ウサラート新選組日和 副題:兎耳隊長と仲間たちの幕末ものがたり
幕末の世に、ちょっと変わった新選組の隊長がいた。

その名は、ウサラート。

黒髪に長い兎耳を持ち、語尾にはいつも「ぴょん」が付く、少しお茶目な少女。

そんな隊長を支えるのは、青髪の少女・信子。土佐弁を話す彼女は、坂本龍馬の妹であり、ウサラートの隊の副長でもある。

そして、二人のそばには黒い兎の黒兎吉と、白猫の総季。

雨の日の縁側でのんびり過ごしたり、些細なことで言い合いになったり、ときには思いがけない騒動に巻き込まれたり。

激動の幕末を背景に、個性豊かな仲間たちが繰り広げる、笑いあり、優しさあり、ちょっぴり切なさもある物語。

一話完結を基本としているので、どのお話からでもお楽しみいただけます。

兎耳隊長と仲間たちの、少し不思議な新選組日和。

※本シリーズは、新選組や歴史上の人物をモチーフにした「風ゆらり」のオリジナル歴史ファンタジーです。史実とは異なる設定や展開が含まれます。

ウサラートマート(Usarart Mart)
風ゆらりが手がける、ウサラートとその仲間たちのオリジナルキャラクターブランド。

個性豊かなキャラクターたちが織りなす物語や、LINEスタンプなどを通じて、ちょっと不思議で楽しい世界をお届けします。

企画・制作:風ゆらり(kazeyurari)


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幕末の世に、ちょっと変わった新選組の隊長がいた。

その名は、ウサラート。

黒髪に長い兎耳を持ち、語尾にはいつも「ぴょん」が付く、少しお茶目な少女。

そんな隊長を支えるのは、青髪の少女・信子。土佐弁を話す彼女は、坂本龍馬の妹であり、ウサラートの隊の副長でもある。

そして、二人のそばには黒い兎の黒兎吉と、白猫の総季。

雨の日の縁側でのんびり過ごしたり、些細なことで言い合いになったり、ときには思いがけない騒動に巻き込まれたり。

激動の幕末を背景に、個性豊かな仲間たちが繰り広げる、笑いあり、優しさあり、ちょっぴり切なさもある物語。

一話完結を基本としているので、どのお話からでもお楽しみいただけます。

兎耳隊長と仲間たちの、少し不思議な新選組日和。

※本シリーズは、新選組や歴史上の人物をモチーフにした「風ゆらり」のオリジナル歴史ファンタジーです。史実とは異なる設定や展開が含まれます。


第1話のタイトル 雨の日の、書き残さない一行

風ゆらり|新選組オリジナル歴史ファンタジー短編・第一話

 

庭石を濡らす雨が、縁側の先で細い糸になっていた。

 

空は鉛色に沈み、遠くの山並みは、しっとりとした水墨画のように煙っている。

 

初夏の青葉を打つ雨音は、どこか遠くの喧騒をすべて吸い取ってしまうかのように、この小さな部屋の静けさを際立たせていた。

 

庭先の紫陽花は、雨粒を受けるたびにゆっくりと頭を揺らしている。軒先から落ちた雫が水たまりに輪を描き、その輪が消えるよりも早く、また新しい雫が落ちてくる。

 

そんな雨の日の午後だった。

 

「……暇だぴょん」

 

縁側に近い畳の上で、黒髪に長い兎耳を持つ少女、ウサラートが小さくつぶやいた。

 

その姿からは想像しにくいが、彼女は新選組の一隊を率いる隊長である。

 

「隊長、さっきから三度目やね」

 

文机に向かっていた青髪の少女、信子が筆を動かしながら答えた。土佐訛りの柔らかな口調が印象的な彼女は、ウサラートを支える副長だった。

 

「三度も言った覚えはないぴょん」

 

「ほいたら、四度目やったかもしれんね」

 

「増やすんじゃないぴょん!」

 

信子がくすりと笑う。

 

その声に、ウサラートの膝の上で眠っていた黒い兎、黒兎吉の長い耳がぴくりと動いた。

 

その隣では、白猫の総季が気持ちよさそうに丸くなっていた。

 

二匹は、まるで初めからそこが自分たちの寝床であると決めていたかのように、ウサラートの両脚を占領していた。

 

黒兎吉が体を丸めれば、総季はその背中に顔を寄せる。

 

総季が寝返りを打てば、黒兎吉は少しだけ耳を持ち上げ、邪魔にならない位置へ戻す。

 

小さな二匹は、互いの温もりを確かめるように眠っていた。

 

ウサラートはその様子を見下ろし、ほんの少しだけ表情を緩める。

 

「……今日は特別に、この場所を貸してやっているぴょん」

 

「そうなが?」

 

「そうだぴょん。隊長の膝は、誰でも使えるものではないぴょん」

 

「黒兎吉と総季には、ずいぶん甘い隊長やねえ」

 

「甘いんじゃないぴょん。これは重要な任務だぴょん」

 

「どんな任務なが?」

 

ウサラートは胸を張った。

 

「安眠警護だぴょん!」

 

信子の筆が、ぴたりと止まった。

 

「……そんな任務、初めて聞いたちや」

 

「今、決めたぴょん」

 

「ほいたら、隊長の独断やね」

 

「隊長だから決められるんだぴょん!」

 

信子はとうとう声を立てて笑った。

 

ウサラートは何か言い返そうとしたが、総季が小さく喉を鳴らしたので、口を閉じた。

 

そして、二匹を起こさないよう、そっと姿勢を正す。

 

その動作を見ていた信子は、笑いをこらえながら筆を置いた。

 

「ほんに、立派な隊長さんやねえ」

 

「分かればいいぴょん」

 

満足そうにうなずくウサラート。

 

しかし、信子の次の一言で、その表情が変わった。

 

「ほいたら、しばらくそのまま動かんといてね」

 

「……ぴょん?」

 

「大事な任務なんやろ?」

 

「そ、それはそうだぴょん」

 

「頑張りや、隊長」

 

信子は何事もなかったように、再び筆を取った。

 

ウサラートは口を尖らせたものの、反論することはできなかった。

 

自分で重要な任務だと言ってしまった以上、途中で放り出すわけにはいかない。

 

ましてや、膝の上では黒兎吉と総季が、実に幸せそうな寝顔を見せているのだ。

 

「……仕方ないぴょん」

 

ウサラートは小さく息をつき、再び庭へと目を向けた。

 

雨は、まだやみそうになかった。

 

しばらくすると、部屋の中には雨音と、筆が和紙をこする微かな音だけが響くようになった。

 

行灯の柔らかな明かりが文机の端を照らし、墨の匂いが畳のい草の香りと混ざり合っている。

 

ウサラートは庭を眺めていたが、やがて退屈を持て余し、信子の手元をのぞき込んだ。

 

「さっきから、何を書いてるぴょん?」

 

「今日のこと」

 

「今日?」

 

「そう。雨の日のことを書き残しちょこうと思うてね」

 

「雨なんて、毎年降るぴょん」

 

「そりゃあ、そうやけど」

 

信子は筆を休め、庭先へ目を向けた。

 

「同じ雨でも、今日の雨は今日しか降らんき」

 

「……どういう意味だぴょん?」

 

「明日も雨が降るかもしれん。でも、今日とまったく同じ雨にはならんやろ?」

 

ウサラートは庭を見た。

 

紫陽花の葉先から、大きな雫が一つ落ちる。

 

水たまりに丸い輪が広がり、すぐに消えた。

 

「雨は雨だぴょん」

 

「そうやね」

 

「水たまりも、いつもと同じだぴょん」

 

「そうかもしれんね」

 

「でも……」

 

ウサラートは少し考え込んだ。

 

「今の雫は、もう落ちてこないぴょん」

 

信子が微笑んだ。

 

「そういうことやね」

 

「……分かったような、分からないような話だぴょん」

 

「無理に分からんでもえいよ」

 

そう言って、信子は再び筆を走らせる。

 

ウサラートは、しばらくその横顔を眺めていた。

 

信子の筆遣いは丁寧だった。

 

急ぐこともなく、迷うこともなく、一文字ずつゆっくりと書き進めている。

 

だが、あるところで筆が止まった。

 

「……どうしたぴょん?」

 

「最後の一行が、なかなか決まらんがよ」

 

「最後の一行?」

 

「うん。今日のことを、どう締めくくろうかと思うて」

 

ウサラートの耳が、ぴんと立った。

 

「それなら、私に任せるぴょん!」

 

「隊長に?」

 

「こういうときこそ、隊長の出番だぴょん!」

 

「ほいたら、聞かせてもらおうかね」

 

ウサラートは大きく息を吸い、いかにも立派なことを言いそうな顔をした。

 

「『雨にも負けず、今日も立派だったウサラート隊長』だぴょん!」

 

信子はしばらく黙っていた。

 

「……それで?」

 

「それで、だぴょん」

 

「隊長は今日、何をしたが?」

 

「何を……?」

 

ウサラートは目を瞬いた。

 

朝から雨だった。

 

外へ出ることもなく、部屋で過ごしていた。

 

黒兎吉と総季が膝の上に乗ってきたので、そのまま動かずにいた。

 

そして、今に至る。

 

「……これから考えるぴょん」

 

「ほいたら、まだ書けんね」

 

「何か立派なことをした気はするぴょん!」

 

「気がするだけなが?」

 

「隊長の勘は鋭いんだぴょん!」

 

信子は肩を震わせた。

 

「ふふっ……隊長の勘は、日記には書きにくいちや」

 

「信子は厳しいぴょん」

 

「ほんとのことを書きたいだけやき」

 

「だったら、私が今日ずっと座っていることを書けばいいぴょん」

 

「座っちゅうことが、そんなに立派なが?」

 

「もちろんだぴょん!」

 

ウサラートは膝の上を指さした。

 

「黒兎吉と総季を起こさないように、ずっと動かずにいるぴょん。これこそ、日々の鍛錬の成果だぴょん!」

 

信子は二匹を見た。

 

黒兎吉は総季の背中に鼻先を埋め、総季は気持ちよさそうに尻尾を揺らしている。

 

「なるほどねえ。ほいたら、今日は隊長のお膝が大活躍やね」

 

「そうだぴょん!」

 

「でも、足は大丈夫なが?」

 

「何の問題もないぴょん!」

 

ウサラートは即答した。

 

そのとき、右足のつま先に、ほんの少しだけ奇妙な感覚が走った。

 

じん、と。

 

まるで小さな虫が、足の裏を一匹だけ歩いたような感覚。

 

ウサラートの笑顔が、わずかに固まった。

 

「……ぴょん」

 

「どうしたが?」

 

「何でもないぴょん」

 

「そう?」

 

「隊長たるもの、この程度の任務で弱音は吐かないぴょん」

 

信子は不思議そうに首をかしげたが、それ以上は追及しなかった。

 

ただ、ウサラートの耳が先ほどより少し硬く立っていることには、気づいていた。

 

雨脚が、少しだけ強くなった。

 

軒先から落ちる雫は、もはや一つずつ数えられない。

 

庭石の表面を薄い水が流れ、紫陽花の花びらが雨に洗われている。

 

ウサラートは、そっと足を動かそうとした。

 

だが、黒兎吉が膝の上で寝返りを打つ。

 

「……!」

 

ウサラートは動きを止めた。

 

今度は、総季が小さく伸びをする。

 

前脚をぐっと前へ伸ばし、口を開けて、声にならない欠伸をした。

 

「……か、かわいいぴょん」

 

思わず漏れた声は、普段よりもずっと小さかった。

 

総季は片目だけ開け、ウサラートをちらりと見た。

 

そして、安心したように目を閉じる。

 

その仕草を見たウサラートは、決意を新たにした。

 

「……絶対に起こさないぴょん」

 

「隊長、そんなに頑張らんでもえいがよ」

 

信子が言った。

 

「二匹とも、ちっとくらい動いたところで怒らんと思うけど」

 

「駄目だぴょん」

 

「どうして?」

 

「せっかく気持ちよく眠っているんだぴょん」

 

その声は、思いのほか優しかった。

 

信子は筆を止めた。

 

いつもなら、自分の手柄を大げさに語るウサラートが、今は二匹の眠りを守るためだけに、必死になっている。

 

それがおかしくて、少しだけ愛おしかった。

 

「……優しいねえ、隊長は」

 

「なっ……!」

 

ウサラートは耳を跳ね上げた。

 

「べ、別に優しいわけじゃないぴょん!」

 

「そうなが?」

 

「隊長として当然のことをしているだけだぴょん!」

 

「うんうん。そういうことにしちょこうね」

 

「その言い方は納得してないぴょん!」

 

信子は声を抑えて笑った。

 

ウサラートも何か言い返したかったが、その瞬間、足のしびれが一段と強くなった。

 

じんじん。

 

ぴりぴり。

 

先ほどまで小さな虫が一匹だったのに、今度は何十匹も行進を始めたようだった。

 

「……ぴょ、ぴょん」

 

「隊長?」

 

「……何でもないぴょん」

 

ウサラートは笑顔を作った。

 

だが、その笑顔は明らかに引きつっていた。

 

信子はとうとう筆を置いた。

 

「隊長、ほんまに足がしびれちゅうがやない?」

 

「し、しびれてなんかいないぴょん!」

 

「ほいたら、ちっと動いてみいや」

 

「……それはできないぴょん」

 

「どうして?」

 

「任務中だからだぴょん!」

 

信子は、もう笑いをこらえることができなかった。

 

「ふふっ……隊長、意地っ張りやねえ」

 

「意地ではないぴょん! 信念だぴょん!」

 

「はいはい、立派な信念やね」

 

「もっと敬意を払うぴょん!」

 

二人の声が静かな部屋に響く。

 

そのときだった。

 

総季が、もう一度大きく伸びをした。

 

今度は先ほどよりも長く、前脚を突き出す。

 

小さな白い足先が、文机からはみ出していた和紙の端に、ふわりと触れた。

 

「あっ」

 

信子が慌てて手を伸ばした。

 

紙を引き寄せようとした拍子に、袖口が筆の柄に当たる。

 

ころり。

 

筆が、机の上を転がった。

 

「いかん!」

 

信子が声を上げる。

 

筆は硯の縁をかすめ、そのまま畳へ落ちようとしていた。

 

墨をたっぷり含んだ穂先が、黒い弧を描く。

 

その瞬間。

 

「おっと、危ないぴょん!」

 

ウサラートの右手が、風を切るように伸びた。

 

一瞬だった。

 

落下する筆の柄を、指先が見事につかみ取る。

 

墨のついた穂先は、畳に触れる寸前で止まっていた。

 

「……!」

 

信子が目を丸くする。

 

ウサラートは得意げに筆を掲げた。

 

「どうだぴょん! これが隊長の反射神経だぴょん!」

 

「すごい! よう取れたねえ!」

 

「当然だぴょん!」

 

ウサラートは胸を張った。

 

「日頃の鍛錬の成果だぴょん! この程度、朝飯前だぴょん!」

 

「ほんに助かったちや。畳が墨だらけになるところやった」

 

「もっと褒めてもいいぴょん!」

 

「はいはい。立派、立派」

 

信子が笑顔で筆を受け取る。

 

ところが、その直後だった。

 

ウサラートの顔から、すっと血の気が引いた。

 

「……ぴょん?」

 

右足に、強烈なしびれが走ったのである。

 

筆をつかみ取ろうとした拍子に、無意識のうちに体重を移動させてしまったらしい。

 

動かなかった足が突然刺激を受け、しびれが一気に押し寄せてきた。

 

「……っ!」

 

ウサラートの膝が、ぴくりと跳ねた。

 

その小さな振動で、黒兎吉が耳を立てる。

 

総季も、ぱちりと目を開いた。

 

二匹の視線が、そろってウサラートを見上げた。

 

「な、何でもないぴょん……」

 

ウサラートは震える声で答えた。

 

黒兎吉が鼻をひくつかせる。

 

総季は首をかしげた。

 

「隊長?」

 

信子が心配そうに顔を寄せる。

 

「足、しびれちゅうがやろ?」

 

「し、しびれてないぴょん……」

 

「ほんまに?」

 

「ちょっと……足が……元気すぎるだけだぴょん……」

 

「足が元気?」

 

「勝手に……踊りたがってるぴょん……」

 

とうとう信子が吹き出した。

 

「ふふっ……あははっ! 隊長、それはしびれちゅうがよ!」

 

「笑いごとじゃないぴょん!」

 

ウサラートは涙目になりながら抗議した。

 

「今、動いたら大変なことになるぴょん!」

 

「ほいたら、二匹を降ろしてあげようか?」

 

信子が手を伸ばす。

 

しかし、ウサラートは慌てて首を振った。

 

「駄目だぴょん!」

 

「ええ?」

 

「せっかく眠っていたんだぴょん! まだ任務は終わってないぴょん!」

 

「もう起きちゅうけど?」

 

「……ぴょん?」

 

ウサラートが膝を見下ろす。

 

黒兎吉と総季は、二匹そろってこちらを見ていた。

 

そして、総季が小さく鳴いた。

 

「にゃあ」

 

「……起きてるぴょん」

 

「起きちゅうね」

 

「……全部、無駄だったぴょん?」

 

信子は首を横に振った。

 

「無駄やないよ」

 

「……?」

 

「二匹とも、気持ちよさそうに眠れたやろ?」

 

ウサラートは、もう一度膝の上を見た。

 

黒兎吉が鼻先を寄せ、総季がその背中に頬をすり寄せる。

 

二匹とも、実に満足そうだった。

 

ウサラートは少しだけ笑った。

 

「……それなら、任務成功だぴょん」

 

「そうやね」

 

信子は微笑み、そっと二匹を抱き上げた。

 

畳の上に並べて降ろすと、黒兎吉と総季は互いの顔を見合わせ、まるで相談でもしているかのように鼻を寄せ合った。

 

そして、すぐ隣で再び丸くなる。

 

ウサラートはようやく自由になった両脚を、恐る恐る伸ばした。

 

「いっ……!」

 

びりびりとした感覚が、足先から膝まで駆け上がる。

 

「……やっぱり、しびれるぴょん!」

 

信子はまた笑った。

 

「隊長、よう頑張ったねえ」

 

「……もっと早く助けてほしかったぴょん」

 

「自分で任務や言うたんやろ?」

 

「……それは、そうだぴょん」

 

ウサラートは口を尖らせた。

 

けれど、その顔はどこか満足そうだった。

 

しばらくして、ようやく足のしびれが落ち着いた頃。

 

信子は、文机に置いていた和紙を再び手元へ引き寄せた。

 

「さて、続きを書こうかね」

 

「まだ終わってなかったぴょん?」

 

「最後の一行が残っちゅうき」

 

ウサラートの耳が、またぴんと立った。

 

「それなら、今度こそ決まりだぴょん!」

 

「何にするが?」

 

「『筆を救いしウサラート隊長、見事なる反射神経』だぴょん!」

 

信子は楽しそうに笑った。

 

「ほいたら、『ただし足に難あり』とも書き添えとかんといかんね」

 

「後ろのほうはいらないぴょん!」

 

「大事な記録やろ?」

 

「都合の悪いことは記録しなくていいぴょん!」

 

「それは日記やのうて、隊長の自慢話になってしまうちや」

 

「自慢できることは大事だぴょん!」

 

「ふふっ、そうやねえ」

 

信子は筆に墨を含ませた。

 

そして、和紙の上に数文字を書き加える。

 

ウサラートは興味津々で、その手元をのぞき込んだ。

 

「何て書いたぴょん?」

 

「『隊長、二匹の眠りを守る』」

 

「……ぴょん?」

 

「違うた?」

 

ウサラートは少し考えた。

 

筆を助けたことも、足がしびれたことも書かれていない。

 

自分の見事な反射神経も、隊長としての威厳も、どこにもない。

 

なのに、不思議と悪い気はしなかった。

 

「……悪くないぴょん」

 

「そう?」

 

「でも、隊長の偉大さが少し足りないぴょん」

 

「ほいたら、あとで考えようかね」

 

「そうするぴょん!」

 

信子は笑いながら、続きを書こうとした。

 

だが、筆先が和紙に触れる寸前で、また止まった。

 

「……どうしたぴょん?」

 

「ううん。何でもない」

 

信子は庭を見た。

 

雨は、朝からずっと降り続いている。

 

軒先の雫が落ち、紫陽花の葉が揺れる。

 

遠くの山は相変わらず霞み、空の色もほとんど変わっていない。

 

それでも、部屋の中には確かにいろいろなことがあった。

 

黒兎吉と総季の昼寝。

 

ウサラートの大げさな任務。

 

転がった筆と、見事な反射神経。

 

そして、足のしびれに涙目になった隊長の顔。

 

どれも、明日になれば笑い話になるだろう。

 

けれど、今日のこの時間だけは、もう二度と戻ってこない。

 

信子は、和紙の最後に残された余白を見つめた。

 

「……これを書いたらね」

 

「ぴょん?」

 

「今日のことが、終わってしまうような気がするがよ」

 

ウサラートは首をかしげた。

 

「日記を書き終わっても、今日は終わらないぴょん」

 

「そうやけど……」

 

「まだ雨も降ってるぴょん」

 

「うん」

 

「黒兎吉と総季も、また寝てるぴょん」

 

「うん」

 

「それに……」

 

ウサラートは、自分の足をちらりと見た。

 

「まだ、ちょっとしびれてるぴょん」

 

信子は、思わず吹き出した。

 

「ふふっ……あははっ!」

 

「笑うんじゃないぴょん!」

 

「ごめん、ごめん。だって隊長、さっきからそればっかりやき」

 

「大変だったんだぴょん!」

 

「そうやねえ。ほんに大変なお役目やったね」

 

信子は目尻に浮かんだ涙を指先で拭った。

 

その笑い声につられて、ウサラートも小さく笑う。

 

すると、まだ少し残っていたしびれが足に響き、思わず顔をしかめた。

 

「……やっぱり笑うのも大変だぴょん」

 

「ほいたら、もう少し休んじょき」

 

「そうするぴょん」

 

二人は並んで、庭を眺めた。

 

しばらくの間、言葉はなかった。

 

けれど、それは気まずい沈黙ではなかった。

 

何かを話さなければならないわけでもなく、何かをしなければならないわけでもない。

 

ただ、雨が降っている。

 

二匹が眠っている。

 

そして、隣にはいつもの相手がいる。

 

それだけで、十分だった。

 

やがてウサラートが、ぽつりと言った。

 

「……信子」

 

「何?」

 

「最後の一行、無理に書かなくてもいいんじゃないかぴょん?」

 

信子は驚いたように振り向いた。

 

「書かんでも、えいが?」

 

「そうだぴょん」

 

ウサラートは庭の水たまりを指さした。

 

「さっき信子が言ったぴょん。今日の雨は、今日しか降らないって」

 

「うん」

 

「だったら、今日のことを全部書かなくても、いいと思うぴょん」

 

「……どうして?」

 

「だって、今もまだ続いているぴょん」

 

信子は黙ってウサラートを見た。

 

「それに、全部書いてしまったら……」

 

ウサラートは少しだけ考えた。

 

「明日、思い出す楽しみが減るかもしれないぴょん」

 

信子の表情が、ふっと和らいだ。

 

「……そうやね」

 

その言葉は、小さかった。

 

けれど、心の奥に静かに落ちていくような響きがあった。

 

信子は、そっと筆を置いた。

 

最後の一行は、空白のままだ。

 

「ほいたら、今日はここまでにしようかね」

 

「それがいいぴょん!」

 

「でも、隊長の活躍を書き残さんでもえいが?」

 

ウサラートは、少しだけ胸を張った。

 

「私の偉大さは、紙に書かなくても伝わるぴょん!」

 

「誰に?」

 

「……黒兎吉と総季に、だぴょん」

 

信子が笑った。

 

その声に、眠っていた黒兎吉が耳を動かす。

 

総季も小さく尻尾を揺らした。

 

まるで、二匹も話を聞いていたかのようだった。

 

「ほら、分かってるぴょん!」

 

「そうやねえ。ちゃんと伝わっちゅうね」

 

信子は和紙を丁寧に畳み、二匹の手が届かない場所へ置いた。

 

今日という日のすべてを書き残すことは、できない。

 

笑い声も、雨の匂いも、膝の温もりも、文字だけではきっと足りない。

 

だから、最後の一行は空けておく。

 

いつかこの日のことを思い出したとき、その余白に、今日よりも少し温かな言葉が浮かぶかもしれない。

 

庭では、雨が静かに降り続いていた。

 

ウサラートは、そっと二匹の寝顔を見つめる。

 

「……明日も雨だったら、また安眠警護をするぴょん」

 

「また足がしびれるかもしれんよ?」

 

「今度は途中で交代するぴょん!」

 

「誰と?」

 

「……信子と、だぴょん!」

 

「ええ? 私も任務に入るが?」

 

「副長なんだから当然だぴょん!」

 

「ほいたら、明日は二人で頑張らんといかんねえ」

 

「そうだぴょん!」

 

二人の笑い声が、雨音に溶けていった。

 

文机の上には、最後の一行だけを残した日記。

 

畳の上には、寄り添って眠る黒兎吉と総季。

 

そして、縁側には、雨の庭を眺めながら笑い合う二人。

 

何でもない、初夏の一日。

 

けれど、きっと忘れたくない一日。

 

書き残さなかった最後の一行には、今もまだ、雨の音が続いていた。

 

お読みくださり、ありがとうございます。

 

雨の日も、晴れの日も、何気ない時間の中に小さな幸せが見つかりますように。

 

あなたのひと休みにも、穏やかな時間が流れますように。

 

※本作品は、新選組をモチーフにした「風ゆらり」のオリジナル歴史ファンタジーです。

 




【あとがき・設定資料のご案内】
本作のオリジナルキャラクターのビジュアルや詳細な設定資料は、Pixiv・noteにて公開しています。
関連リンクまとめ
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