エースコンバット8をやりなさい。エースコンバット8をやるのです。
時系列バラバラ、思いついた小ネタを落とす短編集になる予定です。
ターシャが彼を初めて見た時の印象と言えば、ぽやぽやした人、というものだった。握手には一拍遅れる。出撃迫っているのに物珍しそうに周囲を見渡しては、ほーとか、はー、とか言っている。失礼ではあるが、パイロットどころか軍人にも見えなかった。
(大丈夫かなぁ…)
不安がなかったと言えば嘘になる。戦争の真っ只中に唯一残った船で、唯一の希望が墜ちた。そんな絶望的な状況の中、代役に立てられたという男はあまりにも頼りなく見えたものだ。
そんなターシャの視線に気付いたか、後にレイと呼び慕う事になるその男…新しい『レックス』は、またぽやぽやした顔で口を開いた。
「空軍の出なんだ。空母にはあんまり縁がなくて…高いなぁ。海鳥も近い。いや、そっちはジェンキンズと漂流してた時に散々間近で見てたけど」
(大丈夫かなぁ…!)
だが、ターシャのそんな不安は直ぐに塗り替えられる事になる。
(速い…いや、巧い…!)
つい数瞬前まで前方をはためいていた赤い翼は猛烈な勢いで上昇し、急激に機首を振っていた。
ターシャのような、魅せる為の機動では無い。
ただ合理性を突き詰めたような、正確で、それでいて大胆な羽さばき。
そんな無骨な舞いが、動生身の人間が駆る2機を赤子のように手玉に取っている。短い加速で護衛機の射線を外し、逃げる爆撃機の旋回方向を読んで先回りする。追い回すのではなく、追い込む。猛禽の狩りとはこういうものを言うのかとターシャが場違いな感想を浮かべる間に、あっさりと爆撃機は爆散した。
その間隙を縫って仕掛けてきた護衛機の挙動も、レックス…否、レイには見えていたらしい。ハイGターンで容易くミサイルを振り払い、あれよという間に攻守は入れ替わる。
『エンバー……間違えた、ジョーカー1、FOX2』
淡々とした声とほぼ同時、破砕音がターシャの耳朶を打った。
『ジョーカー隊、目標を全て撃墜!やった、やったぞ!エンデュランスへの爆撃を防いだ!』
はしゃぐAWACSと、無線から聞こえる母艦の乗組員達の歓声。開戦以来常に劣勢に立たされた者達の雄叫びにも似たそれを聞き流しながら、ターシャは隊列へと戻る新たな一番機を見上げた。
「シーヴの翼、かぁ」
偽りの英雄、生き残ることだけを求められる虚像。
押し付けられたプロパガンダを鼻で笑うかのように、獰猛に敵へ襲いかかって食い破る。そんな苛烈な戦闘を見せた目の前の僚機と、のんびりと海を眺めていた男の姿がどうにも頭の中で噛み合わない。
『ターシャ?どうした?』
「ううん、なんでもない。…ねぇレイ、これからはこういうやり方で行くの?」
『…あぁ。翼とか象徴とかの前に、俺は戦闘機乗りだから』
その返事に、鋭さや冷たさは感じなかった。当たり前のように、まるで凪いだ水面のように、静かで、ぽやぽやして、そしてどこか温かみがあった。
(……大丈夫、なのかな)
もう一度、胸の内で呟いてみる。
つい先ほどまでと同じ言葉のはずなのに、不思議とその響きは違っていた。
相変わらず頼りなさそうで、どこか間の抜けた声をした、新しい『シーヴの翼』。
けれど、その赤い翼が自分の前を飛んでいる限り、きっと大丈夫なのだと。まだ出会って間もないその男を、ターシャは少しだけ信じてみたくなっていた。
「とか思ったんだけどなぁ…」
食堂にてバクスターに出された宿題と睨めっこしながら、視線の端に映る光景。
「あだっ」
「おい相棒、おっちょこちょいは相変わらずか?」
「言うなよジェンキンズ…熱ッ!舌やけどした!」
「いい歳して何やってんだ…」
うん、駄目だこれ。
私がしっかり見てあげてないと。
「もーレイ、地上にいるといっつもこれなんだから。はいお水」
「あひはほう」
「お前そんな調子でよく戦闘機飛ばせるな…普段と機体の荒れ具合のギャップで頭がおかしくなりそうだ。本当におんなじヤツか?」
「んぐ……失敬な。俺は空の上でも地上でもれっきとした隊長だぞ。ケイトみたいにビシバシ部下を指導してだな…あ、フォーク忘れた」
「「………」」
ジェンキンズと顔を見合せて、思わず笑ってしまう。
「…別にコックピットじゃフォークなんか使わないだろ」
「ご高説どうも、隊長どの」
バツが悪そうにフォークを取りに席を立つレイ。その背中を見送りながら、その背中を見送りながら、ターシャは小さく息を吐いた。
この男は本当に、空の上と下とで別人のようだ。
敵機を前にすれば誰よりも勇猛果敢で、見ているこちらが怖くなるような機動を平然とやってのけるくせに、食堂では熱いスープに舌を火傷し、挙げ句フォークひとつ満足に用意できない。
……いや、流石にそれは言い過ぎか。
それでも。
(……放っておけないなぁ)
ぼんやりとそんなことを考えていると、向かいのジェンキンズ中佐が鼻を鳴らした。
「まったく。空の上じゃ手が付けられねえ癖に、降りた途端あれだ。昔からちっとも変わりゃしねえ」
「昔から?そう言えばジェンキンズ、レイと付き合い長いんだっけ?」
「ああ。長いと言っても敗走の途中で知り合ったくらいだがな。仲間が逃げる時間稼ぎの為に、なんでも良いから飛ばしてくれと泣きつかれて、有り合わせの機体を整備してやったことがある。普段は自分の靴紐が解けてんのにも気づかねえような奴が、なにを言ってやがると思ったもんだが…」
その情景は、容易く想像できた。
いつものぽやぽやした顔で、抑揚のない声で、それでも彼は真っ直ぐ頼み込んだのだろう。
「…ふふっ」
思わず笑ってしまった。
あぁ、彼はずっと
「外面と中身が見合ってねぇのさ。あれで結構火が付きやすい」
「うん。知ってる。よ〜〜〜〜く、知ってる」
「はは、そうか、分かるか」
ジェンキンズはそう言って、フォークを探して食器棚の前をうろうろしているレイに目を向けた。
その横顔には、呆れと同じくらいの親しみが滲んでいた。
「ま、地上じゃ誰かが見ててやらねえと危なっかしい男だ」
「……だね。ほんと、私がしっかりしてあげないと」
口にしてから、少しだけ不思議な気分になる。
相手は自分より年上で、階級も上の隊長だ。何より、命を預けて飛べるほどの凄腕パイロットでもある。
それに見合った威厳というものが、得意げな顔でフォークをブンブンと振る彼には欠片も見えなかった。
ふと、ジェンキンズがにやりと笑った。
「ははっ。まるでダメ兄貴を持った出来の良い妹だな」
「なんだ、俺がお兄ちゃんっぽいって?」
「「それはない」」
綺麗に被った2人の声にガックリと肩を落とし、レイが缶詰をつつき始める。
いつもより気持ち小さな、しょんもりとしたその姿を眺めながらターシャは思う。
空では、レイが自分達を守ってくれる。
縦横無尽に空を駆けるように見えているが、その実彼は常に編隊全員の挙動を確認している。翼という虚像ではない、レイという1人の人間が自分達を守るように飛んでくれている。まだ付き合いの浅いターシャでも、はっきりとそう分かるようになってきた。
空の上では、彼の大きさを痛いほど感じる。
なら、せめて地上にいる間くらいは、自分がこの人の面倒を見てあげても良い。
(……うん。それがいい。)
そんなふうに一人で納得していると、目の前のレイがまた「いてっ」と小さく声を上げた。
「レイ?」
「……舌噛んだ」
「もぉー…」
呆れた声が出る。
けれど、どうしてだろう。
(んー…まぁ、悪くないかなぁ…)
むしろ、この人に呆れさせられる日々が、案外気に入っている自分がいる。
(ほんと、しょうがないお兄ちゃんなんだから)
ターシャはもう一度、水の入ったコップを彼の方へ押しやった。
その隣で、ジェンキンズがまた愉快そうに笑っていた。