緑谷出久は未来を予習しているだけなのに、周囲が勝手に深読みしてくる件 作:まだら模様
作者はにわかなので設定等に間違いがありましたら申し訳ございません。
雄英高校、1年A組。
出久は目の前に聳え立つ、やたらと巨大な教室の扉を見上げた。
(バリアフリー……! 個性の多様化に合わせた雄英特有の設計だ。これも未来視だけでなく、知識として知っていた通りのサイズ感だな……)
教室の前まで来た緑谷出久は、手元の予習ノートを確認した。
十か月の訓練で身につけた身体操作。
未来視だけでなく、知識から予測できる教師の言動。
そして、今日行われる個性把握テスト。
できることは限られている。
無個性だと思っていた自分が、オールマイトから受け継いだ力をどこまで扱えるのか。
失敗すれば、せっかく入学した雄英から追い出される可能性だってある。
「……よし」
出久は意を決して巨大な扉を開けた。
教室の中では、案の定、爆豪勝己が机に脚を乗せて不機嫌そうに踏んぞり返り、その目の前で飯田天哉がロボットのような角ばった動作で注意していた。
「机に脚を乗せるな! 雄英の先輩方や机の製作者に対する冒涜だぞ!」
「あぁ!? 知るかボケ! お前どこ中だ、端役が!」
「私は私立聡乃創中学校出身の飯田天哉だ!」
「聡乃創だぁ!? 潰し甲斐がありそうじゃねえか!」
ふたりの物々しいやり取りに、周囲の生徒たちも遠巻きに様子を伺いながらざわついている。
(始まった……! 未来視だけでなく知っていた通りの衝突だ……!)
出久は息を呑みつつ、教室を見回して少しだけ声を張った。
「み、みんな……! 担任の先生が来る前に、席に着いておいた方がいいと思う。初日から目をつけられるのは避けたいし……」
その声に、飯田が素早く振り返った。
「君は……! 入試で私の浅はかさを打ち砕いてくれた緑谷君か!」
「えっ、あ、うん……」
「確かに君の言う通りだ! 担任の先生を迎えるにあたり、静粛に待つのが合理的だな! 全員、着席したまえ!」
入試での出久の凄まじい活躍とダントツ1位の結果を知っている生徒も多かったためか、出久の呼びかけと飯田の号令により、クラスメイトたちは次々と席に着き始めた。
爆豪は「……チッ」と激しく舌打ちし、忌々しそうに出久を睨みつけながら足を下ろす。
その時、出久の後ろからパタパタと足音が近づき、聞き覚えのある明るい声が響いた。
「あ! クタクタボサボサ君だ! 入学おめでとう!」
振り返ると、入試の際に浮遊の個性で助けてくれた丸顔の少女――麗日お茶子が笑顔で立っていた。
「あ、麗日さん! 入学おめでとう!」
「うん! 実技試験の時のあの一撃、ほんとすごかったね! うち、鳥肌立っちゃったよ!」
「い、いや、あれはたまたまで……!」
麗日と親しげに会話を交わす出久。
ほどなくして、教室全体が完全に静まり返った。
出久はほっと胸をなで下ろす。
これで少なくとも、初手から相澤先生に悪目立ちして目をつけられる未来は回避できたはずだ。
そのとき、教室の床に置かれていた黄色い寝袋が、もぞりと動いた。
「……何をしている」
寝袋から現れたのは、ぼさぼさの髪に目つきの悪い男だった。
相澤消太。
担任教師、イレイザーヘッドである。
「えっ、先生、そこにいたんですか!?」
生徒の一人が驚く。
相澤は気だるげに教室を見回した。
いつもなら、教師が現れてもすぐには静かにならない。
注意して、ようやく席に着く生徒もいる。
だが、今日は違った。
相澤が起き上がった時点で、教室はすでに静まり返っている。
その視線が、出久へ向いた。
「……君が声をかけたのか?」
「は、はい。先生が来る前に座っておいた方がいいと思って……」
「そうか」
相澤はそれ以上追及せず、淡々と続けた。
「時間は有限だ。合理的に動くことは悪くない」
出久は内心で胸をなで下ろした。
よかった。
怒られなかった。
一方、周囲の生徒たちは、入学初日から担任の性格を見越して行動した出久に、何とも言えない視線を向けていた。
相澤は教卓の上に体操服を置く。
「これに着替えてグラウンドに出ろ。個性把握テストを行う」
「えっ、入学式やオリエンテーションは!?」
誰かが声を上げる。
「そんなものに時間を使う余裕はない。教師にも自由がある」
相澤はそう言い切った。
出久は体操服を受け取り、頭の中で予習ノートの内容を整理した。
全力を出す必要はない。
必要なのは、失敗しないこと。
そして、できるだけ自然に結果を出すことだ。
◇
グラウンドに集合した生徒たちに、相澤は冷ややかに説明を始めた。
「中学までの体力測定は、個性の使用を禁止された理不尽な記録だ。文部科学省は相変わらず平均化を怠っている」
相澤はフッと目を細め、言葉を続ける。
「今日行うのは、自分の個性をフルに活かした八項目の個性把握テストだ」
その説明を聞いた生徒たちから、呑気な声が上がった。
「個性使い放題!? さすがヒーロー科!」
「自分の個性を思い切り試せるなんて、面白そう!」
その「面白そう」という一言に、相澤の目つきが変わった。
「……『面白そう』……だと?」
グラウンドの空気が、一瞬で凍りつく。
「ヒーローになるための三年間。君たちはそんな感覚で過ごすつもりか?」
相澤は邪悪な笑みを浮かべ、両手を広げた。
「よし……八項目で最下位になった者は、見込み無しとして『除籍処分』とする」
「ええええっ!?」
悲鳴のような声が上がった。
麗日が慌てて声を張り上げる。
「そんなの理不尽です! 入学初日ですよ!?」
「自然災害、大事故、そして身勝手なヴィランたち。いつどこで訪れるかわからない理不尽を救うのが、ヒーローだ」
相澤は前髪をかき上げ、凄まじい眼光で生徒たちを見据えた。
「世の理不尽を覆していくのが、雄英の『Plus Ultra(プルスウルトラ)』。全力で試練を乗り越えてみせろ」
出久も顔をこわばらせた。
知っていた。
でも、実際に面と向かって言われると、緊張感が全然違う……!
せっかく入学できたのに、初日で退学など冗談ではない。
◇
「実技トップの緑谷。中学時代、ソフトボール投げはどのくらいだった」
相澤に指名され、出久はびくつきながらサークルの中へ出た。
「あ、はい! 三十六メートルです」
「では、個性を使って投げてみろ。サークル内なら何をしてもいい」
出久はボールを受け取った。
ここが最初の山場だ。
ワン・フォー・オールの力を百パーセントで使えば、腕が壊れる。
入試で身をもって経験した以上、同じ失敗を繰り返すわけにはいかない。
だからこそ、十か月の訓練で試行錯誤してきた。
全身の連動。
重心移動。
投球角度。
力を伝える順序。
未来視だけでなく、物理的な最適解をノートに書き殴って徹底追及した成果だ。
出久は一度、息を吸った。
「……いきます」
(足裏から指先までの連動と、投擲角度は45度……!)
常時三パーセントを維持する感覚を意識しながら、投球動作に入る。
足で地面を押し、腰を回し、肩から腕へと力を伝える。
力任せに振り回すのではなく、全身をひとつの動作としてつなげる。
ボールが手を離れた。
小さな白い球は、空高く飛んでいく。
測定器の表示が更新された。
480メートル。
「……は?」
生徒たちの声が重なった。
「四百八十!?」
「ソフトボールだよな!?」
出久は表示を見て、内心で安堵した。
よし。
腕は無事だ。
しかも、ちゃんと飛んだ。
「よかった……」
その安堵の呟きを、切り裂くような怒号が響いた。
「どういうことだッ!! 説明しろデク!!」
爆豪が両手に爆炎を散らしながら、鬼の形相で出久へ突っ込んできた。
無個性だったはずのデクが、別会場の入試実技でダントツの記録を出して合格してきただけでも理解不能だった。
それに加えて、今目の前で叩き出した480メートルという規格外の数字。
長年無個性のフリをして自分を騙し、力を隠し通していたことへの激怒が、爆豪の中で爆発した。
「ひえっ!? かっちゃん!?」
出久が悲鳴を上げた瞬間、爆豪の身体が空中でピタリと硬直した。
首から胴体にかけて巻かれた白い帯――相澤の捕縛布が、爆豪の動きを完全に封じ込めていた。
「な、なんだこの布……固ぇ……!」
「俺のサポートアイテム、捕縛布だ。特殊合金の鋼糸を炭素繊維に編み込んだ代物でね……勘弁してくれ、ドライアイなんだ」
相澤の髪が逆立ち、目が赤く光っていた。
個性を消された爆豪は、そのまま地面に押さえつけられる。
相澤の冷ややかな視線と、目の前で何事もなかったかのように腕を擦る出久の姿。
爆豪の脳裏に、凄まじい思考の渦が巻き起こった。
入試で巨大ヴィランを一撃で粉砕したという噂の破壊力。
そして今、見せたのは身体を壊さず、精密な力学計算で出力を三パーセントに抑え込む技術。
(入試のあの一撃……あれは、全力でぶっぱなした力だ)
(なのに今のは……力を抑えて、壊さずに使ってやがる)
(同じ力じゃねえ……!?)
(無個性だろ……!? 中学まで無個性だったはずだろ!! なのに……なんなんだあの力は!? )
(個性が二つあるのか……!? 1つならず2つまでも……どんだけ隠し持ってんだよお前は……ッ!!)
爆豪の中で、「無個性のデク」という存在は完全に崩壊し、「自分すら遥か下に見て長年力を隠し持っていた、底知れぬ化物」へと上書きされた。
「……時間が無駄だ。次へ行くぞ」
相澤が個性を解き、爆豪は忌々しそうに出久を睨みつけながら引き下がるしかなかった。
◇
続いて、五十メートル走。
出久はスタート位置につき、(発進の瞬間の一歩目だけ足裏に三パーセントの力を爆発させる……!)と意識する。
あとは姿勢を崩さず、無駄の少ないフォームで走り切る。
記録は五秒八五。
上位の記録に、クラスメイトたちはざわめいた。
次は握力測定。
出久は、(指の骨を折らないよう、測定器の支点に対して示指と中指の第一関節へ集中的に圧力をかける……!)と姿勢と身体の使い方を意識した。
測定器の数値は八十五キログラム。
続く立ち幅跳びでは、(跳躍の瞬間、腰と足首に三パーセントを伝達して反発力を補う……!)と膝と股関節を連動させて踏み切り、着地まで姿勢を保つ。
着地の衝撃もできる限り逃がした。
反復横跳びでは、足先の使い方と重心移動を意識する。
上体を大きく揺らさず、左右への切り返しを繰り返した。
上体起こしでも、勢い任せに身体を起こすのではなく、呼吸と腹筋の動きを合わせる。
無理に腰へ負担をかけないよう注意した。
長座体前屈は、事前に行っていたストレッチの成果が出た。
無理に反動をつけず、ゆっくりと身体を前へ倒す。
どれも、派手な個性技ではない。
未来視だけでなく知識と十か月の訓練で積み重ねてきた、地味な工夫の結果だった。
それでも、全種目で安定した結果を出す出久の姿は、クラスメイトたちの目に異様なものとして映っていた。
最後は持久走。
出久は最初から飛ばしすぎず、一定のリズムを維持した。
疲労に合わせて歩幅と呼吸を調整し、無理のない範囲で走り続ける。
飯田のような速さには届かない。
それでも、大きく崩れることなく走り切った。
「はぁ……はぁ……」
出久は膝に手をつき、息を整えた。
よかった。
大きな怪我もなく、何とか全種目を終えられた。
しかし、周囲の視線はまだ集まっていた。
入試での一撃に加え、各種目でも安定した結果。
しかも、必要以上に力を誇示することもない。
爆豪は不機嫌そうに顔をしかめ、八百万百は出久の動作を思い返すように考え込んでいた。
相澤もまた、出久を注意深く見ていた。
◇
テストを終えた相澤が、総合順位のホログラムをグラウンドに映し出した。
最下位の欄に刻まれた自分の名前を見た瞬間、峰田実の顔から一気に血の気が引き、白目を剥いて絶望に打ちひしがれた。
この世の終わりを迎えたような顔で、がたがたと全身を震わせている。
生徒たちに走る緊迫感の中、相澤は淡々と告げた。
「ちなみに除籍処分だが、あれは君たちの限界を引き出すための『合理的な虚偽』だ」
グラウンドにいた生徒たちの緊張が、一気に緩む。
次の瞬間、死の淵から生還した峰田はその場に崩れ落ち、涙と鼻水を盛大に垂れ流しながら迫真の表情で叫び声を上げた。
「――ひっ……! は、あぁぁぁ……! よかったぁぁぁぁぁ! 死にたくない、助かったぁぁぁァアアア!!」
そんな峰田の姿に周囲が呆れる中、八百万百はふっと胸を撫で下ろし、周囲に向けて言った。
「当然ですわ。皆さん安心なさって……最初から考えればわかることですわ。あれは『合理的な嘘』ですわね」
その時だった。
「でも、相澤先生は本当に除籍処分をしたことがあるんだ。前のクラスで、実際に一度全員を除籍扱いにしたって……」
隣で出久が、小声でボソッと呟いた。
「……え?」
八百万の表情がピタリと凍りつく。
「その情報を、どこで?」
「あっ、えっと……」
出久は言葉に詰まった。
未来のことをそのまま話そうとすると、激痛が走る。
だから、詳しい説明はできない。
「と、とにかく、先生の言葉を軽く考えない方がいいと思う」
出久はそれだけ言って、話を切り上げた。
八百万は、ゴクッと喉を鳴らした。
(な……ッ!? 私が『合理的な嘘』などと楽観視していた裏で、このお方は先生の過去の除籍歴まで完全に把握し、本気で警鐘を鳴らしていらっしゃったというのですか……!?)
八百万は己の洞察の甘さを恥じ入り、危険を承知で慎重に状況を見極めていた出久の横顔を、ただ戦慄の目で見つめるしかなかった。
◇
放課後。
出久は麗日お茶子、飯田とともに帰路についた。
「緑谷くん、今日すごかったね!」
麗日が笑顔で言った。
「いや、そんなことないよ。十か月、できることを練習してただけだから」
出久は照れくさそうに頭をかいた。
「それに、麗日さんが入試のときに助けてくれたおかげでもあるし」
「えへへ、そう言ってもらえるとうれしいな」
飯田も真面目な顔でうなずく。
「入試での君の行動には驚かされた。今日のテストでも、無駄のない動きが印象的だったぞ!」
「そ、そうかな……?」
出久は困ったように笑った。
できるだけ普通に振る舞っているつもりなのに、どうしてこうも大げさに受け取られるのだろう。
そのとき、麗日がふと思い出したように言った。
「そういえば、爆豪くんが言ってた『デク』って呼び方。うち、結構好きやで。なんか『頑張れ』って感じがするし!」
「……デク」
出久はその呼び名を口の中で繰り返した。
以前は、ただ馬鹿にされているだけだと思っていた。
けれど、麗日がそう言ってくれるなら。
「……ありがとう、麗日さん。僕、その呼び方、好きになれそうだ」
出久は笑った。
雄英に入学できた。
大きな怪我もせず、テストも乗り切れた。
友達だってできた。
今のところ、順調だ。
――この調子で、何とか無事に卒業までたどり着きたい。
その一方で。
遠くから立ち去る背中を見ていた爆豪は、溢れ出る恐怖と苛立ちを噛み殺しながら独りごちた。
(個性が二つあるのか……? 1つならず2つまでも……どんだけ隠し持ってんだよお前は……!)
「……ふざけやがって。ずっと俺を騙して見下してやがったんだ……!」
八百万は、出久の言動に隠された意味を考え続けていた。
そして相澤は、今日のテスト結果を思い返す。
教室が静まるまでの時間。
入試で見せた力。
個性把握テストでの安定した記録。
さらに、除籍処分についての忠告。
偶然にしては、できすぎている。
出久は自分の力を制御し、環境や周囲の状況を読み、教師の性格まで計算に組み込んでいる。
少なくとも、相澤の目にはそう映っていた。
「……底が見えない生徒だな」
相澤は小さく息を吐いた。
一方、出久は麗日と飯田と並んで帰り道を歩きながら、心の中でつぶやいていた。
(よかった……。今日のところは、うまく隠せた……!)
その「うまく隠せた」が、担任とクラスメイトの脳内で、どんな化け物扱いを生んでいるとは、出久はまだ知らなかった。
こういう内容が薄い時は特に難しいですね…
しかも長くなってしまった()
続きも読みたいと思っていただけたら、お気に入り登録をしていただけると嬉しいです。評価も、読んだ時点での率直な印象をいただけると励みになります。
その幻想を、ぶち壊す! 〜レベル0と無個性 二人の英雄(ヒーローも)試験的に連載中です。是非ご拝読ください。