The Child Leading Beyond the Wall 作:housen
お前が拾い損ねた死を
俺が奪い去ってやったぞ
[ ヘ イ ウ ッ ド ガ レ ー ジ ]
シャッターを半分くぐると、油とゴムの匂いがする。天井の裸電球の下にばらしかけのバイクが三台。壁際の古いソファにジャッキーが沈み込んでた。⼿にはどこかから掘り出してきた瓶ビール。
「何だ、戻ってきたのか」
「腹が減ったんでな。ここなら何か出てくるだろ」
そんなもんねえよ、とジャッキーは笑って⾜元の⽊箱からもう⼀本ビールを出して、こっちに放ってよこした。受け⽌めた瓶は冷えてもいない。
「酒は飲めねえって⾔ってんだろ。成⻑期なんだ」
「持ってるだけでいい。ほら」
瓶の⾸同⼠を軽くぶつける。ジャッキーは⼀⼝で半分空けて、⻑い息を吐く。肩からようやく⼒が抜けていく。
「しかしよぉ、お前の弾ほんとに⾓を曲がってたな。バンの屋根を越えて真下に落ちてった。ガキのころに⾒たカートゥーンみてえだったぜ!」
ジャッキーは瓶を振って、弾の通り道をなぞってみせた。
「今度、射撃場で⾒せてくれ」
「⾒物料は取るぞ。五発につきエンチラーダ⼀⽫な」
ジャッキーは喉の奥で笑った。
ガレージの外は静かだった。アラサカの無線はまだカブキの周りで騒いでる。ゴミ収集のトラックは埋⽴地に着いて、今丁度荷台を漁った警備部隊が空のケースを⼀つ⾒つけたところだ。
バイザーの端には、もう⼀つ映像を開いたままにしてる。
街の外れ、灯りのない道に⽌まったデクスの⾞。後部座席のVは動かない。
Vの⼼臓が⽌まって四⼗秒。⾸の後ろのチップが⽬を覚ました。
それまで息を潜めてたものが、⼀⻫に枝葉を伸ばしていく。
⽌まってた⼼臓に、もう⼀度拍が戻った。
紺碧で読んだとおりの動きだ。それでも、⽬が離せなかった。
デクスの⾞の後ろに別の⾞が⼀台⽌まる。降りてきたのは、黒いスーツの肩が裂け、背筋の伸びた男だった。
デクスを⾞から引きずり出して、短く何か⾔い、撃った。
後部座席のVを担ぎ上げたところで、Vが⼀度だけうっすら⽬を開けて、何か⾔う。男はその⾔葉を繰り返して、頷いた。
ヴィクター、と⾔ったように⾒えた。
ゴロウ・タケムラ。今夜死んだ会⻑の、護衛だった男だ。
ゲームでは、この男の⾞の後部座席で⽬を覚ますところから続きが始まった。
「なあ、アノン」
ジャッキーが天井の電球を⾒上げたまま⾔う。
「Vのやつ、今ごろデクスと⾦の話してんのかね」
「多分な。今ごろ値切り合戦の真っ最中だろ」
軽⼝で流して、それ以上は⾔わなかった。
今⾔えば、ジャッキーはこの瓶を放り出して、バイクに跨る。アラサカはカブキで暴れた⼤男を、まだ街中で探してる。
その⼤男がVの居る所へ⼀直線に⾛っていけば追⼿まで⼀緒に連れていくことになる。
Vはタケムラがヴィクターのところへ運ぶ。ゲームの中でもそうだった。
ジャッキーは空になった瓶を床に置いて、ソファに横になる。五分もしないうちにいびきが聞こえてくる。
俺は冷えてないビールを⼿に持ったまま、タケムラの⾞が街へ戻っていくのを朝まで⾒てた。
アラサカの無線からカブキの話が消えたのは、朝の七時を回ったころだった。
上から命令が⼀本下りてきてる。紺碧プラザの件で、盗っ⼈を追う動きはすべて打ち切り。
会⻑は毒を盛られて死んだ。
犯⼈は、護衛のタケムラ。
会⻑を殺した息⼦にとって、盗っ⼈がホテルにいたという記録の方が邪魔なんだ。ゲームでもこの男はそういう風に話を⽚付けてた。
ガレージの隅の古いモニターでは、朝のニュースが喪服の男を映してた。皆のよく知る会⻑の息⼦だ。
⽗は信頼していた者に毒を盛られた、アラサカはこの裏切りを決して許さない、と
よく通る声で繰り返してる。画⾯の下を護衛のタケムラの顔写真が⼿配の⽂字と⼀緒に流れていく。
ソファで起き上がったジャッキーに、アラサカの無線のことを伝える。ジャッキーは寝癖のついた頭をかいて、天井を⾒てた。
「つまり、俺たちは居なかったことになったってのか⋯」
「そういうこった。お悔やみ申し上げるよ、伝説の卵さん」
ジャッキーはソファのクッションを俺に投げつけて、それから笑った。
「腹減った。ママの店、⾏くぞ」
[ ヘ イ ウ ッ ド エ ル ‧ コ ヨ ー テ ‧ コ ホ ]
店の扉を開けた瞬間に、ジャッキーの体が太い腕に抱きしめられた。
「あぁジャッキー! あんた⼀晩、どこほっつき歩いてたの!」
ママ・ウェルズはジャッキーの胸を三回叩いて、それから両⼿でジャッキーの顔を挟んで、上から下まで眺めた。傷がないのを確かめて、もう⼀回胸を叩く。ジャッキーはされるがままになってた。
それからママの⽬が、ジャッキーの後ろの俺に下りてくる。
仮⾯をつけた細っこいガキ。
「……ジャッキー。この⼦は」
「ダチだよママ。前に話してたろ、コイツがアノンだ」
ママは俺の仮⾯をじっと⾒た。それから俺の細い腕を⾒て、眉を寄せた。
「あんた、ちゃんと⾷べてないね。座りな。エンチラーダ⼤盛りで持ってくるから。……そのお⾯、⾷べるときくらい外したら?」
「外すとママが俺に惚れちまうからな。ジャッキーに悪い」
ママは⼀瞬きょとんとして、それからカウンターを叩いて笑う。
ジャッキーがカウンターの端の席に俺を押し込みながら、⽿元で⾔った。
運ばれてきた⽫は湯気を⽴てて、⾚いソースがたっぷりかかってた。仮⾯の下から、⼀⼝。
「な、⾔ったろ?ママのエンチラーダは街⼀番だ!」
合成スナックとも、ファルコの飯とも違う。⾆の上で唐⾟⼦が遅れて弾けた。
「……うまい。マジで、美味いなこれ」
カウンターの向こうでママが満⾜そうに頷く。ジャッキーは⾃分の⽫をかき込みながらほら⾒ろ、という顔をしてた。
ジャッキーは⾷べる合間に何度か端末を⾒てた。Vからの連絡はゆうべから⼀本も来てない。
「デクスとの話が⻑引いてんのかね。あいつ、⾦のことになると細けえから」
独り⾔みたいに⾔って、また⽫に戻る。俺はエンチラーダの最後の⼀切れを⼝に⼊れて、何も⾔わなかった。
⼆⽫⽬の途中でジャッキーの端末が鳴った。
画⾯を⾒たジャッキーの⼿が⽌まる。
「ヴィックだ」
回線を開いたジャッキーの顔から、笑いが消えていく。相⼿の声は俺の⽿にも届いてた。低くて、落ち着いた年寄りの声。
『ジャッキー。お前の相棒が、ゆうべうちに運び込まれた。頭を撃たれてる。⽣きてるがまだ⽬を覚まさない』
ジャッキーの⼿の中で、フォークが⽫に当たって⼩さな⾳を⽴てた。
『それと、運んできた男がまだここにいる。アラサカの⼈間だ。来るなら、そのつもりで来い』
回線が切れる。
ジャッキーは⽴ち上がった。椅⼦が後ろに倒れても拾わなかった。
*
[ ワ ト ソ ン ヴ ィ ク タ ー の 仕 事 場 ]
路地の⼿前に、紫の明かりを灯した占いの店がある。ミスティの店だ。
ジャッキーはその窓の前を素通りした。⼀度も窓の中を⾒なかった。
その先の、狭い路地の奥の鉄の扉を、ジャッキーが肩で押し開ける。
壁⼀⾯に昔の試合のポスター。
部屋の真ん中に⼿術⽤の椅⼦が⼀脚。
その上にVが寝かされてた。
頭に包帯が巻かれて、⾸の後ろからは細いケーブルが、椅⼦の横の機械まで何本も伸びている。
椅⼦の脇には眼鏡をかけた⽩髪交じりの男が⽴ってた。
【ヴィクター・ヴェクター】この辺りでは⼀番腕のいいリパードクだ。
そして、部屋の奥の壁際にもう⼀⼈。
黒いスーツの肩が裂けたままの、背筋の伸びた男。左の頬に乾いた⾎の筋が⼀本残って
る。夜通しそこにいたらしい。ゴロウ・タケムラが腕を組んで⽴ってた。
ジャッキーの⼿が、腰の⾦⾊の拳銃に伸びる。
「てめえ、アラサカだな」
銃⼝が上がるのと、タケムラが壁から背中を離すのがほとんど同時だった。
タケムラは銃を抜かない。両⼿を下げたまま、半歩だけ⾜を開く。
それだけで、部屋の空気が⼀段重くなった。
「よせ、ジャッキー」
ヴィクターが⼆⼈の間に体を⼊れる。
「その男がVを担いでここまで運んできたんだ。街の外れのゴミ捨て場からな。撃つなら、俺の店の外でやれ。俺の患者の横で、⾎をまき散らすのはやめてくれ」
ジャッキーは銃⼝を下げなかった。タケムラの顔を睨んだまま、⻭を⾷いしばってる。
「アラサカの⼈間が、なんでVを助ける」
タケムラが初めて⼝を開いた。
「助けたのではない。私には、その男が必要なだけだ。私の主を殺した者のもとへたどり着くために」
低い声だった。⾔葉の⼀つ⼀つが硬い。
ジャッキーの指が引き⾦から離れる。銃⼝が下がっていった。
「……ヴィック。こいつ、信⽤していいのか」
「知らん。俺は撃つなと⾔ってるだけだ」
ヴィクターはそれだけ⾔って、椅⼦の横の機械の画⾯に⽬を戻した。
ジャッキーは拳銃を腰に戻して、Vの椅⼦のそばにしゃがみ込む。
包帯の巻かれたVの頭を黙って⾒ている。
俺は⼊⼝の脇から、Vの⾸の後ろを⾒てた。
チップは夕べから休まずに仕事を続けてる。Vの神経の傷付いた場所を埋め直して、その上から少しずつ、別の誰かの形を書き込んでいく。
遅い、が、⽌まらない。
ヴィクターが画⾯から顔を上げて、こっちを⾒る。
「で、そっちのチビは何だ。ジャッキーの連れか?それとも仮装パーティーの帰りか?」
「ジャッキーのダチだよ先⽣。この格好は趣味だ」
ヴィクターは笑わない。俺の仮⾯の⼝元をじっと⾒てる。
「その声、変声機だろう。⾸の後ろのデッキも、その腕の細さには釣り合ってない」
ヴィクターは眼鏡を指で押し上げる。
「お前、中⾝はいくつだ」
正⾯から訊かれたら、答えることにしてる。
仮⾯に⼿をかけて、外した。その下のヘッドセットとバイザーも、まとめて⾸まで下ろす。
⽩い髪と、⻘い⽬の、⼗五かそこらにしか⾒えないガキの顔が、部屋の照明の下に出た。
最初に声を出したのは、ジャッキーだった。
「……おいおいおい。嘘だろ。お前、本当に、ただのガキじゃねえか」
「前から⾔ってたろ。成⻑期だって」
ジャッキーが額を押さえる。
「冗談だと思ってたんだよ!」
ヴィクターの眼鏡が、⿐の上で少しずれた。それを指で戻すのも忘れて、俺の顔と⾸の後ろを医者の⽬で順番に⾒てる。
「……⽣まれたままの体に、デッキが⼀つ。その体で傭兵の仕事をしてるのか」
「さっきの質問の答えなら暦の上じゃ⼗⼋だ。体の方は三年前から⼀つも年を取ってねえけどな」
ヴィクターはそれきり何も訊かない。眼鏡の奥の⽬だけが、もう⼀度俺の⾸の後ろをなぞった。
部屋の奥でタケムラが組んでた腕をほどく。俺の顔をまっすぐ⾒てる。驚いたのを顔に出すまいとして、出しきれてない顔だった。
「⾒たら惚れるって、⾔っといたろ?」
ジャッキーが吹き出した。ヴィクターは呆れた顔で⾸を振って、画⾯に戻った。タケムラだけが、しばらく俺から⽬を離さなかった。
*
「Vが⽬を覚ますまで、どれくらいかかる?」
ジャッキーが訊くと、ヴィクターは画⾯を⾒たまま答えた。
「わからん。頭の中に俺の知らないものが⼊ってる。そいつが勝⼿に直してる。今は⋯待つしかない」
ヴィクターが画⾯をジャッキーのほうに向ける。Vの頭の断⾯に、⾸の後ろから⽩く細い線が何本も伸びてる。欠けた場所を縫いあわせてながら、少しずつ広がっていく。
ジャッキーは画⾯の⽩い線を指でなぞりかけて、やめた。拳を握って、開いて、また握る。
部屋の奥でタケムラが低く⾔った。
「その男が⽬を覚ましたら、私にも知らせてもらう。話がある」
「お前に⾔われる筋合いはねえ」
ジャッキーが振り向きもしないで返す。タケムラは⼝を閉じた。黙っていてもこの部屋から出ていくつもりがないのは、⽴ち⽅でわかった。
ジャッキーは⽴ち上がって、Vの肩に⼿を置く。
「⽬が覚めたら、呼んでくれ。どこにいても⾶んでくる」
それから俺を振り返る。
「お前もだぞ、アノン。Vが起きたら、三⼈で合流だ。いいな」
「エンチラーダ⼤盛りの分は働くさ」
ジャッキーは笑って、タケムラのほうを⼀度だけ睨んでから、扉を出ていった。
俺は仮⾯を被り直す。部屋を出る前にもう⼀度椅⼦の上のVの⾸の後ろを⾒る。
書き込みは⽌まらない。
だったら、遅らせる⽅法を探せばいい。⽌める⽅法はまだどこにもない。けど、遅らせるだけなら、⼿持ちの材料で始められる。紺碧でスキャンしたチップの中⾝と、半年前のリジーズで読んだVの神経の形。
路地に出ると、ジャッキーがミスティの店の前で⽴ち⽌まってた。今度は窓の中を⾒てる。俺は声をかけずにその横を通り過ぎた。
研究所に戻ったら、⼗四本⽬の設計を始めるとするか。