The Child Leading Beyond the Wall 作:housen
俺は見えない糸を捨て
ただ火花と銃声を打ち上げる
世界がお前達の死を
見失うくらいに
俺でもこれくらいは知っている
これが伝説の作法だろう?
[ 紺 碧 プ ラ ザ ]
回線を切ったVは迷わなかった。
ジャッキーの⼿からケースを取って、割れた蓋をこじ開ける。冷気が⽩く漏れて、中にある⼩さなチップがテラスの照明を鈍く跳ね返した。
ジャッキーが何か⾔いかけたときには、Vはもうそれを⾃分の⾸の後ろの差し込み⼝に押し込んでいた。
膝が⼀度だけ落ちて、すぐに持ち直す。
⽬の焦点が戻るまで、約三秒。
中⾝なら、ケースが床に落ちた時点でスキャンし終えている。
それで⼗分だった。アラサカが作った⼈間の頭の中⾝を丸ごと写
し取って別の頭に書き込むためのチップ。そこに書き込まれてるのは、⼆〇〇七年の古新聞の広告で歌ってた男。
【ジョニー・シルヴァーハンド】だ
「⾏けるか、V!」
ジャッキーが空になったケースを拾い上げながら⾔う。Vは⾸の後ろを押さえたまま頷いて、テラスの扉に⼿をかけた。
⼆⼈が建物の中へ消えるのを⾒送ってから、俺も客⽤の階段を降りる。警備員の義眼にも廊下のカメラにも、⽩い仮⾯のガキは映らない。
地下の駐⾞場までの道は、⼆⼈とも⾃分の⾜で切り開いていった。
下の階の廊下で、エレベーターの鍵を持った警備の将校を、Vが⾓の陰から⼀発で黙らせる。その懐から抜いた鍵で、エレベーターがロビーまで降りる。扉が開いた途端にロビーの警備が四⼈⼀⻫に振り向いた。ジャッキーが⼀⼈を肩からぶちかまして受付の台の陰に転がり込む。
天井から四本脚の警備ロボットが降ってくる。床を踏み割りながら近づいてくるその脚をVの撃った弾が関節から⼀本ずつ折っていった。
⼆⼈は⾜を⽌めずにロビーを抜けていく。
駐⾞場の隅で、⼀台の無⼈タクシーが弾の⾬の中で後部座席の扉を開けて待ってた。
俺の方は、ホテルの裏⼝に呼んでおいた別のタクシーの後部座席に収まって、⼆台後ろを⾛ってる。
前のタクシーの⾞内のカメラを借りると、後部座席でジャッキーが窓の外を睨んでた。
その膝の上には空のケース。側⾯の⼩さな表⽰はまだ⾚く点滅してる。
ドローンが三機、⾼架の上空から張りついて離れない。タクシーが⾞線を三つまとめて横切っても、トンネルをくぐっても、出⼝の上で待ってる。タクシーのAIは⾞線の切れ⽬を縫って⾞体を振り、ドローンの撃ち下ろす弾を路⾯に逃がしていく。窓から⾝を乗り出したVが⼀機を撃ち落としても、すぐに次の⼀機が雲の下から降りてきて⽳を埋めた。
『お客様。後⽅の機体が、当⾞の進路を先回りしております。このままですと、⽬的地まで同⾏していただくことになりますが』
タクシーのAIが、ホテルのフロント係みたいな声で⾔う。
ジャッキーが膝の上のケースを⾒下ろして、それから⾚い点滅に指を当てた。
「……こいつか」
ケースの封が割れたときから、表⽰は持ち主のところへ居場所を送り続けてる。ジャッキーにはそこまでは⾒えてない。⾒えてないけど、勘でたどり着いた。
「おい、⾞⽌めろ。次の⾓だ」
Vが顔を上げる。
「何する気だ」
「チップはお前の頭ん中だろ。連中が追っかけてんのはこの光だ。俺が持ってく」
Vが⾔い返そうとするのを、ジャッキーは⼿のひらで⽌めた。
「デクスのとこへ⾏け。⾦を受け取って、⽣きてりゃまたどっかで落ち合える。いいな、V。死ぬなよ」
カブキの⼿前の交差点でタクシーが⽌まる。ジャッキーはケースを脇に抱えて⾶び降りて、扉が閉まる前に⼀度振り返った。Vは何も⾔わずに拳を突き出してた。ジャッキーがそれに拳を当てて、扉が閉まる。
タクシーはVを乗せて夜の中へ⾛っていった。ドローンは三機とも、交差点の上で向きを変えた。
[ ワ ト ソ ン カ ブ キ ]
屋台の並ぶ路地の⼊⼝で、ジャッキーがケースを脇に抱えて振り返る。頭の上では、ドローンのファンの⾳が三つ、旋回をはじめてた。
その⽬の前に、俺の乗ったタクシーを横づけする。
後部座席から降りてきたのは、⽩い仮⾯の、ジャッキーの胸までしかないガキだ。⼿には拳銃が⼀挺、ジャッキーは⽬をむいて天を仰いで叫んだ。
「アノン! お前、なんで降りてきてんだ」
⾯⽩そうな方に来ただけだ、と答えた。
「バカ⾔え俺はいい。Vに付いてくれ!あいつは今⼀⼈でデクスに会いに⾏ってる!」
「デクスってデブは、初対⾯の部外者を笑顔でもてなしてくれるようなヤツなのか?」
ジャッキーは⼝を開けて、閉じた。
「……ねえな。仮⾯のガキなんか連れてったら、話が始まる前に撃たれる」
「だろ?で、どうするでかいの。俺に頼めば全部やってやるぜ? その光も、上の三機も、まとめて全部消してやる」
ジャッキーは腹の底から笑う。
「そんな恥ずかしいこと頼めるか。ダチに尻拭かせて伝説になったやつが、どこにいるってんだよ!」
「なら、派⼿にいこうぜ!上の連中がVのことなんか忘れるくらいにド派手になぁ!!」
ジャッキーはケースを⾜元に置いた。両⼿が腰に伸びて、⾦⾊の拳銃が⼆挺、屋台の明かりを跳ね返す。
⽷は使わない。⾒えない⼿で⽚付けたって、追⼿は⾸をかしげるだけだ。こっちに目を向けさせるなら、銃声と⽕花のほうがいい。Vにはこのまま⼀⼈でデクスのところへ⾏ってもらう。
そのためにも、今夜のアラサカの⽬は全部このカブキに集めておく必要がある。
⼀機⽬のドローンが⾼度を下げてきた。
空に向けて引き⾦を引く。弾丸は屋台の庇の上で弧を描いて、ドローンの腹の下へ回り込み、ファンの⽻根を⼀枚根元から持っていった。
機体が傾いて、ラーメン屋台の裏のゴミ置き場に突っ込む。
屋台の客が悲鳴を上げて散る。マジですまん。
通りの向こうから黒いバンが⼀台、タイヤを鳴らして滑り込んでくる。扉が開いて、灰⾊の装甲の男たちが四⼈、バンの陰に散った。アラサカの警備部隊だ。
ジャッキーが撃ちながら前に出る。⾦⾊の拳銃が交互に⽕を噴いて、バンの窓ガラスが砕けた。装甲の男たちはバンの陰に頭を引っ込めたまま撃ち返してくる。
バンの屋根の上の空に向けて、三発。
三発とも、バンの屋根を越えたところで真下に折れて、陰に隠れてた三⼈の⾸筋の隙間に落ちた。四⼈⽬が⾝を乗り出してジャッキーに銃を向ける。その肩をジャッキーの⼀発が撃ち抜いた。
「おい、今の弾曲がりやがったぞ!」
「よそ⾒すんな、choom。お客さんは上だ」
⼆機⽬のドローンが真上から撃ち下ろしてくる。ジャッキーが俺の襟⾸を掴んで、⾃販機の陰に放り込んだ。体が浮いて背中から地⾯に落ちる。今の⼀発のほうがドローンの弾より効いた。
「成⻑期なんだ、もっと丁寧に扱えよ」
ジャッキーはこっちを⾒もしないで撃ち続けてる。
⾃販機の陰から腕だけ出して⼆発。⼀発⽬は、ドローンの銃⼝の真ん前で、ドローン⾃⾝の撃った弾にぶつかって弾けた。⼆発⽬が、機⾸の下の銃を付け根から吹き⾶ばす。銃を失った機体はふらふらと看板の向こうへ逃げていった。
警備部隊の無線が⽿の奥で騒がしくなってる。
カブキで交戦中!⽬標は⼆⼈!⼤男と仮⾯の⼦ども!⾄急応援を回せ!⾼架のほうに回してた⾞もこっちへ呼び戻せ!!
狙い通りだった。
三機⽬のドローンが路地の出⼝に回り込んで、ジャッキーの後頭部に銃⼝を向けて⽌まる。ジャッキーはまだ気づいてない。
⾃販機の陰から、撃つ。弾はジャッキーの⽿の横をかすめて曲がり、ドローンの照準の⽬⽟を真ん中から割った。
ジャッキーが振り向く。落ちていくドローンを⾒て、それから俺を⾒る。
「今のは、礼を⾔っとく」
「ママの店で、エンチラーダ⼤盛りな」
通りの⾓から応援のバンのライトが⼆つ近づいてくる。ジャッキーは⾜元のケースを拾い上げて、通りかかったゴミ収集のトラックの荷台に放り込んだ。トラックは北の埋⽴地のほうへ曲がっていく。⾚い点滅が荷台の中で⼩さくなっていった。
応援のバンがトラックの後を追っていく。
「乗れ、でかいの」
タクシーの扉を開けて、⼆⼈で転がり込む。ジャッキーが体を押し込むと、⾞体が片側に沈んで、座席の半分以上がジャッキーで埋まった。
「狭えな、この⾞」
窓ガラスに頬を押しつけられたまま、タクシーの⾏き先をヘイウッドに書き換える。
「お前のその銃、どうなってんだ。弾が⾓を曲がる銃なんて、聞いたことねえぞ」
「スマート銃だよ。お前んちの近所の銃屋でも売ってる」
ジャッキーが疑わしそうに俺の細い⼿⾸を⾒る。
「あれは確か、⼿の中にリンクを⼊れてなきゃあんなふうには曲がらねえと思うんだがよ?」
「企業秘密だ」
ジャッキーは呆れた顔で息を吐いて、窓に頭を預けた。
「ヘイウッドに昔の仲間のガレージがある。しばらくそこで寝る」
「ママには、何て⾔い訳すんだ。俺なら泣きつくね」
ジャッキーは窓に頭を預けたまま⾸を振った。
「何も⾔わねえよ。⾔ったら、店ごと巻き込む」
ジャッキーは端末を取り出して、指を⽌めた。画⾯にミスティの名前が出てる。画⾯を眺めてから、何も送らずにしまった。
「あのチップ、どうなってるかわかるか?」
「Vの頭ん中で⾏儀よくお座りしてる。今のところはな」
ジャッキーは⿐を鳴らして、窓の外に⽬をやった。
Vを乗せたタクシーの⾞内のカメラは、バイザーの端に開いたままにしてる。後部座席のVは⾸の後ろを指で押さえたまま⽬を閉じてた。チップはVの神経の端に根を⼀本だけ下ろして、そこから先へは進んでない。
ヘイウッドの裏通りでジャッキーを降ろす。シャッターの半分下りたガレージの前でジャッキーは振り返り、タクシーの窓を拳で⼀回叩いた。
「借りは、ママの店で返す。今度こそ来いよ」
シャッターの下に、⼤きな背中が潜り込んでいく。
ジャッキーの体の中のサイバーウェアに、AIを⼀体つけておいた。命に関わる弾が⾶んでくれば、知らせが来る。それ以外の喧嘩はジャッキーのものだ。
[ ワ ト ソ ン ノ ー テ ル ‧ モ ー テ ル ]
Vを乗せたタクシーは、カブキの裏⼿にある古いモーテルの駐⾞場に⼊っていった。
『到着いたしました。どうぞ、お気をつけて』
タクシーのAIの声に、Vは返事をしないで降りた。
錆びた外階段を⼀段ずつ上がっていく。⼿すりのペンキが剥げて、⼆階の廊下の蛍光灯は半分が切れてた。
⼆階の廊下の、⼆〇四号室。Vが着く少し前から、部屋の天井のカメラを借りてた。
⼗分前、デクスはこの部屋から誰かにホロコールをかけてた。相⼿の名前は記録から消してある。消し⽅が雑で、残った声だけで⼗分だった。「わかってる! ⽚付けるって⾔ってんだろうが! 今夜のうちにだ!」怒鳴って通話を切ったデクスは、端末を壁に
叩きつけようとして、振り上げた腕を途中で⽌めてた。
今、カメラの中のデクスは、狭い部屋の中をベッドと窓の間で⾏ったり来たりしてる。太った体が往復のたびにテーブルの⾓にぶつかる。⽕のついてない葉巻を、端がぼろぼろになるまで噛んでた。⼿の中の端末には、アラサカの会⻑が死んだっていう速報が、何度も同じところまで巻き戻されては流れてる。
デクスター・デショーン。今夜の仕事をジャッキーとVに回したフィクサー。部屋の⼊⼝の脇には、デクスの護衛が⼀⼈壁にもたれて⽴ってた。⾸が太くて、両腕とも肘から先がサイバーウェアの、無⼝そうな男だ。
扉が開いて、Vが⼊ってくる。
デクスはVの顔を⾒るなり、端末をベッドに投げつけた。
「何をやらかしたか、わかってんのか! 皇帝が死んだんだぞ! サブロウ・アラサカが! よりによって、お前らがいたその部屋でだ!」
葉巻が⼝から落ちて、床を転がる。デクスはそれを拾いもしないで、Vの胸ぐらを掴みかけて、⼿を⽌めた。それからVの後ろの空っぽの廊下を⾒る。
「ジャッキーはどうした。死んだのか」
「⽣きてる。アラサカの追⼿を引きつけて、別の道に⾏った」
デクスの⼝が開いたまま⽌まる。
「ジャッキーが、アラサカを引き連れて街を⾛り回ってるってのか。なんてこった⋯なんてこったぁ……」
デクスは両⼿で顔を覆って、ベッドの端に崩れるように座った。指の隙間から荒い息が漏れる。
「チップは。せめて、チップは無事なんだろうな」
Vが⾃分の⾸の後ろに指を当てて⾒せた。
デクスの顔から⾎の気が引いていく。⼝が何度か開いて、閉じる。⽬が、Vの⾸と壁際の護衛の顔を⼆回往復した。
それからデクスは⻑く息を吐いて、⽴ち上がった。声が急に落ち着く。落ち着かせたのが、カメラ越しでもわかる声だった。
「……わかったいい。もういい。なんとかなる。俺がなんとかする。街の外に出る⼿筈は、俺がつける。今夜のうちにだ。いいな、V」
Vの肩を太い⼿が⼆回叩く。
「顔洗ってこい。ひでえ顔だ。話はそれからだ」
Vが洗⾯所に⼊る。蛇⼝から⽔が流れて、Vが鏡の前で顔に⽔を叩きつける。
護衛が壁から背中を離した。
画⾯の向こうで、この洗⾯所の鏡は何度も⾒た。⾒てるうちに、後ろから殴られる。どうやっても避けられなかっただろう。
護衛の拳がVの後頭部に振り下ろされる。Vの体が洗⾯台の縁にぶつかって、床に崩れた。
俺はそれを⽌めなかった。
デクスが洗⾯所の⼊⼝に⽴って、床のVを⾒下ろす。肩が上下に⼤きく揺れてた。
「悪い。悪いな、V。お前らには、これからいい仕事をいくらでも回してやるつもりだったんだ。くそっ!くそったれがぁ!!」
護衛がVの体を担いで、廊下に出る。駐⾞場に⽌めてあったデクスの⾞の後部座席に、Vの体が押し込まれた。運転席にデクスが乗り込んで、⾞は街の外れのほうへ⾛り出す。
俺は⾃分のタクシーの後部座席で、その⾞の⾞内のカメラを開いたままにしてた。⾞は街の明かりから離れる道を、⼆⼗分ほど⾛った。道の両側から建物が消えて、代わりに錆びた⾦網と、積み上げられたゴミの⼭の影が続く。
⾞が⽌まったのは、灯りのない道の途中だった。
後部座席でVが⽬を開ける。殴られた後頭部から垂れた⾎が、⾸の後ろの差し込み⼝のま
わりで固まりかけてた。焦点が合わないまま、Vは運転席のデクスを⾒た。Vの右⼿が座席の上で何かを探して動いて、⽌まる。
腰の拳銃はモーテルの部屋で抜き取られてる。
デクスは運転席から振り返らなかった。バックミラー越しにVを⾒て、すぐに⽬を逸らす。ポケットから新しい葉巻を出して、⽕をつけようとしてライターが三回空振りし、四回⽬でようやく⽕がついた。デクスは⼀⼝だけ吸って、窓の外に投げ捨てた。
「お前が悪いんじゃねえ。わかってる、わかってるんだよ、V。お前もジャッキーも、⾔われた仕事をしただけだ」
デクスの声が震えてた。
「でもな、アラサカはそんなこと聞いちゃくれねえ。お前が息をしてる限り、連中は俺までたどってくる。ジャッキーは後で探す。……俺だって、こんなことはしたくねえんだ」
そう⾔ってから、デクスはやっと振り返る。⽬が⾚い。額に汗の粒が浮いてる。デクスの⼿の中で拳銃が持ち上がった。銃⼝の先が細かく揺れてる。
Vの⾸の後ろではチップが静かに動いてる。今はまだ、何も書き込んでない。
あのころの俺は、この銃⼝の前に座らされる側だった。
デクスの指が引き⾦にかかる。
銃声が⼀つ、⾞の中に響いた。