プロローグ
幼い頃から刀を振るのが好きだった。
別に祖父が剣術道場の師範だったからだとか、祖先が戦国時代の凄腕の武士だっからとかでは無く、あの魅入られるような日本刀を振るう剣士の姿に憧れたからだ。
それは
この俺、〝
凄腕の剣術家であった両親の間に生まれ、物心ついた時から両親と共に刀を振り続けてきた。
そして10歳の頃に両親から俺には許嫁が居ると言われ、その許嫁だという少女と出会いを果たした。
彼女の名は〝
〝
雫は天才的な神術の使い手で幼い頃から妖魔の討伐や怪我や病の治療、結界の張り方、そして星詠み等のイロハを叩き込まれ育った。
俺もまた都牟刈御影流の剣士として妖魔との戦い方等も教わってきた。
いつしか俺と雫は共に大人達に同行して妖魔の討伐を行うようになり、それを繰り返す度に段々とお互いの仲が深まってきていた。
そんなある日の事、いつものように雫とお茶を飲んでいると不意に街の警鐘が鳴り始め、屋敷の外から何人かの大人達が騒ぐ声が聞こえてきた。
「鬼だ!鬼が現れたぞ!」
〝鬼〟……それは前世の日本ではお馴染みの頭に角を生やした人型の妖怪などでは無く、妖魔に成り果ててしまった人間の事を指す言葉であった。
鬼については術師がこれに成りやすく、力の弱い術師が強大な力を求めようとして鬼に成り果ててしまうらしい。
故に術師に生まれた者達は幼い頃より力を強くする事よりも先ずは今持てる力の制御が出来るように訓練を受けるのだと、前に雫からそう教えて貰っていたのを思い出す。
ともかくまだ子供である俺達では鬼の対処は難しく、よって俺と雫は鬼に見つからぬよう屋敷の奥に匿われる事となった。
「これより我らが交代で結界を維持しまする。叢正殿とおひい様は中で息を潜めていて下され」
熟練の術師からそう言われ、俺と雫は結界が張られた部屋の中で大人しく待機する。
とは言ってももしもの事があるので俺は雫を守るようにして、彼女の前で刀を手に何時でも抜けるよう構えを取った。
結界によるものか部屋の外の音は何も聞こえず、ただただ静寂だけが室内に流れる。
常に緊張した状態だからか徐々に疲労を感じ始めてきていたが、俺の背に隠れる雫の俺の服を掴む手に力が入っているのを感じ、俺は根性でその状態を保ち続けた。
それからどれ程の時間が経ったのか分からないが、どうにも外の様子が気になるので俺は雫に物陰に隠れているよう伝え、物音を立てぬように静かに部屋の扉を開けた。
そして扉越しに廊下の様子を伺って見たのだが、廊下には術師の姿は一人もおらず、不気味な程静まり返っていた。
そして俺は廊下に出ると、物陰から不安そうにこちらを見ていた雫に笑みを向けてからそっとその扉を閉じる。
出来るだけ気配を押し殺しながら廊下を進んでゆくと、足の裏にヌルリとした感触があり、僅かに生暖かいそれに触れて臭いを嗅いでみると、妙に鉄臭かった。
まさかと思い僅かに明るいところで照らしてみると、俺の指にはべっとりと血が付着していた。
「〜〜〜〜っ!」
思わず声を上げそうになるも何とかそれを堪え、俺は指に付着した血を服で拭い取る。
そして暗がりに慣れ始めた目で見渡してみると、廊下には肉片らしきものが散らばっていた。
「……っ!」
もしかしなくてもこれは鬼の仕業に違いないと直ぐに理解した。
つまり今、この屋敷の中に鬼がいる可能性が高く、俺の緊張感は最高潮にまで達していた。
心臓が警鐘のように鳴り始めているのを感じながら俺は周囲を警戒し、そして刀を握る手に力が入る。
そんな時だった────
「キャアァァァァァァァァァ!!!!」
「雫?!くそっ────!」
耳を劈くような雫の悲鳴が聞こえ、俺は直ぐに踵を返して部屋へと全力疾走する。
そして元いた部屋へと辿り着くと部屋の扉は破壊されており、そこから中を見ると今まさに鬼が雫を襲おうとしていた所であった。
雫は恐怖で動けないのかガタガタと震えながら鬼を見上げて震えていた。
そんな雫に鬼がゆっくりとその手を伸ばそうとしていたのを見て、俺の身体は弾かれるように動いていた。
「テメェ、雫に何しようとしてんだ!」
刀を抜いて背後から鬼に斬りかかるが、まるで鉄の塊を斬ったかのような鈍い感触が俺の手に伝わる。
「硬ぇ……!」
その硬さのあまり手が痺れてしまい、その隙を突かれ俺は鬼に殴り飛ばされた。
「がっ……!」
「叢正さん!」
勢いよく壁に叩き付けられた俺はズルズルとその場に崩れ落ちる。
まるで呼吸が止まったかのように息苦しくなり、それでも何とか息をしようとするも俺の口から出たのは息ではなく血であった。
「ガふッ……ゴホッ……」
ダメージが相当デカかったのか思うように身体が動かせず、そんな俺に鬼はゆっくりとその手をかざし、次の瞬間には俺は眩い程の光に包まれたのであった。
(あぁ……死んだなこりゃ……すまん……雫……)
そう覚悟を決めて目を閉じるも、俺の身体に何か起こる様子は無い……不思議に思って目を開けてみると、俺は死んではおらず、されど俺の背後にあった壁は大きく崩れ落ちていた。
「「「……???」」」
何が起きたのか分からず、俺はもちろん雫や鬼でさえも首を傾げてしまっていた。
ともかく何故か無事であったと分かった俺は雫を守る為に気力を奮い立たせてその場にフラつきながらも立ち上がり、そして刀を構える。
「バカナ……ナゼ……ナゼオレノジュツガキカナイ……?」
そう困惑する鬼に対し俺はゆっくりと構えを取った。
刀を右手一本で持ち、それを担ぐような体勢でしっかりと腰を落とす。
そして残っている力全てを蹴り出す足と刀を持つ右腕に込め、俺は鬼へと向かって飛び出した。
「都牟刈御影流────」
そして射程範囲内まで距離を詰めた俺は低い耐性のまま、そして勢いのままにその刀を鬼の身体へと向けて真上から振り下ろした。
「────
俺のあまりの速さに反応出来なかったのか、刀を額で受けることになった鬼……されど鬼の硬さに刀は止まるも、俺は渾身の力を全てその右腕に込め続け、力任せに振り下ろした。
そして────
「おぉぉおぉぉぉぉ!!!!くたばれェェェェェ!!!!」
「ガッ────」
俺の刀が鬼の額にめり込み始めたのを皮切りに、その刀身が徐々に深く入り始め、そして鬼の身体はその一刀の元に縦に真っ二つに両断された。
「アリエ……ナイ……」
最後にそう口にした鬼は真っ二つとなったその身体が左右それぞれに倒れ二度と動くことは無かった。
それを見た俺もまた刀を手にしたままその場に両膝から崩れ落ち、意識が薄れゆく中、雫がこちらに駆け寄ってくる光景を最後に暗転したのであった。
◇
天政25年……ヤマトは穢土城の城下町にて突如として現れた鬼は、手当り次第の破壊活動の末に都牟刈御影流道場内にて一人の少年によって打ち倒された。
しかしその少年もまた瀕死の重傷を負い、大人達が駆け付けた時には命の危機に瀕していた状態で、傍らにいた少女が必死に術で治療を試みていた所であった。
しかし不思議なことに少女の術は少年には効いておらず、それは熟練の術師による術でも同様であった。
少年は急いで治療院に運び込まれ、医師達による長時間にも渡る手術の末に辛くも一命を取り留める事に成功した。
その後の調べにより今回鬼と成り果てたものはかつて穢土城に勤務していた術師の一人であり、前々からその問題行動を指摘されていた者であったと判明した。
ある日を境に城に姿を見せることが無くなり、政府はその男を解雇する事に決定したのだが、今回鬼に成り果てた事で男が使用していた長屋に調査が入った。
すると長屋から〝禁術〟とされる書物の数々が見つかり、政府はこれら全てを押収した後に二度と他者の手に渡らぬよう焼き捨てたという。
そしてそれから数日後に少年……御影叢正は奇跡的に目を覚まし、それからの容態は驚く程に快復して行ったという。
政府は叢正の今回の功績を称え、彼に一振の刀を褒美として贈与……その刀はかつてこの国で最初に現れた鬼を打ち倒したとされる神業物の刀で、〝神刀〟とさえ称された一振であった。
その名も〝宵一文字影清〟……名工と謳われし〝初代影清〟と呼ばれた諏訪影清作の名刀であった。
そしてそれから5年後……叢正は15歳となり、将来は天下に名を轟かすと云われる程の剣士へと成長していた。
これはそんな叢正が許嫁である月代雫と共に修行の為に異国へと旅立ち、そしてそこで一人の天才と出会う事になる物語である。