突然現れた鬼を命懸けで倒してから5年の月日が経った。
あの後俺は治療院に運び込まれ、何とか一命を取り留める事が出来たらしく、俺が目を覚ましたのはそれから数日後の事であった。
目を覚ました時、俺の許嫁である雫が泣きじゃくりながら抱きついて離れないなんて事もあったが、それも命を取り留められたからこその思い出だろう。
それから快復した俺はより一層鍛錬に打ち込むようになり、雫もまたあの日の事で思うことがあったのか、それまで以上に稽古に打ち込むようになったらしい。
とはいえお互いに交流する事は続けており、しかしあの日の事が軽くトラウマなのか雫は俺に会う度に腕に抱きついて離れなくなった。
まぁ流石に風呂やトイレの時はちゃんと離れてくれるけども。
そんなこんなで15歳となった今では俺は穢土では負け無しの剣士へと成長した訳だが、しかし慢心も傲慢もする事は無かった。
そのどちらも剣の腕を鈍らせるだけしか無いからな。
そして雫については昔から可愛い容姿であったが、15歳になってからは誰もが目を引くような美人に成長していた。
普段は凛とした態度で前世で言うところの〝高嶺の花〟のような雰囲気……されど俺を前にすると思わず顔が綻んでしまうような可愛らしい一面を見せてくれる。
文句のひとつも無い程の素晴らしい俺の自慢の許嫁である。
そんなある日のこと、俺がいつものように庭で素振りをしていると不意に親父に呼び出され、道場の中へと入る。
いったい何事かと思ったが親父が暫く待てと言うので待っていると、何故か雫と雫の父親が道場に姿を現した。
そして親父と雫の父親、俺と雫とでそれぞれ並びながら対面すると、親父と雫の父親は一旦互いに顔を見合せ頷き合ってから俺達に向かってこんな事を言い始めた。
「叢正、そして雫殿……二人共異国へと行ってみぬか?」
「異国?」
突然の親父からのそのような提案に俺と雫は互いに顔を見合せ揃って首を傾げる。
「どういう事だよ親父?」
「それは私から説明させて頂こう」
どういう事なのかと親父に問いかけると、その隣に座っていた雫の父親が代わりにそう答えた。
「叢正君、君はつい最近この国に大陸から来た〝神父〟なる人物の事を知っておられるか?」
「あぁ……確か〝創神教〟とか言う宗教の……ですよね?うちの国の神道とは教えが違くて、神主達があまり良い顔をしていないってもっぱらの噂でしたよ」
「うむ。実はその神父は術師でもあったらしくてね。それで術師繋がりという事で一度その方と私が話をした事があるんだよ。その際に少し興味深い話を聞いてね」
「興味深い話……ですか」
雫の父親曰く、その神父とやらが来た大陸では〝魔物〟という存在が蔓延っており、その中でかつて〝魔人〟という存在が現れ〝アールスハイド王国〟という大きな国が壊滅一歩手前まで追い込まれた事があったのだそうだ。
「この〝魔人〟という存在と我が国に現れた〝鬼〟には通ずるものがあると私は判断してね。まぁどちらも現れるのは非常に珍しいものではあるのだけれどね」
「その話と今回の話について何か関係が?」
「うん……叢正君は若くして既にこの穢土において名のある剣士となった。雫もまた術師としてその才を遺憾無く発揮している。そこで私と
「
〝邦正〟は俺の親父、そして〝清玄〟は雫の父親……二人は俺達の更なる成長の為に、そのきっかけとして異国へと向かう事を提案してくれたらしい。
「不安に思わずとも良い。その神父とやらの話ではアールスハイド王国とやらは非常に良き国らしい。向こうにとって異国である我が国から来たお前達のことも快く迎え入れてくれるだろう」
「いや、別にそこに不安は感じてねぇんだけどよ……それよりも会話が出来るかどうかが不安だよな?」
「そうやねぇ……うちら、異国の言葉なんて何一つ知りませんし」
雫とそう話していると清玄さんが微笑みながらこう言った。
「そうだと思ってちゃんと先生を用意してある。入ってきてくれ」
清玄さんが手を鳴らしそう呼びかけると、俺達の背後から一人の男性が姿を現した。
「こちらが話にあった神父殿だ」
「イース神聖国から来まシタ、ポール=コンスタンティンと申しマス」
若干カタコトなヤマト語を話すポールという男性……そのポールさんはニッコリと笑みを浮かべると、深々と俺達にお辞儀をした。
「今回、クニマササンとセイゲンサンから、お二人に大陸語を教えてやって欲しイと頼まれまシタ。お二人が良けレバ、大陸語教えマス」
「願ってもない事です」
「宜しゅうお願いします」
「それは二人共異国に行くという事で良いか?」
「せっかくの機会だしな」
「ええ、向こうの術師の方とも色々とお話がしたい思いますし」
「お二人、強い知ってマス。ですが、大陸にも強い人いっぱいいマス。賢者様や導師様、素晴らしい人デス」
ポールさんはそう言うと途端にその〝賢者様〟と〝導師様〟とやらの話を熱弁し始めた。
あまりにも熱のこもりように俺と雫は呆気に取られていたが、清玄さんが困った様子で止めに入ったのでポールさんは渋々ながら話を止める。
でもそれ程までにその二人が凄い人達だというのは理解出来た。
「それでは今日から教えマス」
そうして俺達は数日間、ポールさんから大陸語を教わり、その末にポールさんと普通に大陸語で会話出来るくらいにまでマスターしたのであった。
前世での学生時代の英語の授業を思い出したよ。
そうしてそれから準備を整えた俺達はポールさんと共に船に乗り、そこから唯一国交を結んでいたクワンロンへと出港……クワンロンに入国後はアールスハイド王国へと向けて旅立ったのだが、まさか広大な砂漠を抜ける羽目になるとは思わなかった。
しかしこうして大陸へと来なかったら経験することが無かったのだと思うと、これもまた貴重な思い出と思う。
その際に前文明とやらの遺跡があるとの事で軽く見て回ったのだが、驚くことにその遺跡は前世での街並みそのものであった。
なんでも大きな戦争があって滅びたそうなのだが……俺はその傷跡が生々しく残る建物を見て物思いに耽る。
「どうしたん、叢正さん?」
巨大な穴が空き、無惨に崩れ去った建物や、車であっただろう鉄の残骸を見ていた俺の様子を不思議に思った雫がそう声をかけてくる。
「いや……いつの時代も意味の無い戦ほど、虚しいものは無いなと思ってな」
「そうやねぇ……なんでこないな立派な建物を作るほどの技術を持っとったのに、そないなしょうもない事で滅んだんやろ……」
「それ程の技術を持っていたからだろうな。多分早過ぎたんだよ……その時代には」
「と言うと?」
「なまじこれ程のものを作り上げられる力を持っちまったばかりに、それに溺れた馬鹿共が暴走した結果こうして滅んだ。馬鹿に鋏を持たせたらどうなるかってのがよく分かる光景だ」
「随分と辛辣な事を仰りますな。まぁしかし、確かに上に立つ者が賢明であったならば、今頃はこの大陸において並び立つものが無いほどの大国として栄え続けていたでしょうな」
俺の言葉にポールさんがそう怪訝そうにするも、やはりポールさんとしてもこの光景には思う事があったようで、そのような自論を述べていた。
「まぁこれもまた一つの教訓として、今の国々はより良く行かなければなりませんな」
「そうですね」
ポールさんの言葉にそう相槌を打った俺は、その戦争の犠牲となった者達に向けて合掌し黙祷をした。
隣にいた雫もまた同じように合掌と黙祷を行い、ポールさんもまた胸に十字を刻んで祈りを捧げた。
その後ようやく砂漠を越えてエルス自由連合国へと辿り着いた俺達は、そこで消費した食料などを買い込んでいたのだが、まぁなんと言うかエルスの人々は揃いも揃って関西弁を話す人達ばかりで、雫に至っては服飾関係の店の店員さん達からあれこれ商品を勧められて困っていた。
仕方ないので俺は雫の側へと来ると、その肩を抱いて代わりに店員さんの相手をする。
「なんや兄ちゃん?その子の関係者かいな?」
「俺の許嫁です。なので余り困らせられると気が気では無いんですよ」
「なんやそうやったんかい!こりゃあお似合いの二人やで!どや、そんなお二人にピッタリなお揃いのアクセサリーがあるんやけど」
「へぇ……いったいどういうのがあるんだ?」
「やっぱり指輪やな。ペアリングっちゅーんやけど、主に兄ちゃん達のようなカップルがお互いにお揃いの指輪を付けるもんなんや。他の言い方では婚約指輪とか結婚指輪とか言うんやけどな」
「婚約指輪!」
おっと……婚約指輪という単語に雫が明らかに反応を示したな。
「なら……この黒い石と白い石の付いた指輪とか良いんじゃないか?」
「お目が高いな兄ちゃん!これは真珠と黒真珠が付けられた指輪でな?特に黒真珠は非常に珍しいんや。他所の国ではお互いを象徴する色を付け合うなんて風習がある所もあるんやで?」
「つ、つまり……私が叢正さんの髪色と同じ黒真珠の指輪を、そして叢正さんが私の髪色と同じ真珠の指輪を付ける……という事ですか?」
「そういう事や。どや、今なら金貨20枚の所を負けに負けて10枚でどうや!」
「それならうちの国では真珠はよく取れるし、黒真珠の養殖も盛んだからここで買わなくても良いな」
「なっ……なら8枚でどうや?」
「うちだと相場で6枚くらいか?」
「むむ……な、なら7枚!これ以上は負けられへん!」
「もう一声欲しいなぁ……店員さんは優しいからもう一声負けてくれるだろうなぁ」
「そない言われても無理なもんは無理や!」
「だって……残念だったな雫」
「そ、そんなぁ……」
明らさまにガッカリする雫……その目に僅かに涙が滲んでいるので、どうしても欲しかったのだろう。
しかしここは心を鬼にして諦めさせなければならない。
そんな雫は懇願するように俺へと顔を向けて涙を堪えており、そんな姿を見せつけられた店員さんは遂に折れたのか力無くこう言った。
「そ、そないな彼女さんの顔見せられたら折れるしかないやんけ……分かった……金貨5枚、いや4枚でええわ……」
「それじゃあ買おう」
心の中でガッツポーズをしながら俺は店員さんに金貨4枚を差し出し、代わりにペアリングを受け取る。
そして黒真珠の指輪を雫の左手の薬指に嵌めてやると、雫は嬉しそうにその指輪を光にかざしながら満面の笑みを浮かべていた。
「ありがとうございます店員さん♪︎」
「ええんやで……お客様のそんな笑顔を見れたのなら……」
そうして再度店員さんにお礼を述べた俺と雫はまた買い出しを再開し次の店へと向かった。
その最中も雫は自身の左手薬指にある指輪を見てニコニコとしていたのだが、不意に何かに気付くと俺へと顔を向けて訝しげな表情でこう言った。
「あれ?叢正さん、もしかしてうちを値切りの出汁にしたんとちゃいます?」
その言葉に俺はサッと顔を背けた。
そんな事は無いぞ……うん……決して雫の泣きそうな顔を見せてやれば根負けするだろうとか、そんな事は考えてなどいなかった……決してそんな事は考えてなかった。
「おや?どうしたんですお二人共?どうして雫さんは先程から叢正さんを睨んでおられるのです?」
合流したポールさんが不思議そうに首を傾げる。
その間も雫は終始俺の顔を睨んでいたのであった。