その名は、ウサラート。
黒髪に長い兎耳を持ち、語尾にはいつも「ぴょん」が付く、少しお茶目な少女。
そんな隊長を支えるのは、青髪の少女・信子。土佐弁を話す彼女は、坂本龍馬の妹であり、ウサラートの隊の副長でもある。
そして、二人のそばには黒い兎の黒兎吉と、白猫の総季。
雨の日の縁側でのんびり過ごしたり、些細なことで言い合いになったり、ときには思いがけない騒動に巻き込まれたり。
激動の幕末を背景に、個性豊かな仲間たちが繰り広げる、笑いあり、優しさあり、ちょっぴり切なさもある物語。
一話完結を基本としているので、どのお話からでもお楽しみいただけます。
兎耳隊長と仲間たちの、少し不思議な新選組日和。
※本シリーズは、新選組や歴史上の人物をモチーフにした「風ゆらり」のオリジナル歴史ファンタジーです。史実とは異なる設定や展開が含まれます。
朱色の鳥居が、秋の参道にどこまでも連なっていた。
ひとつ、またひとつ。
規則正しく並んだ鳥居の向こうには、さらに同じ朱色が重なり、まるで別の世界へ続く長い回廊のように見える。
澄みきった午後の空気には、かすかに湿った土と落ち葉の香りが漂っていた。
鳥居の隙間から差し込む陽光が、石畳の上に細長い影を落としている。風が吹けば、木々の葉が揺れ、光と影の境目も柔らかく揺らいだ。
そんな静かな参道に、ぱたぱたと小さな足音が響く。
白い影がひとつ。
黒い影がひとつ。
ふたつの小さな背中が、秋風を追いかけるように石畳を駆けていた。
「こらこら、隊長より先に行かないぴょん!」
少し遅れて、元気な声が響いた。
黒髪から長い兎耳を伸ばした少女、ウサラートである。
着物の裾を片手で軽く押さえ、もう片方の手を前へ伸ばしながら、先を行く二匹を追いかけていた。
白い毛並みの総季(ふさとき)は、ふわふわとした尻尾を揺らしながら軽やかに走っている。
その隣では、艶やかな黒毛をまとった黒兎吉(くろとき)が、長い耳を風になびかせて跳ねていた。
二匹の背中には、お揃いの小さな羽織。
走るたびに裾がふわりと持ち上がり、まるで本当に小さな隊士たちが参道を駆けているようだった。
「総季! 黒兎吉! ちょっと待つぴょん!」
呼びかけられた総季の耳が、ぴくりと動いた。
けれど、振り返る様子はない。
黒兎吉も、ぴょん、ぴょんと楽しそうに跳ねている。
二匹が追いかけているのは、風に転がされる一枚の紅葉だった。
ひらり。
ころころ。
石畳を滑る赤い葉が、鳥居の影を越えていく。
そのたびに二匹も方向を変え、まるで小さな追いかけっこをしているようだった。
「もう……二匹とも夢中だぴょん」
ウサラートは足を緩め、困ったように頬を膨らませた。
その隣から、くすりと柔らかな笑い声が聞こえる。
「ふふっ。楽しそうやねえ」
青い髪を秋風に揺らしながら歩いてきたのは、信子だった。
腰の刀が揺れないように鞘へ軽く手を添え、穏やかな目で二匹の後ろ姿を眺めている。
「信子、笑ってる場合じゃないぴょん」
「どうして?」
「隊員が隊長を追い越して、どんどん先へ行っちゃうぴょん。これでは隊長の威厳がなくなるぴょん」
信子は少し考えるように首を傾げた。
「隊長より先を歩いたらいかん、なんて決まりがあったかねえ?」
「……たった今、できたぴょん」
「そうなが?」
「そうだぴょん。隊長の大切なお仕事は、みんなの先頭を歩くことだぴょん!」
ウサラートが胸を張る。
信子はその顔を見つめ、また小さく笑った。
「ほいたら、まず二匹に教えちゃらんとね。知らん決まりは守れんき」
「むむ……それもそうだぴょん」
ウサラートは素直にうなずいた。
その様子が可笑しくも愛らしくて、信子の目元がさらに柔らかくなる。
「うちからも声をかけてみようか」
「お願いするぴょん!」
信子は少しだけ歩幅を広げ、二匹へ呼びかけた。
「総季、黒兎吉。隊長が一緒に歩きたいそうぜよ。ちょっと待っちゃってくれる?」
総季の白い尻尾が、ぴんと立った。
黒兎吉も耳を揺らす。
二匹とも確かに声には気づいたようだった。
けれど、その瞬間、追いかけていた紅葉が風に巻かれ、くるりと石畳の上で回った。
それを見た総季が、ぱっと飛びつく。
黒兎吉も負けじと跳ねた。
「あっ、また行っちゃったぴょん!」
「あらら。今は紅葉の方が気になるみたいやね」
信子が穏やかに笑う。
「……仕方ないぴょん」
ウサラートはため息をひとつ。
それから、二匹の小さな背中を見つめた。
「でも、あんなに楽しそうなら、もう少しだけ追いかけさせてあげるぴょん」
「うん。それがえいね」
信子は隣に並び、ウサラートの歩幅に合わせて歩き始めた。
二人の袖が、そっと触れ合う。
風が、もう一度吹いた。
鳥居の上から赤や黄色の落ち葉が舞い、石畳の上へ静かに降り積もる。
その中でも、とびきり鮮やかな一枚の紅葉が、二匹の目の前を滑るように通り過ぎた。
総季がぴたりと立ち止まる。
耳を前へ向け、ぐっと身を低くした。
そして――。
ぴょん!
勢いよく前脚を伸ばした。
けれど、あと少しというところで紅葉は風に持ち上げられ、総季の前脚の間をすり抜けてしまった。
「にゃっ?」
総季は石畳へ着地すると、不思議そうに首を傾げた。
その隣から黒兎吉が近づく。
黒い鼻をひくひくと動かし、紅葉の行方を探っている。
落ち葉が地面へ降りてくる。
黒兎吉がそっと鼻先を寄せる。
すると、まるでそれを待っていたかのように、再び風が吹いた。
ひらり。
紅葉は黒兎吉の鼻先をかすめ、また少し先へ飛んでいく。
「ふふっ、なかなか捕まらんねえ」
信子が笑った。
ウサラートは腕を組み、真剣な表情で紅葉を見つめている。
「……なかなか手ごわい相手だぴょん」
「そうやねえ」
「総季と黒兎吉だけでは難しいかもしれないぴょん」
「ほいたら、どうする?」
ウサラートは顔を上げた。
長い兎耳が、ぴんと伸びる。
「ここは隊長の出番だぴょん!」
そう宣言すると、二匹の方へ小走りに向かった。
信子も、ゆっくりとその後を追う。
「ふふっ。隊長、足元に気をつけてね」
「大丈夫だぴょん!」
「慌てると転ぶきね」
「隊長はそんなに簡単に転ばないぴょん!」
そう言いながらも、ウサラートは少しだけ歩幅を小さくした。
その素直な様子に、信子は微笑む。
「うん。えらい、えらい」
「……子供扱いしないでほしいぴょん」
「ごめん、ごめん。ついね」
信子の声は、どこまでも優しかった。
二人が追いつく頃には、紅葉は石畳の小さなくぼみに引っかかり、ようやく動きを止めていた。
総季が身を低くする。
黒兎吉も、少し離れたところで静かに耳を立てた。
ウサラートは二匹の後ろにしゃがみ込む。
「よし……今度こそ捕まえるぴょん」
小さな声で囁き、そっと右手を伸ばす。
あと少し。
もう少し。
指先が、紅葉の縁に触れようとした。
その瞬間。
ひゅうっ。
鳥居の間を、一陣の風が吹き抜けた。
「あっ!」
ウサラートの指先から、紅葉がふわりと逃げる。
赤い葉はくるくると回りながら舞い上がり、ウサラートの顔の前を優雅に横切った。
そして――。
ちょこん。
ウサラートの黒髪の上、長い兎耳の根元に、静かに舞い降りた。
「あら……」
信子が小さく声を漏らす。
総季も黒兎吉も、ぴたりと動きを止めた。
二匹の視線が、一斉にウサラートの頭へ向けられる。
「……どうしたぴょん?」
ウサラートが首を傾げる。
「紅葉はどこへ行ったぴょん?」
信子は口元に手を添えた。
笑いをこらえているというよりも、あまりに愛らしい光景に、思わず頬が緩んでしまったのだった。
「隊長、ちょっとそのままでおって」
「ん?」
「動かんといてね」
ウサラートは言われたとおり、ぴたりと止まる。
長い兎耳だけが、不思議そうにぴくぴくと揺れた。
そのたびに、耳の根元の紅葉も小さく動く。
総季は揺れる赤い葉を見つめ、前脚をそろえて座った。
黒兎吉も、じっと見上げている。
「……もしかして」
ウサラートがおそるおそる尋ねた。
「私の頭に、何かいるぴょん?」
「ふふっ。何かがおるというより……」
信子はにっこりと笑った。
「紅葉が、隊長のところへ遊びに来たみたいやね」
「……ぴょん?」
「よう似合うちゅうよ。秋の髪飾りみたいや」
ウサラートはしばらく目を丸くしていた。
そして、ようやく事態を理解する。
「……私が紅葉を捕まえるはずだったのに、紅葉の方から来たぴょん?」
「そういうことやね」
「……むむむ」
少し考えた後、ウサラートは胸を張った。
「それなら、隊長の勝ちだぴょん!」
「ふふっ。そういうことにしちょこうか」
信子は優しく微笑み、手を差し伸べた。
「取ってあげるき、ちょっと頭を下げてくれる?」
「お願いするぴょん」
ウサラートは信子の前で、素直に膝を折った。
信子は黒髪を引っ張らないように気をつけながら、紅葉の軸をそっとつまむ。
赤い葉が、するりと髪から離れた。
「はい、取れたよ」
「ありがとうだぴょん!」
ウサラートは嬉しそうに顔を上げた。
信子は手の中の紅葉を、午後の陽光へとかざしてみる。
葉の縁は少し欠けていたけれど、赤い色は美しく、薄い葉脈が光を透かして見えた。
「きれいな紅葉やねえ」
「本当だぴょん」
ウサラートも隣から覗き込む。
「こんなに小さいのに、ずいぶん遠くまで飛べるんだぴょん」
「風に乗ったら、どこまででも行けそうやね」
「……ちょっとうらやましいぴょん」
信子はウサラートを見た。
「隊長も、どこか遠くへ行ってみたいが?」
「うーん……」
ウサラートは鳥居の奥へと続く道を眺めた。
それから、信子と足元の二匹を順番に見つめる。
「遠くへ行くのも楽しそうだけど……」
少しだけ考えて、にこりと笑った。
「行くなら、みんな一緒がいいぴょん」
信子の目元が、優しく細められた。
「……そうやね」
小さくうなずき、手にした紅葉をもう一度眺める。
「うちも、そう思うぜよ」
信子は参道の端にある苔むした石の上へ、紅葉をそっと置いた。
すると、それまで夢中になって追いかけていた総季が、てくてくと近寄ってきた。
鼻先を近づけ、くんくんと匂いを嗅ぐ。
前脚で、ちょい。
もう一度、ちょい。
けれど、紅葉は動かない。
総季はしばらく待っていたが、やがて小さく首を傾げると、興味を失ったようにくるりと背を向けてしまった。
「……あれ?」
ウサラートが不思議そうに言った。
「もう追いかけないぴょん?」
信子は総季の後ろ姿を眺めて微笑んだ。
「風に飛ばされゆうところが、面白かったがかもしれんね」
「そうなのかぴょん……」
ウサラートは紅葉をもう一度見た。
「それじゃあ、また風が吹いたら遊んでもらうぴょん」
「ふふっ。それがえいね」
黒兎吉も紅葉に鼻を近づけていたが、総季が歩き始めると、その後ろを追うようにぴょんと跳ねた。
小さな羽織が、また風に揺れる。
ウサラートはその背中を眺めてから、ふと思い出したように顔を上げた。
「……あっ」
「どうしたが?」
「隊長が先頭を歩くお話、まだ終わってなかったぴょん!」
信子は一瞬目を丸くした後、楽しそうに笑った。
「ふふっ。覚えちょったがやね」
「もちろんだぴょん!」
ウサラートは背筋を伸ばす。
「今度こそ、私が先頭だぴょん!」
「うん。ほいたら、隊長についていこうか」
信子は穏やかにうなずいた。
その言葉を聞いて、ウサラートの顔がぱっと明るくなる。
「任せるぴょん!」
ウサラートは、今度は走らずに歩き始めた。
小さな胸を張り、いつもより少しだけ大きな歩幅で石畳を進んでいく。
ひとつ目の鳥居。
ふたつ目の鳥居。
朱色の柱の影を踏み越えるたび、長い兎耳が楽しそうに揺れた。
やがて、総季と黒兎吉の横を通り過ぎる。
「ふふん。これで隊長が先頭だぴょん!」
満足そうに振り返った。
けれど、信子は少し後ろで立ち止まっていた。
「……信子?」
ウサラートが首を傾げる。
信子はしゃがみ込み、総季の背中へ優しく手を伸ばしていた。
「ちょっと待ってね。総季の羽織がずれちゅうき」
見れば、総季の白い肩から、小さな羽織が片方だけずるりと落ちかけていた。
さっき紅葉を追いかけて跳ね回った拍子に、乱れてしまったらしい。
信子は総季に顔を近づけ、穏やかに声をかけた。
「総季、少しじっとしちょってね。すぐ直してあげるき」
ところが、総季は伸ばされた信子の指先へ、嬉しそうに頬をすり寄せ始めた。
すりすり。
ごろごろ。
信子の手のひらへ、白い頭をぐいぐいと押しつける。
「あらあら」
信子が笑う。
「甘えたいがやねえ」
総季は気持ちよさそうに目を細めた。
「ふふっ。もう、仕方ない子やね」
信子は羽織を直す手をいったん止め、総季の頭を優しく撫でた。
すると、それを見ていたウサラートが、いつの間にか戻ってきていた。
「信子、手伝うぴょん」
「あら、隊長。先頭へ行ったがやなかった?」
「総季の羽織がずれてるなら、直してから出発するぴょん」
そう言って、ウサラートは信子の隣にしゃがみ込んだ。
「総季、ちょっとこっちを見るぴょん」
総季が顔を上げる。
ウサラートはそっと指先を差し出した。
総季はその指の匂いをくんくんと嗅ぎ、今度はウサラートの手に頬を寄せる。
「ふふっ、くすぐったいぴょん」
ウサラートの口元が、自然とほころんだ。
「今のうちだぴょん、信子」
「うん。ありがとうね」
信子は総季の肩へ羽織を掛け直し、布のよれを丁寧に整えていく。
片側を直し、もう片側も確認する。
最後に裾を軽く払うと、羽織は元どおり、総季の小さな背中にきれいに収まった。
「はい、できたよ」
「よかったぴょん!」
ウサラートは総季の頭をひと撫でした。
「これでもう大丈夫だぴょん」
総季は満足そうに尻尾を揺らし、二人の間をゆっくりと歩いた。
少し離れたところで待っていた黒兎吉も、ぴょんと近づいてくる。
ウサラートの草履のそばで立ち止まり、長い耳を動かした。
「黒兎吉も待っててくれたぴょん?」
ウサラートがしゃがんで尋ねる。
黒兎吉は鼻先をひくひくと動かし、ウサラートの手へそっと顔を近づけた。
「いい子だぴょん」
ウサラートは黒い頭を優しく撫でた。
信子はその様子を、少し離れたところから見守っていた。
「……隊長」
「ん?」
「せっかく先頭に立てたのに、戻ってきてくれたがやね」
ウサラートは不思議そうに首を傾げる。
「だって、総季が困ってたぴょん」
「うん」
「それに、信子も手伝ってたぴょん」
「そうやね」
「だから、私も一緒にお手伝いしたかったぴょん」
何でもないことのように答えるウサラート。
信子は、その横顔をしばらく見つめていた。
そして、ふわりと微笑む。
「……そういうところ、隊長らしいねえ」
「えっ?」
ウサラートが顔を上げた。
「今、隊長らしいって言ったぴょん?」
「言うたよ」
「本当ぴょん!?」
長い兎耳が、嬉しそうにぴんと立つ。
信子はうなずいた。
「うん。みんなのことをよう見ちゅう、えい隊長やと思うぜよ」
ウサラートは一瞬、言葉を忘れたように信子を見つめた。
それから少しだけ頬を赤くして、照れくさそうに笑った。
「……えへへ。ありがとうだぴょん」
「どういたしまして」
信子も笑う。
その笑顔を見たウサラートは、なんだか胸の奥がぽかぽかしてくるのを感じた。
秋の風は少し冷たい。
けれど、隣にいる信子の声は、いつも温かかった。
「さて、そろそろ行こうか」
信子が立ち上がった。
「うんぴょん!」
ウサラートも立ち上がり、着物の裾を軽く払う。
その足元では、黒兎吉がまだじっとこちらを見上げていた。
「どうしたぴょん?」
黒兎吉は長い耳を動かし、参道の先へ顔を向ける。
それから、またウサラートを見上げた。
まるで、出発してもよいか尋ねているようだった。
ウサラートは少し考えた。
「……先に行きたいぴょん?」
黒兎吉の鼻が、小さく動く。
隣にやって来た総季も、参道の向こうを眺めていた。
鳥居の先には、秋の光が柔らかく降り注いでいる。
石畳の上を、ときどき赤い落ち葉が転がっていた。
ウサラートは二匹を見つめた後、にっこりと笑った。
「いいぴょん。先に行っても」
信子が隣から声をかける。
「あら、隊長より先に行ってもえいが?」
「うんぴょん」
ウサラートは大きくうなずいた。
「さっきの決まりは、ちょっとお休みだぴょん」
「ふふっ。そうなが?」
「だって、二匹とも楽しそうだぴょん」
ウサラートは黒兎吉と総季へ視線を落とす。
「でも、遠くへ行きすぎないでほしいぴょん。見えなくなったら心配するぴょん」
信子は、そっとウサラートの隣に並んだ。
「そうやね。みんなで歩いた方が楽しいきね」
「うん!」
ウサラートが笑う。
「信子も、一緒だぴょん」
「もちろん。うちは、ずっと隣におるよ」
その言葉は、とても自然だった。
何かを約束するような大げさな響きもなく、ただ当たり前のことを伝えるように。
ウサラートも、当たり前のように笑ってうなずいた。
黒兎吉が、ぴょんと一歩前へ出る。
総季もその後に続く。
けれど、今度の二匹は、先ほどのように勢いよく駆け出したりはしなかった。
とことこ。
ぴょん、ぴょん。
二匹は次の鳥居まで進むと、そこで立ち止まった。
総季がくるりと振り返る。
黒兎吉も、長い耳を立てたままこちらを見つめている。
「……あれ?」
ウサラートが足を止めた。
「待ってくれてるぴょん」
信子も微笑んだ。
「ほんまやねえ」
「さっきは、あんなに走ってたのにだぴょん」
「今は、みんなで行きたい気分ながかもしれんね」
ウサラートは二匹を見つめた。
朱色の鳥居の下に並ぶ、小さな白と黒の背中。
ふたりが近づくのを、じっと待っている。
その光景が、なんだかとても嬉しかった。
「……信子」
「ん?」
「待っててもらうのって、嬉しいぴょん」
信子は優しくうなずいた。
「うん。そうやね」
「私も、ちゃんとみんなを待てる隊長になるぴょん」
「もう、なっちゅうと思うよ」
「本当ぴょん?」
「うん。さっきも総季のために戻ってきてくれたろ?」
「あ……」
ウサラートは少し考えてから、照れくさそうに笑った。
「そうだったぴょん」
信子も笑った。
そして、そっと歩き始める。
ウサラートも、その隣へ並んだ。
二匹が待つ鳥居まで、ゆっくりと歩いていく。
いつもなら追いつこうと小走りになる距離を、今日は急がずに進んだ。
風が頬を撫でる。
頭上では、赤く色づいた葉がさらさらと揺れていた。
その音に耳を傾けながら、ウサラートが小さく呟く。
「……こうして歩くのも、いいぴょん」
「うん。えい日和やねえ」
「信子」
「なあに?」
「今日のお出かけ、楽しいぴょん」
信子はウサラートへ顔を向けた。
黒髪の上で、長い兎耳が楽しそうに揺れている。
その表情は、先ほどまで紅葉を追いかけていたときよりも、ずっと穏やかだった。
「……うちも楽しいよ」
信子は優しく答えた。
ウサラートは嬉しそうに笑った。
二人の歩幅が、自然と揃う。
次の鳥居の下で待っていた総季と黒兎吉は、二人が追いつくと、ゆっくり歩き出した。
ちょうどそのとき。
ひゅう、と一陣の風が吹いた。
石畳の上を、一枚の赤い紅葉が転がっていく。
ころころ。
ひらり。
その葉は、まるで先ほどの追いかけっこの続きを誘うように、二匹の前を横切った。
総季の耳が、ぴんと立つ。
前脚が、ほんの少し浮いた。
黒兎吉も鼻先を上げ、紅葉の行方を追っている。
ウサラートはそれに気づき、思わず笑った。
「また紅葉が来たぴょん」
信子も小さく笑う。
「ふふっ。また追いかけっこが始まるかねえ」
総季は赤い葉を見つめていた。
黒兎吉も、今にも跳ね出しそうに身を低くしている。
けれど、二匹はすぐには動かなかった。
ふと、総季がウサラートを見上げる。
黒兎吉も、その隣へ寄ってきた。
ウサラートはしゃがみ込み、二匹の顔を交互に見つめた。
「……追いかけてもいいぴょん?」
総季が、ふわりと尻尾を揺らした。
「でも……」
ウサラートは少し考える。
そして、二匹へ優しく手を差し出した。
「今は、もう少しだけ一緒に歩きたいぴょん」
その声に応えるように、総季はウサラートの指先へ頬を寄せた。
黒兎吉も、草履のすぐそばへぴょこんと座る。
ウサラートの顔が、ぱっと明るくなった。
「……ありがとうだぴょん!」
信子はそんな三匹――いや、ウサラートと二匹の様子を、少し離れたところから眺めていた。
ふふっ、と小さく笑みがこぼれる。
「信子?」
「ん?」
「どうしたぴょん?」
「なんでもないよ」
信子は首を横に振った。
そして、ウサラートへ手を差し伸べる。
「ほら、隊長。そろそろ行こうか」
ウサラートはその手を見つめた。
それから、にっこりと笑う。
「うんぴょん!」
差し出された手を、そっと握った。
信子の手は温かかった。
ウサラートの手も、秋風に少し冷えてはいたけれど、重ねるうちにすぐに温かくなった。
二人が歩き始めると、総季と黒兎吉も自然にその隣へ並んだ。
先を急ぐ者はいない。
朱色の鳥居が、ひとつ、またひとつと後ろへ流れていく。
石畳の上には、四つの影。
大きな影が二つ。
小さな影が二つ。
ときどき総季が落ち葉へ鼻を寄せ、黒兎吉がその横で耳を揺らす。
ウサラートはそんな二匹を見守りながら、ときおり信子の顔を見上げた。
信子も、そのたびに優しく笑い返す。
言葉は多くなかった。
けれど、不思議と静かすぎることもなかった。
葉擦れの音。
石畳を踏む草履の音。
黒兎吉の小さな跳ねる音。
そして、時折こぼれる二人の笑い声。
そのすべてが、穏やかな秋の午後に溶け込んでいった。
「……ねえ、信子」
「ん?」
「隊長って、いつも一番前にいなくてもいいのかもしれないぴょん」
信子は隣を歩くウサラートを見た。
「どうしてそう思うが?」
ウサラートは少し考えた。
「前を歩いてたら、みんなの顔が見えないぴょん」
「うん」
「後ろを歩いてたら、みんなの背中が見えるぴょん」
「そうやね」
「でも、隣を歩いてたら……」
ウサラートは信子を見上げた。
「こうして、信子の顔が見えるぴょん」
信子は少しだけ驚いた。
それから、ふっと目元を和らげる。
「……うん」
静かな声で答えた。
「うちも、隊長の顔が見えるきね」
ウサラートは嬉しそうに笑った。
「それじゃあ、今日は隣を歩くぴょん!」
「ふふっ。喜んで」
信子は、握っていた手をほんの少しだけ握り返した。
朱色の鳥居の向こうへ、秋の陽射しが柔らかく伸びている。
いつもなら、もっと早く歩けた道。
けれど、今日は一枚の紅葉を追いかけ、立ち止まり、振り返り、また歩き始めた。
総季と黒兎吉は、ときどき少しだけ先へ出る。
けれど、次の鳥居まで行くと、必ずこちらを振り返る。
そのたびにウサラートは笑って、信子と一緒に歩みを進めた。
先に行く小さな背中を、もう慌てて追いかける必要はなかった。
待ってくれることを知っているから。
そして、自分たちも、ちゃんと待ってあげられるから。
風が吹いた。
一枚の紅葉が、四人の足元をひらりと横切り、鳥居の向こうへ飛んでいく。
ウサラートはそれを目で追い、小さく呟いた。
「……また明日も、みんなで歩きたいぴょん」
信子は穏やかに微笑んだ。
「うん。また一緒に歩こうね」
「約束だぴょん!」
「約束やね」
二人は顔を見合わせ、くすりと笑った。
そして、総季と黒兎吉が待つ次の鳥居へ、ゆっくりと歩いていく。
秋の陽射しが、四つの影を優しく包み込む。
どの影が一番前でも、もう気にならない。
大切なのは、誰かが先に進むことではなく、みんなが同じ道を歩いていること。
隊長より先に行く、ふたつの小さな背中。
その後ろには、いつも穏やかに笑い合う二人がいた。
今日も、明日も。
きっと、こんなふうに。
朱色の鳥居が続く秋の参道に、四人の足音が、いつまでも優しく響いていた。
【あとがき・設定資料のご案内】
本作のオリジナルキャラクターのビジュアルや詳細な設定資料は、Pixiv・noteにて公開しています。
関連リンクまとめ
https://x.com/kazeyurarinn
https://lit.link/kazeyurari
https://note.com/kazeyurari
ウサラートマート(Usarart Mart)
風ゆらりが手がける、ウサラートとその仲間たちのオリジナルキャラクターブランド。
個性豊かなキャラクターたちが織りなす物語や、LINEスタンプなどを通じて、ちょっと不思議で楽しい世界をお届けします。
企画・制作:風ゆらり(kazeyurari)