「夜間攻撃に勝機あり」
また牟田口が口を開いた。夜間攻撃の必要性を訴え始めたが、夜襲自体は浸透している。共産ゲリラが夜襲を仕掛けて来たことの意趣返しだ。奇襲を仕掛けることは一般的なため今更叫ぶようなことでない。
「夜間の航空攻撃にこそ勝機がある。ただの戦果ではない。敵兵を疲弊させて士気を削ぐ。それだけで翌日は戦い易い」
彼の主張は「夜間の航空攻撃を実施せよ」だった。共産党の殲滅作戦から得られた教訓から主張を引っ込めることはない。これに「中将風情が黙っていろ」と言われるが「現場を知らない温室育ちが」と真っ向から殴り掛かった。それで言えば牟田口も本土のエリート組である。二・二六事件の影響より左遷されて満州で連隊を率いたことで結果論でも現場の苦労を知っていた。
「九八式直協と襲撃機は昼間よりも夜間に向いている。あれでは無理だ。昼間に飛んでも碌な戦果をあげられん」
あまりに苛烈な言い分である。牟田口なりに現場と照合した結果だった。共産党というゲリラ集団であるが故に足りていたに過ぎない。これからソ連やアメリカ、イギリス、フランスなど大国と総力戦に入ると不足が顕著だった。特に対ソにおいてはIL-2の足元にも及ばない。もちろん、信頼性の高さや操縦性の良さなど褒められる点もあるが打撃力が貧弱すぎだ。
したがって、夜間攻撃に活路を見出す。夜間であれば敵軍の警戒は多少低下した。航空機の夜間飛行は難易度が高い。それが攻撃となれば精度が低下する以上はあまり実行されなかった。しかし、いざ実施した際は敵軍に与える精神的なショックは大きい。兵士の安眠を妨げるだけでも翌日の戦意を低下させることができた。指揮官の判断ミスを誘うことも期待する。つまり、夜間攻撃は直接に与える損害は重視しなかった。毒が回るようにじわじわと蝕んで敵軍の前線を切り崩していくことに重点を置く。
「満州に九八式直協と九五式戦闘機をできる限り回してもらいたい。夜間攻撃は複葉機の旧型機の方が使える」
「そ、そんなので良いのか?」
「良いのです。その方が内地組も喜びますから」
「わ、わかった」
先日の機甲部隊の一件から打って変わり旧型を欲することに拍子抜けした。ご安心いただきたい。新型襲撃機は抜本的な見直しと双発の重襲撃機を要求するなど、苛烈な意見も叩きつけているが、機甲部隊の時と比べれば遥かにマイルドに収まった。この要求はあっさりと認められる。新型戦闘機の九七式が登場して旧型の九五式は練習機に下がっていた。練習機は九五式練習機こと赤とんぼが主力である。倉庫に入れるだけでもスペースを奪った。
牟田口は九五式戦闘機と九八式直協、九七式軽爆、九八式軽爆を満州にかき集める。空冷と液冷が混在して現場は大変な騒ぎだ。特に液冷エンジンは整備員泣かせで知られる。牟田口は自らが動いた以上はと言わんばかり、川崎に整備に関する資料を改めて制作させ、フローチャート式のマニュアルを制作させた。それを現場に配布しているが、見て盗めとは工芸であって、戦争に工芸品は不要と断じる。確実な資料を基に作業を進めて負担の軽減を図った。満州式のプログラムが全軍に波及することを狙っている。なんと狡猾な軍人なのだ。
しかし、最も困惑したのは当事者たる航空兵である。とっくに扱い慣れた機体を夜間に飛ばすことは理解できた。夜間攻撃で戦果を上げることも承知している。こんな貧弱な機体で上手くいくか不安だった。そこへ新装備を与えられて不安は困惑に変わる。
「それで何をしろと?」
「いい感じに飛べたらいい感じに撃ってくれ。試験だから命中させるとか、そういうのは、何も気にしなくていい」
「はぁ、それだけですか?」
「それだけだ。これが上手くいけば戦闘機も戦車を撃破できるようになる」
「やれるだけやってみますが…期待しないでくださいよ」
九五式戦闘機は本来7.7mm機銃が2門だけのはずだ。現地で小幅な改造が行われるが主翼下部にレールを数本追加したのみ。それ以外は何も変わっていなかった。重量が微増したぐらいで性能の低下は微々たる。これで何をするのだと怪訝に思われた。レールにはこれまた珍妙な長細い物体が吊り下げられる。
「ロケット弾ねぇ…」
単座で無線機もなかった。一人でボソボソと喋りながら飛ばす。複葉機らしく短距離で離陸できるのはあり難いことだ。今日は試験のため昼間である。いざ夜間の飛行となれば話は変わった。複葉機の優れた安定性や操縦性の良さが強みとなる。変に単葉機を用いるよりも適し、実際に牟田口はソ連がドイツ相手にPo-2を夜間攻撃に用いたたことを思い出し、倉庫番をさせるぐらいならと引っ張り出した。
「あれか。ロケット弾とやらを適当に撃ってみよう」
普段は機銃掃射の訓練で用いる盛り土を有効活用している。仮に崩れても直すだけだ。白い布が的役に置かれて機銃の照準器を覗いて簡単に狙いをつける。彼が用いるのはロケット弾と見えた。ロケットの軍事利用は鋭意研究中だが対地攻撃に試作品を持ってくる。本格的な物は開発中だ。簡易的なロケット弾として30kgと60kgの小型爆弾を流用する。小型爆弾にロケットを与えれば即席ロケット弾の完成だ。現地に小型爆弾があれば直ちに製造できる。
「一度に撃つと安定が損なわれるだか何だか。一発ずつか…」
とりあえず撃ってみた。一度に打ち切っては自機の安定が損なわれる。なんせ旧型の複葉機なのだ。両翼から1発ずつ撃ってみると白煙を吐き出しながら飛んで行く。着弾までは少しだけを要した。ロケット推進剤の改善が求められる。発射時に視界が悪化して白煙をどうかしてもらいたかった。今は昼間であるから対応できるが夜間は視界は最悪を極める。地面に衝突する事故を引き起こす恐れを呈した。
「こいつはじゃじゃ馬だ。全然当たらんぞ」
初弾は盛り土の端っこに辛うじて直撃している。盛り土の端っこが削られて復旧が面倒に思われた。心の中で復旧工事を行うだろう兵士たちに謝罪する。その上で大雑把でも命中させるためにはどうすればよいのかを考えた。
「もしや、遠すぎるか? 機体の引き上げは容易なんだから十分に引き付けるとか…」
上空で大きく旋回してから再度アプローチを行う。今度は彼我の距離を縮めてみた。よく引き付けてから撃つことにした。海軍の話で聞いたことがある。海軍航空隊の雷撃機乗りは航空雷撃を敢行する際に目の錯覚から早撃ちする傾向があった。視覚が認識している距離と実際の距離は乖離している。感覚に任せていると狂うため文明の利器を信じることにしてみた。
「7.7mmでもやれるか? あとで怒られるかもしらんが」
7.7mmの機銃掃射から距離感を把握してみる。その弾道が真っすぐなので弾着の様子から簡単に掴むことができた。ロケット弾と機銃掃射を組み合わせることで一層の制圧効果も見込める。今日は実戦仕様で試験する都合で実弾が込められていた。機銃用の照準器を覗き込んで普段通りに掃射してみる。7.7mm機銃の音が小気味よかった。盛り土の的に向かって弾着が列を為している。ちょうど直撃したところでロケット弾を発射した。
「どうだい?」
先ほどに比べれば幾分かマシである。的には命中したものバラバラに弾着した。盛り土の中央部に纏まっただけ良しと見る。ロケット弾という新しい武器を試しているのだから収穫と割り切った。機銃掃射から大雑把に距離を測ってロケット弾を発射する。この動きを考案しただけも良い収穫だった。手札が多いに越したことはない。
「なんだ面白いじゃないか」
続く