The Child Leading Beyond the Wall 作:housen
この街ではいつもそうだ
誰かの手の平の上で
命が量り秤にかけられる
お前の仕事は店の裏口から
秤ごと金を強奪い去っていく
それだけだ
【ジャッキー】
[ ワ カ コ の 店 ]
膝がもう限界だった。
店の表は昼間から客で埋まってる。
台の前に並んだ背中がみんな同じ⾓度で丸まってた。⽟の流れる⾳と当たりを告げる電⼦⾳、煙草の煙。
その間をタイガークロウズの若いのに挟まれて歩かされて店の奥の、そのまた奥まで連れてこられた。
座敷の⼿前の板張りの廊下に、俺とVは並んで正座させられてる。障⼦の向こうから何か液体を注ぐ⾳が聞こえる。
座らせたのは、廊下の端に⽴ってるタイガークロウズの若いのだ。⾸筋の刺⻘が障⼦越しの明かりで⻘く光ってる。
俺が⾜を崩しかける度にそいつが咳払いをする。クソッ
隣のVは背筋を伸ばしたまま⽬を閉じてた。重役の部屋の前で⼀時間⽴たされるのにはコーポにいたころに慣れてたんだろう。
⼀時間と少し。
待たされるのが嫌いだって言った婆さんが、もうそれだけこっちを待たせてる。
アノンのやつは、今ごろどこで何をしてるのか。
港で別れてから、⼀回だけ⽿元で焼き⿃のタレの話をされたが、どこから⾒てやがったのかてんでわからない。
やべぇ、⾜の指の感覚がなくなってきやがった⋯
「なあ、V」
⼩声で呼ぶとVは⽬を閉じたまま、何だ、と⼝だけ動かした。
「お前、平気なのか。頭の中のあれ」
「⋯静かだ。今はな」
Vはそう⾔ってから、廊下の誰もいない隅に⼀瞬だけ⽬をやった。それから、また⽬を閉じる。
今は、の⼀⾔が妙に引っかかった。ヴィックの店で、あの⽩い線が頭ん中を這ってく画⾯を⾒てから、俺はVの横顔を⾒るたびにあの線を思い出しちまう。
若いのがまた咳払いをする。
仕⽅なく、廊下の板の継ぎ⽬を数える。三⼗七本⽬で数えるのをやめた。障⼦の向こう
で、湯呑みが卓に置かれる⾳がする。もう三杯⽬くらいだろう。俺の腹が障⼦の向こうまで聞こえそうな⾳で鳴った。
若いのは咳払いをしなかった。
「⼊りな」
障⼦の向こうから乾いた声がした。
若いのが障⼦を開ける。俺は⽴ち上がろうとして、膝から崩れかけた。
Vが俺の肘を掴んで引き上げる。
*
座敷は思ってたより狭かった。
線⾹の匂いと古い畳の匂いが混じってる。
奥に⾊の褪せた掛け軸が⼀本。表のパチンコの音がうるさいくらいだったが、ここまで来ると遠い⾬の⾳くらいにしか聞こえない。
畳の上に低い卓が⼀つ。卓の向こうに⼩さな婆さんが⼀⼈、座布団の上にちょこんと座ってる。
⽩い髪をきっちり結い上げて、着物の袖から細い腕が出てた。その腕で湯呑みを⼝に運んでる。
緑がかった湯気が細く上がってた。
ワカコ・オカダ
この辺りの仕事を何⼗年も仕切ってきたフィクサーだ。
婆さんの後ろにはタイガークロウズの男が⼆⼈、壁際に⽴ってる。
⼆⼈とも、俺の腰の拳銃から⽬を離さない。
「座りな」
卓の前に座布団が⼆枚。今度こそ⾜を崩してやろうとしたら婆さんがこっちを⾒た。
俺は正座した。
婆さんはVの顔を上から下まで眺める。
「タケムラの坊やも、偉くなったもんだ。サブロウの後ろでいつも⽯みたいな顔して⽴ってた坊やがね。その坊やが、アラサカのお姫様の⾏列のことを知りたがってる。あんた達は、その使いってわけだ⋯そうだね?」
Vが頷く。
「理由は訊かないよ。訊かなくても、だいたいわかる。サブロウが死んで、坊やが濡れ⾐を着せられた。息⼦に⼀泡吹かせたい。そんなところだろう」
婆さんの⽬がVのコートの仕⽴てで⽌まる。
「あんた、アラサカの飯を⾷ってたね。その上着の縫い⽬でわかる。どこの部署だい」
「防諜部。クビになった」
Vは間を置かずに答えた。
「正直だね」
婆さんの⽬が細くなる。その⽬が、今度は俺に移る。
「そっちの⼤男は、ヘイウッドの顔だね。ヴァレンティーノズの匂いがする」
「昔の話だ。今はただの傭兵だよ」
婆さんは聞き流して、湯呑みの縁を指でなぞった。
「あたしは物覚えがいいんだ。あんたの⺟親の店のことも知ってるよ。いい店なんだってね」
ママの店の話をされて、腹の底が冷えた。
脅しじゃないのくらいは婆さんの声でわかる。
この婆さんは、こっちのことを全部知ってる。それを今⾒せただけだ。
婆さんは俺の顔⾊を確かめてから、Vに⽬を戻した。
「あたしはね、アラサカに孫を⼀⼈、持っていかれてる。だから、アラサカの飯を⾷ってた⼈間は、好きじゃない。でもアラサカに放り出された⼈間は嫌いじゃないよ」
婆さんは湯呑みを卓に置いた。
こつん、と⼩さな⾳がした。
港でアノンが⾔ってた。あの婆さん、湯呑みを置く⾳で⼈を値踏みするぞ、と。何の冗談かと思ってた。今のはどっちの⾳だ?
Vは婆さんの⽬を⾒返してる。⽬を逸らさない。
「⾏列の⼭⾞は、アラサカの⼯業団地の倉庫で組み上げてる。お姫様が乗る⼀台だけは他とは別の扉の奥だ。そこまではあたしの⽿に⼊ってる」
「中の様⼦は?」
Vが訊いた。婆さんは⼝の端だけで笑う。
「⾃分で⾒に⾏くんだね。あたしは場所を教えるだけだよ。アラサカの倉庫の扉の向こうまで⾸を突っ込む気はない」
婆さんの湯呑みに、後ろの男が湯を注ぎ⾜す。
「で、値段の話だ」
Vの肩が硬くなる。デクスの⾦は⼀エディも⼊ってない。俺の⼿持ちも、ママの店で払えるくらいしかない。
婆さんはそれを⾒透かして、俺のほうを⾒た。
「あんた。カブキでこないだの晩にアラサカの⽝どもと派手に撃ち合ってた⼤男だね」
背中を冷たいものが⾛る。
「通りのカメラにばっちり映ってたよ。⾦⾊の拳銃を⼆挺ぶら下げた⼤男と、その隣でスマート銃を撃ってた仮⾯のちびすけ」
婆さんは、また湯呑みを⼝に運ぶ。
「あのちびすけには、借りがあってね。あんた達が、あのちびすけの連れなら、話は別だよ」
何のことかさっぱりわからない。
Vも横⽬で俺を⾒てる。俺は⼩さく⾸を横に振った。知らねえよ俺だって。
「今回の値段は、そのちびすけにつけとく。あんたたちから取るのは⼿間賃だけでいい」
婆さんが、卓の上に⼩さなシャードを⼀枚滑らせた。
「倉庫の場所と、警備の交代の時間。あたしが持ってるのは、それで全部さ」
Vがシャードを⼿に取る。
「お姫様の周りは、誰が固めてる」
「アラサカの⽝なら、⼭ほどいるさ。でも、本当に気をつけるのは⼀⼈だけだね。お姫様の傍にいつも腰に⼑を下げた若い男が⽴ってる。あれは⽝じゃなくて狼だよ。タケムラの坊やが⼀番よく知ってるはずさ」
婆さんは、それきり狼の話はしなかった。
*
そのとき、廊下のほうで⾜⾳がした。
障⼦が開いて、タイガークロウズの若いのが⼀⼈膝をついて頭を下げる。さっき廊下で咳払いしてたやつとは別の顔だった。
「オカダさん。三軒先の医者の店で」
若いのは、俺とVのほうをちらっと⾒て、声を落とした。
「階段の下の⾒張りが何も⾒てないって⾔うんです。誰も上がっていってないのに、上の診療所の扉が勝⼿に動いてるんです」
婆さんは湯呑みを持ったまま、しばらく動かなかった。
それから、湯呑みを卓に置く。
こつん。
さっきより軽い⾳に聞こえた。
「放っておきな」
「しかし、あそこは」
若いのが顔を上げる。婆さんの声は変わらなかった。
「あの医者はうちの客も何⼈か裏で売ってる。前から気に⼊らなかったんだ。何があっても、うちの若いのは⼿を出すんじゃないよ。⾒張りにもそう⾔っときな」
若いのはもう⼀度頭を下げて、障⼦を閉めて出ていった。
婆さんは、何事もなかった顔で俺たちのほうに向き直る。
「さて。⼿間賃の話だったね」
⼝元が緩んでる。
話が値段に戻りかけたところで障⼦の外にさっきの若いのがもう⼀度膝をついた。
「オカダさん、医者が診療所の床に転がってると報告が。指が全く動かないって⋯」
「⽣きてるならいい。救急は呼ぶんじゃないよ。後でうちの若いのを⾏かせな。客を売った話をゆっくり聞いてやらなきゃね」
医者の店。三軒先。誰も上がっていかないのに、扉だけが開く。
アノンのやつだ。
アイツなら誰にも見られずにやってのけるだろう。
隣のVも同じことを考えてる顔だった。
シャードを握った⼿に⼒が⼊ってる。
*
⼿間賃は思ってたより安かった。Vが⼿⾸の端末で送ると後ろの男が額を確かめて、婆さんに⼀度だけ頷いた。
婆さんはそれを⾒もしないで湯呑みを傾けてる。
最後に、婆さんはもう⼀つだけ付け⾜した。
「ちびすけに会ったら、伝えときな。今度は、顔を⾒せに来いってね。茶の⽤意くらいはしておいてやる」
あのちびすけが仮⾯の下にどんな顔を隠してるか、婆さんは知らないらしい。俺はヴィックの店であの顔を⾒てる。⾔うかどうか迷って、⾔わなかった。婆さんがどんな顔をするか。見れないのが残念だぜ。
廊下に出る。まだ膝が笑ってる。
今度はVに掴まれる前に壁に⼿をついて⾃分で⽴つ。
廊下の端の、咳払いばかりしてた若いのが俺たちが通り過ぎるときに頭を下げた。
⼊ってきたときとは腰の折り⽅が違う。
⾃動扉が開くと昼の光が⽬に刺さった。
昼のジグジグ・ストリート、さっきより⼈が増えてるように感じる。
屋台の鉄板から上がる湯気の向こうに、三軒先の⼆階の窓が⾒えた。窓の横で、ピンクの指の看板がちかちか瞬いてる。
脇の路地の階段の下にタイガークロウズの⾒張りが⼆⼈⽴ってた。⼆⼈とも通りの方を向いたまま、階段のほうは振り返らない。
その階段を、でかい男が⼀⼈降りてきた。
作業着の上着に、頭に合ってない⼩さな帽⼦。腕に⽑布の塊を抱えてる。⽑布の端から、⾦⾊の髪が⼀房こぼれてた。
あの髪には⾒覚えは無いが、察するに紺碧の仕事を俺たちに持ち込んできた⼥だろう。
その後ろからもう⼀⼈、⽩い仮⾯のちびすけ。
⾒張りの⼆⼈はすぐ横を通り過ぎていく三⼈に⽬もくれない。
⽑布の塊がタクシーの後部座席に押し込まれる直前、⽑布の端からこぼれた⽩い指がかすかに動いた。
ちびすけが、通りの向こうからこっちを⾒た。
多分、⾒た。
それから⽚⼿をひょいと上げて路肩に⽌まってたタクシーに乗り込んでいった。⽑布の塊を抱えたでかい男も後に続く。
タクシーが通りの⾓を曲がって消えていったが、⾒張りの⼆⼈は、最後まで階段の方を振り返らなかった。
⽿の中で声がした。
『よう、でかいの。膝⼤丈夫か?』
「……今度はどこだ。屋台の看板の上か?」
通りを⾒回しても、それらしいカメラは⾒当たらない。
『サブクエストはだいたい⽚付いた。メインの方はどんな感じだ?』
「シャード⼀枚。それと、婆さんから伝⾔だ。今度顔を⾒せに来いってよ。茶を⽤意して待ってるってさ。仮面は置いていけよ」
回線の向こうで、アノンが変声機越しの太い声で笑った。それきり回線は切れた。
隣でVがシャードをコートの内ポケットにしまいながら、俺の顔を⾒る。
「ワカコがアイツに借りがあるって、何の話だ?」
「知らねえよ。今度、あのちびすけに訊いてみな。どうせ成⻑期だなんだってはぐらかされる」
Vはタクシーの消えた⾓を⾒てた。
「さっきの毛布、エヴリンだった」
俺が頷くと、Vはポケットの中でシャードを握り直した。
「タケムラに連絡する」
⾔い終わる前に、Vはもう⼿⾸の端末を開いてた。
屋台の前を通りかかると、鉄板の上で焼き⿃がタレを焦がしてる。
腹が鳴る。
⼀本だけ買って、今度は⾷ってからちゃんと口の周りを拭いた。
どうせまたどっかから⾒られてる。
紺碧の夜から俺はあのちびすけに借りを作りっぱなしだ。
アラサカと一緒に戦ってもらって、Vの頭の中⾝を診てみらって、今度はエヴリンだ。
借りばっかり増えてく。
いつか全部まとめて返す。ママのエンチラーダだけじゃとても⾜りねえ。
焼き⿃の串を咥えたまま、ミスティにメッセージを⼀本だけ送った。⽣きてる。夜には顔を出す。
返事は星のマークが⼀つだけ。ミスティらしい。
ジグジグ・ストリートの真ん中で、俺は痺れの残った⾜を⼀歩ずつ踏み出した。
ワカコとの面会描写は独自解釈です。
彼らは英語を話してます(´・ω・`)
座敷で、正座してとなると彼女のタトゥーは見れないですね。
ちょっと残念です。
ワカコの好感度
元アラサカのV:好感度↓↓↓
アラサカをクビになったV :好感度↑
アラサカからの追手と大立ち回りして生き残ったジャッキー
好感度↑↑↑↑↑↑↑↑↓↓←→←→AB←↓→↑