The Child Leading Beyond the Wall 作:housen
バックミラーを覗き込めば
置き去りにしてきた顔ばかりだ
だから俺は
前に広がる暗闇だけを睨みつけて
アクセルを踏み込む
ファルコが研究所に戻ってきたのは、シャトルが上がってから⼆時間後だった。
ガレージに⾞を⼊れて厨房に直⾏する。俺が⾷堂に顔を出したときには、もう鍋が⽕にかかってた。
「座ってろ」
ファルコはこっちを⾒ずに⾔った。
⻑いテーブルの端の⼀⾓に⽫が⼆枚並んでる。
夕べまでは五枚だった。
俺はいつもの⼀番端の席に座る。
向かいの席とその隣、もう⼀つ隣が空いてる。
休暇の話をした夜、レベッカがフォークを落とした席。ルーシーがデイビッドの⾁を切ってやってた席。デイビッドがナイフを取り返した席。
鍋の中⾝は⾖と合成肉を煮込んだもの。
ファルコはそれを⼆枚の⽫によそって、⽚⽅を俺の前に置き、もう⽚⽅の前に⾃分が座った。
「⾷え。話はそれからだ」
仮⾯の下から⼀⼝⾷べる。
この前の焼いたやつより⾹⾟料の匂いが強い。
「……これもうまい。店出せるレベルだぜ」
「コイツはメインの好物だった」
ファルコはそれだけ⾔った。
しばらく⼆⼈とも黙って⾷べた。厨房の換気扇の⾳と、⾷器の⾳だけがしてる。五⼈で⾷べてたときは気にならなかった⾳だ。
ファルコが先に⽫を空ける。スプーンを置いて俺の仮⾯を⾒る。
「坊主の体を、あんたは預かってる。いつまでだ」
俺はスプーンを⽌めて、治るまで、と答えた。
「治るってのは、どこまでだ」
答えようとして、答えがないのに気づいた。
デイビッド数値と各グラフのずれの線は、崩れる⼨前のところからずいぶん下がった。でもどこまで下がったら治ったと⾔えるのかは決めてない。
普通の⼈間の線の⾼さなら記録から出せる。
ただ、デイビッドの体には普通の⼈間の何倍ものサイバーウェアが⼊ってる。同じ⾼さまで下がるのかどうかもわからない。
「決めてねえ」
正直に⾔った。
「決められるほど、まだわかってねえんだ。説明書はこれから書くとこさ」
ファルコは怒らなかった。そうか、とだけ⾔って腕を組む。
「じゃあ、坊主の線が下がりきって、それ以上動かなくなったとする。そのとき、あんたは坊主をどうする」
帰す、と答えた。どこに、とファルコが訊いた。
それにも答えられない。
帰す場所の話を俺は考えたことがなかった。デイビッドたちがここにいるのは取引の中⾝じゃない。追い出す理由がないから置いてるだけだ。治ったら当然出ていく。出ていく先がどこなのかはあいつらが決めることだと思ってた。
ファルコは、俺の返事がないのを⾒て⼝の端を上げた。
「あいつらにも帰る場所はねえんだよ。部屋はどれもアラサカに知られてるかもしれねえ。戻れば、どうなるかわからねぇ」
お前はどうなんだと訊くと、ファルコはガレージのほうに顎をしゃくった。
「俺には⾞がある」
あの黒いバンのことだ。座席の⾰はすり切れてて、荷台の床には、キーウィが浸かってた氷の浴槽を留めてた⾦具の跡がまだ残ってる。
「それで⼗分だった。メインのクルーにいたころから、ずっとな」
*
⽫を⽚づけたあと、ファルコは⾷堂のテーブルに紙を⼀枚広げた。
紙だ。ネットに繋がってない、ただの紙。そこに鉛筆で何か書き込んである。
「何だそれ。宝の地図か?」
「坊主たちのこれからの話をするなら、先に並べとくもんがある」
ファルコは紙の上を指でなぞる。
「⼀つ。フィクサーがいない」
ファラデーは死んだ。クルーに仕事を回してたのはあの男だった。
「⼆つ。ネットランナーがいない。キーウィはもういない。ルーシーはアラサカに顔を知られてる。表に出せない」
「三つ。アラサカがまだ坊主を探してる」
ファルコはそこで指を⽌める。
「四つ⽬はあんたのことだ」
俺が何か⾔う前に、ファルコは続けた。
「坊主は治ったらまた⾛りたがる。あいつはそういうやつだ。メインもそうだったが、頭を張ると前に出ずにいられねえ」
ファルコが紙から顔を上げる。
「⾛れば、あのサンデヴィスタンを使う。使えば、あんたの⾒てる線が上がる。そうだろ」
そうだ、と答えた。
「あんたはそれを⽌めるか」
俺は少し考えた。
預かってるのはデイビッドの体だ。デイビッドの⽣き⽅じゃない。⾛るなと⾔う筋合いは俺にはない。
むしろ、⾛ってほしい理由なら、ある。
デイビッドが⾛って、サンデヴィスタンを使って、グラフの線が上がる。上がった線をナノマシンがどれだけ戻せるか。それは俺が⼀番知りたいことの⼀つだった。
知りたいことのために、デイビッドが⾛るのを、俺は⽌めないかもしれない。
それをそのままファルコに⾔った。
ファルコは⻑いこと俺の仮⾯を⾒てた。
「……正直だな、あんたは。嘘をつく理由があっても、つかねえんだろ、多分」
ファルコは紙の上の四つ⽬の横に、鉛筆で⼩さく丸をつけた。
丸の意味は⾔わなかった。
*
次の⽇、ガレージに降りた。
ファルコは⾞の下に潜ってる。床には⼯具が並んでた。ミリテクの刻印の⼊った⼯具箱はもうすっかりファルコの持ち物の顔をしてる。
「夕べの話の続きをしに来た」
俺が⾔うと⾞の下から、ああ、とファルコの声だけが返ってきた。
「考えたんだが、アンタは現状を悲観しすぎてるように思う」
⾞の下で⼯具の⾳が⽌まる。
「アンタは「アラサカに目を付けられた、もうお終いだ」って言っていたがちょいと考えてみてほしい」
ファルコが⾞の下から這い出してくる。顔に油の筋が⼀本ついてる。
「この街で活動する傭兵の何人がアラサカやミリテクにマークされてると思ってるよ。たかが一企業に睨まれたからって一々商売を畳んでたんじゃぁ、今頃この街は『アメリカで一番住みやすい街』になっちまうじゃねぇか」
俺は夕べのうちに集めておいた記録をバイザーの内側に出した。NCPDの通報の記録。
ここ⼀か⽉で、サイバーサイコの通報は⼗⼀件。マックス・タックが出たのが九件。
「傭兵稼業はこの街ではブルーオーシャンだ」
例えばサイバーサイコ案件。通報が⼊ってからマックス・タックが着くまで平均で⼗四分。
その⼗四分の間に、まぁ一般市民がどうなるかはお察しだろう。
「だがNCPDは手が回らない案件を傭兵に投げて金で解決しようとしてる。フィクサーを探す間はこういう『真っ当』で緊急性の高い案件を受ければいい。やりたがる傭兵も少ないし、アイツこういうの好きだろ?」
ファルコは布を握ったまま、俺を⾒た。
それから、⾃分の⾞の、樹脂でひびを⽌めたフロントガラスを⾒る。
何も⾔わない。
俺もそれ以上は⾔わなかった。
⾔えば、コイツらの道を縛る事になる。
ファルコは⼯具を⼀本拾って、⼿の中で回した。
「⼀つ、訊いていいか。あんたは、なんで坊主を助けた」
「気になったから」
ファルコの⼿が⽌まった。
「アフターライフであいつの体の中を⾒た。あれだけ⼊れてまだ壊れてなかった。なんで壊れないのか、気になった。気になったら調べたくなる。それだけだ」
ファルコが⼯具を床に置いた。
「気になったから、アラサカのタワーまで⾏って、アダム・スマッシャーとやり合ったのか」
「やり合ったよ。正直、ちびるかと思った」
ファルコは俺の仮⾯を⾒てた。
それから声を出して笑った。ガレージの天井に笑い声が響く。
ファルコが声を出して笑うのを、俺は初めて聞いた。
ファルコが⼯具を⼯具箱に戻すのを待って、訊いた。
「で、お前はどうしたいんだ、choom」
ファルコは⾞のボンネットに⼿を置いた。
「俺は運転⼿だ。乗せるやつがいりゃ、どこにでも⾛る」
「乗せるのが俺でもか。チップは弾むぜ」
ファルコは笑いもせずに、また⾞の下に潜っていった。
「それも、三⼈が帰ってきてからだ」
⾞の下から声だけが返ってきた。
*
⽉から最初の便りが来たのは、三⼈が発って四⽇⽬の夜だった。
ファルコの端末に、ルーシーから。ファルコは⾷堂のテーブルで、それを俺のほうに向けて⾒せる。
写真が⼆枚。
⼀枚⽬は、灰⾊の地⾯にブーツの跡が⼆つ並んでる写真。⽚⽅は⼩さくて、⽚⽅は⼤きい。⼤きいほうの跡は、⼩さいほうにわざと寄せてつけたみたいに斜めになってる。
⼆枚⽬はレベッカ。
レストランの⽩いテーブルクロスの前で⾚い実を⼀つ指でつまんでカメラに突きつけてる。⼝の周りが⾚い汁で汚れてた。
⽂章は⼀⾏だけ。
着いた。
ファルコは写真を⼆枚ともずいぶん⻑い間⾒てた。
それから端末を伏せてテーブルの上に置く。
「……あいつら、いちごなんか⾷ってやがる」
声がかすれてた。
俺は⼆枚⽬の写真のレベッカの顔を⾒てた。
ルーシーが⼝づけたときに、デイビッドが崩れなかった理由。三⼈がそばにいるときに、デイビッドの線が落ち着いてた理由。それもまだ数値では説明できない。
説明できないものが、この写真には写ってる気がした。
気がしただけだ。写真は⼆枚ともデイビッドの記録の隣のフォルダにしまっておいた。
*
三⼈が帰ってくる前の晩、ファルコと俺はまた⾷堂のテーブルにいた。
ファルコの紙はあれから書き込みが増えてる。四つの項⽬の下に細い字で何か⾜してあ
る。何を⾜したのかは⾒せてもらってない。
「整理しとくぞ」
ファルコが⾔った。
「あんたは坊主の治療を続ける。サイバーサイコシスが治ったと断言出来るまで」
「⼗三本⽬ができてからだけどな」
ファルコは紙の上の項⽬を⼀つずつ指で叩いていった。
叩き終えて指を⽌める。
「で、どうする?」
俺はすぐには答えなかった。
並べてみれば、答えは⼀つしかないように⾒える。俺には⾜がいる。ファルコたちには、仕事と、⾝を隠す場所がいる。俺は仕事を持ってるし、ここは誰にも⾒つからない。
聞いてた俺がそう思うくらいだ。並べたファルコも、同じことを思ってるはずだった。
でもそれを決めるのは、俺とファルコの⼆⼈じゃない。
「三⼈が帰ってきてからにしようぜ。デイビッドが何をしたいのか、本⼈の⼝から聞いてからだ。ルーシーとレベッカもな」
ファルコは紙に⽬を落としたまま動かない。
それから紙を⼆つに折って胸のポケットにしまった。
「同じこと、⾔おうと思ってた」
おぅ、なんでわざわざ訊いたんだよ。と口を開く前に、ファルコの方が⾔った。
「あんたがどう答えるか、⾒たかったんだ」
ファルコは椅⼦の背にもたれた。
「全部並べたところで、あんたが『ここで働け』って⾔ったら、俺は断るつもりだった。」
俺は何も⾔わなかった。
ファルコはそれ以上は⾔わずに⽴ち上がって、厨房のほうへ歩いていく。
「明⽇の夜は、五⼈分作る」
背中越しにそう⾔った。
*
⾷堂に⼀⼈で残った。
⻑いテーブルの端の⼀⾓。俺の席と、ファルコの席と、空いてる三つの席。
明⽇の夜には、この三つが埋まる。
埋まったあとで何が決まるのかはわからない。デイビッドは⾛ると⾔うかもしれない。
ルーシーは⽉に残りたかったと⾔うかもしれない。レベッカは何も⾔わずに射撃場に降りていくかもしれない。
数値なら慣れてる。線が動くのを待つ。動かない理由を考える。考えても答えが出なければ、記録に残す。
そういえば、待つ相⼿が⼈間なのは初めてだった。⼈間相⼿だと、待ってる間に何をしてればいいのかわからない。
バイザーの内側に、ルーシーの写真を出した。
ブーツの跡が⼆つ。並んで、斜めに寄って、灰⾊の地⾯に残ってる。写真を閉じて、⾃分の部屋に戻る。
⼗三本⽬の設計が、壁の向こうで少しずつ形になりはじめてた。
ここで一旦エッジランナーズ編は本当に終了!
次の話から「Cyberpunk2077」本編に合流します。