雨の日の、書き残さない一行   作:風ゆらり ウサラートマート

4 / 4
幕末の世に、ちょっと変わった新選組の隊長がいた。

その名は、ウサラート。

黒髪に長い兎耳を持ち、語尾にはいつも「ぴょん」が付く、少しお茶目な少女。

そんな隊長を支えるのは、青髪の少女・信子。土佐弁を話す彼女は、坂本龍馬の妹であり、ウサラートの隊の副長でもある。

そして、二人のそばには黒い兎の黒兎吉と、白猫の総季。

雨の日の縁側でのんびり過ごしたり、些細なことで言い合いになったり、ときには思いがけない騒動に巻き込まれたり。

激動の幕末を背景に、個性豊かな仲間たちが繰り広げる、笑いあり、優しさあり、ちょっぴり切なさもある物語。

一話完結を基本としているので、どのお話からでもお楽しみいただけます。

兎耳隊長と仲間たちの、少し不思議な新選組日和。

※本シリーズは、新選組や歴史上の人物をモチーフにした「風ゆらり」のオリジナル歴史ファンタジーです。史実とは異なる設定や展開が含まれます。


隊長より先に行く、ふたつの背中

朱色の鳥居が、秋の参道にどこまでも連なっていた。

 

ひとつ、またひとつ。

 

規則正しく並んだ鳥居の向こうには、さらに同じ朱色が重なり、まるで別の世界へ続く長い回廊のように見える。

 

澄みきった午後の空気には、かすかに湿った土と落ち葉の香りが漂っていた。

 

鳥居の隙間から差し込む陽光が、石畳の上に細長い影を落としている。風が吹けば、木々の葉が揺れ、光と影の境目も柔らかく揺らいだ。

 

そんな静かな参道に、ぱたぱたと小さな足音が響く。

 

白い影がひとつ。

 

黒い影がひとつ。

 

ふたつの小さな背中が、秋風を追いかけるように石畳を駆けていた。

 

「こらこら、隊長より先に行かないぴょん!」

 

少し遅れて、元気な声が響いた。

 

黒髪から長い兎耳を伸ばした少女、ウサラートである。

 

着物の裾を片手で軽く押さえ、もう片方の手を前へ伸ばしながら、先を行く二匹を追いかけていた。

 

白い毛並みの総季(ふさとき)は、ふわふわとした尻尾を揺らしながら軽やかに走っている。

 

その隣では、艶やかな黒毛をまとった黒兎吉(くろとき)が、長い耳を風になびかせて跳ねていた。

 

二匹の背中には、お揃いの小さな羽織。

 

走るたびに裾がふわりと持ち上がり、まるで本当に小さな隊士たちが参道を駆けているようだった。

 

「総季! 黒兎吉! ちょっと待つぴょん!」

 

呼びかけられた総季の耳が、ぴくりと動いた。

 

けれど、振り返る様子はない。

 

黒兎吉も、ぴょん、ぴょんと楽しそうに跳ねている。

 

二匹が追いかけているのは、風に転がされる一枚の紅葉だった。

 

ひらり。

 

ころころ。

 

石畳を滑る赤い葉が、鳥居の影を越えていく。

 

そのたびに二匹も方向を変え、まるで小さな追いかけっこをしているようだった。

 

「もう……二匹とも夢中だぴょん」

 

ウサラートは足を緩め、困ったように頬を膨らませた。

 

その隣から、くすりと柔らかな笑い声が聞こえる。

 

「ふふっ。楽しそうやねえ」

 

青い髪を秋風に揺らしながら歩いてきたのは、信子だった。

 

腰の刀が揺れないように鞘へ軽く手を添え、穏やかな目で二匹の後ろ姿を眺めている。

 

「信子、笑ってる場合じゃないぴょん」

 

「どうして?」

 

「隊員が隊長を追い越して、どんどん先へ行っちゃうぴょん。これでは隊長の威厳がなくなるぴょん」

 

信子は少し考えるように首を傾げた。

 

「隊長より先を歩いたらいかん、なんて決まりがあったかねえ?」

 

「……たった今、できたぴょん」

 

「そうなが?」

 

「そうだぴょん。隊長の大切なお仕事は、みんなの先頭を歩くことだぴょん!」

 

ウサラートが胸を張る。

 

信子はその顔を見つめ、また小さく笑った。

 

「ほいたら、まず二匹に教えちゃらんとね。知らん決まりは守れんき」

 

「むむ……それもそうだぴょん」

 

ウサラートは素直にうなずいた。

 

その様子が可笑しくも愛らしくて、信子の目元がさらに柔らかくなる。

 

「うちからも声をかけてみようか」

 

「お願いするぴょん!」

 

信子は少しだけ歩幅を広げ、二匹へ呼びかけた。

 

「総季、黒兎吉。隊長が一緒に歩きたいそうぜよ。ちょっと待っちゃってくれる?」

 

総季の白い尻尾が、ぴんと立った。

 

黒兎吉も耳を揺らす。

 

二匹とも確かに声には気づいたようだった。

 

けれど、その瞬間、追いかけていた紅葉が風に巻かれ、くるりと石畳の上で回った。

 

それを見た総季が、ぱっと飛びつく。

 

黒兎吉も負けじと跳ねた。

 

「あっ、また行っちゃったぴょん!」

 

「あらら。今は紅葉の方が気になるみたいやね」

 

信子が穏やかに笑う。

 

「……仕方ないぴょん」

 

ウサラートはため息をひとつ。

 

それから、二匹の小さな背中を見つめた。

 

「でも、あんなに楽しそうなら、もう少しだけ追いかけさせてあげるぴょん」

 

「うん。それがえいね」

 

信子は隣に並び、ウサラートの歩幅に合わせて歩き始めた。

 

二人の袖が、そっと触れ合う。

 

風が、もう一度吹いた。

 

鳥居の上から赤や黄色の落ち葉が舞い、石畳の上へ静かに降り積もる。

 

その中でも、とびきり鮮やかな一枚の紅葉が、二匹の目の前を滑るように通り過ぎた。

 

総季がぴたりと立ち止まる。

 

耳を前へ向け、ぐっと身を低くした。

 

そして――。

 

ぴょん!

 

勢いよく前脚を伸ばした。

 

けれど、あと少しというところで紅葉は風に持ち上げられ、総季の前脚の間をすり抜けてしまった。

 

「にゃっ?」

 

総季は石畳へ着地すると、不思議そうに首を傾げた。

 

その隣から黒兎吉が近づく。

 

黒い鼻をひくひくと動かし、紅葉の行方を探っている。

 

落ち葉が地面へ降りてくる。

 

黒兎吉がそっと鼻先を寄せる。

 

すると、まるでそれを待っていたかのように、再び風が吹いた。

 

ひらり。

 

紅葉は黒兎吉の鼻先をかすめ、また少し先へ飛んでいく。

 

「ふふっ、なかなか捕まらんねえ」

 

信子が笑った。

 

ウサラートは腕を組み、真剣な表情で紅葉を見つめている。

 

「……なかなか手ごわい相手だぴょん」

 

「そうやねえ」

 

「総季と黒兎吉だけでは難しいかもしれないぴょん」

 

「ほいたら、どうする?」

 

ウサラートは顔を上げた。

 

長い兎耳が、ぴんと伸びる。

 

「ここは隊長の出番だぴょん!」

 

そう宣言すると、二匹の方へ小走りに向かった。

 

信子も、ゆっくりとその後を追う。

 

「ふふっ。隊長、足元に気をつけてね」

 

「大丈夫だぴょん!」

 

「慌てると転ぶきね」

 

「隊長はそんなに簡単に転ばないぴょん!」

 

そう言いながらも、ウサラートは少しだけ歩幅を小さくした。

 

その素直な様子に、信子は微笑む。

 

「うん。えらい、えらい」

 

「……子供扱いしないでほしいぴょん」

 

「ごめん、ごめん。ついね」

 

信子の声は、どこまでも優しかった。

 

二人が追いつく頃には、紅葉は石畳の小さなくぼみに引っかかり、ようやく動きを止めていた。

 

総季が身を低くする。

 

黒兎吉も、少し離れたところで静かに耳を立てた。

 

ウサラートは二匹の後ろにしゃがみ込む。

 

「よし……今度こそ捕まえるぴょん」

 

小さな声で囁き、そっと右手を伸ばす。

 

あと少し。

 

もう少し。

 

指先が、紅葉の縁に触れようとした。

 

その瞬間。

 

ひゅうっ。

 

鳥居の間を、一陣の風が吹き抜けた。

 

「あっ!」

 

ウサラートの指先から、紅葉がふわりと逃げる。

 

赤い葉はくるくると回りながら舞い上がり、ウサラートの顔の前を優雅に横切った。

 

そして――。

 

ちょこん。

 

ウサラートの黒髪の上、長い兎耳の根元に、静かに舞い降りた。

 

「あら……」

 

信子が小さく声を漏らす。

 

総季も黒兎吉も、ぴたりと動きを止めた。

 

二匹の視線が、一斉にウサラートの頭へ向けられる。

 

「……どうしたぴょん?」

 

ウサラートが首を傾げる。

 

「紅葉はどこへ行ったぴょん?」

 

信子は口元に手を添えた。

 

笑いをこらえているというよりも、あまりに愛らしい光景に、思わず頬が緩んでしまったのだった。

 

「隊長、ちょっとそのままでおって」

 

「ん?」

 

「動かんといてね」

 

ウサラートは言われたとおり、ぴたりと止まる。

 

長い兎耳だけが、不思議そうにぴくぴくと揺れた。

 

そのたびに、耳の根元の紅葉も小さく動く。

 

総季は揺れる赤い葉を見つめ、前脚をそろえて座った。

 

黒兎吉も、じっと見上げている。

 

「……もしかして」

 

ウサラートがおそるおそる尋ねた。

 

「私の頭に、何かいるぴょん?」

 

「ふふっ。何かがおるというより……」

 

信子はにっこりと笑った。

 

「紅葉が、隊長のところへ遊びに来たみたいやね」

 

「……ぴょん?」

 

「よう似合うちゅうよ。秋の髪飾りみたいや」

 

ウサラートはしばらく目を丸くしていた。

 

そして、ようやく事態を理解する。

 

「……私が紅葉を捕まえるはずだったのに、紅葉の方から来たぴょん?」

 

「そういうことやね」

 

「……むむむ」

 

少し考えた後、ウサラートは胸を張った。

 

「それなら、隊長の勝ちだぴょん!」

 

「ふふっ。そういうことにしちょこうか」

 

信子は優しく微笑み、手を差し伸べた。

 

「取ってあげるき、ちょっと頭を下げてくれる?」

 

「お願いするぴょん」

 

ウサラートは信子の前で、素直に膝を折った。

 

信子は黒髪を引っ張らないように気をつけながら、紅葉の軸をそっとつまむ。

 

赤い葉が、するりと髪から離れた。

 

「はい、取れたよ」

 

「ありがとうだぴょん!」

 

ウサラートは嬉しそうに顔を上げた。

 

信子は手の中の紅葉を、午後の陽光へとかざしてみる。

 

葉の縁は少し欠けていたけれど、赤い色は美しく、薄い葉脈が光を透かして見えた。

 

「きれいな紅葉やねえ」

 

「本当だぴょん」

 

ウサラートも隣から覗き込む。

 

「こんなに小さいのに、ずいぶん遠くまで飛べるんだぴょん」

 

「風に乗ったら、どこまででも行けそうやね」

 

「……ちょっとうらやましいぴょん」

 

信子はウサラートを見た。

 

「隊長も、どこか遠くへ行ってみたいが?」

 

「うーん……」

 

ウサラートは鳥居の奥へと続く道を眺めた。

 

それから、信子と足元の二匹を順番に見つめる。

 

「遠くへ行くのも楽しそうだけど……」

 

少しだけ考えて、にこりと笑った。

 

「行くなら、みんな一緒がいいぴょん」

 

信子の目元が、優しく細められた。

 

「……そうやね」

 

小さくうなずき、手にした紅葉をもう一度眺める。

 

「うちも、そう思うぜよ」

 

信子は参道の端にある苔むした石の上へ、紅葉をそっと置いた。

 

すると、それまで夢中になって追いかけていた総季が、てくてくと近寄ってきた。

 

鼻先を近づけ、くんくんと匂いを嗅ぐ。

 

前脚で、ちょい。

 

もう一度、ちょい。

 

けれど、紅葉は動かない。

 

総季はしばらく待っていたが、やがて小さく首を傾げると、興味を失ったようにくるりと背を向けてしまった。

 

「……あれ?」

 

ウサラートが不思議そうに言った。

 

「もう追いかけないぴょん?」

 

信子は総季の後ろ姿を眺めて微笑んだ。

 

「風に飛ばされゆうところが、面白かったがかもしれんね」

 

「そうなのかぴょん……」

 

ウサラートは紅葉をもう一度見た。

 

「それじゃあ、また風が吹いたら遊んでもらうぴょん」

 

「ふふっ。それがえいね」

 

黒兎吉も紅葉に鼻を近づけていたが、総季が歩き始めると、その後ろを追うようにぴょんと跳ねた。

 

小さな羽織が、また風に揺れる。

 

ウサラートはその背中を眺めてから、ふと思い出したように顔を上げた。

 

「……あっ」

 

「どうしたが?」

 

「隊長が先頭を歩くお話、まだ終わってなかったぴょん!」

 

信子は一瞬目を丸くした後、楽しそうに笑った。

 

「ふふっ。覚えちょったがやね」

 

「もちろんだぴょん!」

 

ウサラートは背筋を伸ばす。

 

「今度こそ、私が先頭だぴょん!」

 

「うん。ほいたら、隊長についていこうか」

 

信子は穏やかにうなずいた。

 

その言葉を聞いて、ウサラートの顔がぱっと明るくなる。

 

「任せるぴょん!」

 

ウサラートは、今度は走らずに歩き始めた。

 

小さな胸を張り、いつもより少しだけ大きな歩幅で石畳を進んでいく。

 

ひとつ目の鳥居。

 

ふたつ目の鳥居。

 

朱色の柱の影を踏み越えるたび、長い兎耳が楽しそうに揺れた。

 

やがて、総季と黒兎吉の横を通り過ぎる。

 

「ふふん。これで隊長が先頭だぴょん!」

 

満足そうに振り返った。

 

けれど、信子は少し後ろで立ち止まっていた。

 

「……信子?」

 

ウサラートが首を傾げる。

 

信子はしゃがみ込み、総季の背中へ優しく手を伸ばしていた。

 

「ちょっと待ってね。総季の羽織がずれちゅうき」

 

見れば、総季の白い肩から、小さな羽織が片方だけずるりと落ちかけていた。

 

さっき紅葉を追いかけて跳ね回った拍子に、乱れてしまったらしい。

 

信子は総季に顔を近づけ、穏やかに声をかけた。

 

「総季、少しじっとしちょってね。すぐ直してあげるき」

 

ところが、総季は伸ばされた信子の指先へ、嬉しそうに頬をすり寄せ始めた。

 

すりすり。

 

ごろごろ。

 

信子の手のひらへ、白い頭をぐいぐいと押しつける。

 

「あらあら」

 

信子が笑う。

 

「甘えたいがやねえ」

 

総季は気持ちよさそうに目を細めた。

 

「ふふっ。もう、仕方ない子やね」

 

信子は羽織を直す手をいったん止め、総季の頭を優しく撫でた。

 

すると、それを見ていたウサラートが、いつの間にか戻ってきていた。

 

「信子、手伝うぴょん」

 

「あら、隊長。先頭へ行ったがやなかった?」

 

「総季の羽織がずれてるなら、直してから出発するぴょん」

 

そう言って、ウサラートは信子の隣にしゃがみ込んだ。

 

「総季、ちょっとこっちを見るぴょん」

 

総季が顔を上げる。

 

ウサラートはそっと指先を差し出した。

 

総季はその指の匂いをくんくんと嗅ぎ、今度はウサラートの手に頬を寄せる。

 

「ふふっ、くすぐったいぴょん」

 

ウサラートの口元が、自然とほころんだ。

 

「今のうちだぴょん、信子」

 

「うん。ありがとうね」

 

信子は総季の肩へ羽織を掛け直し、布のよれを丁寧に整えていく。

 

片側を直し、もう片側も確認する。

 

最後に裾を軽く払うと、羽織は元どおり、総季の小さな背中にきれいに収まった。

 

「はい、できたよ」

 

「よかったぴょん!」

 

ウサラートは総季の頭をひと撫でした。

 

「これでもう大丈夫だぴょん」

 

総季は満足そうに尻尾を揺らし、二人の間をゆっくりと歩いた。

 

少し離れたところで待っていた黒兎吉も、ぴょんと近づいてくる。

 

ウサラートの草履のそばで立ち止まり、長い耳を動かした。

 

「黒兎吉も待っててくれたぴょん?」

 

ウサラートがしゃがんで尋ねる。

 

黒兎吉は鼻先をひくひくと動かし、ウサラートの手へそっと顔を近づけた。

 

「いい子だぴょん」

 

ウサラートは黒い頭を優しく撫でた。

 

信子はその様子を、少し離れたところから見守っていた。

 

「……隊長」

 

「ん?」

 

「せっかく先頭に立てたのに、戻ってきてくれたがやね」

 

ウサラートは不思議そうに首を傾げる。

 

「だって、総季が困ってたぴょん」

 

「うん」

 

「それに、信子も手伝ってたぴょん」

 

「そうやね」

 

「だから、私も一緒にお手伝いしたかったぴょん」

 

何でもないことのように答えるウサラート。

 

信子は、その横顔をしばらく見つめていた。

 

そして、ふわりと微笑む。

 

「……そういうところ、隊長らしいねえ」

 

「えっ?」

 

ウサラートが顔を上げた。

 

「今、隊長らしいって言ったぴょん?」

 

「言うたよ」

 

「本当ぴょん!?」

 

長い兎耳が、嬉しそうにぴんと立つ。

 

信子はうなずいた。

 

「うん。みんなのことをよう見ちゅう、えい隊長やと思うぜよ」

 

ウサラートは一瞬、言葉を忘れたように信子を見つめた。

 

それから少しだけ頬を赤くして、照れくさそうに笑った。

 

「……えへへ。ありがとうだぴょん」

 

「どういたしまして」

 

信子も笑う。

 

その笑顔を見たウサラートは、なんだか胸の奥がぽかぽかしてくるのを感じた。

 

秋の風は少し冷たい。

 

けれど、隣にいる信子の声は、いつも温かかった。

 

「さて、そろそろ行こうか」

 

信子が立ち上がった。

 

「うんぴょん!」

 

ウサラートも立ち上がり、着物の裾を軽く払う。

 

その足元では、黒兎吉がまだじっとこちらを見上げていた。

 

「どうしたぴょん?」

 

黒兎吉は長い耳を動かし、参道の先へ顔を向ける。

 

それから、またウサラートを見上げた。

 

まるで、出発してもよいか尋ねているようだった。

 

ウサラートは少し考えた。

 

「……先に行きたいぴょん?」

 

黒兎吉の鼻が、小さく動く。

 

隣にやって来た総季も、参道の向こうを眺めていた。

 

鳥居の先には、秋の光が柔らかく降り注いでいる。

 

石畳の上を、ときどき赤い落ち葉が転がっていた。

 

ウサラートは二匹を見つめた後、にっこりと笑った。

 

「いいぴょん。先に行っても」

 

信子が隣から声をかける。

 

「あら、隊長より先に行ってもえいが?」

 

「うんぴょん」

 

ウサラートは大きくうなずいた。

 

「さっきの決まりは、ちょっとお休みだぴょん」

 

「ふふっ。そうなが?」

 

「だって、二匹とも楽しそうだぴょん」

 

ウサラートは黒兎吉と総季へ視線を落とす。

 

「でも、遠くへ行きすぎないでほしいぴょん。見えなくなったら心配するぴょん」

 

信子は、そっとウサラートの隣に並んだ。

 

「そうやね。みんなで歩いた方が楽しいきね」

 

「うん!」

 

ウサラートが笑う。

 

「信子も、一緒だぴょん」

 

「もちろん。うちは、ずっと隣におるよ」

 

その言葉は、とても自然だった。

 

何かを約束するような大げさな響きもなく、ただ当たり前のことを伝えるように。

 

ウサラートも、当たり前のように笑ってうなずいた。

 

黒兎吉が、ぴょんと一歩前へ出る。

 

総季もその後に続く。

 

けれど、今度の二匹は、先ほどのように勢いよく駆け出したりはしなかった。

 

とことこ。

 

ぴょん、ぴょん。

 

二匹は次の鳥居まで進むと、そこで立ち止まった。

 

総季がくるりと振り返る。

 

黒兎吉も、長い耳を立てたままこちらを見つめている。

 

「……あれ?」

 

ウサラートが足を止めた。

 

「待ってくれてるぴょん」

 

信子も微笑んだ。

 

「ほんまやねえ」

 

「さっきは、あんなに走ってたのにだぴょん」

 

「今は、みんなで行きたい気分ながかもしれんね」

 

ウサラートは二匹を見つめた。

 

朱色の鳥居の下に並ぶ、小さな白と黒の背中。

 

ふたりが近づくのを、じっと待っている。

 

その光景が、なんだかとても嬉しかった。

 

「……信子」

 

「ん?」

 

「待っててもらうのって、嬉しいぴょん」

 

信子は優しくうなずいた。

 

「うん。そうやね」

 

「私も、ちゃんとみんなを待てる隊長になるぴょん」

 

「もう、なっちゅうと思うよ」

 

「本当ぴょん?」

 

「うん。さっきも総季のために戻ってきてくれたろ?」

 

「あ……」

 

ウサラートは少し考えてから、照れくさそうに笑った。

 

「そうだったぴょん」

 

信子も笑った。

 

そして、そっと歩き始める。

 

ウサラートも、その隣へ並んだ。

 

二匹が待つ鳥居まで、ゆっくりと歩いていく。

 

いつもなら追いつこうと小走りになる距離を、今日は急がずに進んだ。

 

風が頬を撫でる。

 

頭上では、赤く色づいた葉がさらさらと揺れていた。

 

その音に耳を傾けながら、ウサラートが小さく呟く。

 

「……こうして歩くのも、いいぴょん」

 

「うん。えい日和やねえ」

 

「信子」

 

「なあに?」

 

「今日のお出かけ、楽しいぴょん」

 

信子はウサラートへ顔を向けた。

 

黒髪の上で、長い兎耳が楽しそうに揺れている。

 

その表情は、先ほどまで紅葉を追いかけていたときよりも、ずっと穏やかだった。

 

「……うちも楽しいよ」

 

信子は優しく答えた。

 

ウサラートは嬉しそうに笑った。

 

二人の歩幅が、自然と揃う。

 

次の鳥居の下で待っていた総季と黒兎吉は、二人が追いつくと、ゆっくり歩き出した。

 

ちょうどそのとき。

 

ひゅう、と一陣の風が吹いた。

 

石畳の上を、一枚の赤い紅葉が転がっていく。

 

ころころ。

 

ひらり。

 

その葉は、まるで先ほどの追いかけっこの続きを誘うように、二匹の前を横切った。

 

総季の耳が、ぴんと立つ。

 

前脚が、ほんの少し浮いた。

 

黒兎吉も鼻先を上げ、紅葉の行方を追っている。

 

ウサラートはそれに気づき、思わず笑った。

 

「また紅葉が来たぴょん」

 

信子も小さく笑う。

 

「ふふっ。また追いかけっこが始まるかねえ」

 

総季は赤い葉を見つめていた。

 

黒兎吉も、今にも跳ね出しそうに身を低くしている。

 

けれど、二匹はすぐには動かなかった。

 

ふと、総季がウサラートを見上げる。

 

黒兎吉も、その隣へ寄ってきた。

 

ウサラートはしゃがみ込み、二匹の顔を交互に見つめた。

 

「……追いかけてもいいぴょん?」

 

総季が、ふわりと尻尾を揺らした。

 

「でも……」

 

ウサラートは少し考える。

 

そして、二匹へ優しく手を差し出した。

 

「今は、もう少しだけ一緒に歩きたいぴょん」

 

その声に応えるように、総季はウサラートの指先へ頬を寄せた。

 

黒兎吉も、草履のすぐそばへぴょこんと座る。

 

ウサラートの顔が、ぱっと明るくなった。

 

「……ありがとうだぴょん!」

 

信子はそんな三匹――いや、ウサラートと二匹の様子を、少し離れたところから眺めていた。

 

ふふっ、と小さく笑みがこぼれる。

 

「信子?」

 

「ん?」

 

「どうしたぴょん?」

 

「なんでもないよ」

 

信子は首を横に振った。

 

そして、ウサラートへ手を差し伸べる。

 

「ほら、隊長。そろそろ行こうか」

 

ウサラートはその手を見つめた。

 

それから、にっこりと笑う。

 

「うんぴょん!」

 

差し出された手を、そっと握った。

 

信子の手は温かかった。

 

ウサラートの手も、秋風に少し冷えてはいたけれど、重ねるうちにすぐに温かくなった。

 

二人が歩き始めると、総季と黒兎吉も自然にその隣へ並んだ。

 

先を急ぐ者はいない。

 

朱色の鳥居が、ひとつ、またひとつと後ろへ流れていく。

 

石畳の上には、四つの影。

 

大きな影が二つ。

 

小さな影が二つ。

 

ときどき総季が落ち葉へ鼻を寄せ、黒兎吉がその横で耳を揺らす。

 

ウサラートはそんな二匹を見守りながら、ときおり信子の顔を見上げた。

 

信子も、そのたびに優しく笑い返す。

 

言葉は多くなかった。

 

けれど、不思議と静かすぎることもなかった。

 

葉擦れの音。

 

石畳を踏む草履の音。

 

黒兎吉の小さな跳ねる音。

 

そして、時折こぼれる二人の笑い声。

 

そのすべてが、穏やかな秋の午後に溶け込んでいった。

 

「……ねえ、信子」

 

「ん?」

 

「隊長って、いつも一番前にいなくてもいいのかもしれないぴょん」

 

信子は隣を歩くウサラートを見た。

 

「どうしてそう思うが?」

 

ウサラートは少し考えた。

 

「前を歩いてたら、みんなの顔が見えないぴょん」

 

「うん」

 

「後ろを歩いてたら、みんなの背中が見えるぴょん」

 

「そうやね」

 

「でも、隣を歩いてたら……」

 

ウサラートは信子を見上げた。

 

「こうして、信子の顔が見えるぴょん」

 

信子は少しだけ驚いた。

 

それから、ふっと目元を和らげる。

 

「……うん」

 

静かな声で答えた。

 

「うちも、隊長の顔が見えるきね」

 

ウサラートは嬉しそうに笑った。

 

「それじゃあ、今日は隣を歩くぴょん!」

 

「ふふっ。喜んで」

 

信子は、握っていた手をほんの少しだけ握り返した。

 

朱色の鳥居の向こうへ、秋の陽射しが柔らかく伸びている。

 

いつもなら、もっと早く歩けた道。

 

けれど、今日は一枚の紅葉を追いかけ、立ち止まり、振り返り、また歩き始めた。

 

総季と黒兎吉は、ときどき少しだけ先へ出る。

 

けれど、次の鳥居まで行くと、必ずこちらを振り返る。

 

そのたびにウサラートは笑って、信子と一緒に歩みを進めた。

 

先に行く小さな背中を、もう慌てて追いかける必要はなかった。

 

待ってくれることを知っているから。

 

そして、自分たちも、ちゃんと待ってあげられるから。

 

風が吹いた。

 

一枚の紅葉が、四人の足元をひらりと横切り、鳥居の向こうへ飛んでいく。

 

ウサラートはそれを目で追い、小さく呟いた。

 

「……また明日も、みんなで歩きたいぴょん」

 

信子は穏やかに微笑んだ。

 

「うん。また一緒に歩こうね」

 

「約束だぴょん!」

 

「約束やね」

 

二人は顔を見合わせ、くすりと笑った。

 

そして、総季と黒兎吉が待つ次の鳥居へ、ゆっくりと歩いていく。

 

秋の陽射しが、四つの影を優しく包み込む。

 

どの影が一番前でも、もう気にならない。

 

大切なのは、誰かが先に進むことではなく、みんなが同じ道を歩いていること。

 

隊長より先に行く、ふたつの小さな背中。

 

その後ろには、いつも穏やかに笑い合う二人がいた。

 

今日も、明日も。

 

きっと、こんなふうに。

 

朱色の鳥居が続く秋の参道に、四人の足音が、いつまでも優しく響いていた。

 

 




【あとがき・設定資料のご案内】
本作のオリジナルキャラクターのビジュアルや詳細な設定資料は、Pixiv・noteにて公開しています。
関連リンクまとめ
https://x.com/kazeyurarinn
https://lit.link/kazeyurari
https://note.com/kazeyurari


ウサラートマート(Usarart Mart)
風ゆらりが手がける、ウサラートとその仲間たちのオリジナルキャラクターブランド。

個性豊かなキャラクターたちが織りなす物語や、LINEスタンプなどを通じて、ちょっと不思議で楽しい世界をお届けします。

企画・制作:風ゆらり(kazeyurari)
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。