恥ずかしながら帰ってまいりました。今度こそ、完成させられるよう死力を尽くす所存です。
プロットは出来上がっているのですが、細部がいささか手抜きなのが、いえ、これ以上言うのは野暮というもの。どうか一つ宜しくお願い申し上げます。
スノーフィールド、某病院跡地にて。
復讐者はひざを突いた。目の前には警官と金髪の少年が立っている。
警官の名前ジョン、少年の名前はフラット・エスカルドス、時計塔ロード・エルメロイ二世教室の門下生。
この二人によって、ついに復讐者は致命的な一撃を食らった。
「やめろ!」
復讐者は小さく呟いた。足の裏、腹の底、そこから何かが這い上がりつつあった。
かつて殺したはずの誰か。息子を殺された事を忘却し、妻を狂わされたのにも関わらず、脳天気に女神の恩寵などと名乗っていた間抜けが、今や四肢にからみつきつつあった。
このままでは意識をのっとられる。いな、乗っ取られる程度ならまだいい。
乗っ取ったあげく、あれが何をするか、復讐者はよく理解していた。
どうせ眼前の二人をほめたたえた後、静かに消えていくつもりなのだろう。
こんな事を思いながら。
『ああ、良かった。少女を手に掛けなくて』
『ああ、良かった。無辜の民を手に掛けなくて』
吐きげがする。今の自分に対する最大の侮辱だった。
倒れるのは肯じよう。望み果たせず消え去るのも、敗者の定めと受け入れよう。だがっ! だがっ!
最後の最後で自分が振り捨てた残滓に犯されて死ぬ、それだけはなんとしても避けたかった。だが、このままでは。
歯噛みするも現実は変わらない。だが、その瞬間だった。
不意に復讐者は空気が澱んだように感じた。と同時に、突如として世界そのものがモノクロ色に変化し、その動きを止める。
「な、んだ、これは?」
思わず復讐者はそう呟いた。魔法? しかしこれほど強力なものは神代のものとしか思えなかった。が、同時に感じる奇妙な違和感。
「私の知っているどの魔法とも違う、なんだこれは?」
「いやはやさすがにお目が高い」
声がした。ジョンやフラットの間を縫うようにして、男が復讐者に向かってあるいてきた。
眼鏡をかけ、カッターシャツに黒の長ズボンをはいた東洋人の男性。
俗にいうアルカイックスマイルとも称される笑みを浮かべつつ、男は言った。
「おはつにお目にかかります。僕は、そうだな、虫、とでもお呼びいただければ幸いです。ああ、これはいい、いや、日本語の音では昆虫を表す虫と、人の存在を無視する、無視は音が同じ。いいなぁ、まさしくこの場では無視されるべき存在。うん、悪くない」
一人で勝手に納得し、頷く男に復讐者は言った。
「何だ、貴様は? これは貴様の仕業か?」
復讐者はふるえる手で持って、周囲を指さす。
虫と名乗った男は頷いた。
「イエス、そうです、僕がやりました。陰陽の術なぎもどきで」
「陰陽? ああ、東洋の術か。道理で覚えがないはずだ。それで、一体何のようだ?」
とどめを刺しにきた? にしては、いささか奇妙だった。普通に考えるなら放っておけばいい。
怪訝そうな声音で問う復讐者に対し、虫と名乗った男は言った。
「実は提案がありまして。このまま行けば貴方はもう五分とたたぬ内に消滅するでしょう。いかがですかな? 僕がこれからいう提案をのんでいただければ、そいつを避ける事ができますが?」
普通に考えるなら、戸惑い、説明を求める場面、しかし、復讐者は即決した。
「………。いいだろう、条件は何だ」
あまりの潔さに、むしろ『虫』の方が驚いたほどである。
首をひねりつつ、『虫』はいった。
「え? 即決! もうちょいごねられると思ったんですけど」
『虫』の問いかけに、復讐者はいらだたしげに首を振り、
「時が惜しい。敗北も消滅も受け入れるが、あの残滓に体を乗っ取られるのが最大に不快だ。何より」
おそらくこれが最初で最後の好機なのだろう。あのくそ忌々しい神々に復讐できる、唯一の。
ここを逃せばもうおしまい。仮にもう一度召還される機会を得られたとしても、どうせ召還者が望むのは、あのおめでたい『女神の栄光』の方だろう。
自分が呼び出される可能性は零。仮に何らかの奇跡が起きたとして、今回ほどの潤沢なサポートを受けられる可能性は、ほぼない。
ならば、胡散臭かろうが何であろうが、手を伸ばせる余地があるなら、手を伸ばすべきだった。復讐者はそう判断した。
虫と名乗った男は笑みを深くし、
「おお、話が早くて助かります。それに、ありがたいことに僕と利害が一致している。そうそう、僕も用があるのは、貴方の中の残滓さんでしてね。ならばっと」
男はポケットから細長い棒を取り出した。何やら紋章が描かれている、ペンにもにた物体。
それを差し出しつつ言う。
「はい、どうぞ。これを握っていただいて。ああ、そうそう、医者のなりそこないの身としては、患者に説明責任がありますので、言っときますと、今からこいつを使って貴方の中にいる例の栄光さんを抜き出します、で、その過程で毒を抜く予定何ですが……。これは、その、量は減らせても完全に抜くのは難しそうですね」
「残る、か」
『虫』はいささかすまなさそうに頭をかいた。それまでの人を食ったような笑みを消したところに、わずかにこの男の、かつて医者として歩もうとした頃の気概を感じ、復讐者は笑った。
「構わん。流石にヒュドラの毒を消すことは、神代のものにしかできんだろう。いいだろう。契約成立だ」
復讐者は棒を握り、言った。
「さぁ、次は何だ?」
「では、呪文を一つ。まがいてんそう、と」
言われるままに復讐者は棒を握りつつ呪文を唱えた。
その瞬間、四肢にからみついていた不快な念が取り払われた。
が、同時に体全体に痛烈などという言葉が生ぬるく感じられる痛みが走り抜ける。
「だ、大丈夫ですか?」
「問題ない。いささか窮屈だが、じきなれよう」
静かに復讐者は言い放つが、本来その程度ですむ話ではない。彼の師ですら、根をあげた猛毒なのだ。
それでも復讐者は立ち上がる。
『虫』は感に堪えぬと言わんばかりに胸に手をあて、呻いた。
「ああ、駄目だなぁ。こんな勇姿を見せられちゃうと。ついつい思ってしまいますね。貴方をお誘いすべきだったかな、と」
「……そういえば、聞くべきだったな、貴様何者だ。参加者ではないのか?」
身にまとう気配、それにこれほどの事をしてのける技量からして、眼前の男がサーヴァンとなのは明らか。
にもかかわらず、どうにも本気もやる気も感じられないのが、復讐者には意外だった。
「ああ、僕は部外者ですよ。ちょっとした狙いがあって、介入しただけ。それにこのなぎもどきも、基本的に動きを止めて、任意の人とお話しするだけの術ですからね。まぁ、仮に他者に攻撃できたとしても、そんなことしませんよ」
つまんないでしょ、そんなの。
復讐者はそれに同意することなく、一歩下がった。
『虫』はそれを見て言う。
「では、名残惜しいですが、そろそろお別れですね。もう少しすれば術を解きます」
「最後だ。私から抜き取った残滓で何をするつもりだ?」
「おや? 尋ねてくるとは意外ですな。というか、多分想像ついているのでは? 使わないんなら、此方で使わせていただきます。そういう話ですよ。何かご不満な点でも?」
「いいや。構わん。あるいはそれを私も望んでいたか、もしくはどこかで出てくるような気がしていたのかもしれん」
『虫』は顔をうつむけ、次いでくぐもった笑い声をあげた。
「見てみたかったなぁ。いや、あるいは見れるかもしれませんがね」
その意味深な言葉に反応せず、復讐者は言った。
「いいぞ、術を解け」
『虫』は逆らうことなく頷き、
「ええでは、今から手をたたきますから、それを合図に。しかし、良かった。この状態から攻撃仕掛けるような人ではなかったようで」
「……下らんことをいうな」
フラットもジョンも動きを止めている。今の状態で復讐者が腕を振れば、それで勝負はつくだろう。
しかし復讐者はそれをしたくなかった。曲がりなりにも知恵と勇気を振り絞って自身に傷を負わせた相手にたいし、真正面から対峙してみたかったのだ。
……あたかも、あの栄光ならそうしただろうと思う感情。
首を振り、復讐者は脳内にすくったよけいな感情を脇にやる。
『虫』も何事か察したのか、黙って棒をポケットにしまうと、両手を打ち鳴らした。
その瞬間、復讐者の目には世界が色を取り戻したのを確かに感じた。
体中に襲いかかる激痛はやまない。だが。
「待たせたな」
第二ラウンド開始のゴングは、その瞬間確かになった。
背後から聞こえてくる激戦の音を聞きつつ、『虫』と名乗った男は、にこやかに携帯電話を操り、とある人物に電話をかけていた。
「やっほー、プーちゃん、聞こえてるー。うんうん、首尾良く上手く行きましたー。いやぁ、助かったよ、うん」
携帯電話から、可愛らしい声が響く。
「あー、うまく行ったの、良かったねー。でもでも残念だなぁ、あなたにも是非ともこの催しものに参加してほしかったんだけど、今から予定変更しない? 貴方の宝具を使えば、マスターなんてすぐにでも調達できるでしょ?」
通話相手はフランソワ・プレラーティ。受肉を果たしたサーヴァンとにして、性転換した逝かれた人物。
今はフランチェスカと名乗っていた。
「ああ、そうしたいのは山々なんだけどさ。ほら、実験をこの世界で行うと、あの人優先的にこっちを狙いかねないからな。それはそれで面倒くさいしね。今回は遠慮しておくよ。それに、裁定者がどの程度のものなのか、きちんと査定しておかないと」
「大丈夫? 何なら手を貸そうか?」
「うふふふふ、手を借りたいのは山々なんだけど、やはり遠慮しておくよ。僕も腐ってもクリエイターの端くれ何でね。予想外の展開が何よりも好みなんだ。ほんの少しばかり、余白を残しておかないと」
「あはははは、いいねー。その感想、やっぱり君って最高だね。新米君のサーヴァント、君にすればよかったかなぁ」
「やめてよー。そんなに誉められたら、ぐらっと来ちゃうからさー」
絵に描いたような怪しげな話し合い。
電話を切った後、虫と名乗った男の体は、静かに崩れ始めた。
「おや、案外早いな。で、次はルーマニアか。さぁて、気合い入れろよ、僕。今回ばかりは初めての試みだからなぁ。幾つも作品作り上げてきたけど」
他人様の作品をねじ曲げた事はないからなぁ。
怪しげな笑みを浮かべつつ、『虫』と名乗った男の体は崩れ去った。
一方その頃、病院の跡地を眺めつつ、フランチェスカと呼ばれる少女は、楽しげに携帯を振り回していた。
その傍らに立つ少年が、いささか怪訝そうな顔をして言う。
「今の電話、誰?」
フランチェスカは、ん?と小首を傾げて言う。
「ああ、私の協力者。実はね、この体になる際、一番力を貸してくれた人なんだよねー。恩人っていってもいいくらい」
「うわっ、その言葉聞いただけでどんなやつか想像つくよ。まぁ、僕と気が合うって言うだけで、性格がどんなものか分かるけど」
「そうそう、すっごくいい人だよー。ただちょっと困った所があってねー」
少年の顔に疑念よりも興味の色が浮かぶ、そうして言う。
「何? 君をそこまで言わせるなんて、相当な事言われたの。虐殺や死犯行為程度じゃ、顔色も変えないでしょ、僕達」
恐ろしく物騒な事を言う少年に対し、フランチェスカはしれっとした声音で言う。
「うん、その程度の行為じゃ、別にどうとでも思わないんだけどね。困ったのはこの体になった際」
『うーん、いい最高、いいね。僕性転換した男性こそ、至高の存在だと思っててさ。微妙な距離感、面倒臭さなし。空気を読む力。これらは同性だからこそ発揮できる力だと』
少年はげんなりした顔で言う。
「その見解間違ってると思うよ。僕の実地に味わった点からみると、ね」
「あはははは、今度あったら伝えとくよー。私が私を召還したって事は伝えたんだけど。あっ、あわせるのを忘れてたな。失敗、失敗」
少年は続きを促す。
「それで? 一体その後何言ったのさ?」
「ああ、それは」
『でさ、フランチェスカさん。もう一つ、重要アイテムがありまして。これつけたら、貴方の人気は爆上がり。いな、天下をとらんとするなら、これをつけなければ片手落ちというもの。それは!』
『猫耳と尻尾です。これ! これがないといけません!』
しばし、辺りを沈黙が支配した。そうして少年は言う。
「断ったんだ」
少年のあきれた声に、フランチェスカ、この逝かれた催し物の黒幕は、珍しくも心底困った顔をし。
「……うん、流石にそこまでするのは、何かこうためらわれちゃって」
その顔をみつつ、少年は締めの言葉を放った。
「改めてよくわかったよ。その人ろくでもない人物だってことが」
かくてプロローグは終了する。場面は変わる。
やってしまった、もう知らんぞ。さぁて今回は何話もつかな。