ケネス・スレッグは、ハーラたちマフティーが想像したよりも、遥かに有能な男であった。
ハサウェイとミクが、クスィーガンダムに乗り込むまでは良かった。しかし、そのあとすぐに、マフティーのモビルスーツ部隊は、敵に包囲されたのである。
「敵は戦艦まで投入してきたの…?」
「なんで、ラー・カイラムがここにいるんだよ」
連邦軍に勝てるビジョンがハーラには、全く浮かばなかった。
「ここは僕に任せて先に行け」
「…ハサウェイ?」
「クスィーガンダムなら大丈夫だ。ケネスの部隊くらいならコイツで片付けられる」
ハサウェイがそう言い切った。敵は、ハサウェイのクスィーガンダムを警戒しているのか、包囲に穴が空いている。
「ハサウェイ、無事に会いましょう」
「ああ」
本来ならハサウェイがクスィーガンダムに乗り込む必要は無かった。しかし、彼の書いたプログラムが、機体制御に必要であり、ハサウェイはガンダムに乗り込んだのだ。
「ハサウェイは、本当に演技が上手だね」
「演技…? 何のことだ?」
ハサウェイは演技をしているわけではない。偽クェスの言葉は、彼にとって意味不明なものだった。
新型機であるクスィーガンダムの制御は、上手くいかなかった。機体トラブルが出現したのである。クスィーガンダムは、ケネス隊に予定通り鹵獲された。マッチポンプである。
「本当のことを知ったら、ハサウェイは壊れちゃうもんね。うん。大丈夫。安心して日常に戻れるよ」
「……?? マフティーはテロリスト集団だろう? 僕はケネス隊の軍属としてマフティーの二重スパイを演じただけだよ」
「そうだね。ハサウェイは、これからケネス大佐の作る研究機関で学術研究をするんだよね。植物の研究も好きなだけ出来るよ」
「ああ。有難いな。ケネス大佐様々だよ」
おそらく、マフティーの仲間がこの場にいれば、これはハサウェイでは無いと叫ぶだろう。ハサウェイは、己の精神を守るためにクェス・パラヤやマフティーの記憶を失ったのだ。偽クェスの洗脳とも言えるが、それは見方次第である。
今のハサウェイ・ノアは、ケネス・スレッグの協力者である。
「ブライト大佐、ハサウェイくんは素晴らしい戦果を持ち帰ってくれた。彼は、私の二重スパイで、マフティーのリーダーを演じていたのです。ミノフスキー・フライトを搭載した謎の新型モビルスーツに、クワック・サルヴァーへの手掛かり。ハサウェイくんは勇敢で、非常に頼もしい若者でした」
ブライト・ノアは、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべている。己の息子がマフティーのリーダーであったのだ。だが、彼の罪はケネス・スレッグにより無かったことになろうとしている。
「ハサウェイ。その、なんだ。全部が終わったら、俺のレストランで働かないか?」
「……父さん、僕は植物の研究がしたいんだ。まだしばらくは、ケネス大佐のところで厄介になるつもりだよ」
「そうか。その、身体には気を付けるんだぞ」
親子の交流は、すごくぎこちない形で終了した。
アデレードの上空には、ラー・カイラム級が3隻展開していた。ラー・カイラム級は戦艦である。主砲のメガ粒子砲が火を吹いた暁には、アデレードは瓦礫の山と化すだろう。非常に強力な暴力である。
ケネスにより見逃されたマフティーの残党が、アデレードで行われる会議を襲撃しようというのだ。これくらいの警備は必要だろう。
「ケネス・スレッグ大佐。そして、ブライト・ノア大佐。私に何か用かな?」
「ああ。俺はクワック・サルヴァーさんの熱烈なファンでね。マフティーを使って政敵を暗殺している紳士にどうしても会いたかったんだ」
クワック・サルヴァーという名に、老人の表情が僅かに曇る。だが、それだけである。動じた気配は無かった。
「何の話か全く分からないな。悪いが私は君たちと違って忙しくてね」
「マフティーの黒幕さんよぉ、俺はアンタを捕まえようとか処刑しようって話をしてるんじゃない。俺がしたいのは、金と権力の話だ。俺に投資しろ。さもなければロンド・ベルに引き渡す。マフティーは、物分りが良くてね。詐欺師を豚箱にぶち込むくらいの証拠を渡してくれたんだ」
老人は、呆れたようにため息を吐いた。
「大佐風情が生意気だぞ。身の程を弁えろ」
「おいおい、簡単な話だぞ。お前の選択肢は3つだ。1つ目、金と権力を俺に寄越す。2つ目、ロンド・ベルに引き渡される。3つ目、俺の傀儡になる。どの選択肢がマシか、それくらいは分かるよな?」
「交渉と言うのは、もっと理知的に行うものだぞ。呆れたものだな。ブライト大佐。君はどう思う?」
「…………ケネス大佐と、同意見です」
ブライトの様子に、老人はあからさまに狼狽した。
「正気か? ケネスは己の権力のために脅迫を行っているのだぞ? ロンド・ベルまでケネスに与すると言うのか? ケネスの目指す先はティターンズの再来だ。軍閥が台頭すれば、連邦政府に秩序は無くなるぞ」
「マフティーを使って政敵を暗殺していた男が言うと、非常に説得力が有るね。含蓄深いお言葉だ」
老人は、歯を食いしばり、ケネスを睨んだ。
「ブライト大佐。君の息子であるハサウェイ・ノアはマフティーのリーダーだった。このことをメディアは黙っていないよ。身の振り方を考え給え。これは忠告なのだが、与する相手を間違えない方が良い」
「ハサウェイくんは、クスィーガンダムを鹵獲し、黒幕であるクワック・サルヴァーへ繋がる情報を齎した優秀な諜報員でしたよ。抗弁は以上ですか? マフティーにより仲間を殺された敵対派閥の方が優しいと良いですね」
「……ジョン・バウアーさん、貴方を重要参考人として逮捕させていただきます」
用済みとなったマフティーの残党は、速やかに掃討された。マフティー動乱は、地球連邦政府内のゴタゴタとして、歴史の教科書の端に小さく書かれる程度の出来事で集結した。
マフティーの起こしたテロは、体勢に影響を及ぼさなかった。また、マフティーを支援し敵対派閥の要人を殺害していたとして、連邦政府の要人が逮捕勾留された。
この勾留された要人たちは、何故か保釈後に自分を逮捕したケネス・スレッグに莫大な支援をしたという。
ケネス・スレッグは、連邦政府の瓦解を早めた人物として有名である。晩年の彼は、
連邦政府は、拡大する星系を管理することはおろか、徴税を行うことすら困難となった。宇宙開拓時代の到来により、人類は新たなフェイズへと進出することとなった。
ケネス・スレッグは、色々と後ろ暗いことをしようと目論んでいたようだ。しかしその都度ブライト・ノアが諌めたため、彼の暗部は歴史に葬られた。
ギギ・アンダルシアは、ケネス・スレッグの正妻として彼の研究を助けたという。彼女は、非常に優れた直感を発揮し、ミノフスキー・ドライブへのドライブスルーを切り拓いた。
ブライト・ノアは、終生にわたりロンド・ベルを率い、連邦政府の秩序の番人であった。しかし、ケネス・スレッグに対しては妙に甘く、彼が非人道的な強化人間の研究をしていると告発された時には、ロンド・ベルを動かさなかった。
彼のレストランを開きたいという夢は、老齢にして叶うこととなった。ブライトのレストランには、彼を慕う退役軍人たちが集まったという。
ハサウェイ・ノアは、研究者としての人生を送った。特に目立った業績を上げることは無かった。そして生涯にわたり独身だった。
クェス・パラヤという人物の痕跡は意図的に消されている。彼女はケネス・スレッグの暗部を担っていたようだ。ケネスのニュータイプや強化人間研究はほとんど歴史の闇に葬られた。
ケネスは何らかの手段を用いて連邦政府の要人を洗脳していたと推測されているが、それが何であったかは特定されていない。識者は、サイコミュに類するものを使用し、洗脳を行ったのではないかと考えている。
子守唄を唄い、子機を飛ばしてくるガンダムはその後も幾つかの戦場で目撃されているが、操縦者、機体共に情報は残されていない。
クェス・パラヤは、肉体を乗り継いで存在し続けている、というオカルトも宇宙世紀の伝説としては有名だ。
ミノフスキー・ドライブの完成は、恒星間航行を可能とした偉大な功績である。
マフティー動乱は、ミノフスキー・ドライブの開発者であるケネス・スレッグが頭角を現すことになった事件であった。