カガリとセラが許嫁となってから、二人は今まで以上に交流をするようになった。
カガリの方は今までと変わらない様子ではあったが、対するセラがこれでもかと〝好き〟という感情を顕にしているので、周囲の者達はその様子を見る度に胸焼けを起こすのであった。
そんなある日の事、エカテリーナと話をする為にイース大聖堂へと訪れたカイゼルは、自身の身の上と要件を神子へと話し、彼はエカテリーナの元へと案内された。
「失礼します教皇猊下。お客様をお連れ致しました」
「どうぞ」
そうしてドアが開かれ、そこを潜ってカイゼルが中へと入ってくる。
「あらあら、これはこれはカイゼル様。ようこそお越しくださいました」
「お忙しいところ申し訳ございません猊下。今日は少し訊ねたい事があり参った次第ですので」
「はい、何でしょうか?」
互いに対面しながら座るエカテリーナとカイゼル……そしてカイゼルは早々に本題を切り出した。
「カガリめの両親は既に亡くなっておりますのでこちらとしてはそちらのお嬢さんとの婚約関係を結ぶのは構いませぬが、そちらのお嬢さんのご両親については今回の許嫁の件を把握しておられるのでしょうか?」
「あぁその事ですね……そうですね、その事をご説明しなければなりませんでした」
エカテリーナは居住まいを正すとセラの両親の事についてカイゼルへと話す。
「あの子の……セラちゃんのご両親は最早セラちゃんの事を何とも思っておりません」
「何ですと?」
エカテリーナの言葉にカイゼルは眉を顰める。
「今回あの子の事を保護しようと決意したのは、あの子の祖父であるセイレム枢機卿から相談を受けたからです」
「何故その様な事に?前回、我が家にお越になられた際にお嬢さんが布で口元を覆っていたのと何か関係が?」
カイゼルはエカテリーナとセラが訪問してきた時から終始セラの口元を覆う布について気になっていた。
しかしエカテリーナがその事に触れなかった為、こちらから訊ねるのも失礼に当たると思ったカイゼルは結果聞けず終いだった。
今回その事に指摘を受けたエカテリーナは隠すことなく頷いてそれを肯定した。
「セラちゃんはある能力を持っております。それは彼女の声を聞いた者は、必ず彼女の言葉に強制的に従ってしまうというものです」
「なんと……それは魔法の類か何かですかな?」
「どうやらそのようです。魔法に詳しい者に訊ねてみたところ、無意識的に声に魔力を乗せてしまっているのではないかと……自分の意思ではどうする事も出来なかったあの子は幼い頃からご両親に気味悪がられて育ちました」
「また彼女の家……セイレム侯爵家の使用人達も彼女の力を恐れ、結果的に彼女は誰とも接して貰えず、ただ自室で過ごし、運ばれてくる食事を食べ、そして孤独に眠る生活を強いられておりました」
「その事を不憫に思ったセイレム枢機卿夫妻から相談を受けた私は直ぐに彼女を保護しました。その際の彼女はまともに会話すら出来ない状態でした。誰とも接して貰えなかったせいで、人との話し方を忘れてしまっていたのです」
「その後彼女をこの大聖堂で保護した私は声を封じる魔道具を与え、そしてどうにかして彼女の力を抑える術を探し続けました。そんな時でした……お宅のカガリ君がセラちゃんの前に現れたのは」
「そういえば……孫はその頃からよく外に出ては魔道具の練習を行っておりました。学校にすら通っていなかったので、家で練習していたら怒られると思っての事でしょうな」
「これは本人から直接聞かせて貰った事なのですが、カガリ君は何でも毒や薬、また洗脳など心身に影響を与えるものが効かない体質だとか?」
「はい、その通りで御座います。ほんに稀有な体質でして……お陰で病を患っても薬が効かず、怪我を負っても治癒魔法が効かないのでほとほと困りましてな。しかしそんな時に孫が持つ魔道具が孫の事を癒しましてな……自身でかけるものには効くと分かった儂はせめてとの思いで治癒魔法を覚えさせました」
「なるほど、しかしその体質のお陰で彼は唯一セラの力が通用しない……つまりセラちゃんにとってカガリ君はたった一人自分の声で会話が出来る相手なのです」
「つまりそれがきっかけで孫はあの子との関係を築けたという事ですかな?」
「そういう事です。……っと、話が脱線してしまいましたね?ともかくセラちゃんのご両親はあの子に興味を持っておりませんので、そちらに関しては気にせずとも良いですよ」
「分かりました、ありがとうございます。それでは、うちの孫を今後とも何卒ご贔屓に宜しくお願いします」
カイゼルはそう言うと立ち上がり、そして深々とエカテリーナへと頭を下げたのであった。
エカテリーナもまたそれに応えるように座ったままその頭を軽く下げる。
そうして部屋から出てゆくカイゼルを見送った後、エカテリーナは窓から外で楽しそうに遊ぶカガリとセラの姿を見ては、優しくそっと微笑むのであった。
◇
そしてそれから数年の月日が経ち、カガリとセラは共に15歳を迎えた。
そして本日はセラの誕生日────数ヶ月前はカガリが誕生日を迎え、その時の
そして本日のセラの生誕祭では当然カガリもセラへのプレゼントを用意していた。
「誕生日おめでとうセラ。これ、俺からのプレゼント」
「(わぁ……開けて良い?)」
「もちろん!」
少し大きめの箱を受け取り包装を開けてゆくセラ……そして最後に箱の蓋を開くと、そこには下半分だけのお面が入っていた。
「(……?)」
デザインとしては兎を模したのか、非常に可愛らしいものではあったが、しかしカガリが何故これをプレゼントしたのか分からずセラは困惑する。
後ろで同じくそれを見たエカテリーナも首を傾げ、周囲の神子や神官達も〝流石にこれは……〟と頬を引き攣らせていたが、カガリの祖父であるカイゼルだけは中身を知っていたのか何も言わずにニコニコと笑みを浮かべている。
「これはだな、普段はこうして口を閉じた状態なんだけど、ここをこうしてこうすると……」
何やら面の外側を弄り始めるカガリ……すると〝カシャッ〟という音が鳴り、閉じていた面の口部分が僅かに開いた。
「誕生日に何を贈ろうか考えてた時に、セラが普段使ってる魔道具を思い出してさ……セラの力を封じる魔道具だけどデザイン的に味気無いだろ?だから可愛いデザインのを作ってあげようと思ってさ。ちょうど屋敷にあった兎の面を改良して作ってみたんだ」
そしてカガリは自慢げにそのお面の機能について説明を始める。
「見た目は何の変哲もない、ただ可愛いだけのお面……でもこれには魔法付与が施されてて、なんと面を付けた状態でも会話が出来るんだよ!」
それを聞いて周囲の者達は〝そんな当たり前のことがどうしたのだろう?〟と思った……しかしセラはその意味に気付いたのか表情を明るくさせる。
「(え?!喋れるの?!本当に?!)」
「もちろん!要するにセラが会話が出来ない大きな理由としてはその声に魔力が乗っちゃうからだろ?つまりその魔力が乗らないようにすれば良かったってだけの話なんだ」
「あっ、そういう事ですか。つまりそのお面はセラの〝声〟を封じるのではなく、声に含まれる〝魔力〟を封じる為、それを付ければ普通に声を出す事が出来るという事ですね?」
エカテリーナが代弁するようにそう話すと、周囲の者達は一斉にカガリの手にあるお面へと注目した。
「けど注意点があって、その魔法が発揮するのはこのお面の口を閉じてる時だけなんだ。口を開いた状態だと魔力が遮断出来ずに力が出っちまう」
「(つまり力を使う際はそのお面の口を開けて、力を使わない時は閉じれば良いって事ですね?)」
「そういう事。早速付けてみるか?」
「(うん♪︎)」
そうしてセラは早速その面を付けてみる事にした。
そしてカガリの丁寧な説明により開閉の仕方を教わった彼女は、口を閉じた状態で恐る恐る声を出した。
「どう、皆……ちゃんと声聞こえてますか?」
その瞬間、周囲から歓喜の声が上がった。
その事にセラは最初驚いてしまったが、皆が喜んでいる様子を見て、嬉しそうにはにかんだ。
「一応、発動はしてるから大丈夫だとは思うけど……試しに誰かに何か命令してみたら?」
「う〜ん……それならポールさん」
「えっ、私ですか?!」
いきなり名指しされたポールは思わず自身を指さしながらドキッとしてしまう。
そんな彼にセラはその天使の如く笑みを向けると、ひとつ深呼吸をしてからこう言った。
「ポールさん……〝その場で小躍りして〟」
しかし何も起きず、当然ポールがその場で小躍りする様子は無い。
それは紛れもなく付与された魔法がしっかりと働いている何よりの証拠であった。
それに対しまたしても歓喜の声が上がる……しかしその中でポールだけは小躍りするという恥ずかしい目に遭わずに済んだことにほっと胸を撫で下ろしていた。
しかしそれに気付いた彼の部下である〝ステイン=サフール〟は言わなくても良い一言を放ってしまった。
「お嬢が普通に話せるようになったってのは喜ばしい事っすけど、その場で小躍りするポールさんも見てみたかったっすね」
「ほぅ……ならばお前がやってみるか?」
「ひぇ……」
ステインはあくまで独り言のつもりでそう言ったのだが、その言葉はしっかりとポールの耳に入り、ポールはこめかみに青筋を浮かべながらそう言った。
そしてそれに対し小さく悲鳴を上げたステインの前でセラへと顔を向けると、彼女にこんな事を言い始めた。
「セラお嬢様。せっかくならばその口を開いた際にちゃんとお力が発揮されるかも確かめた方が宜しいのではないでしょうか?」
「ちょっ……ポールさん、いったい何を?!」
「あぁ、それ良いな」
「えぇ、若?!」
セラの正式な許嫁となってから、カガリは騎士達から〝若〟と呼ばれるようになったというのはこの際置いておき、ポールの提案に同意したカガリはセラに何やら耳打ちをすると、それを受けてセラは何故か〝ぷっ〟と吹き出してしまった。
「クスクス……え〜、本当に良いんですか?」
「せっかくのポールさんからの提案だし、丁度協力してくれそうな奴もいるしな」
「あの〜……若?お嬢?なんか俺的に嫌〜な予感がするんスけど?」
そう不安を口にするステインを他所に、セラは面の口を開くと、ステインに向けてこう言い放った。
「それじゃあステイン……〝その場で一分間ゴリラの真似をして〟」
「う……ウホッ!ウホホッ!ウホウホッ!」
セラからそのように命令されたステインは直ぐにその場でゴリラの真似をし出した。
しかもその物真似の完成度が高く、更には見事なドラミングまで披露したものだから、カガリやセラを始めその場にいた他の者達は皆、その一分間の間終始腹を抱えて笑うのであった。
そして生誕祭もお開きの時間となり、カガリは一人大聖堂の扉の前の石段に座り星空を眺めていた。
そこに兎の面を付け、ストールをかけたセラがその隣へと座る。
「今日は楽しかったね」
「そうだなぁ……本当に、数年前は思いもしなかったよ」
「私も……こうして皆と普通にお喋り出来るようになれるだなんて思わなかった」
二人共、力や体質のせいであまり良いとは言えない幼少期を過ごした者同士。
故に今日のような楽しい日は二人にとってはこれ以上無い思い出であった。
そしてカガリはふと、こんな話をセラへとする。
「これは二人だけの秘密なんだけど……」
「え……」
〝二人だけの秘密〟というワードに思わずドキッとしてしまうセラ……しかし向けた視線の先、カガリの顔が真剣なものであった為、静かにその話に耳を傾けることにした。
「俺さ……実はこの世界のものではない記憶を持ってるんだよね」
「え?」
急な話にセラは思わず声が上擦ってしまう。
「この世界のものじゃない……記憶?」
「うん……前世の記憶って言うかさ。その記憶の中の世界はこことはまるで違う、なんと言うか……凄く発展した世界だった」
「どれくらい?」
「う〜ん……どれくらいと言われると言葉で表現出来ないんだけど、道は綺麗に舗装されてて、空には〝飛行機〟って言う巨大な鉄の鳥みたいな乗り物が飛んでて、そして舗装された道には鉄の馬車が馬も無しに走ってて、その中で〝新幹線〟って滅茶苦茶速い乗り物が走ってたりするんだ」
「……」
カガリによる前世の記憶とやらについての話はセラにとってはまるで御伽噺の中の話のようだった。
しかしカガリが夢中で話すので、セラはそのまま話を聞くことに徹した。
「建物も……レンガや石造りじゃなくて、〝コンクリート〟って言う材料を用いて作られててさ、でもその世界の教会や大聖堂はこの世界と似たようなもんだった」
「そこに住む人達の生活もまた違っててさ、その人達は〝家電製品〟っていうこの世界で言うところの魔道具のようなものを使ってた。でも一番この世界と違ってるのが、その世界ではこの世界では当たり前のようにある〝魔法〟というものが存在してなかったんだ」
「ええっ?!」
その世界に魔法など無いと聞かされたセラは思わず声を上げてしまった。
その声があまりにも大きかったのでカガリはつい人差し指を立てて〝しーっ〟というジェスチャーをする。
「あ……ごめん……」
「いやいや、誰だってそれを聞いたらそんな反応するって。でも俺の中にあるその記憶の中ではそうなんだ」
「その記憶って、生まれた時から持ってたの?」
「いんや、この記憶が目覚めたのは……多分、親父に刺されて死にかけて、そんで篝火のお陰で助かった後からかな?気付いた時にはこの記憶が俺の中にあったんだよ」
「そこでのカガリはどんな生活をしてたの?」
「あ〜……なんて名前かは思い出せねぇんだけど、でもその記憶の中の俺は今よりもずっと大人でさ、この世界での軍のような所に所属してた兵士だった」
「その世界ではどんな風に戦うの?」
「俺がいた〝
「それは……怖いね。まるで攻撃魔法みたい」
「俺もそう思うよ。ともかくそんな記憶が俺の中にあってさ……だからなのか幼い頃はよく爺さんから〝まるで子供に思えん〟って散々言われてきたよ」
「確かに……私も、仲良く遊ぶようになった時から〝凄く大人びた子だな〜〟って思ってたもん」
「うそっ、ほんとに?」
「うん、ホントホント」
そう言われ気恥しそうに頬をかくカガリ……そんな彼をセラは愛おしそうに見詰めていた。
「前世でどうやって死んで、そんでこの世界に来たのかは分かんねぇけど、でも……」
カガリはそこで言葉を区切ると、セラへと顔を向けてから満面の笑みでこう言った。
「この世界に来なけりゃ、こうしてセラと出会って、そして恋人になれなかったと思うと、この世界に来て本当に良かったって思うよ」
その言葉にセラは目を大きく見開くと、ふっと目を細め、少しだけ頬を染めながらこう返した。
「私も……カガリがこの世界に来てくれて良かった。カガリ、大好き。愛してる」
「俺もだよ」
そうして二人の影は徐々に近付き、そしてそっと重なった。
そんな二人の姿を見ていたのは、今も尚煌々と輝き続ける星達と、そして淡く優しく二人を照らす月だけであった。