鑑定士が明音凛を水上バイクでツーリングに連れ出す話

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あかね色の空まで

「あっしもグッズ展開には賛成っす! やっぱファンだって一目で分かるアイテムは必須だよね!!」

 

「だよねだよね!? メンバーの個性を取り入れて、誰推しかも分かる様に個別に──!」

 

 ネコトリ!!!! ……のメンバーで集まって練習するとき、私たちは当然その場を騒がしくする。けど、その実態としては、主にナナリとハニアが"予想外のトラブル"だとか"思い付きの名案"についてワイワイ話していることがほとんど。

 

 私は前者なら助け舟を出して、後者なら……自分も名案だと思ったならノるし、そうじゃないなら意見を求められるまでは静観してる。

 

 それでは我らがバンドのリーダー様、明音凛さんはどうしているかと言われれば──優等生のように真面目な表情で、二人の会話に時折頷いているのだった。……私には分かる、これは聞いているフリで、ナナリとハニアの話している内容には全く関係のないことを考えてるんだって。

 

 たまに軽く目を見開いて、スマホの画面を何度か叩いてはもとに戻る……思うに、新曲の歌詞でも考えているんじゃないだろうか。

 

「世界を救うにはまず自分が強くなくっちゃ! 誰にも認められなくたって、正義のためには孤独だって前に進んでいく! 圧倒的な意思と武力! コレでしょ!!」

 

「いーや圧倒的にカリスマ性だね!! 志を同じくする仲間いてこそ世界は救われるんすよ!! 強さも重要だけど、それだけでどうにかしたって独裁者になるだけじゃんっ! まずは仲間を集めなきゃ!!」

 

「鑑定士さん! どう思う!?」

 

「えぇ? うーん……仲間の方が大切だけど、いざと言う時には自分の強さの方が大事かも?」

 

「鑑定士!? くぅっ……あ、明音はどう思うっすか!? 仲間の方が大事だと思わない!?」

 

「ん? うん、そう思うよ」

 

「そんなっ!? なるほど、意見は真っ二つに割れたようだね……ならば勝負だ!」

「望むところっすよ!!」

 

 ……まぁ、話題があっちこっちに脱線し続ける二人を思えば、明音さんの聞いてるフリも悪くは言えないけど。むしろ作詞を任せちゃってることを考えれば有難いくらいかも。

 

 幸い、ナナリとハニアは明音さんの様子にはいつも通り気づいてないみたいだし、私が彼女の分も二人の話に耳を傾けなくっちゃね。

 

「「鑑定士」さん!!」

 

「明音さんモチーフなら夕焼けとか? 茜空なんて言ったりするよね」

「「たしかに!!」」

 

 ──話題が行ったり来たりする二人の話を聞きながら……この時はどうしても、明音さんの様子が気になった。スマホアプリのメモに何かを書いては消してを繰り返して……バンドメンバーとしては、作詞の方でも力になれたらな、なんて思うのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「って訳で、今日はツーリングしよう!」

「……つまり、私が作詞で悩んでそうだったからリフレッシュのお誘い……ってことね?」

 

 某日、場所はヒナタ島の砂浜。私が水上バイクを背後に胸を張ると、明音さんは呆れたように苦笑した。

 

「わざわざ水着に着替えさせてどうするのかと思えば、そういうことか」

「まぁね!」

 

 水上バイクでツーリングと言うからには、水しぶきを浴びて濡れる前提。私が水着に着替えて待ち構えていたのは当然として、明音さんも水着姿を披露してくれていた。

 

「……よく見たら、その。なんか──オシャレ、だね?」

「言葉選んだね……ん、まぁ。ちょっと露出多めだとは思うけど。非常識って程でも無いでしょ?」

 

 明音さんの来ている水着は、一言で言えばバイカラーのフレアビキニだった。

 

 黒いトップスに同色のショーツ。ただ下はレイヤードタイプになっていて、黒いショーツの内側にはもう一枚、赤のボトムが腰まで紐を伸ばしている。その上からデニムパンツを履いているものの、ファスナーはほとんど下りてしまっていた。

 

 上に意識を戻せば、そのフレアビキニは一見、フリル状の布が露出を抑えているけれど……よくよく見てみたら、明音さんの胸に持ち上げられてあんまり仕事をしていない。私のビキニもちょっと胸元が見えてるけど、明音さんに比べれば出てないのと一緒じゃないかな?

 

「……あんまりジロジロ見られると、さすがに恥ずかしいんだけど……。ヘンならそう言ってよ」

 

「あ、ゴメン。すっごく似合ってるよ、見惚れちゃっただけ!」

「はいはい……」

 

「お世辞じゃないんだけどなぁ……」

 

 明音さんはやれやれと首を振ったけど、私としては素直に褒めたつもりだ。

 

 確かに胸元からお腹の下まで露出が激しいように見えるけど、彼女の凛とした佇まいと絶妙にマッチしていて……えっちとかって言うよりも、綺麗だなって感想に落ち着く。男の人には、ちょっと目に毒かも知れないけど。

 

 私が明音さんのお腹を見慣れちゃってるってのもあるかもだけどね。何せ彼女、普段着からステージ衣装までお腹を出してることが多いんだもん。シャツを胸元で縛ったり、そもそも身丈が短い(クロップド)トップスだったり。

 

 たぶん、ギターを触るのに服が邪魔とか、そういう理由なんだろうけどね。

 

「それで、ツーリングに連れてってくれるんでしょ? 期待して良いんだよね、運転手さん?」

「もちろん! 素敵な旅をお約束しますよ。乗って!」

 

 そうして私は明音さんを後ろに乗せて、ジェットスキーでヒナタ島の砂浜を出発した。フェリーを横目に、島を水上バイクで時計回りに走らせていく。

 

「ところで、水上バイク(コレ)どこから持ってきたの?」

「星沈湾のボートショップで借りてきた!」

 

「なるほど……お、思ったよりスピード出るのね……?」

「でしょ? 怖かったら捕まっててね!」

 

「そう? じゃあ──遠慮なくっ!」

「ひやぁっ!? ちょっ、ちょっと!!」

 

 どこか不安そうな明音さんに返せば……なんと彼女は、私の腰をきゅっと掴んだのだ! わざと指を立てて!!

 

「く、くすぐったいから! ゆびたてないでっ、掴むならちゃんと掴んでっ!」

 

「ふふ、はいはい。こうされたくなかったら安全運転で、ね?」

「イタズラは困りますよ、お客様……?」

 

 調子に乗ったことを認めてスピードを緩めると、明音さんは良く出来ましたと言うように、ちゃんと私の腰を掴んでくれた。

 

「風が気持ちいい……」

 

 快晴の青空の下、水飛沫を上げながら海面を切り裂いていると、後ろでぽつりと聞こえる。

 

「もっと風を感じる方法もあるけど……」

「鑑定士さん?」

 

「冗談だって、ははは……」

 

 お客様の機嫌を損ねないように、一定のスピードで島の周りを進んでいく。そうしていると進行方向に離れ島が見えたので、その外側へ回るためにハンドルを切った。

 

「右手に見えます離れ島には、黄金樹の伝承があるんですよお客様。島のどこかにある金色の木。その下に眠る剣を拾い集めてここを訪れると、黄金郷への道が開くとか……」

 

「ふーん……。……ずいぶん下調べしてくれたみたいじゃん?」

 

「へっ? へ、へへ。まぁね……」

 

 聞きかじった観光客向けの知識を披露すると、からかうように言われてしまった。もう、そこは言わないのが礼儀ってもんじゃないかな?

 

 少し火照った顔を海風で冷ましていると、後ろのお客さんがさらに追及してくる。

 

「ねぇねぇ運転手さん、丘の上に灯台が見えるよ? 面白い噂話とかあるんじゃないの? ねぇ」

「ないっ。ないよ! さっきなくなりました!」

 

「え~? そんなこと言わずに教えてったら。ねーえ、ツンツン」

「ひゃわぁっ!? ちょっと! 背中つつかないでっ……教える! 教えますから!」

 

「よろしい」

 

「んもぅ……噂によると、異象のサロンが夜な夜な舞踏会を催してるらしいよ。そこに入ろうとしても、資格がないと追い出されちゃうんだとか」

 

「へぇーっ。舞踏会ねぇ……楽団とかで潜り込めないかな? バンドは通用するのかな」

「どうだろ……?」

 

 舞踏会なんて聞くと格式ばったイメージが浮かぶけど……礼装で踊ってる面々の前でドラム叩いてる自分の姿は、ちょっと思い浮かばないなぁ。

 

 そんな風に、時には明音さんにからかわれたりイタズラされながらも、彼女の作詞に良い影響があることを願いながら、仕入れた小話を披露しつつ海上を周遊していく。

 

「運転手さん、あそこの洞窟は?」

 

「そこには難破船があって、近くには不気味な焚火が人も居ないのに燃え続けてて……ある人はその傍らで幽霊を見た、なんて話もあるみたい。ちょっとオカルトチックだよね」

 

「そこ、テトラポッドが積まれてるとこは?」

 

「なんでも脱獄した囚人が、協力者と落ち合うために目印にしてたらしいよ。治安所がしっかり対応したみたいだけど」

 

「急に現実的な事件ね……」

 

 そろそろ島を一周して、もとの浜辺に戻るなと言うところで、私は水上バイクの速度を落とした。

 

「どう? リフレッシュになったかな」

「ん? んー……合格点をあげましょう」

 

「え、偉そうなお客さんだなぁ……」

 

 私が明音さんの尊大な物言いに苦言を溢すと、彼女は後ろで含み笑いしているらしかった。

 

「おっ……?」

「ありがとね、鑑定士さん」

 

 突然お腹に回された腕。抱き着かれて声が漏れるのと、明音さんが打って変わって神妙に囁くのはほぼ同時だった。

 

「いつも頼ってばっかりだから。力になれてたら良いんだけど」

「十分だよ。こっちこそ、いつも助けられてる」

 

「なら良かった。今後も精進します」

「うん……」

 

 私が茶化すように言うものの、明音さんの様子はどこかしおらしいもので。続く言葉が、それを助長させた。

 

「作詞に悩んでるってのは、見破られた通りでさ……。記念祭のことがあってから、ずっと」

「LINESのことだね」

 

 LINES……解散してしまったバンド。明音さんの、大切な軌跡だ。そこにある複雑に絡んだ事情は、彼女の母校であるクレイモン学園の創立百周年記念祭で綻んでいたように思えた。

 

「ステージから二人に歌を届けて、タイムカプセルを掘り起こして。最後には、後悔でいっぱいだった……あの日の私たちへの歌を。三人で歌えた……」

 

「うん……」

 

 LINESのメンバーが、それぞれ胸に秘めていた想い。言いたくて、言い出せなくて──時が経つにつれ悔いと恐れだけが膨らんでいった言葉たち。それを明音さんは、歌に、音楽に変えた。それを奏でて心を交わし合ったんだ。

 

「歌えた。伝えられたんだよ……それで私たちは、ちゃんとそれぞれの過去に向き合った。また一緒に、って笑い合えた……でも、これからは? それを考えると、また分からなくなっちゃうんだ。これからの私たちに、何を届けたいのか見えなくなっちゃう」

 

「"Letters to me"は、言えなかった、秘め続けてた想いをカタチにした。それはもともとあったからカタチになった……そういうことだよね?」

 

「そう……バンドは永遠じゃない。それを知ってる。知っちゃってるんだよ、私は。だからいつだって、どこかでブレーキをかけようとするんだ。LINESのことだけじゃない、ネコトリのこれからに、私はどう向き合えば良いか分からなくなる」

 

 ……これまでの明音さんを考えれば、意外な言葉だった。でも記念祭で聞かせてくれたこと、手助けさせてくれたことを想えば、不思議なことじゃない。

 

 強いて言うのなら、私にここまで弱みを見せてくれるなんて。そんな嬉しさが、胸にじんわりと広がっていた。

 

「ふふ……っ」

「──っ。鑑定士さん? 私おかしいこと言った? 真面目なハナシなんだけど」

 

 顔を見なくても眉を寄せているのが分かった。でも、そんな程度じゃもう怖気づいてあげられないな。

 

「どうせ決まってるクセに。明音さんが理由でネコトリが解散することは絶対ない……でしょ? 明音さんはもうとっくに、ネコトリを最後まで引っ張るって決めてる。ただ、具体的にどうしていけば良いか分からないから、また繰り返すんじゃないかって怯えてるんだ」

 

「────……」

 

 背中で、彼女が息を呑むのが分かった。そして、反論が出てこないことも。

 

「明音さんはきっと、後悔しないって決めてるんだ。LINESのことで悔いたことを、絶対に繰り返さないって決めてる……でも、それって曖昧な覚悟だよね。繰り返さないって言うのは、何かをするって具体策じゃないから。だから、気持ちは決まってるのに空回ってる。それを迷ってるって勘違いしちゃってるんだ──違う?」

 

「…………っ、はぁ~……。……なんか、凄いね、鑑定士さん。記憶が無いって聞いてたけど、実はカウンセラーだったりしたんじゃない? ……自分でそんな自覚なかったのに、納得しちゃった……させられちゃったよ」

 

 私にはある時を境に過去の記憶がない。あまりそれを不安に思ったりはしていないけど、周りは気遣ってくれるものだ。そんな中で……はじめて、明音さんが。何気なく触れてくれたことが、たまらなく嬉しかった。

 

「私の過去があるはずの場所には、みんなが入ってるからね。みんながしてくれたこと、かけてくれた言葉……みんなの歩んできた人生。伝えてくれた経験が、いまの私を形作ってる──もちろん、明音さんもだよ。だから明音さんのこと、まるで自分のことみたいに考えちゃうんだ」

 

「……そ、っか……」

 

 完全にエンジンを止めて。ジェットスキーのうえ、ただ波に揺れながら時を過ごす。……いつの間にか日は傾いて、空にはうっすらとした赤が差し始めていた。

 

「……やらない後悔より、やる後悔……なんて言うでしょ? そんなニュアンスで、作詞しようと思ったんだ。ネコトリがずっと続く様に──LINESの歩幅が、また揃いますようにって。でも、自分で考えときながらピンとこないんだ。そのくせ、それに囚われ続けてる」

 

 明音さんは、伝えるべきことを伝えずに後悔した。それを何年も引きずり続けた。数年越しにその後悔と向き合って、LINESの二人とまた笑い合えて……失った時間を、繰り返したくないって思ってるんだ。

 

「やらない後悔はしたよ、すごくね。でも、じゃあ……私たちにとって、やった後に悔いることって何? 後悔するって結局……そういうことでしょ?」

 

 やらない後悔より、やる後悔。それはどっちにしても、ネコトリの解散やLINESとの離別を暗示していると、彼女はそう思っている。それなのに──その言葉に、希望を抱いてしまってるんだ。理屈よりも、感覚で。

 

「じゃあ、後悔しなければ良いんじゃない?」

「え……?」

 

 言葉遊びみたいなものかも。詭弁だって思われるかも知れない。でも私は、その言葉に囚われるままでカタチにならない、彼女の願いみたいなものがすんなりと理解できた。

 

「後悔って言葉で一括りにするから分からなくなるんだ。明音さんは──やらずに未練を残さず、やって反省したいんだよ。そうすれば経験になって、次に繋がるでしょ? 終わっちゃって後悔、そう考えるからネガティブになる。これからネコトリに、LINESに何が起こったって、そのたびに反省しようよ。そして、絶対次に繋げよう──いっしょに。ねっ?」

 

 ハンドルから片手を離して、私は明音さんを振り返った。彼女は──明音さんの表情は、まるで宝物でも見つけたみたいに色づいていた。

 

 西日に照らされて赤らんだ頬。それ以上に、大きく見開かれた双眸が、未来を映したように明るく輝いている。

 

「やらない未練より、やって反省……」

「どう? 我ながら分かりやすいでしょ」

 

 意識してニカッと笑って見せれば──明音さんは一瞬、泣きそうな顔を見せた。

 

 でも次の瞬間、満面の笑顔を見せてくれたのだ。

 

「さすがっ──最高の相棒!!」

 

 それどころか、抱き着いたまま勢いよく体重を預けられて──。

 

「あっ、ちょっとぉ……!?」

「えぁっ? ヤバ……っ!!」

 

「どわぁあ~~っ!!??」

 

 水上バイクごとひっくり返り。ばしゃあんと大きな音と水柱を上げながら、二人して海中にドボンしたのだった。……エンジン、止めといてよかった。

 

「ぷはっ。……あはっ。アッハッハッハ! どわぁ!? だって! あっはははは……っ!」

 

「んはぁっ……もぅ、他人事みたいに……ふふふっ」

 

 お互い髪まで水を被って、ジェットスキーに捕まりながら笑い合った。……笑っていたのは主に明音さんだけど……まぁ、ここまで含めてリフレッシュってことにしといてあげよう。

 

「気晴らしになったんなら何よりだよ」

「最っ高に!」

 

 まだ水上バイクに上がっても無いのに、明音さんは立ち泳ぎしながら器用に抱き着いてきた。おぉ、溺れないよう踏ん張らないと……っ。

 

「この後もリフレッシュ、付き合ってくれるんでしょ? 未練、残さないくらい!」

 

 いつもかっこいい、頼れるリーダーの明音さん。そんな彼女が、この時ばかりは等身大の笑顔を見せてくれた気がして。

 

「──当然! ヘトヘトになるまで連れ回したげる!!」

 

 嬉しくて、嬉しくって。今度はこっちから抱き着いてやった。

 

「どわぁああ~っ!!??」

 

 今度は彼女が悲鳴を上げる番だった。

 


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