The Child Leading Beyond the Wall 作:housen
壊れた体のどこかにまだ
君を抱きしめる熱が残っている筈だから
コーポ・プラザは眠らない。
広場の真ん中にアラサカタワーが⽴ってる。根元から⾒上げると、天辺が夜空に溶けて⾒えない。壁⼀⾯の窓に街の明かりが映り込んでる。
広場の端には古い建物の残骸が記念碑として残ってた。五⼗年余り前に核で吹き⾶んだ旧いタワーの⼀部だ。前にワカコの仕事で器の⼆⼈を、あの下に広がる地下へ潜らせたことがある。
俺は記念碑の陰、植え込みのそばに⽴った。
⽩⾐の男と制服の男もすぐ後ろにいる。三⼈とも広場にいる⼈間の義眼と広場に向いたカメラから、⾃分たちの姿を消してある。アフターライフに⾏ったときと同じやり⽅だ。
この時間の広場に⽣⾝の⽬の⼈間は⼀⼈もいない。警備員と、企業の夜勤の社員と、タクシーの運転⼿と、酔っ払いの観光客。全員義眼だ。
タワーの⼊⼝の前にはアラサカの警備部隊が並んでる。装甲⾞が四台。全⾝を装甲で包んだ兵⼠が三⼗⼈ほど。上空にはAVが⼆機ゆっくり旋回してる。
警備部隊の無線は、街の外れでミリテクの部隊が⼀つ潰された話で持ちきりだった。
広場の向こうからエンジンの⾳が近づいてくる。
*
ファルコの⾞が広場に⾶び込んできた。
古い型の、黒い⼤きなバンだ。タイヤを鳴らして広場の⽯畳を滑り、装甲⾞の列の⼿前で⽌まる。アラサカの兵⼠たちが⼀⻫に銃を構えた。
兵⼠たちの義眼に⽷をかける。
三⼗⼈の⽬の中でファルコの⾞の位置をほんの⼆メートルだけずらす。兵⼠たちの撃った弾は全部、⾞の横の何もない⽯畳を叩いた。
⾞はわざと消さない。広場の兵⼠の⽬をこの⾞に釘付けにしておく。そのほうがタワーに⼊っていく⼀⼈から⽬が逸れる。
黒い外⾻格が⾞から降りてくる。その姿だけは降りた瞬間から、広場じゅうの⽬から消した。
近くで⾒るサイバースケルトンは思ってたよりでかい。デイビッドの体の外側にもう⼀回り⼤きな⾻組みが被さってる。肩から背中にかけて太い駆動装置が何本も⾛ってる。歩くたびに、⽯畳がきしんだ。
デイビッドが外⾻格の中で顔を上げる。
⽬の焦点が明らかに合っていない。
神経の数値は⾞の中で⾒たときよりさらに悪くなってた。レベッカの打った抑制剤で、ずれの増え⽅が少し遅くなってるだけだ。⽌まってはいない。
『アノン。来てるのか』
デイビッドの声が俺の⽿に届いた。
「来てるぜ、特等席だ。お前の後ろの記念碑の陰」
デイビッドは振り返らない。振り返っても⾒えないのはわかってるんだろう。
「タワーの守りはもう崩してある。扉は開く。銃座は寝てる。ルーシーは上の方の窓のない部屋だ。道案内は任せな」
助かる、とデイビッドが短く返した。
「礼なら請求書でな。取引だろ」
デイビッドはタワーの⼊⼝に向かって歩き出した。
⾞の中からレベッカが⾶び出してくる。右が⾚、左が⻘のごつい義腕で、ショットガンを構えてる。
「デイビッド!」
「ここで待ってろ。⾞を守れ」
「⼀⼈で⾏かせるわけないでしょ!!」
レベッカが⾷ってかかったがデイビッドは⼀度だけ振り向いただけだった。焦点の合わない⽬で、それでもレベッカのいるほう
を⾒る。
「ルーシーを連れてすぐ戻るから」
レベッカは何か⾔いかけて、やめた。
ファルコが運転席から降りてきて、レベッカの肩に⼿を置いた。
「坊主の⾔う通りにしな」
*
タワーの⼊⼝の扉はデイビッドが⼿を伸ばす前に開いた。
ロビーの天井の銃座は眠ったまま動かない。警備員たちの義眼の中では、ロビーには誰も⼊ってきてない。エレベーターが勝⼿に⼀階に降りてきて、扉を開けて待ってる。
ここまでは全部、俺の思った通りだ。
アラサカの本社の守りは確かに分厚い。でも、分厚いだけだ。壁の向こうから呼んだAIたちは、ICEの層を⼀枚ずつ内側から静かに崩していく。崩れたことに、守ってる側は気づかない。アラサカの警備のネットランナーたちは、⾃分たちの守りが今も完璧に動いてると思い込んだまま、画⾯の表⽰を眺めてる。
デイビッドがエレベーターに乗った。
⼀つだけ、思った通りにいかないことがあった。
デイビッド⾃⾝だ。
エレベーターが⽌まるたびに、扉の外に兵⼠が待ってる。俺が⽌めたのは、銃座と扉とカメラと、兵⼠の⽬だ。兵⼠の体は⽌めてない。兵⼠たちは何も⾒えないまま、それでも持ち場に⽴ってた。
デイビッドにはそれが全部敵に⾒えてる。
扉が開くたびに外⾻格の腕が振るわれた。何も⾒えてない兵⼠たちが壁まで吹き⾶ぶ。
「おい、choom。そいつらは何も⾒えてねえ。放っとけって」
返事はない
神経の数値の中で継ぎ⽬のずれがまた⼀つ増えた。
俺の声は届いてる。届いてるのに、その意味があいつの頭の中で形にならなくなりかけてる。
「……まあ、いいか」
どうせ兵⼠は兵⼠だ。ルーシーとやらの部屋までの道を外さなければ、それでいい。
タワーの中ほどの階に、アラサカの警備のネットランナーが詰めてる部屋があった。六⼈。全員がデッキに繋がって、タワーのネットを⾒張ってる。その中の⼀⼈が⾸をかしげた。
ロビーからエレベーターまでの、扉の開閉の記録。開いた回数がカメラに映った⼈数と合わない。それに気づいたのか、腕のいいやつだ。
そいつは隣の席のネットランナーに何か⾔いかけた。
その前にそいつの画⾯に別の警報を⼀つ出してやる。
タワーの反対側の、地下駐⾞場。ミリテクの⼯作員らしい信号が三つ。そいつは⾔いかけた⾔葉を飲み込んで、地下駐⾞場の記録を開いた。ほかの五⼈も⼀⻫にそっちを⾒る。
地下駐⾞場には誰もいない。いるのは俺が置いてきたAIが⼀つだけだ。六⼈はそのAIが出す偽物の信号を真剣な顔で追いかけはじめた。
⿁ごっこの⿁はしばらく地下から出てこないだろう。
*
タワーの上層でエレベーターが⽌まった。
扉の外は広い廊下だ。磨かれた床。壁の向こうに街の夜景。その廊下の奥にある会議室みたいな部屋に、⼈が何⼈か集まってる。
アラサカの重役が⼀⼈。その護衛が数⼈。
それと、ファラデーだ。
デイビッドたちのフィクサーだった男。ルーシーをアラサカに売った男だ。仕⽴てのいいスーツを着て、重役の前で何かを熱⼼に話してる。
ファラデーの話は途中で終わった。
部屋の扉が外側から吹き⾶んだ。
黒い外⾻格が部屋の中に踏み込む。
ファラデーの体が床に押しつけられた。外⾻格の腕に仕込まれた重⼒の兵器が、ファラデーの周りだけ重さを何倍にも引き上げてる。ファラデーは⾃分の体の重さで床に縫い付けられて、指⼀本動かせない。
デイビッドは重役のほうを向いた
外⾻格の腕が持ち上がる
俺はそれを眺めてた。⽌める理由は特にない。アラサカの重役が⼀⼈減っても、俺の取引には関係ない。
外⾻格の腕が振り下ろされる、その直前だった。
部屋の奥の、別の扉が開いた。
*
⼊ってきたのは⼈の形をした装甲の塊だった。
デイビッドの外⾻格よりさらに⼀回り⼤きい。黒と銀の装甲が頭から⾜の先まで隙間なく覆ってる。顔の半分だけがかろうじて⼈間の名残を残してた。⽚⽅の腕は、腕じゃない。⼤⼝径の砲が肘から先にそのまま付いてる。
アダム・スマッシャー
ゲームの最後で俺がやり合ったアラサカの番⽝だ。
⽷を伸ばした
何にも触れない
カメラの映像の中にはスマッシャーがいる。重役の前に⽴って、デイビッドの外⾻格を⾒下ろしてる。なのにネットの上にはスマッシャーがいない。
タワーのネットの中にスマッシャーの体の信号が⼀つもなかった。
無線の⼝を全部塞いでるんだ。体の中の何百ものサイバーウェアを、外のネットから完全に切り離してる。外から誰も⼿を出せないように。
そういうことか。
ネットに繋がってないものには、俺の⼿はすぐには届かない。貨物置き場の⾦属のコンテナでも、記念碑の下の地下でも、そうだった。届かせるには、近くまで⾏くか、何かを中継にするしかない。
スマッシャーがデイビッドに向かって踏み出した。
外⾻格とスマッシャーがぶつかる。
部屋の壁が⼆⼈分の重さに耐えきれずに崩れた。デイビッドの外⾻格が廊下まで吹き⾶ばされる。床に転がって、すぐに起き上がる。
スマッシャーが追う。
⼆回、三回。
ぶつかるたびにデイビッドの神経の数値が跳ねた。
「デイビッド」
⽿元に声を流す。
「ルーシーの部屋はその廊下の突き当たりを右だ。スマッシャーとダンスしてる暇はねえぞ」
今度は届いた。
デイビッドはスマッシャーの腕を外⾻格の肩で受け流して、廊下の突き当たりに向かって⾛った。
スマッシャーは追わない。重役のそばに⽴ったままデイビッドの背中を⾒送ってる。
追う必要がないと思ったんだろう。この建物から出られるはずがないと。
俺は少しだけ笑った。
ネットに繋がってないなら、繋がってないなりにやりようはある。あいつがタワーから出てくれば、話は別だ。広場には、俺がいる。
焦ることは何もない。
*
ルーシーの部屋の扉はデイビッドが着く前に開けておいた。
部屋の真ん中に⼥が座らされてる。銀⾊に近い髪。⾸の後ろの差し込み⼝にアラサカの機械が繋がれてる。恐らくネットへの出⼝を全部塞ぐための機械だ。
その機械の制御をAIに⼀つ握らせた。
瞬間、機械が外れる。
ルーシーが顔を上げ、扉から入ってきた黒い外⾻格を見る。
ルーシーはそれを⾒て⽴ち上がった。
デイビッドは外⾻格の腕でルーシーを抱き上げようとして、途中で⽌まった。
焦点の合わない⽬がルーシーの顔を⾒てる。⾒てるのに、誰だかわかってないような⽬だ。神経の数値の中で継ぎ⽬のずれが崩れる⼨前まで溜まってた。
ルーシーはデイビッドの外⾻格の胸に⼿を当てた。
それから背伸びをして、デイビッドに⼝づけた。
部屋のカメラに映るデイビッドの⽬の焦点が、ゆっくり戻っていく。
神経の数値を⾒た。
継ぎ⽬のずれは⼀つも減ってない。
それでもデイビッドの⽬はルーシーを⾒てた。ちゃんと、ルーシーとして。
その数値をしばらく眺めてた。
数値の上では説明がつかない。
が、一応記録しておくことにした。
*
ルーシーを抱えて、デイビッドが廊下を⾛る。
窓の外へ。
外⾻格の脚がガラスを蹴り破った。デイビッドはルーシーを抱えたまま、タワーの外壁に⾶び出した。外⾻格の駆動装置が唸る。外壁を蹴って、下へ。下へ。
会議室ではスマッシャーが窓の外を⾒てる。
それから⽚⽅の腕の砲を持ち上げた。
砲⼝が光る。
撃った先はデイビッドの背中だ。デイビッドは外壁を蹴って、それを紙⼀重でかわした。外れた砲弾はタワーの外壁を削って、会議室のすぐ下の、張り出した⾜場で爆ぜた。
⾜場の上にはファラデーがいた。
デイビッドが部屋を離れて、重⼒の兵器から解放されたところだった。逃げ出そうとしてたんだろう。会議室を転がり出て、⾮常階段を⼀つ下りた先の⾜場で、⾮常⼝に⼿をかけてた。
爆⾵がファラデーの体を⾜場の外へ放り出す。
ファラデーは夜空に向かって何か叫びながら落ちていった。
スマッシャーはそれを⾒もしない。
俺もたいして⾒てなかったわ。スマン。
デイビッドの数値のほうがよっぽど気になる。外壁を蹴るたびに、継ぎ⽬のずれが⼀つずつ増えていく。⾞の中でレベッカが打った抑制剤はもう薄まりはじめてた。
*
広場では、レベッカとファルコが、ファルコの⾞の陰で戦ってる。
アラサカの兵⼠の数がさっきより増えてきた。装甲⾞が六台。NCPDのパトカーも広場の⼊⼝を塞いでる。兵⼠たちの⽬を少しずつずらして、弾を⾞から外させ続ける。レベッカのショットガンが兵⼠の装甲を⼀つずつ叩き割っていく。
デイビッドがタワーの外壁を蹴って広場に降りてきた。
着地の衝撃で⽯畳がひび割れる。外⾻格の腕の中にルーシーがいた。
レベッカがデイビッドを⾒て、それからルーシーを⾒た。
「……戻ってきた」
レベッカは泣きそうな顔で笑ってる。
ファルコが⾞の扉を開けた。
「アノン。あんた、どこにいんの」
レベッカが広場の空中に向かって⾔った。どこに向かって喋ればいいのか、わかってない声だ。
「記念碑の陰だよ。⼿でも振るか?」
レベッカは記念碑のほうを⾒た。何も⾒えなかったはずだ。それでもそっちに向かって⼩さく頷く。
「……ありがと」
返事はしなかった。取引の中⾝を守っただけだ。
これで、全部だ。あとは⾞に乗せて広場から出す。デイビッドに試作品を⼊れるのはそのあとでいい。
予定通りだ。
余裕だった。
そのとき頭の上で何かが光った。
⾒上げるとアラサカタワーの上の方。デイビッドが蹴り破った窓の縁に装甲の塊が⼀つ⽴っていた。
広場の照明を受けて、黒と銀の体が鈍く光ってる。
スマッシャーが窓の縁から
⼀歩
踏み出した。
次でクライマックス終了。そこまで投稿してしまいたい⋯っ