アールスハイド王国王都にある新居へと引っ越したカガリとセラ……その翌朝、まだ日が登り始めた時間にカガリは静かに目を覚ました。
(時間か……そろそろ準備して────ん?)
日課である朝の鍛錬の時間が来た事でカガリが身体を起こそうとすると、自身の腕に違和感を感じカガリはそちらへと視線を向ける。
すると折り曲げていた腕の上には隣で未だスヤスヤと眠るセラの頭が乗せられており、カガリが腕を抜こうと僅かに動けばセラは〝ふにゅ……〟という可愛らしい声を上げ、それを見てカガリは思わず表情が緩む。
(相変わらず可愛いなぁ……)
その姿についつい朝の鍛錬を中止してしまおうかと考えてしまうカガリであったが、やらなかったらやらなかったで、それはそれで調子が狂うと思い、後ろ髪を引かれる思いでそっとその腕を抜いた。
そして物音でセラを起こさないよう慎重に着替えたあと、同じように静かにドアを開閉し寝室から出る。
そして玄関のドアを潜ると、そこには既に素振りをしているポールの姿があった。
ポールはカガリに気付くと、その手を止めて彼に挨拶をした。
「おはようございます若。今日もお早いですね?」
「日課だからね……やらねぇとどうにも調子が出なくて」
「あ〜分かります。普段行っている事が出来ないと、何故か調子が上がりませんよね?」
カガリはポールに〝だよな〟と返すと、その場でストレッチをしてから逆立ちをして、そして片腕でそのまま腕立てを開始する。
バランスの取れた非常に綺麗な体勢で腕立てをするカガリに、ポールは思わず素振りを忘れて感心してしまう。
「相変わらず綺麗な動きですな。私が所属していた騎士団の者達でも、それが出来る者がいるかどうか……」
「体幹を鍛えてやれば誰でも出来るようになるって。それに体幹を鍛えることで身体のバランスが整い、それによってどんな体勢でも武器が振れるしな」
「確かに……」
「あとはストレッチで柔軟な身体を作るのも大事だ。身体が柔らかけりゃ、怪我をする確率も下がるし」
「そういえば若は昔から柔軟な身体でしたな?それに何処かを痛めたりといった事もありませんでしたし」
「肩こりや腰痛対策にもなるぞ?」
「肩こりはともかく腰痛対策というのはありがたいですな。剣は重いものですから、無茶な動きをして腰を痛める者がよく居たほどですから」
ポールがセラの護衛騎士となり、そしてそのセラがカガリの婚約者となった事で共にディオストーチ家に世話になるようになってから、カガリとポールは毎朝共に鍛錬をしながらこのような会話をしていた。
前世での知識があるカガリの話にポールは毎度非常に感心しており、それによって学ぶ事が多くポールとしてはカガリのこのような話は非常にありがたいものであった。
そして二人は共に朝の鍛錬をするにつれて最後に軽く手合わせを行うのも日課となっていた。
「それではやりますか若?」
「おう、こっちは準備万端だしな」
「まぁ今日は大切な用事がありますから、いつもよりも軽めにしますかね?」
「そうだな。まぁ興が乗り過ぎないよう気を付けようぜ?」
そうしてカガリは〝篝火の神杖〟を出すと、それを槍に変えて構えを取る。
それに対するようにポールもまた剣を構えた。
二人に合図を出す者はいない……そして二人はどちらが先にでは無く、揃って同時に飛び出したのであった。
そんなカガリとポールが手合わせを開始した頃、セラはベッドの中でそっと目を覚ました。
そして隣にあったはずの温もりが無くなっている事に気が付くと、身体を起こし伸びをしながら大きく欠伸をした。
「ふわぁ〜ぁ……」
昨夜は隣で寝ていたはずのカガリの姿が無いという事は、今頃外で朝の鍛錬を行っているのだろうとセラはそう推測した。
そしてそれを裏付けるように外からは金属が激しくぶつかり合う音が聞こえてくる。
そしてセラが部屋の窓からそちらを見下ろすと、そこには激しくぶつかり合うカガリとポールの姿があった。
そんな二人を窓から見下ろしながらセラは呆れたように呟く。
「まったくもぅ……今日は大事な用があるっていうのに、手合わせを始めると途端にその事が頭から抜けちゃうんだから……」
どれだけ事前に〝軽めに〟と決めたとしても、いざ始めてしまうと途端にその事を忘れてしまうカガリに、セラは呆れつつも〝そこも含めて好きなんだけど〟と思わず口角が上がってしまう。
そして窓から離れたセラは、その特徴的なホワイトブロンドの長い髪を掻き分けると、アンティークのコンソールテーブルの上に置かれたマスクを手に取り、それを装着した。
そのタイミングで部屋のドアがノックされ、外から世話係の神子であるジゼルの声が聞こえてきた。
「お嬢様、失礼します」
「どうぞ」
入室を許すと部屋のドアが開き、ジゼルが一礼してから中へと入ってくる。
「おはようございますお嬢様。今日もまたお早いお目覚めですね」
「慣れちゃったから。それに今日に至ってはチェックしておきたいこともあるから」
そうしてセラは洗面等を済ませてから、書斎へと赴きそこで試験前の最終チェックを行う。
これまでの魔法理論を纏めた論文や魔法に関する知識を纏めた文書などに目を通すセラ……その際に眼鏡をかけていたセラはその非常に整った端正な顔立ちも相まってかなり知的な女性に見えた。
そんなセラが一息つく為に顔を上げると、いつの間に戻ってきていたのかそこには本を取る為の台座の上で本を読むカガリの姿があった。
その事にセラは思わず目を見開く。
「いつの間に戻ってきてたの?」
「ついさっきだよ。声をかけようとはしたけど、あまりにも集中してたもんで邪魔するのも悪いと思ってな」
「だからってそんな台座の上でだなんて……」
「座れりゃ別に構いやしねぇからな……と、メアリーがそろそろ朝食が出来るから降りてきてくれだってさ」
「……一応聞くけど、いつの話?」
「まだ一分も前だよ。五分くらい経っても終わらないようなら声をかけようと思ってたさ」
「そうだったのね。それじゃあ下に降りようかな」
「おっけー」
カガリはそう言うと開いていた本を閉じて、それを棚へと戻した────手を使わず浮遊させて。
それを見ていたセラは素直に感心する。
「いつ見ても器用よね?」
「まぁ、使えるようになりゃ何かと便利だからな。まぁつっても流石に重いもんや人を浮かす事はまだ出来ねぇけどな」
「〝まだ〟って言うことは、いつかは浮かせるようにするつもり?」
「そりゃあ……まぁ……ねぇ?」
「もし仮にそれが出来たとして……どこでどう使うのかしら?」
「大怪我を負った奴を運ぶ時とか?ほら、振動や衝撃を与えちゃならん時とか、これならその心配もねぇし」
カガリはその言葉の後に〝それに〟と付け加えた後、ニッコリと笑ってこう言った。
「自分を浮かす事が出来るようになったら、セラを抱き上げて空中散歩とかさ……それってすげぇロマンじゃね?」
「……………………クスッ、それは1回やってみたいかも?」
カガリが話した光景を思い浮かべ、セラはクスリと笑ってそう話した。
ちなみに二人がそんな会話をしていた横……開け放たれたドアの影では二人を呼びに来ていたメアリーが口元を抑えプルプルと震わせながら……。
(
などと思っていたのはここだけの話である。
別に何気ない会話でしか無いのにそう思っている辺り、この家の使用人達は総じて二人の事が大好きであった。
そんな使用人達に見送られながら、カガリとセラはポールと共にアールスハイド高等魔法学院へと向かう……そして待っていた本日の試験官を担当する教師と共に校内の一室へと入った。
「それでは合図と共に始めてください。時間までに全て解き終えた際は問題用紙と閉じ、答案用紙を裏にした状態にし、両手を膝の上に置いて下さい。それでは……始め!」
その合図と共に二人は同時に解答へと取り掛かり、そしてカガリは一足先に解き終え、それを追うようにセラも解き終えるのであった。