マダラとの戦いでガイ先生の代わりにリーが死門を開きます。
ロックリーの青春フルパワー忍伝をイメージしました。
ノリで作っちまったェ....
絶望という言葉すら生ぬるい空間が、そこには広がっていた。
天を衝く神樹の威容。空に浮かび、神の如き冷酷な光を六道輪廻の瞳に宿す男――うちはマダラ。
十尾の人柱力となり、六道の力を完全に掌握した彼の前では、影の名を冠する五影も、穢土転生された歴代の火影たちすらも、文字通り赤子のように打ち払われていた。
大地には無数の亀裂が走り、吹き荒れる風には血と砂塵の臭いが混じる。
「……ここまでか」
はたけカカシが、残された左目を細めて呻いた。神威も届かず、あらゆる忍術の理は悉く虚無へと還される。ナルトもサスケも瀕死の淵から戻らず、戦場に残された者たちに抗う術は残されていないように見えた。
だが――ただ一人、瞳の猛火を消していない男がいた。
「いや……まだだ。木ノ葉の碧き猛獣は、まだ牙を折っちゃあいない!」
マイト・ガイ。
全身から噴き出す青い汗――第七『驚門』の蒸気が、バチバチと大気を震わせる。しかし、それすらも六道マダラにとっては羽虫の羽ばたきに過ぎないことは明白だった。
ガイは覚悟を固め、静かに胸の前で右手の親指を立てた。
心臓の経絡、生命の最終関門――第八『死門』。
「カカシ、お前と競い合ってきた日々……悪くなかったぜ。いまこそ己のルールを死守する時! 我が青春の最高潮、紅蓮の炎となって燃え尽きるッ!!」
ガイの親指が、己の胸元へと突き刺さらんとしたその刹那――
**ズザザザザザザザザッッッ!!!**
けたたましい地響きと共に、猛烈な砂煙を巻き上げて何者かが地を這うように突っ込んできた。
「どっこいしょオオオオオオオオッッッ!!」
「ぶべッ!?」
完璧な間合い、完璧な低空姿勢による強烈無比なスライディングが、まさに死門を突こうとしていたガイの軸足を容赦なく刈り取った。
天を仰ぎ、綺麗な弧を描いて宙を舞うガイ。
「な、何事だァァッ!?」
晴れゆく砂煙の奥から現れたのは、見慣れすぎた緑の全身タイツと、あまりにも濃密な二本のゲジ眉。
キラーン!と白い歯を輝かせ、親指をビシッと立てて転がるガイを見下ろす少年。
ロック・リーである。
「ガイ先生! 抜け駆けはいけません!!」
「リ、リー……!? お前、何をし……いや、見事な刈り足だが、今はそんな場合じゃあ――」
「いいえ、大いにそんな場合です!」
リーは両拳を固く握りしめ、血走った眼力で熱弁を振るい始めた。飛沫がガイの顔面に容赦なく降り注ぐ。
「先生はいつも教えてくださいました!『青春とは爆発であり、真の恩返しとは師を超えることだ』と! ここで先生が先に散ってしまわれたら、ボクがこれまで積み重ねてきたスクワット三万回、逆立ち腕立て五万回、逆立ち里一周十万回の青春は、一体どこへぶつければいいのですかァッ!?」
「バカ野郎、命がかかってるんだぞリー! 死門は開けば確実に死ぬ! お前にはまだ未来が――」
「未来なら今ここにあります! 見てください、あのマダラという男の退屈そうなツラを!」
リーがビシッと指差した先。
宙に浮かぶうちはマダラは、腕を組みながら、この世の森羅万象を憐れむような――否、茶番劇を無理やり見せられているような、底知れず険のある眼差しで二人を見下ろしていた。
「……おい」
マダラが低く、戦場全体を圧する声で口を開いた。
「誰だ、貴様は」
六道の力を得て世界の理を俯瞰したはずのマダラであったが、目の前で繰り広げられる暑苦しい師弟の応酬の意味だけは、輪廻眼をもってしてもまるで解読できなかった。
「木ノ葉の美しき碧き野獣、ロック・リーです!!」
リーは胸を張り、マダラに向かって堂々と名乗りを上げた。
「……碧いのはその安物タイツだけか。野獣というよりは、眉の主張が激しいだけの童だな」
マダラは心底退屈そうに息を吐き、黒き求道玉を指先に浮かべた。
「神の領域に至ったオレの前に、羽虫が一匹増えたところで何が変わる。死に急ぐというなら、師弟まとめて灰にしてやろう――」
「いいえ! 散るのはボク一人で十分です!」
リーは振り返り、地面に転がったままのガイに満面の笑顔を向けた。
「ガイ先生。見ていてください。ボクの……ボクだけの、最高潮の青春を!!」
「ま、待てリー! やめろ!」
カカシも叫ぶ。
「死門の解放は不可逆だ! チャクラ穴が焼き切れ、内側から燃え尽きるんだぞ!」
だが、その制止は届かない。
リーの親指が、迷いなく己の胸骨中央――心臓の深奥にある『死門』へと、力任せに突き刺さった。
「第八死門――開ッッッ!!!!」
**ドクン――ッ!!**
戦場に居合わせたすべての忍の心臓が、跳ね上がったかのような重低音が大気を揺らした。
次の瞬間、リーの毛穴から噴き出したのは、青い汗などではなかった。
血液が極限の熱量で気化し、紅蓮の炎となって立ち昇る――真なる死の蒸気。
だが、何かが決定的に異質だった。
ボォォォォォォォッ!!!と立ち上る赤い血煙。
本来であれば、鬼気迫る神聖にして凄惨な光景のはずであった。
しかし、リーの異常な昂ぶりと血圧上昇のせいか、立ち上る血の蒸気はひとりでにねじ曲がり、天に向かって「燃え盛る二本の極太ゲジ眉」の形状をとってメラメラと威嚇するように脈打っていたのである。
「ぬおおおおおおおおおおっっっ!! 血沸き肉躍るとはこのことですガイ先生ェェェェッッ!!」
赤い蒸気を撒き散らしながら、リーの肌は浅黒く変色し、全身の血管が浮き上がる。
だが、その表情は死を覚悟した戦士の悲壮感など微塵もなく、朝一番の稽古に駆け込んできた少年の爛漫さそのものであった。
マダラが、無意識に空中でわずかに間合いを取った。
「……な、なんだあの構えは。それにあの蒸気……禍々しいというより、ひたすらに鬱陶しいぞ……?」
絶対強者たるうちはマダラの頬に、一筋の冷や汗が伝う。
神話の戦場が、一人のゲジ眉によって急速に調子を狂わせ始めていた。
天に向かって立ち昇る紅蓮のオーラは、リーの胸の昂ぶりに応じて脈動し、夜空を焦がす二本の巨大なゲジ眉となって激しく蠢く。
その余りの異様さに、戦場を包んでいた終末の重圧はどこかへ霧散し、ただただ言いようのない気まずさだけが荒野を埋め尽くしていた。
そこへ――。
「うおおおおおっ! 間に合ったってばよ!」
六道仙人の力を授かり、生死の境から奇跡の生還を果たしたうずまきナルトが、猛烈な勢いで地面を滑り込んできた。
続いて空間が歪み、六道陰の瞳力を宿したうちはサスケが音もなく着地する。忍界の命運を背負う二人の主人公が、ついに決戦の地へ揃い踏みしたのだ。
……だが、二人の口から出たのは、決意に満ちた名乗りではなかった。
「な、なんだってばよアレはァァァァッ!?」
ナルトが開口一番に指差した先では、真っ赤な炎の眉毛が夜空に向かって仁王立ちしていた。
「ナルト、無事だったか!」
カカシが駆け寄るが、ナルトの目は完全に点になっていた。
「カカシ先生、それどころじゃねェってばよ! ゲジマユの頭の上に……どす黒い激辛麻婆豆腐みたいな眉毛が燃え盛ってるってばよ! あれ幻術なのか!? それとも新手の尾獣形態か何かなのか!?」
「……いや、あれは八門遁甲の最後の門、『死門』を開いた姿だ」
カカシが眉間を押さえ、沈痛な面持ちで告げる。
「一時的に五影すら凌駕する力を得る代償に……術者は必ず灰となって朽ち果てる、自死の体術だ」
サスケが、開眼した輪廻眼を細めてリーを注視した。
歴代最強のうちはの天才が、額に冷や汗をにじませながら呟く。
「……チャクラの経路が沸騰している。だが……妙だ」
「何が妙なんだってばよ、サスケ!」
「……あいつ、死にかけている奴のチャクラじゃない。経絡の巡りが異常に活性化しすぎている。まるで……限界まで追い込んだ修業の後に、特盛りスタミナ丼を三杯平らげた直後のような脈動だ。オレの輪廻眼でも、あんな理外の生体反応は見たことがない」
「どんな例えだよそれ!?」
一方、上空のうちはマダラは、腕を組んだまま完全に身じろぎを止めていた。
警戒しているのではない。どこからツッコミを入れるべきか判断を失っていたのだ。
血の蒸気をまとった少年が、大地に足を肩幅に開き、両手を腰に当てて深呼吸を繰り返している。
「すぅーーーーーーーーッ……はぁーーーーーーーーッ……! よし! 準備運動完了です!!」
パァーーン!と良い音を響かせて己の両頬を張るリー。
その叩き込みから放たれた衝撃波だけで、足元の岩盤がクモの巣状に吹き飛んだ。
(……チッ、馬鹿げた膂力だ)
マダラは内心で警戒を引き上げた。
六道の力を得た肉体には解る。あの童、人間の限界値を物理的に突破している。体術の極致、純粋な運動エネルギーの絶対値としては、千手柱間ですら到達し得なかった領域だ。
だが、それを認めるには、目の前の立ち振る舞いがあまりにも忍の様式美からかけ離れていた。
「おい、小僧」
マダラは威厳を崩さぬよう声を張り、冷ややかに見下ろした。
「死門を開いたか。命を賭して束の間の閃光となるその覚悟、賞賛に値する。柱間亡き後、このオレをここまで滾らせる体術使いに出会えたことは――」
「いえ、滾るのはまだ早いですマダラさん!!」
「……人の台詞を遮るな」
「ガイ先生から叩き込まれました! 立ち合いの礼儀は大きな声でハッキリと! 相手が何者であれリスペクトを忘れないこと! 行きますよおおおおおッッ!!」
**ドッゴォォォォォォンッ!!!!**
リーが一歩、大地を蹴った。
ただそれだけだった。
しかし、リーの足下にあった地盤が、一瞬で広大にすり鉢状へと陥没した。大気が破裂し、目に見える真空の衝撃波が地表を薙ぎ払う。
「消えた……!?」
マダラの輪廻眼が、辛うじてその残像を捉えた。
速い。速すぎる。空間そのものを質量でねじ伏せながら肉薄してくる軌道。
刹那、マダラの真後ろ――死角の虚空から、凄まじい熱波と共に、爛々と輝く瞳が迫った。
「まずは小手調べ! 朝の連打ァッ!!」
「なっ――!?」
**ドガガガガガガガガガガガガガッッッ!!!!**
大気を拳で殴りつけ、圧縮された空気弾が連射される。ガイの『夕象』に酷似した大気砲。だが、決定的に異質だったのは、その一撃一撃の所作だった。
「イチ、ニ、サン、シ! ゴー、ロク、ナナ、ハチ!!」
「な……ッ!? こ、この動きは……!?」
マダラは求道玉を瞬時に盾へと変形させ、間一髪で防ぎ止める。だが、防ぎながらマダラの思考は激しく軋んだ。
(両腕を左右に広げ、胸を反らし、深呼吸の軌道……!? こいつ、大気を穿つ質量攻撃の最中に……木ノ葉の朝の準備体操をしているのか!?)
「ニ、ニ、サン、シ! 腕を上下に伸ばして、背伸びの運動ォォォッ!!」
**ドッカアアアアアンッッ!!!**
「ぐおおっ!?」
求道玉の盾ごと、マダラの巨躯が遥か上空へと弾き飛ばされた。
六道を得たうちはマダラが、準備運動の風圧だけで雲海の彼方まで打ち上げられたのだ。
地上で見守る忍連合の面々は、歓声よりも先に、全員が顎を外さんばかりの顔で虚空を見上げていた。
「……ガイ」
カカシが茫然と呟いた。
「お前、あの子に……死門の奥義として、何を教え込んだんだ?」
地面に転がったままのガイは、泥だらけの顔で親指を立て、熱い涙を流した。
「何も教えてないぜカカシ! あれは……あいつが毎朝六時、里の広場で老人たちと輪になってやっていた『木ノ葉健康体操・第一』の型そのものだぁぁぁッ!!」
「なんでそれを死門の威力で繰り出してんのよアイツはァァァッ!!」
サクラの悲鳴のようなツッコミが、荒野に木霊した。
上空で体勢を立て直したマダラは、顔色を変えて自らの求道玉を見やった。
森羅万象を無に帰すはずの絶対障壁に――くっきりと、リーの拳の形がめり込んでいた。
「……あり得ん」
マダラの額に青筋が浮かぶ。
「ふざけるな……! オレはうちはマダラ、世界に真の静謐をもたらす者だぞ……! そのような……そのような健康的な戯言で、このオレを圧せると思うなよ小僧ォォォッ!!」
激昂したマダラが、求道玉を無数の凶器へと変化させる。
だが、その真下から、巨大な炎のゲジ眉をたなびかせたリーが、弾丸の如き勢いで駆け上がってきていた。
その顔には、一点の曇りもない笑顔があった。
「まだまだ行きますよマダラさん! 次は第二の運動です!!」
上空遥か、成層圏に近い極寒の虚空において、うちはマダラの激情は沸点に達していた。
「調子に乗るなよ、有象無象がッ!」
マダラが両手を広げると、背後に浮かぶ黒き求道玉が超高速で形を変えた。
万象を灰燼と化す陰陽遁の極み。触れることすら許されぬ漆黒の玉が、鋭利無比なる無数の黒槍へと姿を変え、リーを包囲する。
「塵と化せ! 陰陽遁・求道槍ッ!」
音速を置き去りにする速度で、全方位からリーの急所を穿たんとする黒き凶刃。
だが、リーは慌てる風もなく、空中で右足首を器用に回した。
「ふむ……! 弧を描いて飛んできますね!」
「何だと……!?」
「青春リフティング、始めッッ!!」
**パッカァァァァァンッッ!!!**
虚空に響き渡ったのは、肉体が貫かれる音ではなく、実によく乾いた、澄み切った打球音だった。
リーは飛来する求道槍の腹を、足の甲で完璧に捉えていた。
触れれば消滅を免れない陰陽遁。しかし、リーの爪先を覆う濃密な血の蒸気と、超高圧の断熱圧縮が生み出す真空の膜によって、求道玉は「直接触れる寸前の空気の層」で強引に弾かれていたのだ。
「右足インサイド! 左太もも! そしてヘディングッ!!」
ポン、ポン、ポポンッ、と。
六道の神技が、大空で軽やかに跳ね回る。
「ば、馬鹿な……!? オレの求道玉を……弄んでいるのか……!?」
マダラの輪廻眼が限界まで見開かれた。
「触れた瞬間に崩壊する絶対の術だぞ! なぜ物理で弾く!? なぜ遊戯の如き足さばきで受けているのだ貴様ァッ!!」
「ガイ先生の教えです!」
リーは最後の一球を額でガツンと真上に跳ね上げた。
「『あらゆる鍛錬は下半身のバネとリズムに通ず』! マダラさん、良いパスでした! お返ししますッ!!」
リーが空中で体をしならせ、完璧なフォームで頭上へと足を振り抜いた。
「青春ボレーシュゥゥゥゥットッッッ!!!!」
**ドッゴォォォォォォォォォンッッッ!!!!**
弾き返された求道玉が、大気を焼き焦がす火柱となってマダラへ逆流した。
マダラは六道の錫杖を交差させて辛うじて防ぎ止めるが、直撃の衝撃波で杖が激しく軋み、両腕の骨が鈍い音を立てる。
「ぐ、おおおおおっ……!?」
抗い切れず、マダラは地上へと隕石のように叩き落とされた。
ドガァァァンと大地にクレーターを穿ち、砂煙の中で膝をつくマダラ。六道の衣は裂け、額の角が一本へし折れていた。
「おのれ……おのれぇぇぇぇッ!!」
マダラは地を殴りつけた。
肉体の痛み以上に、忍の頂に立つ己が「毬遊びの如き蹴り」で叩き落とされたという事実が、その高邁な矜持をズタズタに引き裂いていた。
煙が引くと、クレーターの縁に何者かの影が映った。
**ササササササササッッッ……!**
「……ん?」
マダラが目を凝らす。
クレーターの縁を、目にも留まらぬ速さで左右へ往復している緑の影があった。
**シュバババババッ! シュバババッ!**
「反復横跳び! 重心を低く! 常に敏捷性を保つことッ!!」
リーである。
死門を開放しているため、彼が左右にステップを踏むたび、地面が「ドバァッ! ドバァッ!」と爆破されたように交互に土煙を噴き上げている。
巻き起こる突風が、マダラの黒髪を激しく逆立て、その顔面に容赦なく小石を吹き付けていた。
「ぐ……っ、鬱陶しい……! おい、貴様、何をやっておる!?」
「インターバルです! 激しい運動の合間に急停止すると、心臓に過度の負担がかかりますからね!」
「死門を開けておいて心臓の負担を気にする阿呆がいるかァッッ!!!」
マダラはたまらず怒号を上げた。
かつて五影を絶望の淵に沈め、柱間との宿命を語りながら世界を新生しようとしていた巨星が、完全にただの癇癪持ちと化していた。
地上で見守るナルトとサスケは、並んで口を半開きにしていた。
「なあ……サスケ」
「……なんだ、ナルト」
「俺たち、六道のじーちゃんからすげェ力もらって戻ってきたわけじゃん?」
「……ああ、そのはずだ」
「出る幕……あると思うか?」
「……ないな」
サスケは静かに千鳥の構えを解き、草薙の剣を鞘に納めた。
「下手に近づけば、あの往復の風圧だけで肉を削がれる。今のあいつは……六道仙人そのものが現れても素手で叩き伏せかねん」
「マダラさん! インターバル終了です!」
リーの声が荒野に響いた。
残像がピタリと止まり、頭上の炎の眉毛がボオッと膨張する。
「ここからは、放課後の校庭で編み出した、真の青春の連撃をお見せします!!」
マダラは青ざめ、思わず後ずさった。
「ま、待て……話を聞け……! オレは無限月読で、貴様にも理想の平穏を与えようとしておるのだぞ……!?」
「結構! ボクの夢は、現実の汗と筋肉の中にしかありませんッ!!」
荒野を揺るがすリーの咆哮。
その覇気だけで、周囲に湧き出ていた十尾の分裂体が甲高い鳴き声を上げて霧散した。
マダラが神を自負するなら、今のリーは天変地異そのものだった。
「来るな……ッ! 輪墓・辺獄!!」
マダラは輪廻眼の固有瞳術を放った。
「見えざる世界」に潜むマダラの影。通常の忍には感知も視認も叶わず、六道の力を得た者でなければ対応できないはずの不可視の分身四体が、リーを包囲する。
「いかに敏捷であろうと、見えぬ影は防げまい!」
だが、リーは不敵に笑った。
血の蒸気が渦を巻き、超高圧の熱風となって吹き荒れる。
「見えなかろうと関係ありません! 空間ごと押し返せばよいのですッ!!」
リーが両脚を大きく開き、深く腰を落とした。
「奥義……**放課後居残りダッシュ・百往復ッッッ!!!!**」
**ドッバババババババババババババババババッッッ!!!!**
それは疾走というより、大気の連続爆破だった。
リーがその場で狂気的な往復ダッシュを繰り出した瞬間、生じた衝撃波の壁が、一帯の大気ごと「見えない影」をまとめて力任せに押し流した。
『ぐあああああッ!?』
通常世界からは見えないはずの輪墓の影たちが、猛烈な土煙の直撃を受け、砂埃を全身に浴びて輪郭だけくっきりと浮き彫りになり、木の葉のように彼方へと吹き飛んでいく。
「な……ッ!? 輪墓の影が……ただの土煙で可視化されただと……!?」
マダラの矜持が音を立てて崩れ落ちた。深遠なる輪廻の理が、ただの「足腰の強さ」にねじ伏せられたのだ。
「隙ありです、マダラさん!!」
「しまっ――」
気づいた時には、マダラの視界は緑一色に染まっていた。
リーが両腕の包帯を解き放ち、その端を両手で握りしめている。中忍試験で幾多の忍を戦慄させた、あの構え。
「い、いやだ……! あの包帯だけは……ッ!」
マダラは叫んだ。柱間との死闘でも決して見せなかった狼狽だった。
しかし、リーの膂力はすでに神の領域を軽々と超えていた。
シュルルルルルッッッ!!
「**青春・真・裏蓮華(物理)ッッッ!!!!**」
「ぐえええええええええっっっ!?」
マダラの全身が、純白の包帯によって隙間なく簀巻きにされた。身動き一つ取れない。チャクラを練ろうにも、包帯が締め上げる圧力が強すぎて息の根が止まりかけていた。
「そして……ここからがガイ先生に捧げる、ボクのオリジナルです!」
リーは簀巻き状態のマダラを掴むと、投擲競技の如くその場で猛烈な旋回を始めた。
ギュンッ! ギュオオオオオオオオッッッ!!!
「ま、回すな……目が回る……吐くぞ、オレは神だぞ……ッ!」
「遠心力は、筋肉の無二の友です!!」
リーの旋回は一瞬で音速の壁を突き破り、戦場に巨大な赤い竜巻を巻き起こした。
大地の岩盤が粉々に砕け、暗雲が吹き散らされる。
「いっけええええええええええええッッッ!!!!」
**ドグワァァァァァァァッッッ!!!!**
リーの手を離れたマダラは、虚空を突き破り、そのまま地平線の彼方へと一直線に射出された。
キラーン、と遠くの空に光が弾ける。
「……消えたってばよ」
ナルトが乾いた声で呟いた。
「ああ……地平の向こうへ消え去ったな」
サスケも、もはや写輪眼を維持する気力すら見出せない。
「……た、倒したのかしら?」
サクラがおずおずと尋ねる。
「いえ、まだです!」
リーが天を仰いだ。
「大地は丸い! ですから、背後から一周して戻ってきます!!」
「「「戻ってくるのかよ!?」」」
忍連合全員の声が完全に重なった。
数秒後。
ゴオオオオオオオオオオッッッ!!!という大気摩擦の轟音と共に、天を巡ってきた燃え盛る白煙の塊(マダラ)が、猛スピードで逆側の空から突っ込んできた。摩擦熱で包帯は燃え尽き、黒焦げで白目を剥いたマダラが剥き出しになっている。
「おかえりなさいマダラさん! 仕上げの跳び蹴りですッッ!!」
リーが垂直に跳躍した。
全身の血の蒸気が、一本の鋭利な槍の如く右足へと収束していく。頭上の炎のゲジ眉が極限まで凝縮され、黄金に似た紅蓮の光を放ち始めた。
神樹をも断ち割る、青春の鉄槌が振り下ろされようとしていた。
天を巡り戻ってきたうちはマダラは、朦朧とする意識の中で走馬灯を見ていた。
南賀ノ川で柱間と水切りをして競い合った幼き日。
うちはの誇りを背負い、戦火をくぐり抜けた動乱の時代。
木ノ葉を抜け、長き潜伏の末に紡ぎ上げた「月の眼計画」――。
(オレの歩んできた道の果てが……なぜ……なぜ緑のタイツに包帯で巻かれ、遠心力で空を一周させられているのだ……?)
涙すら出なかった。眼球が摩擦熱で乾ききっていた。
だが、追憶に浸る猶予など与えられなかった。
正面から、信じがたい熱量をまとった「赤き眉毛」が、猛烈な速度で迫っていた。
「これがッ! ボクの青春の集大成ェェェッッッ!!」
跳躍したロック・リーの右足。
空間が歪み、ひび割れ、大気が爆ぜる。ガイの『夜蛾』が空間を曲げる神速の蹴りであるならば、リーのそれは空間ごと力技で踏み砕く暴力そのものだった。
「技名! 『夕焼けダッシュ・最終下校時刻の猛追』ッッッ!!!!」
「名が……名が長くてダサすぎるわァァァァッッ!!」
マダラが魂の底から絶叫した瞬間――
**ドッバギィィィィィィィィィィィィンッッッ!!!!**
寸分の狂いもない両足ドロップキックが、マダラの鳩尾に炸裂した。
衝撃波が円形に広がり、天の暗雲を完全に消し飛ばす。
マダラの肉体はそのまま超音速で地表へと叩きつけられ、その背後にそびえ立っていた神樹の巨幹を直撃した。
メキメキ……メリメリメリ……ドガガガガガアンッッッ!!!
天地を貫くはずの神の樹が、リーの蹴りの余波だけで根元からへし折れ、地響きを立てて倒壊していった。
立ち込める土煙。巨木が崩れ去る轟音。そして、全てを吹き払う熱風。
やがて――。
風が砂煙を薙ぎ、静寂が訪れた。
へし折れた神樹の中心、巨大なクレーターの底に、一人の男が横たわっていた。
六道の角は粉砕され、純白の衣はボロ布と化し、顔面は煤まみれ。額の第三の眼は、眩暈のあまりグルグルと焦点を失っていた。
「……マダラが……あのうちはマダラが……」
カカシが、額当ての奥で呆然と呟いた。
「一撃……いや、ドロップキック一発で沈んじまったってばよ……」
ナルトが顎を落とし、サスケは無言で額を押さえて天を仰いだ。自分たちが託された六道仙人の使命とは何だったのか、インドラとアシュラの因縁とは一体何だったのか。全てが緑色の圧倒的な熱量の前に消し飛んでいた。
ピク……ピク……と、クレーターの底でマダラの指先が動いた。
リーが軽快に着地し、土煙をかき分けて歩み寄る。
「マダラさん! まだ立ち上がれますか!? 青春の居残り稽古、行きますか!?」
リーが拳を構え直した瞬間、マダラの全身が跳ね上がった。
かつて忍の神と恐れられた男が、恐怖のあまり肘で地を這い、後ずさろうとする。
「ま……待て……」
掠れた声だった。
「はい! 何でしょうかマダラさん!」
「……もう……よい……」
マダラは白目を剥き、震える右手を力なく上げて制止の仕草を作った。
「オレが……悪かった……。世界を一つに束ねるなどと……傲慢な夢を見たオレの過ちだ……。だから頼む……もう休ませてくれ……これ以上、あの掛け声を聞かせるな……頭から離れんのだ……」
「マダラさん……!」
リーは瞳を潤ませ、マダラの泥だらけの手を両手で力強く握りしめた。
「わかり合えましたね! これぞ拳と拳で語り合う、真の青春の対話です!!」
「ち、違う……そうではない……ぐふッ」
マダラは精神と肉体の限界を迎え、泡を吹いて完全に意識を手放した。
その瞬間、マダラの肉体から十尾のチャクラが霧散し、戦場を覆っていた不吉な陰影が消え去っていく。
月の眼計画、完全瓦解。
第四次忍界大戦は、まさかの「体育会系の根性」によって幕を閉じたのである。
だが、静寂が戻った戦場で、忍連合の面々はハッと我に返った。
「……ま、待ちなさいよ!」
サクラが叫んだ。
「死門を開けた術者は……灰になって朽ち果てるはずよ!? リ、リーはどうなったの!?」
全員の視線が、クレーターの中央に直立するロック・リーへと集中した。
重苦しい沈黙が戦場を包む。
マダラを討ち果たした安堵よりも先に、忍連合の胸を刺したのは「偉大な犠牲」への悼みだった。
「リー……!」
ガイが這うようにしてクレーターの縁へ向かう。カカシも、サクラも、ナルトもサスケも、息を呑んで駆け寄った。
死門――八門遁甲の陣を解放した者は、心臓のチャクラ穴が焼き切れ、内側から炭化して灰となる。それが忍の歴史が刻んできた絶対の鉄則であった。
クレーターの中心、立ち昇る蒸気の中に、拳を天に突き上げたまま直立する影。
「……ううっ、リーよ……! お前の散り際、このガイ、一生忘れんぞ……!!」
ガイが涙を滝のように流し、地を叩いた。
「お前は立派に己の忍道を貫き通した! 木ノ葉の碧き野獣は、今日ここに天へと昇り――」
「あのー、ガイ先生?」
ピクッと、灰になるはずの影が振り返った。
「え?」
蒸気がスーッと引いていく。
そこに立っていたのは、炭化するどころか、湯上がりのように**血色が良く、肌がつやつやに輝いているロック・リー**だった。
「な、なんで生きてんのよォォォォォッッ!?」
医療忍者としての知識と常識をへし折られたサクラが、戦場を揺るがす勢いで絶叫した。
「ば、馬鹿な……!」
カカシが写輪眼で透視する。
「心臓のチャクラ穴が焼き切れるどころか……凄まじい内出血すら瞬時に代謝し、細胞が超高速で自己修復している……!? こ、これは一体どういうことだ!?」
リーは不思議そうに、己の両手をグーパーと開閉してみせた。
「自分でもよく分からないのですが……。普段から『腕立て伏せ五万回できなければ逆立ちで火影岩を百周』という自分ルールを課して肉体を極限まで追い込みすぎていたせいか……心臓が『あ、いつものちょっとキツめの筋トレだな』と勘違いしたみたいでして」
「心臓が勘違いするわけねェだろォォッ!!」
ナルトが頭を抱えて叫んだ。
「さらに言えば!」リーは白い歯を輝かせた。「毎日ガイ先生特製の超濃厚プロテイン青汁を三杯欠かさず飲んでいたおかげで、血管の強度が通常の忍の八十倍ほどに鍛えられていたようです! 少し体がポカポカして、実に心地よい疲労感です!」
「……プロテインで死門を耐えた奴が忍の歴史のどこにいる」
サスケは静かにクナイを取り落とした。
六道仙人から授かった陰陽の力、世界の命運を背負うインドラの宿命、うちはの血の呪縛。それら全てが、ただの「日頃の鍛錬と栄養管理」の前に完膚なきまでに敗北した瞬間だった。
その時、ナルトの足元から、六道仙人・大筒木ハゴロモの幻影がおずおずと浮かび上がった。
伝説の忍の祖は、クレーターの底でつやつやの笑顔を浮かべるリーを凝視し、静かに呟いた。
『……我が母・カグヤの復活を阻むべく、長きにわたり因果の輪廻を見守ってきたが……。うむ、筋肉は全てを解決するようじゃな』
「じーちゃん!? 適当なこと言って納得すんなってばよ!!」
ハゴロモは満足そうに頷くと、成仏するようにフッと光となって消え去っていった。
こうして、世界の存亡を賭けた第四次忍界大戦は、何一つシリアスな空気を取り戻せないまま、完全なる幕引きを迎えたのである。
大戦終結から数ヶ月後。
復興の進む木ノ葉隠れの里の中心には、巨大な記念碑が建立されていた。
しかし、そこに刻まれていたのは歴代火影の肖像でも、うずまきナルトの名でもなかった。
満面の笑みで親指を立て、眩しく輝く歯を見せる、等身大の純金製「ロック・リー像」であった。
里の広場では、信じがたい光景が日常と化していた。
「イチ、ニ! サン、シ! 青春の汗を流すってばよ……!」
「ニ、ニ! サン、シ……くっ、この型、チャクラの巡りが良くなるのが腹立たしい……」
緑の全身タイツを身にまとったナルトとサスケが、死んだ魚のような目をしながら、朝の体操に励んでいた。
大戦をたった一人で終結させた英雄ロック・リーの偉業にあやかり、忍五大国では空前の「全身タイツ&体術修業ブーム」が巻き起こっていたのだ。
「サスケ君、緑も意外と似合ってるわよ……」
同じく緑のタイツを着せられたサクラが、引きつった笑顔で励ます。
「……黙れサクラ。次に笑ったら千鳥を叩き込む」
広場の壇上では、リーとガイが肩を組み、朝日に向かって熱い涙を流していた。
「見ろリー! 全世界の忍が、お前の背中を追って青春を爆発させているぞ!」
「はい、ガイ先生! これからも毎朝十万回のスクワットで、忍界に真の平和を届け続けます!!」
二人の背後で、昇りゆく朝日がギラギラと輝き、その光はまるで巨大なゲジ眉のように天を貫いていた。
才能がなくても、忍術が使えなくても、血継限界がなくても――人は、筋肉と圧倒的な暑苦しさで世界を救うことができる。
木ノ葉の碧き野獣の伝説は、今日も青空の下で眩しく、そしてやたらと暑苦しく輝き続けていた。