BLACK LAGOON ―姉さん、俺はもう大人だ―   作:いっしきさん

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第七話 帳簿にない名前

第七話 帳簿にない名前

 

朝、ヘンゼルは紙を裏返した。

 

描きかけの絵が、机の上から消える。

 

向かいに座ったアレクセイは、その動きを見ても何も言わなかった。

 

窓は少し開いていた。

 

庭で、ナディアが洗濯物を広げている。

 

布を振る音。

 

物干し台の軋む音。

 

昨日と同じ家だった。

 

ただ、今日は机の端に、ボリスの革鞄があった。

 

グレーテルは、その鞄を見ていた。

 

金具。

 

留め具。

 

中に何が入っているのか。

 

ボリスは彼女の視線に気づき、鞄を椅子の横へ下ろした。

 

「昨日の話を、少し聞きたい」

 

アレクセイが言った。

 

ヘンゼルは椅子の背へ身体を預けた。

 

「マルコ?」

 

「ああ。それから、一緒にいる男のことだ」

 

「帳面の人」

 

グレーテルが呟く。

 

その呼び方を口にしたあとで、彼女はヘンゼルを見た。

 

少年が小さくうなずく。

 

アレクセイは、二人が話し始めるまで待った。

 

「いつも、何か書いているの」

 

少女が言った。

 

「仕事の前にも、あとにも。マルコが喋っている間も」

 

「どこで会った?」

 

「いろんなところ」

 

「最近、覚えている場所は」

 

グレーテルは窓へ目を向けた。

 

考えている。

 

ヘンゼルが先に答えた。

 

「魚の匂いがした」

 

ボリスの指が、膝の上で止まった。

 

「海の近くか」

 

少年は肩をすくめた。

 

「海は見えなかった」

 

アレクセイは頷いた。

 

「見えなかったんだな」

 

「中にいたから」

 

ヘンゼルは机の紙を引き寄せた。

 

裏返す。

 

絵は、家のようにも箱のようにも見えた。

 

窓がない。

 

太い線で描かれた四角が、いくつも並んでいる。

 

少年は、その余白へ線を一本引いた。

 

「ここに階段」

 

次に、四角。

 

「上に部屋。下に大きな箱」

 

グレーテルが指を出す。

 

「こっちに、水があった」

 

「水?」

 

「床。濡れてた。いつも」

 

アレクセイは絵を見た。

 

冷蔵倉庫か。

 

製氷施設か。

 

この街に、似た場所はいくらでもある。

 

先に決めつければ、子供たちはその言葉に合わせて答えるかもしれない。

 

彼は尋ね方を変えた。

 

「ほかに、覚えている音は?」

 

ヘンゼルは目を閉じた。

 

「機械」

 

「どんな」

 

少年は、低い音を喉で真似た。

 

一定の振動。

 

ときどき止まる。

 

止まると、別の音が聞こえる。

 

「上を、何かが走る」

 

アレクセイはボリスを見た。

 

軍曹は何も言わなかった。

 

紙に線が増えた。

 

窓のない壁。

 

赤い扉。

 

階段の下に置かれた黄色い箱。

 

ヘンゼルは描き終えると、鉛筆を机へ置いた。

 

「それで、いくら?」

 

アレクセイが顔を上げた。

 

「何の金だ」

 

「これ」

 

少年は絵を指した。

 

「教えた分」

 

グレーテルも、彼を見ていた。

 

昨日の食事とは、違うのだろう。

 

今日は、相手が欲しいことを話した。

 

価値がある。

 

値段をつけられる。

 

二人はそう考えている。

 

アレクセイは絵を手に取らなかった。

 

「金額は決めていない」

 

「じゃあ、何をくれるの?」

 

グレーテルが尋ねた。

 

ボリスは口を挟まなかった。

 

アレクセイは二人を見た。

 

「外へ出る許可や、武器と交換するつもりはない」

 

少女の目が少し細くなる。

 

「何でも駄目なんだ」

 

「昨日も言った。食事や、ここにいることを、情報の代金にはしない」

 

ヘンゼルが紙を自分の方へ引いた。

 

アレクセイは止めなかった。

 

「話すの、やめても?」

 

「ああ」

 

少年は彼の顔を見た。

 

ボリスを見る。

 

軍曹も、何も言わなかった。

 

ヘンゼルは、しばらく紙の端を押さえていた。

 

やがて指を離した。

 

「帳面の人は、マルコを怒らせないよ」

 

小さな声だった。

 

「マルコが怒ってても、笑わない。大きな声も出さない。ただ、書く」

 

グレーテルが続けた。

 

「あとから、マルコが謝るの」

 

アレクセイはゆっくり頷いた。

 

「そうか」

 

彼は紙を指した。

 

「これを、調べる人に見せてもいいか」

 

ヘンゼルは少し迷った。

 

それから、うなずいた。

 

アレクセイが紙を受け取る。

 

裏には、昨日まで描いていた家があった。

 

彼は一度それを見てから、ボリスへ言った。

 

「写しを作って、返す」

 

軍曹が頷いた。

 

グレーテルはその言葉を聞いていた。

 

返す。

 

紙一枚にも、そういう言い方をするのだと思った。

 

*

 

ラグーン商会の事務所では、レヴィが椅子の背を二本だけ床につけ、天井を見ていた。

 

扉が開く音で、顔だけこちらへ向ける。

 

アレクセイとボリスを見ると、片方の眉が上がった。

 

「今度は何だ」

 

「書類を見てもらいたい」

 

「私は読書係じゃねえぞ」

 

「知っている。ロックは?」

 

レヴィが顎で奥を示す。

 

ロックは机に座り、荷物の伝票を分けていた。

 

顔を上げる。

 

「何かあったのか?」

 

アレクセイは封筒を置いた。

 

「双子に仕事を渡していた連中を調べている」

 

レヴィの椅子が、四本の脚で床についた。

 

音が大きかった。

 

ロックも、手を止めた。

 

「保護した子たちの?」

 

「ああ」

 

「本当に引き取ったんだな」

 

アレクセイはロックを見た。

 

「そう聞いていたんだろう」

 

「聞いたけど」

 

「実際にやる馬鹿がいるとは思わなかった、って顔だぜ」

 

レヴィが言った。

 

ロックが振り返る。

 

「そんなことは」

 

「少しは思っただろ」

 

アレクセイは椅子へ座った。

 

「思われる理由はある」

 

レヴィが、彼の右腕を見た。

 

新しい布が巻かれている。

 

それから左手。

 

「両手ふさがりじゃねえか」

 

「書類は読める」

 

「子守もな」

 

「まだ、上手くはない」

 

その返事に、レヴィは少し黙った。

 

開き直るでもなく、立派なことを言うでもない。

 

疲れているのは見れば分かった。

 

彼女は煙草を取り出し、ロックの机を見た。

 

「で、そいつに何を読ませる」

 

ボリスが資料を並べた。

 

車の貸し出し記録。

 

倉庫へ届けられた物資の控え。

 

数社の名前。

 

どれも単独では、珍しいものではない。

 

ロックは最初の紙を取り、次をその横へ置いた。

 

会社名。

 

日付。

 

重量。

 

受取人。

 

しばらくして、彼の指が止まった。

 

「この会社、違う名前になってるけど」

 

アレクセイが身を寄せる。

 

「住所が同じか」

 

「住所は違う。ただ、受取先の書き方が同じなんだ」

 

ロックは別の紙を出した。

 

「こっちは『東側搬入口』。こっちは『赤扉より二階』。会社の住所としては、どちらも不自然だ」

 

アレクセイとボリスが顔を見合わせた。

 

ロックは続ける。

 

「それに、この電話番号。末尾が手書きで直されてる。元の番号が、こっちの控えと同じだ」

 

彼は三枚を並べた。

 

「名義は別でも、受け取る場所か、管理している人間が同じ可能性がある」

 

ボリスが古い地図を広げる。

 

ロックは住所を指した。

 

「ここは、冷蔵倉庫だと思う。以前、ダッチと荷物を運んだことがある」

 

「上に道路は?」

 

アレクセイが尋ねた。

 

「裏が高架になってる」

 

部屋が静かになった。

 

レヴィが煙を吐く。

 

「当たりか」

 

アレクセイは封筒から双子の絵を出した。

 

ロックへ見せる。

 

彼は紙を見た。

 

太い線。

 

赤い扉と書き添えられた印。

 

階段。

 

二階の部屋。

 

ロックの顔から、仕事の書類を見るときとは違う表情が浮かんだ。

 

「これ、あの子たちが?」

 

「ああ」

 

ロックは紙の裏を見かけた。

 

アレクセイが手を添える。

 

「裏は関係ない。写しを使ってくれ」

 

ロックはすぐに紙を戻した。

 

「分かった」

 

レヴィが立ち上がった。

 

「で、誰が行くんだ」

 

「こちらで確認する」

 

ボリスが言った。

 

レヴィは上着を取った。

 

「確認して、違ったら帰る。合ってたら?」

 

アレクセイは彼女を見た。

 

「逃げられる前に、話を聞きたい」

 

「なら、話を聞く係だけじゃ足りねえな」

 

奥の部屋から、ダッチが出てきた。

 

どこまで聞いていたのか、分からない。

 

彼はレヴィを見て、次にボリスを見た。

 

「危険手当は、別だ」

 

ボリスは頷いた。

 

「承知しました」

 

ロックが書類を揃える。

 

「俺も行く。現場に別の伝票があれば、どれを持ち帰るか分かると思う」

 

レヴィが彼を睨んだ。

 

「銃声がしたら?」

 

「下がる」

 

「誰かが倒れたら?」

 

ロックはアレクセイを見た。

 

最初の仕事を思い出したらしい。

 

「まず、自分が隠れる場所を探す」

 

アレクセイは短く頷いた。

 

「覚えていてくれて助かる」

 

レヴィは煙草を灰皿へ押しつけた。

 

「じゃあ、今度は実行しろよ」

 

*

 

倉庫の近くまで来ると、魚の匂いがした。

 

濡れた木。

 

古い氷。

 

排水溝。

 

車の窓を閉めていても、どこかから入り込んでくる。

 

アレクセイは外を見た。

 

高架道路の下に、低い建物が並んでいる。

 

壁は灰色。

 

入口のいくつかには、塗り直された跡がある。

 

車が一台、倉庫の前を離れていった。

 

荷台には木箱。

 

その後ろで、二人の男が急いで別の箱を運んでいる。

 

ボリスが低く言った。

 

「撤収しています」

 

アレクセイは赤い扉を見つけた。

 

塗装が剥がれていた。

 

紙に描かれていたものと、同じ位置にあった。

 

「こちらに気づいたのか?」

 

レヴィが尋ねる。

 

「昨日の時点で、動く理由はある」

 

アレクセイは答えた。

 

「俺たちの車を追ってきた連中が、同じ側ならな」

 

ロックは窓越しに建物を見た。

 

「二階の事務所が開いてる」

 

窓の奥で、人が動いた。

 

紙の束を持っている。

 

別の男が、その紙を受け取る。

 

アレクセイは時計を見た。

 

待っていれば、建物だけが残るかもしれない。

 

だが、急げばいいという話でもなかった。

 

ボリスが外の部下へ短く連絡する。

 

ロックは鞄を抱え直した。

 

レヴィが彼の顔を見る。

 

「お前は最初から前へ出るなよ」

 

「分かってる」

 

「分かってる顔じゃねえ」

 

ロックは一度、深く息を吸った。

 

それから吐く。

 

アレクセイは扉へ手をかけた。

 

「行こう」

 

*

 

最初に気づいたのは、箱を運んでいた男だった。

 

ボリスの姿を見る。

 

顔色が変わる。

 

手に持っていた箱を置いた。

 

乱暴に。

 

中で金属が鳴った。

 

「ベリーニはいるか」

 

ボリスが尋ねた。

 

男は答えなかった。

 

もう一人が、倉庫の奥へ顔を向ける。

 

その動きで、アレクセイは足を止めた。

 

空気が変わった。

 

レヴィも気づいていた。

 

男の手が、腰へ動く。

 

次の瞬間、短い銃声がした。

 

ロックが身を低くする。

 

箱の角が弾けた。

 

アレクセイは扉の脇へ寄った。

 

レヴィの銃が、ほとんど同時に上がる。

 

二発。

 

乾いた音が、倉庫の壁で跳ね返った。

 

男が奥へ転がるように退く。

 

誰かが怒鳴った。

 

荷台の影から、別の銃声。

 

頭上の高架を、重い車が通過した。

 

その轟音と銃声が重なり、一瞬、何がどこから聞こえたのか分からなくなる。

 

アレクセイは、その間にも見ていた。

 

二階の窓。

 

階段。

 

箱の隙間。

 

動くものだけでなく、動かなくなったものも。

 

レヴィが笑う。

 

楽しそうな笑いではない。

 

仕事が面倒になったことを、腹立たしさごと吐き出すような声だった。

 

「歓迎が雑だな!」

 

彼女は身を移し、撃った。

 

派手な動きだった。

 

速い。

 

一つの場所に長く留まらない。

 

アレクセイは対照的に、動きを抑えていた。

 

見えるものを確かめ、必要なときだけ位置を変える。

 

手首の傷が、銃の重さを思い出させた。

 

右腕も、まだ完全ではない。

 

それでも、判断まで鈍らせる理由にはならなかった。

 

奥で男が立ち上がる。

 

手に拳銃。

 

レヴィとは違う方向を見ている。

 

ロックのいる方だった。

 

アレクセイは声を出した。

 

「下がれ!」

 

ロックが動く。

 

男の銃口が上がった。

 

アレクセイが撃つ。

 

男は銃を落とし、積まれた箱の陰へ崩れた。

 

姿が見えなくなる。

 

追わなかった。

 

銃口が消えたことを確かめ、別の場所へ視線を移す。

 

レヴィが一瞬こちらを見た。

 

何も言わない。

 

目だけで、確認が済んだ。

 

二階でガラスが割れた。

 

ボリスが部下へ声をかける。

 

銃声が続く。

 

倉庫の外を走る人々の声が、遠くで混じった。

 

アレクセイは、階段の上に人影を見た。

 

武器は見えない。

 

両手で紙を抱えている。

 

男は下を見て、引き返しかけた。

 

「止まれ」

 

アレクセイが言った。

 

届いたかどうかは分からない。

 

男は紙を投げ出した。

 

白い束が散る。

 

階段に落ち、床へ滑る。

 

その向こうで、小さな炎が見えた。

 

書類を燃やしている。

 

レヴィが舌打ちした。

 

「仕事熱心だねえ!」

 

ボリスが先に動いた。

 

アレクセイはその背を追わず、下に残った。

 

上へ行く人間がいるなら、下を見る人間も要る。

 

レヴィが隣へ来る。

 

壁の向こうから、最後の抵抗のような銃声がした。

 

二人は別々の場所を見た。

 

言葉は少なかった。

 

やがて、奥で金属が落ちる音がした。

 

両手が上がる。

 

一人。

 

その向こうに、もう一人。

 

レヴィは銃を下ろさなかった。

 

「最初からそうしとけよ」

 

銃声が途絶えると、倉庫の音が戻ってきた。

 

冷却機械の振動。

 

水の落ちる音。

 

誰かの荒い呼吸。

 

そして、紙が燃える音。

 

アレクセイはロックを呼んだ。

 

「こっちだ。足元に気をつけろ」

 

ロックが顔を出す。

 

まだ、目が少し強張っている。

 

しかし立ち止まらなかった。

 

鞄を持ち、落ちた紙へ向かう。

 

アレクセイは、その背中が低く保たれていることを確かめた。

 

昨日より、一つ覚えたことがある。

 

この街では、それが嬉しいことなのかどうか、時々分からなくなる。

 

*

 

二階の事務所は、煙で薄く曇っていた。

 

火は小さかった。

 

金属の屑入れの中で、紙が焦げている。

 

部下の一人が消し止めた。

 

床には、引き出しから抜かれた書類。

 

机の上には、開いた鞄。

 

電話の線が引き抜かれていた。

 

ボリスは、椅子へ座らせた男の前に立っていた。

 

四十代ほど。

 

丸い顔。

 

薄くなった髪。

 

上等なシャツだったが、襟には汗がにじんでいた。

 

アレクセイが入ると、男は顔を上げた。

 

その目に、奇妙なものが浮かんだ。

 

安堵に似ていた。

 

相手が小さい。

 

若く見える。

 

話が通じるかもしれない。

 

そう判断したのだろう。

 

「責任者を呼んでくれ」

 

男は言った。

 

アレクセイは机の前に立った。

 

「用件は」

 

「ここで話しても仕方がない。ホテル・モスクワとの問題だろう」

 

レヴィが後ろから入ってきた。

 

男を見て、鼻で笑う。

 

「今、いちばん話しちゃいけねえ言い方をしたな」

 

男の顔が、少し曇った。

 

アレクセイは繰り返した。

 

「用件を聞いている」

 

ボリスが短く説明した。

 

男の名はブルーノ。

 

倉庫の管理と、荷物の受け渡しを任されていた。

 

ベリーニは来ていないと言い張っている。

 

帳面をつける男については、まだ答えていない。

 

ブルーノは早口で言った。

 

「私は管理しているだけだ。ここに何が来て、どこへ行くかを全部知っているわけじゃない」

 

ロックが床の紙を拾い上げた。

 

会社名。

 

受取人。

 

金額。

 

焦げた端を指で押さえる。

 

「管理してるなら、これは読めるな」

 

彼は机へ置いた。

 

ブルーノの目が紙へ落ちる。

 

「立替費用だ」

 

「何の?」

 

「輸送」

 

「誰を運んだ?」

 

男は口を閉じた。

 

ロックは別の紙を重ねた。

 

「こっちは車の修理代。それから、身元を調べる費用。普通の荷物には要らない項目だ」

 

アレクセイは男を見ていた。

 

ブルーノは唇を舐めた。

 

「……子供たちのことなら、話はつけられる」

 

レヴィの表情が消えた。

 

ボリスは動かなかった。

 

アレクセイだけが、わずかに首を傾けた。

 

「どういう話だ」

 

男は、その反応を交渉の余地だと思ったらしい。

 

少し前へ身を乗り出した。

 

「返してもらえればいい。こちらも損をしているが、今回の件は、それで」

 

「誰へ返す」

 

「元のところへ」

 

「どこだ」

 

ブルーノは言葉に詰まった。

 

アレクセイは続けた。

 

「誰が受け取る。誰が金を払った。何をするつもりだ」

 

「細かいことは、私の担当じゃない」

 

「なら、何を収めると言っている」

 

男の額に汗が浮いた。

 

彼はロックを見る。

 

レヴィを見る。

 

誰も助けなかった。

 

「逃げた商品なんだ」

 

ブルーノは言った。

 

「こちらには、こちらの――」

 

椅子が鳴った。

 

男が言葉を止めたのは、レヴィが一歩動いたからだった。

 

だが、アレクセイは手を上げた。

 

制するほど大きな動作ではない。

 

少し待て。

 

それだけだった。

 

レヴィは彼を見た。

 

アレクセイはブルーノから目を離していなかった。

 

「誰から買ったかは聞く」

 

声は静かだった。

 

「誰へ返すかという相談はしない」

 

ブルーノは、初めて彼を正面から見た。

 

顔ではなく、その目を見た。

 

そこに交渉相手を値踏みする少年はいなかった。

 

銃声の中で何を見るべきか知っている男がいた。

 

話を聞き終えたあとに何を決めるか、自分で判断する男がいた。

 

ブルーノは、ゆっくり背を椅子へ戻した。

 

「あなたは……」

 

「アレクセイだ」

 

男の目が変わった。

 

名前を知っていた。

 

それを隠すのが遅れた。

 

アレクセイは、その一瞬を見た。

 

「誰から聞いた」

 

ブルーノは答えなかった。

 

「俺の名前を」

 

ボリスが椅子の後ろへ立った。

 

男の視線が左右へ動く。

 

アレクセイは怒鳴らなかった。

 

机の端へ手を置き、ただ待った。

 

やがてブルーノは、掠れた声で言った。

 

「ベリーニからだ」

 

「何と?」

 

「女の弟が、連れていったと」

 

「それで」

 

「取り戻すか、処分するか。上が決めるまで待てと」

 

レヴィの指が、銃の握りから離れなかった。

 

ロックは手にした書類を、少し強く押さえた。

 

アレクセイは頷いた。

 

一度だけ。

 

「その上が、帳面をつける男か」

 

ブルーノは、目を伏せた。

 

「私は、名前を知らない」

 

「呼び方は?」

 

「会計士」

 

部屋の中が静かになった。

 

下では、機械がまだ動いていた。

 

水が落ちる音も、止まっていなかった。

 

何がここで扱われていたとしても、建物は同じように動き続ける。

 

アレクセイは、そのことが妙に腹立たしかった。

 

*

 

倉庫を出る頃には、空が白く曇っていた。

 

雨は降っていない。

 

ただ、空気が重い。

 

ロックは確保した書類を鞄へ入れた。

 

一部は焦げていたが、読めるものも多かった。

 

取引のすべてが分かるわけではない。

 

それでも、金を受け取った人間と、金を動かした場所には、いくつか線が引けそうだった。

 

レヴィは外で煙草に火をつけた。

 

アレクセイが来ると、彼女は横目で見た。

 

「よく我慢したな」

 

「何を」

 

「商品だって言われたときだよ」

 

アレクセイは手を見た。

 

包帯は汚れていた。

 

血は増えていない。

 

「殴れば、知っていることが増えるわけじゃない」

 

「気分はよくなる」

 

「たぶんな」

 

レヴィは煙を吐いた。

 

「やらねえのか」

 

「今は、聞くことが残っている」

 

彼女は少し笑った。

 

「なるほど。今は、か」

 

アレクセイは答えなかった。

 

ロックが二人のそばへ来た。

 

「話をまとめるのに、少し時間がほしい」

 

「頼む」

 

アレクセイが言う。

 

ロックは鞄を持ち直した。

 

「名前が、ないんだ」

 

二人が彼を見る。

 

「子供たちの名前。ほかの荷物には商品名も数量もある。でも、あの二人のところは、記号と数字だけだ」

 

アレクセイはロックの顔を見た。

 

彼は怒っていた。

 

怒鳴るほどではない。

 

だが、その分だけ、言葉の一つ一つが硬くなっていた。

 

「誰に渡したか。いくらかかったか。どこへ運んだか。そういうものしかない」

 

レヴィが煙草を指で挟んだ。

 

「そういう商売なんだろ」

 

「分かってる」

 

ロックはすぐに返した。

 

「分かったけど、慣れたくはない」

 

レヴィは彼を見た。

 

少しだけ目を細めた。

 

アレクセイは鞄へ視線を落とした。

 

「慣れなくていい」

 

彼は言った。

 

「ただ、読めるところは読んでくれ。次に何をするか決めるために要る」

 

ロックは頷いた。

 

アレクセイは続けた。

 

「その記号が、あの二人の全部だとは思わないでくれ」

 

「思わないよ」

 

返事は早かった。

 

レヴィが煙草を落とし、靴で消した。

 

「じゃあ、車で説教の続きをやるか?」

 

ロックがため息をつく。

 

アレクセイは少し笑った。

 

「できれば、黙って座りたい」

 

「賛成」

 

レヴィが先に歩いた。

 

車へ乗る前、彼女は振り返った。

 

「おい、アリョーシャ」

 

アレクセイが顔を上げる。

 

「さっきの倉庫。無茶はしてねえが、身体が追いついてねえところがある」

 

彼は黙った。

 

「頭でできることと、今の手でできることを、一緒にするなよ」

 

そう言って、彼女は車へ乗り込んだ。

 

アレクセイは右腕を見た。

 

自分でも気づいていた。

 

姉や医者に言われるより、少しだけ素直に受け取れた。

 

銃声の中で見ていた相手の言葉だったからだ。

 

彼は車の扉を開けた。

 

「覚えておく」

 

レヴィはもう、窓の外を見ていた。

 

*

 

バラライカの机には、書類が広がっていた。

 

ロックが読み取った内容。

 

ボリスの報告。

 

ブルーノの供述。

 

それらを並べると、今まで別々に見えていた出来事が、少しずつつながった。

 

サーシャとイワンを呼び出した伝言。

 

双子へ渡された仕事。

 

アレクセイの車を追った者たちへの支払い。

 

名義は変えられていた。

 

受取人も、表向きは別だった。

 

しかし、立て替えた金の戻る先は重なっていた。

 

バラライカは紙へ指を置いた。

 

「同じ財布か」

 

ロックが頷く。

 

「まだ全部は追えていません。ただ、この三件は、同じ口座を経由しています」

 

「会計士」

 

アレクセイが言った。

 

バラライカは弟を見る。

 

「自分では姿を見せず、金だけで人を動かしているつもりらしいな」

 

「ベリーニも、その一人だ」

 

「だが、何も知らないわけではない」

 

彼女は書類を閉じた。

 

「両方を探せ」

 

ボリスが頷く。

 

「承知しました」

 

ロックは少し迷ってから尋ねた。

 

「これは、双子を取り戻すための動きなんでしょうか」

 

バラライカは彼を見た。

 

「それだけとは限らない」

 

「口封じも?」

 

「考えておく必要はある」

 

アレクセイは黙っていた。

 

自分が保護したことで、二人が狙われる可能性が増えたのか。

 

そういう考えは、何度も浮かぶ。

 

だが、返せば安全になる話ではない。

 

安全を約束できる人間が、最初からあちら側にはいない。

 

バラライカは弟へ視線を戻した。

 

「何を背負い込んでいる顔だ」

 

アレクセイが目を上げる。

 

「別に」

 

「お前の頼みだけで動いていると思うな」

 

彼女は紙を指した。

 

「私の部下に手を出し、弟の車を追わせた。勘定は、こちらにもある」

 

部屋が静かになった。

 

ロックは彼女の顔を見ていた。

 

姉としての心配だけではない。

 

組織を率いる者として、見過ごせないことがある。

 

その二つが、今は同じ方向を向いている。

 

バラライカはボリスへ命じた。

 

「家の人員を見直せ。ただし、子供のいる場所を兵舎にするな。出入りする人間は増やしすぎるなよ」

 

「了解しました」

 

「関係する店にも、勝手な接触をするなと伝えろ。金に目がくらむ者が出る」

 

ロックの顔が少し強張った。

 

あの二人へ、値段をつける者がまた現れる。

 

その可能性を、彼女は当然のものとして扱っていた。

 

そして、止めようとしていた。

 

バラライカが弟を見る。

 

「今日の分は終わりだ。帰れ」

 

アレクセイは時計を見た。

 

「まだ、確認が」

 

「軍曹がやる。ロックにも仕事を頼んでいる。お前だけで進める話ではない」

 

「分かった」

 

立ち上がりかけた弟を、彼女が呼び止める。

 

「それと」

 

アレクセイは振り返った。

 

バラライカは机の横から、小さな袋を出した。

 

消毒薬。

 

新しい包帯。

 

医者が用意したものらしかった。

 

弟は袋を受け取った。

 

「怪我は増えていない」

 

「布は汚れている」

 

「あとで替える」

 

「替えてから行け」

 

ロックが、そっと目を伏せた。

 

笑う場面ではない。

 

そう思ったのだろう。

 

しかしレヴィは、遠慮しなかった。

 

「帰宅前の点検かよ」

 

バラライカが彼女を見る。

 

レヴィは肩をすくめた。

 

アレクセイは袋を持ち上げた。

 

「姉さん。俺は――」

 

「三十四だ。聞き飽きた」

 

先に言われた。

 

部屋の端で、ボリスが窓の方へ顔を向けた。

 

アレクセイはしばらく姉を見ていた。

 

やがて、諦めたように椅子へ座り直した。

 

*

 

家へ帰る前に、アレクセイは約束した紙を受け取った。

 

双子の描いた倉庫。

 

裏には家の絵。

 

必要な写しは、すでに作られている。

 

ロックが紙を差し出した。

 

角が折れないよう、別の封筒に入っていた。

 

「返すって言ってたから」

 

「助かる」

 

アレクセイは受け取った。

 

ロックが、少し言いにくそうに口を開いた。

 

「あの子たちに、何て話す?」

 

「何について」

 

「今日のことだよ」

 

アレクセイは封筒を見た。

 

どこまで話すか。

 

誰に会い、何を言われたか。

 

話せば安心することもある。

 

知らない方が眠れることもある。

 

しかし、黙っていれば別の想像が育つ。

 

「戻る前に、決めておくべきだな」

 

彼は言った。

 

「全部は話さない。だが、知っている人間に会ったことは隠さない」

 

「商品だって言われたことも?」

 

アレクセイは首を振った。

 

「俺の口からまで、同じ呼び方を聞かせる必要はない」

 

ロックは頷いた。

 

しばらくして、アレクセイが続けた。

 

「返せと言われたことは、聞かれれば答える」

 

「怖がるかもしれない」

 

「ああ」

 

「それでも?」

 

「答えを決めたのは俺だ。そこは、伝えられる」

 

ロックは彼を見た。

 

少年の顔をした男。

 

腕に傷をつくり、書類を読み、帰宅時間を気にする。

 

最初に会ったとき、自分は保護しようとした。

 

今は、その男が誰かを守るために使う言葉を、一緒に考えている。

 

ロックは少しだけ笑った。

 

アレクセイが眉を上げる。

 

「何だ」

 

「いや。最初に声をかけてよかったと思って」

 

「瓶を開ける人間がいて、俺も助かった」

 

彼はそう答えた。

 

大げさな意味にはしなかった。

 

その方が、ロックには嬉しかった。

 

*

 

家へ戻ると、双子は居間にいた。

 

今日は窓際ではなかった。

 

机に向かい、紙を置いている。

 

ナディアが台所から顔を出した。

 

「お帰りなさい」

 

「戻った」

 

アレクセイは上着を脱いだ。

 

双子が顔を上げる。

 

二人の目が、彼の腕へ動いた。

 

包帯が白くなっている。

 

グレーテルが先に言った。

 

「増えた?」

 

「替えた」

 

彼は左手を少し上げた。

 

「汚れたからだ」

 

少女は左右を見比べた。

 

怪我の数を確認するように。

 

ヘンゼルは封筒を見ていた。

 

アレクセイは机へ置いた。

 

「返す」

 

中から絵を出す。

 

折れていない。

 

焦げてもいない。

 

上から何かを書き足されてもいない。

 

少年は紙を受け取った。

 

表を見る。

 

裏を見る。

 

家の絵も、そのままだった。

 

「使った?」

 

「ああ。場所を探すのに役立った」

 

ヘンゼルは紙へ目を落とした。

 

嬉しそうには見えなかった。

 

グレーテルが、隣から覗き込む。

 

二人は何かを確かめ合った。

 

アレクセイは椅子へ座った。

 

自分から先に話すつもりだった。

 

だが、ヘンゼルの方が早かった。

 

「あの人、いた?」

 

「マルコはいなかった」

 

「帳面の人は?」

 

「その人も」

 

グレーテルが尋ねる。

 

「誰がいたの?」

 

「倉庫を管理している男だ。ブルーノという」

 

少女の顔が変わった。

 

ヘンゼルも、紙を持つ手を止めた。

 

知っている名前だった。

 

「太ってる?」

 

少女が言う。

 

「少し」

 

「指に、輪っか」

 

アレクセイは男の手を思い出した。

 

金色の指輪。

 

書類へ手を伸ばしたとき、光っていた。

 

「あった」

 

双子は黙った。

 

ナディアが、台所の音を少し抑えた。

 

アレクセイは二人を見た。

 

ヘンゼルの肩が固い。

 

グレーテルは、机の下で服をつかんでいる。

 

昨日、帰りを待っていたときとは違う。

 

もっと、知っているものを前にした顔だった。

 

「何か、言ってた?」

 

ヘンゼルが尋ねた。

 

アレクセイは頷いた。

 

「いくつか話した」

 

「僕たちのことも?」

 

「ああ」

 

少年は唇を閉じた。

 

グレーテルが、彼の袖へ触れた。

 

いつもの仕草だった。

 

だが今日は、なかなか離さない。

 

アレクセイは二人の手を見てから、顔へ戻した。

 

ヘンゼルが、ようやく尋ねた。

 

「僕たち、返されるの?」

 

声は静かだった。

 

笑ってはいなかった。

 

アレクセイは、すぐに答えた。

 

「あの連中には渡さない」

 

二人の表情は変わらなかった。

 

言葉が聞こえなかったわけではない。

 

意味を、そのまま受け取れないのだろう。

 

ヘンゼルが聞いた。

 

「いくらって言った?」

 

「金の話は、受けなかった」

 

「でも、話したんでしょう」

 

「話した。返せとも言われた」

 

グレーテルの指が強くなる。

 

アレクセイは続けた。

 

「断った」

 

少女は彼を見た。

 

じっと。

 

彼の顔に、別の答えが隠れていないか探している。

 

ヘンゼルが、紙を机へ置いた。

 

「もっと、教えられる」

 

アレクセイは黙った。

 

少年の言葉が速くなる。

 

「ほかの場所も、知ってる。マルコが行く店も。ブルーノの車も。顔も、もっと覚えてる」

 

グレーテルも頷いた。

 

「今度は、ちゃんと全部話す」

 

アレクセイは右手を机へ置いた。

 

二人へ伸ばしたわけではない。

 

話を止める合図にもしたくなかった。

 

ただ、自分がここに座っていることを、落ち着いた動作で示した。

 

「今日、話してくれたことの報酬じゃない」

 

彼は言った。

 

「預かると決めたときから、あの連中には渡さないつもりだった」

 

ヘンゼルは口を閉じた。

 

グレーテルは、まだ彼を見ている。

 

アレクセイは続けた。

 

「情報が増えたら、ここにいられる。話せなくなったら、追い出される。そういう条件ではない」

 

少女が小さく尋ねた。

 

「役に立たなくても?」

 

「ここへ連れてきたのは、働かせるためじゃない」

 

「失敗しても?」

 

アレクセイは少し間を置いた。

 

何を失敗と呼んでいるのか。

 

彼女には、いくつもの意味があるのだろう。

 

「何かあれば、そのときに止める。話をする。安全のために、できないことが増える場合もある」

 

二人の顔が、わずかに曇った。

 

彼は言葉を濁さなかった。

 

「だが、あの連中へ渡す罰はない」

 

部屋が静かになった。

 

台所の火が、小さく鳴っていた。

 

窓の外を、荷車が通る。

 

いつもと同じ音がする。

 

ヘンゼルは自分の手を見た。

 

小さな手。

 

何をしてきたか、彼自身が知っている手。

 

グレーテルの手が、その上へ重なった。

 

どちらかが笑えば、いつものように戻せたかもしれない。

 

冗談にする。

 

何人殺したかの話をする。

 

相手が顔を変えるのを見る。

 

そうすれば、この静けさを終わらせられる。

 

だが、どちらも笑わなかった。

 

*

 

アレクセイは、答えを待たせるために座っていたのではなかった。

 

二人が何か言うまで動かない、と決めていたわけでもない。

 

ただ、すぐに別の話へ変える気になれなかった。

 

ヘンゼルが、机の紙を裏返した。

 

家の絵が上になる。

 

窓。

 

扉。

 

二つの小さな人影。

 

その横に、描きかけの線があった。

 

何を描こうとしていたのかは、分からない。

 

アレクセイは尋ねなかった。

 

グレーテルが口を開いた。

 

「ブルーノは」

 

そこで、声が止まった。

 

彼女は唇を舐めた。

 

ヘンゼルの手をつかむ。

 

もう一度言おうとする。

 

だが、言葉にならなかった。

 

アレクセイは静かに言った。

 

「今、何をされたか説明しなくていい」

 

少女が顔を上げた。

 

彼は続けた。

 

「話さなければ信じない、ということにはしない」

 

グレーテルの目が、わずかに動いた。

 

涙は出なかった。

 

泣く顔にもならなかった。

 

ただ、今まで用意していた言葉が使えなくなったように、黙った。

 

ヘンゼルが、代わりに聞いた。

 

「戻らなくていいの?」

 

「ああ」

 

「二人とも?」

 

「二人とも」

 

少年は頷かなかった。

 

少女も、何も言わなかった。

 

アレクセイは、二人へ手を伸ばさなかった。

 

抱き寄せれば、安心するとは限らない。

 

触られたくないときに触られることを、また一つ増やしたくはなかった。

 

彼は机の上の封筒を、自分の方へ引いた。

 

二人の絵は、残した。

 

「食事までは、まだ時間がある。庭へ出てもいいし、ここにいてもいい」

 

選べることを、一つだけ置いた。

 

それから、椅子を少し引いた。

 

そのとき、グレーテルが言った。

 

「戻りたくない」

 

小さな声だった。

 

アレクセイは動きを止めた。

 

少女は机を見ていた。

 

ヘンゼルも、同じ紙を見ている。

 

彼は少し遅れて、短く言った。

 

「僕も」

 

アレクセイは二人を見た。

 

その言葉を、嬉しいとは思わなかった。

 

言えるようになってよかった、とすぐに片づけることもできなかった。

 

戻りたくない場所がある。

 

そこへ戻されると思って、今日まで過ごしていた。

 

食事を受け取り、眠る場所を確かめ、窓を見ていた。

 

彼は息を吸った。

 

余計な約束を足さないように。

 

この一つを、軽くしないように。

 

「ああ」

 

アレクセイは答えた。

 

「あの連中のところへは、戻さない」

 

双子は、まだ彼の顔を見なかった。

 

机の下で、互いの手を握っていた。

 

紙の上には、名前も値段も書かれていなかった。

 

二人が描いた家だけが、そこにあった。

 

第七話・了




四コマ版・第3話「最強の監督官」
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