セラがカガリと共に人生で初となる外出をした日の翌朝────
イース神聖国の首都郊外にあるディオストーチ伯爵家別荘……現在はカガリが祖父であるカイゼルと共に住むこの屋敷の中にある応接室にて、現在カイゼルはカガリとと共に対面に座るイース神聖国の教皇エカテリーナとその隣に座るセラを前にして非常に緊張した面持ちでいた。
そしてカイゼルは緊張の余り乾いた喉に使用人が用意したお茶を一気に流し込んでから口を開いた。
「ははは、初めましてエカテリーナきょきょきょ教皇猊下……ほほほほ、本日はははお日柄ももももも良く……」
カイゼルはこれでもかと噛み倒しながら挨拶を始めるも、噛み倒し過ぎて最早何を言っているか分からない。
それに対し隣で聞いていたカガリは呆れながら祖父に向かってこう言った。
「爺さん緊張し過ぎだって」
「お前は!今目の前にいる方はこの国の教皇猊下であらせられるお方だぞ!この国やダームにおいては天上の人と言えるお方だ!そんなお方を前にして、なんでお前はそう平然としていられるのだ!」
思わずエカテリーナ達がいるのも忘れそう怒鳴り始めるカイゼルに、カガリは人差し指で両耳を抑えながら〝うるせぇ……〟と溢していた。
「まぁまぁ落ち着いて下さいなディオストーチ前伯爵」
「カイゼルと呼んで頂いて結構で御座います猊下。この身、既に貴族籍を抜けた身なれば、そのように呼ばれる資格などありはしませんですからな」
「それではそのように……カイゼル様、本日私共が訪問したのは、そちらのお孫さんであるカガリ君の事についてです」
その瞬間、カイゼルはカガリの頭を掴むと、勢いよくカガリの頭を下げさせながら自身もまた頭を下げた。
あまりの行動の速さにエカテリーナは勿論セラでさえも呆気にとられる。
「うちの孫が何か粗相をなさいましたか?!もしやそちらのお嬢さんに?!誠に……誠に申し訳御座いません!」
「いえいえ違いますから!ですから顔を上げて下さいな!」
「え?あ……ではいったいどのような件でうちに?」
この時のカイゼルは気付いていなかったが、彼が無理矢理頭を下げさせた際にカガリは勢い余って目の前のテーブルに額を打ち付けていた。
エカテリーナの言葉にカイゼルが顔を上げた為、その手から解放されたカガリは途端に両手で額を抑えながら悶絶し、その様子にセラが心配そうに〝大丈夫?〟と念話で声をかけていた。
そんな様子を見ながらエカテリーナは咳払いをすると、訪問した理由について話し始める。
「コホン……実は私の隣にいる子は、ある理由でイース大聖堂にて保護している子でして。今回、この子がそちらのお孫さんにとても仲良くさせて貰っていると知りましてね」
その言葉にカイゼルは横目でカガリを睨みつける。
「お前……ここ最近何かと理由付けては外へと遊びに出ていると思ったら、そんな事をしておったのか?」
「う、嘘は言ってなかったじゃん!〝友達のとこに遊びに行く〟って、そう伝えてたじゃん?!」
「まさかその友達とやらがやんごとなき娘さんだとは思わんだろうが!まったく……お前の生い立ちがあるから大目に見てやっていたが、少々甘やかし過ぎておったようだな」
「まぁまぁ……私としても嬉しい限りの事なので。この子……セラにはとある理由で、友人らしい友人は一人も作る事が出来ておりませんでしたから。なのでカガリ君の存在はこの子にとっても、そして私にとっても非常にありがたい存在なのですよ」
「はぁ……それならば良いのですが。して、その事と今回の訪問の件に何の関係があるのでしょうか?」
カイゼルがそう訊ねると、エカテリーナは待ってましたとばかりに隣に座っていたセラを抱き寄せ、そして彼女の首にかけられていたペンダントを指し示しながらこう言った。
「昨日はうちのセラを外へと遊びに連れてってくれまして……その際にこちらのペンダントをこの子にプレゼントしてくれまして♪︎」
「儂の……孫がですか?そちらの……お嬢さんに?」
カイゼルが確認するようにそう言いながらセラの首にかけられたペンダントへと視線を移す。
そしてそこに付けられた石を見て、そのままセラの髪を見る。
それを数回繰り返し見比べたカイゼルは見る見るうちにその目が大きく見開かれ、そしてその場であんぐりと大きく口を開けたまま固まってしまった。
カイゼルはカガリの父親である息子に後継を譲るまでディオストーチ伯爵家の当主であった。
故に貴族界の事をよく知っており、故にセラの髪色に似た石が付いたペンダントを彼女に贈るという行為の意味を直ぐに理解した。
そして動かなくなった祖父にカガリは訝しげな表情で声をかける。
「急に固まってどうした爺さん?もしかしてくたばった?」
「くたばっとらんわぁ!それに固まりもするわ!お前……この子にどういった考えでペンダントを贈ったのだ?!」
「んぇ?いや……せっかく初めての外出なんだし、何か記念になるものをと思って。だから何を買ってあげようか悩んでた時に、その石の色がセラの髪色と似てるなぁって思って……なに?何か駄目だったの?」
カガリのその言葉にカイゼルはその肩を掴んでいた手を離し、そして目頭を抑えながら深い深いため息を溢した。
「ハァ〜〜〜〜〜〜〜〜……まぁ、あの馬鹿息子のせいでお前は今まで貴族らしい生活は送れなかったしな。そしてお前を守る為に貴族籍を抜けたのも悪かったかもしれん」
「どゆこと?さっきから何が言いたいんだよ?」
先程からカイゼルが何を言いたいのか分からないカガリ……そんな彼にカイゼルは丁寧にセラのペンダントについて説明し始めた。
「良いかカガリ?貴族の世界において相手の髪や瞳と同じ色の宝石やプレゼントを贈ることは、〝貴方は私のもの〟という意味合いがあるのだ。つまりこのお嬢さんとそういった関係でないお前が、その髪と同じ色のペンダントを贈ったというのは所謂〝プロポーズ〟をしたという事なのだよ」
「へ……」
ここに来てようやくその意味を知ったカガリはポカンとした表情で祖父を見る。
そしてゆっくりとセラを見て、そして再び祖父へと顔を戻した時、カガリは大きな声を上げてしまった。
「えぇぇぇぇぇぇ────いだっ?!」
驚きの余り後ろへと飛び退いてしまったカガリは、その足がソファーの肘掛け部分に引っかかってしまい、みっともなくその後頭部を床にぶつけてしまう。
「(カガリ?!)」
その事にセラが慌てて駆け寄るが、そんなセラの顔を見たカガリは先程の祖父の言葉を思い出し、一気に顔を赤くさせて上体を起こした。
「(きゃん?!)」
「いてっ?!」
その際急に上体を上げたものだから、その顔を覗き込むような形であったセラは反応出来ず、二人は互いに互いの額をぶつけその場で悶絶してしまう。
いったい何をやっているんだとカイゼルが呆れ果てていると、エカテリーナがクスクスと笑いながらカガリに向けてこう言った。
「カガリ君、セラちゃんはもし貴方が良ければ許嫁になりたいって思ってるの。貴方はどうかしら?」
「い、いいなず……え?ちょっ……その……うぅぅ!ちょっとだけ待って下さい!数秒だけでも良いんで!その間に頭の中で言葉整理するんで!」
もはや混乱の境地に達したカガリは頭を抱えながら必死にその脳内で状況整理とエカテリーナの質問に対する返答を纏め始めた。
(えっ、許嫁に?セラが?俺と?待て待て待て……混乱し過ぎて考えが纏まらねぇ!でもこうしてる間にも教皇様は俺の返答を待っててくれてるし……)
うんうん唸りながら悩み続けるカガリ……その姿にセラは迷惑だっただろうかと不安に思い始め、それを察したエカテリーナが再度カガリへと訊ねた。
「質問を変えるわね?カガリ君、うちのセラちゃんの事をどう思っているのかしら?うちのセラちゃんの事は好き?勿論、友人としてではなく異性……女の子としてよ?」
「お、俺は……」
「昨日、ほっぺにキスされた時はどう思った?嫌だった?」
「嫌……じゃなかった。ビックリしたけど、何か嬉しかった」
「嬉しかったのね。それは何故かしら?」
そう問われ、カガリはようやく自分の中にあるセラに対する感情が何なのか理解した。
故にカガリはポツリと呟く。
「セラの事が好きだから……?」
ここへ来てようやく自身の恋心を自覚したカガリ。
自覚してしまえばもう気づかない振りは出来ない。
そして不思議な事に自身のセラに対する恋心を自覚したカガリは、先程とは違い落ち着いてその言葉を告げた。
「あの……さっきは凄く驚いて、そんで混乱しましたけど、許嫁の件、凄く嬉しいです」
その言葉にセラはパァっと表情を明るくさせる。
「でも……」
「(え……)」
しかしカガリの〝でも〟という言葉に、セラは直ぐに不安げな表情となった。
だがその不安は杞憂であったと、この後直ぐにそれを知る事になる。
「セラは本当に俺で良いのか?こう言っちゃなんだけど、俺は貴族じゃないし、言葉も……ちょっと荒っぽいし」
そんな不安を口にするカガリ……それに対しセラはその身体に抱きつく事でその質問に対する自身の答えとした。
「(良いに決まってる!と言うよりカガリじゃなきゃやだ!)」
その言葉にカガリはブワッと自身の中で何かが込み上げてくるのを感じた。
そして気付けばカガリは抱き着いているセラの身体に腕を回し、自身もまた同様に彼女を抱き締めていた。
「俺も……セラじゃなきゃ嫌だな」
その言葉に満面の笑みを浮かべ自身の頭をカガリの胸へと寄せるセラ。
そんな二人の姿にカイゼルはため息を溢しつつも何処か嬉しそうな表情を浮かべ、エカテリーナは我がことのように喜んでいた。
しかし感極まったのかセラが顔を上げ、そしてそのまま自身の唇をカガリの唇に重ねた姿を見て、二人は慌て始める。
「ちょ〜〜っとセラちゃん?!流石にそれはまだ早過ぎるんじゃないかしら?!」
「(教皇様。私とカガリは愛する二人ですよ?そんな愛する二人が唇を重ねるのは当然の事では無いですか?)」
「まだお互いにお互いの気持ちを確かめあっただけじゃないの!いったいいつの間にそんなおませさんになったのかしら?!」
「カガリ!おいカガリ!駄目だ……気を失っておる……」
今度は唇にキスされたとしてまたしてもその場で気を失ってしまうカガリ……そんな彼と目の前のセラの様子を見て、エカテリーナは〝これは少し早まったかな?〟と既に後悔するのであった。