
失ったものは多い。この戦場でも、遥か離れた雪と氷に閉ざされた大地でも。だがそれでも、彼らはシーヴの翼の下に集い、戦い、そして彼らの土地を取り戻したのだ。万感の想いを込めた歌声がエンデュランスの甲板に響き、悲しみを振り切るようなギターの音色が夜空を彩る。
作戦行動に参加したパイロットや船員、そして長く航海を共にした難民達が歓喜に浸る中、レックスはその喧騒から離れ1人水平線を眺めていた。
(…代役が、過ぎた真似をしたかな)
レックスの脳裏に過ぎるのは、自身の隊の四番機…ノイズことコスターのことだ。戦闘行動中、敬愛する航空隊の全滅や各地で散っていく仲間の悲鳴に我を失い、許可も取らずに編隊を離れた優し過ぎる青年である。
そんな彼を、レックスは殴った。入隊以来、部下に手を上げたのは初めてのことだった。
彼の気持ちが分からない訳ではない。目の前で、そして自分の手が届かないところで命が零れ落ちていく喪失感は、レックスが誰よりも良く知っている。だがそれでも、彼の行動は隊長として看過出来ないものだった。
『ターシャ、ほんとに、さっきは…』
『いいよ、そんな引き摺らないで。ちゃんと戻ってきてくれたし。ね、レ──』
こちらを振り返るターシャを押し退けるように前に出て、レックスが放ったのは一言。
『言い訳は聞かない』
コスターは抵抗しなかった。いや、抵抗する間もなかった。
甲板に尻餅をつき、レックスを見上げる口の端からは血が滲む。
『レッ、クス…』
『死んでたんだぞ。お前も、ターシャも。俺達が守るべき目の前の仲間も』
レックスはそれだけ言って、コスターを見下ろした。
『分かるだろ、コスター』
バクスターに助け起こされるコスターを尻目にそう吐き捨て、逃げるかのように甲板に出たのが数時間前のこと。
夜の海は、黒かった。
水平線は既に闇へ溶け、時折、遠方を航行する護衛艦の灯火が小さく瞬く。
後悔と呼ぶには情けない自嘲が、レックスの頭を巡っている。
(プロパガンダの英雄が、これまで心をすり減らして必死に戦ってきた若者に偉そうに)
与えられたコールサインと、託された象徴としての役割。それに、いつの間にか背負わされていた英雄の名前。
そして今日、その名前を振りかざすようにして、自分よりもずっと悲惨な喪失感を味わった青年を殴った。
(……大した隊長殿だ)
レックスは、自分の右手を見下ろした。
命令違反を咎めるのは当然だ。間違った事をしたとは思わない。他の隊やその場で命を張った連中に対して、必要なケジメだった。事実、ターシャはコスターを助ける為に突出して命を落としかけている。
だがそれだけで割り切れるほどレックスの…レックスに成ってしまった男の心中は単純ではなかった。
コープならどうしただろう。
頭の中の『彼』に問いかけるが、こういう時に限ってかの英雄様は何も答えない。自分で考えろ、ということか。
彼とコスターの間には、自分の知らない時間があった。共に戦い、共に喪失を経験し、その上で培われた信頼があったはずだ。
その後釜に収まった男が、隊長の責任だけは一人前に振りかざす。
褒められた話ではない。
(……そもそも、俺はみんなの何を知ってるんだろうな)
知っているつもりではいた。
無口ながらも熱いものを秘めたコスターの優しさも、未来を担う若者を守ろうとするバクスターの責任感も、やりたくも無い戦争に身を置かされてなお自身を見失わないターシャの強さも。共に空を飛び、命を預け合ううちに、少しは分かり合えたと思っていた。
だが、それは彼らが失ってきたもの、彼らが通ってきた道を理解していることとは、きっと違う。自分はまだ、知らないことだらけだ。
小さく息を吐きながら手摺に背を預け、無意識のうちに胸ポケットをまさぐった。長年の習慣である。が、すぐにそこにあるべき目的の物が無いことに気が付く。
「どっかで煙草買えないかな…」
「あら、そんなものそこに見える陸地で嫌という程買い込めるわよ。陸上戦艦を叩いて、本当の意味でシーヴを取り戻したらね」
「…ケイト」
「まだまだ脅威はあるとは言え、初めての大規模作戦の成功。皆盛り上がってるわ。あなたは飲まないの?」
「酒は駄目なんだよ。一缶でベロベロだ、化物退治に支障が出る」
あらそう、残念と肩をすくめるのはケイト・エヴァンス。ジョーカー隊と对を成すクイーン隊の隊長にして女傑、エンデュランス航空部隊の精神的支柱でもある存在である。
そんな彼女はレックスの隣に収まると、勢いよくプルタブを開けて酒を喉へと流し込んだ。
「それで夜風に当たってひとりで考え事?ジョーカー隊の隊長さんは随分とおセンチなのね」
「言うなよ。大体分かるだろ」
付き合いは短い。短いが、不思議とこの女性に対してはすらすらと言葉が滑り落ちる。包容力、というものかもしれない。
「コスターのことでしょう?私は別に否定しないわよ、あなたの行動も、言葉も、その悩みも。むしろ少し意外と言うか…見直したかも」
「えぇ…?」
「最初は随分頼りないパイロットが来たものだと思ったのよ?人の話聞いてるんだか聞いてないんだか分からないし、無線は必要最低限だし、かと思ったら急にシャドウズだろうがなんだろうが掴みかかる勢いで落としにいくし。もう訳が分からない」
「俺そんな風に思われてたの…?泣いていい?泣いていいですか女王陛下」
「それやめて。……あぁ、見直したっていうのは少し違うかも。安心した、かも」
「安心?」
オウム返しのようにレックスが問う。
「えぇ。あなたのあの戦いぶりを見た時…もしかしてこの人は、空の上のあの一瞬、敵を落とすあの瞬間の為に飛んでいるのかもと思ってしまったの。それほどまでに、普段とは違って苛烈だった」
「ちょ、俺はそんな物騒な人間じゃ」
「えぇ。勿論分かってるわ。あなたがエンデュランスで見せる顔に偽りはない。ターシャにお世話されて、コスターに若者の音楽趣味の説明受けてハテナマーク飛ばして、バクスターにオセロでボコボコにされて、ジェンキンズとバカやって副長に雷落とされて。その時間を愛おしく思っているのは、もう分かってる。…でもやっぱり、あぁも自分から敵を落としに行く所を見ちゃうとどうも、ね」
「ちょっと俺の映り方がアレな気がしないでもないけど…安心したっていうのは?」
「格好付けた言い方だけど、戦場に酔ってないっていうのが改めて分かったのよ。あなたはちゃんと部下の事を、守るべき人達の事を見ている。自分の為に力を振るってなんかいない」
いつの間にか、隣に立つケイトと目が合っていた。仄かに酒気を帯び、だがそれでも気高さを感じさせる瞳が真正面からレックスを貫く。
「あなたはあの子達を率いる者として当然の責務を果たし、そして当然ではない痛みを抱いた。そこに何か理由を付ける必要があるの?新参だの、コープの後釜だの。あなたがそう思って行動したんでしょう。コスターにも、皆にもこれ以上傷付いてほしくないから」
「そもそもあなたが言ったんじゃない。翼だの象徴だのの前にって。なら胸を張って、それで自分のやったことに責任を持ちなさいな。大丈夫、あなたは彼らにとって立派な人生の先輩で、隊長よ」
力強く言い切り、ケイトはまた酒を煽る。自然と、レックスの返事に熱がこもった。
「…ありがとう、ケイト」
「どういたしまして。先輩隊長からのアドバイスと思ってありがたく受け取ってちょうだい。お礼は陸上戦艦を叩いて、本当の打ち上げの席に付き合ってくれれば良いわよ」
「エバンス中佐、姉御と呼ばせて下さい」
「叩き落とすわよあなた」
最後に軽くこちらの胸を小突き、ひらひらと手を振って去っていくケイトと入れ替わるように、彼女の部下達…クイーン隊の面々が顔を出した。彼女を迎えに来たのかと思ったが、何やらニヤニヤしながらこちらへ向かってくる。
「ようレックス!羨ましいぜ、我らが女王陛下から薫陶のお言葉か?」
「そんなところだよ。で、アンタらは?」
「今日の勝利の立役者様をねぎらいに来てやったのよ。ほれ、シーヴの翼に乾杯!ってな」
「からかいに来たの間違いだろ…冷やかしならあっち行け、シッシッ。俺は今姉御の偉大なお言葉に浸ってるんだ」
「ツレないねぇ…て姉御!?姉御と来たか!言うようになったじゃねぇか!」
笑いながら、彼らも酒を煽った。なんだかんだ軍歴が長く、気の遣える連中である。こちらの様子を気にして、さりげなく確認に来たのだろう。
まったく隊長共々、と口角が上がる。
「…なぁクルス」
「あん?」
「ケイト、良い女だな」
「……………え?お前マジでそういう…?ケイトと何話した…?」
「レックス!?何か変なこと吹き込んでない!?ちょっとあなたたちこっち来なさい!」
ぐるんと180度綺麗なハイGターンをキメてこちらへ突っ込んでくるリトル・ビーと蜘蛛の子を散らすように逃げる隊員達。
思わず吹き出してしまう。その時初めて、レックスはようやっと自分が空の上から帰ってきたような感覚を覚えた。
ひとしきり笑った後に前を見やれば、ケイトの後ろに見覚えがある無精髭。何か決意を固めたような瞳が、こちらをしっかりと見据え、段々と近付いてきていた。
(コスターと真正面から目が合うの、初めてかもな)
ウジウジとした後暗さが完全に消えた訳ではない。自分がこれから上手くやっていく自信が急に生えた訳でもない。だが確かに、いまのレックスはその真っ直ぐな視線を受け止めようと…自分なりに応えようと、そう心の底から思えた。
「レックス、今いいかな。話が、したいんだ。」
「コスター。うん。話そう。お説教じゃなくてさ。お互いの事とか、これからの事とか。しみったれた空気になるのもなんだし一曲弾いてくれよ。アレが良いな、パープルマジックの……」