【彩葉視点】
「こんばんは、彩葉さん!」
玄関を開けると、そこにはいつも通りの笑顔を浮かべたアリスちゃんが立っていた。
「えっ? あ、こんばんは……」
「さっきから大きな泣き声が聞こえていたので、何かあったのかと思って来ちゃいました!」
「あー……ごめんね。うるさかったよね」
「いえいえ! そんなことは気にしないでください!」
そう言いながら、アリスちゃんは私の腕の中を覗き込んだ。
「あっ……赤ちゃんですね!」
「うん。……私もどうしてこうなったのか分からないんだけどね」
「そうなんですか?」
「うん。詳しいことは後で話すから、とりあえず……」
そこまで言いかけて、私は口を閉じた。
いや、待て。
この子を見つけた経緯を説明するのはいいとして、アリスちゃんまで巻き込むのはどうなんだろう。
ただでさえ、普段から夕食のお裾分けをもらったり、何かと気にかけてもらったりしているのだ。
これ以上迷惑をかけるわけにはいかない。
「……えっと、大丈夫。自分で何とかするから」
「えっ?」
「せっかく来てくれたのにごめんね。心配してくれてありがとう。でも、もう遅いし、アリスちゃんは自分の部屋に戻ってていいよ」
「……でも、赤ちゃんが泣いていますよ?」
「うん。それはそうなんだけど……」
「彩葉さん、困っているんですよね?」
「そ、それは……」
痛いところを突かれた。
実際、どうすればいいのか分からず困り果てている。
けれど、だからといってアリスちゃんに手伝ってもらう理由にはならない。
「大丈夫だよ。少し落ち着けば何とかなると思うし」
「本当ですか?」
「うん。だから気にしないで」
そう答えたものの、腕の中の赤ちゃんは相変わらず大きな声で泣き続けている。
「ふえええええっ!」
……説得力がない。
そんな私を見て、アリスちゃんは少しだけ頬を膨らませた。
「むぅ……。彩葉さんは、いつもそうやって一人で何とかしようとするんですね」
「えっ?」
「困ったときはお互い様です! アリスだって、いつも彩葉さんに助けてもらっています!」
「いや、そんな大したことは……」
「それに、アリスは手伝いたいんです!」
真っ直ぐな青い瞳が、私を見つめる。
「だから、遠慮しないでください!」
「でも……」
「でも、じゃありません!」
思いのほか強い口調に、私は思わず目を丸くした。
アリスちゃんはすぐに表情を和らげると、にっこりと笑った。
「ね? 一緒に頑張りましょう!」
……参った。
こうなってしまうと、どうにも断りづらい。
それに、正直なところ、誰かが一緒にいてくれるだけでも心強いのは確かだった。
「……分かった。じゃあ、少しだけお願いしようかな」
「はい! お任せください!」
「ありがとう。でも、本当に無理はしないでね?」
「もちろんです!」
そう言って胸を張るアリスちゃん。
……なんだか、年下の子に気を遣われているようで、少し複雑な気分だ。
まあ、今はそんなことを気にしている場合じゃない。
「よしよし、どうしたの? お腹が空いたのかな? それとも眠いの?」
私は赤ちゃんの背中を優しく撫でてみる。
駄目だ。泣き止まない。
「うーん……」
アリスちゃんも心配そうに赤ちゃんを見つめている。
「何か欲しいものがあるんでしょうか?」
「それが分かれば苦労しないんだけどね……」
「そうですよね……」
二人で顔を見合わせる。
……どうしよう。
赤ちゃんのお世話なんて、もちろん経験がない。泣き止ませ方も分からなければ、何をしてあげればいいのかも分からない。
それに、いつまでも泣かせているわけにもいかない。
下の階の人にも迷惑だろうし、近隣の人だって気になるはずだ。
「ふやああああっ!」
「ああああ、もう! お願いだから泣き止んでぇ!」
思わず悲鳴のような声が出てしまった。
そんな私を見て、アリスちゃんが少し考え込む。
「あっ、そうです!」
「な、何?」
「こういうときは、子守唄を歌ってあげるといいそうです!」
「子守唄……?」
「はい! 優しい歌を聞かせてあげれば、赤ちゃんも安心するかもしれません!」
なるほど。子守唄か。
確かに、昔からある定番の方法だ。赤ちゃんを寝かしつけるには効果がありそうな気がする。
……気がするだけだけど。
「えっと、子守唄って何を歌えばいいんだろう……」
「彩葉さんが知っている歌でいいと思いますよ!」
「私が知っている歌、ねぇ……」
私は赤ちゃんを抱いたまま、記憶を探ってみる。
子守唄。子守唄か。
幼い頃に聞いた覚えはあるような気がするけれど、いざ思い出そうとすると、なかなか出てこない。
そもそも、私が小さい頃に聞かせてもらった歌って何だったっけ。
……駄目だ。思い出せない。
頭の中に浮かんでくるのは、母からのお説教ばかりである。
いや、今はそんなことを考えている場合じゃない。
「えーっと……」
もう一度、部屋の中を見回す。
すると、勉強机の上に置いてあるものが目に入った。
ヤチヨのアクリルスタンド。
お気に入りの衣装を身にまとい、こちらに向かって微笑んでいる姿は、何度見ても可愛らしい。
……そうだ。
子守唄そのものではないけれど、あの曲なら。
「彩葉さん?」
「ううん。ちょっと思い出した」
私は赤ちゃんを抱き直し、できるだけ優しく背中を撫でた。
そして、ゆっくりと息を吸い込む。
「……よし」
流れているのは、ヤチヨの歌。
何度も聴いて、何度も励まされてきた、大切な一曲。
『Remember』。
普段なら画面越しに聴いているそのメロディを、今は自分の声で歌ってみる。
上手く歌おうなんて考えない。ただ、赤ちゃんに届くように、優しく、ゆっくりと。
最初は相変わらず泣いていた赤ちゃんも、少しずつ声が小さくなっていった。
背中を撫でる手は止めない。
歌声に合わせて、身体をほんの少し揺らす。
やがて赤ちゃんは泣くのをやめ、私の顔をじっと見上げた。
その小さな瞳に、部屋の明かりが映っている。
「……あれ?」
もしかして、効いている?
そう思いながら歌い続けていると、赤ちゃんの瞼がゆっくりと閉じていく。
そして、一曲を歌い終える頃には、小さな寝息が聞こえてきた。
「……寝た?」
「はい! 寝てくれましたね!」
アリスちゃんが嬉しそうに頷く。
私は赤ちゃんを起こさないよう、慎重に腕の位置を整えた。
「よ、よかったぁ……」
全身から力が抜ける。
いや、本当に良かった。これでようやく一安心だ。
「すごいです、彩葉さん! 子守唄、大成功ですね!」
「いや、私がすごいというより、ヤチヨの歌がすごいんだと思うけど……」
「ヤチヨさんの歌ですか?」
「うん。私がよく聴いている曲。何度も聴いているから、自然と覚えちゃってて」
そう言いながら、私は机の上のアクリルスタンドに目を向ける。
ヤチヨの歌には、いつも助けられている。
まさか、こんなところでもお世話になるとは思わなかったけれど。
「ヤチヨパワー、恐るべし……」
「ふふっ。彩葉さんにとって、とても大切な歌なんですね!」
「まあね」
私は小さく頷き、腕の中で眠る赤ちゃんを見下ろした。
さっきまであれほど泣いていたのに、今はすっかり静かになっている。
小さな手が、私の服をきゅっと握っていた。
「……それにしても、この子どうしよう」
安心したのも束の間、現実的な問題が戻ってくる。
この子は一体どこから来たのか。保護者はいるのか。そもそも、あの電柱は何だったのか。
考えれば考えるほど、分からないことだらけだ。
「とりあえず、今夜はこの子をどうするか考えないとね……」
「そうですね。アリスも一緒に考えます!」
「……本当にいいの?」
「もちろんです!」
「そっか……。ありがとう、アリスちゃん」
「えへへ。お任せください!」
頼もしく胸を張るアリスちゃんを見て、私は少しだけ笑った。
……本当に、今日は何という日なのだろう。
学校に行って、バイトをして、帰ってきて、ご飯を食べて寝る。
そんな、いつも通りの一日になるはずだったのに。
とりあえず、赤ちゃんが眠ってくれたことで、ようやく一息つくことができた。
しかし、だからといって問題が解決したわけではない。
そもそも、この子はいったい何者なのか。どうして電柱の中から出てきたのか。保護者はどこにいるのか。
考えれば考えるほど、頭が痛くなってくる。
「……やっぱり、警察に連絡するしかないか」
私はスマホを手に取り、警察へ電話をかけた。
赤ちゃんを保護したことや、保護者が見当たらないことを説明する。けれど、肝心の発見した経緯を聞かれると、途端に言葉に詰まってしまった。
七色に光る電柱があって、扉が開いて、その中から赤ちゃんが出てきた。
……うん。駄目だ。どう考えても信じてもらえる説明ではない。
結局、私は曖昧な返事を繰り返した末、今は赤ちゃんも落ち着いているからと電話を切ってしまった。
「…………」
何をやっているんだ、私は。
警察に連絡したはずなのに、結局何も解決していない。
もう一度かけ直す気力もなかった。
「……明日、考えよう」
幸い、赤ちゃんは眠っている。今すぐ何かが起きるわけでもないだろう。
そう自分に言い聞かせ、私はソファに腰を下ろした。
隣ではアリスちゃんが、赤ちゃんの様子を静かに見守っている。
「彩葉さん、今日はもう休みましょう。とても疲れていると思います」
「うん……そうだね」
「赤ちゃんは大丈夫です。アリスもここにいますから」
「ありがとう、アリスちゃん……」
そう返事をしたところまでは覚えている。
けれど、その先の記憶は曖昧だ。
気づけば私は、ソファに座ったまま眠ってしまっていた。
□□□
翌朝。
「……ん」
目を開けると、見慣れた天井があった。
身体を起こし、ぼんやりと部屋を見回す。
そして、視界の端に映った小さなベッドを見て、昨夜の出来事を思い出した。
「……夢じゃなかった」
ベッドの中では、赤ちゃんがすやすやと眠っている。
どうやら夜の間は大人しくしてくれていたらしい。ひとまず安心して、私はそっと近づいた。
可愛い。
寝顔を眺めていると、思わず頬が緩んでしまう。
……いや、和んでいる場合ではない。
この子をどうするのか、まだ何も決まっていないのだ。
そんなことを考えていると、玄関のチャイムが鳴った。
「……ん?」
こんな朝早くから誰だろう。
不思議に思いながら扉を開けると、そこには見慣れた小柄な少女が立っていた。
「おはようございます、彩葉さん!」
「あ、アリスちゃん。おはよう。昨日はありがとうね」
「いえいえ! それより、これを持ってきました!」
そう言って、アリスちゃんは両手に抱えていた大きな袋を見せてきた。
「……えっと、それは?」
「赤ちゃんのお世話に必要なものです!」
「えっ?」
「おむつに、哺乳瓶、粉ミルク、哺乳瓶を洗う道具に消毒用品! それから着替えやタオル、赤ちゃん用の寝具も用意してきました!」
「…………」
私は袋の中を覗き込んだ。
そこには、確かに赤ちゃんのお世話に必要そうなものが一通り揃っていた。
「もしかして、朝から買いに行ってくれたの?」
「はい! 昨日のうちに必要なものを調べておいたんです。お店が開く時間に合わせて買いに行ってきました!」
「そ、そうなんだ……。でも、こんなにたくさん……」
改めて袋の中身を見てみる。
おむつやミルクだけでも結構な量だ。それに、哺乳瓶や消毒用品、寝具までとなれば、相当な金額になっているはず。
「……アリスちゃん、これっていくらかかったの?」
「えっと、全部合わせてこれくらいです!」
アリスちゃんが金額を教えてくれる。
……うん。やっぱり結構な額だ。
「ご、ごめんね。こんなに買ってもらっちゃって……。お金は私が払うから、レシートを見せてもらえる?」
「えっ? いいんですか?」
「いいも何も、私がこの子のお世話をするんだから当然だよ。アリスちゃんに全部負担してもらうわけにはいかないし」
そう言って財布を取り出そうとすると、アリスちゃんが首を横に振った。
「大丈夫です! お金はいりません!」
「でも……」
「アリスが自分で買いたくて買ったものですから!」
「いや、そういうわけにはいかないよ。これからも色々必要になるだろうし、最初から甘えるわけには……」
「彩葉さん!」
アリスちゃんは、少しだけ身を乗り出して私の目を見た。
「アリスは彩葉さんを助けたいんです。それに、赤ちゃんのお世話も一緒にしたいと思っています!」
「…………」
「だから、これはアリスからのお手伝いです! 遠慮しないでください!」
そう言って、彼女はいつもの明るい笑顔を浮かべた。
「それに、お金のことなら心配しなくて大丈夫です!」
「……でも」
「本当に大丈夫です!」
どうやら、これ以上言っても引いてくれそうにない。
私は少しだけ困ったように笑った。
「……ありがとう、アリスちゃん。今度、何かお礼をさせてね」
「はい! 楽しみにしています!」
アリスちゃんは嬉しそうに頷いた。
……本当に、敵わないな。
まだ知り合ってそれほど長くないはずなのに、こうして当たり前のように手を差し伸べてくれる。
私は改めて、彼女の優しさに感謝した。
「それじゃあ、お邪魔しますね!」
「うん。どうぞ」
アリスちゃんは部屋に入ると、まず赤ちゃんの様子を確認した。
「ふふっ。よく眠っていますね」
「うん。夜の間も大人しかったよ」
「それは良かったです!」
それから彼女は、持ってきた荷物を手際よく整理し始めた。
おむつや着替えは取り出しやすい場所へ。ミルクや哺乳瓶はキッチンへ。消毒用品もまとめて、使い方が分かりやすいように並べていく。
その手際の良さに、私はただただ感心するばかりだった。
「……アリスちゃん、こういうの慣れてるの?」
「はい! 必要なものを整理するのは得意です!」
「そ、そうなんだ」
見た目はこんなに小さくて可愛らしいのに、妙に頼もしい。
そんなことを考えていると、アリスちゃんがこちらを振り返った。
「ところで、彩葉さん。朝ご飯は食べましたか?」
「え? いや、まだだけど」
「それはいけません! ちゃんと食べないと元気が出ません!」
「いや、これから何か作ろうと思ってたところだよ」
「では、アリスが作ります!」
「えっ?」
そう言うなり、彼女はキッチンへ向かった。
「あ、ちょっと、アリスちゃん?」
「冷蔵庫をお借りしますね!」
「ええっ、あの……?」
私が止める間もなく、彼女は冷蔵庫の中身を確認し始めた。
そして、数秒後。
「なるほど……。食材はそれなりにありますね!」
「いや、でも自分で作るから大丈夫だよ」
「大丈夫です! アリスにお任せください!」
そう言って、彼女は手際よく調理を始めた。
包丁を持つ手に迷いがない。
野菜を切り、鍋に火をかけ、冷蔵庫から必要なものを取り出す。その動きはとても自然で、まるで何度も同じ作業を繰り返してきたかのようだった。
「……アリスちゃん、料理できるんだ?」
「はい! 料理は得意です!」
「へえ……」
意外だった。
見た目だけなら、こういう家事はあまり得意ではなさそうなのに。
いや、そもそもアリスちゃんは普段から私たちに食事を分けてくれることがある。考えてみれば、料理ができてもおかしくはないのか。
そんなことを考えているうちに、キッチンから良い匂いが漂ってきた。
「お待たせしました!」
テーブルに並べられたのは、温かいスープと野菜の炒め物、それにご飯。
どれも手早く作ったとは思えないほど、きちんとした食事だった。
「……すごい」
「えへへ。どうぞ、召し上がってください!」
「ありがとう。いただきます」
一口食べてみる。
「……美味しい」
「本当ですか! 良かったです!」
思わず素直な感想が口から出た。
味付けもちょうどいいし、野菜も柔らかくて食べやすい。何より、久しぶりにちゃんとした温かい食事を口にした気がする。
……いや、待て。
久しぶりって、私は普段どんな食生活をしているんだ。
自分で自分に突っ込みを入れたくなった。
「彩葉さん、ちゃんと食べてくださいね! まだありますから!」
「うん、ありがとう」
アリスちゃんは満足そうに頷くと、今度は洗い物を始めた。
「えっ、洗い物は私がやるよ!」
「大丈夫です! アリスがやります!」
「いやいや、そこまでしてもらうわけには……」
「彩葉さんは赤ちゃんのお世話をしてください!」
「でも……」
「それに、彩葉さん。昨日からずっと頑張っていますよね?」
そう言って、アリスちゃんは振り返った。
「少しくらいアリスに任せてください!」
「…………」
まっすぐな目で言われてしまうと、どうにも断りづらい。
「……じゃあ、お言葉に甘えようかな」
「はい! お任せください!」
結局、私は食事を終えるまで、アリスちゃんにほとんど何もさせてもらえなかった。
それからのアリスちゃんは、まさに大活躍だった。
赤ちゃんが起きれば、様子を見ながら抱っこしてあやす。ミルクの準備も手早く、飲ませ終わった後のげっぷまで丁寧に対応している。
汚れたタオルや服が出れば、洗濯機に放り込んで洗濯。干し方も手慣れたもので、乾きやすいように間隔まできちんと空けている。
その間に部屋の散らかったものを片付け、床を掃除し、キッチンまで綺麗にしてしまった。
……どうして?
いや、本当にどうして?
「アリスちゃん、そんなに動き回って疲れない?」
「大丈夫です! まだまだ元気ですよ!」
「そ、そう……」
小柄な身体で、よくこれだけ動けるものだ。
しかも、ただ作業をこなしているだけではない。赤ちゃんが泣きそうになるとすぐに気づき、抱っこする前に声をかけて安心させている。
私が慌てている間に、アリスちゃんは次に必要なことを考えて動いているのだ。
……なんだか、私よりずっと育児に慣れているように見える。
「彩葉さん、洗濯物を干しておきました! あと、冷蔵庫に食材が少なかったので、明日の分も少し買い足しておきました!」
「えっ、買い物まで?」
「はい! これで明日の食事も安心です!」
「いや、そこまでしなくても……」
「それから、彩葉さんの机の上にあった書類もまとめておきました! 床に置いてあった服も洗濯しておきましたよ!」
「…………」
私は部屋を見回した。
散らかっていた洗濯物はなくなり、テーブルの上も片付いている。キッチンは綺麗になり、洗濯物もきちんと干されていた。
ついでに、いつも使っているマグカップまで洗われている。
……私の部屋が、私の部屋じゃないみたいだ。
「アリスちゃんって、もしかして家事全般得意なの?」
「はい! 料理も洗濯も掃除も大好きです!」
「育児も?」
「もちろんです! 赤ちゃんのお世話も楽しいですよ!」
その言葉に、私は思わず赤ちゃんへ視線を向けた。
アリスちゃんに抱かれた赤ちゃんは、すっかり落ち着いている。小さな手を伸ばして、彼女の服を握っていた。
「……すごいね」
「えへへ。ありがとうございます!」
褒められたことが嬉しいのか、アリスちゃんはにこにこと笑った。
その姿は、どう見ても普通の小柄な女の子だ。
それなのに、家事の手際は驚くほど良く、赤ちゃんの扱いにも余裕がある。
見た目だけで判断してはいけないということだろうか。
……いや、それにしたってすごすぎる。
「彩葉さん、ところで少し気になったのですが」
「ん?」
「最近、ちゃんと眠れていますか?」
「え?」
「目の下に少しクマがありますし、さっきも食事を忘れていましたよね?」
「そ、それは……」
「それに、冷蔵庫の中身もあまり補充されていませんでした。洗濯物も溜まっていましたし、お部屋のお掃除も少し後回しになっていたみたいです」
「うっ……」
的確すぎる。
反論の余地がない。
「彩葉さん、ちゃんと休まないと駄目です!」
「いや、でも学校もバイトもあるし……」
「今日は三連休ですよね?」
「そうだけど」
「なら、少しゆっくりしましょう! 赤ちゃんのお世話はアリスも一緒にしますし、家事もお手伝いします!」
「……アリスちゃん」
「はい!」
「もしかして、私のことまで面倒見るつもり?」
「もちろんです!」
即答だった。
あまりにも迷いのない返事に、私は思わず笑ってしまった。
「ふふっ……。なんだか、立場が逆転してるね」
「そうですか?」
「うん。私が赤ちゃんのお世話をするはずだったのに、いつの間にかアリスちゃんに全部任せちゃってるし」
「そんなことありません! 彩葉さんもちゃんと頑張っています!」
アリスちゃんは、赤ちゃんを抱いたまま笑顔を向けてくれた。
「二人で協力すれば大丈夫です!」
「……そうだね」
私は小さく頷いた。
正直なところ、まだ分からないことだらけだし、この子のことも何一つ解決していない。
それでも、アリスちゃんがいてくれるだけで、随分と心強かった。
……ただ。
この子のお世話をするために始まったはずの三連休が、いつの間にか私自身の生活を立て直す時間にまでなっているのは、いったいどういうことなのだろう。
「彩葉さん、次は少しお昼寝しましょう!」
「えっ?」
「昨日もあまり眠れていないですよね? 赤ちゃんはアリスが見ていますから!」
「いや、でも……」
「大丈夫です! お休みも大切なクエストです!」
「クエストって……」
あまりにも堂々と言い切られてしまい、私はとうとう笑ってしまった。
……まあ、少しくらいならいいか。
どうせ三連休は、赤ちゃんのお世話で終わるのだろう。
ならば、せめて今日くらいは。
私はアリスちゃんに促されるまま、寝室へ向かった。