「人生ゲーム、持ってきた」
リョウさんが置いた箱は、私の筆箱より小さかった。
「それに全部入ってるの?」
「リアル人生ゲーム」
「大きさの話してるんだけど」
虹夏ちゃんが蓋を開ける。
カードが入っていた。それ以外には、何もなかった。
「盤は?」
「ない」
「車も?」
「ない」
「お金は?」
「それは私も探した」
喜多さんが箱の底を覗いた。
「カードだけで遊ぶんですね。何を集めたら勝ちなんでしょう」
「土地」
「入ってないものを増やさないで」
フリマでもらった物だという。
裏には『一人ずつ、カードを引いてください』とある。ルールはそれで終わっていた。
「何がリアルなんだろ」
「あの……説明されないまま始まるところ、とか……」
「ぼっちちゃん、ゲームの話だよ?」
今日は練習が早く終わった。開店までは、まだ少しある。
帰ろうと思えば帰れるけれど、皆が机を囲んでいるので私も座っていた。箱の置かれた机へ、少し椅子を寄せた。
「一枚引いてみる?」
「あ、はい」
虹夏ちゃんに差し出された山から、一番上を取る。
『臨時収入』
「お、当たり」
「お金、ないですよね?」
「言ってるだけのゲームなんじゃない?」
私は札を裏返した。
金額も、受け取り場所もなかった。
「……受け取ったつもりに、なるんですかね」
「じゃあ私、ぼっちから借りたつもりになる」
「返したつもりで終わるでしょ、それ」
リョウさんがうなずいたとき、ポケットのスマホが震えた。
母からだった。
『おじいちゃんから、ひとりに五千円届いたよ。あとで電話してね』
「……五千円」
三人が寄ってきた。
「え、本当に?」
「すごい! 今のカードと同じじゃない!」
「ぼっち。さっきの話だけど」
「つもりのままでいて!」
虹夏ちゃんがリョウさんを押し戻した。
私は母のメッセージをもう一度読んで、あとで電話する、と返した。
「おじいちゃんからってことは、前から送ってくれてたんだよね」
「は、はい。でも、今……」
「届いたのは今」
リョウさんが山札を引き寄せた。
「現実のお金なら、私もやる」
「その参加の仕方、リアルだなあ」
次にリョウさんが引いたのは『探し物が見つかる』だった。
「お金を探してる」
「持ってない物は探し物じゃないでしょ」
それでもリョウさんは財布を開けた。
小銭入れを探り、指先で青いピックをつまみ出した。
「あった」
「そっち?」
「これ探してた」
「どうして財布に入れたんですか?」
「なくさないように」
喜多さんが口を開きかけ、閉じた。
私も、なくさないようにしまった物ほど見つからない。
虹夏ちゃんの札は『仕事が増える』だった。
「嫌なのもあるんだ」
「出世かもしれませんよ」
「給料のこと、何にも書いてないんだけど」
直後に店長さんが入ってきて、イベントの案内を束で置いた。
「暇なら、これ折っといて」
「……お姉ちゃん、今の聞いてた?」
「何が?」
「ううん。何でもない」
扉が閉まる。
虹夏ちゃんは札と紙の束を並べた。
「当たったって喜べないやつだ、これ」
「私、手伝います」
「ありがと、喜多ちゃん。リョウも」
「次のカードで減るかもしれない」
「減らなかったら倍ね」
喜多さんは紙を一枚折ってから、『人気者になる』を引いた。
さっき投稿した練習動画に、ちょうどコメントが増えていた。歌がよかった、次のライブに行きたい、髪留めはどこで買ったのか。
「元から人気者じゃん」
「でも、こんなにすぐ返ってくるの、珍しいです」
「一人くらい、紙折りに呼べない?」
「この子、北海道なので……」
「交通費の方が高い」
もう一周することになった。
私の前に戻ってきた山札から、今度は二枚目を抜いた。
『才能を認められる』
「ぼっちちゃん、またいいやつ!」
「私の仕事を半分あげたい」
「ど、どうも……」
「お礼言うところじゃないよ」
喜多さんが「あ」と声を上げた。
「ひとりちゃん。ギターの人、ほかの動画ないんですかって」
「えっ」
「今、コメント来たの。後ろの人の演奏、もっと聴きたいって」
画面を見た。
後ろには私しかいなかった。
もう一回見た。私だった。
「ほ、本当ですね……」
「さっきのフレーズ、ぼっちが変えたところだから」
「そうそう。あそこよかったよね」
「わ、分かる人には、分かるものなんですね……」
言ってしまった。
虹夏ちゃんの紙を折る手が止まった。
「お?」
「い、いえ、その、音が、です。音が分かるというか……」
「うん。音の話しかしてないよ?」
私はカードを二枚、きちんとそろえた。
臨時収入。才能を認められる。
リョウさんの前には、もともと自分のピック。虹夏ちゃんの前には仕事。
このゲーム、相性というものがあるのかもしれない。
「ぼっち、選び方教えて」
リョウさんが言った。
「えっ」
「二枚目がいい?」
「そ、それは……毎回、同じでは……」
「もう熟練者みたいに言うじゃん」
虹夏ちゃんが笑った。
ここで「知りません」と言えば終わる。
三人とも、私の答えを待っている。こういうことは、あまりない。
「……人のいいところを、口にするとか」
三人が私を見た。
「ほら、その、いい言葉を使うと、運も……」
「じゃあ虹夏。今日も髪型がいい」
「そこ褒めるの?」
「安定感がある」
違う。
私ではない。
「あの……誰でもいいわけでは、なくて……」
「条件あるんだ」
「今、運がいい人、とか……その、近くにいる……」
リョウさんの視線が、ゆっくり私へ戻った。
虹夏ちゃんが口元を押さえた。
「なるほどねえ」
「ぼっちはギターがうまい」
「あ、ありがとうございます……」
「じゃあ引く」
早い。
一文で終わってしまった。
でも、もう指がカードにかかっている。
『臨時収入』
「来た」
「同じのも入ってるんだね」
「ほ、ほら……」
「まだ何ももらってないよ、ぼっちちゃん」
リョウさんは待っている。
私はリョウさんのスマホを見た。画面は暗いままだ。
少し待った。まだ暗い。
「……ぼっち」
「は、はい」
「不足?」
「い、いえ、そんな、私が払うものでは……」
スマホが震えた。
リョウさんが取った。
「先月立て替えたスタジオ代、返ってきた」
画面に送金の通知が出ていた。
リョウさんが、それを私たちに見せた。
「ギターがすごくうまい」
「増やした!」
虹夏ちゃんが笑った。
私も笑った。
今のは、引く前よりいい褒め方だった。
「た、たまには、人の言うことを聞いてみるものですね……」
「ぼっちちゃんがそれ言う?」
「結果は出た」
リョウさんが私の側へ椅子を寄せた。
お金はリョウさんに入ったのに、私の勝ちのような気がした。
「いや、ほとんどいい札なんじゃない? 元から」
虹夏ちゃんが残りの山を指さした。
「私のも、仕事が増えるってだけだし。全部広く当てはまりそうなこと書いてあるんだよ」
「では、褒めないで引いてみれば」
リョウさんが言った。
私ではない。
でも、私も少しそう思った。
「引くよ。普通に」
虹夏ちゃんが一枚取った。
『水難』
「急に範囲狭くなった!」
札をこちらへ向けた手が、横の紙コップに当たった。
水が机の端を越えて、虹夏ちゃんの服の前を濡らし、そのまま膝へ落ちた。
「うわっ、冷た!」
椅子を引く音がした。
喜多さんがティッシュを取ろうとして、箱を滑らせた。リョウさんが紙の束を持ち上げる。
私は足を浮かせた。
「ぼっちちゃん、そこ濡れてないから! 雑巾!」
「あ、はい!」
雑巾を持って戻ると、虹夏ちゃんが濡れた服を膝から離していた。
被害の大きさに対して、紙コップは妙に小さかった。
「……広く当てはまりましたね」
「リョウ、それ今言わなくていい」
私は黙っていた。
ここで何か言えば、かなり偉そうになる。
言わなくても、かなり偉そうな顔になってしまった。
「ぼっちちゃん。その顔やめて」
「な、何も言ってません……」
「言ってないから余計に腹立つんだって」
次は喜多さんだった。
自分の前にあったスマホを、水の跡から遠ざける。
「ひとりちゃんは、ギターがとってもうまいです」
「……あ、はい」
「今ので大丈夫?」
「た、多分……」
「じゃあ、私も」
喜多さんが引いた。
『約束を取り消される』
「……え?」
声から、さっきまでの弾みがなくなった。
スマホが震える。
喜多さんは画面を開き、途中で眉を下げた。
「明日、一緒にカフェへ行く子が、行けなくなっちゃったって」
「ほんとに?」
「家の用事ができたみたいで。……あ、別に私が嫌とかじゃなくて」
「そこは疑ってないよ」
虹夏ちゃんが、机を拭く手を止めた。
「でも、褒めたじゃん」
「褒めました」
二人が私を見る。
私は二枚の当たり札を、少し自分の方へ寄せた。
「……同じだったので」
「何が?」
「ギターがうまい、は、さっきも……」
リョウさんがうなずいた。
「使い切りか」
「そんな決まり、今言ったよね?」
「い、いえ、決まりというか、そうなのかなと……」
虹夏ちゃんが箱を持ち上げた。裏を見て、蓋も見る。
私の決まりは、どこにも載っていない。
「これ、もうやめない? 私濡れたし、喜多ちゃんの予定もなくなったし」
「そうですね……。明日までの限定メニューだったから、楽しみにしてたんですけど」
「一人で行けば」
「一緒に選んだり、違うのを少しずつ食べたりしたかったんです」
「二つ頼めば」
「リョウ先輩ならそうすると思います」
喜多さんは笑ったけれど、画面のカフェの写真は閉じた。
虹夏ちゃんが、私の二枚にも手を伸ばす。
「あ、あの。最後に、私も……」
押さえてしまった。
「ぼっちちゃん?」
「一枚だけ……最後に、もう一枚だけ、引かせてもらえれば……」
明日が残念な人と、今濡れている人の前で、もう一回引きたいと言ってしまった。
「ぼっちだけ、まだ負けてないから」
リョウさんが山を押してきた。
虹夏ちゃんは私の手元を見て、息をついた。
「じゃあ、一枚ね。それで片づけよう」
「はい……」
今度はどこから引けばいいだろう。
さっきは二枚目だった。でも、その次はリョウさんが一番上で当てた。
私は迷った末、真ん中から一枚取った。
『大当たり』
「……当たり、です」
「札はね」
虹夏ちゃんが言った。
まだ片づける手は止まらない。
私は自分のスマホを机へ置いた。画面を上にして。
「通知待ち?」
「い、いえ……」
「置き方が待ってるよ」
画面が光った。
私が一番驚いた。
楽器店からのメールだった。
いつもの宣伝なら、今だけはやめてほしい。そう思いながら開いた。
『プレゼントキャンペーンご当選のお知らせ』
「…………」
「ぼっち?」
スマホを持ち上げて、何度か読み直した。
下へ送ると、製品の写真があった。
「え、エフェクター……」
「当たったの?」
「三名様の……」
リョウさんが、私の手ごと画面を引き寄せた。
「これ、いいやつ」
「どれくらい?」
「私なら、しばらく食事を減らす」
「値段で言ってよ」
応募した覚えはあった。
応募してからセールの宣伝ばかり届くので、当たらなくても店のことには詳しくなる企画だった。
当たる方のメールも、本当に届くのか。
「すごい、ひとりちゃん! これもさっき引いた通りじゃない!」
「……はい」
返事が小さくなった。
小さくしないと、変な声が出そうだった。
五千円。演奏へのコメント。エフェクター。
私は、机の上の三枚を並べた。
「なんでぼっちちゃんだけ、そんなに強いの」
「ひ、日頃の……」
「何?」
「……行い、でしょうか」
虹夏ちゃんが、箱に戻しかけた札を置いた。
「私たち、そんな悪いことしてる?」
「私は少し」
「リョウはしてるけど!」
扉が開いて、PAさんがタオルを持ってきてくれた。声が聞こえたらしい。
虹夏ちゃんはスタッフ用のTシャツを借りて、着替えに行った。
私のスマホは、まだ当選メールを映していた。
閉じる理由がなかった。
リョウさんが、片づけられかけた山札を自分の前へ戻した。
「ぼっち。さっきの褒め方、もう使えないの」
「そ、そうですね……多分」
「ギターが、ものすごくうまい」
「……それも、だいたい同じかと……」
「厳しい」
喜多さんが私とリョウさんを交互に見た。
「ひとりちゃんは、何て言われたい?」
運の話ではなくなっていた。
「あ、いや、そういうことでは……」
「だって、重ならない方がいいんでしょう? 先に聞いた方が確実だと思って」
先に聞いてくれるのなら、仕方がない。
「……かわいい、とか」
言ってから、お茶を飲もうとした。
コップは空だった。
「かわいい」
リョウさんが復唱した。
私はコップを傾けたまま、うなずいた。
「どの辺が」
「そ、そこは、考えていただいて……」
「設問なんだ」
戻ってきた虹夏ちゃんが足を止めた。
「何の話?」
「ぼっちをかわいく褒める試験」
「私がいない間に何があったの?」
喜多さんが順番に説明した。
その説明を聞いていると、私が相当変なことを要求しているように思えた。
でも、机には三枚の当たりがある。
虹夏ちゃんは借りたTシャツの裾を引っぱり、机に戻った山札を見た。
「……私も、あれで終わりは嫌だけど。別に、いいのを引きたいだけだからね」
「そのための、かわいい、です……」
「ぼっちちゃん、さっきより声しっかりしてない?」
リョウさんが、私の三枚を指でそろえた。
「その、得意なのを隠せてない顔。かわいいと思う」
口元に力を入れた。
隠せていなかったらしい。
「あ、あの、もう少し……」
「今も」
さらに力を入れた。
「……今ので、大丈夫です」
「通った」
リョウさんが札を引く。
『ごちそうになる』
「お腹は空いてる」
「毎回、現状報告から入るね」
リョウさんは私を見た。
私も見た。
「ぼっち」
「……エフェクターは、食べられません」
「五千円」
「あ、あれは家なので……」
廊下から店長さんの声がした。
「これ、食うか。差し入れ。甘いのばっかで」
小さな焼き菓子の箱だった。
リョウさんが、返事より先に立ち上がった。
「食べます」
「全員でな」
「はい」
箱には四つ入っていた。
リョウさんはチョコレートの焼き菓子を取ろうとして、私の顔を見た。
私はまだ、空のコップを持っていた。
「……ぼっちは、どれがいい?」
指さしたのは、チョコレートだった。
リョウさんの指が静かに横へずれた。
「私、こっちがいいと思ってた」
「さっきチョコ取ろうとしてたよね?」
「思い直した」
リョウさんは焼き菓子を食べ始めた。
その横で、虹夏ちゃんが自分の札を見下ろしている。
仕事。水難。
「……次、私か」
私は空のコップを置き、チョコレートの袋を開けた。
待つ。
虹夏ちゃんは山札を見てから、こちらを見た。
「ねえ、さっきの『私が少しした悪いこと』って、私にお金借りてること入ってる?」
「今、私の番じゃない」
「先にそっちで帳尻合わせたくなっただけ」
虹夏ちゃんが椅子に座り直した。
「ぼっちちゃんは、こんな面倒な注文するくせに、褒めるとすぐ赤くなるところは、かわいいと思うよ」
私は頬を手で押さえた。
「『は』……?」
「そこ、駄目?」
「い、いえ。後半を、もう一度……」
「赤くなるところはかわいい」
「……ありがとうございます」
虹夏ちゃんが、私の横の札を指さす。
「でも、かわいいはリョウが使ったよ?」
「同じじゃないです。顔と、赤くなるところなので……」
「両方顔じゃん」
「受け取り方が違います」
言い切って、チョコレートをひと口かじった。
「本人がいいなら、いいか……」
虹夏ちゃんが一枚取った。
『仕事が減る』
「これ! これでいい!」
紙の束を持ち上げた。消えてはいなかった。
リョウさんが一枚取って、折り始める。
「手伝えば減る」
「それは最初からやってほしい」
PAさんが、扉から顔を出した。
「虹夏ちゃん、ごめん。それ、下の方は配る用じゃなくて予備だった。折らずに置いといていいって」
「えっ、ほんとですか!」
「印刷しすぎたみたいで」
虹夏ちゃんは束を二つに分け、大きい方を机の向こうへ置いた。
残った方を数える。
「……三分の一になった」
「ゼロじゃないんですね……」
「ぼっちちゃん、贅沢言わないの。私はこれでいい」
とても強い声だった。
私はうなずいて、チョコレートを食べた。
「ひとりちゃん、お茶も飲む?」
喜多さんが空のコップを指さした。
「あ、はい。お願いします……」
「私も入れてくるから、ちょっと待ってて」
「私のもお願い」
「虹夏、今はこぼさないでね」
「その話、いつまで続くの?」
喜多さんは三人分のお茶を持って戻ってきた。リョウさんの分はまだ残っていた。
私の前にコップを置いて、そのままスマホを開く。
さっきのカフェの写真だった。
「ひとりちゃん」
「は、はい」
「笑ってみて」
歯を見せた。
「違う、そうじゃなくて。さっきチョコもらったときの顔」
「さ、さっきの……」
「普通に嬉しそうにしてると、かわいいのよ。撮ろうとすると、すぐこうなっちゃうけど」
喜多さんが、私の今の顔をまねした。
虹夏ちゃんが吹き出す。
「喜多ちゃん、似てる」
「こんな顔してますか……?」
「ほら、今の方がいい。力抜いてると、ひとりちゃん、すごくかわいいわよ」
力を抜く。
抜こうとした途端、どこへ入れていたのか分からなくなった。
リョウさんが私の頬を見た。
「褒めるほど固まる」
「べ、別に、嫌というわけでは……」
「分かってるわ」
喜多さんは、自分のスマホを見ていた。
小さく息をついて、伏せる。
「……私も、いいのが出るといいな」
私はうなずいた。
大きく。
「今のは、よかったので……」
「褒めた方まで採点されるんだね」
「伊地知先輩、私、今回はちょっと信じたいです」
喜多さんが山札に手を伸ばした。
『誘いが来る』
「……お店、一緒に行く?」
虹夏ちゃんが言った。
「あ、ありがとうございます。でも明日、先輩バイトですよね」
「そうだった。じゃあ代わりにリョウが」
「私は二つ食べる」
「分ける前提だったのに」
喜多さんが笑ったところで、スマホが震えた。
画面に目を落とす。
「……あ」
もう一度読んで、指を動かす。
「別の子から、明日空いてないかって。さっきの子が、私一人になっちゃったからって訊いてくれたみたい」
「じゃあ、行けるじゃん!」
「はい。でも、この子もあのお店に行きたかったなんて、知らなかった……」
返事を打つ指が速い。
私はお茶を飲みながら、それが終わるのを待った。
喜多さんが顔を上げた。
「ひとりちゃん、ありがとう!」
「い、いえ……」
「連絡してくれた友達にも言いなよ」
「あ、それは今送りました」
喜多さんはまた画面を見て笑った。
リョウさんは菓子を食べている。
虹夏ちゃんの紙は、手で挟める厚さになっていた。
私は何もしていない。
褒めてもらっただけだ。
しかし、何もしていないのにこれなら、何かしたらどうなるのだろう。
「……今のうちに、何かほかにも、お願いしたいことがあれば……」
「ぼっち先生」
リョウさんが言った。
私は、少し顎を上げた。
「はい」
「最後の一枚」
机の真ん中に、一枚だけ残っていた。
「先生、最後までお願いします」
虹夏ちゃんが箱を押してくる。
喜多さんも笑っていた。
「今日はひとりちゃんに教えてもらってばっかりね」
「ま、まあ、皆さんにもちょっとは……」
何を教えたのかは、私もよく分からない。
でも、先生と呼ばれているので、うなずいておいた。
菓子の袋を端へ寄せた。
コップを置いた。
私は、最後の一枚を取った。
『おしまい』
「あ、終わりだ」
虹夏ちゃんが箱の蓋を持った。
「ほらリョウ、残り折るよ。少なくなったんだから、すぐ終わるでしょ」
「もう一回やれば、ゼロになるかも」
「開店するから駄目」
喜多さんが紙コップを集め始めた。
「ひとりちゃん、飲み終わった?」
「あ、はい……」
「じゃあ、こっちも重ねてもらっていい?」
空のコップが、私の前に置かれた。
虹夏ちゃんは『水難』の札まで拾って、箱へしまっている。
「ぼっちちゃんも片づけ。お菓子の袋、先に捨てちゃって」
私はカードを裏返した。
何もなかった。
もう一度、表を見る。
五千円は、本当にもらった。
虹夏ちゃんは水をかぶった。
喜多さんの約束はなくなって、別の誘いが来た。
当選メールも、まだ私のスマホにある。
「……あの」
「ん?」
虹夏ちゃんが、いつもの顔でこちらを見た。
リョウさんは紙を折り、喜多さんは片づけをしていた。
終わった。
それは分かる。
でも、終わったのは、本当にこれだけなのだろうか。
私は、自分が引いた一枚を持ったまま、立てなかった。