「お前をこの艦から追放する!」「外は宇宙ですわよ!?」

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出題編

 

「エレノア・ヴァレンタイン! 航法士ユリアン・クロウを殺した罪で、お前をこの艦から追放する!」

「追放って、外は宇宙でしてよ!?」

 

 銀色の磁気ハイヒールで第二会議室の天(・)井(・)に(・)立(・)ち(・)、エレノアは言い返した。

 

 深紅のドレスは形状保持芯地のおかげで重力下と同じ円錐を描いて足もとへ落ち、金の髪が光の冠のように頭のまわりへふわりと広がっている。

 

 部屋の真ん中に浮かぶ投票盤では、追放を決める投票灯が順に赤く灯っていく。議長席のグレイ・ハーコート艦長の灯だけが、まだ灯っていなかった。

 

 腰帯で体を座席に留めたドノヴァン保安主任が、握っていたコーヒーのパウチを握り潰した。押し出された褐色の液体は大小七つの玉に分かれてゆらゆらと卓の上を漂っていく。

 

「死体はお前の部屋の前に浮いていた。死亡は昨夜の二十時二十分前後。我々はその時、食堂で一緒に飯を食っていた。お前は何をしていた!」

「お部屋でドラマを見ながら、お菓子をパクパクしておりましたわ! 食堂にお招きいただいたことなど、一度もございませんもの! ……って、機関士のベンさんと艦長だってアリバイはありませんでしょう!? それにドノヴァン保安主任、あなたも途中で席を立っていらしたと聞きましたわよ!」

「私はトイレに行っていた! 無重力のトイレがどれだけ手間か、お前だってよく知っているだろう!」

「あらまあ、お下品ですわ〜!」

 

 何人かが気まずそうに目をそらした。

 

「とにかく、行方不明のベンもお前が殺したんだろう!」

「状況証拠だけで、わたくしを宇宙へ放り出すおつもり!? この艦にはおバカさんしかいないのかしら!」

 

 ドノヴァンが腰帯を外しかけ、隣の乗員に腕をつかまれた。

 

「皆さん、落ち着いてください。調べもせずに人を外へ出すのは、規律に反します」

 

 議長席から、グレイの声が割って入った。白いものの混じった短髪に、襟を喉もとまで留めた制服で、腰帯まできちんと締めて座っている。

 

「どうやら、まともなのはあなただけのようですわね、艦長殿」

 

 エレノアは天井を蹴って、卓の上まで降りてきた。

 

「わたくしに一つ提案がございますわ」

「スポンサー令嬢ごときに何ができる」

 

 ドノヴァンが憎々しげに吐き捨てた。エレノアは聞こえなかったふりをして、卓の上でドレスの裾を整えた。

 

「わたくしが真犯人を見つけてみせますわ!」

 

 会議室がざわついた。誰かが笑い、誰かが舌打ちをする。

 

「そう言って、逃げるつもりだろう!」

「この艦から、どこへ逃げるとおっしゃるの?」

「ならば、証拠隠滅か!」

「私が同行します」

 

 グレイが静かに言った。

 

「艦長自ら!?」

 

 ドノヴァンは口を開けたまま、議長席とエレノアを見比べた。

 

「一時間だけです。それまでに真犯人を出せなければ、エアロックへ行っていただきます。よろしいですね?」

「ええ、畏まりましてよ」

 

 投票盤の赤が「保留」の黄に変わり、その下に残り時間が灯った。

 

 会議室を出た通路で、グレイがエレノアに並び少しだけ声を落とした。

 

「皆、気が立っているんです。地球が滅んだばかりなので」

「あら、地球が滅んだのは三年前でしてよ?」

「ええ、ですがその知らせが来たのは、昨日ですから」

 

 昨日、とエレノアは口の中でくり返した。

 光の速さに近い艦には、地球からの報せが届くまでに時間がかかる。

 

「〈ホライズン〉の皆さまは、もっと早くご存じでしたのね」

「ええ。重い移民船でのんびり逃げているぶん、地球の報せも向こうが先に聞くものですから」

「相対性理論は不思議ですわね。まあ、そのぶんわたくしの方が若さを保てますわ」

「地球の皆さんに比べれば、もう二年は若いですよ」

 

 言ってから、グレイは口をつぐんだ。

 

「お父上のこと、お悔やみ申し上げます」

「ありがとうございますわ」

 

 声が、少しだけ揺れた。エレノアはそれきり父の話はせずに、声を改めた。

 

「それより、さっきのお礼を申し上げなくては」

「礼には及びません。私は規律を守っただけです」

「規律、ですの?」

「五十一人の命が、この狭い艦一つに詰めこまれている。地球の法も警察も、もう届かない。誰かが規律を乱せば、この艦ごと死ぬ。調べて、正しく裁く。それが規律です」

 

 その頑固な口調に、エレノアは父を思い出し少しだけ笑った。

 しばらく黙って並んで進んでから、グレイが言いにくそうに口を開いた。

 

「こんな時に申し上げるのは気が引けるのですが、万が一追放が確定した場合にはオーナー証をお預かりすることになります」

 

 グレイの視線が、エレノアの左手首の銀の腕輪へ落ちる。発射場の見送り台で、父が最後に留めてくれたものだった。

 

「あら? この艦のオーナー権限は、父があなたに預けていたはずではなくて?」

「あれは仮権限です。地球からの信号が途絶え、お父上がお亡くなりになったと確定すると同時に、あなたに相続されました。証をお預かりすれば、権限はいったん仮権限者に戻ります。規則ですので」

「そうでしたわね」

 

 エレノアは腕輪にそっと触れた。肌の温みの移った銀の輪一つで、今は艦のどの扉も開く。

 

 腕輪から指を離して、彼女は通路の覗き窓に目をやった。光の九割五分の速さで逃げる艦の後ろでは、星はまばらで、どれも赤く暗く沈んでいる。太陽はもう目では探せず、地球はあの赤い暗がりのどこかにあった。

 

 ◇ ◆ ◇

 

 ユリアンの死体のあった廊下には、封鎖線が張られたままだった。直径二メートルの円筒形の通路で、壁の一面には手すりが並び、別の一面には換気の吸気格子が並んでいる。エレノアの私室の扉は、そこから三メートル先にあった。

 

「船医の見立てでは、細い刃物で一突き。心臓まで届いていたそうです」

「凶器は?」

「見つかっていません」

 

 グレイが封鎖線の内側を指す。エレノアはヒールの磁力を切って床を蹴り、通路の中央でくるりと向きを変えた。

 封鎖線の中をゆっくりと見回す。壁にも手すりにも、吸気格子の網にも、赤い色が一つもなかった。

 

「艦長。紅茶はお好き?」

「は?」

 

 懐から紅茶のパウチを出して、彼女は吸い口を軽く押した。押し出された琥珀色の液体は口を離れたところで丸く縮み、ゆらゆらと宙にとどまった。換気に押されて少しずつ船尾へ流れていき、手すりに触れた瞬間、べったりと平たく貼りつく。

 

「先週、わたくしこれでお気に入りのドレスを一着だめにしましたの」

「それがあの夜中の大騒ぎですか」

「紅茶の玉を追いかけて、天井を三周いたしました。最後は換気の格子に全部持っていかれましたけれど」

 

 グレイは手すりの紅茶と、何もない封鎖線の中とを見比べた。

 

「心臓まで刺されたなら、血はかなり出たはずだ。それが、ここには一滴もない」

「ええ」

「では、ユリアンはここで刺されたのではない……」

「ご名答ですわ。ひと押ししてしまえば、あとは無重力が運んでくれますもの」

 

 グレイはしばらく黙ってエレノアを見ていた。

 

「ならば、どこから」

「各区画の壁には、振動計が入っていますの。わたくしのヒールの音まで拾うと、ユリアンさんによく叱られましたわ」

 

 昨日の朝も通路ですれ違いざまに、「お嬢様、また記録が針山みたいです」と眉をひそめられた。エレノアはわざとヒールを高く鳴らして通り過ぎ、ユリアンの溜め息を背中で聞いたのだった。あの溜め息は、もう聞こえない。

 

「人が刺されて押し出されたなら、その揺れも残っているはずですわ。記録を見に参りましょう」

「計器の仕様まで……」

「乗艦の資格審査で、艦の図面は全部頭に入れましたの。配管も、計器の位置も、換気の向きも。わたくし、親の力でこの艦に乗ったわけではございませんことよ?」

 

 グレイは何か言いかけて、やめた。

 

 受信室へ向かう前に、エレノアは三メートル先の自分の部屋へ寄った。壁際に固定してある銀色のスーツケースの固定帯を外し取っ手を指先で引くと、大きなケースがすいと彼女のほうへ滑ってくる。それを片手でぴたりと止めて、中から色とりどりの包み紙のキャラメルを一つかみ取り出した。

 

「残りは五十分を切っていますよ」

「推理には糖分が要りますの。クッキーは粉が換気に乗って計器に詰まると、ユリアンさんに叱られますから、キャラメルにいたしますわ」

「宇宙でキャラメルを持ち歩く方は、初めて見ました」

「乙女の荷物の中身を詮索するのは、紳士のすることではございませんわ」

 

 キャラメルを一つ口に放りこんで、エレノアはケースを元の位置へ押し戻した。

 

 二人は通路を船首へさかのぼった。ヒールの磁力を短く入れては切り、踏みこむたびに磁力が噛んで、エレノアはかつん、かつんと円筒の壁を螺旋に駆けあがっていく。グレイは手すりを伝いながら、その横に並んだ。途中で通り過ぎた冬眠区画の窓は霜で白く曇り、その奥に四十の冬眠槽が並んで眠っていた。

 

 受信室は、通信室の隣にあった。エレノアが腕輪を認証板にかざすと、扉はあっさり開いた。

 

 グレイが後ろから覗きこむ。受信室の奥で、記録装置の筐体がひしゃげていた。工具で何度も叩いた跡が、金属の板に丸く残っている。

 

「三日前の夜に、ベンがやったきりです。あれから彼は明らかにおかしくなって、昨日の夕方からは姿が見えない」

「ええ」

 

 吸気格子の網には、色とりどりの包み紙が何枚か貼りついたままだった。

 

 出発してしばらくは、ここは隠れ家だった。夜の当直の合間にエレノアがケースのキャラメルを持ちこむと、地球からの報せを待つベンと、記録の針山に文句を言うユリアンと三人で、こっそり包みを開けた。

 

 機械油の指跡のついたベンの包み紙も、きちんと四つに畳んだユリアンの包み紙も、宙に放れば換気が格子まで運んでぺたりと貼りつけた。

 

「ベンは、家族が乗れなかったのはスポンサー枠のせいだと思いこんでいました。記録を壊したのも、あなたへの相続を止めたかったのでしょう」

「そんな方ではありませんでしたのに……」

「相続は別系統の保安機構が受けて処理するので、壊れたのは記録だけですが」

 

 受信室の端末の隅に、見慣れない警告が一つ灯っていた。エレノアが指で開く。

 

「乗員の荷物目録に、当直の時間外の閲覧が一件。四日前の深夜ですわ」

 

 閲覧された行が並ぶ。乗員の私物の重さが一人ずつ、その中にエレノア自身の欄もあった。ヴァレンタイン、私物、スーツケース一個、二・〇トン、金塊。

 

「ベンでしょう。財団の荷物を嗅ぎ回っていましたから。それを見た翌晩に、あれです」

 

 グレイは表示を一瞥しただけで、ひしゃげた記録装置へ顎を向けた。

 

 壁に写真が一枚貼ってある。日焼けした女と、前歯の抜けた男の子が二人、海辺で笑っていた。写真の端は何度も指でなぞられたように白く毛羽立っている。

 

「奥さんと息子さんです。この船に乗れなかった」

 

 写真から目をそらすと、舌に残っていたキャラメルの甘さが急に重たくなった。

 

「あなたが気に病むことではありません」

 

 グレイが言った。

 

 エレノアは答えずに受信室の端末へ腕輪をかざした。艦じゅうの振動計の記録が、空中の表示に重なって開く。

 

 自分の部屋の前の計器には、ユリアンが流れ着いた時の小さな山が一つあるだけだった。

 

 食堂の計器には、夕食の間じゅう食器と椅子の細かい揺れが重なっていた。揉み合ったような乱れはない。ただ二十時少し前に、腰帯を外して席を離れる揺れが一つあり、戻ってくるまで二十分あまり空いていた。

 

「ドノヴァン主任ですね。トイレだと言っていましたが、それにしては長い」

 

 グレイが横から衛生区画の計器を重ねた。同じ二十分のあいだ、低いうなりのような揺れが途切れ途切れに続いている。

 

「この固有の振動……ええ、吸引式のですね。ただ、これだけでは誰が使っていたかまでは」

「お下品ですわ」

 

 天井の拡声器が、がりっと鳴った。

 

「残り三十分だ! 何か見つかったのか!」

「あら、ドノヴァンさん。ちょうど今、あなたのお手洗いの記録を拝見していたところですわ」

「な……!?」

 

 エレノアはひとしきり笑ってから拡声器を切り、記録を船首へ繰っていった。保管区画の前の計器に、ひときわ高い山が一つ立っていた。

 

「二十時十八分。人が二人、ぶつかり合ったくらいの揺れですわ」

 

 その四十分ほど前には、重い扉が閉じたくらいの小さな山があった。そしてその直後から今この瞬間まで、さらに小さな揺れが数分おきに一つずつ続いている。扉の外の計器より、区画の中の計器のほうがわずかに強く拾っていた。

 

「閉じた部屋の中で、何かが壁を叩いている……」

「保管区画には、誰もいないはずです」

「誰もいないはずの部屋で、何かが動いているのですわ。艦長、夕方から姿の見えない方がいましたわね」

 

 グレイがはっとしたように顔を上げた。

 

「ベン、ですか」

「参りましょう」

 

 通路の突き当たり、艦の最奥に保管区画の重い気密扉があった。表面にはオーナー証の紋章が刻まれている。その手前三メートルほどの通路に、エレノアは目を止めた。

 

「ありましたわ」

 

 手すりの裏、照明の縁、吸気格子のない側の壁。小指の先ほどの暗い赤の玉がいくつも、壁に平たく貼りついていた。いくつかはまだ宙に浮いたまま、換気の流れから外れた隅でゆっくりと揺れている。

 

「ユリアンさんはここで刺されて、押し出されて、通路を流れていったのですわね」

 

 エレノアは保管区画の気密扉に掌を当てた。冷たい金属の奥から、しばらくしてかすかな震えが一度だけ伝わってくる。グレイが扉の紋章を見上げた。

 

「出入りはこの扉一つきりです。外からはオーナー証がなければ開閉できませんが、中からなら誰でも鍵をかけられる。ここは使われていない保管区画ですから、普段は扉も開け放してありました」

「何が言いたいんですの」

「錯乱したベンがユリアンを殺して、この部屋に引きこもった、ということです」

 

 グレイの声は低く急いていた。エレノアは腕輪の残り時間に目を落としてから扉を見上げた。

 

「あくまで仮説に過ぎませんわね。中を見てみましょう」

「ただ、踏みこむのはやめておきましょう。相手が殺人犯なら危険です。それに開けるなら、皆の前で開けたほうがいい。証拠になります」

「それもそうですわね」

 

 エレノアが艦内放送のつまみを回すと、天井の拡声器から自分の声が全区画へ響いた。

 

「乗員の皆さま、船首の保管区画の前へお集まりくださいませ」

 

 ドノヴァンと乗員たちが通路に集まってくるまで、五分とかからなかった。手すりを伝ってくる者や壁を蹴って飛んでくる者、腰帯を着けたまま座席ごと外してきた者までいた。ドノヴァンは壁の血の玉を見て、何度も目をこすった。

 

「ユリアンの血か。ええい、調べてこい!」

 

 ドノヴァンが顎をしゃくると、保安部の二人が手すりを伝って血の玉の方へ散った。

 

「おそらくはここが犯行現場ですわ。そしてその犯人が、この中にいる可能性がございますの」

「保管区画か……盲点だった。扉はオーナー権限だな」

 

 ドノヴァンは扉と彼女の腕輪を見比べて、うなった。

 

 エレノアは扉の前の壁にヒールを打ちつけて立ち、腕輪を認証板にかざした。

 

「ベンさん。出ていらっしゃい」

 

 認証灯が緑に変わり、気密扉が重い音を立てて左右へ開いた。

 保管区画の冷えた空気が通路の空気とまじって白い靄になり、機械油と鉄と焦げた布の匂いを連れて流れ出してくる。

 

 がらんとした薄暗い部屋の中央に、機関士ベン・クルーガーだったものが浮いていた。

 

 作業服の胸に、焼け焦げた穴が開いている。換気に押されて部屋の中をゆっくりと回り、胸を焼いた高熱工具が手首の紐でつながったまま一緒に漂って壁にぶつかるたびに小さく鈍い音を立てていた。こちらへ回ってきた顔は、常夜灯の下で壁の金属と変わらない鈍い灰色をしていた。

 

 誰も動かなかった。

 工具がまた壁に当たって、こつん、と鳴った。

 

 受信室でキャラメルを受け取ってくれた指が目の前でゆっくり回っている。エレノアは扉の縁をつかんだまま、そこから一歩も動けなかった。

 

「この扉を外から開閉できるのは、オーナー証だけなんだろう?」

 

 背後で、ドノヴァンが小さく言った。

 

 ◇ ◆ ◇

 

 第二会議室の投票灯が、また赤く灯っていく。

 

 エレノアは私室から引いてきた銀のスーツケースを部屋の隅に固定帯で留めて、また天井に立った。追放されるなら、お菓子くらいは持っていきたい。

 

「なら、二人ともエレノアが殺したんだ!」

 

 ドノヴァンの声には、もう迷いがなかった。

 

「扉の記録が残っている。十九時三十五分に外から扉が閉じられて、先ほどエレノアが開けるまで、外からも中からも一度も開いていない」

「ベンは明らかにおかしかった。あいつがユリアンを刺して、あの部屋にこもって自殺したんじゃないのか」

 

 乗員の一人が言いかけたのを、ドノヴァンが首を振って遮った。

 

「それはあり得ん。ベンはユリアンより先に死んでいる。そうだろう?」

 

 ドノヴァンが船医を振り返る。船医は端末を見ながら答えた。

 

「はい、ベンさんの死亡は、十九時半から二十時のあいだです。胸を高熱工具で一突き。保管区画は冷えていたので、それ以上は絞れませんが……」

 

 船医の答えに、ドノヴァンが頷いた。

 

「聞いたか。ベンを殺せたのは、外からあの扉を開閉できる人間。つまり、オーナー権限を持っていた者、エレノア・ヴァレンタインだけだ」

 

 ドノヴァンが天井のエレノアを見上げると、会議室じゅうの目がそれに続いた。

 

「もしわたくしが犯人なら、皆さまの前でわざわざ死体をお見せするようなことはしないのではなくて?」

「言い逃れをするか! 証拠が、お前が犯人だと示しているんだ!」

 

 ドノヴァンの拳が卓を叩き、反動で浮きかけた体を腰帯が引き戻した。

 

「では伺いますわ。オーナー権限がいつわたくしに相続されたのか、記録はございまして?」

「それは……」

「受信の記録装置ごと、ベンが壊した。分かるはずがない」

 

 乗員の誰かが言い、会議室が一瞬静まった。

 

「待ってください。計算ならできます」

 

 グレイだった。卓の上に航路の図を開き、指で数字を呼び出していく。

 

「〈ホライズン〉が、地球の最後の信号を受けた時刻を知らせてきています。向こうの船の速さは分かっている」

「そして、二つの船の速さの差からこちらに信号が届いた時刻が出る、か。だが、記録は破壊されたのだろう?」

 

 ドノヴァンの口から出たとは思えない理屈に、何人かが彼の顔を見直した。

 

「こちらの速さは、出発時に推進剤をすべて燃やし切ったのですから、荷物の目録の質量から出せます」

 

 図の上に数字が並んだ。燃え尽きた後の艦の質量、二千トン。その内訳に目録から引かれた乗員と荷物の質量が細かく並び、その下に光速の九割五分。

 

「出ました。地球からの最後の信号が十八時十分。オーナー権限はその時、私からエレノアさんへ移っています。つまり、扉が閉じられた十九時三十五分には、権限はもう彼女にあったということです」

 

 会議室がざわめくなか、エレノアは一人、地球を発った日のことを思い出していた。

 

 あの日、父は発射場の見送り台に一人で立っていた。

 

 点火の振動が座席の背から伝わってくると、窓の外の見送り台がゆっくりと下へ沈みはじめた。エレノアは窓に頬を寄せ、小さくなっていく父の姿を、雲に隠れるまで目で追い続けた。見送り台の上の小さな影は、最後まで手を振るのをやめなかった。

 

 投票灯が一つ、また一つと赤く灯っていく。議長席の灯も、今度は赤く灯った。

 

「では、そのオーナー証を渡してもらおう。船規だ」

 

 ドノヴァンが腰帯を外して天井へ伸び上がり、手を差し出した。彼女の左手首の、父が留めてくれた銀の腕輪へ。

 

 エレノアはその手を見下ろした。

 

「やはり、そういうことでしたのね」

 

 エレノアは天井に立ったまま、銀のヒールを三度鳴らした。

 





 解決編は明日0:06に公開します。

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