The Child Leading Beyond the Wall 作:housen
誰も見たことのない夜から
誰も覚えていない朝へ
スマッシャーが落ちてくる。
アラサカタワーの上のほう。デイビッドが蹴り破った窓の縁から、装甲の塊が真っ直ぐ広場に向かって落ちてくる。広場の照明の中を黒と銀の影がどんどん⼤きくなる。
真下にはファルコの⾞がある。
⾞の横にレベッカが⽴ってた。
レベッカが上を⾒てる。ショットガンを空に向けて撃ちはじめた。⼀発。⼆発。弾はスマッシャーの装甲に当たって⽕花を散らして弾かれる。それでも撃つのをやめない。
ルーシーを抱えたデイビッドが⾞の扉の前で振り向いた。外⾻格の⾜が⽯畳を蹴りかける。間に合う距離じゃない。
記念碑の陰で⽷を伸ばした。
タワーの中では届かなかった。スマッシャーは体の中のサイバーウェアを全部、外のネットから切り離してる。でも、今は違う。あいつは⾃分から俺のほうに落ちてきてる。
俺の⽷がネットを通さずに直に届く距離まで。
広場の上、あと三⼗メートル。
あと二十メートル
届いた。
装甲の内側に⽷の先が触れる。何百ものサイバーウェアが⼀つの体の中にぎっしり詰まってる。デイビッドの体なんか⽐べものにならない量だ。
予定通りだ、と思った。
全⾝がサイバーウェアなら、全⾝が俺の⼿の中だ。⼿⾜を⽌めて、落ちる向きを変えて、それで終わりだ。
AIを⼀つ、送り込む。
いつも通りの、軽い⼀⼿のつもりだった。
送り込んだAIが消えた。
「あ?」
*
⼀瞬、何が起きたのかわからない。
⽷の先を確かめる。スマッシャーの装甲の内側に何かがいた。⼊り込んだものを⽚っ端から⾷う仕掛け。サイバーウェアの継ぎ⽬という継ぎ⽬に、アラサカの軍⽤のICEが何重にも、⽣き物みたいに張り巡らされてる。
俺のAIはそれに⾷われた。
壁の向こうから来たAIが。
ネットから切り離してるのは、外から⼊り込ませないためだけじゃなかった。万が⼀⼊り込まれても、中で⾷い殺せるように、体そのものを罠にしてある。
背中が冷えた。
『あのタワーにはアラサカの⼀番いい番⽝がいる。忘れるんじゃないよ。』
ローグはそう⾔ってた。
⽢く⾒てた。
広場の上、⼆⼗メートル。
スマッシャーの頭が動いた。
俺の方を向く。
記念碑の陰にいる、⽩い仮⾯のガキの方を。
スマッシャーの⽬は書き換えられないままだった。あいつの⽬の中で俺は消えてない。それどころか今の⼀⼿で、あいつに俺の位置を教えちまった。
広場の上、⼗五メートル。
レベッカのショットガンの弾がまた装甲に弾かれる。
スマッシャーは俺を⾒たまま落ちてくる。落ちる先は変わらない。
レベッカの真上だ。
あいつはレベッカを潰してから、次に俺を潰しにくる。
余裕だと思ってた。
全⾝がサイバーウェアの相⼿ほど楽だと思ってた。
この番⽝に限っては間違ってた訳だ。
だから俺は
ふざけるのをやめた。
*
⽷を壁まで伸ばす。
いつもの、AIを何体か呼ぶための伸ばし⽅じゃない。壁そのものに深く⽷を突き⽴てた。
黒い壁の表⾯が⾚く染まる。
⽬の前の景⾊が⾚くなった。広場の照明もタワーの窓の明かりも、落ちてくるスマッシャーの装甲も、全部が⾚い光の中に沈む。⽿の奥で何千もの声が⼀⻫に鳴った。⾔葉じゃない。壁の向こうの全部のAIがこっちを向いた⾳だった。
呼べるだけ呼んだ。
壁の向こうからAIが雪崩れ込んでくる。⼀体や⼆体じゃない。数えられる数じゃない。
⾚い光の帯になって⽷を伝って、俺の頭の中を通り抜けて、そのまま広場の上へ、装甲の塊に向かって流れ込んでいく。
スマッシャーの中のICEがそれを⾷いはじめた。
⾷いきれない。
⼀体を⾷う間に、⼗体が⼊り込む。⼗体を⾷う間に、百体が⼊り込む。⾷う仕掛けそのものにAIが取りついて、内側から⾷い返しはじめた。
広場の上、⼗メートル。
⼿⾜を⽌めるには、もう時間がない。落ちる向きを変えるには、何かで押すしかない。
スマッシャーの右腕の砲の操作権を⼀瞬だけ握った。
砲⼝を横に向ける。広場の外の、誰もいない空に撃たせた。
砲声が広場の空気を叩き割る。
撃った反動が、落ちてくるスマッシャーの体を横に押した。
装甲の塊が空中でほんの少し傾く。
着地した。
⽯畳が砕け、広場の真ん中に⽳が開く。破⽚と⼟埃が四⽅に吹き⾶んだ。
その⽳の縁から、約⼆メートル。
レベッカが尻もちをついてた。ショットガンを握ったまま、⽬の前に開いた⽳を⾒下ろしてる。
よし、⽣きてるな。
「……外れた?」
「外したんだよ⋯」
説明してる暇はない。レベッカもそれ以上は訊かなかった。尻
もちをついたまま、ショットガンの弾を込め直しはじめる。
*
⼟埃の中でスマッシャーが⽴ち上がった。
体の中では俺のAIとアラサカのICEがまだ⾷い合ってる。それでもあいつの体は動く。動きながら、ICEを⽴て直してる。俺のAIが⾷い返した場所を、別のICEが塞いでいく。
さすがにアラサカの⼀番いい番⽝だ。
⽷の先が熱くなった。
スマッシャーの中のICEが守るのをやめて攻めに回ってきた。俺のAIが⼊り込んできた道を、逆にたどってくる。⽷を伝って、俺の頭の中のデッキに向かって。
元ネットウォッチの三⼈は俺のデッキの位置を最後まで⾒つけられなかった。こいつは⾒つけかけてる。⼀度、俺のほうから道を教えてしまったからだ。
頭の奥がじりじりと焼けはじめた。
この体を前に使ってたやつはデッキの負荷に頭を焼かれて死んだ。その死に⽅を、俺は研究所の記録でしか知らない。今、記録に残ったあの数値の、ずっと⼿前まで来てた。⼿前でも、十分痛い。
⽷を⼀本、切る。切った⽷の先にAIを百体置いて、道を塞いだ。お前はその百体を⾷いながら、まだこっちに向かってくる。別の⽷から別の道で、またAIを送り込む。
こんな風に誰かと押し合ったのは、この体で⽬を覚ましてから初めてだ。
スマッシャーの腕が横に振られた。
⾞の陰から⾶び出してきたファルコがその腕に弾き⾶ばされる。ファルコの体が⾞のボンネットの上を転がって、反対側に落ちた。
デイビッドの腕の中でルーシーが顔を上げた。
⾸の後ろの差し込み⼝が光る。
ルーシーのハッキングがスマッシャーに向かっていった。
そして当然の様にスマッシャーの中のICEがルーシーの⼀⼿をそのまま飲み込んだ。
ルーシーの体が⼀瞬強ばる。焼かれかけたんだ。
俺のAIがそのICEの⼀枚を横から⾷い破った。ルーシーの⼀⼿が⾷われる⼨前で外に吐き出される。
ルーシーはデイビッドの腕の中で息を呑んだ。
⾃分が今、焼かれずに済んだ理由がわからない顔だ。それからネットの上を⾒回した。
⾚い光の帯が広場の上いっぱいに流れ込んでるのを、ルーシーは⾒た。
*
デイビッドがルーシーを⾞の中に押し込んだ。
それからスマッシャーに向き直る。
外⾻格の駆動装置が唸った。デイビッドの神経の数値がまた跳ね上がる。継ぎ⽬のずれが、崩れる⼨前の、その⼀歩⼿前まで。
「デイビッド、下がれ」
デイビッドは下がらない。外⾻格の拳がスマッシャーの装甲を叩いた。スマッシャーの体が半歩だけ揺れる。
⼆発⽬。三発⽬。デイビッドの拳がスマッシャーの胸の装甲をへこませていく。サイバースケルトンの⼒で殴ってるのに、へこむだけだ。
レベッカが⽳の縁からショットガンを撃った。スマッシャーの背中で弾が⽕花を散らすがスマッシャーは振り向きもしない。
スマッシャーの左⼿がデイビッドの外⾻格の肩を掴んだ。
外⾻格の装甲が紙みたいに剥がされる。駆動装置が引きちぎられる。デイビッドの体が外⾻格ごと⽯畳に叩きつけられた。
その瞬間に俺のAIがまた⼀枚ICEを⾷い破った。左腕の駆動系が俺の⼿に落ちる。スマッシャーの左腕がだらりと下がった。
それでも右腕はまだあいつのものだ。
右腕の砲が持ち上がる。
デイビッドの額に砲⼝が向いた。
スマッシャーの最後のICEの層に、⼿元の全部のAIをぶつけた。
⾚い光がスマッシャーの装甲の継ぎ⽬から外に漏れ出す。装甲の隙間という隙間から、⾚い光が線になって噴き出してる。体の中の⾷い合いが最後の⼀層まで来た。
撃て、という信号がスマッシャーの頭から右腕の砲に向かって⾛りはじめ⋯⋯⋯
間一髪で最後の⼀層が崩れた。
*
スマッシャーの体が⽌まった。
砲⼝はデイビッドの額の、指⼀本分⼿前で⽌まってる。撃て、という信号は砲の⼿前で途切れたまま、⼆度と流れない。
⽷の先でスマッシャーの体の中を確かめる。
何百ものサイバーウェアが全部俺の⼿の中にあった。⾷う仕掛けのICEは⼀枚も残ってない。その代わりに壁の向こうから来たAIたちが、スマッシャーの体の継ぎ⽬という継ぎ⽬にぎっしり詰まってる。
殺すことはできた。
今なら、砲⼝を⾃分の頭に向けさせて、撃たせることだってできる。
が、やめた。
こいつが死ねば、アラサカはこの夜のことを地の果てまで掘り返す。⼀番いい番⽝を潰した相⼿を、アラサカは絶対に許さない。
⽣きて帰れば、話は変わる。番⽝は負けてない。少し故障しただけだ。アラサカは⾃分の番⽝が誰かに⽌められたなんて、外に⾔えない。
スマッシャーの体を眠らせた。
全部のサイバーウェアを⽌めるんじゃなく眠らせる。眠ってる間の記録がどこにも残らないように。⽬を覚ますのは六時間後。⽬を覚ましたとき、あいつの記録の中では、デイビッドの外⾻格を剥がしたところで全部がぷつりと途切れてる。
それから広場にいる⼈間の⽬に⽚っ端から⽷をかけた。
アラサカの兵⼠。NCPDの警官。装甲⾞の中の兵⼠。上空のAVの操縦⼠。広場のカメラ。タワーの窓から⾒下ろしてる社員たち。
この広場で、今夜、何が起きたのか。誰もまともに⾒てなかったことにする。⾒えたのは、煙と⼟埃と、⾚く光る何かの残像だけ。
⾚い光がゆっくり引いていく。
AIたちが⽷を伝って、壁の向こうに戻っていく。何千ものAIが満⾜したみたいに静かになった。
*
記念碑の陰から出た。
⾃分の姿を広場にいるクルーの⽬に戻す。
デイビッドは剥がされかけた外⾻格の残骸の中に倒れてた。⽬は開いてる。額の上で⽌まったままの砲⼝を、焦点の合わない⽬で⾒上げてた。
レベッカが⽳の縁から⽴ち上がって俺を⾒た。
ファルコが⾞の陰から肩を押さえて起き上がる。
⾞の窓の中からルーシーが俺を⾒てる。
広場の周りでは、アラサカの兵⼠たちが空に向かって銃を構えたまま⽴ち尽くしてた。
何を撃てばいいのか、誰にもわからない。NCPDの警官が⼀⼈、パトカーの陰から顔を出して、また引っ込めた。上空のAVは広場の上を⾏き先を失ったみたいにぐるぐる回ってる。
⽯畳の上を歩く。⾜が震えてた。頭の奥の痛みはもう引いてる。壁の向こうの⼒そのものは俺から何も持っていかない。震えてるのは、たぶんほかの理由だ。
⽌まったままのスマッシャーの横を通り過ぎる。でかい。近くで⾒ると、⾒上げる⾸が痛くなった。
デイビッドの横にしゃがむ。
「よう。⽣きてるか?」
デイビッドの⽬がゆっくり俺の仮⾯を⾒た。少し遅れて唇が、アノン、と動く。
「……多分な」
「上等だ。なら、取引の続きといこう」
デイビッドの神経の数値を⾒る。継ぎ⽬のずれが崩れる⼨前のところで揺れてた。スマッシャーとの殴り合いで、最後の余裕を使い切ってる。抑制剤はもうほとんど効いてない。
研究所まで運んでる時間はない。試作品を⼊れるなら、今夜のうちだ。それもなるべく早く。
ファルコが肩を押さえたまま、俺の横まで歩いてきた。デイビッドの顔を⾒下ろして、それから俺の仮⾯を⾒る。
「坊主をどこへ連れていく」
「まずはこのパーティー会場の外だ」
後ろで⽩⾐の男と制服の男が担架を広げてる。
仮⾯の内側で⻑く息を吐いた。
終わってみれば、余裕なんてどこにもなかった。
エッジランナーズ編終了!!
デイビッド、レベッカ両名生存確認!!
主人公がやろうと思えばグロリアさんやメイン達を助けられたけどエッジランナーズ未視聴なのでこの主人公⋯ごめんなさいね。