The Child Leading Beyond the Wall 作:housen
錆びた鉄で繋ぎ止めていた尊厳を
ひと匙、砂のように零し落とす
その屈伏の姿勢だけが
砂漠で命を繋ぐ
無口な礼節の姿さ
[ ⾼ 架 の 下 ]
⼀時間後。
パナムの言う通り、⾼架の下に乗り捨てられたバスが⼀台転がってる。窓ガラスは⼀枚も残ってない。
その横に砂まみれのピックアップが⼀台停まってた。荷台の縁がへこんで、⽚⽅のライトに布が巻いてある。
運転席の扉を開けたまま、パナムがボンネットを開けて中身をガチャガチャいじっている。
俺達がバスの陰から出ていくと、パナムは顔を上げた。視線が俺のところで止まり、眉が寄る。
「本当にその⼦も連れてくるわけ?」
「夜遊びには保護者が要るんでね」
パナムはそれには答えず、Vの⽅へ向き直った。
「ローグの前じゃ⾔えなかった事から⾔う。あたしの⾞はナッシュに取られた。ラフェン・シヴの頭。前はあたしと組んで仕事をしてた男。ロッキーリッジの廃墟の町に連中のねぐらがある。そこで⾞を取り返す。ナッシュの件はそのついで」
ついで、のところだけ、パナムの声が低くなった。
Vはへこんだ荷台に⽬をやってから、ロッキーリッジの連中の数と武器と⾞の場所を続けて訊いた。
数は⼗⼆か⼗三、夜になるともっと増える。
武器はろくなもんじゃないけど、ヤツらは数が多い。⾞の場所が分かってたらとっくに⼀⼈で取りに⾏ってる。
パナムの答えはどれも短い。
Vはそこで質問をやめた。
「で、⾞列の⽅は?」
パナムが腕を組む。
「アルデカルドスを動かせるかは約束できない。あたしは動く。あたしが動けば、動くやつも居る。それで⾜りなきゃこの話は無し」
「⾜りるかどうかは、そっちのキャンプを⾒てから決める」
パナムの眉が⽚⽅だけ上がった。
「キャンプまで連れてけって事?」
「ロッキーリッジに⾏く前に寄るつもりだったんだろ?荷台が空だ。何か積みに⾏くと見たんだが⋯」
パナムが⾃分の⾞の荷台を振り返って、Vの顔をさっきより⻑く⾒る。
「…コーポってのは、みんなそういう⽬をしてるの?」
「防諜部の⼈間だけだ。元、だけどな」
パナムは運転席の扉を、⾳を⽴てて閉め直した。
「乗って。後ろは⼆⼈。そっちの⼤男と、そっちの⼦」
『ノーマッドの⾞か。尻が割れるぞ、V』
ジョニーが荷台の縁に腰かけて⾜をぶらぶらさせてた。Vはジョニーの⽅を⾒ないで助⼿席に乗り込んだ。
*
ナイトシティの灯りが後ろの窓の中で⼩さくなっていく。
後部座席はジャッキーの肩でほとんど埋まってた。俺は残りの隙間に収まって、窓の外の暗い砂を眺めてる。
荷台ではジョニーが⾵に髪をなぶらせたまま、遠ざかっていく街の灯りを⾒てた。
ハンドルを握ったまま、パナムがバックミラーで俺を⾒た。
「あんた、いくつ?」
「暦の上じゃ⼗⼋だ。⾒た⽬の話はするなよ?傷つくからな」
ミラーの中でパナムの眉が寄って、すぐに前の道へ戻った。
ジャッキーが隣で笑いを噛み殺して肩を揺らす。その肩に押されて、俺の体が窓の⽅へ半分潰れた。
「おい、でかいの。潰れる潰れる」
荷台のジョニーはずっと後ろを向いたままだった。街の灯りが砂の向こうに沈みきったところで、ぽつりと声が鳴る。
『…あいつ、まだあの席に座ってやがった。五⼗年も、同じ席に』
助⼿席のVの肩がかすかに動いた。振り返りはしない。隣でハンドルを握ってるのはパナムだ。
パナムはVの横顔をちらりと⾒て、前の暗がりに⽬を戻した。
[ ア ル デ カ ル ド ス の キ ャ ン プ ]
明け⽅の砂漠は思ってたより寒い。
古い給⽔塔の陰に、トレーラーとテントと改造⾞が輪になって並んでる。輪の真ん中ではドラム⽸の中で⽕が燃えていた。
そのまわりに何⼈かが座って、湯気の⽴つカップを⼿で包んでる。
パナムの⾞が輪の外で⽌まると⽕のそばから⼤きな男が⼀⼈⽴ち上がった。
サイドを刈り上げ、無精髭を生やした、右目の周囲に火傷の痕(またはサイバーウェアの痕)がある短髪の男性。
【ミッチ・アンダーソン】
パナムが所属していたクラン「アルデカルドス」の古株で、パナムの古い仲間だ。
その後ろからフードを被り、無精髭を生やした、精悍な顔付きの男が⼀⼈ついてくる。
【ドリス・メリアナ】通称:スコーピオン
「戻ったのか、パナム。…客を連れて」
ミッチの⽬が俺の仮⾯のところで⽌まった。
「ロッキーリッジに⾏く。テントの奥の箱、持ってくから」
ミッチの太い眉の間に皺が⼀本寄る。
「ソウルには?」
「⾔わない。⾔ったら⽌められる」
ミッチは溜め息を⼀つついたが、⽌めはしない。
⽕のそばへ戻って置いてあったカップを拾い上げる。スコーピオンがテントの⽅へ顎をしゃくった。
パナムがテントの⽅へ歩き出して、Vとジャッキーがその後に続く。俺も続こうとした。
⽕のそばに座ってた若いのが三⼈、⽴ち上がって俺の前に回り込んできた。
三⼈とも⼆⼗歳を少し過ぎたくらい。袖のない上着から出た腕に、砂と油の染みが落ちきらずに残ってる。
真ん中の⼀⼈は煙草をくわえたまま、俺の仮⾯を上から覗き込んだ。
「おいおい。パナムが街から何を拾ってきたかと思えば、⼈形拾ってきたのかよ」
右の⼀⼈が俺の頭の上で⼿のひらを⽔平に振って、背丈を測る。
「いや、迷⼦だろ。お⾯なんか被って。ママはどこだ坊や?ハロウィンはまだ先だぞ」
左の⼀⼈が腹を抱えて笑う。真ん中のが煙草を深く吸い込んで、俺の仮⾯に煙を吹きかけた。
「街のガキは砂漠じゃ三⽇ももたねえ。帰りの⾞、出してやろうか?荷台でいいならな」
三⼈とも笑ってる。⽕のそばでミッチが三⼈の⽅へ⼝を開きかけた。
体の中をひと通り覗いておく。
真ん中の男は両腕が肘から先まで安物のサイバーウェア。
右の男は左脚の膝から下。
左の男は背⾻の継ぎ⽬に、反応速度を上げる安い部品が⼀つ。
三⼈とも両⽬はキロシの古い型。
それと三⼈とも腰から下にわざわざ⾦をかけたらしいインプラントが⼀つずつ。
アラサカの侍。軍⽤のサンデヴィスタンを背⾻に⼊れたガキ。銃弾の⾬の中で⼑で描く円で捌き切った男。
⽬を覚ましてから俺を値踏みしてきたのは、だいたいそういう連中だった。
こういう⼿合いに真正⾯から舐められたのは、多分初めてだ。
…うん。ちょっとだけ、カチンときた。
⽷を三本伸ばす。三⼈の腕と脚と背⾻のサイバーウェアの神経との接続を一気に落とす。
キロシの映像と⽿と⼝は残しておく。何が起きたかはちゃんと⾒えてた⽅がいいだろう。痛くなけりゃ覚えない。
真ん中の男の⼝から煙草が落ちる。
三⼈の膝が同時に抜けた。前のめりに崩れて、三⼈そろって顔から砂に伏せる。落ちた煙草が細い煙を上げてる。
「…な、何だ?何なんだおい腕が。おい、腕が動かねえ!」
右の男は砂に頬をつけたまま、膝から下を⾒ようとして⾸をよじってる。
「脚が、脚がねえ。いや、ある。あっあるのに動かねえっ」
左の男は声も出せずに⼝をぱくぱくさせてる。⽬だけが俺の靴のあたりを忙しなく⾏ったり来たり。
並んだ三つの後頭部を、⽴ったまま⾒下ろす。
「俺は寛⼤だからなぁ、⼀度⽬はこれで許してやる」
三⼈の頭の横にしゃがみ込む。真ん中の男の顔の⾼さまで仮⾯を下ろした。
男の顎の下に指を⼀本差し込んで、砂からわずかに持ち上げる。古いキロシのレンズの中に⽩い仮⾯が映り込む。
仮⾯の機械を通る声を⼀段だけ落とした。
「だが俺は仏じゃねぇ。⼆度⽬があったらその⽴派なブツに⼊れたインプラントが⼆度とタチ上がれないようにしてやる」
指を抜と男の顎が砂の上に落ちた。
その顔から⾎の気が引いていく。
仮⾯の⽬の⽳の奥で、俺の⽬は何も光らせてない。サイバーウェアの⼀つも⼊ってない、ただの⽬だ。
その⽬で男の⽬を⾒たまま待つ。
「返事が聞こえねえなぁ?」
「…わ、わかった。わかったよ」
真ん中の男の声が砂に吸われていく。右の男は砂に額をこすりつけたまま頷いて、⼆度としねえ、と繰り返す。左の男は唇を震わせてから、やっと⼀⾔、はい、とだけ絞り出した。
⽴ち上がって、⽷を三本とも引き戻す。
三⼈の腕と脚に神経の信号が戻る。三⼈ともすぐには起き上がらなかった。起き上がっていいのかどうか分からない顔をしてる。
⽕のまわりで、カップを⼿にしたまま固まってる連中をぐるりと⾒回した。
「他に⼤地を全⾝で感じたくなったヤツは居るかい?」
誰も⼝を開かない。ドラム⽸の中で薪が⼀本ぱちんと爆ぜた。
『ハハッいいねえ。ガキのくせに性格の悪さだけは⼀⼈前だ』
ジョニーがトレーラーの屋根の上に腰かけて⼿を叩いてる。⾳はしない。
ジャッキーはテントの⼊⼝で、袖を肘までまくりかけた格好のまま⽌まってた。三⼈のところへ⾃分で⾏くつもりだったらしい。
まくりかけた袖を下ろしてから、こらえきれずに吹き出した。
「アノン、お前煽られ慣れてねえだろ」
「うるせえ、慣れてたまるかよ」
Vはジャッキーの隣に⽴ったまま、三⼈が倒れた砂の上と俺の⼿を⾒てた。その右の前腕の⽪膚の継ぎ⽬が、開きかけて閉じる。
テントの⼊⼝からパナムが戻ってきてた。⽚⼿に銃を⼀挺下げてる。
「…何してるの?」
「挨拶だよ、挨拶。砂漠じゃこうやるんだろ?」
パナムは答えず、三⼈の⽅に⽬を向けた。
三⼈はやっと起き上がって砂を払いながら、誰とも⽬を合わせないで⽕の⽅へ戻っていくところだ。
ミッチが⽕のそばでカップを置いた。
三⼈の背中を⾒送ってから俺を⾒る。
「あいつらは⼝ばかり先に育つ。…悪かったな」
「いいって事よ」
ミッチは笑いはしなかった。けど、⼝の端がかすかに動いた。
スコーピオンはずっとテントの柱にもたれて、腕を組んで眺めてる。三⼈が⽕のそばに座り直すのを⾒届けてからテントの奥を顎で⽰した。
「箱は奥だ。重いから手伝ってやんな」
Vがそれを聞き、テントの奥へ⼊っていく。
ジャッキーがその後を追いながら、俺の仮⾯の頭を上から⼀回叩いた。
「次は俺の分も残しとけよ」
「速さが足りてねぇだけだよ、でかいの。精進しな」
テントの奥から⽊の箱を担いだVとジャッキーが出てきた。パナムがピックアップの荷台の扉を開けて、箱が荷台に収まった。
Vは荷台の扉が閉まるのを待たずに、キャンプの輪をもう⼀度⾒回してる。
トレーラー七台
改造⾞九台
そのうち⼆台の屋根に機関銃の台座
今居るクランの⼈間の数を⽬で⼀⼈ずつ拾っていく。
数え終えると、Vは⽕のそばのミッチのところへ歩いていった。
来週の⾞列の話を短くする。カン・タオの⾞列だという事。装甲⾞の数と、ドローンの数と、真ん中の⼀台の事。
ミッチはカップを持ったまま、最後まで黙って聞いてた。
「カン・タオの⾞列を砂の上で⽌める。…⾯⽩い話を持ってくるな、コーポ」
Vは訂正しなかった。
「キャンプを動かすのは俺じゃない、ソウルだ。パナムとお前の取引に乗るかどうかも、ソウルが決める」
荷台の扉を閉めかけてたパナムの⼿が⽌まった。
「ソウルに頭を下げるくらいなら、あたし⼀⼈で…」
ミッチはパナムの⽅を⾒もしないで、顎でVを⽰した。
「先ずは⾞を取り返してここに戻ってこい。そしたらソウルの前に、そこのコーポを座らせてやる。話を通すのはそいつの仕事だ」
パナムは何か⾔い返そうとして、やめた。荷台の扉をさっきより強く閉める。
Vはミッチに⼩さく頷いて、ピックアップの⽅へ戻ってくる。
ジャッキーの隣を通る時、ジャッキーにだけ聞こえる声で⼀⾔だけ⾔った。
「⾜りる。十分だ」
ジャッキーはにやりと笑って、Vの背中を叩いた。
地平線の端が⽩くなりはじめてる。ロッキーリッジはこの先の丘の向こうだ。
パナムが運転席の扉に⼿をかけたまま、俺を振り返った。
「ロッキーリッジの連中にも、同じ事ができるの?」
「⼗⼆か⼗三?そんなもん朝飯前だ」
助⼿席の扉を開けかけてたVが、その⼿を⽌めてパナムの⽅を⾒た。
「ロッキーリッジはそっちの⾞の話だ。誰に何をやらせるかは、そっちが決めろ」
パナムは⽕のそばの三⼈の背中に⽬をやってから運転席の扉を開けた。
「⾞はあたしの⼿で取り返す。あんたとそっちの⼤男は、あたしの後ろ。その⼦は⾞の番」
「はぁ?冗談だろ!?」
運転席の扉が閉まる。エンジンは⼆度つっかえてからかかった。
「おいおい。パナムが街から何を拾ってきたかと思えば、⼈形拾ってきたのかよ」→「パナム、お前こんな小さい子供を連れて街からここまで運転するとか正気か?」
「いや、迷⼦だろ。お⾯なんか被って。ママはどこだ坊や?ハロウィンはまだ先だぞ」→「迷子を拾ったんだろ。坊や、親と離れて寂しくないか?」
「街のガキは砂漠じゃ三⽇ももたねえ。帰りの⾞、出してやろうか?荷台でいいならな」→「ここは大人でも危ない土地だ。送ってやるからさっさと帰りな。なんなら荷台に乗せてやってもいいぞ(うちのチビ共はそれで喜ぶ)」
拙作のアルデカルドスは良い人ばかりのクランということにしてます。ここも独自解釈ですのでご了承くださいm(_ _)m