The Child Leading Beyond the Wall 作:housen
雷は落ちる筈だった
花は踏まれる筈だった
空で爆ぜる鉄の羽
全部を白砂の中へ沈めていこう
[ ア ル デ カ ル ド ス の キ ャ ン プ ]
翌朝、黒い四駆がキャンプの輪の⼿前で⽌まった。
昨⽇の明け⽅と同じ給⽔塔の陰に、同じドラム⽸の⽕。⽕のまわりの⼈間だけが昨⽇の倍に増えてる。
トレーラーの陰からもテントの⼊⼝からも誰かが顔を出して、キャンプ手前に停まったソートンを眺めていた。
運転席からパナムが降りるとどこかで⼝笛が⼀つ鳴った。パナムはそっちを⾒もしない。
ジャッキーの運転する車がソートンの後ろに並んで⽌まる。俺が助⼿席から降りると、見覚えある若いのが三⼈、揃って腰を上げた。
昨⽇砂に顔を埋めてた三⼈だ。
三⼈とも俺の⽅には⽬を向けないまま、トレーラーの裏へ回っていく。真ん中の男だけが、⾓を曲がる前に⾃分の顎の下を⼿の甲でこすってた。
⽕のそばからミッチが歩いてくる。ソートンの前で⾜を⽌めて、車体を手の平で⼆度叩いた。
「よく帰ってきたな。お前も…パナム。ソウルが待ってる。お前が帰って来たことは夕べのうちにバレた。俺が⾔ったんじゃないからな」
パナムはミッチの顔を⾒ないで頷いた。
キャンプの輪の⼀番奥に、ほかより⼀回り⼤きなトレーラーが停まってる。張り出した⽇除けの布の下に折り畳みの椅⼦が⼀つ。⼤きな男がそこに腰を据えてた。
無精髭を生やし、砂埃で汚れた茶色のレザージャケットとタクティカルベストを着用した中年の男性。
【ソウル・ブライト】アルデカルドスの頭だ。
ミッチがトレーラーの脇から椅⼦をもう⼀つ引きずってきて、ソウルの正⾯に砂を蹴って据える。
昨⽇の約束通りだ。
「座れ、コーポ」
Vが座る。
ジャッキーはその椅⼦の背の後ろに⽴つ。
パナムは⽇除けの柱の横で腕を組み、スコーピオンはトレーラーの壁にもたれて煙草に⽕をつけた。
俺は⽇除けの端に転がってた空の弾薬箱に腰を下ろす。
ジョニーはトレーラーの屋根の縁に座って、⾜をぶらぶらさせてる。
ソウルの⼿は銃⾝を拭くのをやめない。⽬だけが上がって、弾薬箱の上の仮⾯で留まった。
「うちの若いのを砂に寝かせたのは、そっちのちびか?」
「寝かせただけだぜ。ちゃんと起こしてやったろ?」
布は銃⾝の上を⾏ったり来たりしてる。顔つきは、俺達が⽇除けの下に⼊った時から少しも変わってない。
「あいつらの⺟親の⼀⼈が、朝から俺のところに来た。息⼦が飯を半分残したそうだ」
「そりゃ悪かった。…いや待て、飯残したのまで俺のせいか?」
ソウルは笑わない。⽬をVに戻した。
「パナムが連れてきたコーポってのはお前だな。話せ。聞くのは最初の⼀⾔だけだ」
柱の横でパナムが、組んだ腕に指を⾷い込ませる。
Vは椅⼦の上で背中を伸ばしもしない。膝に肘を置いて、ソウルの⼿元の布を⾒たまま⼝を開いた。
「パナムは夕べ、ナッシュを撃ち殺した」
布が⽌まった。
柱の横でパナムの腕がほどける。⼀歩前に出かけて、そこで⾜が⽌まる。
ミッチはソウルじゃなく、パナムの顔を⾒てる。
ミッチも聞かされてなかったらしい。
トレーラーの壁で、スコーピオンの煙草の先が⼝から離れた。
『へえ。いきなり⼀番重い札から切りやがった』
屋根の縁でジョニーの⾜がぶらつくのをやめる。
ソウルはVを⾒なかった。
ライフルを膝に寝かせたまま、パナムの⽅へ⾸を回す。
「本当か?」
「…あいつは、あたしを裏切った。荷物を奪ってあたしを砂漠のど真ん中に置き去りにしたんだ」
ソウルはしばらくパナムの顔を⾒てから、布を畳んで椅⼦の肘掛けに掛けた。
「⼀⾔⽬は聞いた。続けろ」
Vが膝から肘を下ろす。
「来週の頭、カン・タオの⾞列がこの南を抜ける。装甲⾞が四台、ドローンが⼋機。そのうちの⼀台に、俺が会いたい男が乗っている。⽌めるのに⼿が要る。パナムの⾞を取り返すのに⼿を貸した。その分をパナムに払ってもらうって取引だ」
ソウルの⽬はVの顔の上から動かない。
「うちに何の得がある?」
「何も。俺とパナムの間の話だ」
ソウルはライフルの銃床を指で叩いた。その指を上げて、トレーラーの向こうの砂の地平線を指す。
「ナッシュが死んだなら、ラフェンの残りが仇を探しに来る。三⽇後か、⼀週間後か⋯そんな時にうちの若いのを半分、カン・タオの⾞列の前に並べておくわけにはいかない。お断りだ」
椅⼦の背の後ろで、ジャッキーの顎が⼩さく下がりかけて⽌まる。
「あたしが受けた取引よ。あたしが動く」
パナムの声が⼤きくなった。ソウルは声の⼤きさに付き合わない。
「好きにしろ。ただし、キャンプの⾞も、キャンプの弾も使うな」
パナムの顔から表情が抜けた。
柱を平⼿で叩いて、⽇除けの外へ出ていく。
ミッチがソウルの前に⽴ったまま頭を掻いた。
「ソウル。ナッシュに砂漠へ置き去りにされたあいつを、また⼀⼈で砂に出す気は無い」
「勝手にしろ」
ミッチは黙って頷いた後、パナムの後を追っていった。
トレーラーの壁からスコーピオンが背中を離す。煙草を砂に落として、靴の踵で踏み消した。
「あの⾞は俺がスクラップから組んだ。弾も車も俺のもんだ。誰にも文句は言わせねぇ」
ソウルは⿐から⻑く息を吐いた。スコーピオンもミッチの後を追う。
⽇除けの下にソウルと俺達三⼈が残る。ソウルは肘掛けの布を取って広げ、使わないまま膝のライフルの上に置いた。
「ナッシュの件は、パナムの⼝から聞きたかった」
Vが⼩さく肩をすくめる。
「悪かったな。あいつが⾃分で⾔い出すのを待ってたら、⽇が暮れてた」
ソウルは膝のライフルを持ち上げ、トレーラーの壁に⽴てかけた。
Vが椅⼦から⽴つ。
ジャッキーが背もたれに置いてた⼿を離して、ソウルに向かって軽く顎を引いた。
屋根の縁からジョニーが砂の上に⾶び降りる。
『あの親⽗、お前の⼀⾔⽬でもう断るって決めてたぜ』
Vはジョニーの⽅を⾒ないまま、⽇除けの外へ出た。
*
昼過ぎ、キャンプの輪から百メートルほど離れた岩の陰に、スコーピオンの⾞が停まってた。
継ぎ接ぎだらけの古いピックアップで運転席の屋根に機関銃の台座が⼀つ。荷台に⽴って撃つ造りになってる。
パナムはその荷台の縁に腰かけて、地⾯の砂を靴の先でえぐってる。ミッチは運転席の扉に寄りかかり、スコーピオンは台座の機関銃の弾帯の継ぎ⽬を⼀本ずつ確かめてた。
ジャッキーが荷台の脇にしゃがみ込んで、パナムの靴がえぐった⽳を覗く。
「三⼈増えた。四台とドローン⼋機に、六⼈か⋯俺達もいよいよ『らしく』なって来たじゃねぇか」
「五⼈よ。その⼦を数に⼊れないで」
パナムが靴の先で俺を指した。俺は⼿のひらを上に向けて、どうぞ、と返す。
スコーピオンが弾帯から顔を上げた。
「装甲⾞はまだいい。⽌まりさえすりゃ中の連中は降りてくる。問題はドローンだ。⼋機に上から撃たれたら、俺の機関銃⼀挺じゃ追いつかねえ」
パナムがえぐった⽳に、靴の先で砂を戻す。
「南の太陽光の発電所。あそこの電気を全部まとめて一発で吐き出させる。⾞列が発電所の前を通る時に撃てば、EMPでドローンも装甲⾞も、まとめて落とせる!」
「その⼀発は、うちの⾞まで落とすぞ」
ミッチが運転席の扉に寄りかかったまま⾔う。
「それに、発電所には今は誰が居る?誰も居ねえなら、とっくに誰かが電気を売ってる」
パナムは靴の先を砂に埋めたまま黙ってる。
ゲームのこの仕事では、パナムは発電所の電気でカン・タオの機体を落とした。落ちた機体を追いかけていった先で、スコーピオンは帰ってこなかった。
Vが岩に背中を預けたまま、俺の⽅へ顔を向けた。
「アノン。発電所なしで⽌められるか?⾞も、ドローンも」
「⽌めるだけか?中⾝ごと焼いてやってもいいんだぜ」
Vは⾸を横に振った。
「⽌めるだけでいい。中の男には俺が会う」
作った男には⾃分の⾜で会いに⾏く、とVは⾔ってた。だったら、俺が⽌めるのはその⼿前までだ。
「OK。料⾦はミルク⼀杯でいいぜ」
パナムが荷台の縁から俺を⾒下ろした。
「…ナッシュの銃みたいに?」
「さあ?何の事だか」
パナムは⿐を鳴らして、荷台から⾶び降りた。
地⾯の砂に指で線を⼀本引く。道だ。その横に丸を⼀つ。
「なら場所はここ。ジャクソン平原の、⼲上がった湖の縁」
スコーピオンが弾帯を台座に戻して、パナムの線の横にしゃがむ。ミッチも扉から背中を離した。
ジョニーが機関銃の台座に寄りかかって、六⼈の頭を上から眺めてた。
『ノーマッドが三⼈と、コーポと、ストリートの⼤男と、ガキ。…⋯昔のバンドよりかは、まとまりがあるんじゃねえか?』
[ ジ ャ ク ソ ン 平 原 ]
⼆⽇後。
⼲上がった湖の底は⽩い。
塩の混じった砂が地平線まで平らに続いてる。その縁を、舗装の剥げた道が⼀本、真っ直ぐ南へ抜けていく。
道の東側に⾚茶けた岩⼭が⼀つ。⻄側は何も無い。道端に、横倒しになったタンクローリーの残骸が⼀台、錆びた底を空に向けてる。
パナムは岩⼭の上で伏せてる。狙撃⽤の⻑い銃の先に布を巻いて、光を殺してた。
ミッチの運転するスコーピオンの⾞は岩⼭の南の窪地。荷台にスコーピオンが⽴ってる。
Vとジャッキーは、タンクローリーの残骸の陰。
俺は、岩⼭の裏に停めたパナムのソートンのボンネットの上に座ってる。
隣でジョニーがボンネットの上に寝そべって、空を⾒てた。
『お前は⾏かねえのか?』
「⽌めるとこまでって約束なんでね。余計な事すると、Vがうるせえんだよ」
ジョニーが寝そべったまま⿐で笑った。
『律儀なガキだ』
「押し売りはNGなんだとよ」
南の地平線に砂煙が⼀本⽴った。
装甲⾞が四台。砂の⾊に塗った背の低い⾞体。屋根に⼀台ずつ回転式の銃座が乗ってる。
その上をドローンが⼋機、四機ずつ前と後ろに分かれて、⾞列と同じ速さで⾶んでる。
四台のうち、前から⼆台⽬。予定表で、乗客の欄に番号が振ってあった⼀台だ。
⽷を伸ばす。
⾞列のネットは、四台とドローン⼋機が⼀本の輪で繋がってる。カン・タオのICEが、輪のまわりを三重に巻いてた。
⼀枚⽬を開けて、⼆枚⽬を開けて、三枚⽬は開けずに内側からくぐる。
ドローンの⾶ぶ姿勢を保つ部品
四台のエンジンの制御
屋根の銃座の旋回と引き⾦
そこまで掌握して、⽌める。
扉の錠には指を⼊れない。
『先頭がタンクローリーを過ぎた』
パナムの声が回線に乗る。
『アノン』
Vの声。
⼋機のドローンの⽻根が同時に回るのをやめた。
空の上で⼋つの黒い影が⼀瞬⽌まって⾒える。それから真っ直ぐ落ちていく。
前の四機は道の先の⽩い砂に突っ込んで、塩の煙を上げた。後ろの四機のうち三機は、⾞列の後ろの道に落ちて砕ける。残りの⼀機は、四台⽬の装甲⾞の屋根の銃座に当たって跳ね返り、道端に転がった。
四台のエンジンの⾳が⼀度に消えた。
⾳の無くなった⾞列が、惰性で砂の上を滑っていく。タイヤが砂を噛む⾳だけが残る。
先頭の⼀台がわずかに右に傾いて、道の外の⽩い砂に前輪を突っ込んで⽌まった。⼆台⽬がその尻の⼿前で⽌まる。三台⽬、四台⽬。屋根の銃座は四つとも、銃⼝を下げたまま動かない。
静かになった。
最初に開いたのは、先頭の⼀台の後ろの扉だった。
カン・タオの兵⼠が四⼈。続いて三台⽬と四台⽬からも扉が開く。全部で⼗⼆⼈。
灰⾊の装甲服に顔の下半分を覆う呼吸器。⼿には、カン・タオの銃⾝の短いスマート銃。
その⼗⼆⼈の銃⼝がタンクローリーの残骸の⽅を向くより早く、岩⼭の上で銃声が⼀つ鳴った。
先頭の扉の脇の⼀⼈が膝から崩れる。
岩⼭の南の窪地からスコーピオンの⾞が⾶び出した。
ミッチがハンドルを切るたびに荷台が⼤きく揺れる。
荷台のスコーピオンは揺れに合わせて膝を沈めながら、機関銃の引き⾦を引きっぱなしにしてる。
装甲⾞の側⾯に⽕花の筋が⾛った。
兵⼠達が⾞体の陰に⾶び込むのが見える。
スマート銃の弾が空中で曲がった。
⾞体の陰から撃たれた弾が、弧を描いてタンクローリーの残骸の裏へ回り込む。その弧の先にジャッキーが⽴ち上がってた。胸と肩に続けて三発。ジャッキーの体がわずかに揺れて、それだけで⽌まる。
「曲がる弾なんか撃ちやがって。こっちはまっすぐしか撃てねえんだぞ!」
「被弾が多いとママがキレるぞ〜でかいの」
「うるせぇ!!」
怒号は俺に向けられ、ショットガンの弾丸が先頭のカン・タオの部隊へ向けて⽕を噴いた。器用なことしやがる
視線をズラしてみれば、Vはもうタンクローリーの陰に居なかった。
⼆台⽬の装甲⾞の横の扉が開き、男が⼆⼈降りてくる。他の兵⼠とは装甲服の⾊が違う。黒。ヘルマンを乗せた⼀台の護衛だ。
Vの指が宙で動く。左の男の両腕のサイバーウェアが、銃を構えかけた形のまま固まった。男は肩から上がらない腕を⾒下ろして、何か叫んでる。
右の男がVに銃⼝を向ける。その膝をVの拳銃が⼀発で撃ち抜いた。男が砂の上に転がる。
固まった腕の男の顎を、Vの拳銃の床尾が横から打った。
⼆台⽬の扉が内側から閉まる。錠の落ちる⾳が砂の上まで聞こえた。
Vの右の前腕から刃が開く。扉の継ぎ⽬に刃の先を差し込んで、体重をかける。
⾦属の軋む⾳が⼀度、⼆度。三度⽬で扉が外側へ歪んで開いた。
岩⼭の上の銃声が間隔を空けはじめる。スコーピオンの機関銃の⾳が途切れた。
ミッチの⾞が窪地の⼿前で⽌まってる。荷台でスコーピオンが、左の⼆の腕を押さえてしゃがみ込んでた。指の間から⾎が滲んでる。
ミッチが運転席から⾝を乗り出して、スコーピオンの襟⾸を掴み、荷台の床に引き倒した。
「頭を下げろって、何度⾔わせる」
「下げてたら撃てねえだろうが」
スコーピオンは荷台の床に転がったまま、⾎の滲んだ腕でミッチの⼿を払いのけてた。
⼝はよく動いてる。
先頭の⾞体の陰で、最後の⼀⼈が銃を砂に投げ出して両⼿を上げた。ジャッキーがショットガンの銃⼝で、その男の呼吸器を軽く⼩突く。
『終わり…お疲れみんな』
回線の中のパナムの声は乾いてた。
ボンネットの上で、⽷を⼀本だけ残して、残りを引き戻す。⽌めたものは⽌めたままにしておく。
隣で寝そべってたジョニーが、いつの間にか居なくなってた。
歪んだ扉の奥をVが覗き込んでる。その肩越しに、ジョニーが同じ暗がりを覗いてた。
装甲⾞の天井の隅のカメラを⼀つだけ借りる。
中は思ってたより狭い。座席が向かい合わせに四つ。その⼀番奥に、痩せた男が⼀⼈、背中を壁に押しつけて座ってた。
⽩いものの混じった短い髪。上着の胸のポケットにペンが三本。膝の上で、薄い板の端末を両⼿で抱えてる。
医務室の壁でVが読んだ社員記録。その顔写真の男だ。
「アンダース・ヘルマンだな」
Vの声は低かった。男の肩が跳ねる。
「一緒に来て貰う。あんたに訊きたい事があるんでな」
ヘルマンの顔から物凄い勢いで血が引いていくのが見てわかる。
「ま、待て!殺すなっ!私は、お願いだ止めてくれっ」
「落ち着け、お前を殺しに来たんじゃない」
ジョニーがサングラスを指で⿐の先まで下ろして、ヘルマンの青ざめた顔を⾒てる。
『こいつか。俺を瓶に詰めたのは』
息を荒げたヘルマンには何も聞こえてない。抱えた端末の縁を、⽩くなった指で握り直しただけだった。
今更ですが、ヘルマンの護送チームをAV一機に戦闘用ドローンではなく装甲車4台とドローン八体に変更しております。
基本的にゲームより各ミッションの難易度を上げていく方針ですので随所にオリジナルや独自解釈が含まれますのでご了承くださいm(_ _)m