俺の名は〝カガリ=ディオストーチ〟……英雄をご先祖様に持つ15歳の少年で、そしてこれは俺以外にもう一人しか知らな事だが、この世界とは違う世界の記憶を持つ〝転生者〟だ。
前世での俺は日本の自衛隊所属の自衛官だった。
その前世での死因は覚えていないが、気付いた時にはこの世界に転生していた。
その前世の記憶が蘇ったのは五歳の頃……この世界においての実の父親から刺され、生死の境を彷徨った後だった。
その後爺さんに引き取られ俺は生まれた地であるダーム王国からイース神聖国へと移り住んだ。
そこで自身の力に悩むセラ=フォン=セイレムと出会い、交流を経て婚約者となった。
そして現在……爺さんと、教皇猊下であるエカテリーナ=フォン=プロイセンの勧めでアールスハイド王国へと訪れている。
その目的はアールスハイド高等魔法学院への留学……。
なんでも爺さん曰くこの国にかつて〝魔人〟という、人間が魔物化した存在を倒した英雄……その人物の孫がいるらしい。
そして〝賢者の孫〟とやらが入学したその年に新たな魔人が学院の敷地内に出現……その魔人はその賢者の孫によって討伐された。
まぁそんな凄い奴がいるって事と見聞を広めるのに丁度良いって事で遥々この国に来たというわけだ。
ちなみに今は爺さんが俺達の為に買った、王都内の家へと向かっているのだが、辿り着いた家はなかなかの大きさであった。
確かに貴族家の屋敷に比べれば小さい家だが、一般家庭……つまり平民の家に比べれば大きいその家は、俺とセラ、そして護衛騎士のポールさんやお世話係として共に来た神子の〝ジゼル=ローリエ〟、ディオストーチ家執事の〝ランドリオ=バトラー〟、そしてディオストーチ家メイドの〝メアリー=フォレスト〟の六人でも少し広いんじゃないかと思う程であった。
「流石に少し広いんじゃね?」
「私もそう思う」
「いえいえ、三人でも十分手が行き届く広さですから、心配せずとも大丈夫ですよ」
そうして中へと入った俺達……先ずは中の確認作業から行い、何処にどんな部屋があるのか、その間取りを確かめて回った。
「ここはリビングか……その隣がキッチンになるのか?」
「カガリの家のと比べると小さいけど、でも専用の魔道具がちゃんと揃ってるね」
「この部屋は……うぉ、色んな本が所狭しと棚に並べられてる?!」
「そちらは若様とお嬢様の入学祝いにと、旦那様が取り揃えたものです」
「全ての本棚が埋められてる訳ではないな……つまり新しく買った本も置けるって事か」
「カガリも私も、本を読むの好きだから直ぐに埋まっちゃうかもね」
「ここは風呂か……広い浴槽だな」
「足を伸ばせるからゆったりと入れそう」
「ここが……────っ!!」
二階にある一室のドアを開けた俺……しかし目に飛び込んできた光景に思わずそのドアを勢いよく閉めてしまった。
そんな俺の姿にセラが訝しげな表情をする。
「どうしたの?中に何かあるの?」
「いや……見ない方が良い。もし見るならしっかりと覚悟しておけ」
「……?いったいぜんたい何がどう……〜〜〜〜〜!////」
セラは訝しげな表情で部屋のドアを開ける……そしてその中に二人並んで寝れるくらいの大きさのベッドが置かれているのを見て、途端に顔を真っ赤にして固まってしまった。
「あ、そちらは若様とお嬢様のお二人の寝室になりますね」
ジゼルがあっけらかんにそう言った。
うん……わざわざ説明されなくてもそうだろうとは思ったよ。
とりあえずこの部屋については他に確認する事は無いだろう……俺は未だに固まっているセラの身体を押しながら、次の部屋へと向かった。
そして一通り家の中を見て回った俺とセラはリビングにてメイドのメアリーが淹れてくれたお茶を飲みながら休憩を取っていた。
「いやぁ、ポールさん達の部屋も決まった事だし、あとは魔法学院入りするだけだなぁ」
「そうだね……とは言っても、何か試験とかあるのかな?」
「それにつきましては今からご説明させて頂きます」
執事のランドリオがそう言いながら俺達の前へと現れる。
「明日にアールスハイド高等魔法学院にてお二人には試験を受けて頂きます。まぁ試験と言っても実力を確認する為のものですから、あまり気負わずとも宜しいかと。その試験の結果でどのクラスに振り分けられるか決まるそうです」
「つまり結果次第では俺とセラが別々になる可能性もあるって事か?」
「そうなるでしょうが、私共としてはお二人共に無事にSクラスになれるかと」
そうは言ってもアールスハイド高等魔法学院のSクラスに入る者はかなり優秀な者達だというのはこの俺でも分かる。
しかも調べた限りでは定員はたったの10名……入学試験上位10名しかSクラスへは入る事が出来ない。
アールスハイド高等魔法学院への入学を希望している者達も結構な数いるだろうし、そこから入学を果たした者達は40名……そこからまた更に10名とくれば、どれだけ競争率が高く、どれだけ難関で狭き門なのかが分かる。
なのでいくらランドリオからそう言われたとしても全く油断は出来ないのだ。
なので俺が持ってきた参考書を開いていると、ランドリオはおろかセラでさえも呆れた様子で俺を見ていた。
「……なに?」
「いえ……カガリは普段の様子からは想像出来ないほど慎重派なんだなって」
「お嬢様……そうお気を遣わずに、はっきりと〝神経質だ〟と、そう仰っても構いませんのですよ?」
「え?俺って神経質なのか?」
「あ、あはは……まぁ……気にし過ぎなんじゃないかなって?」
「ま、マジか……」
先の事を考え、万全を期す為にその準備を常日頃から怠らずに整えるのは普通な事だと思っていたのだが、どうやら前世で自衛官だった時の経験が影響しているようだ。
「でも、それもカガリの良い所だと、私はそう思ってもいるよ?」
「確かに……昔はよく〝あの時に若の言うことを聞いていれば〟と、そう後悔していた事が多々ありましたなぁ」
「二階の手摺りに違和感があるって言ったのに聞き入れず、結果マリサが危うく転落しそうになってた時があったもんな」
「えっ、そうなの?!」
昔はよく〝気にし過ぎです〟と言われまともに取り合ってくれなかった事がよくあった……その結果良くない事が起こったりしていたのだが、その中でもヒヤリとしたのがランドリオの妻でディオストーチ家メイド長のマリサの転落未遂事故だった。
二階の手摺りの軋む音に違和感を感じた俺はランドリオに確認して整備するようお願いした事がある。
しかしランドリオは自身でそれを軽く確認した程度で〝この程度ならば、それ程気にする必要は御座いません〟と言って放置した。
その結果、翌日にマリサがその手摺の掃除を行っていた際、その手摺が壊れマリサはそのまま一階へと転落しそうになった。
その時にたまたま居合わせた俺が魔法で転落しそうになっていたマリサの身体を後方へと押し込んだ事で事なきを得た。
これがきっかけでその後使用人達は俺の忠告を聞くようになっていったのだが、あの時に俺が居合わせて無かったら今頃マリサは大怪我を負っていたところだろう。
怪我くらいならまだしも、運が悪けりゃ自力で動けなくなる後遺症が残ったり、最悪そのまま死んでいたかもしれない。
「そういえば……その後ランドリオはマリサから滅茶苦茶説教されてたよな?」
「うぐっ……若、そのような事は思い出しても口にしなくても良いのです」
「あの時に素直に聞き入れて整備しときゃ良かった話だろ?」
「返す言葉も御座いません……」
「まぁまぁ、ともかく確かにカガリには気にし過ぎな所があるかもしれないけれど、でもそれで悪い結果を未然に防げるなら、それに越したことはないんじゃないかな?」
セラがそのようにフォローを入れてくれる。
そしてセラのそのフォローを聞いたランドリオは〝確かにそうですな〟と言って、微笑ましそうな視線をこちらに向けてから業務へと戻って行った。
まぁそれよりも……。
「お前はなんで俺の膝の上に移動してんだ?」
「え?私も一緒に勉強しよっかなって」
いつの間にか俺の隣にあったソファーから俺の膝の上へと移動したセラに俺がそう問いかけると、彼女はさも〝何故そんな当たり前なことを?〟と問うような表情でそう答えた。
まぁ愛してるし可愛いから別に良いんだけど。
そんな愛しい婚約者であるセラのマスクを外し、その唇に自身の唇を軽く重ねてやるとセラは途端に嬉しそうな表情をして、その頭をすりすりと俺の身体に寄せてくる。
こうして甘えてくるのも彼女の愛情表現の一つで、そして愛する者からこのような愛情表現を受けて嫌な気分になる男など一人もいやしないだろう。
我ながら本当に婚約者には甘いな。
「ぐっ……甘々なのは若のお嬢様に対する行為では無く、お二人の放つ雰囲気です……」
後ろでジゼルが何やら震えながらそう言っているのだが……お前は仕事の最中ではなかったのか?
またサボってるとランドリオやメアリーからお小言を食らうぞ?
ちなみにこの家でのそれぞれの部屋割りについては、ポール、ランドリオ、メアリーが一階、そして俺、セラ、ジゼルが二階の各部屋を使っている。
ポールは一階の比較的玄関に一番近い部屋で、これは何者かが侵入してきた際に直ぐに外に出れるようにする為である。
それと同じ理由でランドリオは裏手のドアの近くの部屋を使い、メアリーは台所に近い部屋を使用している。
俺とセラは同じ寝室であり、ジゼルはそこから少し離れた部屋を使っていた。
ジゼルは元々大聖堂でセラの世話係をしていたし、俺が誕生日に贈った魔道具のお陰でセラが普通に会話出来るようになってからは、より一層その役目に専念するようになったらしいからな。
だから直ぐに駆けつけられるようその部屋を使うことにしたのであった。
ちなみに〝それなら隣の方が良いんじゃないか?〟と訊ねてみたところ、〝夜の営みの声が聞こえてくるのはちょっと……〟とそう返してきた。
流石に結婚前に身体を重ねる事なんてしねぇよ!
いや、しないはずだ……うん……寝室が一緒だと分かった際にセラが何やら〝これはそういう事?〟だとか〝今のうちにその手の事も勉強しといた方が良いかな?〟だとか小声でそうぶつぶつ言っていたが、多分大丈夫なはずだ。
とはいえ決まってしまったものは仕方が無いので、その間にある部屋は俺の個人的な部屋として活用させて貰うと事にしよう。
「そういえば……」
「ん?」
「実技はどうしようかな?」
「どうしようかなってのは?」
「ほら、私って声……〝言霊〟を使うでしょ?だから実技の時は普通の魔法の方がやっぱり良いのかなぁって」
〝言霊〟というのはセラの力に対する名称だ。
せっかくならば名称を付けた方が愛着が湧くだろうし、名前が無いよりかは馴染みやすいという事で二人で考えた末に付けた名前だ。
まぁ、前世での〝言葉には力が宿る〟なんて事を思い出して、ついポロッとその単語を口にしてしまい、セラがその響きを気に入った事で決まったようなものではあったが……。
しかしセラの言う通り実技の際にその事の説明を踏まえた上で使用したとしても、あまりパッとしないとは思う。
であればやはり普通の……他の魔法を使用した方が良いのかと思うのは当たり前の事で、しかしだからと言ってその事で不安を抱くのは〝セラの杞憂である〟と言う他無い。
「まぁ大丈夫だろ」
「そう?」
「だってセラは昔から俺と一緒に魔法の練習してただろ?だから他の魔法を使ったとしても、悪い結果にはならねぇよ」
「う〜ん……でも、やっぱり少し不安に思っちゃうなぁ」
「なら当日は思いっきりやってみれば良いんじゃないか?」
「思いっきり?」
俺の言葉にセラがコテンと小首を傾げる。
可愛い……。
「いや、結果がどうであれ、思いっきりやるのとそうでないのとで気持ちには大きな違いが出るだろ?思いっきりやってみて、良い結果だったら凄く嬉しいし、そうでなくて悪い結果だったら凄く後悔することになるだろ?なら思いっきりやった方が良いってわけさ」
「なるほどね。でもカガリはやり過ぎたら駄目だよ?」
「流石にンな事しねぇよ。それに実技の時は爆発魔法だけはやめといた方が良さそうだな」
「どうして?」
「実技の場所が屋内であれ屋外であれ、下手すりゃ危険極まりないからな。爆風の影響で物が飛んで、それが他に人に当たったらなんて事があれば一大事だからな」
「そう言われると確かに……それじゃあ氷の魔法とかにしとこうかな。カガリは?」
「俺は……いつも使ってるやつにしとこうかな?」
「あぁ〝アレ〟ね?確かに自分の得意な魔法の方が制御し易いもんね」
「まぁ何はともあれ、実技に関しては二人共問題ねぇだろうから、今は学術の方を優先しようぜ?どうせやるなら高得点取りてぇしな」
「私はともかくカガリはそっちの方も問題ないとは思うけど……」
「だとしても、こうして参考書開くだけでも意味はあるさ。知識ってもんはどれだけ身に付けても困らんからな」
そうして俺とセラは共に勉強を再開した。
俺達の実力が確かめられるのは明日……それまで時間が許す限り俺達は勉強に励むのであった。