「では、まずは何か食べましょう!」
私はそう言って、台所へ向かいました。
目の前の少女は、先ほどからお腹が空いたと訴えています。急に身体が大きくなったことも関係しているのでしょうか。ともかく、まずは何か食べさせてあげる必要がありそうです。
「ところで何を作るの?」
「はい! 冷蔵庫に卵とご飯がありました! これならオムライスが作れます!」
「オムライスって、なに?」
「卵でご飯を包む料理です! きっとおいしいですよ!」
そう答えて、私は調理を始めました。
彩葉さんにも手伝ってもらいながら、ご飯を炒めて卵を焼いていきます。
「彩葉さん、ケチャップを取ってもらえますか?」
「はいはい。これでいい?」
「ありがとうございます!」
その間、少女は待ち遠しそうに身体をゆらゆらと揺らしながら、こちらの様子を眺めていました。
「まだー?」
「もう少し待ってね」
「はやくー!」
「はいはい」
「ふふっ。もうすぐできますよ!」
「ほんと!?」
「はい! あと少しです!」
「じゃあ、待ってる!」
少女はそう言うと、今度は椅子の上でじっとこちらを見つめ始めました。
……待ちきれないのは変わらないようです。
やがて、料理が完成しました。
「お待たせしました! オムライスの完成です!」
「わあ!」
少女は目の前に置かれた料理を、興味津々といった様子で覗き込みました。
「これ、なに?」
「オムライスです! 卵とご飯を使った料理ですよ!」
「たまごと、ごはん……?」
「はい! どうぞ、食べてみてください!」
少女はスプーンを手に取り、ひと口すくって口へ運びます。
そして――。
「……おいしい!」
ぱっと顔が輝きました。
「本当ですか! よかったです!」
「これ、もっと食べたい!」
「ふふっ、気に入ってくれたみたいですね」
「うん! これ好き!」
「それはよかったです! アリスも嬉しいです!」
少女は夢中になって食べ始めました。よほど気に入ったらしく、あっという間にお皿が空になってしまいます。
「おかわり!」
「えっ、もう!?」
「まだ食べたい!」
「はい! おかわりですね!」
「ちょっとアリスちゃん、そんなに食べさせて大丈夫なの?」
「大丈夫だと思います! 食べられるということは、元気な証拠です!」
「いや、そういう問題じゃなくて……」
彩葉さんは困ったように少女と私を見比べました。
でも、少女はすでに空のお皿をこちらに差し出しています。
「ねえ、まだ?」
「はいはい! 今用意しますね!」
私は少女のために、もう一皿用意しました。
その間、彩葉さんは少女の食べっぷりを眺めながら、少し呆れたように笑っています。
やがて二皿目も食べ終わり、少女は満足そうにお腹をさすりました。
「ごちそうさま! おいしかった!」
「よかったです! アリスの料理クエスト、大成功ですね!」
「りょうりくえすと?」
「はい! おいしいものを作るクエストです!」
「じゃあ、次はもっとおいしいの作って!」
「もちろんです! 次の料理クエストも頑張ります!」
「アリスちゃん、あんまり約束しちゃダメだよ」
「えっ? どうしてですか?」
「いや、これからどうなるか分からないんだから……」
彩葉さんの言うことも分かります。
少女の身体が急に大きくなった理由も、これからどうするつもりなのかも、まだ分からないことばかりです。
……いえ、アリスには分かっていることもあります。
目の前にいる少女が、誰なのか。
そして、これから先にどんな時間が待っているのか。
けれど、それを今ここで話すわけにはいきません。
少女自身も、まだその名前を貰ってはいないのですから。
「ねえ、ちょっと聞いてもいい?」
「なになに?」
「あなた、どこから来たの?」
「月!」
「…………月?」
あまりにも即答でした。
「空に浮かんでる、あの月?」
「そうだよ! 多分!」
「……本気で言ってる?」
「うん!」
少女は当然のように頷きます。
彩葉さんは、困ったようにこちらを見ました。
「……アリスちゃん、どう思う?」
「そうですね……。この子が月から来たというのは、まだ確認できていません。でも、少なくとも普通の子どもではなさそうです!」
「そこは否定しないんだ……」
「はい! 赤ちゃんから急に大きくなったのも、普通ではありませんから!」
「それはそうなんだけどさ……」
彩葉さんは頭を抱えました。
どうやら、まだまだ混乱しているようです。
「じゃあ、月から来て、何をしに地球へ? 侵略?」
「うーん……。何かあんまりよく覚えていないんだけど~~。とにかく、毎日超つまんなくて~~、楽しいところに逃げた~~いって、思った気がする」
「つまらなかった?」
「そそ、毎日おんなじだし、もっと楽しいところに行きたかったの!」
「それで地球に来たと?」
「多分そう!」
「多分って……」
少女は悪びれもせず、にっこりと笑いました。
その様子に、彩葉さんは何とも言えない顔をしています。
「でも、楽しいところを探しに来たんですよね?」
「うん!」
「それなら、地球には楽しいことがいっぱいありますよ!」
「ほんと!?」
「はい! おいしいものもありますし、遊べる場所もたくさんあります!」
「じゃあ、もっと教えて!」
「もちろんです!」
「ちょっと待って。アリスちゃん、話を広げないで」
「えっ?」
「いや、まずはこの子が何者なのかを確認しないと……」
「でも、本人は楽しいところに行きたかったと言っていますよ?」
「それは聞いたけど!」
彩葉さんが慌てて私たちの会話に割って入りました。
ふふっ。彩葉さんは心配性ですね。
「あのさ、ちなみになんだけど、竹取物語って知ってる?」
「たけとりものがたり?」
「うん。日本の昔話なんだけど」
「おもしろい?」
「まあ、聞いてみれば分かるよ」
彩葉さんは、竹取物語について話し始めました。
竹を取って暮らしていたおじいさんが、光る竹の中から小さな女の子を見つけること。おじいさんとおばあさんに大切に育てられ、やがて美しい女性へと成長したこと。そして、たくさんの人から求婚されながらも、最後には自分が月の人間であることを明かすこと。
少女は興味深そうに話を聞いていました。
「そう。そして、月から迎えが来て、育ててくれたおじいさんやおばあさん、仲良くなった人たちとお別れして、月へ帰ってしまうんだよ」
「…………え?」
「それでおしまい」
少女はしばらく黙っていました。
「……ねえ」
「ん?」
「じゃあ、彩葉はこのお爺さんなわけ?」
「はあ!? なんで私がお爺さんなのよ!」
彩葉さんが大きな声を上げました。
「だって、女の子を見つけて育ててくれたんでしょ?」
「いやいや、私はまだ十七歳なんだけど!? お爺さんどころか、あなたから見てもそんなに年上じゃないでしょ!」
「えー? でも、彩葉が見つけてくれたじゃん!」
「だからって翁扱いしないでよ!」
「ふふっ」
「笑って誤魔化さない!」
「でも、彩葉さんは優しいですよね!」
「アリスちゃん?」
「困っている少女を見つけて、お家に連れて帰って、ご飯まで用意してあげたんです! やっぱり勇者です!」
「だから、そういう話じゃないってば!」
「じゃあ、彩葉は勇者なの?」
「そこに戻るの!?」
少女が楽しそうに笑いました。
私もつられて笑ってしまいます。
こうして三人でお話しするのは、とても楽しいですね!
けれど、少女はすぐに表情を変えました。
「でもさ……」
「どうしたの?」
「そのお話、全然ハッピーエンドじゃないよ!」
「え?」
「だって、せっかく仲良くなった人たちとお別れしちゃうんでしょ? しかも、月に帰ったら地球のことも忘れちゃうんだよね?」
「まあ、そういう結末だけど……」
「そんなの嫌だよ! かぐや姫絶対不幸じゃん! かわいそう!!」
少女は机に身を乗り出しました。
「それにおじいさんもおばあさんも、みんな悲しいじゃん! 全然めでたくないよ! こんなん超バッドエンドじゃん! しかも何かいい話風になってるのが余計許せないよ!」
「いや、これは昔話で、そういうお話なの」
「昔話でも嫌なものは嫌! バッドエンド、やぁーだぁー、ハッピーなのが、いーいー! バッドエンド、や~~~~~だ~~~~♪ ハッピーなのが、い~~~~い~~~~~♪」
少女はとうとう歌い出してしまいました。
「わあ! 楽しそうな歌ですね!」
「楽しくないよ! バッドエンドは嫌なの!」
「そうですよね! アリスもハッピーエンドがいいです!」
「でしょ!」
「はい! 最後はみんな笑顔で終わるのが一番です!」
「ちょっと二人とも、話が脱線してるから!」
彩葉さんが慌てて止めに入りました。
それでも少女は、まだ納得していないようです。
「だって、せっかく仲良くなったのに、どうしてお別れしなきゃいけないの?」
その問いかけに、アリスの胸にも小さな痛みが走ります。
大切な人たちと離れ離れになること。
それまで一緒に過ごしてきた時間が、まるでなかったことのようになってしまうこと。
そんな結末を、彼女が望むはずがありません。
アリスは、そのことをよく知っています。
けれど、彩葉さんは少し困ったように答えました。
「どうしようもないじゃん。暴れたって、歌ったって、決まっていることが変わるわけじゃないし」
「むぅ……」
「受け入れて覚悟するしか、ない」
その言葉を聞いて、アリスは彩葉さんを見つめました。
いつも忙しそうにしている人です。
学校へ行き、アルバイトをして、帰ってからも家事や勉強をこなす。疲れていても、それを大したことではないように振る舞って、誰かに頼ることもあまりありません。
それは、ただ頑張り屋だからというだけではないのかもしれません。
思い通りにならないことを受け入れて、自分にできることを積み重ねる。
彩葉さんは、そうやって今までの生活を築いてきたのでしょう。
その言葉には、彼女自身が歩んできた時間が滲んでいるように感じました。
少女は、そんな彩葉さんの顔をじっと見つめています。
そして、次の瞬間。
「……よし!」
「え?」
「よし、決めた!」
少女は勢いよく立ち上がりました。
「自分でハッピーエンドにする!」
「……ハッピーエンド?」
「うん! 私は、絶対にハッピーエンドがいい!」
少女は胸を張り、満面の笑みを浮かべました。
「そんでハッピーエンドまで彩葉も連れて行く、一緒に!」
「……えっ、私も!?」
「うん!」
「いや、なんでそうなるの!?」
「だって彩葉は翁だもん!」
「だから翁じゃないってば!」
「えへへ!」
そのやり取りを見ながら、アリスは自然と笑顔になっていました。
自分でハッピーエンドにする。
その言葉を聞いて、胸の奥が温かくなります。
アリスは、長い時間を共に過ごしてきました。
楽しいことも、悲しいことも。出会いも、別れも。何度も季節が巡り、時代が移り変わる中で、ずっと隣にいました。
だからこそ、少女のその言葉が、ただの思いつきではないように感じられたのです。
彼女はきっと、自分の未来を自分で選びたいのでしょう。
誰かと一緒に笑って、好きな人たちと同じ時間を過ごして、その先にあるものを自分の手で掴みたい。
アリスも、そんな未来を見てみたいと思いました。
「すごいです! 新しい冒険の始まりですね!」
「冒険!」
「はい! ハッピーエンドを目指す大冒険です!」
「じゃあ、アリスも一緒に来て!」
「もちろんです! アリスは勇者ですから!」
「よし! じゃあ三人で冒険だ!」
「はい!」
「いやいやいや! 勝手に私まで人数に入れないでよ!」
彩葉さんが慌てて口を挟みました。
「えー? 彩葉も一緒だよ!」
「私はまだ行くなんて言ってない!」
「でも、翁でしょ?」
「だから翁じゃないってば!」
「彩葉さん、きっと大丈夫です! アリスたちが一緒ですから!」
「アリスちゃんまで……!」
彩葉さんは、とうとう両手で顔を覆ってしまいました。
ふふっ。
少女と一緒にいると、次から次へと楽しいことが起こります。
アリスも、ついつい夢中になってしまいました。
「あぁもう、はい、そこまで!」
突然、彩葉さんがパンッと手を叩きました。
「えー?」
「えー、じゃない! もう何時だと思ってるの!」
彩葉さんは時計を確認すると、慌てた様子で立ち上がりました。
「明日は学校なんだから! もう寝るよ!」
「でも、まだ冒険の話が――」
「続きは明日! 今は寝る時間!」
「えーっ!」
「えーっ、じゃない!」
少女が不満そうに頬を膨らませます。
私も、もう少しお話ししたい気持ちはありました。
けれど、彩葉さんの言うことももっともです。
「分かりました! 続きは明日にしましょう!」
「ほんと?」
「はい! 明日、また一緒にお話ししましょう!」
「約束だよ!」
「約束です!」
「ちょっとアリスちゃん! また約束してる!」
「えっ!? でも、明日お話しするくらいなら大丈夫ですよね?」
「そういう問題じゃなくて……!」
彩葉さんは大きく息を吐きました。
「もう! アリスちゃんも! そこの宇宙人も! とにかく今日はもう寝る!」
「わ、分かりました! 睡眠は大切ですからね!」
「宇宙人じゃないよー!」
「はいはい、分かったから寝るよ!」
彩葉さんは少女を寝床へ促し、私にも早く休むように言いました。
少女はまだ何か言いたそうでしたが、明日もお話しできると分かると、ようやく納得したようです。
……ふふっ。
どうやら、今日の冒険はここまでのようです。
まだまだ聞きたいことはありますし、少女と一緒にやってみたいこともたくさんあります。
そして、いつか。
彼女が望むハッピーエンドを、一緒に見届けられたらいいなと思いました。
こうして、三連休最後の深夜。
私たちの新しい冒険は、まずは睡眠から始まることになったのでした。
──頑張ってください。かぐや。