鎮守府、作戦会議室。
普段は艦隊の出撃計画や演習日程について話し合うその部屋に、今日はいつもとは違う緊張感が漂っていた。
正面の大型モニターには、一つの島が映し出されている。
周囲を海に囲まれた小さな無人島。島というよりも、海面から突き出した巨大な岩山と表現した方が正しいだろう。切り立った崖が海岸線の大部分を占め、緑地はほとんど存在しない。一見すれば、人が立ち入ることすら難しそうな場所だった。
しかし、モニターに映し出された写真には、明らかに人工物と思われる施設が存在していた。
岩肌を削って設けられた巨大な搬入口。海岸沿いに配置された砲台。そして、岩山の各所に設置された対空砲群。
さらに別の写真では、深海棲艦たちが次々と物資を運び込む様子まで確認できた。
これらの写真を撮影したのは、つい先日結成されたばかりのマッドアングラー隊である。
「……なるほど。これは思っていた以上ですね」
大淀は写真を眺めながら、険しい表情を浮かべた。
「これほどの施設が建設されていたなんて……。どうして今まで発見できなかったのでしょう?」
「周囲の地形が厄介だったのだよ」
その問いに答えたのは、会議室の中央に立つ男だった。
赤い軍服。金色の装飾。そして、素顔を覆う奇妙な仮面。
いつものようにシャア・アズナブルの格好をした提督である。
彼は腕を組んだままモニターを見つめ、どこか満足そうに口元を緩めていた。
「外洋に面した部分はほぼ断崖絶壁。通常の艦艇では接近が難しく、航空偵察からも岩山が施設を隠してしまう。しかも、主な搬入口は海面近くに設けられているらしい」
提督は操作盤を手に取り、画面を切り替えた。
次に映し出されたのは、岩山の側面に存在する巨大な空洞だった。
その内部へ、深海棲艦が物資を運び込んでいる。
「マッドアングラー隊がこの付近を調査したところ、敵の輸送艦が岩山の内部へ消える様子を確認したそうだ」
大淀は写真を眺めながら頷いた。
「かなり大型ですね。相当な量の物資を運搬できそうです」
「ああ。そして、この木馬が敵の補給線を支えていると考えられる」
「……木馬?」
「うむ」
「提督。これは輸送艦ですよね?」
「そうだとも」
「では、木馬ではありませんよね?」
「しかし、木馬だ」
「…………」
大淀は眉間を押さえた。
「……提督」
「なんだね、ドレン?」
「大淀です。せめて作戦会議中は、正式な名称で呼んでください」
「分かったとも」
「……本当ですね?」
「無論だ」
大淀はほっと息をついた。
提督は再びモニターを指さす。
「では、作戦の説明を続ける。この木馬が――」
「だから木馬じゃありません!!」
「……ドレン、話の腰を折らないでくれたまえ」
「誰のせいですか!?」
提督は小さく咳払いをした。
「とにかく、敵の補給線を断つことが重要だ。」
「……もういいです」
大淀は諦め、ため息をついた。
しかし、提督の説明自体は的確だった。
潜水艦娘たちが持ち帰った情報は、これまで謎に包まれていた敵の活動を明らかにする貴重なものだったのである。
提督は再び画面を切り替えた。
今度は、敵が物資を運び込んでいる写真が大きく表示される。
「ここを見たまえ。確認できるだけでも、弾薬と思われる物資が相当量運び込まれている。燃料設備も拡張されているようだ」
「……確かに、通常の補給拠点としては規模が大きすぎますね」
「そして、こちらが三日前に撮影された写真だ」
続いて、同じ場所を異なる角度から撮影した写真が表示された。
大淀は目を細めた。
「……対空砲が増えていますね」
「そうだ。加えて、沿岸砲台の増設も確認されている。敵はこの島を単なる補給所として利用するだけではなく、周辺海域への進出拠点として整備しているらしい」
提督は画面に映る岩山を指さした。
「恐らく、ここから大規模な侵攻作戦を仕掛けるつもりなのだろう」
会議室に集まった艦娘たちの表情が引き締まった。
敵が大量の物資を集積し、防衛設備を増強している。その意味するところは、誰にでも理解できる。
この拠点が完成すれば、周辺海域における深海棲艦の活動はさらに活発化するだろう。場合によっては、近隣の鎮守府や民間航路にも深刻な影響が及ぶ可能性がある。
「放置するわけにはいきませんね」
大淀が呟いた。
「ああ。敵が本格的な侵攻を開始する前に、この拠点を叩く必要がある」
提督は静かに頷いた。
普段のふざけた態度とは違う、指揮官としての顔だった。
大淀も自然と背筋を伸ばす。
「それで、提督。攻略作戦については、どのようにお考えですか?」
「うむ。既に大まかな作戦は決めてある」
提督が操作盤に触れると、モニターには島の立体図が表示された。
その周囲には、いくつかの矢印が描かれている。
「まず問題になるのは、この島の防衛設備だ。海岸沿いには沿岸砲台が配置され、岩山の上部には対空砲が設置されている。正面から艦隊を接近させれば、相応の被害を覚悟せねばならん」
「そうですね。航空攻撃についても、あの対空砲群が厄介です」
「そのとおりだ。そこで、まずは敵の防衛網を内側から崩す」
提督は一つ目の矢印を指さした。
「第一段階。マッドアングラー隊による水中からの奇襲だ」
「……潜水艦の皆さんですか?」
「ああ。敵の沿岸砲台と対空砲の一部は、岩山の内部に設けられた設備によって稼働していると考えられる。彼女たちには海中から接近し、敵に気づかれぬよう施設へ侵入してもらう」
画面には、島の側面に存在するいくつかの海中洞窟が表示された。
「この空洞は偵察時に確認されたものだ。内部へ通じているかはまだ分からんが、少なくとも調査する価値はある」
「なるほど……」
大淀は頷いた。
海中からの潜入ならば、沿岸砲台の射界を避けることができる。加えて、敵が海上からの攻撃を警戒しているのならば、内部への侵入は意表を突くことにもなるだろう。
「ただし、敵の施設へ侵入できるとしても、その後が問題ですね。潜水艦娘の皆さんだけで砲台を破壊するのは……」
そこまで言いかけて、大淀は言葉を止めた。
あることを思い出したのである。
先日、明石が潜水艦娘たちに装備させていた巨大な金属製の爪。
そして、ザク・マシンガンや火炎放射器。
大淀はゆっくりと提督を見た。
提督は実に満足そうに頷いていた。
「そこで、先日用意した新型武装が役に立つというわけだ」
「アイアン・ネイルによる近接戦闘、ハンド・ミサイルによる重装甲目標への攻撃。そして、施設内部における各種火器の運用……」
「どうした、ドレン?」
「……まさか、最初からこれを想定して?」
「無論だとも」
大淀はしばらく黙り込んだ。
以前、潜水艦娘に地上戦闘用の装備など必要ないと散々怒鳴った記憶がある。
しかし、今まさにその装備が必要となる作戦が立案されている。
しかも、少なくとも理屈の上では成立していた。
「……ぐぬぬ」
大淀は悔しそうに唇を噛んだ。
提督はそんな彼女の反応を楽しむように微笑んでいる。
「どうしたね、ドレン?」
「……何でもありません!」
「戦いとは 常に二手三手先を読んで行うものだ」
「それが言いたいだけでしょう!? それと、まだ実行可能と決まったわけではありませんからね!?」
「分かっているとも。潜入経路が使えなければ無理に進ませるつもりはない」
提督はそう答えると、再びモニターへ向き直った。
「続いて第二段階だ」
画面に、新たな矢印が表示される。
今度は島の上空から延びるものだった。
「マッドアングラー隊が敵の防衛設備を無力化した後、航空部隊による攻撃を開始する」
「……航空部隊?」
大淀は嫌な予感を覚えた。
「まさか……」
「そうだ」
提督は胸を張った。
「ガウ攻撃空母を投入する!」
「やっぱりですか!!」
会議室の隅で、龍驤が嬉しそうに手を挙げた。
「おっ! いよいよウチの出番やな!」
「頼んだぞ、龍驤」
「任せとき! この間も上手いこと飛ばせたしな!」
「……龍驤さん」
大淀が額を押さえる。
「あなた、もう完全に航空機の操縦士になっていませんか?」
「何言うてんねん。ウチは空母やで?」
「ですから空母は飛行機を操縦するものではありません!」
「まあまあ、細かいこと気にせんと」
「細かくありません!!」
しかし、龍驤はけらけらと笑うだけだった。
もはやこの鎮守府では、巨大な航空機を艦娘が操縦するという異常事態すら、日常の一部になりつつあるらしい。
提督は咳払いを一つすると、説明を続けた。
「ガウは島の上空へ進出し、残存する防衛設備に対して爆撃を行う。地上の対空火力を可能な限り制圧し、その後、搭載した艦娘たちを降下させる」
画面には、巨大な航空機から次々と艦娘が降下していくイメージ図が表示された。
提督は満足げに頷くと、岩山の一角を指さした。
「第三段階。降下した艦娘たちは島内へ侵入し、敵の補給施設及び指揮設備を制圧する。最終的には、基地機能そのものを停止させるのが目的だ」
「……つまり、地上戦ということですね」
「ああ。これまでとは異なる戦いになるだろう」
そこで、会議室の後方から元気な声が上がった。
「提督さん! 夕立も行きたいっぽい!」
夕立だった。
どうやら先ほどから話を聞いていたらしく、既にやる気満々の様子である。
「おお、夕立。もちろん君にも期待しているぞ」
「やったー!」
「ちょっと待つクマ!」
その隣で球磨が慌てて声を上げた。
「またあのガウから飛び降りるつもりクマ!?」
「そうっぽい!」
「この間あんなに怖い思いしたばっかりクマ!」
「でも楽しかったっぽい!」
「球磨はちっとも楽しくなかったクマー!」
球磨が必死に訴える横で、夕立は既に空挺作戦の話を始めている。
「それで提督さん! 今度は敵の基地に降りるっぽい?」
「ああ。海上ではなく、敵の拠点を直接攻撃することになる」
「おおー! なんだか本当にモビルスーツみたいっぽい!」
「そうだろう、そうだろう!」
提督は嬉しそうに頷いた。
一方、大淀は腕を組み、改めて作戦図を眺めていた。
潜水艦娘たちによる水中からの奇襲。
防衛設備の無力化。
ガウによる航空爆撃。
そして、艦娘を直接敵拠点へ投入する空挺強襲作戦。
奇抜ではあるが、各部隊の役割は明確だった。
さらに言えば、これまで提督と明石が開発してきた装備の数々も、今回の作戦ではそれなりに合理的な意味を持っている。
認めたくはないが、よく考えられている。
「諸君。この作戦が成功すれば、敵の侵攻計画を大きく遅らせることができる。難しい任務ではあるが、君たちの力ならば成し遂げられると信じている」
その声に応えるように、艦娘たちが次々と頷いた。
夕立は目を輝かせ、球磨はまだ少し不満そうにしながらも表情を引き締める。龍驤も、先ほどまでのふざけた様子とは違い、真剣な顔で作戦図を見つめていた。
大淀はその光景を見ながら、少しだけ安心した。
結局のところ、この鎮守府の艦娘たちは優秀なのだ。
そして、提督もまた。
……ガンダムさえ絡まなければ、もう少しまともなのだろうけれど。
「さて」
提督が静かに口を開いた。
「最後に、諸君に伝えておきたいことがある」
大淀は顔を上げた。
「……何でしょう?」
提督はゆっくりと腕を組んだ。
そして、モニターに映し出された敵基地を見据える。
「ジャブローの基地もろとも、叩き潰してやる」
「…………」
会議室が静まり返った。
大淀は額を押さえた。
「……提督」
「なんだね、ドレン?」
「……今の、言いたかっただけですよね?」
仮面の下で、男の口元がわずかに緩んだ。
「……フフフ」
「やっぱり言いたかっただけじゃないですか!!」
会議室に大淀の怒声が響き渡る。
しかし、今度ばかりは誰も彼女に同調しなかった。
むしろ、夕立が楽しそうに手を挙げる。
「提督さん! 夕立もズゴックみたいに敵を倒したいっぽい!」
「おお! いい心がけだ!」
「ウチはガウの操縦やな! いやあ、腕が鳴るわ!」
「球磨は絶対にあんな鉄球を持っていかないクマ!」
「明石さんに頼めば、新しい装備を用意してくれるっぽい!」
「もう変な装備はいらないクマ!!」
あっという間に騒がしくなる会議室。
大淀はそんな艦娘たちを眺めながら、深いため息をついた。
……駄目だ。
すっかり染まっている。
ほんの数週間前まで、ガンダムの話をするのは提督くらいだったというのに。
今では作戦会議の最中でさえ、艦娘たちがモビルスーツの話で盛り上がっている。
「……はぁ」
大淀は小さく呟いた。
「本当に、どうしてこうなってしまったんでしょう……」
その声に答える者はいなかった。
ただ、赤い仮面の男だけが、実に満足そうに腕を組んでいる。
そして、大淀はふと気づいた。
この男が本当に優秀な指揮官であることは疑いようがない。
今回の作戦も、少なくとも現時点では十分に勝算があるように見える。
だが、どうしても一つだけ気になることがあった。
「……提督」
「なんだね?」
「今回の作戦名は、もう決まっているんですか?」
「無論だとも」
大淀は嫌な予感を覚えた。
提督は堂々と胸を張る。
「ジャブロー攻略作戦だ!」
「そのまんまじゃないですかぁぁぁ!!」
こうして、とある鎮守府による敵中継拠点攻略作戦が、正式に立案されることとなった。
なお、作戦書の表紙に記載された『ジャブロー攻略作戦』という文字は、後に大淀の手によって『敵中継拠点制圧作戦』へと修正されている。