ここはルーマニア、トゥリファスの街にある教会。
その一室にて。魔法陣が描かれたその部屋の中には、今二人の人物がいた。
一人は穏やかな笑みを浮かべている青年、名を言峰四郎といった。その傍らには妖艶なドレスをまとう、女性が一人。
視線の先の魔法陣に、今光が集い、もう少しでサーヴァンとが召還される。
と、光が吹き払われた瞬間、そこには一人の男が立っていた。
「サーヴァント、え? バーサーカー? 酷いなぁ、僕にふさわしいのはキャスタークラス一択なのに。ちょいちょい、これはいささかいいたいね。僕をはねのけキャスタークラスをかっさらったのは一体、どこのどなたさんなのかと?」
黒の長ズボンにカッターシャツをまとい、丸眼鏡をかけた男性、バーサーカーはのっけから、不満を口にした。
そうしてついと視線を二人に向ける。
「あっ、こんにちは。ええと、君たちが今回の編集さん?」
青年、言峰四郎がほんの少し顔に浮かんだ困惑顔を引っ込め、笑顔を浮かべて言う。
「ええ。編集、というか。私が今回貴方の世話を任された言峰四郎と言うものです」
「あー、なるほど、なるほど。これはご丁寧に」
つかつかと近づきバーサーカーは笑顔を浮かべて、右手を差し出す。
言峰四郎はついと前にでて、バーサーカーの右手に自身の右手で握手した。
その瞬間、閃光が部屋を満たし。
次の瞬間だった。言峰四郎の隣に立っていた女性が壁になるようにバーサーカーと言峰四郎の間に立つ。
そうして言う。
「貴様、何をした。 ん? 何? マスターの一人から令呪が消えた、だと?」
まさに正しく驚天動地。しかしそんな事態を引き起こしたというのに、バーサーカーは涼しい顔で言う。
「うーん、これは六番かな。意外、いや、ある意味順当かぁ」
バーサーカーは右手を大きく振り回す。
「ああ、それは。僕の宝具、というか特殊能力でしてね。いやぁ、生前からこの手の我が儘は直らなくて。どうもね、気にくわない相手と組まされると、ほら、筆が止まっちゃうんですよ。生前はそれでも何とか折り合いつけてたんですけど。生き返ったんならねぇ、少しばっかし融通利かせて貰わないと」
そうして続ける。
「しかし、妙な話だね。てっきり本人が怒鳴りつけてくるものだと思ったんだけど。一体どういう展開なのかなぁ、確かこれって聖杯大戦だっけ? でも、根っこの作りは聖杯戦争と同様でしょ? 確か、あれってマスターとサーヴァントの相互理解が重要って言われてなかったっけ?」
バーサーカーがふれたのは聖杯戦争における基本的事実。
だが、その一言が部屋の空気を微妙なものに変えた。
言峰四郎は眉根を少し寄せ、女は笑みを深くした。
明らかに空気は険悪なものに変わりつつある。
にもかかわらずバーサーカーの態度に変化はない。
「怖いなぁ。ああ、そうそう、これなら先に申告しといた方が傷が浅くてすみそうだね。うんうん、実はさ。さっきも言ったとおり僕は少々特殊なサーヴァントでね。マスターを自分で選べる、というか、もう選んじゃったんだけどさ。あと、もう一つ。これは見せた方が早いか」
そういうとバーサーカーはカッターシャツの右手の袖を腕まくりして見せた。
右手二の腕の辺りに包帯が巻かれている。
「さっきのあれで、僕の右手をその人に与えちゃってね。で、これがその証拠」
見せつけるようにバーサーカーは右手の甲を二人にさらす。
そこに刻まれているのはまごうことなく令呪。
しかし。
「おかしな話ですね。バーサーカー、それなら貴方はもうマスター不在でも活動できる訳だ」
ようやく態勢を立て直した言峰四郎が言う。そう聖杯戦争の原理で言えば、まさに正しくその通り。だが。
「ああ、そういうと思った。ところが、メリットあるならデメリットあり、さ。この状態の僕は宝具が展開できない。補助宝具は使えるけど、本命は使用不可、だ。というわけで」
僕のマスターをこっちに呼んでほしいんだ。
ある意味当然の要求。しかし。
「貴様馬鹿か?」
絶対零度とも評せそうな言葉が女の口から飛び出す。
あまりの語句の厳しさに、言峰四郎が
「アサシン」
とやや、あきれたように言うが、アサシンは顔をしかめつつ言う。
「それをやって何のメリットがある? 貴様自分が何をしたのか分かっているのか? ある意味こちらに不意打ちを仕掛けておいて」
と、そこでアサシンと呼ばれた女は口を閉ざして後、言った。
「何を考えている? 貴様たしかただの絵描きにすぎんはずだ。お前一体何をしっている?」
その瞬間、バーサーカーの顔色が少し変わった。それまでの人を食った笑みが引っ込み、目線に険が宿る。
「あれ? 妙だな、どうしてそう思う訳で。僕は確かに世界的に有名なクリエイターだけど、残念ながら予知能力をほめそやされた事はないよ。つーか、あの頃夢見た僕の想像、大半外れてるじゃない。予想じゃ今頃車は空を飛んでるはずだったのに、今だ地面を走行している訳だし」
「話を逸らすな」
アサシンの問いかけに、バーサーカーは口をゆがめて応じた。
「まず僕の質問に答えてほしいな。というか、この問答で確信したよ。あなた方、何かほかのマスターさんにしたでしょう。さしずめ、眠らせるか意識を失わせるか。怖ーい。こりゃ予防策とっておいて正解だったかな」
アサシンはついと前にでた。バーサーカーも臆することなく前にでる。
「馬鹿が。つい先ほど貴様自分が何を言ったか忘れたか? 宝具はつかえん、そういい放ったのは貴様だろうが」
よもや虚言か? 言外にそう匂わせるアサシンに対し、バーサーカーは涼しい顔で応じる。
「ああ、その通り。商売道具にして自慢の右腕を預けているものだからね。でも、交渉の道具がないわけじゃない」
不敵な笑みを浮かべ、バーサーカーはいう。
そうして視線を言峰四郎に向けて、
「誤解しないでほしいなぁ、四郎君だっけ? 僕の物言いがいささか激しかったのは認める。が、まずもって僕は君とアサシンさんと敵対する気はない、少なくとも当面はね。
だからまぁ、まず僕のマスター、ああ、言い辛いな。今回の編集さんを呼びつけた方がいいメリットを説明しよう。
あのね、何で僕が自慢の右腕を渡してまでこんな事をしたと思う?
こうすることであの人は、とある人物をその肉体に憑依させる事ができるんだよ。それもそんじゃそこらの英霊じゃない」
かの女神の栄光
アサシンと言峰四郎が息をのむ。それほどの衝撃を与える称号であった。
もしバーサーカーの言が本当ならば、その人物をここルーマニアに呼び寄せた時点で、この陣営の勝ちは確定となる。
ただし。
言峰四郎が口を開く。
「貴方の言が事実だという保証は?」
バーサーカーは人を食った笑みを浮かべて言う。
「そこは信じていただくしかありませんなぁ。別にいいんだよ、放っておいても。ただしその場合僕はとっとと逃げ出させていただきます。後はあなた方が勝手にやり合えばよろしい」
双方の陣営が激突しあえば、後に残るのはバーサーカーとそのマスターのみ。
「ならば貴様をここで殺す」
アサシンの言にもバーサーカーの笑顔は揺るがない。
「結構ですな。その場合、僕の右手はあの人の身体から離れる。言うまでもなく、その場合例の英雄様は雲散霧消。ここで最強の手札を捨てますと? それにその場合なら、僕も少々抵抗させていただきますぜ?」
バーサーカーはおもむろに右手を掲げた。手の甲に刻まれた令呪をさらす。
「大方察しがついてるでしょうが。通常の人間にサーヴァントを憑依させるなんて土台無茶な話。僕の右手を貸し与えて、そこに令呪のブーストかけてやっと。さて、つまり例の英雄様を使役できるのはわずか三回。
しかしここで令呪を使用して呼び寄せ、暴れ回らせればあなた方お二人の息の根程度なら」
ギリギリ何とかなるでしょうな。
表面上はにこやか。しかし、言葉の奥に潜めた殺気は本物。
バーサーカーの本職はクリエイターである。だが、修羅場をくぐってこなかった訳では断じてない。
その気迫は、アッシリアの女帝が向ける殺気を凌ぎはしなかったが、負けはしなかった。
「どうする、マスター?」
言峰四郎は少し考えこんだ後、言った。
「分かりました。アサシン、ここはひいてください。バーサーカー、貴方の要求をのみましょう」
「おお! 良かった、いやぁ、荒事は苦手だから、冷や冷やしたよ」
そういってバーサーカーは笑う。が、話はそこで終わらなかった。
四郎は続けていった。
「で、貴方はどこまで把握しているのですか?」
「ん? それは一体どういう意味で?」
「極東日本が生んだ最強の語り部。貴方の両眼なら、この物語の一連の顛末をすでに把握していてもおかしくないはず。どこまで把握しています?」
バーサーカーの完勝に終わるかと思われた一連の交渉。しかし、まだ終わりの鐘は鳴ってはいない。
バーサーカーは右手で顎をなでた。そうして言う。
「そうそう、そこも確認しておきたかった。何だかそちらさん、僕の真名も能力をすでに知っているみたいな口振りだけど、どういう事かな? 記録上、僕は今回が初めて召還されたっぽいんだけど」
言峰四郎はちらりと部屋の扉に目を向け、
「それは。直接あの人に説明して貰った方がいいでしょう」
その言葉にあわせるように、扉を開けて一人の人物が部屋に入ってきた。
異様と称する格好。ぼろ切れと見まがう布切れに、顔面には鉄の仮面。
体つきから男性と分かるが、当然顔は見えない。
ずるりずるり、おぼつかない足取りで部屋の中に入ってくると、その人物はおもむろに鉄仮面に両手をあて、すっとそれを脱いだ。
その下に現れた素顔は。
「はははははっはははは。こいつはいい! 最高、なるほど、君がキャスターか、そうか、なるほどこいつは納得だわ。もう座が埋まっていたら、こりゃ僕がバーサーカークラスになるのも至極当然の話。了解、了解。さて、それなら、話は簡単だ。次話についての話を進めましょうか?」
笑いつつ、バーサーカーは胸の内で呟いた。
さて、あの人はどう動くかな、と。
ここからどうしよう、考え中。