その個性を、ぶち壊す! 〜レベル0と無個性 二人の英雄(ヒーロー)〜 作:まだら模様
続くかは知りません。
にわか知識なのであしからず。
「だから、何度言わせれば分かるんだよ、緑谷!」
放課後の教室に、苛立った声が響いた。
「お前、まだヒーローになれると思ってんのか?」
机の上に広げられていたヒーロー分析ノートが、乱暴に払い落とされる。
床に散らばったページには、歴代のヒーローの戦闘記録や個性の特徴、救助活動の傾向まで、細かな文字で書き込まれていた。
「やめろよ、爆豪」
そう言ったのは、緑谷出久の隣に座っていた少年だった。
上条当麻。
黒いツンツン頭に、どこにでもいそうな学生服。
ただし、彼の右手には、本人にとっても周囲にとっても厄介な秘密があった。
そしてもう一つ、本人が毎日のように嘆いている厄介な体質があった。
とにかく、運が悪いのだ。
「……あ?」
爆豪勝己が、ゆっくりと上条を振り返る。
「お前、何か文句あんのか?」
「いや、文句っていうかさ。ノートを踏むなよ。拾うのも大変だろ」
「うるせえ!」
爆豪の手のひらで、小さな爆発が弾けた。
上条は眉をひそめる。
「おいおい、学校で爆発させるなって。火事になったらどうすんだよ」
「てめぇ……!」
「爆豪君、いいんだ! 僕が悪いんだから!」
出久が慌てて二人の間に割って入った。
爆豪は出久を睨みつけると、床に落ちたノートを踏みつけた。
「無個性のくせに、ヒーローだと? 夢見るのも大概にしろ!」
吐き捨てるように言い残し、爆豪は取り巻きを連れて教室を出ていった。
静寂が戻る。
出久はしばらく床を見つめていたが、やがて小さな息を吐き、散らばったページを拾い始めた。
「……ごめん、上条君。巻き込んじゃって」
「お前が謝ることじゃねえだろ」
上条も椅子から立ち上がり、ノートを拾う。
「はい、これ。破れてはいないみたいだな」
「ありがとう」
受け取った出久は、汚れを払ってからページを揃えた。
上条は、その手元を眺めた。
何度同じことを言われても、出久はヒーローへの憧れを捨てない。
馬鹿にされても、笑われても、ノートを踏みつけられても。
それでも、ヒーローになりたいという気持ちだけは、手放そうとしなかった。
「なあ、緑谷」
「ん?」
「お前、本当にヒーローになりたいんだな」
「……うん」
出久は少しだけ迷ったあと、はっきりと頷いた。
「僕は、個性がなくても誰かを助けられるヒーローになりたいんだ」
「そっか」
上条は、それ以上何も言わなかった。
個性があるのが当たり前の世界で、個性がないというだけで夢まで否定される。
それがどれだけ理不尽なことなのか、上条にも分かる。
上条には幻想殺しがある。
異能を打ち消す右手の力だが、それだけで人を救えるほど便利な能力ではなかった。
面倒事は嫌いだ。
だが、困っている人を見ると、放っておけない。
そのせいで損をしてきた経験は、数えきれない。
「まあ、俺はヒーローとか、そういう立派なもんには向いてないけどな」
「そんなことないと思うよ」
「お前なあ。俺の話を聞いてたか?」
「聞いてたよ。だから、そう思うんだ」
出久は、拾い終えたノートを胸に抱いた。
「上条君は、いつも困っている人を放っておけないから」
「……それが面倒なんだよ」
「でも、僕はすごいと思う」
まっすぐな言葉だった。
上条は、思わず顔を背けた。
「はいはい。そういうのは、ヒーローになってから言ってくれ」
「うん!」
即答する出久を見て、上条は苦笑した。
この少年は、本当に諦めが悪い。
そして、そんな出久の隣にいる自分も、結局は似たようなものなのかもしれなかった。
数日後。
出久と上条は、学校帰りの道を歩いていた。
「それで、今日もヒーローの分析か?」
「うん! 昨日のニュースで、オールマイトが新しい救助技を使っていてね。あれは単純なパワーだけじゃなくて、周囲の被害を抑えるために――」
「お、おう」
出久の話は止まらない。
上条は適当に相槌を打ちながら、道端の自動販売機に目を向けた。
財布の中身を確認する。
小銭が足りない。
ようやく見つけた百円玉を投入口に入れ、ボタンを押す。
ガコン、と落ちてきたのは、買うつもりのなかった缶のおしるこだった。
「不幸だー……」
「え? どうしたの?」
「いや、こっちの話だ」
そんな他愛もない会話をしていた、そのときだった。
前方から、見慣れた姿が飛び込んできた。
「オールマイトだ!」
誰かが叫んだ。
通行人たちが一斉に振り返る。
そこにいたのは、誰もが知る平和の象徴。
オールマイトだった。
人々の歓声を浴びながら、彼は颯爽と歩いていた。
その姿を見た出久の目が、みるみる輝いていく。
「ほ、本物だ……!」
「おい、緑谷。走るなって!」
制止する間もなく、出久は人混みをかき分けてオールマイトへ駆け寄った。
「あ、あのっ!」
オールマイトが足を止める。
「どうした少年?」
「ぼ、僕は……!」
出久は震える手を握りしめた。
ずっと、ずっと聞きたかったこと。
誰にも答えてもらえなかった問い。
「無個性でも、ヒーローになれますか!」
その言葉に、オールマイトの笑顔がわずかに止まった。
周囲の喧騒が、遠くなったように感じられた。
上条は少し離れた場所から、その光景を見つめていた。
出久がどれほど勇気を振り絞って、この質問をしたのか。
上条には分かっていた。
だが、オールマイトはすぐには答えなかった。
そして、わずかに表情を曇らせた。
「……少年」
彼は、慎重に言葉を選んでいた。
「現実は、厳しい」
出久の肩が、ぴくりと震えた。
「ヒーローの活動には、個性が大きく関わってくる。無個性のままでは、どうしても越えられない壁があるんだ」
憧れの本人にそう言われた出久の顔から、みるみる血の気が引いていくのが分かった。
「……そう、ですか」
出久は俯いた。
オールマイトは、何かを言いかけた。
だが、結局その言葉を飲み込んだ。
「すまない、少年」
そう言い残し、オールマイトは人混みの中へと姿を消していった。
出久は、しばらく動かなかった。
上条が隣まで歩いてくる。
「……緑谷」
「うん。大丈夫」
出久は笑おうとした。
けれど、その顔はうまく笑えていなかった。
「現実は厳しいって、分かってたんだ。だから、仕方ないよね」
「……」
「でも、やっぱり、ちょっとだけ……」
言葉が途切れた。
上条は、すぐに慰めの言葉を口にしなかった。
軽々しく「大丈夫だ」と言っていい場面ではないと思ったからだ。
それでも。
「なあ、緑谷」
「……何?」
「お前、さっきの質問をするまで、どれだけ悩んだ?」
出久は目を見開いた。
「……分からない。ずっと、かな」
「だったら、もう答えは出てるんじゃねえの」
「え?」
「お前は、ヒーローになりたいんだろ」
上条は、出久を見た。
「オールマイトに無理だって言われたからって、その気持ちまで嘘になるわけじゃねえだろ」
出久は、何も言わなかった。
「俺はヒーローになれるなんて保証はできない。そもそも、そんな偉そうなことを言える立場でもないしな」
上条は頭を掻いた。
「でも、諦めるかどうかは、お前が決めることだと思うぜ」
出久は、ゆっくりと顔を上げた。
目元はまだ赤かった。
それでも、その瞳から光が消えたわけではなかった。
「……うん」
小さな返事だった。
「ありがとう、上条君」
「礼を言われるようなことはしてねえよ」
上条は歩き出した。
「ほら、帰ろうぜ。腹減った」
「うん!」
出久が後を追う。
その背中を見ながら、上条は思った。
自分は、あいつの夢を叶えてやることなんてできない。
だけど、あいつが夢を追いかけることまで、止める理由もない。
それでいい。
今は、それだけでよかった。
数日後。
街の一角で、事件が起きた。
「誰か、助けてくれ!」
悲鳴が響く。
人だかりの中心では、泥のような個性を持つヴィランが、一人の少年を飲み込もうとしていた。
「くそっ、離せ!」
爆豪勝己だった。
爆豪の腕や顔に、泥状の物体がまとわりついている。
呼吸をすることすら難しいのか、彼は激しくもがいていた。
「爆豪君!」
人混みの向こうで、出久が叫んだ。
その隣にいた上条も、状況を見て顔色を変えた。
「……おいおい、マジかよ」
警察官や周囲の人々が、ヴィランを取り囲んでいる。
だが、誰も迂闊に手を出せなかった。
泥状の身体が爆豪を包み込んでいるため、攻撃すれば少年まで巻き込む危険がある。
ヒーローたちも到着していた。
しかし、相性が悪いのか、決定打を与えられずにいた。
「くそっ……!」
上条は右手を握りしめた。
幻想殺し。
異能を打ち消す、彼の右手の力。
この泥状の身体にどこまで通用するかは分からない。
だが、試さなければ何も変わらない。
「緑谷!」
「う、うん!」
「俺が近づく! お前は周りを見て、何かできそうなことがあったら教えてくれ!」
「分かった!」
上条は駆け出した。
「お、おい! 危険だ!」
誰かの制止が聞こえた。
だが、足は止まらなかった。
泥状のヴィランが、上条の存在に気づく。
「邪魔をするな!」
泥の腕が伸びてきた。
上条は身を屈め、紙一重でかわす。
「うおっ、危ねえ!」
泥が地面を叩き、アスファルトに飛び散った。
上条は踏み込んだ。
その足が、飛び散った泥で、つるりと滑った。
「ふ、不幸だああああ!」
体勢を崩した勢いのまま、右手が泥の塊に叩きつけられる。
その瞬間。
泥の動きが、明らかに乱れた。
「なっ……!?」
ヴィランの身体が、弾かれたように後退する。
上条の手が触れた部分から、泥の形状が崩れ、まとまりを失った。
完全に消滅したわけではない。
しかし、爆豪を拘束していた力が一瞬だけ弱まった。
「今だ、爆豪!」
上条が叫ぶ。
爆豪は、その隙を逃さなかった。
両手を振り上げ、小規模な爆発を起こす。
泥が吹き飛び、爆豪の顔が露わになった。
「ゴホッ、ゲホッ……!」
「かっちゃん!」
出久が駆け寄ろうとした。
「待て、緑谷! まだだ!」
上条の声が飛ぶ。
泥は再び集まり始めていた。
崩れた身体が、地面を這うようにして爆豪へ迫る。
爆豪は呼吸を整えるので精一杯だった。
周囲のヒーローたちも、再び動き出そうとしている。
だが、誰もが一瞬、判断に迷っていた。
その一瞬の迷いの中で、ただ一人だけが動いた。
「かぅちゃん!」
人混みを飛び出してくる、見慣れた緑色の頭。
「おい、緑谷!」
上条が叫ぶ。
出久は止まらなかった。
あいつには個性がない。
戦闘訓練も受けていない。
目の前のヴィランに立ち向かえる力など、持っていないことを、上条は誰よりもよく知っている。
それでも。
助けを求める人間が目の前にいれば、あいつの身体は勝手に動いてしまう。
「やめろおおおっ!」
出久は、泥へ向かって手を伸ばした。
その姿を見た爆豪が、目を見開いた。
「……なんで……」
声が漏れる。
泥の腕が、出久へと伸びた。
その直前。
「だから、無茶すんなって言ってんだろうが!」
上条が、横から飛び込んだ。
泥の腕を右手で受け止める。
幻想殺しが、その部分に作用した。
泥の動きが乱れ、出久へ伸びていた腕が崩れる。
「緑谷! 爆豪を引っ張れ!」
「う、うん!」
出久は爆豪の腕を掴んだ。
上条は右手を泥に押し当てたまま、爆豪を拘束していた部分を崩そうとする。
だが、右手が触れていない泥は、なおも動き続けていた。
泥の一部が上条の腕に絡みつき、身体を引きずろうとする。
「ぐっ……!」
上条は歯を食いしばった。
右手で触れ続けなければ、泥の動きを乱すことはできない。
そのうえ、別の場所から襲われれば、対応が遅れる。
「上条君、右側!」
出久の声が飛んだ。
上条は反射的に身体を捻る。
泥の塊が、頭のあった場所を通り過ぎた。
「サンキュー!」
出久は爆豪の身体を引きずり、泥から遠ざける。
だが、完全に引き離すには、あと少し足りなかった。
そのとき。
「少年たち、よく頑張った!」
空気を震わせる声が響いた。
次の瞬間、巨大な拳がヴィランを吹き飛ばした。
圧倒的な風圧。
道路に舞い上がる砂埃。
そして、誰もが知る、あの姿。
「オールマイト……!」
平和の象徴が、そこに立っていた。
ヴィランは一瞬で制圧され、泥の身体が周囲へ散った。
上条はその場に膝をついた。
「はあっ……はあっ……」
右腕が重い。
身体のあちこちが痛む。
それでも、目の前の爆豪が無事なのを確認すると、ようやく息を吐いた。
「……間に合ったか」
隣では、出久が爆豪の身体を支えていた。
「かぅちゃん、大丈夫!?」
「うるせえ……!」
爆豪は荒い呼吸を繰り返しながら、出久を睨みつけた。
だが、その目には、いつものような余裕はなかった。
出久は、ただ必死な顔をしていた。
その顔には、「助けられてよかった」と、それだけが書いてあった。
爆豪は、泥まみれの制服を払いながら、上条へと視線を向けた。
「……お前、何なんだよ」
「は?」
「なんで、俺を助けた」
上条は、泥で汚れた右手を見た。
「いや、見てたら放っておけなかっただけだろ」
「……は?」
「だから、面倒だったけど放っておけなかったって言ってんだよ」
「てめぇ……!」
爆豪は何かを言い返そうとした。
いつもなら、すぐに罵声が飛び出していたはずだった。
だが、目の前にいる上条は、自分を見下すためでも、馬鹿にするためでもなく、ただ助けるために危険を冒したのだ。
爆豪には、それをどう受け止めればいいのか分からなかった。
結局、反論の言葉は出てこなかった。
爆豪は乱暴に顔を背けた。
ヴィランが拘束され、現場が落ち着きを取り戻した頃。
オールマイトは、三人の少年を見つめていた。
数日前、街中で出久から「無個性でもヒーローになれるか」と問われたとき、オールマイトは十分な答えを返せなかった。
そして今、その少年が再び、目の前で人を救おうとしていた。
「君たち」
オールマイトが声をかける。
出久と上条が振り返った。
「先ほどの行動、見事だった」
「い、いえ! そんな、僕は……!」
「いや、謙遜する必要はない」
オールマイトは、出久の肩に手を置いた。
「緑谷少年。君は、自分に何ができるか分からない状況でも、助けを求める人間を見捨てなかった」
出久は俯いた。
「……考えるより先に、身体が動いてしまって」
「そうか」
オールマイトは、静かに頷いた。
それから、上条へと視線を移す。
「そして、上条少年」
「……俺ですか?」
「君は、まず自分にできることを試した。自分の力が通用する保証などなかったはずだ。それでも状況を変えようとし、緑谷少年が危険にさらされたときには、迷わず助けに入った」
「まあ……あいつ、無茶するんで」
「自分も十分に無茶をしていたようだが?」
「……それは、まあ」
上条は気まずそうに頬を掻いた。
オールマイトは、思わず笑みを浮かべた。
「二人とも、よく覚えておいてほしい。ヒーローに必要なのは、力の強さだけではないということを」
上条は、何も答えなかった。
自分の右手が役に立ったことは、確かに嬉しい。
だが、あの場で自分にできたのは、ほんの一瞬、泥の動きを乱すことだけだった。
もし緑谷が状況を見て声をかけてくれなければ。
もしオールマイトが駆けつけてくれなければ。
救えなかった可能性だってある。
自分の力だけで何でもできるわけではない。
そんなことは、上条自身が一番よく分かっていた。
「ところで上条少年。君のその右手だが」
「……右手?」
「あのヴィランの泥は、君が触れた部分だけ、個性の作用が乱れていたように見えた」
「ああ……まあ、そうっすね。右手で触ると、異能なら何でも打ち消せるらしくて」
上条は、自分の右手を見下ろした。
「そのせいで、幸運まで打ち消してるんじゃないかって、わりと本気で疑ってますけど」
「はっはっは! それは大変だ!」
オールマイトは笑い、それから静かに続けた。
「だが、君はその右手で、確かに一人の少年を救った」
上条は、何も答えなかった。
「緑谷少年、上条少年」
オールマイトは、二人を見つめた。
「少し、話をしないか」
出久と上条は、顔を見合わせた。
上条は、赤く染まり始めた空を仰いだ。
「……不幸だー」
小さな呟きは、誰の耳にも届かなかった。
夕暮れの街に、二人の影が長く伸びていた。
まだ、二人は知らない。
この出会いが、彼らをどんな道へ導くのかを。
ただ、目の前で誰かが困っていたら、二人はきっと、また手を伸ばす。
それが、緑谷出久という少年の在り方であり。
上条当麻という少年の、どうしようもない性分だった。
オールマイトの言葉が、上条の胸に小さく引っかかった。
人目のない路地裏へと誘導されながら、上条は右手をそっと握りしめた。
憧れのヒーローが秘める「真実」と、自分の右手が持つ異質さ。
打ち明けられる秘密は、二人の少年を誰も知らない過酷な道へと引きずり込んでいく。
上条当麻の扱いが難しい…
ここまで読んでくださってありがとうございます。
楽しんでいただけたら、今の時点での率直な評価をいただけると嬉しいです。続きを書く大きな励みになります。
「もう一作品、『緑谷出久は未来を予習しているだけなのに、全員に策士だと思われている』も投稿しています。そちらもよろしくです」と一行入れる