雨の日の、書き残さない一行   作:風ゆらり ウサラートマート

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そして、二人のそばには黒い兎の黒兎吉と、白猫の総季。

雨の日の縁側でのんびり過ごしたり、些細なことで言い合いになったり、ときには思いがけない騒動に巻き込まれたり。

激動の幕末を背景に、個性豊かな仲間たちが繰り広げる、笑いあり、優しさあり、ちょっぴり切なさもある物語。

一話完結を基本としているので、どのお話からでもお楽しみいただけます。

兎耳隊長と仲間たちの、少し不思議な新選組日和。

※本シリーズは、新選組や歴史上の人物をモチーフにした「風ゆらり」のオリジナル歴史ファンタジーです。史実とは異なる設定や展開が含まれます。


朱色の迷い道

――隊長より先に行く、ふたつの背中――

 

 秋の京には、時として人の足を止める不思議なものがある。

 

 風に揺れる稲穂も、夕暮れの鴨川も、軒先から漂う焼き栗の香りもそうだ。けれど今日、ウサラートたちの足を止めたのは、そんな風情ある景色よりもずっと小さなものだった。

 

 たった一枚の、紅葉である。

 

「こらーっ! 隊長より先に行かないぴょん!」

 

 朱色の鳥居が幾重にも連なる参道に、甲高い声が響き渡った。

 

 声の主は、新選組隊長のウサラート。長い兎耳をぴんと立て、浅葱色の羽織を翻しながら石畳を駆けている。

 

 その少し前を、二匹の小さな影が走っていた。

 

 一匹は、艶やかな黒い毛並みを持つ兎の黒兎吉。

 

 もう一匹は、同じく漆黒の毛並みを持つ猫の総季だ。

 

 二匹とも小さな浅葱色の羽織を背負い、まるで立派な新選組隊士になったつもりで駆けている。もっとも、今の二匹が追いかけているものは、不逞浪士でも怪しい妖怪でもない。

 

 秋風に運ばれて、石畳の上をころころと転がっていく一枚の紅葉だった。

 

「ふふっ。隊長、そんなに慌てんでも、葉っぱは逃げんと思うけんど」

 

 少し後ろから歩いてくるのは、副長の坂本信子である。

 

 風に揺れる青い髪を耳にかけながら、信子は前方の光景を眺めていた。

 

「逃げてるぴょん! 現に、黒兎吉も総季も追いかけてるぴょん!」

 

「そりゃあ、二匹が勝手に遊びゆうだけやろう?」

 

「新選組の隊士が隊長を置いて勝手に先行するなど、由々しき事態だぴょん!」

 

「いつから二匹も正式な隊士になったが?」

 

「今この瞬間からだぴょん!」

 

「ずいぶん気軽に入隊できる新選組やねえ」

 

 信子がくすくすと笑う。

 

 ウサラートは不満そうに頬を膨らませたが、その視線はすぐに二匹の背中へと戻っていった。

 

 総季が紅葉に飛びかかる。

 

 ところが、前脚が触れる寸前、ふわりと風が吹いた。

 

 赤い葉は猫の鼻先をかすめ、そのまま鳥居の向こうへと滑っていく。

 

「にゃっ!」

 

 短く鳴いた総季が、慌てて向きを変えた。

 

 黒兎吉も負けじと後を追う。

 

 二匹の小さな羽織がふわりと膨らみ、背中の白い誠の文字が秋の日差しに浮かび上がった。

 

「見たぴょん、信子! 敵はなかなかの手練れだぴょん!」

 

「敵って、紅葉のことかえ?」

 

「そうだぴょん! 二匹をここまで翻弄するとは、油断ならない相手だぴょん!」

 

「ほいたら、隊長の出番やね」

 

「もちろんだぴょん!」

 

 ウサラートは胸を張った。

 

 そして、腰に差した刀へと手を伸ばしかける。

 

「……隊長?」

 

「ぴょん?」

 

「まさかとは思うけんど、葉っぱ相手に刀を抜くつもりやないろうね?」

 

「そ、そんなわけないぴょん! この程度の相手、素手で十分だぴょん!」

 

「十分も何も、ただの落ち葉やき」

 

 信子は笑いをこらえながら首を振った。

 

 頭上では、朱色の鳥居がどこまでも続いている。

 

 木漏れ日は鳥居の柱を照らし、石畳には細長い影が幾重にも重なっていた。風が吹くたび、乾いた葉がさらさらと音を立てる。

 

 京の町の喧騒から少し離れたこの場所には、まるで時の流れそのものが緩やかになったような静けさがあった。

 

 もっとも、その静けさは一人と二匹によって、すっかり賑やかなものへと変えられていたのだが。

 

 やがて、問題の紅葉が石畳の継ぎ目に引っかかった。

 

 ぴたり、と動きを止める。

 

「……今だぴょん」

 

 ウサラートが低い声で呟いた。

 

 黒兎吉が耳を立てる。

 

 総季は身を低くし、前脚をそろえたまま尻尾をゆらゆらと動かしている。

 

 三つの視線が、ただ一枚の葉っぱに集中した。

 

「よく聞くぴょん。相手は風を巧みに操る強敵だぴょん。ここは隊長である私が――」

 

「隊長、紅葉に聞こえんように作戦を話しゆうが?」

 

「しーっ! 信子、今は静かにするぴょん!」

 

「はいはい」

 

 信子は素直に口を閉じた。

 

 ただし、その口元には笑みが浮かんだままである。

 

 ウサラートは慎重に一歩を踏み出した。

 

 黒兎吉が右から。

 

 総季が左から。

 

 そしてウサラートが正面から。

 

 まるで凶悪な妖怪を包囲するかのように、三者はじりじりと距離を詰めていく。

 

「ふふふ……追い詰めたぴょん」

 

 ウサラートの指先が伸びる。

 

 あと少し。

 

 ほんの一寸。

 

 その瞬間だった。

 

 ひゅうっ!

 

 突然、鳥居の奥から強い風が吹き抜けた。

 

「あっ!」

 

 赤い葉が宙へ舞う。

 

 くるりと一回転し、ウサラートの目の前を横切ると――。

 

 ぽすっ。

 

 そのまま、長い兎耳の根元に引っかかった。

 

「…………ぴょん?」

 

 静寂が訪れた。

 

 総季は目を丸くし、黒兎吉は耳をぴんと立てたまま固まっている。

 

 少し離れた場所では、信子が口元を押さえていた。

 

「……信子?」

 

「……うん?」

 

「どうして笑ってるぴょん?」

 

「いや、その……ふふっ」

 

「何がおかしいぴょん!?」

 

「隊長、頭に……あははっ!」

 

 とうとう信子はこらえきれずに笑い出した。

 

「頭? 頭に何かいるぴょん!?」

 

 ウサラートが慌てて周囲を見回す。

 

 長い兎耳が左右に揺れ、それに合わせて紅葉もかさかさと音を立てた。

 

 その動きが面白いのか、総季は視線を左右に動かし、とうとうウサラートの足元で前脚を持ち上げ始める。

 

「ま、まさか……!」

 

 ウサラートの表情がみるみる険しくなった。

 

「信子! 敵はどこだぴょん!?」

 

「もう捕まっちゅうよ」

 

「誰がぴょん!?」

 

「隊長が」

 

「…………」

 

 一拍。

 

 二拍。

 

 ウサラートはゆっくりと目を閉じた。

 

「……つまり、捕まったのは紅葉ではなく、私の方だったということぴょん?」

 

「そういうことやねえ」

 

「なんという不覚だぴょん……!」

 

 がっくりと肩を落とすウサラート。

 

 その耳元で、赤い紅葉がまた一度、かさりと揺れた。

 

 信子はもう一度笑いかけたが、今度はぐっとこらえた。

 

「ほら、動かんといて。取っちゃるき」

 

 そっと近づき、耳を傷つけないように葉の軸をつまむ。

 

 黒い髪を指で避け、慎重に引き抜くと、紅葉は驚くほど簡単に外れた。

 

 信子の手の中に収まった葉は、陽光に透かすと細かな葉脈まで見えるほど薄かった。

 

 先端が少しだけ欠けている。

 

 風に運ばれ、あちらこちらを旅してきたのだろう。

 

「これ一枚に、ずいぶん振り回されたねえ」

 

「見事な戦いぶりだったぴょん。敵ながら天晴れだぴょん」

 

「相手は何もしちょらんけんどね」

 

「風を味方につけるとは、恐るべき策士だぴょん」

 

「ほいたら、今日は隊長の負けやね」

 

「ま、まだ負けたとは言ってないぴょん!」

 

 信子は笑いながら、参道の端にある苔むした石の隙間へ紅葉を置いた。

 

 総季がすぐさま近寄ってくる。

 

 鼻先を寄せ、くんくんと匂いを確かめ、前脚で一度だけつついた。

 

 紅葉は動かない。

 

 もう一度つつく。

 

 それでも動かない。

 

「……にゃ」

 

 総季はあっさりと興味を失ったように顔を背けた。

 

「さっきまであんなに夢中だったのに、もう飽きたぴょん?」

 

「追いかけゆう間が楽しかったがやろうね」

 

「捕まえた途端に興味をなくすとは……なかなか気まぐれな隊士だぴょん」

 

「猫やきねえ」

 

 一方、黒兎吉はまだ紅葉のそばにいた。

 

 小さな鼻先を動かしながら、葉の匂いを確かめている。

 

 やがて総季が歩き始めると、黒兎吉も顔を上げ、その後をとことこと追いかけていった。

 

 二匹の背中を見送りながら、ウサラートは腕を組んだ。

 

「……よし」

 

「どうしたが?」

 

「今なら文句なしで先頭に立てるぴょん!」

 

「まだ気にしちょったが!?」

 

「当然だぴょん! 隊長の威厳に関わる重要な問題だぴょん!」

 

 そう言うなり、ウサラートは得意げに歩き出した。

 

 黒兎吉を追い越し、総季も追い越し、朱色の鳥居をひとつくぐる。

 

 そして振り返った。

 

「どうだぴょん! これが隊長の――」

 

 しかし、誰もついてきていなかった。

 

「……ぴょん?」

 

 信子は少し後ろでしゃがみ込んでいた。

 

 その膝元には総季がいる。

 

 どうやら走り回っているうちに、小さな羽織が片方の肩からずり落ちてしまったらしい。

 

「ほら、総季。じっとしちょき」

 

「にゃあ」

 

「動いたら直せんやろう?」

 

「にゃ」

 

 信子が羽織を整えようとすると、総季はその指先へ頬をすり寄せた。

 

 甘えるように喉を鳴らし、長い尻尾をゆったりと揺らしている。

 

「もう……甘えるんは後にしとうせ」

 

 そう言いながらも、信子の声は優しかった。

 

 総季の顎を軽く撫で、ずり落ちた布地を肩へ戻してやる。

 

「信子、何してるぴょん?」

 

「見たら分かるやろう? 総季の羽織を直しゆうがよ」

 

「まったく、手のかかる隊士だぴょん」

 

「隊長ほどやないけんどね」

 

「私のどこが手のかかる隊長だぴょん!?」

 

「さっき、頭に葉っぱつけて救援を求めちょったんは誰やったかねえ」

 

「そ、それは戦術的な支援要請だぴょん!」

 

 ウサラートは慌てて言い返した。

 

 だが、信子が困っている様子を見ると、すぐに踵を返す。

 

「仕方ないぴょん。副長の仕事を手伝ってあげるぴょん」

 

「おや、隊長直々に?」

 

「特別だぴょん!」

 

 ウサラートは総季の前にしゃがみ込んだ。

 

「総季、こっちを見るぴょん」

 

「にゃ?」

 

「動いちゃ駄目だぴょん。副長が困ってるぴょん」

 

 差し出された指先に、総季は鼻を近づけた。

 

 くんくんと匂いを嗅ぎ、そのまま額を押しつける。

 

「……ぴょん?」

 

 ウサラートは目を瞬かせた。

 

 総季がもう一度、ぐりぐりと額を擦りつけてくる。

 

「信子、これはどういうことぴょん?」

 

「甘えゆうがよ」

 

「隊長の指示を聞いてないぴょん!」

 

「でも、おかげで動かんようになったき」

 

 信子はその隙に、羽織を手際よく整えた。

 

 布地の皺を伸ばし、背中の誠の文字がまっすぐになるように直す。

 

「はい、できた」

 

「……なるほどぴょん」

 

 ウサラートは少し考え込んだ。

 

「つまり、厳しい命令より、優しい対応の方が効果的な場合もあるということぴょん?」

 

「そういうこともあるやろうね」

 

「ふむ……隊長として覚えておくぴょん」

 

「ふふっ。えい勉強になったねえ」

 

 そのやり取りを、黒兎吉はウサラートの草履のそばでじっと見守っていた。

 

 いつの間に戻ってきたのか、小さな体を丸め、耳だけを周囲へ向けている。

 

 ウサラートが立ち上がると、黒兎吉もすぐに顔を上げた。

 

「お待たせしたぴょん! それでは、出発進行だぴょん!」

 

 ところが、黒兎吉は動かない。

 

「……ぴょん?」

 

 ウサラートが首を傾げる。

 

 黒兎吉はじっとその顔を見上げていた。

 

 まるで何かを待っているようだった。

 

「どうしたぴょん?」

 

 ウサラートが一歩進む。

 

 黒兎吉も一歩進む。

 

 足を止めると、黒兎吉も止まった。

 

「……もしかして」

 

 ウサラートはしゃがみ込んだ。

 

「私を待ってたぴょん?」

 

 黒兎吉の鼻先が、小さく動いた。

 

 もちろん返事はない。

 

 けれど、その黒い瞳はまっすぐウサラートを見上げている。

 

 信子が後ろから声をかけた。

 

「黒兎吉は、隊長と一緒に歩きたいがかもしれんね」

 

「……そうなのかぴょん?」

 

 ウサラートは黒兎吉の頭をそっと撫でた。

 

 長い耳の間を指でなぞると、黒兎吉は気持ちよさそうに目を細める。

 

「……仕方ないぴょん」

 

 少しだけ照れくさそうに、ウサラートは顔を背けた。

 

「今日は特別に、隊長の隣を歩く許可を与えるぴょん!」

 

「おやおや、ずいぶん寛大な隊長やねえ」

 

「特別だぴょん! 本当に特別なんだぴょん!」

 

「はいはい」

 

 信子は穏やかに頷いた。

 

 再び、四つの影が石畳の上を進み始めた。

 

 先頭はウサラート。

 

 その隣には黒兎吉。

 

 少し後ろを総季が歩き、最後尾から信子がゆっくりとついていく。

 

 鳥居をくぐるたび、日差しの色が変わった。

 

 朱色に染まる道。

 

 黒く伸びる柱の影。

 

 遠くから聞こえてくる鳥の声。

 

 そして時折、参道を吹き抜ける乾いた秋風。

 

 ウサラートは歩きながら、ふと後ろを振り返った。

 

「信子、遅れてるぴょん」

 

「そんなに急がんでもえいやろう?」

 

「でも、日が暮れちゃうぴょん」

 

「ほいたら、もう少しだけ秋の景色を楽しんでから帰ろうか」

 

「……秋の景色?」

 

「そう。せっかく綺麗なところに来たがやき」

 

 信子は立ち止まり、鳥居の向こうを見上げた。

 

 夕陽が傾き始めていた。

 

 山の木々は赤や黄色に染まり、鳥居の隙間から差し込む光が、まるで細い金糸のように石畳を照らしている。

 

 ウサラートもつられるように顔を上げた。

 

 いつもなら、こうした景色をゆっくり眺めることは少ない。

 

 隊長としての仕事。

 

 屯所で待つ仲間たち。

 

 次々に起こる面倒事。

 

 何より、自分自身がじっとしていることをあまり得意としていなかった。

 

 けれど今日は、特に急ぐ用事があるわけでもない。

 

 ただ、四人で散歩に出かけただけなのだ。

 

「……綺麗だぴょん」

 

 ぽつりと呟く。

 

「そうやろう?」

 

「うん。朱色の鳥居が、夕陽でさらに赤くなってるぴょん」

 

「ほんまやねえ」

 

 信子は嬉しそうに微笑んだ。

 

 そのとき。

 

 さらさらっ。

 

 足元を、また一枚の紅葉が転がっていった。

 

 今度は少し大きな、鮮やかな朱色の葉だった。

 

「にゃっ!」

 

 総季が素早く反応した。

 

 前脚を浮かせ、今にも飛びかかりそうな姿勢を取る。

 

 黒兎吉もぴんと耳を立てた。

 

 ウサラートがそれに気づく。

 

「……あっ」

 

 総季が一歩踏み出した。

 

 黒兎吉も体を低くする。

 

 また、先ほどの追いかけっこが始まりそうだった。

 

「隊長、今度はどうするが?」

 

 信子が尋ねる。

 

「また追いかける?」

 

 ウサラートは紅葉を見つめた。

 

 風に運ばれた葉っぱは、石畳を軽やかに滑っていく。

 

 ほんの少し前の自分なら、きっと真っ先に走り出していただろう。

 

 隊長が先頭に立たなくてどうする。

 

 そんな理屈をつけて、二匹よりも夢中になって追いかけていたに違いない。

 

 けれど今は。

 

 足元に黒兎吉がいる。

 

 そのすぐ隣に総季がいる。

 

 後ろには、信子がいる。

 

 ウサラートは二匹を見下ろした。

 

「……今日は、もう追いかけなくていいぴょん」

 

「おや、珍しいねえ」

 

「たまには、ゆっくり歩くのも悪くないぴょん」

 

 そう言って、黒兎吉の隣にしゃがみ込んだ。

 

「黒兎吉、総季」

 

 二匹が顔を上げる。

 

「今日は隊長が先頭じゃなくてもいいぴょん」

 

 ウサラートはにっこりと笑った。

 

「みんなで一緒に歩くぴょん」

 

 総季が小さく鳴いた。

 

 黒兎吉は鼻先を動かし、それからウサラートの草履へそっと近づいた。

 

 信子はその光景を見つめ、優しく目を細めた。

 

「……隊長らしいこと、言うようになったねえ」

 

「ぴょん?」

 

「ううん。何でもないがよ」

 

「気になるぴょん!」

 

「ほいたら、ひとつだけ教えちゃろうか」

 

 信子はウサラートの隣に並んだ。

 

「隊長いうがは、誰よりも前を歩く人のことやないと思うがよ」

 

「……ぴょん?」

 

「みんなが安心してついていける人のことやろう?」

 

 ウサラートは黙った。

 

 少しだけ考えて、それから隣の黒兎吉を見下ろす。

 

 小さな黒兎は、もう紅葉を追いかけようとはしていなかった。

 

 総季も、信子の足元へ戻ってきている。

 

 二匹とも、ただ一緒に歩くのを待っていた。

 

「……なるほどぴょん」

 

 ウサラートはゆっくり頷いた。

 

「つまり、私はとっても立派な隊長ということだぴょん!」

 

「そこに戻るが!?」

 

「もちろんだぴょん! だって、みんながついてきてくれてるぴょん!」

 

 胸を張るウサラート。

 

 信子は一瞬きょとんとしたあと、声を上げて笑った。

 

「あははっ! そうやね、そういうことにしちょこう!」

 

「何だぴょん、その言い方は!」

 

「ふふっ。いや、隊長はやっぱり隊長やと思うただけやき」

 

「当然だぴょん!」

 

 ウサラートも笑った。

 

 その笑顔につられたように、総季が小さく鳴く。

 

 黒兎吉は何も言わず、ただ耳をゆっくりと揺らした。

 

 四つの影が、再び動き出す。

 

 先へ出たり。

 

 少し遅れたり。

 

 道端の苔を覗き込んだり。

 

 落ち葉の音に驚いて立ち止まったり。

 

 そのたびに、誰かが後ろを振り返った。

 

 ウサラートが立ち止まれば、黒兎吉も止まる。

 

 総季が寄り道をすれば、信子が待つ。

 

 信子が景色を眺めていれば、ウサラートが振り返って声をかける。

 

「信子ー! 置いていくぴょん!」

 

「さっき、ゆっくり歩く言うたばっかりやろう?」

 

「それとこれとは別だぴょん!」

 

「はいはい。今行くきね」

 

 信子が歩き出す。

 

 それを見たウサラートは、満足そうに頷いた。

 

 朱色の鳥居は、まだまだ先まで続いていた。

 

 どこまで歩けば終わるのか。

 

 次の曲がり角には、どんな景色が待っているのか。

 

 それは、まだ誰にも分からない。

 

 けれど、今はそれでよかった。

 

 道に迷ったとしても、誰かが必ず振り返ってくれる。

 

 誰かが立ち止まれば、みんなで待っていればいい。

 

 夕陽に照らされた石畳の上を、また一枚の紅葉が転がっていった。

 

 総季がちらりと目を向ける。

 

 黒兎吉も耳を動かした。

 

 けれど今度は、どちらも追いかけなかった。

 

 二匹は顔を見合わせたあと、何事もなかったように歩き続ける。

 

 その小さな背中を見つめながら、ウサラートは嬉しそうに笑った。

 

「さあ、みんな! 次の鳥居まで競争だぴょん!」

 

「……隊長?」

 

「ぴょん?」

 

「ゆっくり歩く話はどうなったが?」

 

 ウサラートはしばらく黙った。

 

 そして、にっこりと笑う。

 

「……競歩に変更だぴょん!」

 

「結局、急ぐがやね!」

 

 信子の笑い声が、秋の参道に響いた。

 

 黒兎吉が跳ねる。

 

 総季が駆ける。

 

 ウサラートの長い耳が揺れ、信子の青い髪が風になびいた。

 

 朱色の鳥居の向こうへ、四つの影が伸びていく。

 

 急いだところで、今日の散歩に決まった目的地などない。

 

 寄り道をしたって、誰も困らない。

 

 きっとまた、誰かが立ち止まる。

 

 きっとまた、誰かが振り返る。

 

 そうして四人は、秋の京を歩いていく。

 

 鳥居をひとつ、またひとつ。

 

 その先に続く、長い長い朱色の道を。

 

 今日のところは、まだ帰るには少し早い。

 

 そんなことを、秋風だけが知っていた。

 

――了――

 




【あとがき・設定資料のご案内】
本作のオリジナルキャラクターのビジュアルや詳細な設定資料は、Pixiv・noteにて公開しています。
関連リンクまとめ
https://x.com/kazeyurarinn
https://lit.link/kazeyurari
https://note.com/kazeyurari


ウサラートマート(Usarart Mart)
風ゆらりが手がける、ウサラートとその仲間たちのオリジナルキャラクターブランド。

個性豊かなキャラクターたちが織りなす物語や、LINEスタンプなどを通じて、ちょっと不思議で楽しい世界をお届けします。

企画・制作:風ゆらり(kazeyurari)
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