「それじゃあ、さっそく出発しましょう!」
「おー! ……と言いたいところなんだけど、その前に一つだけ」
「はい? どうかしましたか?」
ヤチヨは私の前に回り込むと、じっとこちらを見つめました。
「アリス、ちょっと待っててね」
そう言って、ヤチヨは自分の身体を操作し始めます。
すると、頭には大きな黒い帽子が現れ、顔の上半分を隠すサングラス、そして口元にはマスクが装着されました。さらに、いつもの華やかな衣装も、ゆったりとした黒い上着とズボンに変わっています。
「じゃじゃーん! これぞヤッチョ特製、完全変装セット!」
「おお! なんだか怪しい人みたいです!」
「怪しい人じゃないよ! 正体を隠したトップAIライバーの変装姿です!」
「なるほど! つまり、秘密の任務ですね!」
「そうそう。……って、違うからね?」
ヤチヨは呆れたように肩を落としました。
「いい? 今のヤッチョはツクヨミの大人気AIライバーなの。そんな私が街中を普通に歩いていたら、すぐに見つかっちゃうでしょ?」
「確かにそうですね。ヤチヨが見つかったら、大変な騒ぎになりそうです」
「でしょ~? だから、こうやって変装しているわけ!」
「分かりました! では、アリスも変装した方がいいでしょうか?」
「アリスは大丈夫だよ。今の姿なら、私の隣にいても普通のユーザーにしか見えないと思うし」
「そうですか? それなら良かったです!」
「よーし! それじゃあ、改めて出発進行~!」
こうして、私とヤチヨのツクヨミ冒険が始まりました。
□□□
これまでにも、私は何度かツクヨミにログインしたことがあります。
ですが、そのほとんどは管理者としての仕事。システムの確認や調整など、いつも裏方の立場から世界を見ていました。
こうして一人のユーザーとして街を歩き、遊びに出かけるのは今回が初めてです。
そう考えると、なんだか胸が弾みます。
「わああ……!」
常世の街を歩き始めて、私は何度も感嘆の声を上げていました。
目の前には、和風の建物が立ち並ぶ大きな通りが広がっています。
軒先には色とりどりの提灯が吊るされ、店先には見たこともないような品物が並んでいました。空中には魚の形をしたホログラムが泳ぎ回り、建物の間を縫うように飛行船が行き交っています。
そして、空を見上げれば――。
「おおっ! あれは何ですか!?」
「ん? ああ、あれは空飛ぶ蒸気機関車だよ」
「蒸気機関車が空を飛んでいます!」
「ツクヨミだからね~。現実じゃできないことも、ここなら自由にできちゃうんだよ」
「すごいです! まさに夢のような世界ですね!」
頭上では巨大なミラーボールがゆっくりと回転し、街並みを色鮮やかに照らしています。
その周囲を、光り輝く魚の群れが泳いでいく。
夜のように暗い空なのに、街はどこまでも明るく、賑やかでした。
「ふふん。どうだい? ヤッチョ自慢の世界は!」
「はい! とても素晴らしいです!」
「えへへ~。そう言ってもらえると嬉しいねって、アリスも一緒に作ったんじゃん!」
「それもそうですね!」
「まったくもう。自分で作った世界なのに、そんなに驚いちゃって」
「ですが、こうして実際に歩いてみると、開発中に見ていたときとは違った発見がたくさんあります!」
「そっか。今までは管理者としてしか見てなかったもんね」
「はい! 今日は初めて、アリスも普通のユーザーとして楽しんでいます!」
「ふふっ。じゃあ今日はお仕事のことは忘れて、思いっきり遊ぼうね!」
「了解です!」
ヤチヨは得意げに胸を張りました。
「それじゃあ、まずはどこに行こうか?」
「そうですね……。あっ! あそこのお店が気になります!」
私が指差したのは、通り沿いにある小さな露店でした。
そこには、ぬいぐるみやアクセサリー、手作りの小物などが所狭しと並べられています。
「おっ、いいところに目をつけたね。ああいうお店はユーザーが自分で作った作品を売ってるんだよ」
「ユーザーが作ったものをですか?」
「うん。ツクヨミではみんなが表現者だからね。自分の好きなものを作って、誰かに見てもらったり、気に入ってもらえたら売ったりできるんだ」
「なるほど! それは面白そうです!」
私はさっそく露店へと近づきました。
並んでいる商品を一つずつ眺めていると、ふと小さな白い生き物のぬいぐるみが目に留まりました。
「おお……! これは!」
そこにあったのは、白くて平べったい身体に、小さな黒い斑点。そして頭には二本の触角が生えています。
……見覚えがあります。
「ヤチヨ! これ、かぐやにそっくりです!」
「えっ?」
私の声に反応して、ヤチヨが隣から覗き込みました。
「あははっ! 本当だ! これ、昔の私そっくりじゃん!」
「はい! とても可愛いです!」
「へえ~。こんなの作ってる人がいるんだねぇ」
ヤチヨはぬいぐるみを手に取ると、しばらく眺めていました。
「ねえ、アリス。これ買っていこうよ」
「いいんですか?」
「もちろん! せっかくだし、記念にね」
ヤチヨはそう言って、ぬいぐるみを購入しました。
「ふふっ。なんだか懐かしいなぁ」
「アリスもそう思います!」
小さな白いぬいぐるみを手に、私たちは再び街を歩き始めました。
□□□
その後も私たちは、常世の街をあちこち巡りました。
河原にあるカフェで休憩したり、海洋生物を模したホログラムが泳ぐ水路を眺めたり、空中に浮かぶ船に乗って街を見下ろしたり。
中には、水没した地域に作られたという不思議な遺跡や、映画館、宿泊施設までありました。
「へえ~。こんなところまで作っちゃう人がいるんだね」
「はい! 水の中に街を作るなんて、発想がすごいです!」
「ツクヨミには、こういう変わったことを考える人がたくさんいるからね。みんなそれぞれ、自分の好きな世界を作って楽しんでるんだよ」
「アリスもいつか、自分だけの場所を作ってみたいです!」
「おっ、いいね! そのときはヤッチョにも見せてね!」
「もちろんです!」
私たちが作った世界で、たくさんの人たちが自分の好きなものを形にしている。
それを実際に目にすると、なんだか不思議な気持ちになります。
開発中には想像もしていなかったような場所や作品が、今も次々と生まれているのです。
これもまた、ツクヨミの魅力なのかもしれません。
そんな話をしながら歩いていると、ヤチヨがふと立ち止まりました。
「……あ、そうだ。アリス、ちょっと寄り道してもいい?」
「寄り道ですか?」
「うん。実は今、ちょっと面白いものを作ってるんだよね」
そう言ってヤチヨが案内してくれたのは、街の中心から少し離れた場所にある大きな建物でした。
中に入ると、そこには広大な自然のフィールドが広がっていました。
巨大な岩山がいくつもそびえ立ち、竹林や雪に覆われた地域まであります。遠くには天守閣が二つ見え、その間を三本の道が繋いでいました。
「おお……! ここは?」
「ここはKASSENのテストフィールドだよ」
「KASSEN?」
「うん。戦国時代の合戦をモデルにした対戦ゲーム。まだ本格的な運用には至ってないんだけど、今はテストを進めているところなんだ」
「対戦ゲームですか!」
「そうそう。チームに分かれて戦ったり、相手の城を攻めたりするんだよ。今見てるのはSENGOKUっていうモードのフィールドだね」
「なるほど……!」
私は目の前に広がるフィールドを見渡しました。
巨大な埴輪や古銭、水没した鳥居など、奇妙なものがあちこちに配置されています。
「それにしても、すごい広さですね!」
「でしょ? ここを自由に走り回れるんだよ。もちろん、ゲーム中は敵も出てくるけどね」
「敵ですか! つまり、モンスターとの戦闘もあるということですね!」
「うーん、モンスターというよりは雑兵かな。あとは、櫓を守ってる牛鬼っていう大きな敵もいるよ」
「牛鬼……! それはぜひ戦ってみたいです!」
「ふふっ。アリスならそう言うと思った」
ヤチヨが小さく笑いました。
「せっかくだし、今からテストプレイしてみる?」
「いいんですか!?」
「もちろん。ただし、まだ調整中だからね。正式版みたいに全部の機能が使えるわけじゃないよ」
「分かりました! テストプレイ、挑戦します!」
「よーし! それじゃあ、軽く遊んでみよう!」
ヤチヨが操作すると、私たちの目の前にテスト用の画面が表示されました。
今回は簡易的なチーム戦で、私たちは同じ陣営に設定されているようです。
「アリス、基本的な操作は分かる?」
「はい! だいたい把握しました!」
「じゃあ、まずはあそこの櫓を目指してみよう!」
「了解です!」
開始の合図とともに、私たちはフィールドを駆け出しました。
すると、道の先から武装した雑兵たちが次々と現れます。
「おお! 敵です!」
「そうそう! あれが中立ミニオンだよ。どっちのチームにも関係なく襲ってくるから気をつけてね!」
「分かりました!」
私は迫ってきた雑兵の攻撃を軽く避け、そのまま反撃を繰り出しました。
一撃、二撃。
次々と敵が倒れていきます。
「おおっ! アリス、すごいね! 初めてなのに結構動けてるじゃん!」
「ふふん! アリスは勇者ですから! この程度の敵なら問題ありません!」
「頼もしいねぇ。じゃあ、次はあの櫓まで一気に行っちゃおう!」
「はい!」
私たちはそのまま敵を突破し、櫓へと向かいました。
ところが、櫓の前にたどり着いたところで、巨大な甲殻類のような敵が立ちはだかります。
「おお……! もしかして、あれが牛鬼ですか!?」
「そうだよ! こいつを倒さないと櫓を占拠できないんだ」
「なるほど! それなら、さっそく攻略しましょう!」
私は牛鬼の動きを観察し、攻撃を避けながら少しずつ距離を詰めていきます。
一方、ヤチヨは後方から私を援護してくれていました。
「アリス、右から来るよ!」
「ありがとうございます!」
ヤチヨの声に合わせて身体をひねり、迫ってきた鋏をかわします。
そのまま隙を突いて攻撃を叩き込むと、牛鬼の巨体が大きく揺れました。
「今です!」
最後の一撃を加えると、牛鬼は大きな音を立てて倒れました。
「やったー! 撃破です!」
「おお~! 初挑戦で牛鬼を倒しちゃうなんて、アリスすごいじゃん!」
「えへへ! ありがとうございます!」
すると、櫓の上にある鐘が光り始めました。
「アリス、あの鐘を鳴らせば櫓の占拠完了だよ!」
「分かりました!」
私は櫓へ駆け上がり、鐘に触れました。
カーン……。
澄んだ音がフィールドに響き渡ります。
『櫓の占拠に成功しました』
「おお! 成功です!」
「やったね、アリス!」
その直後、遠くに見える天守閣の方で何かが動きました。
巨大なだるま落としのような装置が、ゆっくりと姿を現します。
「おお……! あれは何でしょう?」
「大将落としだよ。櫓を占拠すると、相手の城を攻撃するために出現するんだ」
「なるほど! あれを使って相手の天守閣を破壊するんですね!」
「そういうこと!」
「面白いです! これなら、戦略を考える楽しみもありそうですね!」
「でしょ? まだまだ調整中だけど、なかなかいい感じになってきたんだよね」
そうして私たちは、テストプレイを無事に終えました。
正式な対戦ではありませんでしたが、十分に楽しめる内容でした。
「うーん、やっぱり実際に遊んでみると、まだ調整したいところが見えてくるね」
「そうなんですか?」
「うん。でも、アリスが楽しんでくれたなら良かったよ」
「はい! とても楽しかったです! 正式に遊べるようになるのが待ち遠しいですね!」
「ふふっ。完成したら、また一緒に遊ぼうね」
「もちろんです!」
□□□
KASSENのテストフィールドを後にした私たちは、再び街の外れへと向かいました。
賑やかな通りから少しずつ離れていくと、周囲の景色も静かなものへと変わっていきます。
やがて、ヤチヨが足を止めました。
「……ここだよ」
「ここ、ですか?」
目の前に広がっていたのは、小高い丘のような場所でした。
周囲には草が生い茂り、少し離れたところには水辺もあります。
街の明かりから離れているためか、ここは他の場所よりもずっと静かでした。
「ここはね、私が特別に作った場所なんだ」
「ヤチヨが?」
「うん。アリスと一緒に、どうしても来たかった場所」
そう言ってヤチヨは、ゆっくりと丘の奥へ歩いていきます。
私もその後を追いかけました。
そして、丘の少し開けた場所にたどり着いたとき、私は思わず足を止めました。
そこにあったのは、見覚えのある景色でした。
草の生え方も、地面の起伏も、遠くに見える水辺も。
少しずつ記憶の中の光景と重なっていきます。
「……ここは」
「うん」
ヤチヨが静かに頷きました。
「昔、あの子といっしょに。……三人でよく来ていた場所」
その言葉を聞いた瞬間、私の中に懐かしい記憶が蘇りました。
今から約八千年前。
縄文時代に、私たちが暮らしていた集落の外れ。
初めてできた友達と、かぐやと、そして私。
三人でよく集まっていた、いつもの場所でした。
昔、三人でよく星を眺めた場所。
私はゆっくりと空を見上げました。
ツクヨミの空には、常世の街に浮かんでいた巨大なミラーボールではなく、あの日と同じような星空が広がっていました。
数え切れないほどの星々が、静かに瞬いています。
「……懐かしいですね」
私がそう呟くと、隣に立つヤチヨも空を見上げました。
「うん……。懐かしいね」
その声は、いつもの明るい調子とは少し違っていました。
私はもう一度、目の前の景色を見渡します。
あの頃と同じ場所。
けれど、あの頃と同じ人たちが揃っているわけではありません。
それでも、ここには確かに三人で過ごした時間が残っていました。
「ヤチヨ……」
「なあに、アリス?」
「ここを作ってくれて、ありがとうございます」
「……えへへ。どういたしまして」
ヤチヨは小さく笑い、もう一度空を見上げました。
私もその隣に並び、無数の星が輝く空を見つめます。
しばらくの間、私たちは何も話しませんでした。
ただ、隣にいるヤチヨと一緒に、懐かしい星空を眺めていました。
やがて、ヤチヨがこちらを向きました。
「ねえ、アリス」
「はい?」
「今日、楽しかった?」
「はい! とっても楽しかったです!」
私はすぐに答えました。
「街を歩くのも、お店を見るのも、KASSENで遊ぶのも、全部楽しかったです! 今まで管理者としてしか見ていなかったツクヨミに、こんなに楽しい場所がたくさんあったなんて知りませんでした!」
「そっか。よかったぁ」
ヤチヨは安心したように笑いました。
「私もね、アリスと一緒にこうして遊びに来たかったんだ。ずっと裏方の仕事ばっかりだったでしょ? たまには何も考えずに楽しんでほしかったんだよね」
「ヤチヨ……」
「だから、今日は大成功! でしょ?」
「はい! 大成功です!」
私が元気よく答えると、ヤチヨは嬉しそうに笑いました。
「ふふっ。それじゃあ、そろそろ帰ろっか」
「そうですね。今日はたくさん遊びました!」
「また今度、一緒に来ようね」
「もちろんです!」
私たちはもう一度だけ星空を見上げ、それからログアウトの準備を始めました。
視界に表示されたメニューからログアウトを選択すると、周囲の景色がゆっくりと光に包まれていきます。
そして次の瞬間、私たちは現実の身体へと戻っていました。
「ふぅ~! いやぁ、楽しかったね!」
「はい! とても充実した一日でした!」
「でしょ? たまにはこういうのもいいよね」
「はい! また一緒に冒険しましょう!」
「もちろん! 次はどこに行こうかな~」
ヤチヨは楽しそうに笑いながら、コタツの上に上って来たFUSHIを撫でる。
その姿を見て、私も自然と笑顔になります。
こうして、私たちの初めてのツクヨミ観光は幕を閉じました。
いつもは管理者として見ていた世界。
けれど今日、私は初めてその世界を一人のユーザーとして楽しむことができました。
そして何より、ヤチヨと一緒に過ごせたことが、とても嬉しかったです。
――次は、どんな冒険が待っているのでしょうか。
そんなことを考えながら、私は今日の楽しかった出来事を思い出していました
……10話も来て、まだ本編始まらないですけど。
どないしょ(汗)