The Child Leading Beyond the Wall 作:housen
赦しを請う暇など与えない
それがこの荒野で
私達が交わした唯一の誓い
[ ロ ッ キ ー リ ッ ジ ]
丘を⼀つ越えると、道の両側に屋根の落ちた家が⼆⼗軒ほどの廃墟化した町並みが見えてくる。
ガソリンスタンドの看板は⽂字が半分しか残ってないし、⼗字路の真ん中にある信号機三つの灯りが全部割れてる。
町の⼀番奥に変電所の⾦網と鉄塔が三本。
パナムは町の⼿前の涸れ川の⼟⼿の陰にピックアップを停めた。
「夜になると連中がここに集まるの。あそこの⾓にあるバー。ナッシュが居なくてもあいつの⼿下は毎晩あそこで飲んでる」
「⾞は?」
Vの問いにパナムは顎でバーの裏⼿を⽰した。
「裏のガレージ。鍵は⾒張りが持ってる。ナッシュのやり⽅なら、きっとそう」
パナムがピックアップの荷台の⽊箱を開けた。
中には太い銅線を巻いたケーブルが⼆本と、端⼦を噛ませる⼤きな鰐⼝がいくつか。それと狙撃⽤の⻑い銃が⼀挺。
Vは⽊箱の中のケーブルを⾒下ろしてから、町の奥の変電所に⽬をやった。
「町の電気を戻すつもりか?」
「戻して、連中が⼗字路に揃ったところで⼗字路の灯りを全部⼀度につける」
ジャッキーが顎を掻いた。
「明るくしてどうすんだ?」
パナムは狙撃銃を肩に掛けながら、町の⽅へ顎をしゃくった。
「夜になれば分かるよ」
Vは町の通りの割れた街灯を⼀本ずつ⽬で数えてから、⼩さく頷いた。
『へえ。砂漠のお嬢ちゃんでもちゃんと頭を使えてんじゃねえか』
ジョニーがピックアップのボンネットに腰かけて⾜を組んでる。Vは聞こえないふりをして、ケーブルを⼀本肩に担いだ。
変電所の電源はとっくに死んでた。
パナムがピックアップのボンネットを開けて、エンジンの脇のバッテリーに鰐⼝を噛ませる。
ケーブルを変電所の⾦網の下からくぐらせて、配電盤の奥まで引いていく。
Vがそれを⼿伝い、ジャッキーは変電所の裏⼿に回って町の通りを⾒張ってる。
俺はピックアップの荷台に腰かけて、それを眺めてた。
パナムに⾔われた通り、⾞の番だ。
町の中にカメラが四つある。
バーの屋根の上と、ガソリンスタンドの看板の陰。
昼の⾒張りに残されたラフェン・シヴの下っ端が⼆⼈。うち⼀⼈は半分眠ってる。
もう⼀⼈は、さっきから変電所の⽅に顔を向けたり外したりしてる。
その⼀⼈が看板の陰から⽴ち上がり⼟⼿の⽅へ移動を始めた。⾜⾳を殺して歩きはじめる。
男のキロシに⽷を⼀本通す。男の⽬に映る景⾊からピックアップを拭き取って、⼟⼿と涸れ川と乾いた岩しかない景⾊にする。
ついでに、男の⽿のサイバーウェアに遠くの砂嵐の⾳を混ぜておく。
男は⼟⼿の上で⽴ち⽌まった。俺の居る荷台から⼗メートルもない。
⽬の前の何もない涸れ川をしばらく眺めて、⾸をかしげてから、看板の陰へ戻っていった。
『おい、ガキ⋯今何した?』
ジョニーがボンネットの上から振り返ってる。
「留守番だよ、留守番。パナム様のご命令だからな」
ジョニーは⿐を鳴らして、またボンネットの上に寝そべった。
配電盤の奥でVが顔を上げた。こっちを⼀度⾒て、⼿元の配線に⽬を戻す。
昼過ぎ、配電盤が低く唸りはじめた。
町の通りの割れてない街灯が⼀本だけ、ぱちんと灯ってすぐ消える。パナムが配電盤のレバーを下ろして、町中の灯りをもう⼀度殺した。
「後は夜を待つだけ」
*
⽇が沈むと、廃墟の町にエンジンの⾳が集まってくる。
バイク六台
改造⾞三台
荷台に乗った連中も⼊れて⼗四⼈。
全員がバーに⼊っていくわけじゃない。四⼈は⼗字路の真ん中でドラム⽸に⽕を⼊れて、酒の瓶を回しはじめた。
バーの表の扉の脇に⾒張りが⼀⼈。腰の鎖に⾞の鍵がぶら下がってる。
パナムは⼗字路を⾒下ろす給⽔塔の上で、狙撃⽤の銃を構えて伏せてる。Vとジャッキーは、バーの向かいの屋根の落ちた雑貨屋の中。
俺はピックアップの荷台から、⼗四⼈全員の⽬を借りてる。
パナムの声がVとジャッキーの回線に⼊った。俺にも聞こえる。
『一、二、三で灯りをつけるよ。つけたら⼗数えるから、その間に鍵を取り戻して』
Vは短く了解を返した。ジャッキーは返事の代わりにショットガンのコッキングの音を一回鳴らした。
『三』
⼗字路のドラム⽸の⽕の周りで誰かが笑ってる。
『⼆』
バーの扉の⾒張りが煙草に⽕をつける。
『⼀』
⼗字路の灯りが全部⼀度についた。
割れずに残ってた街灯が六本。信号機の割れた灯りの奥で、⼀つだけ⽣きてた電球。ガソリンスタンドの看板の残り半分の⽂字。
それらが⼀⻫に、真っ⽩な光を⼗字路に叩きつける。
⼗字路の四⼈が悲鳴を上げて顔を覆った。暗視モードに切り替えてたキロシが、光をまともに飲み込んだ。
バーの扉の⾒張りも、煙草を落として両⼿で⽬を押さえてる。
雑貨屋の窓からVが出た。
⾒張りまで⼗⼆歩。Vの指が宙で動いて、⾒張りのキロシの映像が焼けた⽩から真っ黒に落ちる。⾒張りは何が起きたかも分からないまま、⼿探りで腰の銃を探した。
その⼿⾸をVが掴んだ。
Vの右の前腕から刃が⼀本、⾳を⽴てて開く。刃は⾒張りの喉元を通らず腰の鎖を根元から⼀太⼑で断ち切っただけだ。鍵の束がVの左⼿に落ちる。
続け様に刃の峰で⾒張りのこめかみを打つ。⾒張りは⾃分の煙草の上に膝から崩れた。
ここまで四秒。
バーの扉が内側から蹴り開けられ、中で飲んでた連中が銃を抜いて⾶び出してくる。
その前にジャッキーが⽴ってた。
雑貨屋の壁を肩で突き破って出てきたんだ。ショットガンが⼀発⽬で扉の脇の男を吹き⾶ばし、⼆発⽬でその後ろの男の銃ごと腕を砕く。
撃ち返された弾が、ジャッキーの胸と肩で鈍い⾳を⽴てて弾かれる。ジャッキーは⼀歩も下がらずに、ショットガンを捨てて腰の⾦⾊の拳銃を⼆挺引き抜いた。
「おいおい、こっちだこっち!ママの店の⽫洗いの⽅が、まだ根性あるぞ!」
⾦⾊の⼆挺が交互に⽕を噴く。バーの⼾⼝に誰も近寄れなくなる。
俺の⽬には、胸の⽪膚の下の装甲板が弾を⼀発ずつ受け⽌めてるのが⾒える。どれも命には届いてない。
よし、読者諸君にも分かりやすく例えてやろう。
【ウボォーギンが銃をぶっ放してるみたいだ】
ラフェンの連中が見てる光景はこの言葉に尽きる。
給⽔塔の上から乾いた銃声が三つ。
屋根の上でジャッキーに銃を向けようとしてた三⼈が順番に落ちていく。
⼋秒
Vがバーの裏のガレージに⾛り込む。
シャッターの錠に鍵を⼀本ずつ当てていく。三本⽬でシャッターが上がった。
中に⾞が⼀台。⾞⾼の⾼い黒い四輪駆動。
前のバンパーに太い鉄の棒が溶接してある。
Vが運転席に滑り込む。エンジンが低く唸った。
『⼗秒。…上出来よ、二人とも』
回線の中のパナムの声がかすかに笑ってた。
*
町の灯りが後ろで⼩さくなる。
黒い四駆の運転席にはパナムが座ってる。
町を出たところでVと運転を代わった。助⼿席にV。
俺とジャッキーは、ラフェンの車を拝借してその後ろを⾛ってる。ハンドルを握ってるのはジャッキーだ。上着の胸に焦げた⽳が五つ。
「⽳だらけじゃねえか。ママに⾒つかったら雷だぜ」
俺が⽳の⼀つを指でつつくと、ジャッキーは顔をしかめた。
「そいつは困った。帰りに土産の一つでも買って機嫌を取らなくちゃなぁ」
Vの回線越しにパナムの声が俺のところにも届いてる。
『…ナッシュはこの先の鉱⼭に居る。古い坑道。あいつはそこをねぐらにしてるの』
パナムの声だった。四駆の速度がわずかに落ちる。
『⾞は取り返した、ありがとね。あんたらの仕事はここまで。ここから先はあたしの⽤事』
Vの声が、低く⼀⾔だけ挟まった。
『⼀⼈で⾏く気か?』
『あいつはあたしを砂漠に置き去りにした。⾞を取られて、仲間の前で笑い者にされて…ローグの前で⾔ったでしょ。⾞はついで』
Vは黙ってた。
四駆のダッシュボードのスピーカーに声を⼀本流す。
「復讐は何も⽣まないが、きっちり復讐する⼈間だという評判は、将来の被害から私を守ってくれる……って、誰かが⾔ってたぜ。さっくりヤッてこいよ」
隣でハンドルを握ってたジャッキーが、横⽬で俺を⾒てにやりと笑った。
四駆の中がしばらく静かになって、それからパナムの⿐を鳴らす⾳が回線に乗った。
『…あの⼦、どこからでも⼝を出すのね』
助⼿席でVがパナムの顔を⾒たらしい。⾐擦れの⾳がした。
『曲がれ。俺達も付き合う』
『…コーポってのは、復讐にまで⼿を貸すの?』
四駆のエンジンの⾳だけが回線に流れる。
『あんたがここで⼀⼈で死んだら俺達は困る。それだけだ』
パナムはそれきり⼝を閉じた。⼭へ向かう脇道の⽅にパナムの車が曲がっていく。
ジャッキーは何も訊かずにハンドルを切って、その後に続いた。
[ 鉱 ⼭ の 坑 道 ]
坑道の⼊⼝に焚き⽕が⼀つ。その周りに⾒張りが五⼈。
パナムは四駆を坑道の⼿前の岩陰に停めて狙撃⽤の銃を背中に回した。今度は正⾯から⾏くつもりらしい。
Vが岩陰から五⼈の⾒張りを見据えている。
宙で、指が五回動く。
五⼈のうち三⼈の脚のサイバーウェアが同時に固まった。焚き⽕の前で、三⼈がそろって前のめりに転ぶ。
流石元アメリカ防諜部。本職顔負けのクイックハックの腕だ。
残りの⼆⼈は⽣⾝の脚だった。転んだ仲間を⾒て銃を構え直すが、その⼆⼈の銃の照準がVに向く前に岩陰から飛び出したジャッキーが⼆⼈を拳で黙らせる。
坑道の奥から低い声が響いた。
「パナム。…来ると思ってたぜ」
坑道の奥の作業灯の下に男が⼀⼈、⽊箱に腰かけてる。
青いジャケット、顔の左半分にサイバーウェアのインプラントが露出した黒髪の男性。使い込まれて塗装がところどころ剥げた、青い銃身に「レイス(Wraiths)」のデカールが施された大型精密ライフルを所持している。
アイツが【ナッシュ】だ
「⾞は返してもらった」
パナムの声は静かだった。
ナッシュは膝の上の銃を、両⼿で持ち直した。
「なら帰れよ。⾞が戻って、それで済む話じゃねえのか?」
「済むわけ無いじゃない」
ナッシュが⽊箱から⽴ち上がる。銃⾝の⻘⽩い光が強くなる。
最初の⼀発は坑道の壁を貫いて、Vが隠れてた岩の⾓を吹き⾶ばしたが、Vはもうそこに居ない。
ナッシュが光を銃⾝に溜めはじめる。今度の狙いはパナムの額だ。
当たれば、⾸から上が残らないだろうことは一目瞭然。
銃⾝に沿って這ってた⻘⽩い光の、ちょうど根元。電気を溜める部品の制御の回路に⽷を⼀本だけ通す。
溜まった電気を、引き⾦が引かれる⼀瞬前に銃⾝じゃなく空気中へ逃がす。
ナッシュの銃が乾いた⾳を⼀つ⽴てて黙った。
ナッシュが思わず銃を⾒下ろす。
その隙に、パナムの拳銃が⼀発だけ鳴った。
ナッシュの体が作業灯の下でゆっくりと後ろに倒れる。
⽊箱が転がって、坑道の床に乾いた⾳が響いた。
パナムは倒れたナッシュを⾒下ろしてた。
拳銃を下ろして、何かを⾔いかけて、やめる。
ジョニーが坑道の壁にもたれて、煙草をくわえたままそれを⾒てる。
『自分を裏切った男に、きっちり⼀発で釣りを返したか…いい⼥だ』
Vはジョニーの⽅を⾒ないまま、パナムの隣に⽴った。⼆⼈とも倒れた男から⽬を離さない。
ジャッキーがナッシュの⼿から落ちた⻑い銃を拾い上げて、作業灯にかざした。銃⾝の根元を指でなぞる。
「…こいつ、肝⼼なところで弾が出なかったな」
ジャッキーの顔が、坑道の⼊⼝の焚き⽕の向こうへ向く。ラフェンの車で留守番してる俺の⽅へ。
俺は荷台の上で肩をすくめておいた。
[ サ ン セ ッ ト ‧ モ ー テ ル[ ]
国道沿いの、ピンクと⻘のネオン。モーテルの看板では⼣陽の絵が半分だけ点滅してる。
パナムは受付で部屋を⼆つ取った。⾃分の分と男三⼈の分。払いはパナムの財布から出た。
「おかげで⾞を取り返せた。コレはそのお礼…それ以上の意味は無いからね」
モーテルの隣に⼆⼗四時間開いてる⾷堂がある。
窓際のボックス席で、パナムはビールの瓶を三本並べて、⼀本⽬を半分まで⼀気に空けた。Vとジャッキーも瓶を⼀本ずつ。
俺の前には、ウェイトレスが気を利かせて持ってきたミルクのグラス。
ジャッキーが吹き出しかけて、瓶で⼝を塞いだ。
「おい、誰が頼んだよこれ!」
パナムは俺のミルクを⾒てから、俺の仮⾯に⽬を上げた。
「あんたが鉱⼭で何かしたのは分かってる」
俺はミルクのグラスを指で押して、テーブルの端に寄せた。
パナムはビールの瓶をテーブルの上で回した。
「礼は⾔わない。あれはあたしの喧嘩だった」
「俺は⾞の番してただけだぜ?⾔われた通りにな」
パナムは俺の仮⾯を⾒てた。それから瓶を⼝に運んで、残りを飲み⼲した。
⼆本⽬の栓をテーブルの⾓で叩いて開けて、Vの⽅へ顔を向ける。
「明⽇キャンプに戻ってあんたをソウルに会わせる。ソウルはあたしより頑固だからコーポの坊やの話なんか、最初の⼀⾔で終わらせちゃうかも…最初の⼀⾔は慎重に選んでおいて」
Vはビールの瓶を置いた。
「あぁ」
ボックス席の通路側の、誰も座ってない椅⼦にジョニーが座ってる。パナムの横顔をサングラスの奥から眺めてた。
『あの⼥、いい⽬をしてやがる。…ローグの若い頃に、ちょっとだけ似てやがる』
それ言ったらパナム怒るぜ?
同じ事を思ったのか、Vの⼿がビールの瓶の上で⽌まっていた。
拙作のVは反応と意思にポイントを振りつつ知力にもポイント使って⋯⋯みたいなビルドになってます。
ゲーム的に言ったらサンデヴィスタン入れたほうが強いんですけど、それやると第二のデイビッド・マルティネスになってしまうので器用貧乏なビルドのまま頑張って貰いますね(´・ω・`)